フェダーイン・横島

作:NK

第12話




「平成○年度 ゴーストスイーパー資格取得試験 一次試験会場」

 という看板がかかったどこかの私立大学の講堂に大勢の人々が集まっていた。
 それぞれ幾つもの列を作って受付に書類を提出し、注意事項の紙と受験票を貰っていく。

「受験者数1865名、合格枠は32名。午前中の一次審査で128名まで絞られて、午後の第1試合で
 64名になっちゃうのよ。で、続きは明日」

 ザワザワとざわめく会場を覗き込みながら、髪型を変えサングラスをしている横島に試験の概要を説明している美神ことミカ・レイ。
 無論美神が鬘を被って眼鏡を掛けただけのお手軽変装した姿である。

『狭き門なんですねえ…』

 フヨフヨと浮かぶおキヌが素直な感想を述べる。

「現代社会の基盤はあくまで科学よ。幽霊や妖怪ってのは今の科学じゃ定義するのが難しいわ。
 何だかわからないものを退治するために、何だかわからない能力を持った人間が必要なわけね。
 だから本当に優れた人間にしか資格は与えられないの」

 キリッとした表情で説明する美神。

「まあ、実際に使っている俺だって霊能力に関しての細かい仕組みや原理なんて説明できないだろ。
 でも本当は実際に存在するモノを解明するために科学があるんであって、今の科学で説明できない
 モノを排除するためにあるんじゃ無いんだけどねぇ…。多分、科学者にとってはおキヌちゃんの存在
 だって、科学で説明できないから否定したいんだろうね。おキヌちゃんは実際にここにいるっていう
 のにさ……」

 寂しそうな表情で呟く横島だった。
 彼の大事な人は、その定義で言えば人界では排除されてしまう存在なのだ。

「じゃ、ここからは別行動ね。一応、初対面って事にしないとまずいでしょ? 頑張ってね」

 そう言うと手を振って女子更衣室へと向かう美神。
 おキヌは中の構造がよくわからないので、とりあえず付いていく。

「では試験場で」

 そう言うと横島も自分の荷物を担いで更衣室へと向かう。
 すると、いきなり声を掛けられる。

「横島さん!!」

 メドーサに名前は知られていないはずなので、取り敢えず普通に振り向く横島。
 だが内心、せっかく変装してきたのに一発で見破られたのを寂しく思っていた。

「横島さん…。よかった! やっと知っている人に出会えましたよ! 一緒に行動してくださいー!!
 故郷の期待背負ってるんで、プレッシャーが凄いんです!! お願いです!!」

 がっしりと胸ぐらを捕まれて迫り来るピートを、思わず“飛竜”で斬り捨てそうになった横島は慌てて周囲を見る。
 そこには、横島が絶対になりたくないと思う関係を疑う女の子達の眼差しがあった。

「わかった!! わかったから離れろ! 人が見てるだろ!!」

 横島の胸で泣くピートを引き離したい横島は懸命に宥めようとする。
 ちなみに横島はサングラスを掛けており、修行中以外に見せるいつもの覇気のない表情と違って普通の表情を見せていたので、それ相応に格好良く見えている。

『くそっ! 何で男なんぞを胸で泣かせてやらにゃならんのじゃ!!』

 内心かなり怒っているモノの、精神的に成長した横島は手討ちにしたい衝動を必死で抑える。
 ようやく泣き止んで落ち着いたピートを引き離しホッとしていると、ヌッと大きな影が日の光を遮る。

