フェダーイン・横島
作:NK
第5話
「あれっ? 新しく修業しに来た人ですか小竜姫様?」
門に押し付けられたままの3人を見て相変わらずのほほんとした口調で尋ねる横島。
警戒感と探るような雰囲気がミックスされた美神の視線を受けても、それを軽々と受け流している。
「あら、貴方も来たんですね横島さん。
さて、外見で判断して貰っては困ります。私はこれでも龍神の端くれなんですよ」
横島に笑顔を向け、続いて相変わらず穏やかな表情をして美神達に向き直り先程の美神の問いかけに答える。
その声に横島に向けていた視線と意識を小竜姫に戻す美神。
「一瞬前までは何の気配もさせなかったのに……。今はただ立っているだけで凄まじい霊圧だわ……」
そう言って小柄な女性にしか見えない小竜姫を改めて見直すと、僅かに気圧されるような表情を見せる。
「……ともかく、鬼門を倒した者は中で修業を受ける権利があります。さ、どーぞ」
ごくごく普通の態度と口調で修業所の中へと招き入れる小竜姫に誘われるように、先程打ち付けた腰を押さえながら立ち上がり一歩前に進む。
横島と呼ばれた青年はその台詞で納得したのだろう。
さっさと門の中に引っ込んだ。
ピートやおキヌも立ち上がって美神の元へと近付く。
そして小竜姫に続いて歩きながらもヒソヒソと会話をしている3人。
「龍神という事は、あの娘神様なんですか?」
700年生きていても未だ神に会った事のないピートが興味津々という表情で尋ねる。
「そのようね。人間とは文字通り桁が違う力を持っているわ」
答える美神の方は未だ緊張感が残る表情だ。
「さっき吹っ飛ばされたのも攻撃されたわけじゃない……。殆ど普通の人レベルに抑えていた霊気の
圧力を解放しただけよ。あんなのが本気になったら……」
とんでもない事になるわ、と言外に匂わせる美神。
『怒らせたりしない方が良さそうですね。美神さん、あまり卑怯な事とかあこぎな事はしないで下さいね』
ちょっとというか結構酷い事をサラッと言ってのけるおキヌ。
「ちょっとおキヌちゃん!その言い方はないんじゃない!?」
別世界での横島のように憂さ晴らしで殴る相手がいないとはいっても、さすがに女の子のおキヌを殴るわけにはいかずに不機嫌になる。
「でも凄い霊圧でしたね。それにしても後から出てきた人は誰なんでしょう?
あの小竜姫様の霊圧を受けても全然気にしてませんでしたよ? やっぱり神族なんでしょうか?」
ピートが横島の事をチラリと見ながら話す。
『そーですねー。話し方からするとここの関係者みたいですけど……』
おキヌも相づちを打つ。
「そうだわ! ちょっとそこの道士服の人! 貴方もここの関係者?」
先程感じた好奇心を思い出して話しかける美神。
さっさと先を歩いていた横島はその言葉に歩みを止めて振り返る。
「あぁ、挨拶が未だでしたね。俺は横島忠夫といいます。
10ヶ月ぐらい前から住み込みで修行させて貰ってるんスよ、この妙神山でね」
別の世界となった未来での丁稚経験が嘘のように、ごくごく普通の人相手と同じように自己紹介をする横島。
「へぇー、じゃあ貴方は人間なのね?」
「厳密に言うと純粋な人間じゃないかもしれませんけどねー。その後ろにいる外人さん程じゃないスけど」
爽やかな表情で美神の後ろにいるピートの方に視線を向ける。
「ところで俺は貴女達を何て呼べばいいんスか?」
いつの間にか小竜姫も立ち止まって、ニコニコしながらやり取りを眺めている。
「あっ未だ自己紹介してなかったわね。私は美神令子。GSで都内で除霊事務所をやっているわ」
ようやく自己紹介する美神。
「僕はピエトロ=ド=ブラドーと言います。ピートで結構です。
貴方が見破られた通り、バンパイア・ハーフです」
『私はキヌと言います。300年前に死んだ幽霊なんです』
よくよく考えれば異常な一団といえるかもしれない。
この中で純粋な人間は美神だけ。
横島は割合は少ないとはいえ神魔人、小竜姫は神族で龍神、ピートはバンパイア・ハーフ、おキヌは幽霊なのだ。
「そうですか、では改めて初めまして。一応ここの住み込みです。俺は何なのかなぁ?
