フェダーイン・横島

作:NK

第10話




「殿下……!! 申し訳ありませんでしたっ!!
 俺…俺…利用されているだけとも知らず、大それた事を…!」

「もう良い…! この者達と小竜姫がいたおかげで大事にならずに済んだのじゃ。
 そんな事よりも何故こうなったのか話せ!」

 先程小竜姫にお仕置き回避を願っていた姿とうって変わって真面目な表情をする天竜。
 突っ込みたいところは多分にあったのだが、取り敢えず黙っている横島達。

「へい…! 俺たちゃその昔、竜族の下級官吏でやした。それが職務怠慢を龍神王様に咎められ、
 地上に追放されたんでやす」

「それで父上と余を恨んでおったのか」

「へい! そこへあの者が現れやして、恨みを晴らし新たな流れを作って役人に戻れるチャンス
 だと……」

「何? それじゃさっきの魔族を龍神の偉いさんだと思ったの?」

 呆れたような顔で突っ込む美神。

「正体はわかりやせんでしたが、本人はそのように言っておりやしたしあれ程の霊格、まんざら嘘でも
 なかろうと信用したんでやす」

「やれやれ…。アイツの名はメドーサ。確かに元龍神の一族、いや…蛇神の一族なのかな?
 とにかく神族だったことは確かだからな。お前達が騙されるのも無理ないかもしれんが……」

「ふう…。あの者は竜族危険人物ブラックリスト“は”の5番! 全国指名手配中の女蜴叉(メドーサ)です。
 横島さんの言うとおりかつては神族でしたが、今は魔族です。
 龍神の役人などとんでもありません!」

 横島は可哀想な者を見る目つきで、小竜姫は微かに怒りが籠もる目つきで二人を見ながら口を開く。

「んな手に引っ掛かるなんてバカじゃないの? 龍神なんかやめていかがわしい新興宗教にでも
 洗脳してもらえば?」

「は…はっきり言うな…!」

 美神もあまりにも世間知らずな二人に怒りを覚えたのだろう、キツイ言い方をした。

『あいかわらずだな、美神さんも…』

 内心そんな事を思う横島。

「よし、話はわかった! お前達、余の家来になれ!」

「えっ…!! な、なんともったいない……!!」

「お前らもメドーサと違って根は魔族ではないのであろう。家来になればこれまでの事父上に
 取りなしてやる!」

「「あ、あ、ありがたき幸せー!!」」

 感涙の涙を流すヤームとイーム。
 扇子を広げてご満悦の天竜童子。

「どーじゃ小竜姫! 僅か1日で家臣がこんなに増えるとは、余の徳は凄いであろう!!
 我ながら名君であるな!」

 わはははは…と笑う天竜童子をジト眼で眺める小竜姫達。

「天竜ー! お前事態がここまで悪化した原因がお前の脱走にあることを理解してないだろー?」

 こめかみに青筋を浮かばせてヒクついた笑みで見据える横島。

「殿下…。今問題なのは何故殿下達が急に外に出たくなったかですっ!」

 話が脱線した事で頭を押さえていた小竜姫も突っ込む。
 その剣幕に再びビクッとなる天竜。

「あー……そ、そ、それなら殿下のせいじゃないんだな…」

 イームがさっそく天竜を庇う。

「あーん? どういう事だ?」

「イームの言うとおりです。あのメドーサとか言う女、俺達の他にも妖怪を雇ったといっていやした。
 何でもTV電波を操作して人を操る事ができるビーコンとかいう妖怪だとか…」

