フェダーイン・横島

作:NK

第8話




「ねえ〜令子ちゃ〜ん。まだ着かないの〜?」

 一人インダラに乗って楽をしている割に、先程からこの質問を繰り返している冥子。

「あー、その質問は聞き飽きたわ! 答えはさっきと一緒よ! もう少しかかるわ!!」

 先頭を歩く美神がちょっと苛ついた口調で答える。
 その後ろに冥子、唐巣、ピートの順で山道を登っていく。
 前回美神が来たときのようにピートが大きな荷物を背負っているのは変化ない。
 おキヌは幽霊なのでフヨフヨと浮かびながら付いて来る。

「しかしこれ程早く神族絡みの事件が起きるとは思わなかったよ。大変な仕事かもしれんが、おかげ
 で『念法』を使う横島君に会う事ができる」

「私も〜横島君をよく見てきなさいって〜言われたわ〜」

 六道婦人は残念ながら来る事ができなかったので、娘の冥子にきちんと見定めてくるように命じたのだ。

「冥子クン、後少しだよ。道の幅が広くなってきたからね。もう少しで妙神山修業場だ」

 唐巣の言葉に嬉しそうな表情を見せた時、冥子の式神インダラが何かを感じ取ったのか立ち止まる。

「あら〜インダラちゃ〜ん、どうしたの〜?」

 冥子がインダラの視線を追ってみると、道の脇に木製の土管のようなものが幾つか転がっていた。
 そこから一人の青年が出てくる。

「あら〜こんな所に人がいるわ〜」

 のんびりとした冥子の声に残りの者が視線を向ける。

『あっ!』

「あらっ!? 横島君じゃない。こんな所で何をしているの?」

 おキヌが声を上げ、横島の顔を知っている美神が不思議そうに尋ねる。

「あぁ、美神さん、ピートにおキヌちゃん。ちょっと危険物がないかチェックしていたところっスよ。
 それにしても良く来てくれました。小竜姫様がお待ちです。えーと、そちらの式神に乗っている
 女の人と神父の格好をしている方は初めてお目に掛かりますね…。初めまして、小竜姫様の
 弟子の横島です」

 スッと頭を下げて挨拶をする横島。

「私は唐巣。今回の件で美神君から協力を頼まれたGSだよ。宜しく横島君」

「はじめまして〜。私は〜六道冥子です〜。貴方が〜横島君ね〜。凄く強いんですってね〜」

 何の裏も感じさせない素直な言葉で話す冥子。

『うーむ。やはり冥子ちゃんはこんな感じか』

 そんな事を内心思いながら挨拶を交わす。
 一行を先導する形で歩き出す横島。
 修業場まで後1km程である。

「横島君、君は文珠が使えるんだってね。後で見せてくれないか?」

 唐巣が興味津々という感じで話しかける。

「構いませんよ、どうせ明日は万が一の事を考えて全員に1個ずつは持って貰いますし」

「そうかね。それは楽しみだね。後、君は念法という武術を修得するために妙神山に住み込んでいる
 そうだが、我々が調べた限り念法に関する情報は皆無だった。君は一体どこでその武術に巡り
 会ったのかね?」

「俺が霊能力に目覚めたのは中学生になった頃でした。その頃は念法という言葉は知りませんでした
 が、基礎であるチャクラの開放とある程度までの鍛錬は3年間我流で行っていました。きちんと体系
 立てて修行したのは妙神山を訪れてからです」

