フェダーイン・横島

作:NK

第6話




「では美神さん。次が最後の相手になりますが大丈夫ですか?」

「構わないわよ。いよいよ最後ね。相手は誰? あそこに立っている横島君がしてくれるのかしら?」

 横島の実力に興味があるのだろう、美神は挑発的な笑みを浮かべながら言う。

「彼は修行中の身です。対戦用の妖怪ではありませんから…。
 でも大丈夫です。次の相手は貴女には少し厄介かもしれませんね」

 小竜姫はニッコリと笑いながら挑発的な事を美神に言う。

「シャドウキラー! 出ませい!!」

 その言葉に闘技場の中央に人影が浮かび上がる。
 それは黒い忍び装束を身に着け、背中に刀、顔にはマスクを着けた正に忍者と呼ぶに相応しい出で立ちだった。
 姿を現したシャドウキラーは無言で試合開始位置まで進むと佇んで合図を待つ。

「何か暗いヤツねー」

 美神は挑発してみるが、シャドウキラーは相手にもしない。

「このシャドウキラーが最後の相手です。でも重ねて言いますが今度の相手は結構強いですよ」

「望むところよっ! さあ始めましょう!」

 やる気満々な美神だった。

「では…始めっ!!」

 合図と共に慎重に相手の動きを見ながら対峙する美神シャドウ。
 どうやらこれまでの2試合でそれなりに学習したようだ。
 軽く腰を落として対峙していたシャドウキラーはゆっくりと右手を背中の刀に伸ばした。

「させないってゆーの!」

 相手が動いたのを見て一撃を繰り出すシャドウ。
 その斬撃を軽い身のこなしで避けると、背中から自分の武器を抜く。

「それって……神通棍!?」

 シャドウキラーの抜いた武器は、美神がよく使う神通棍によく似た武器だったのだ。
 驚く美神を余所に、シャドウキラーは武器を光る鞭状にして攻撃を仕掛けてくる。
 変幻自在の鞭の動きを全て見切る事などできはしない。
 ダブルソードで致命傷になりそうな一撃は防いだモノの、身体の各所にダメージを受けてしまう。
 さらに今度は武器を剣状にして素早い動きから切れの良い一撃を繰り出してくる。

「くっ! コイツ今までのヤツとは全然違う? 能力のバランスがすごく良い!」

 生身ではなくシャドウで、しかも普段使い慣れない武器のみで戦う美神は焦っていた。
 フェイントで相手を崩そうとしても、今度の敵は頭も良いらしく引っ掛からないのだ。
 普段、様々な攻撃用オカルトアイテムを使って除霊するスタイルが染みついている美神は、相手の動きを止める方法が考えつかない。
 幸い敵の攻撃には思ったより重さがない。
 これなら何発か食らっても戦闘不能には陥らないだろう。
 再び武器を鞭状に変えたシャドウキラーは、円を描くような運動で遠距離から連続攻撃を仕掛けてくる。
 普段の性格からは考えられない程辛抱強く相手の攻撃を受け流し、捌いてきた美神だったがそれが突然止む。

「チャ〜ンス!」

 すぐさま攻撃に移ろうとした美神だったが、前を見ると武器を剣状にしたシャドウキラーがすでに目前に迫っていた。

「アンタっ! そんな素早い動きはひきょーよっ!!」

 そんな事を言いながら辛うじて避けるシャドウ。
 深追いはぜずに再び距離を取ると、今度は手裏剣のようなものを投げて美神シャドウの動きを牽制する。
 美神が防いでいる間に武器を鞭状に変化させ終わるシャドウキラー。


『あぁ…美神さーん頑張ってーっ!!』

 苦戦する美神を声を振り絞って応援するおキヌ。
 ピートは拳を握りしめて戦いを見守っていたが、小竜姫の後ろに立っている横島が全く表情を変えずに見ている事に疑問を持つ。