 その言葉を聞いて冥子とおキヌがハッと顔を上げる。

『じゃあ…あの時急に何を置いてもデジャブーランドに遊びに行きたくなったのは!?』

「まさか〜そのビーコンとかいう妖怪の術にかかっていたの〜?」

「た…確か…人の欲望を増幅させる事ができるとか…言っていたんだな…」

 その言葉を聞いて納得したような顔をしている小竜姫、横島、美神、唐巣、ピート。

「成る程…メドーサはTVを使って殿下を誘き出そうと計画していたんだな」

「単なるTV電波ですものね…。成る程、盲点でした」

 師弟コンビが頷き合っている。

「そう言う手を使ってくるとは……考えつきませんでしたね、小竜姫様」

「はい…なかなか巧妙です。最初に殿下から結界破りを取り上げていなければ大変な事になって
 いました」

 さすがの二人もそんな事まで読む事はできない。

「まあ…とにかくこの事件も無事解決ね!
 あんまり活躍できなかったけど、さっそくギャラを受け取って帰りますか…」

 うーん、と伸びをしながら笑顔を見せる美神。

「私も〜何にもしなかったような〜気がするけど〜帰りたいわ〜」

 そりゃあ気のせいじゃない! と突っ込みたい美神だったが、こんな所で暴走されてはかなわないので黙っている。

「では鬼門に遅らせましょう。来るときは万が一の監視を恐れて自力で来て頂きましたから…」

 報酬の入った袋を差し出して送迎の手配をする小竜姫。

「これで明日からきちんと食べる事ができますね、先生っ!」

「そうだね…ピート君」

 苦笑している唐巣。
 とても対照的な(美神と)生活をしている唐巣たちに複雑な視線を送る横島。
 一歩間違っていれば自分もあっちの世界に仲間入りだったのかと思うと複雑な心境なのだ。


 ゾロゾロと鬼門まで歩く間、おキヌが遠慮がちに横島に尋ねる。

『あの〜横島さんはまだ妙神山で修行を続けるんですか…?』

 その問いかけにぴくりと耳を立てる美神と唐巣。
 おキヌは先程横島に助けられ、肩に担がれた事もあって横島が気になる存在になっていた。

「そうだね、まだまだ俺はここを離れるわけにはいかないよ。
 念法だってもう少し修行しないといけないしね。
 後数ヶ月でGS試験があるから頑張らないといけないんだ」

 その言葉に素早く反応する美神と唐巣。ピートも受験予定だったので振り向く。

「よ、横島君! GS試験を受けるのかね!?」

「じゃーそれまでには修行は終わるのねっ!」

 いきなりの剣幕に少し退く横島。

「は…はぁ…。さすがにこれ以上親に心配かけるわけにはいきませんから……。
 俺の1年間の修行の成果を見せようと思って。
 ついでに大検でも受けてみようかなって思ってますけど」

「試験に受かったら地上に降りてくるの!?」

「いえ、住むところもありませんから暫くは妙神山にお世話になると思いますよ。
 小竜姫様も構わないと言ってくれますし」

 その言葉にニッコリと微笑む小竜姫。

「ええ、私も横島さんと一緒に修行するのは楽しいですし、他人にご飯を作ってあげるというのも
 やり甲斐がありますしね…」

 まるで新婚夫婦のような事をサラリと言う小竜姫。

「まあ、まだ受かったわけでもありませんから……。
 先の事は受かってから考えればいいんじゃないスか? それに必ず受かるとも限りませんし……」

 それ程の実力を持っていながら、んな訳ねーだろっ!! と内心突っ込みたい美神だったが、世の中のGSがどういうレベルかよくわかっていない筈だと思って我慢する。

「だがここでは連絡もできんし、下手をすると受けられないかもしれないよ?」

 その唐巣の言葉に考える横島。

「横島さん、そろそろ下界に降りて部屋を探したらいかがですか?
 その部屋とここを亜空間で繋げれば修行はこれまで通りできますし、人間界の情報や連絡も
 取りやすくなりますよ。
 私も人間界に遊びに行きやすくなるし…。あっ、お金は大丈夫です! 私が出しますから!」