 予め小竜姫と打ち合わせておいたストーリーを話す横島。
 無論、かなりの部分事実であるのだが……。

「ほう、独力でそこまで……。それは凄いね。しかし誰かに、そう、例えばGS等に師事しようとは
 思わなかったのかね?」

「うーん、GSは依頼するのに大金が必要だと聞き及んでいましたんで、ちょっと敬遠しました。
 それにどうせ修行するなら一番の所がいいな、と思いまして」

 苦笑しながら話す横島。

「いや……それは人によるんだがね……」

 そう言いながらチラリと美神の方に眼を向ける。
 普段はこういう視線に敏感に反応する美神だが、今日は横島に質問したい事があったので気が付かなかった。

「ところで横島君。貴方結局今の段階でどの程度まで念法を修得しているの?」

「さぁ…俺がどこまで行く事ができるかは小竜姫様でもよくわからないそうなんですよ。何しろ念法を
 習った人間は、小竜姫様の記憶では俺ぐらいだそうですから」

 そんな会話をしているうちに鬼門に到着した一行。

「おお、横島。用事は終わったのか? それにその者達は?」

「あぁ、俺の用は終わったよ“右の”。こちらは小竜姫様が依頼したGSの人達だ。門を開けてくれ」

「おお、それなら聞いている」

 そう言うと門が自ら開き一行を迎える。

「さぁどうぞ。と言っても唐巣さんは以前こちらで修業した事があるし、美神さん達3人はついこの前
 来たばかりだもんな。六道さんだけ初めてですね」

 かつて知ったる何とやらで、何ら迷うことなく進んでいく美神、唐巣、ピート、おキヌ。
 冥子だけが珍しそうに辺りを見回している。

「何か〜時代劇に出てくる〜昔の家みたいね〜」

 横島が案内したのは修業場に通じる銭湯のような外観の建物ではなく、小竜姫や横島が住んでいる宿坊だった。
 遠目で見るこちらはどことなく唐風の外観を持つ建物である。
 おそらく小竜姫の趣味なのだろう。





 宿坊の前まで行くと、小竜姫が迎えに出ていた。

「皆さん良く来てくれました」

 そう言って労う小竜姫に恐縮する唐巣とピート。
 師弟だけあってよく似ている。
 というより冥子は天然だし、美神がそういうことが無さ過ぎるだけかもしれないが……。

「ではさっそく打ち合わせをしたいので中に入ってください」

 そう言った小竜姫を制する美神。

「その前に確認したい事があるの。小竜姫様は神様だから人間よりずっと強力なのは当然ね。
 でも人間ってどこまで強くなれるの? 私も唐巣先生も横島君の実力を見てみたいの。
 あぁ、体術に関しては十分すぎる程わかってるわよ。私が知りたいのは霊能力の方なのよね」

「前回お見せしたのでは納得できませんか?」

「あの時確かチャクラは7つあるって言ったわ。横島君はそのうちの3つを開放して見せた。
 でもそれは基礎にすぎないんでしょ? 私達は本当の念法というものを見てみたいんだけど」

「我々ではチャクラを自分の意志で自由に廻す事すらできません。聞けば横島君はここに来る前から
 それがある程度できたという。小竜姫様、はっきりお答え願いたいのですが、我々でも念法を
 学べば横島君のようになれるのでしょうか?」

 小竜姫は横島と視線を合わせる。
 微かに笑う横島。

『ふう…やはり皆さん念法に興味を持ったみたいですね……』

 内心でそう思いながらも表情を変えずに答える。

「念法の修行はある程度小さいときから始めなければ修得は難しいんですよ。横島さんは独学とは
 言え13歳の時から修行していたのでかなりのレベルに達しています。本当はもっと小さいときから
 するのがいいんですが、身体や精神が充分ではないのでなかなかそうもいかないんです」

「時間は掛かるかもしれないけど、私が修行してもある程度までいくのかしら?」

「美神さんの場合、年齢的にも肉体と霊能力の成長期を過ぎているので正直難しいですね。
 唐巣さんははっきり言って無理です。ピートさんもすでに霊体が安定してしまっているので難しい
 ですね」

「じゃあ〜私は〜?」

 一人わかっておらず質問する冥子を除いてガックリする面々。

「冥子! アンタ何を聞いていたのよっ!!」

「え〜ん! 令子ちゃんが〜怒った〜」

「あっ!! 泣くんじゃないわよっ!!」

「すると年齢的にどの辺までで始めれば伸びる可能性があるんですか?」

 暴走しそうな冥子を宥める美神を視界から外して、ピートが此処に来て初めて台詞を話す。

「そうですね、男性で16歳、女性で15歳ぐらいまでには始めないと伸びは少ないですね」

「成長は少ないかもしれないけど〜例えば令子ちゃんが〜修行したとしたら〜どのくらいに
 なるの〜?」

 あっさりと機嫌を直した冥子がのほほんと尋ねる。美神は後ろでグッタリとしていた。

「美神さんは20歳ぐらいですね。それなら2年間程みっちり修行しても第3チャクラ(臍)までが
 精々でしょうね」

 小竜姫に代わって答える横島。

「それでも霊力は3倍になりますけどね」

「3倍か〜。魅力的だけど仕事を2年間も休めないものね〜」

 横島の無情の言葉にガックリと頭を下げる美神。

「小竜姫様、お願いですから横島君の実力を見せてくれませんか? 今後の事もありますしはっきりと
 させたいんです」

 唐巣にしてはしつこいお願いにため息を吐く小竜姫。

「今回は一緒に仕事をするのですから仕方がありませんね。では私との試合という形で彼の実力を
 見て貰いましょう」

 そう言うと小竜姫は横島と一緒に全員を修業場へと連れて行った。



「こんなことになって済みません横島さん。悪いですけど今回はある程度まできちんと力を出して
 ください」

 口ではそう言う小竜姫だが、無論事前の打ち合わせで横島は第6チャクラまでを廻し霊力の増幅は2倍まで、小竜姫はリンクする前の2,500マイトまでしか霊力を出さない、という事を決めていた。