「横島さん、美神さんは勝てるでしょうか?」

 横島に近付いたピートが小声で問いかける。

「さぁ……こればっかりはわからないさ。でも充分勝機はあると思うぞ。美神さんが相手の特性を分析できれば多分勝てる」

 意味ありげな笑みを浮かべる横島の意図が分からないピート。

「またそれですか……。ということは簡単には教えてくれないんですね?」

「当たり前だろう。これは美神さんの修業なんだぞ。俺が弱点を教えたらカンニングじゃないか」

 横島の言う事は尤もだった。

「しかし……それまで美神さんが持つかどうか……」

 そう言って戦いの方に眼を転じると、既に美神のシャドウはシャドウキラーの攻撃でボロボロになっている。

「シャドウキラーの攻撃は、一つ一つはそれ程重くない。まだ大丈夫さ」

「でもこのままではじり貧です!横島さん、何かヒントは無いんですか?」

「そりゃあ俺はある程度連中の弱点を知っているけど、何度も言うように言ったらまずいだろう?
 それに口止めされているしね」

「何でも良いんです。何かヒントを!」

「仕方がないな……。じゃあピート、逆に君に訊くが実力的にそれ程差が無いという前提で、
 一番戦いにくい相手って何だと思う?」

 ニヤリと言う音が似合いそうな笑みを浮かべて話す横島。
 一瞬、その笑顔にゾッとしたが考え始めるピート。

「この戦いの間に俺が言っただろ。相手の攻撃能力や防御能力をよく見ろって。
 そうだな……特別にもう一つだけ教えるよ。
 敵の攻撃や防御を一つ一つ見るのではなく、もう少し大きな枠で見ると相手の特性を把握し易くなると思うよ」

 そう言って口を噤む横島。
 これ以上のヒントは教えないと言うのだろう。
 ピートは言われた事を反芻しながらシャドウキラーと美神シャドウの戦いを凝視する。
 相変わらず反撃に転じる隙を見つけられずに防戦に追い込まれている美神。
 だが横島の言うとおり、相手の攻撃は比較的軽いのだろう。
 美神のシャドウは何発も攻撃を食らってボロボロだが何とか戦っている。

「そう言えばおかしい……。
 あの戦いの駆け引きに長じている美神さんが何故こんなに手も足も出ないのだろう?」

 ようやくその事に気が付いたピートは少し違った視点から戦いを観察する。
 一連の攻防を見ていたピートはいきなりその理由を理解した。

「ああっ! そう言う事だったのか!!」

 いきなり大声を上げたピートにおキヌは驚き、横島と小竜姫は心の中でニヤッと笑みを浮かべる。

『ど、どーしたんですか、ピートさん?』

「おキヌちゃん。敵の動きをよく見るんだ。
 アイツは美神さんが攻撃をしようと考えると、その機先を制して動きを封じている。
 しかも戦闘スタイルが美神さんとそっくりだろう?」

 そう言われてみるとシャドウキラーの戦い方は、普段除霊の際に美神が戦っている姿に酷似している。
 相手の動きを読んで自分の制御下に置き、相手の選択肢を奪った上で自分に有利な状況に持っていく。
 そのために色々な道具を駆使するのが美神の戦い方なのだ。

『あっ、ほんとーだ。まるで鏡を見ているようですね』

「そうなんだよ。あの妖怪は相手の能力をコピーし、相手の思考を読む事で戦いを有利にしているんだ!」

 そう、横島が基本能力を考えたシャドウキラーのモデルは、未来の彼が南極で文珠を使いアシュタロスをコピーした時の姿なのだ。
 尤も戦いにくいのは自分自身である。
 何しろ考える事は一緒だし、能力的にも拮抗していて弱点も分かっている。
 それにほんの少しパワーを上乗せし、相手の思考も読めてその反射速度を上回る事ができるのがシャドウキラーの能力なのである。
 つまり美神はそれとは気が付かず、自分自身と戦っていたのだ。

「なるほどっ! そう言う事だったのね!! どうりで何か戦いにくいと思ったわ!」

 ピートの言葉を聞いて、先程から自分の感じていた違和感の正体に気が付いた美神。

「そう、自分相手が一番戦い難い」

 横島の言葉を聞きながら、仕切直そうと距離を取ろうとする。

 グサッ!