「それは良い考えっスけど…小竜姫様にそこまでしてもらうのは悪いっスよ!」

「何を言っているんです!
 横島さんは私の弟子なんです。師匠が弟子を助けるのは当たり前です!」

 言い切った小竜姫の言葉に頷く唐巣と何故か胸を押さえてギクッとしている美神。

「じゃあお言葉に甘えます、小竜姫様。というわけで2、3日したら伺いますんで宜しくお願いします」

 小竜姫に続き、唐巣と美神にも頭を下げる横島。

「ああ、必ず顔を出してくれたまえ。場所は美神君に聞いてくれればいい」

「そ、そーね。歓迎するわ」

「私の〜家にも〜寄ってね〜」

 こうして再会を約束して美神達は帰っていった。



 天竜童子を戻ってきた龍神王に渡した後、いつも通りの静かな宿坊で向かい合っている二人。

「小竜姫様、本当にいいんですか? 部屋代なんて出して貰って…」

 少し心苦しそうに尋ねる横島。

「全然構いません。幸い小判なら沢山ありますから!
 それに私も人界に遊びに行く機会が増えますし…その…デートの機会も…」

 何故かもじもじしながら語尾を濁す小竜姫。

『そーよねー! 私も東京タワーからの夕日が見たいなーヨコシマ』

 漸く美神達がいなくなり、いつもの状態に戻ったので浮かび上がってくるルシオラの意識。

「『それに…私達も一緒じゃないと横島さん(ヨコシマ)が浮気をしないとも限りません!』」

「んなことするわきゃーないでしょうーが!!」

 大声で否定する横島だったが、追求は止まなかった。

『ふーん…本当に? 確かにヨコシマからナンパしたりはしないでしょうけど、例えばおキヌちゃんに
 迫られたら我慢できる?』

「おキヌちゃんの横島さんを見る眼は憧れと淡い恋心が混じったモノでしたからね…。
 それに美神さんだって油断ならないし……」

「そんなに俺って信用ないですか〜?」

 どよーんとした雰囲気で尋ねる横島。

「『じゃあ迫られたときに断れますか(るの)?』」

 しかし二人の止めの一撃に沈黙する。

「すいません……俺が悪いんです……」

 こうして横島の俗界復帰作戦も進んでいくのだった。






 天竜童子の事件の翌日、美神(おキヌも)と唐巣は六道邸に赴いた。
 横島がこちらに部屋を借りGS試験を受けるつもりだと言う事を話すためである。

「じゃあ〜横島君の修行も仕上げの段階になっているのね〜?」

「そう思いますよ。小竜姫様が良いと言うんですから」

「色々な罠を使ったといえ、小竜姫様と同格のメドーサという魔族を一人で退けたんだろう?」

 唐巣の問いにコクコクと頷くおキヌ。
 人間側のメンバーでその戦いを見たのだおキヌだけなのだ。

『はい、手から霊波刀と盾を出して二叉矛の攻撃を流れるように捌いていましたよー。
 さすがに倒す事はできなさそーでしたが…』

「それだけでも凄い事ね〜。
 霊力2,000マイトを越すような魔族相手に短時間とはいえ互角に戦うなんて〜」

「私も正面からアイツと対峙したときはヤバイと思いましたからね」

「確かに〜小竜姫様と〜試合をしたときの力は〜凄かったわね〜」

 戦いの間はぷっつんしていたため、何も見ていない冥子が呟く。

「でも彼がGS試験を受けるとなると…合格するのは確実として、下手すると相手が再起不能になる
 かもしれませんね。
 彼はずっと小竜姫様と修行をしてきたので、普通のGSがどの程度か知らないんじゃないですか?」

「そーねー。実際私としか人間相手には戦ってないんじゃない?」

「令子ちゃんが〜人間ではトップレベルのGSだと言う事を〜彼が理解していればいいけどね〜」

 六道婦人もその辺が不安だった。

「GS試験では余程の事が無い限り、彼が文珠を使う事も念法を使う事も必要ないでしょう。
 チャクラを廻さなくても150マイトもの霊力を持っているんですから」

「その通りね〜。聞いた限りでは彼の能力はあまりにも大きいわ〜。
 できる限り文珠と念法のことは隠した方がいいでしょうね〜。
 彼が部屋を探しにこちらに来たときは連絡してね〜。私も実際に会ってみたいの〜」