「あまり見せたくはないんですが小竜姫様がそう言うなら仕方がないっスね」

 そう言いながらチャクラを廻して霊体を肉体と同期させ霊力を練り上げていく横島。

「す…凄い……。彼の霊力がどんどん上昇していく…。信じられないが800マイトを超えているぞ…」

「先生のように周囲から霊力を集めるのではなく、自分の中の霊力を練り上げ強力にしていく
 みたいです。横島さんの霊力が膨らんでいくのがわかりますね」

 驚愕の表情で横島を見詰める唐巣とピート。
 美神もその力に目を見張っている。

「あ〜、影の中の式神達が〜怖がっているわ〜」

 インダラに乗ったままの冥子の口調はあまり変わらない。

『ほえー。すごいですー横島さん!』

 状況はわかっているのだろうが、あくまでのほほんとしているおキヌ。
 霊力を上げきったのだろう。
 普段の表情のまま高出力で霊力を安定させる横島。
 そしていきなり左手を上げると、右手を添えて何かを引っ張り出すような動作を行う。
 すると彼の右手には木刀が握られ、スルスルとまるで見えない鞘から抜かれるようにその姿を現す。
 美神達の眼にはその木刀が強力な霊力を放っている事が一目で見て取れた。

「さすがは横島さんです。では私も霊力を解放しましょう」

 そう言うと小竜姫様の霊力が一気に膨れ上がる。

「小竜姫様の霊力は2,000マイトを超えていますね」

 霊圧に耐えるために両腕で顔を覆っているピートが叫ぶ。

「では始めましょう」

 小竜姫の言葉と共に二人は距離を詰め、まるで申し合わせたかのように剣を打ち合わせる。
 2度、3度と激しく剣を打ち合うが、小竜姫の神剣と斬り結んでもビクともしない横島の木刀。

「信じられんことだが、横島君は霊力の出力が倍以上もある小竜姫様と正面からぶつかっても
 平然としている。どうやらあの木刀には相当強力な霊力が込められているようだね。
 あれなら一振りで悪霊など消し去られてしまうだろう」

 唐巣は感心したように呟く。
 そんな事を観客達が話している間にも、小竜姫は攻撃主体の剣法でフェイントを交えながら相手に隙を作らせようと様々な技を繰り出す。
 対する横島は小竜姫の攻撃力を受け流し、相手の攻撃の方向をずらす事で捌いていく。
 時折、正面から小竜姫の攻撃を受け止めるが力負けせずに押し返し、小竜姫が僅かな隙を見せると鋭い一撃を放つ。
 小竜姫の神剣と横島の“飛竜”が斬り結ぶ音が周囲に響き渡る中、どこか楽しそうに自分達だけの空間を作り上げている二人。
 少なくとも今の二人の間に入れる者は存在しないだろう。

「凄いわ…あの竜気が込められた神剣の一撃を正面から受け止めても傷一つ付かないなんて……」

 外見は木刀の“飛竜”だが、そこいらの霊刀などでは一撃で破砕されてしまうだろう威力を持っている。

「小竜姫様、そろそろ全力の一撃を出します」

 打ち合いの後、一時的に距離を取った横島が言う。

「わかりました。私も全力で行きます」

 その言葉と共に能面のように無表情となる横島。精神を極度に集中させているためだ。

「凄いですね……あの木刀に練り上げられ集束された霊力が注ぎ込まれていきます」

「そうね〜。大体1,800マイト近い霊力が込められているみたいね〜。」

 その出力に半分呆れる美神と唐巣。

「ハッ!!」

 横島は5秒程の“溜”を経て、姿が霞む程の鋭く早い踏み込みで小竜姫に上段からの神速の一撃を叩き込む。
 一方小竜姫は普通に神魔族が行うような霊力の使い方で、渾身の力を込めてやはり上段から斬撃を繰り出す。

 ドゴオォォン!!