『今度は……タイガーか?』

 自分ではない自分の記憶を思い出してゲンナリする横島。
 だがこの世界ではタイガーと会った事がないので、少しだけ安心しているのは秘密である。

「ピートさーん! わしジャアァァー!!」

 迷彩戦闘服にベストという出で立ちの大男が、うおぉぉぉ〜ん、と泣きながら突進してくるのを、素早く下がりピートを前に出すように動く事で避ける。

「わっしは…わっしはキンチョーして……!!」

 今度はタイガーがピートの胸ぐらを掴んで泣き叫んでいる姿を横目で見つつ、横島は素早く戦略的撤退を開始していた。

『えーい! こんな無様な舞台に一緒にいてたまるかっ!!』

 漸くタイガーが我に返ったときには横島の姿はどこにもなかった。





「よーし、次のグループ!」

 審査官が呼ぶと、舞台の上にゾロゾロと番号札を胸に着けた受験生が入ってくる。

「いいな、俺にあまり話しかけるなよ。俺は一応師匠無し、研修所なし、というふれ込みで受験
 してるんだからな! そうじゃなきゃこんなコスプレみたいなマスクなどしないぞ!」

 昨日、結構似合うと思って自己満足に浸っていたのだが、人前では建前を重視している横島。
 13番の札を着けた横島の格好はというと、鬘はそのままでサングラスを外し、○ャアのようなマスクを着け、何故かスーツ姿である。
 意外にもこの段階になって落ち着きを取り戻したピートは、何か事情があるのだろうと察して頷く。
 タイガーの方は相変わらずビクビクしているが、ここまで来ればもうやるしかないのである。

「諸君の霊力を審査します。足元のラインに沿って並び、霊波を放射して下さい! では始め!」

「はーーーッ!!」

 かけ声と共に霊波を放出するピートとタイガー。
 横島はチラリと自分の左側を見ると、ミカ・レイの変装をした美神が一人挟んだ隣で目を瞑って霊波を出している。

『さて…何マイトぐらい出すかな?』

 そんな事を考えながら目を瞑ると、静かに霊波を放射させる横島。

「15番、25番、42番、37番! 失格だ! 帰っていい!」

 そう告げる審査官に別の審査官が話しかける。

「あの13番、凄いパワーですよ…!」

「霊波計を見ろ! 100マイト近い数値を示している!」

 ざわめく審査官達。
 その様子を見た横島は舌打ちをしていた。

『チッ! 霊力を上げすぎたか…。しまったな……』

「よーし、そこまで!」

そんな事を考えていると審査官が終了を告げる。

「8番(ピート)! 44番(タイガー)! 28番(カオス)! 7番(ミカ・レイ)! 13番! 君達は合格だ!
 二次試験会場に向かってくれ!」

 嬉しそうなタイガー、ホッとした表情のピートを余所に、マスクを着けた横島はさっさと舞台から降りている。
 そこへ近付いてくるミカ・レイ。

「行きましょ! 試合前にお昼食べないと…」

 これは事前に決めていた『打ち合わせしたい』という暗号だ。
 さっさとピートを放って置いて連れ立って会場の外に出る二人。
 暫く後、彼等はカフェテリアで向かい合って軽食を食べていた。
 心なしか美神(ミカ・レイ)の表情も和やかだ。

「試合はトーナメント形式よ。合格するには2試合勝てばいい。だから連中もこの段階ではそれ程力を
 出してはこないと思うの。問題はその後の成績を決めるための試合ね。これはその後の仕事に
 直接関わってくるからおそらく力を出してくる筈」

「そうですね。でもいきなり巨大な力を手にした人間はその力に溺れます。案外、第2試合まででボロ
 を出すヤツもいるかもしれません。俺達は自分の試合がありますから全部の受験生の試合を見る
 事ができません。その辺はエミさんに頑張って貰いましょう。後、連中には眷族も張り付けてあり
 ますからね」

