フェダーイン・横島

作:NK

第11話




 横島が普通の除霊にも驚異的な能力を発揮したその日の夜、美神は自分の事務所で落ち込んでいた。

「はあ〜」

 本日何度目になるのかわからないため息を吐く。

『どーしたんですか、美神さん?』

 おキヌがさすがに無視し続けるわけにもいかず、引きつった笑顔と共に尋ねる。

「今日の昼に横島君の実力をテストしたわよね…」

『はい!妙神山の時も凄かったですけど、あっという間に霊の通り道を変更してしまうなんて
 凄いですー!』

 心からそう思っているであろう表情で答えるおキヌ。
 こりゃあ結構まいっちゃってるわねー、と思いながらも話を続ける。

「あれって本当は一人でできるような事じゃないのよ。私だってやろうと思えばできるかもしれない
 けど、あんな事やったらしばらく仕事になんないわ。それにその後、マンションの中の数百体の霊を
 祓うなんて絶対に無理だわ!!」

 人一倍プライドが高く、意地っ張りの美神がこんな事を言うのは珍しい。
 それに気が付いたおキヌは横島の評価をさらにアップさせる。

『じゃあ、横島さんがGSになったら殆ど無敵ですねー』

 呑気に言うおキヌだが、美神としては自分の商売に直結するのでそうも言っていられない。

「そうなんだけどねー。でも家の事務所としては問題なのよ」

『ほえー? どうしてですかー? 横島さんがいたらどんな依頼でも即解決ですよー』

「だからなのよっ! 横島君が手に入れた部屋は家の事務所からそれほど遠くないわ。
 彼は間違いなく超一流のGSになるでしょうね。
 でもそうすれば、比例してお客は横島君の方に流れて私の稼ぎが落ちるのよっ!!」

 確かに難易度の高い高額な報酬の仕事は横島に流れる事、間違いないだろう。
 彼の除霊スタイルは殆ど道具を使わない。
 せいぜい愛刀の“飛竜”を使うぐらいだが、それだって自分の神通棍のような消耗品に近い武器ではない。
 その“飛竜”は高額なお札よりもずっと強力な威力を持っているし、何より彼には文珠がある。
 さらに霊視ゴーグルを使わずに黄泉路を見る事のできる心眼まで備えているようだ。
 はっきり言って元手ゼロの除霊を実現させたのが横島なのである。
 当然、横島は安価な報酬で除霊を引き受けても黒字である。
 こうなると自由競争の原理で他のGSも依頼料を下げざるを得なくなるのだ。

『そーいえばそうですよねー。…えーっ! それじゃあ美神さんの事務所潰れちゃうんですかー?』

 いきなり最悪の事態を口にするおキヌ。

「だーっ!! いきなりそこまで飛躍させるんじゃない!!
 さすがに私ぐらいになるとどーにかなるけど、普通のGSにとっては大打撃よ。
 そうなると横島君の強すぎる力を妬んで色々と画策するバカが出てくるでしょうね」

『そーなんですか……。だから横島さん、妙神山から出たがらないんですかねー?』

 おキヌの言葉に、それもあるかもしれないわね、と思う美神。

「まあ、どうであれ一波乱あるわよ。でもそれより私は、自分よりあんなに強い人間がいた事の方が
 ショックねー。あーあ、私も今現在のGSとしては最強だと思っていたんだけどねー。あんなの見せ
 られたら自惚れていたんだなって思っちゃってね」

『マンションの中でもやっぱり凄かったんですか?』

「ええ、そりゃーもう……。前に私と冥子で失敗した依頼と同じような状況を、たった一人で
 えらくあっさりと解決してくれたわ。
 何しろ持ってる木刀を一降りするだけで霊が纏めて祓われちゃうのよ…」