「明日か明後日にはこちらに来ると言っていましたよ」

「確か〜妙神山と〜亜空間で繋げるって言ってたわね〜。
 だから〜いつもは妙神山に〜いるつもりだと思うわ〜」

「では〜私が横島君のGSとしての実力を試してみましょう〜。
 確か冥子の所に話が来ていた〜悪霊や浮遊霊なんかが集まってくるマンションの除霊依頼が〜
 来ていたはずよ〜」

 勝手に横島のテストを企んでいる六道親娘。
 尤も娘にそんな気は全然無い。

「ひょっとして…以前冥子がぷっつんして新築マンションを全壊させた時みたいな依頼?」

 恐る恐る尋ねる美神。

「そうなの〜。また〜令子ちゃんに〜一緒に行ってもらおうと思ってたの〜」

 その言葉に冷や汗を垂らしながらブンブンと首を振る美神。

「いやっ! 私は絶対に嫌よ!」

「え〜何で〜。令子ちゃん〜お友達じゃない〜」

「六道の叔母様! それ横島君にやって貰いましょう!
 彼のGSとしての実力を見るのに最適ですから!」

 背に腹は代えられない。
 人は誰しも自分が可愛い。
 こうして横島を使って除霊を行おうという企みまで始まるのだった。





「こんにちは、美神さん」

 事務所の玄関には前回同様青いインバネスの横島とジャケットにミニスカートの小竜姫が立っていた。

「あら、待ってたわよ横島君。小竜姫様もいらっしゃい」

「こんにちは美神さん。この前はありがとうございました」

 そう言って中に通された横島達は、唐巣神父ともう一人見知らぬ婦人が先客としてソファに座っているのを見つける。

「こんにちは唐巣さん。えーとそちらの方は……六道冥子さんに似ているようですが……?」

「初めまして〜。私、六道冥子の母親です〜。貴方が横島君ね? 娘から話は伺ってますわ〜。
 そちらが小竜姫様ですね〜」

 ホホホホ、と笑いながら挨拶をする六道婦人と軽く頭を下げる唐巣。

「ああ、六道さんのお母さんですか。初めまして、横島です」

「小竜姫です」

『よくいらっしゃいましたー。お茶をどうぞー』

 そこにおキヌがフヨフヨとお茶を持って現れる。

「ありがとう、おキヌちゃん」

 横島のお礼に嬉しそうに頷くおキヌ。
 この辺だけ見ても横島に好意を持っている事は確実なのだろうが、鈍い横島は全然気が付いていない。
 しばしお茶を飲んで和む一同。

「はー。おいしいねぇおキヌちゃん…」

『静岡産のいーお茶なんですよー』

 話される話題も霊だの魔物だのという物騒な非日常的なモノではなく、至って普通の内容である。

「ところで〜横島君と小竜姫様は、部屋をお探しになっているとか〜?」

 頃合いだと思ったのだろう、六道婦人が本来の話題を話し始める。

「ええ、今度の3月でしたっけ? GS試験があるんで電話も郵便もない妙神山じゃ不便な事もあって。
 まぁ東京事務所みたいなものですね」

「まだ試験が先の事なのに聞いてもしょうがないが、横島君は試験に受かって免許が取れたら
 GSとして活動するのかね?」

 唐巣が生真面目な表情で尋ねる。
 彼としては、横島に美神のようになって欲しくないのだろう(お金の面で)。

「さぁ…? 俺個人としてはどちらでも構わないのですが、一応両親にも手に職を持ってきちんと
 生活できるという形を見せないといけないな、と思っているだけですからね」