ちょっと普通の人とは違うけど、一応人間だと思ってます。ちょっとだけ他の因子が混じってますけどね」
非常に明るく屈託無く答える横島。
そうは言われても美神には横島が普通の人間にしか見えなかった。
ピートも普通にしていれば魔力(魔族因子)は感じられない。
横島自身が言うように、ピートよりさらにその要因が少ないのならそうそうわかりはしないのだ。
実際にはルシオラ(コピー)の魔力は、小竜姫(コピー)の神気と普段は波動を相殺し合っているので、例え霊能者でも横島のことは人間にしか見えないのだが……。
「そう……でも私が見ても普通の人間にしか見えないわよ。それとも貴方も霊能力を隠しているの?」
チラッと小竜姫を見てから探るような眼差しを送る。
「あれっ、そう見えますか?
いやぁ嬉しいなぁ……。俺の穏行の術も上達したって事ですね、小竜姫様」
笑顔で後ろに振り返る。
「そうですね。来たばかりの時から比べれば横島さんの穏行の術も上達しましたよ。
余程の相手じゃなければ見破れないでしょう」
こちらもにこやかに返す小竜姫。
《うぅ……何かさり気なくレベルが違う話をされているような気がしてむかつくわね!》
そんな二人を見ながら、仲間はずれにされたような気がしてちょっと腹を立てる美神だった。
何やら穏やかに会話する二人の間に、特別な絆を感じたせいかもしれない。
「生きている方は俗界の衣服をここで着替えてください」
どう見ても銭湯の入り口にしか見えない建物の前で説明する小竜姫。
しかし見上げる美神はかなり呆れていた。
「…何なのよ。このセンスは……」
ピートは未だ日本のこういう文化を知らないために、そのオリエンタルな雰囲気に感心している。
おキヌは自分が生きていた時代の建物と雰囲気は似ているが、田舎出身でこれほど大きく立派な建物を見た事がなかったため、これまた感心した面持ちで眺めていた。
「何か……今一緊張感に欠けるなぁ……」
《本当にそんな凄い修業場なのかしら……?》
呟きながら用意された衣服に着替えている美神。
その下着は着ている服から容易に想像されるセクシー系の勝負下着だったが、その場で見ているのは同性の小竜姫のみである。
あまりにノホホンとした銭湯の脱衣所風の雰囲気に戸惑っているのだ。
「当修業場には色々なコースがありますけど、どういう修業をしたいんです?」
ここで小竜姫が美神に向かって修業という言葉を使っているのは間違いではない。
彼女は自分や横島の時は修行という字を使う。これは修行が仏道や武芸を身につけるために努力する意味を持っているからである。
神族にしては珍しく、自分を鍛え直すために「念法」を身につけようとしている自分、人間として中級神族に匹敵する能力を持ちながら自分の大事な人を守るために「念法」をさらに上達させようとしている横島。
そんな二人の修練には修行という言葉の方が相応しいと思っている。
片や修業という言葉は、技術を習い身につける事を意味している。
短期間で行う普通の霊能者にはこちらの文字が合っている。
そんな小竜姫の思いには当然気が付かない美神は、実に彼女らしい答えを返す。
「そりゃ決まってるわ! なるべく短時間でドーンとパワーアップできるヤツ!