「そうね。まあエミにも頑張って貰いましょう」

 打ち合わせを終えると、二人は二次試験会場である武道館へと向かった。


「どう、雪之丞? あたし達の敵になりそうなのはいた?」

 リーゼントで体格は良いのにおカマ言葉の男、鎌田勘九郎が隣の目つきが悪く背の低い(だが体格は鍛えてられている)男に尋ねる。

「まあな。チャイナ服の女とバンパイア・ハーフ、もう一人は…変なマスクをしたよくわからんヤツだ」

 雪之丞と呼ばれた男は握り飯を食べながらも不適な笑みを浮かべる。

「だが、いずれにせよ首席合格は俺達が頂く! GSのエース!
 おいしい…! おいしすぎるぜっ!!」

 ふっふっふっ、と笑う雪之丞だったが、ほっぺたにご飯粒が付いているで何とも間抜けな姿だった。





『遅いなあ…そろそろ来てもいい頃なのに…』

 指をくわえて空中に漂いながら美神と横島を待っているおキヌ。
 一応、美神から今回の任務について聞かされていたので、ミカ・レイが美神の変装であり迂闊に応援してはいけない事も、横島がおそらく正体を隠すために妙な格好をする事も知っていた。

『すみませーん。試合はまだ始まらないんですかあ?』

 普通いきなり幽霊に物を尋ねられたらパニックになるだろうが、この辺はおキヌも天然の本領発揮というところだ。
 ごくごく自然に近くにいた観客に尋ねる。

「あと5分で始まるワケ」

 腕時計を見ながら答えた人物は、ふとおキヌを見てあれっ、という表情をする。

「え!? …おたく…どうしてここにいるの?」

『あっ! エミさん。いや…応援に来たんですけど……』

 そんな会話を交わしているうちに選手が入場してくる。

『あっ! みかみさ……』

 それを見て声援を送ろうとしたおキヌの頭をガシッと掴んで身体ごと下に沈める。

『あうっ…! な、何するんですか、エミさん…』

 涙目で抗議するおキヌを無視して、慌ててキョロキョロと周囲を見回すとエミはおキヌの耳元で囁く。

「ちょっと! おたく、どこまで話を聞いているワケ?」

『えーと…美神さんがお仕事で変装して試験に潜り込んでいる事と、横島さんが妙な格好して試験を
 受けることですけどー』

「そこまで知っているなら、令子や横島君を応援したらまずいってわからないワケ!?」

 そう言われて自分がとんでもない事をしようとしたと理解して、あうあうと狼狽するおキヌ。

「少し落ち着くワケ。ところでおたく、令子の事はすぐにわかったみたいだけど、横島君がどれだか
 わかっているの?」

 エミの問いに選手達をキョロキョロと見回すおキヌ。

『えーと…確かマスクを着けるとか言っていたよーな……。あっ! ひょっとしてあれですか?』

 おキヌが指差したのは、肩当てを装着した忍者装束に顔の上半分を隠すマスクという格好の男。
 しかも下着代わりに鎖帷子を着込むという凝りようだ。

「私もちょっと頭が痛いワケ! 確かにあの格好ならこの前戦ったメドーサも一目ではわからない
 だろうけど……」

『えーと、横島さんの事も応援しちゃいけないんですよね…?』

「当たり前なワケ! おたくはいーから大人しく私の手伝いでもしていりゃいいワケ。
 ほらっ! 全部の試合に眼を通すのよ!」

 強引におキヌを助手にしたエミは腕を組んだまま、「ラプラスのダイス」を使った組み合わせ抽選を見守る。
 そうこうしているうちに組み合わせが決まり、横島も美神も番号札を手に所定のコートへと散っていった。


「えーと、8番コートか。まさかまたカオスのじーさんが相手じゃないだろうな?」

 ブツブツと呟きながら指定されたコートに着くと、そこにはカオスではなく革ジャンに肩当て、上腕に防御兼用の棘付きリストアーマーを装着したかなりやばそうなモヒカン刈りの大男が立っていた。
 頭の“666”の入れ墨がワンポイントになっている。
 その手には戦斧が握られており、威嚇効果満点である。