 それを聞いておキヌもその凄さに見当が付く。

『はわ〜。それって普通はGSでも無理ですよねぇ……』

「彼の実力が桁違いだってわかるでしょ? 他のGSと実力が違いすぎるのよ」

 浮かれていたおキヌも、美神の事務所が潰れたら困るので少しは危機感を持ったらしい。

『うーん、世の中って難しいんですねー』

 訂正。やはり微妙にズレているようだ。
 だが彼は後2ヶ月は表舞台に上がりはしない。





「おのれ〜小竜姫にあの人間めっ! 傷が癒えるまで暫く掛かりそうだね…。しかしあれでヤツが
 死んだとは思えない。天竜童子も助かったようだし、どうやったか知らないがおそらくヤツも生きて
 いるだろう……。次の機会には必ず今回の屈辱と恨みを晴らさせて貰うわ!」

 あの場を逃れたメドーサは一旦魔界に戻って、微塵隠れの術に巻き込まれて受けた傷を癒していた。
 しかし魔界に戻っても治癒に1週間はかかる傷を人間風情に負わされた事を思うと、屈辱と怒りで身は引き千切れそうだった。
 プライドの高いメドーサは人間を軽蔑しており、そのために過小評価する癖がある。
 今回自分に傷を負わせた人間は未だ若く、その実力を全て見せてはいなかったが恐るべき敵だった。
 まさか自分の攻撃をああも完璧に受け流すとは思ってもいなかった。
 あれは型通りの練習によって身に着けた道場剣法では断じてない。
 実戦を潜り抜け、その中で磨き上げた相手を斬るための剣術だ。
 しかも自分を完全に誘い込んで吹き飛ばしたあの手際の良さ。
 あの時自分は完全にあの人間の術中にはまっていたのだ。

「それに小竜姫も噂以上の強敵だ。ヤツと小竜姫の剣は似ていた。
 おそらく師弟の関係かもしれない…。だが次に会えば…必ず八つ裂きにしてやるっ!!」

 ギュッと拳を握りしめるメドーサ。
 その蛇眼がキッと獲物を見据えるように細くなる。

「だが今は早く身体を治して次の作戦を実施しなくては…。見ているがいい小竜姫!
 ジワジワと苦しめてあげるわ!」

 復讐に燃えるメドーサ。
 彼女の必殺ターゲットには、小竜姫と名前を知らないあの人間の顔がしっかりとインプットされていた。






 あれから横島も小竜姫も美神達の前に姿を見せる事はなかったが、偶にはあの部屋を使っているらしい。
 彼等はあの時言っていたように、あまり表に立って動く気はないのだろう。
 あの部屋も連絡用に借りただけで、本当に出張所という感覚なのかもしれない。
 だが横島がいなくても時間は流れ事件は起きていく。
 美神とおキヌは、唐巣やピートを凍り漬けにした雪女と戦ったり、新たにタイガーを助手として雇った小笠原エミと戦って引き分けたりと、相応に忙しい日々を送っていたのだ。
 そして2月も終わり3月になった頃、美神は唐巣の事務所に呼び出された。

「唐巣先生、一体何があったんですか?」

 そう言って唐巣の教会に入った美神は1ヶ月半ぶりに横島と小竜姫の姿を見た。

「あれ? 何で横島君と小竜姫様がいるの? あぁ、もうすぐGS試験だからかしら?」

「いえ、確かにもうすぐ横島さんがGS試験を受けますが、今日伺ったのは正式な依頼のためです」

 小竜姫は真面目な顔で目的を告げる。
 相変わらず横島は、普通通りの、見方によってはボンヤリとした印象を与える表情で座っている。
 依頼と聞いて美神の表情も引き締まる。

「美神君、まずは座りたまえ。事態は深刻だよ」

 そう言われて腰を下ろす美神。
 小竜姫は美神のために話を戻す。

「美神さん、メドーサの事を覚えていますか? 以前、天竜童子殿下のお命を狙った…」

「あぁ、忘れやしないわ! 陰険そうな蛇のおばはんね!」

『さすがだ…美神さんにかかればあのメドーサも単なる年増か……』

 未来の自分の記憶を思いっきり棚に上げて美神に感心する横島。

「あいつの次の動きがわかりました。
 今度の狙いはどうやらGS業界をコントロールする事らしいんです」

「GSを…?」

「妖怪や魔族にとってGSは邪魔な存在だ。だがもしGSが魔族と裏で繋がったら……」

「奴らはこれまでより遙かに人間界で動きやすくなると言う事か…」

「その通りです。情報では取り敢えず息の掛かった人間に資格を取らせるようです。
 でも…それが誰なのかはわかりません」

 小竜姫は美神達に真実を話せない事で、微かに胸に痛みを覚える。
 だが自分と横島が今では別の世界へと分かれてしまった未来の記憶を持っており、横島が神魔人であることはまだ話すわけにはいかないのだ。