この際だから唐巣先生より強くなりたいわね」
そんな事をサラッとした笑顔で言い放つ美神はやはり大したものである。
「ふふ……威勢がよろしいこと!」
口に手を当てて笑う小竜姫だったが、次の瞬間表情を真面目にして言葉を続ける。
「いいでしょう。今日一日で修業を終えて俗界に帰して差し上げます。
ただし、強くなっているか死んでいるかのどちらかになりますよ」
それでも構いませんね、と言外に問いかけてくる小竜姫。
「上等! それでこそありがたみがあるってもんね」
道士服の上着を着ながら答える美神の表情に怯えはない。
「よろしい! 奥へどうぞ!」
美神の表情を見てその事を確認した小竜姫は立ち上がると美神を奥へと誘う。
ガラリと風呂場に通じる筈のドアを開けると………そこはあり得ない程だだっ広い世界だった。
目の前には闘技場のような石造りの施設が存在するが、あとは地平線の果てまで巨岩がポツポツと点在する不思議な世界である。
「これは一体どういう事なのでしょう?」
自分達が入ってきたドアがポツリと空間の中に場違いに存在しているのを見て、周囲を見回しながら呟くピート。
「成る程。異空間で稽古つけてくれるのね」
片や美神は腕を組んで余裕の表情だった。
おキヌは呆然としていて言葉も無い。
「人間界では、肉体を通してしか精神や霊力を鍛えることはできませんが、ここでは直接霊力を
鍛えることができるのです」
小竜姫がこの場所の説明をする。
「その法円を踏みなさい」
小竜姫が奇妙な術式が書かれた法円を指差し促す。
「始めて見る法円ね……」
美神は興味津々といった表情で法円に入る。
「踏むとどうなるわけ?」
そう言った途端、奇妙な喪失感とともに美神から彼女に容姿のよく似たヘッドアーマーとショルダーアーマーを装着し、手に槍を持った女戦士が分離した。
「な、何これは……!?」
突然の事に美神ですら大口を開けて驚いている。
おキヌは先程から事態の推移に付いていけておらず沈黙を保っている。
「これは貴女の『影法師』です。霊格、霊力、その他貴女の力を取り出して形にしたモノです」
驚く美神達に影法師(シャドウ)の説明をし、この修業の意味を教える。
「これから貴女には3つの敵と戦って貰います。一つ勝つごとに一つパワーを授けます。
つまり全部勝てば3つのパワーが手にはいるのです。
……ただし、一度でも負けたら命はないものと覚悟して下さい」
小竜姫の言葉に表情を変えるピートとおキヌ。
そしてピートが少し後ろの巨岩にもたれ掛かって静観している横島に近付く。
「あの……貴方もこの修業を行ったんですか?」
その表情には美神への心配が見える。
「あぁ、俺は此処に来て2ヶ月目にこの修業を受けたよ。短時間で霊力をアップしようとしたら
この修業しかないからな」
何でもない事のように答える横島。
彼は知っているのだ……。美神がこの修業を無事(?)終える事を。
「でもあのシャドウは美神さんの分身そのものです。
シャドウが傷つけば美神さんの霊体も同じダメージを受けてしまいますよ?」
「このコースはそう言うモンだから仕方がないさ。
この修業の特徴が肉体を通さず直接霊力を鍛える事である以上、リスクは大きくなる。本来、
こんなに急に霊力を上げようとする事が無茶なんだから相応のリスクがあるのは仕方が無いよ」
横島の言葉に、元々美神が希望して受けることになった修業のため黙ってしまうピート。
そうこうしている間にも事態は進んでいく。
「つまりこれは真剣勝負なのね…? 上等よ、そーと決まれば早いとこ始めましょう!!」
そう言って意気込む美神に合わせて構えを取る美神のシャドウ。
美神の修業は今始まる。
「剛練武!」
小竜姫のかけ声と共に、闘技場の中央から全身を岩のような外殻に覆われた一つ目、一本角の鬼が現れる。
「始め!」
その言葉と共に雄叫びを上げて突進してくる剛練武。
美神はシャドウを向かわせて、カウンター気味に槍の一撃を叩き込む。
ギインッ!!