「くっ! 何?」

 これまでとは明らかに違ったダメージを受けて周囲を見回す美神。
 いつの間に仕掛けたのか、美神シャドウの周りには鋭い棘の生えた“撒きビシ”が敷き詰められていた。
 攻撃を止めて相手の反応を確かめようとするシャドウキラー。

「あぁ! いつの間にー!?」

『これじゃー動けませんね!』

 そう、美神のシャドウは撒きビシによって動きを封じられてしまったのだ。

「成る程……。美神さんって相手を誘き出して罠とかを仕掛けるのが得意みたいですね。
 なかなか敵にすると怖いタイプだな」

 二人の戦いを見て、改めて美神の戦闘スタイルを理解する横島だった。


《私なら敵を追い込んだとき、この後どーする?》

 決まっている。相手をロングレンジから攻撃して抵抗力を削ぎ、頃合いを見計らって止めの一撃を食らわせる。
 そしてこのままそうされたら、自分は為す術なくやられてしまうだろう。

《ヤツは私の考えを読んでいる。とゆーことは私も無心になれば機先を制されないと言う事ね》

 そう考えて美神は考える事を止めて相手の気配を感じ取る事に精神を集中する。
 シャドウキラーはそんな美神の対応に戸惑っていた。
 シャドウキラーは元々敵意を向けられた相手の思考だけを読みとれる。
 だからこれまで美神の打つ手を読みとる事ができたのだ。
 しかし今の美神からは何も考えが読みとれない。
 戦いを開始してから初めて戸惑いを覚えたシャドウキラー。
 だが相手はすでに動けはしない。
 自分の攻撃を受け続けてボロボロであり、後一押しで倒す事ができる。
 そう考えたシャドウキラーは止めを刺すべく強烈な一撃を加えようと跳躍した。
 相手の動きを封じた事で自分の動きも制限されることまで思い至っていなかったのだ。
 後一撃で勝つ事ができるという油断が初めてシャドウキラーの動きに隙を作る。
 その動きを研ぎ澄ませていた感覚で察知した美神は相手の動きに合わせてシャドウを跳躍させた。
 いかにこちらの動きを読む事ができても、すでに跳躍していれば動きは制限されるのだ。
 繰り出された鞭を額のアーマーで受けて槍を投げつける。
 美神のシャドウはその衝撃で落下するが、攻撃を繰り出したために回避行動がとれなかったシャドウキラーの胸に美神シャドウが投げた槍が深々と突き刺さる。

 ビュウウゥゥン!