 ぶつかり合った霊力の大きさで周囲を閃光と渦巻く衝撃波が襲う。
 辛うじて踏みとどまった美神達が見たのは、ほぼ互角の霊力で鍔迫り合いをしている横島と小竜姫の姿だった。
 真剣な表情で力比べをしていた二人だったが、同時にニコリと笑って力を抜き剣を収めた。

「強くなりましたね、横島さん」

「いえ、これも小竜姫様のおかげです」

 お互い言葉を交わして闘技場から出る二人。

「どうです、これで満足しましたか?」

 小竜姫の言葉にコクコクと頷く美神達。

「では打ち合わせに入りましょう」

 横島の言葉に宿坊へと向かう一同だったが、見せられた桁違いの力に心ここにあらずといった雰囲気である。

『横島君のあの力…あれは人間には大きすぎる力かもしれない。だから彼はこの妙神山に籠もって
 いるのだろうか?』

『凄いな…横島さんの強さは桁が違う。でも僕も頑張らねば』

『横島君って〜何か〜格好良いわ〜』

『あの力は間違いなく人類最強よっ!
 彼を時給500円、いや1,000円払ってでも雇えれば、元手はゼロでぼろ儲けだわっ!』

『横島さん、強いんですね〜』

 一目で誰の心の声かわかるような事を思いながら、一行は宿坊の中へと入っていった。





「私は横島君の考えに賛成ね。もし天竜童子を暗殺する計画が進んでいれば、この妙神山に
 籠もっている事は自明なんだから侵入を試ようとするでしょう。問題はバレすに結界を無効化
 して入り込めるかだけど……」

 美神はそう言って小竜姫を見る。
 妙神山の警戒態勢はどうなのかと問うているのだ。

「ここの結界は強力ですが、強力な結界破りを使って一部分だけ破る事は不可能ではありません。
 もし一瞬だけどこかに穴が開いてもすぐに修復するでしょうから、探知する事は難しいでしょう…」

「そうすると正面から来れば鬼門によって肉眼で発見されてしまう。となると空から来るかな?」

 唐巣も首を捻りながら考え込む。

「私も横島さんと色々考えたのですが、どうも相手の作戦を読む事ができません。侵入したとしても
 そんなに長期間、私の眼を誤魔化せる筈ありませんし……」

「でも誘き出すのはもっと無理ですよ。天竜童子を操る事の方がずっと難しいですしね」

 小竜姫の懸念をうち消すピート。

「やはり両面作戦で警備体勢を敷くしかないか…。六道さんとおキヌちゃんは天竜童子から離れない
 でください。唐巣神父とピートと美神さんは修業場内に散開して侵入者を警戒してください。皆さんに
 は通信用の文珠をお渡ししますから、何かあれば必ずわかるようになっています。俺は修業場の外
 を見張りますから。小竜姫様も天竜の傍にいてくださいね。侵入されたら宜しくお願いします」

 みんなの考えを聞いていた横島が妥当な線で警備体制をまとめ上げる。
 その内容に頷く一同。

「幸いここは修業場。皆さんがいても敵は修業しに来たただの修業者だと考えるでしょう。
 そこがこちらの狙いです」

 その言葉で打ち合わせを終えた一行は、小竜姫の心づくしの料理を食べて明日へ備えるのだった。






 翌日、龍神王は降臨して妙神山の小竜姫に息子の天竜童子を預け、自身は会議のために竜宮へと向かった。
 考え得る限りの対応を準備している小竜姫だが、未だ確証がないので何も告げずに天竜の世話を引き受けた。
 お任せ下さい、と笑顔で龍神王を送り出した小竜姫は、その後すぐに天竜童子のボディチェックを行い『結界破り』を取り上げる。

「な、何をするのじゃ! 小竜姫!」

 抗議の声を上げた天竜だったが、ニッコリと笑みを浮かべた小竜姫の一言の前にそれ以上の言葉を続ける事はできなかった。

「こんなものをなぜお持ちなのですか? 龍神王陛下にご報告しますよ」

 しかたなく暫くは紹介された冥子やおキヌと一緒に大人しくしていた天竜。
 しかし子供が堪え性のないのは神族も人間も一緒なのだ。

「のう小竜姫! せっかく俗界に来たのだから余は遊びに行きたい!」

「いけません! 俗界の事ならその“てれびじょん”を見て我慢なさってください!」

 記憶通りの一言で切り捨てる。
 なお。前回横島とデートで東京に行った際、カラーテレビにえらく感動した小竜姫のために横島が手配して購入したために、妙神山にはカラーテレビが存在するのだ。
 やや電波の受像状態が悪いが、最新のフラット大画面TVに感動する天竜。
 食い入るように見ていた天竜童子(とおキヌ、冥子)だったが、画面が切り替わって東京デジャブーランドの紹介番組が始まると天竜の眼の輝きが変わる。