だがその一撃は剛練武の外殻に弾き返され傷一つ負わせる事はできない。
そしてつかみ取ろうとする剛練武の腕を何とか振り解くと距離を取ろうとするが、強烈な一撃を受けて一瞬気を失いかける。
「『美神さん!!』」
その光景を見て狼狽するピートとおキヌ。
だが横島は顔色一つ変えずに呟く。
「迂闊だな、美神さん。実戦だったらまずいぞ。
攻撃能力や防御能力が全く分からない未知の敵相手に正面から突っ込むなんて」
「横島さんっ!」
血色ばむピートに対して表情を変えずに言葉を続ける。
「だが……代償は大きかったが目的は達したみたいだ。
今ので敵の機動力や弱点の把握はできたようだし。ほら、よく見ておいた方がいい。
戦いは最後に立っている者が勝ちなんだ。
そう簡単に我を失っていたら実戦ではすぐに死んでしまうぞ。敵の外見が弱そうだからって
油断しちゃ駄目なんだ。戦うときは敵の能力と弱点を全力で探る事から始めないとね」
その言葉に少し冷静になったピートが戦いに目を戻すと、美神は剛練武よりも明らかに勝っているスピードを使い懐に飛び込むと、槍で剛練武の単眼を突き刺した。
煙と共に消滅する剛練武。
「まず一つ……」
ホッとした様子の美神に後ろで紙吹雪を飛ばして喜ぶおキヌ。
ピートも明らかにホッとしている。
「なかなかやりますねぇ」
美神のシャドウに鎧が装着されるのを見ながら楽しそうに言う小竜姫。
「これで霊の攻撃に対する防御力がアップした。まず1面クリアーということだ」
ポンとピートの肩を叩いてそう告げると、横島は小竜姫の横に歩いていく。
「あっ……」
ピートは横島が自分に戦いの際の注意点を教えてくれた事に気が付いて、離れていく横島の背中を眼で追った。
「それじゃ次の試合を始めますけど、いいですか?」
小竜姫が美神に尋ねる。
「はいはいどーぞ」
攻撃に対する耐久力を手に入れた美神は嬉しそうに答えた。
「美神さん、さすがに現役GSだけあって戦い慣れてますね。まあ戦いは相手とやり合う前から
始まるって言いますからね。失礼、実際に除霊を経験している貴女には釈迦に説法でしたか」
横島は気負ったふうもなく淡々とそう告げると、小竜姫の少し後ろに動いて闘技場を眺め始める。
「むっ!? そんな事戦いの常識じゃない!!」
何となく引っ掛かる口調に不機嫌そうに答える美神。
「禍刀羅守!出ませい!!」
小竜姫の言葉に姿を現す黒色の四足歩行型の鬼。
昆虫らしきイメージを与える姿だが、その両手両足は刀状になっており、各肢の付け根にも刃が付いている。
見るからに切り刻む事が好きで痛そうな雰囲気を持っている。
美神やおキヌ、ピートもそう感じたらしくイヤそうな眼で見ている。
「グケケケーッ」
前足を素早く振り上げて巨石を一刀両断にして見せ、そのデモンストレーションに美神が頭を抱えている様子をチラリと盗み見るとニヤリと笑う。
開始の合図を待たずにその足を振り上げ美神のシャドウに襲いかかる禍刀羅守!
『あっ!』
頭を抱える美神の横でおキヌが動き出した禍刀羅守に気が付き声を上げる。
ビュ!!
素早い動きで襲いかかる禍刀羅守の刃がシャドウに迫る。
だが横島に戦いにおける常識をわざわざ言われた事に反発して、じゃあ手本を見せてやろうと考えていた美神はバックステップでその一撃を回避させる。
バキィ!!