 衝撃でシャドウキラーのマスクが外れ、下から美神シャドウそっくりの顔が現れる。
 それはすぐに目も鼻もないのっぺらぼうとなり、シャドウキラーは消滅した。

「きゃー、いたいーっ!!」

 勝利を味わう暇もなく、撒きビシの上に落下した美神シャドウからのフィードバックで転げ回る美神。

「やったーっ! 美神さんが勝ったーっ!!」

『うぅ……美神さんおめでとーございます!!』

 喜びの声を上げたピートとおキヌも美神の様子に気が付いて心配そうに駆け寄る。

「見事勝ちましたね美神さん。今痛みから解放してあげましょう」

 そう言うと小竜姫の掲げた右掌が光り、シャドウに刺さった撒きビシが消えてシャドウの怪我も治っていく。

「あっ痛みが無くなったわ」

 ようやく苦痛から解放された美神が自分の身体を見回してホッと一息吐く。

「貴女はこれまでの自分自身という最大の強敵をうち破りました。
 そして無心の境地に一瞬とは言え到達したのです。では最後のパワーを差し上げましょう」

 小竜姫の言葉と共に美神のシャドウは強烈な光に包まれる。

『ま、眩しい…』

「サイキック・パワーの総合的な出力を上げたんです。かなり霊格が上がっている筈ですよ」

 そしてシャドウが再び美神の身体へと吸い込まれていった。

「小竜姫様、私の霊力はどれぐらい上がったのかしら?」

 美神の問いかけに何でもない事のように答える小竜姫。

「そうですね……大体15マイトぐらいですね。今の貴女の霊力は約85マイトといったところです」

「じゃあかなりパワーアップしたってことね! これでGSトップの座は守り抜けるわ」

 嬉しそうにそう言うと、美神は表情を真面目にさせて少し離れた場所で眺めていた横島を見詰める。

《おりょ? 別に絡まれるような事はしていないつもりだが……?》

 美神の視線に剣呑なモノを感じ取った横島は怪訝そうな表情をする。
 そして彼の眼には近付いてくる美神の姿が映っていた。


「貴方! 確か横島っていったわよね?」

 目の前で強気の表情を崩さずに問い質す美神。

「はぁ……そうっスけど…」

 相手の意図がわからず歩切れ悪く答える横島。

「さっきから私の戦いを見て好き勝手な事言ってくれたけど、貴方の実力はどうなのよっ!?」

 要するに自分より何となく強そうに見える横島の力を見てみたいのだろう。色々言われた事も嫌だったのかもしれない。

「そう言われてもねぇ……。小竜姫様、俺の実力ってどんなモンなんでしょうね?」

 さてどう答えようか、といった表情で小竜姫に話を振る横島。
 小竜姫はクスリと笑みを零しながら助け船を出す。

「美神さん、単に実力といわれても人は様々な能力を持っているんですよ。
 具体的な能力を挙げて頂かないと横島さんも答えようがありませんよ」

「そりゃそーね。じゃあ単純に戦闘能力はどう?」

「うーん、人相手ならおそらく俺の方が上でしょうね。俺は元々そっち系ですから。
 霊が相手となるとよく分かりませんね。俺はGSじゃないから除霊なんて殆どやった事ありませんし……」

 せいぜい控え目に答える。

「じゃあ私と試合してみない? 小竜姫様の弟子ってどの程度なのか見てみたいし。
 もちろん寸止めでだけど」

 挑むような目つきで言ってくる美神。

「はぁ……俺の一存じゃ答えられませんよ。小竜姫様、どうします?」

 困ったような表情で尋ねる横島に呆気なく答える小竜姫。

「おもしろそうですね。でも寸止めというルールは必ず守ってくださいね。それなら許可します」

「わかりました。美神さん、師匠から許しが出たんで構いませんよ」

 そう言って気負った様子もなく闘技場に向かう。

「そうこなくっちゃ! さて、私の能力がどれだけ上がったか試さなくっちゃね」

 嬉しそうに闘技場へと向かう美神。

『…あの……美神さんだいじょーぶでしょうか?』

 突然の事におろおろしているおキヌがピートに尋ねる。

「わからないですね。横島さんはかなり強いと見ました。油断するとあるいは……」

 真剣な表情で見詰めるピート。
 自分に戦いのポイントを教えてくれた横島は、少なくてもあのシャドウの対戦相手よりは強そうだとピートは感じ取っていた。

「では二人とも用意は良いですか? では開始!」

 小竜姫の合図と共に、神通棍を伸ばし霊力を満たして攻撃を加える美神。
 この辺は鞭とロッドという差はあるが、さきほどのシャドウキラーと殆ど変わらない。
 その攻撃を軽々と交わすと、横島は左手を掲げて連続して霊波砲を放つ。

「クッ! 霊波砲をこんなに連射できるなんて!」

 次々と飛来する霊波砲を交わし、避けきれないものはお札で威力を相殺する。

「だけど威力はその分弱いわ。攻撃が止んだときがチャンスね!」

 爆煙で一瞬視界が途切れるが、横島の攻撃が止んだために美神は攻撃のために間合いを詰める。
 横島は攻撃の成果を確かめるためだろうか、最初とは少し離れた位置に立っていたが突進してくる美神を見て体勢を低くして構えると右手から高密度の霊波刀を作りだした。

「なっ!? あんなに高出力の霊波刀を作り出せるの?」

 驚きはしたがこの間合いなら自分の攻撃は届くが横島の攻撃は届かない。
 そう判断した美神は渾身の一撃を放つ。
 先端から霊力を伸ばしまるで槍を打ち出すかのような神通棍の攻撃は、さすがの横島も避けられないと美神だけでなくピートも思った。
 だが凝集された霊力が直撃すると思われた瞬間、横島の身体が歪み陽炎のように消え去る。
 神通棍は空しく宙を切る。

「そんな!? あれは幻術?」

 驚愕によってできた一瞬の隙。それを見逃す程横島は甘くない。

「ここですよ、後ろを取りましたよ」

 背後から聞こえる横島の声。

「えっ!?」

 第六感が警報を打ち鳴らし、美神は考えるより先にその場を飛び退き声の方向を見る。

「違います、こっちですよ」

 しかし向いた方向に横島の姿はなく、またまた背後から声を掛けられる。

「くっ!」

 今度は全力で走って横島を引き離そうとするが、体術面では圧倒的に優れている横島には無意味であった。

「それでは俺を引き離せませんよ!」

 焦りが判断を誤らせ、咄嗟に振り向く美神。
 だが反対側から強烈な殺気を叩き付けられる。

「チェックメイト」

 気が付けば横島の霊波刀が振り向いた反対側の首筋に突きつけられている。

「それまでっ!」

 小竜姫の終了の合図に霊波刀を離して美神から距離を取る横島。

「パワーアップしたっていうのに……こんなに一方的に翻弄されるなんて……」

 想像もしなかった結果に悔しそうに俯く美神だった。

『まさか……美神さんがあんなに一方的にやられるなんて……』

「強い……。霊力もかなりだけど体術が桁違いだ……」

 観客と化していたおキヌとピートも見せつけられた横島の力に言葉少なである。

「美神さん、貴女がここでの修業で得たモノはあくまで霊的な面に関するパワーアップだけです。
 横島さんは体術面で貴女を圧倒したんですよ。霊との戦いにおいて無論霊能力は重要です。
 でもそれを扱う肉体的な能力を軽視する事はできません」