「幸いというか不幸と言うか、偶々俺が今回のGS試験を受けるもんで、受験生の中に怪しいヤツが
 いるかどうかはついでに見定められます。ただ如何せん人数が多いですからね。
 もう一人くらい仲間が欲しいな、と思って唐巣神父の所に伺ったんですよ」

 全く面倒な事考えてくれますよね、と付け加えて苦笑する横島。
 その図太さに呆れる美神。

「ということは…もしかして唐巣先生! 私にGS資格試験に潜り込めと!?」

 だがすぐに唐巣が自分を呼んだ意図に気が付く。

「その通りだよ美神君。最初は今回ピート君も試験を受けるので彼に話そうかとも思ったんだが、
 彼はあれで繊細なところがあるからね。それを話したら気になって実力を出し切れないだろう。
 そうなると、私が思うに君かエミ君しかこの仕事を任せる事ができるGSはいない。
 だがエミ君の得意技は黒魔術であって君のような直接戦闘型ではない。エミ君にはすでに調査
 の面で協力を依頼した。さすがに私では無理があるしね…」

「ふー、相変わらず面倒な依頼を持ち込んでくるわねー。でも内容がこれじゃあ受けるより
 仕方ないか……」

 ため息を吐きながら承諾する美神。

「引き受けてくれてありがとう、美神さん。仕事量は一人300両でいいですか?」

「ええ、それで構わないわよ。でもちょっとお願いがあるの」

「何でしょう? 私にできる事ならやりますが…」

「あのね…私にも念法ってヤツを教えて欲しいのよ」

 美神の意外な申し出に小竜姫だけでなく横島も驚きの表情を見せる。

「前にも言いましたが、半月ではどうにもなりませんよ?」

「違うわよ、今回のためにじゃないわ。この一件が終わったらゆっくりと教えて欲しいのよ」

「美神さんが地道な修行をしたいだなんて……どういう心境の変化です?」

 失礼な事をサラッと尋ねる横島。
 ただし、美神がやる気を出しているのは良い傾向なので茶々を入れているわけではない。

「あら、私だって一応この業界でトップレベルのGSなのよ。
 強力なライバルが出現した以上、自分の能力もアップさせないと負けちゃうじゃない」

 私のライバルはアンタなのよっ! と言わんばかりの笑みを見せる美神。

「ちょっと待つワケ! アンタじゃ念法の修業は難しいワケ!!」

 いきなりかけられた声に一瞬小竜姫達に緊張が走る。


 だが声の正体がわかったところでそれは笑みに変わる。

「あら、小笠原さんでしたか。その後どうですか?」

「やあ、エミさん。お元気でしたか?」

 現れた黒髪長髪の褐色美人、小笠原エミに気さくに話しかける小竜姫と横島。

「えっ……何で小竜姫様達がエミの事知ってるの?」

「あら知らなかったんですか? 小笠原さんはこの前半月程、妙神山に修業に来たんですよ」

 にこやかに答える小竜姫。
 そう言えば、このまえ唐巣神父にそんなような事を聞いたような気がする。
 しかし、前回はエミに勝つ事を想像し、夢中になっていてちゃんと聞いてなどいなかったのだ。
 冷静に考えれば、前回の戦いでもタイガーの暴走がなければ美神は負けていたかもしれない。

「この前はお世話になったわね、小竜姫様に横島君。
 おかげで霊力もアップしたし15秒で霊体撃滅波が放てるようになったわ」

 何故か横島にウインクなどして腰を下ろすエミ。

「ちょっと小竜姫様! エミの霊力がアップしたって、どーいう修行をしたの?」

 まさか近接格闘戦がそれ程得意じゃないエミが自分と同じシャドウを使った修行をしたとは思えない。
 ならばどうやって霊力のアップを成し遂げたのか?