咄嗟に庇おうとして前に出した左腕が、装着した鎧ごと切り裂かれる。
だが霊体そのものへの傷は小さく、戦闘にもほとんど影響ない。
「あぁ!卑怯だぞ!いきなり……」
「こらっ! 禍刀羅守!! 私はまだ開始の合図をしていませんよっ!!」
ピートの言葉は小竜姫の大声でかき消される。
「フンッ。グケケッ……」
前脚をヒラヒラさせて小竜姫の抗議に対して巫山戯た態度を取る禍刀羅守。
「私の言う事が聞けないってゆーの!?」
卑怯な事が嫌いな小竜姫の顔に怒りの表情が浮かぶ。
《やれやれ、美神さんのシャドウにダメージは無いみたいだから問題はないんだが、
小竜姫様が怒っちゃったな。まぁ試合開始前のアドバイスが役に立ったみたいだ》
そんな事を思いながら小竜姫に近付く横島。
「小竜姫様、美神さんのシャドウにダメージはないみたいです。このまま続行しましょう。
しかし今の不意打ちを咄嗟に避けるとは、さすがに実戦をこなしてきただけはありますね。
禍刀羅守には後で俺がお仕置きをしておきますよ」
そう言ってニヤァと邪な笑顔を禍刀羅守に向ける。
ビクッ!
悪戯が過ぎた事に気が付いた禍刀羅守は、横島の笑みを見て危険を感じたのだろう。
青ざめた表情で後ずさりする。
「そうよ!! コイツをやっつけないとパワーアップできないんでしょう?」
「…それはそうですけど」
「いーえやるわっ! 幸いダメージもないし!! 行くわよっ!! この…くされ妖怪ーっ!!!」
激怒してシャドウを突撃させる美神。
だが頭に血が昇っている美神は、禍刀羅守の攻撃方法が四肢の刃である事は理解していたが、その格好からは考えにくい高機動性を失念していた。
この辺が美神の悪い癖で、霊能者のくせに視覚情報に頼っているのだ。
シャドウの猪突猛進な正面突撃を身体を沈めて交わした禍刀羅守は、すかさず後ろに回り込んで背後からの攻撃を加える。
それを振り向きざまに槍で弾き返し距離を取る美神シャドウ。
「コイツっ…思ったよりも厄介ね。攻撃も強力だけど機動性が問題だわ」
息を乱しながら今更に禍刀羅守の能力を把握する。
『み、美神さーん! がんばってぇー!!』
応援することしかできないおキヌが大声で叫ぶ。
「くそっ! 最初の不意打ちの影響はないけど厄介な相手だ!」
ピートも一連の攻防を見て舌打ちをする。
「うーん……攻めあぐねているな」
横から聞こえてきた少しだけ心配そうな横島の声に思わず振り向くピート。
先程、自分にアドバイスをくれた事を思い出したのだ。
「そういえば横島さんはあの妖怪とも戦ったんですか?」
「いや、俺は禍刀羅守とは戦っていない。俺が戦ったのはキマイラだったからな」
「キ…キマイラ? あれって空も飛べるんじゃ…?」
「ああ、機動性はかなり良かったぞ。それに3次元的な動きをするから結構面倒だった」
この男は同じ修業を遙かに強い敵相手に行ったのだとわかり戦慄する。
どうやら穏行の法で自分の霊力を隠しているようで、ピートには横島がどの程度の力を持っているかすらわからない。
「でもこのままじゃ美神さんは勝てない……」
「そりゃあ、このまま闇雲に戦っていても勝てないさ。
でもおそらく実戦経験が豊富みたいだから弱点に気が付くと思うけどな」
『…弱点? そんなのあるんですか?』
いつの間にか近寄ってきたおキヌまで会話に参加する。
「そりゃあどんなヤツにだって弱点はあるさ。
そうだな……ヤツの場合身体の構造をよく見てみるといい。それだけに頼っては駄目だけど、
視覚から得られる情報が重要な事に変わりはないんだ。
これ以上のヒントは規則破りになるから教えられん。俺も小竜姫様が怖いからな」
最後だけやけに小声で言う横島。
横島の言葉に禍刀羅守をよく観察するピート。
その間にもシャドウと禍刀羅守の攻防は続いている。
「そうかっ! 美神さん、アイツは亀ですよ、亀っ!!」
四肢の構造を見て弱点を理解したピートが美神に大声で告げる。
「…亀…? 成る程!!」
ピートの言った意味を理解した美神はわざと禍刀羅守にのし掛からせて下から槍の一撃を見舞う。
ドンッ!!