 そう言って肩をすくめる。

「俺は小竜姫様さえ許してくれるなら、ずっと妙神山で修行していたいと思っていますからね」

 そう言って小竜姫の方を見る横島。

「あら、私は横島さんがいたいと言うならずっといて頂いても構いませんよ」

 ニッコリと笑いながら答える小竜姫。
 会話を聞いていた美神とおキヌは何となく不機嫌そうな表情をしている。

「じゃあ〜その部屋に住む訳じゃないのかしら〜?」

「そのつもりですが、一応生活ができるような環境にはしたいと思ってます。
 親とかが来たとき妙神山に案内するわけにはいかんスからね」

「そうなの〜。だったら横島君にピッタリの物件があるわよ〜」

 いよいよ話題は本日のメインに突入する(あくまで美神達視点)。

「これを見てくれる〜」

 そう言って六道婦人が見せたのは、かなり高級なマンションの部屋の間取り図だった。

「確かにいい物件ですが、こいつは高すぎますよ。
 俺は金持ってないんで、小竜姫様に出して貰うんスからね」

「いいんですよ横島さん。その部屋は亜空間で繋げて『妙神山東京出張所』として使うつもり
 ですから、遠慮する必要はありません。既に神界の許可も取っています」

 結構抜け目がない小竜姫だった。

「そう言う事じゃないのよ〜。実はこのマンション全体がいわく付きの物件でね〜。
 何故か霊が沢山集まってきて除霊の依頼が娘のところに来ているの〜。
 でも、家の娘は以前同じような依頼で式神を暴走させて、マンションごと全壊させてしまって〜」

 身内の恥を晒す六道婦人。
 その事を聞いて、ヤーム達と対峙したときの式神暴走を思い出し納得する横島。

「成る程、俺にそのマンションの除霊をしてみろって事ですね?」

 意図が読めたとばかりにニヤリとする横島。

「ぶっちゃけて言うと、そう言う事ね〜。
 どうせこういう依頼の時はGS一人では到底不可能ですからね〜。
 それにうまくいけば部屋代なんかもかなり安くしてくれると思うわ〜」

 お金の話をされて少し考え込むと、横島は小竜姫の方を見る。
 彼女が頷くのを見て口を開いた。

「わかりました。やってみましょう。それでは現場に案内して下さい」






 六道家差し向けの車で件のマンションにやって来た一行を、オーナーが出迎える。

「新築マンションなのに何が悪かったのかわかりませんが、周辺の霊が集まってきて幽霊マンションと
 なり人が住めんのです。
 何しろ数百体も集まってきてしまって、何人かのGSに相談しても難しいと言われまして……」

「このマンションの全体を写した写真はありますか?」

 横島の問いに即座に資料を見せるオーナー。

「ふーん、結構凝ったデザインですね。でもこの場合建物自体に問題があるわけじゃなさそうですね」

 ジッと写真を見て、実際の建物の周囲を見回った横島が見解を述べる。

「あら、この最上階の部分が鬼門から霊を呼び寄せるアンテナになってると思うんだけど?」

 自分の見立てを言う美神。
 六道婦人や唐巣も同じ意見だが黙って聞いている。

「あぁ、確かにその部分がアンテナとなって霊を導いていますが、問題はもっと別の所にあります」

 そう言って歩き出す横島。
 残りの面々はゾロゾロと付いていく。

「ほら、ここに地蔵様がありますね。地蔵菩薩は死者の霊を冥界に迷わず送り届ける役目を持って
 います。ちょうどこの地蔵様に導かれた霊が、進路上に建てられたマンションのあの部分で道を
 逸れて迷ってしまうんですよ。だからまず、霊の道を少しいじってあのマンションに近寄らないように
 してやれば、これ以上霊が入ってくる事はないでしょう」

 そう言われてみれば、確かに霊の道がその地蔵からマンションに向かって続いている。
 マンションの最上階部分がアンテナとして霊を引きつけやすい構造になっていたのは事実だが、問題の本質はもっと別の所にあったのだ。

『へー、凄いんですねー横島さん』

 感心したようにキラキラした眼差しで横島を見るおキヌ。

「そうかな? 大抵、霊障がある家なんかは家の中より外側に問題があるんだよ。
 今のマンションみたいにね。まぁ小竜姫様からの受け売りだけどね」

 苦笑しながら種明かしをする横島。

『さすがに小竜姫様の元で長く修行しているだけあるわねー。知識の方も結構しっかりしてるわ』

 心の中で呟く美神。

「だが霊の道を変更するのは難しいんじゃないかね、横島君?」

 感心しながらもその事に思い当たり尋ねる唐巣。

「普通はそうですね。でも俺には文珠がありますから」

 そう言って両手に双文珠を作り出す。

「あら〜それが文珠ね〜。おばさんにも見せてくれない〜?」

 六道婦人が興味深そうに近寄って覗き込む。
 横島が頷くと手にとって色々な角度から眺める。

「まさか、生きてる内に文珠を見る事ができるとは思わなかったわ〜。」

 そう言いながら文殊を返す。

「さて、じゃあやりますか」

 そう言って双文珠に念を込める。
 込められた文字は『霊道』と『操作』。

 キンッ!!