《これが「東京デジャブーランド」最大のアトラクション! 「グレート・ウォール・マウンテン」!!
 最高速度350km! 高低差1.2km!! 世界で最もすげージェットコースターです!!》

 子供の願望を掻き立てるようなアトラクションの数々が画面狭しと映し出される。

『へえ〜、随分と人がいるんですね〜。それに面白そうですよ〜』

「そうね〜。私も〜行った事が無いけど〜楽しそうな所ね〜」

 当初の任務を忘れ去り天竜童子を煽るかのような発言をかます二名。
 心の中では完全に同意しており、行きたくてうずうずしていた天竜は再度の無心を始める。

「小竜姫! 余も東京デジャブーランドに行きたい!!」

 やはりそう言ってきたか……と思いながらも一応は諫めようとする。

「ダメです! 地上の龍神族の中には、仏道に帰依した龍神王陛下を疎ましく思っている者も
 いるのです。特に未確認ですが、今回のご降臨に際しては殿下のお命を狙う計画もあるとか……。
 ご辛抱ください!」

「いやじゃ!! せっかく駄々をこねて父上に付いて来たのじゃ!! 余は行くぞ!!
 小竜姫も余の家臣なのじゃから余の命令に従うのがスジというものであろう!」

 子供の駄々に付き合っている暇などないのだが、さすがに主君の嫡子となれば我慢と言うところだろうか…。

「ダメと言ったら…」

 瓶を持っていた小竜姫はにこやかに言いながら机の上に置くと、

「ダメでございます!!」

 腰に手を当てて据わった眼できっぱりと言い切った。
 その迫力はさすが武神・小竜姫という程のものであり、これ以上我が侭を言い続けると身の危険に思い当たる天竜童子。

「じょ…冗談じゃ小竜姫…! 余はよい子にしておる……!」

 震えながらそう言うと一旦引いておキヌ達の方へすごすごと戻っていく。
 何しろこの時のために持ってきたせっかくの結界破りは、先程小竜姫に取られてしまっているため抜け出そうにも手段が無いのだ。
 しかしこの時、天竜、おキヌ、冥子は無論の事、小竜姫さえも巧妙な敵の仕掛けた罠に気が付いていなかった。



『フフフ…まさか竜神王の息子に手を出せる機会が巡ってくるとは思わなかったねぇ』

 天竜が小竜姫相手に駄々をこね始める少し前。
 内心でほくそ笑むフードを目深に被りマントで全身を覆っている人物は、すでにある命令を与えた配下の妖怪が行動を起こすのを待っていた。
 後はヤームとイームとかいう間抜けな下っ端はぐれ竜族が勝手に動いて小竜姫を出し抜いてくれるだろう。
 崖の上に身を潜めながら、悔しそうにする小竜姫を思って自然に口の端が釣り上がる。

「そろそろだな……」

 そう呟いて空を見上げる。
 その視線の彼方には今回の作戦の要がいるのだ。
 妙神山から少し離れた上空に浮かぶ異形の物体。
 ゴツゴツとした外観を持ち頭部には数本の角を生やしている。さらに信号機のようにレンズ状の三つ目が非人間らしさを強調している。
 遠目で見ると膨らんでいないハリセンボンが空中に漂っているように見えるが、正真正銘の妖怪であり霊力はそれ程ではないがある特殊能力を持っている。
 それはTV電波を操る能力であり、自分の見たものやイメージする映像をTV電波に潜り込ませる事が可能なのだ。
 ビーコンという名のこの妖怪は、数週間前に妙に霊格の高い神族だか魔族だかわからない者に雇われた。
 あまり気乗りのしない事だったが、それほど面倒でもなく誰に害を与えるでもない内容だったので了承しここに浮いているのだ。
 まぁ断れば相手は自分を消し去る程の霊力を持っていたせいもあるが……。
 先程からアイツに言われたとおり15分程TV映像に《君を縛る牢獄から抜け出して行きたいところに行こう!》という念と映像を潜り込ませているのだ。
 俗に言うサブリミナル効果に近い働きをするこの精神攻撃は、邪気がないためと霊力自体はそれ程強くないため相手にも気が付かれ難い。