「ゲッ…グゲゲゲゲーッ」
ひっくり返った禍刀羅守は藻掻きながら消えていった。
「あのコはひっくり返ったら自分で戻れないんです。勝負あったようですね」
試合の経緯を僅かに不安そうな面持ちで見ていた小竜姫も、安心したように勝敗を告げる。
無論、アドバイスを送り最後に余計な事を言っていた横島に視線を送る事も忘れない。
横島はその時、背筋に冷たいモノが走ったという。
バシュッ
そしてシャドウの持つ槍が両側に刃を持つダブルソードへと姿を変える。
「槍が……!!」
「前回の防御力に続いて攻撃力がアップしたんですね」
ピートも感心したように眺めている。
おキヌは紙吹雪をばらまいて喜んでいる。
美神達が喜んでいる横で、小竜姫と横島はヒソヒソと話し込んでいた。
「横島さん、先程何か言いませんでした?」
「えっ……やだなぁ。何にも言ってませんよ」
「そうですか。ならばいいんですが。でも隠しても無駄ですよ。
後で貴方の中の私とリンクすれば分かることですから」
ニッコリと笑いながら話す小竜姫を何故か怖いと感じる横島。
「別に後ろめたい事は言ってないっスよ」
冷や汗をかきながら弁明する横島は、まるで浮気を問いつめられている亭主のようだった。
「まぁそれはいいんですけど……。ところで美神さんの最後の相手はどうしましょうか?」
単に横島をからかっていただけなのだろう。
小竜姫は話題をあっさり変えると、真面目な表情で尋ねてきた。
「そうスねぇ……小竜姫様が相手をするつもりですか? でもあの時と違って俺のシャドウもいないし、
今の小竜姫様には美神さん単独では勝てないかもしれませんね」
小竜姫もこの10ヶ月、念法の修行を黙々と行ってきた。
彼等が未来の記憶で持っている美神修業時と比べ、小竜姫も横島も実力的には遙かに上回っている。
かなり手加減しないと相手にすらならないだろう。
「誰かいい相手はいませんかねぇ……」
ため息を吐く小竜姫。
「俺がやると美神さんに実力がばれてしまいますからねぇ」
実は先程まで小竜姫は自分が最後の相手を努めようと考えていたが、手加減しすぎて不自然になってはまずいと言う事でその考えを却下していた。
同じ理由で横島という選択肢も却下する。
といって美神の修業のためには、強いとは言っても今更ゴーリキやキマイラを使うわけにもいかない。
彼等の能力では最終ステージでの課題を満たす事ができないのだ。
「総合力が優れた相手がいいんですよね?
だったらこの前創った『シャドウキラー』なんていいんじゃないスか?」
横島がこの前小竜姫と一緒に創った新しい修業用妖怪の名を挙げる。
これは小竜姫の実力があまりに上がったため、修業用に新たな対象が必要となるだろうと考えて横島が基本スペックを考えたのだ。
しかも今の横島が考えただけに、修業相手としてはうってつけでありなかなか嫌らしい能力を持っている。
「ああ、それがいいですね。ではそうしましょう」
小竜姫は頷くと美神達の方へと向かう。
「まぁ美神さんならヤツと戦っても負けはしないだろう」
『それにヤツに勝てないようだと、この先の戦いはシンドイだろうしな』
そう言うと横島は、心の中でそんな事を思いながら再び腑抜けた表情で試合の開始を待つ事にした。
横島は美神なら必ず勝つであろうと思っているのだ。
いよいよ最後の修業が始まる。
(後書き)
おキヌが目立っていません。何故かピートが目立っています。
でもこの段階では、おキヌは戦闘シーンに絡めない。
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