 両手に双文珠を持って横島は霊力を集中する。

「凄いわね〜霊力が300マイト近くに上がったわ〜」

「彼が本気を出せばあんなモノじゃありませんよ」

 後ろでヒソヒソと話す六道婦人と唐巣。

「死者の魂を導く黄泉路よ……死者と生者それぞれのために…その道筋を我が命ずるがごとく
 変更せよ!」

 手に持つ文珠が彼の言葉に反応して光を放つ。
 文珠から解き放たれた霊力は指向性を持って、霊達の通り道たる黄泉路を湾曲させてマンションを避けるように修正していく。

「凄い…黄泉路が変更されていくわ……」

「うーむ。文珠に込められた霊力は1,000マイトを超えているんじゃないか?」

 霊視ゴーグルを使って横島の作業を見ていた美神と唐巣は感嘆の声を上げる。

「信じられないわ〜。一人で黄泉路を変更してしまうなんて〜」

 唯一人、事前にこの依頼の本質を掴んでいた六道婦人だったが、まさか横島一人で問題を解決するとは思っていなかった。
 だからこそ、自分も付いてきたし唐巣や美神も連れてきたのだ。
 しかしこの青年は多大な霊力を必要とするこの作業を事も無げにやってのけた。
 文珠の光が消え、操作を終えた横島は小竜姫に声をかける。

「第一段は終わったっス。あれでいいんスすよね、小竜姫様?」

「はい、正解です横島さん。すぐに問題の本質に気が付いたのはさすがです」

 訂正。小竜姫も現地入りした瞬間に気が付いていたようだ。

「さて、これで終わりじゃ無いんスよねぇ……。じゃあマンションの中に入り込んだ霊を除霊しますか」

 そう言うとさっさとマンションに向かって歩き始める。
 頷いて続く小竜姫と違って、他の面々は動き出すのが僅かに遅れた。

「先生、信じられません! 強いのは知っていましたけど、まさか一人で黄泉路を変更するなんて…」

「どうやら六道婦人は知っていたようだ。だから冥子君にやらせなかったのだろう。
 だが彼には驚かされるね…」

 歩きながらヒソヒソと話す美神と唐巣。
 彼等が言うように、普通はとても不可能だ。一流のGSがチームを組んで儀式を行う必要がある。

「文珠って凄いですね…」

 改めて文珠という能力に驚かされる彼等であった。


「さあ、除霊だ」

 そう言って横島は両手を前に上げ、左手で掴んだ見えない刀の鞘を持ち、右手でその刀をゆっくりと抜くような動作を見せる。
 無論、美神達には最初何も見えはしない。
 だが、スルスルと抜き出されるという表現がぴったりの様子で、横島の愛刀“飛竜”がその全身を現す。
 抜き出した“飛竜”を右手に持って中に入っていこうとする横島を呼び止める美神。

「ちょっと! 貴方一人で行くつもり? 少し無茶なんじゃない?」

 口にこそしないが、六道婦人も唐巣も同意見のようだ。

「そうですか? それ程とは思えないんスけど、心配なら付いてきて下さい。
 でも美神さん達まで守る余力はないですから、何かあったら自分の身は自分で守って下さいよ。
 あっ! おキヌちゃんは残ってね」

 そう言って無造作に入っていく横島。慌てて一同も後を追う。
 おキヌは素直に残って小竜姫やオーナーと雑談をしている。
 横島は無造作に見せていても、その精神は研ぎ澄まされ集中している。
 自然体なのは何が起きても対応できるように身体から余分な力を抜いているためだ。
 玄関ホールには、既に10体程の悪霊化した霊が飛び交っていた。