 小竜姫が悔しそうにしている美神に負けた原因を解説する。

「そうね……霊力を使う以前の段階で歯が立たなかったモノね……」

 美神も戦いの経緯を思い出して納得したようだ。
 だが最初に自分の攻撃を躱した幻術のことは納得していなかったらしい。

「横島君……最初に私の一撃を躱した幻術はどうやったの?」

 まさか催眠術に掛けられたわけでもあるまい。
 ひょっとすると精神感応力なのか、と思いながら尋ねる。

「ああ、あれですか。あれは単に俺の影を見せただけですよ。
 霊波砲の爆煙で視界が途切れたときに入れ替わったんです」

 これを使ってね。と言って差し出した掌に小さな珠を作り出す。


「へぇ……何よこれは……?」

 そう言ってしげしげと放り投げられた珠を眺める。

「多分見た事無いと思いますけどね。ちょっと返してください。これはこうやって使うんスよ」

 ひょいと美神から珠を取り戻すと、一瞬それに鋭い視線を送り込む。
 すると何も映し出していなかった珠に『爆』の文字が浮かんでいる。

「爆発に備えてくださいね」

 そう言って闘技場の端に珠を放り投げる横島。
 しばらくすると珠は閃光と轟音と共に爆発する。
 予想外の事に呆気にとられる3人。

「今は見て貰ったように『爆』の文字を込めました。
 さっきは『影』の文字を込めて俺の虚像を見せたんです」

 何でもない事のように言う横島だったが、美神としてはそれどころではない。

「ま、まさか………それって文珠なの!?」

「あら、知っていたんですか美神さん。博学ですね」

 ニコニコとしながら話しに加わる小竜姫。

「美神さん、文珠って何なんですか?」

 ピートが聞き慣れない単語に首を捻る。

「私も詳しくは知らないけど、凄く珍しい能力で霊力を凝集して球体にしたものよ。
 でもこのオカルトアイテムが凄いのは、それだけでは何でもないんだけど
 そこに意味のある文字を念じて込めれば、それに応じた効果を発揮するのよ。
 今横島君が見せたみたいにね……」

「じゃあイメージに応じて様々な利用法があるんですね? まさに万能武器ですね」

 ピートはその凄さが分かったのだろう。感心するやら驚くやらで複雑な表情をしている。

「美神さんが言ったとおりです。横島さんの霊能力である文珠は非常に珍しい能力で、
 現在では神界、魔界、人界を通じて術者は非常に珍しく、人界では他に知られていません。
 横島さんだけが使えるのです」

 その言葉に驚く美神。
 まさか3界を通じて稀少な文珠使いと会えるとは思わなかったのだ。

「まっ、そーいう理由で俺はここで修行してるんスよ。
 いかに文珠が使えたって、それだけじゃ戦いに勝てませんからね。
 体術を極めれば戦い方の幅は飛躍的に広がりますから」

 先の横島の戦い方は、正に彼の今言った事の正しさを裏付けるものだった。

「そう、私が勝てない訳ね……。でも横島君、何で貴方ゴースト・スイーパーじゃないの?」

 これは美神にしては当然の疑問だろう。
 今実際に戦ってみた感じでは、例え文珠を使わなくても横島の霊能力を含めた実力はトップクラスのGSに匹敵する。
 何故こんな逸材が無名なのだろう?