「やばくなる前にづらかろうかな…」

 そう言うとビーコンはさっさと離脱を始める。
 だがビーコンの攻撃は天竜に重大な影響を与えていた。



 ぶつぶつ言いながら散歩すると言って宿坊の外に出てきた天竜。
 小竜姫は付いていこうかとも思ったが、結界破りは取り上げているし外には美神達もいる。
 何より冥子達も一緒なのだから外に抜け出せるはずがない、と思って万が一の侵入に備えて精神を集中させていた。

『ダメじゃ! 小竜姫のヤツめ、頭が固くて話しにならん!
 と言っても結界破りは取られてしまったしのう…』

 先程の紹介番組を見た時から、自分の中に抑えきれない程の衝動が湧き上がっている事に気が付いていない。
 それこそが、ビーコンの術中にはまっている証拠なのだ。
 抜け出そうにも冥子とおキヌがピッタリと寄り添っているので、いなくなった事がすぐにバレてしまう。

「おい、お前達! 余は何としても東京デジャブーランドに行きたいのじゃ! 何とかならんのか?」

 不機嫌そうに冥子とおキヌを眺める天竜。

「だめよ〜私達の仕事は〜貴方を〜外に出さない事なのよ〜。でも〜私も〜行ってみたいわね〜」

『私、ああいう所に行って遊んだ事なんて無いんです。行ってみたいな〜』

 最初こそ自らの役割を覚えていたものの、ビーコンの洗脳毒電波にやられている2人も自分の心に湧き上がった欲望に負けてしまう。

「私達が〜一緒なら〜一人じゃないんだから〜大丈夫ね〜」

 とんでもない理屈で自己完結した冥子を筆頭に鬼門の方に歩き始める3人。
 天竜も遊びに行けると思い喜んでいる。
 修業場内に散っている美神、唐巣、ピートに出会うことなく鬼門の所まで来ると、冥子が中から門を開けようとする。

「あら〜開かないわ〜?」

 鬼門は小竜姫に別命あるまでは門を封鎖しろ、と命令を受けているので当然のことである。

「小竜姫様の命あるまでこの門は封鎖中だ。開ける事はできん!」

 表から聞こえる鬼の声。

「私達は〜東京デジャブーランドに〜行く事にしたのよ〜。だから〜開けて〜」

 緊張感の欠片もない口調で話す冥子に思わず門を開けそうになるが、小竜姫のお仕置きを思い出して踏みとどまる。

「だめだ! 我らは小竜姫様の命令には逆らえん! ここを通すわけにはいかん!」

「仕方が〜ないわね〜。みんな〜出ておいで〜!」

 冥子の言葉に影から12体の式神が飛び出して一斉に鬼門へ体当たりを敢行する。

 ズドーン!!

 いきなり内側からこれほど強力な一撃を食らうと予想していなかった鬼門は、ビルをも破壊する式神達の渾身の一撃を受けて門を開いてしまった。

「おわっ!」

「何が起こったのだ!? 左の!!」

 何が起きたのかもわからず、慌てて体勢を整えた鬼門達の眼に走る天竜達の後ろ姿が映った。

「でっ、殿下…!! お待ち下さいっ!!」

「警報ー!! 大変です、小竜姫さまー!!」

 警報と鬼門の叫び声が修業場内に響き、慌てて駆けだしてくる小竜姫。
 美神も持ち場を離れて向かおうとした時、いきなり目の前の結界に微かなヒビが入り何者かが外から突き破る。
 人一人が辛うじて通れる穴が開くと、マントを着た明らかに高い霊格を持った不審者が姿を見せた。
 その手に持っているのは強力な結界破りだろう。

「みんなっ!結界を破って強力な魔族がきたわっ!!」

 美神の声が文珠を通して全員の耳に聞こえ、その尋常ならぬ魔力を感じ取った小竜姫も美神ではメドーサに勝てないため、見殺しにもできず現場に向かう。

『…横島さん、後は頼みますよ……』

 そう呟くと目の前の敵に対処すべく、小竜姫は意識を集中させてメドーサを迎え撃つために全速をだした。
 唐巣、ピートも同様に美神の元へと向かうべく動き始める。
 こうして新たな天竜童子事件は幕を上げた。



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