「ああ、エミさんは元々黒魔術が専門で、不完全ながら第2チャクラまで廻す事ができていたんで
 すよ。無論自分の意志で自由に廻せたワケじゃないですけどね。
 だから俺と小竜姫様で念法の基礎訓練をさせて第2チャクラまでを自由に廻せるようにしました。
 普通は俺がしゃしゃり出る事はしないんですが、念法関係だったんでお手伝いしました」

 何でもない事のように言う横島。
 だがその言葉に美神はショックを受けていた。
 しかも小竜姫だけでなく横島にもおそらく手取足取り修業の指導をして貰ったのだろう。

「な、な、何ですってー!!
 エミ! アンタ私より先にチャクラを自分の意志で廻せるよーになったって言うの!?」

「ホーホッホッホ! オタクには悪いけど、二人のおかげで丹田のチャクラまでは自由に使えるように
 なったワケ! だから精神を集中させれば霊力は2倍になるのよー!」

 勝ち誇るエミとガックリと肩を落とす美神。

「そうですね。小笠原さんの霊力は基本が80マイトぐらいですから、チャクラを廻せば倍の160マイト
 まで霊力を上げる事ができます」

 小竜姫の言葉は美神に止めを刺した。

「そーゆーことなワケ! 私は元々呪いの踊りとかで霊力を練り上げる事に慣れてたから、短期間の
 修業で不可能と言われた念法のほんの初歩は何とかできたワケ!」

「いやー、俺も驚きましたよー。まさかたった2週間で第2までとはいえチャクラを自由に廻せるように
 なるなんて…。さすがに無意識のうちに呪術の際にチャクラを廻していただけはありますね」

「それに小笠原さんは黒魔術が専門ですから、第2チャクラを廻した状態で呪術の儀式を行えば
 不完全ながら第3チャクラも廻るので、霊力をさらに練り上げる事ができます。
 念法と呪術系が霊力の使い方で共通なモノがあるとは私も気が付きませんでした」

 既に燃え尽きた真っ白い灰となっている美神…。
 エミに先を越された事が悔しいのであろう。

「わ…も……るわ…」

 何やらブツブツと小声で呟く美神。

「あら、何かしら令子?」

 勝ち誇ったエミが耳を近付ける。

「ぜ〜ったいっ! 私も念法の修行をやってモノにするわよ〜!!
 エミに負けるわけにはいけないのよ〜!!」

「きゃっ!」

 耳元で大声を出されたエミはたまらずに飛び退く。

「ということでこの件が終わったら宜しくね、小竜姫様!!」

「それは構いませんが……美神さんだと第2チャクラを廻せるようになるのに半年はかかりますよ…。
 それも毎日きちんと修行してです。プロとして仕事を持つ中、かなりの集中を要する念法の修行は
 大変ですよ?」

 小竜姫は予め時間が掛かる事を美神に納得させるために、あえて厳しい見積もりを提示する。

「いーや、やるわ! このままエミに負けてるなんて私のプライドが許さない!」

 変に燃え上がっている美神だった。

「令子、無駄な努力はあまりしない方がいいと思うワケ」

 勝ち誇った目つきで宣言するエミ。
 無論彼女もこの前美神と戦ったとき、完全に第2チャクラを廻せるようになっていたわけではない。
 確かに修業で廻せるようにはなっていたが、まだあの時点では安定性に問題があったのだ。
 それも今では9割方解決している。
 さらに内緒だが、愛用のブーメランに横島から教えて貰ったある種の呪文を刻み込んで、霊力を付与することまで成し遂げていた。
 エミが自慢するようにかなりのパワーアップを果たしている。
 美神はその事を直感で感じ取っており、彼女の性格からとても許容などできなかったのだ。