「ハハハ……。だって俺ってまだ16歳っスよ? それにGSって試験があるんでしょう?
 そんなの受けていないし、人間社会での師匠もいませんからね。俺の師匠は小竜姫様だけですし」

 そう言って笑いながら小竜姫を見る横島に暖かい視線を返す小竜姫。
 その二人の姿を見て美神は、この二人デキてるんじゃないか、と直感する。
 ということは、この非常に出来の良い弟子である横島を独り占めするために小竜姫が外に出さないんじゃないか、と邪推したのだ。

「そんなの勿体ないわよ! 貴方の霊力って軽く100マイトを超えているでしょう?」

 詳しくは分からないが、先程見た霊波刀を思い出すと少なくとも自分より霊力は上だと思えるのだ。

「霊力ですか? 一応小竜姫様が言うには150マイトぐらいあるらしいですよ」

 無論演技なのだが、良く知らずに何でもない事のように言う横島。

「ひゃ、150マイト〜!? そんな…パワーアップする前の私の霊力の2倍以上じゃない!!」

 上には上がいるのね〜と落ち込む美神。

「それだけの才能を野に埋もれさせるなんて勿体ないわね。
 どう? 貴方私の助手にならない!? 
 貴方と私が組めば業界のトップシェアを取れるわよ! 今なら時給300円よ!」

 その値段に一斉にずっこける美神以外の全員。

「そ、その給料じゃ…生活できないと思うんですが……」 

 立ち上がりながら控え目に反論する横島。
 内心、これだけの能力を持っていても美神さんは時給300円で雇おうとするのか……と驚いていたが。

「それに俺はまだ修行の途中なんスよ。今ここを降りるわけにはいかないんです」

 キリッとした表情で言葉を続ける横島。

「修業? …貴方ここまで強いのに何を修業しようっていうの?」

 その言葉に不思議そうな表情をする美神。
 ちなみに彼女は修業というふうに漢字を勘違いしている。
 チラッと小竜姫に視線を向ける横島。

「それは私からお話ししましょう。横島さんがここにいる理由はある武術を修得するためなのです。
 おそらく聞いた事がないと思いますが、『念法』という武術です。ご存じですか?」

 小竜姫の言葉に横島以外は全員首を振る。

「説明するのも何ですから横島さん、実際に見せて上げてください」

 小竜姫の言葉に頷くと、横島は自然体になって目を瞑り精神を集中させる。

「今から始めますが、横島さんの霊力に注意していてくださいね」

 横島がカッと目を見開くと、その霊力が見る見るうちに上昇していく。

「…し…信じられない……。霊力が…霊力がどんどん上がっていく……」

 呆気にとられた表情でその様子を見る美神。
 10秒後、先程までより圧倒的に強い霊圧を放っている横島が涼しい顔でこちらを見ていた。

「わかりますか美神さん。俺の霊力が3倍程に増幅されているのが?」

 横島の問いにコクンと頷く美神。
 横島の放つ霊圧は門の所で感じた小竜姫の解放した霊圧と遜色がないモノだった。
 今回は美神達を小竜姫が竜気で守ったので吹き飛ばされなかったが、それを浴び続けるのはかなり苦しかった。

「横島さん、もういいですよ」

 その言葉に大きく息を吐くと、横島が放っている霊圧が小さくなっていく。

「今のが念法の基礎です。念法とは人間の身体にある霊的中枢、チャクラを自らの意志で
 自由に廻せるようにする事で霊力を練り上げ、武具を通じて人間の限界を超える技を使う武術です」

「そんな技があったなんて……」

「人間界では殆ど知られていない武術ですから。
 ちなみにチャクラは全部で7つありますが、今のは3つ目まで廻したんですよ」

 その言葉を聞いてあまりのレベルの違いに何も言えない美神。

「俺はもう少しこの念法をモノにするまでは妙神山を降りる気はありません。
 まだ時間は掛かるでしょうが、何とかモノにしてみせますよ」

 その言葉に説得は無理と悟ったのだろう。美神は首を振りながら諦めたような表情を見せる。
 ピートはすでに考える事を放棄したようだ。
 おキヌは内容が良く分かっていなかった。

「さて、ここでの修業は終わりました。美神さん、今日中に俗界に戻るんですか?」

 小竜姫の問いに我に返る美神。

「あっ! そうそう。とても念法っていうのは時間的に無理だから、今回はこれで帰る事にするわ」

 そう言って帰り支度を始める美神達。
 鬼門まで小竜姫と横島が送る。

「ではこれからもGSの仕事、頑張ってくださいね」

「俺もいつかは下界に降りますから、その時は顔出しますね」

 笑顔で手を振る妙神山の二人に見送られて帰途につく3人。
 こうして横島と美神は出会う事になった。
 しかし彼等が一緒に戦うのはまだ先の事である。



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