『誰だ…?』

『近寄るな…!』

『近寄れば殺す…!』

 横島達に気が付いた霊達が一斉に睨み付ける。
 だが横島は気にした様子もなく愛刀“飛竜”を構えると、瞬時に精神を集中させて霊力を練り上げていく。
 練り上げられた霊力が注ぎ込まれ、燐光の如く輝く“飛竜”。

「はっ!!!」

 気合いの籠もったかけ声と共に“飛竜”が振り降ろされる。
 開放された強力な霊力は一瞬にして強い怨念や邪念を持たない霊を昇華させ消滅させていた。

「凄いわね〜。その霊刀の一振りでこの階にいる霊の大半は消えちゃったわよ〜。
 それが念法なのね〜?」

 呆然と見ている観客を代表して六道婦人が声を上げる。

「でもこの技じゃ強い念を持っている霊は祓えないですよ。
 そういうのはきちんと斬らないとダメなんで面倒なんスよね」

 そういいながらも残っている悪霊や怨霊をさっさと斬り捨てて上へと上がっていく横島。
 階を上がるたびに上がったところで“飛竜”で練り上げた霊力を放つため、実際に相手をする霊の数は1階につき僅か2〜3体だ。
 それも近寄ってきたところで、“飛竜”を無造作に振り抜くだけで跡形もなく霧散してしまう。
 あっという間に最上階まで上がってきた一行。
 この階も既に残る悪霊は1体だけだった。

「さて、お前で最後なんだが…やっぱり抵抗するのか?」

 “飛竜”を構えて普通の口調で尋ねる横島。

『あ、あ、当たり前だ〜! 死ね〜!!』

 霊力全開で襲いかかる悪霊だったが、横島は振り上げた“飛竜”をさっさと振り下ろす。

「じゃあ消えてくれ。ハッ!!」

 “飛竜”から迸った霊力が襲いかかる悪霊を飲み込み消滅させる。
 そのあまりの呆気なさにポカンと口を開けて佇む美神と唐巣。

「私の予想以上の実力ね〜。まさか一人で本当に解決しちゃうとは、おばさん思わなかったわ〜」

 ニコニコと褒める六道婦人に笑顔で答える横島。

「そんな事ありませんよ。貴女の娘さん、冥子ちゃんだってぷっつんしなければ
 式神を使って一人でやれる筈ですけど?」

 横島は式神のバサラの能力を知っているので、冥子でも本来はできるはずだと思っている。
 それを素直に言っただけなのだが、それは日頃の頭痛の種を思い起こさせたようだ。

「そうよね〜。我が娘ながら恥ずかしいわ〜」

 一気にドヨ〜ンとした雰囲気になってしまう。
 その様子に何か悪い事を言ったか? と思い首を捻る横島。
 彼としては冥子の霊力を褒めたつもりなのだ。

「と、とにかく…仕事も無事終わったようだね!」

 唐巣が場の雰囲気を変えようと無理矢理話題を転換させる。

「ああ、そうですね。依頼人と小竜姫様が待っているだろうから早く戻りましょう」

 こうして困難な除霊を僅か30分で終わらせた横島。
 その結果に小竜姫は満足し、他の人間は彼への評価を新たにする。
 仕事の成果に狂喜乱舞したオーナーは、今後の事も考えて横島に最上階の部屋を無料で提供する事を申し出た。
 もしまた何かあったときは横島に対処して貰うという約束と引き替えに。


 免許はまだ無いが、GSとしても驚異的な実力を発揮した横島。
 翌日、横島の部屋には『妙神山・東京出張所』という看板が下がっていた。




【管理人の感想】
 一つ気になったのですが、幽霊のおキヌちゃんとは、浮気はしたくてもできないのでは?
 まあ、横島が一人暮らしすれば、おキヌちゃんが世話をしに来るのは必然の展開なので、
 それを警戒したとも受け取れるのですが……


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