「ふんっ! 無駄かどうかはやってみなきゃわからないでしょ!」

 キッとエミを睨み付ける美神に対し、余裕の表情で受け止めるエミ。

『小竜姫様、何か俺この雰囲気怖いんですけど……』

『こ、これも修行ですよ……。よ、横島さん……』

 師弟コンビが魂を通じてそんな事を話し合っていると、助けは意外な方向からやってきた。


「あ〜美神君にエミ君。今は次回のGS資格試験へのメドーサ介入に関して話し合わなければ
 ならないんだ。そう言う事は終わってからにしてくれたまえ」

 唐巣の一言に戦わせていた視線を外し、一応仕事の話をする状態にはなった二人。

『唐巣さんって結構しっかりしてるんスねえ…』

『唐巣さんは人間としては優秀でスジの良い方でしたから…』

 おかげで小竜姫と横島の唐巣株は急上昇していた。

「でも今からあまり表だって調べると、さっさと関係者の口を封じてトンズラする可能性もあるワケ」

「そりゃそうね。あのメドーサってヤツはその辺シビアそうだったから」

「おそらくヤツの事です。かなり優秀な人材を送り込んでくる事でしょう」

「ヤツの計画上、GS試験に受かってそれなりに優秀性を見せないと意味無いですからね。
 二次試験になればおのずとわかるとは思いますが……」

「当面、受験申込者の書類を確認する事ぐらいしかないね」

 知ってはいてもここでメドーサの計画全てと誰が弟子なのかを話すわけにはいかない。
 だが全く同じ経緯でも無駄のように思った横島は、一つの道標を推理と言う形で話す事にした。

「これはあくまで推理なんですが…一つ良いですか?」

 その言葉に小竜姫意外の面々は頷く。
 小竜姫は微かに不安をその瞳に宿したが、横島の眼を見て頷いた。

「全く逆の可能性も勿論ありますが、俺がメドーサなら今回の試験でなるべく多くの息の掛かった
 人間を合格させようとすると思うんです。もっとわかりやすく言うと、有名大学への合格率を上げる
 事が予備校の評価に繋がるようなもんスかね。そうすれば優秀な人間が自然と集まってきます。
 それがやがて派閥を形成して無視できなくなる。まあ学閥みたいなモンかな…と。
 ただ、どうせ1回でばれるなら強力なのを1人ずつ育成してゲリラ的に合格させていく、という作戦で
 来るかもしれないですけど」

「成る程…横島君の推理はなかなか良い線を突いているかもしれない。つまり複数の比較的強い
 受験生を鍛えた研修先がメドーサの根城ということだね?」

 唐巣の補足説明に納得顔の一同。

「人材確保や影響力の行使という狙いならそれが一番効率がいいはずです。だから複数の受験生を
 送り出した所と強力な実力を持つ受験生に的を絞っても良いんじゃないかと」

「横島君、貴方の推理なかなかのモノよ」

「そうね。私もその辺を考慮して神父と一緒に調べてみるワケ」


 一応打ち合わせは終了し、美神達はそれぞれの事務所に戻っていった。
 横島は部屋に戻る小竜姫に寄り道をすると言って別行動を取る。
 どこに行くか知っている小竜姫は黙って送り出した。

「ルシオラ、いよいよGS試験だよ。アシュタロスの件に比べれば小さい事だけど、未来の世界では
 俺が霊能力を持つ切っ掛けになった重要なイベントだ…。この世界で出会う雪之丞とは友人に
 なれるかな……」

 実力的には問題ない程上なのだが、こうして自分の記憶に残っている友人達とまた同じような良好な関係を築く事ができるとは限らない。
 その事が横島を幾分かナーバスにさせる。

『大丈夫よヨコシマ。きっとうまくいくわ……。私の事も含めてね……』

「ああ、お前の事が一番気がかりなんだが……雪之丞も俺の親友だったからな」

『ええ、わかってるわ。それよりヨコシマ、今回の事件でメドーサを倒すつもりね?』

「ふっ、わかっちまったか」

『あまり私を舐めないで欲しいわね。ヨコシマの考えている事はお見通しよ』

「元始風水盤はいろいろな意味でヤバかったからな…。できれば起きないで欲しいんだ」

『そう…。ヨコシマの決めた事なら私は何も言わないわ。
 でも…九能市さんの試合でセクハラするのは許さないわよ!』

「な、なぜ……そこに話を持っていく?」

『私にはお見通しよっ! いい、ああいう真似は絶対に許さないからね!
 勿論小竜姫さんも同意見よ!』

「嫌だなぁ……俺だってそんな事は考えちゃいないさ……」

『ならいいけど……』

「ほ、ほらルシオラ! 夕日が綺麗だぞ!」

『そうね……綺麗だわ。この夕日を、昼と夜の狭間の一瞬を横島と見るために私は世界を守る…』

 話題を何とか変えようと夕日に意識を集中する横島。
 ルシオラの受け答えはいつもと同じ感じだ。
 だがルシオラとの会話で、若干ナーバスになっていた横島の精神状態はいつもの状態に回復している。

『大丈夫……ヨコシマの心は私達が守るわ……』

『そうですね』

 横島にも聞こえない意識の奥底で呟くルシオラとそれに答える小竜姫だった。







 あっという間に2週間の時が流れ、様々な調査から3人の受験生を今回参加させた白竜GSが容疑者筆頭となっていた。

「あそこの内部は結界が強くて、私の黒魔術でも覗く事はできなかったワケ」

 受験日の前日、これまでノーマークという事で妙神山・東京出張所に集まった唐巣、美神、エミとこの事務所の持ち主である2人が最終ミーティングを行っていた。

「パワーアップしたエミでも覗けないとなると、やっぱり直接調べるしかないのかしら?」

 暗にパワーアップしても役に立たないわね! と言葉の裏に込める美神。
 それに気が付いて鋭い視線を送るエミだが、美神はそっぽを向いている。

「いや、メドーサの事ですから例えそこを根城にしていても証拠を残すようなヘマはしていない
 でしょう。恐らくすでに自分は他の場所に移動していると思います」

 記憶から随分無駄な事をさせられた小竜姫が悔しそうに呟く。

「そうなると後は臨機応変に現場の判断でいくしかないっスね。俺がノックダウンさせますから、
 その間に拷問でも何でもして自白させちゃってください。何なら文珠で洗脳しましょうか?」

 恐ろしい事をサラッと言う横島。
 陰念とか勘九朗の事はどうでもいいため、結構酷い扱いをしようとしている。

「いや…横島君。それはあくまで最後の手段だ」

「じゃあ眷族でも作って監視と盗聴をさせましょうか? 今の俺なら可能っスよ」

 ルシオラの能力を若干とはいえ持っている横島にとって、眷族の作成と制御は難しい事ではない。
 無論、ルシオラやパピリオ、ベスパのように多数の眷族を同時に制御する事はできないが、数匹ならどうという事はない。

「そ、そんな事も可能なのかね?」

「はっはっはっ…霊力だけなら強いですし、小竜姫様も付いてますから」

 頭を掻く横島に呆れた視線を向ける唐巣と美神。

「ふーん。だったらアタシも協力するワケ」

 エミが唐突に言う。

「はっ? エミさんが?」

「そう、アイツらがもし魔族の手下なら霊力を魔力に変換させておけばバレ難くなるワケ」

「確かにその方が確実ですね」

 小竜姫の言葉で急遽、横島の眷族が作られる。
 それは数匹の蛾だった。

「これが俺の眷族です。といっても急ごしらえですから1週間も保てないですけどね。
 それでこっちが…」

 そう言いながら蛾の数と同数の双文珠を取り出す。

「眷族が見たり聞いたりした事を伝達する受像器の役割をする文珠です。これで俺以外の人間も
 情報を共有化することができます」

「何か…何でもありなのね、横島君って」

 嫌々をするように首を振る美神。

「まあ、急ごしらえの眷族なんか無くても、事前に根回しして設置を決めさせた監視用ビデオカメラが
 あれば大丈夫かもしれませんけどね。念には念を入れるということで」

「二次試験から、唐巣さんと私は別室で監視カメラを使ってを試合をチェックします。
 横島さんと美神さんは直接容疑者と接触してください。エミさんは会場内で応援する振りをして
 監視をお願いします」

 今回横島達は唐巣を通じて、勝負の判定を寄り確実にするためと不正防止のために、という理由で何台かのビデオカメラを設置する事に成功していた。
 表向きは記録映像を録るためと言う事になっている。
 こうして明日の布陣が決まる。

「じゃあ明日会場で会いましょう。
 そうそう、俺はメドーサに顔を知られているので、明日はマスクを着けて戦いますんで」

 別れ際にそう言うと横島はマスクを取りだし着けてみせる。

「…横島君……それって…」

「…機○戦○ガ○ダ○に出てきた「○い○星」じゃない……」

 美神とエミが呆れたような表情で口を開く。

「フッフッフ…似合いますか? 昨日、一生懸命考えたんスよ」

 コイツもどこか感性がズレている……。
 そう思った唐巣達であった。





 試験当日……東京シティーホテル
 結構デラックスな部屋でソファに悠然と座るスタイル抜群の女。
 その薄紫色の髪からしてわかるようにメドーサである。
 あれから何とか魔界で傷を治し、かねてからの計画であるGS協会を支配する第一歩を踏み出すために戻ってきたのだ。
 スッと影が3つ現れる。

「いよいよですね。私の愛弟子達が一人でも多く合格する事を祈ってますよ」

 明らかに格上の雰囲気で声をかけるメドーサ。

「ご心配なく。行ってまいります…」

「気が向いたら応援に行くかもしれません。ひょっとすると昔なじみに会えるかもしれませんしね……」

 そう言うと手を振って影を下がらせる。

「クックックッ……この前は不覚を取ったけど今度はそうはいかないよ、小竜姫!
 まぁアイツの事だから気が付いて無いかもしれないけどね」

 一人になったメドーサは低く笑うと、テーブルの上のグラスに手を伸ばす。

「でも…私としてはこの計画を知って是非出てきて欲しいね。そうすれば借りを返せるってもんさ」

 その眼には復讐の炎が燃え上がっていた。



「応援には行けないが、君なら大丈夫だ! ピート!」

 教会の玄関で試験に行くピートを激励する唐巣。

「あがらないようにね。頑張れ!」

「だっ…大丈夫です! い、行って来ます…!!」

 ネクタイに手をやり決意を秘めた表情で歩き出すピートだが、元々心配性なところがあり、尚かつ上がり癖があるため挙動が怪しい。

「あ、ちょっと待ってください…。何か忘れ物をしたよーな…」

 そう言って鞄の中をゴソゴソと漁り始める。

「君…それもう5回目だよ……」

 唐巣の言葉には上がりまくっている弟子に対する微笑ましい思いと不安が混在していた。



「さて、今日は一緒に行くわけにはいかない。
 会場でも表面上無関係を装うけど我慢してくださいね、小竜姫様。
 離れていても俺の魂に融合している小竜姫様の霊基構造コピーを通して話ができますから」

 鬘で髪型を変え、さらにサングラスを掛けた横島が部屋の玄関で小竜姫と相対していた。

「わかっています…。私も最善を尽くしますが、横島さんも無理しないでくださいね」

 そう言ってそっと横島を抱き締める小竜姫。
 横島も黙ってその柔らかい身体を抱き締め返す。
 数分間そのままの姿勢で止まっていた二人は名残惜しそうに離れ、横島は荷物を持って試験会場へと向かった。

「では私は唐巣さんと合流して会場に向かいましょう」

 小竜姫も自分に課せられた仕事を果たすべく、横島に遅れて部屋を出る。
 すでに部屋を出た二人の貌は戦士のそれとなっていた。



「エミさんっ! ワッシは、ワッシはー!!」

 小笠原エミの事務所では、やはり上がり症のタイガー虎吉が大声で吼えていた。
 唐巣同様、タイガーの性格を知っているエミは今回の裏面を話してはいない。

「うるさいワケ! 後で応援に行ってあげるから、さっさと行くワケ!!」

 そう言ってタイガーを玄関から放り出す。

「やるしかないんジャのー」

 そう呟いて大きな体を縮こまらせながら試験会場へと向かうタイガー。


 こうして平成○年ゴーストスイーパー資格取得試験はそれぞれの思惑を秘めながら始まろうとしていた。




(後書き)
 新章「GS試験編」です。原作では一生の幸運を使い果たすかのような奇蹟の連続でGS資格を手にした横島ですが、この作品では既にかなり強いので見せ場は少ないかもしれません。まあ、横島の実力のお目見えと言う事で……。


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