「あ〜ん!? 俺様の相手はこんなに柔そうな男なのか〜。ふん! つまらんな〜」

 相当自信があるのか、横島を見下したような態度を取る大男。

「試合開始!」

 審判の合図で結界の中の二人は戦い始める。

「ふははは…俺様の霊力をみるがいい!」

 そう言うとモヒカンは掛け声と共に霊波を放出する。

「どうだ〜俺様の霊力は〜! 貴様など敵ではないわ〜!」

 指を鳴らしながら悠然と構えるモヒカンに呆れた視線を送っている横島。

『くだらん……。たかだか50マイト程度の霊力で有頂天になるとは井の中の蛙もいいとこだ。
 しかもただ何も考えずに放出するだけとは、霊力が無尽蔵にあるとでも思っているのか?』

 これならドクター・カオスの方がまだマシだ! と思いながらも目前の敵に集中する横島。

「ふははは…捻り潰してくれるわ〜!」

 そう言って斧を振り上げて突進してくるモヒカン。

「ふん、動きが遅すぎる。そんな遅い動きでは俺を捉える事はできん」

 その言葉をモヒカンが聞いた時にはすでに忍者装束の横島は目の前から消えており、腹部に強烈な衝撃を受けていた。

「グハッ…! な、何が…一体……」

 意識が刈り取られる中、モヒカンの眼には元の位置に戻っている横島の姿が映っていた。

「勝負あり! 勝者、横島!!」

 審判が即座に勝ち名乗りを上げる。

「8番コートは一瞬で勝負がついてしまいましたが、解説の厄珍さん、一体横島選手は
 何をしたんでしょう?」

 実況担当が解説として隣に座る厄珍に尋ねる。

「ワタシにもよく見えなかったあるが、どうやら拳に霊力を集束させて掌底突きをお見舞いしたよう
 あるな。それにしても素早い動きあるよ。ジード選手(モヒカンの名前)には横島選手が消えたように
 見えた筈ある」

 己のパワーに酔い猪突猛進するという、あまりにしょうもない相手だったので準備運動にもならなかった横島は、暇になったのをこれ幸いと白竜GSの受験生の試合を見ようと辺りを見回す。
 するとやはり伊達雪之丞と鎌田勘九郎は一撃で相手を葬り去っている。
 ピート、美神も順調に相手を下し、ここに試験1日目は終了した。



 試験が終わって数時間後、ここは横島の事務所、妙神山・東京出張所である。
 無事初日の試合を終えた一行は、情報の整理のためにここに集まっていたのだ。
 テーブルに資料を広げて、唐巣、美神、エミ、横島、小竜姫が額を寄せ合っている。
 おキヌはやる事が無くて暇そうだが、ぼんやりと横島の顔を眺めていた。
 なお、ドクター・カオスは銃刀法違反で失格になった(横島とは戦わなかったが)。
 あまりに記憶通りの迂闊さに、横島は密かに同情していた事は言うまでもない。

「今日一日、小竜姫様と別室でモニター越しに試合を見ていたが、やはり怪しそうなのは白竜GSの
 3人だね。彼等はかなり強い」

「この段階で負けた受験生は除外ね。ざーっと試合は見てたけど、大体目星はつけたわ。やはり
 要チェックは白竜の3人ね」

「観客席から見ていても、やっぱり怪しいのはこの3人なワケ」

「俺が見たところでも、強敵となりそうなのは白竜ですけど、特に強そうなのはリーゼントのおカマ
 言葉を使うヤツですね。目つきの悪い背の低い方も要チェックですけど、実力的にはおカマの方
 が上でしょう。もう一人のチビの眉無しは大したことありません」

 情報を交換してみても、やはり容疑者は白竜GSということで意見の一致を見ていた。

「ふう、こうしてみるとやはり白竜GSの受験生がメドーサの弟子みたいですね。問題は2回戦を勝ち
 上がれば、ピートさんがこの目つきの悪い伊達雪之丞と3回戦で、タイガーさんが眉の無い陰念と
 2回戦で戦う事になります。できれば横島さんが先に戦う事ができればよかったのですが……」

「こうなると、ピートはともかくタイガーは危ないワケ。怪我ぐらいで済めばいいけど……」

「棄権は…しないでしょうね」

「俺が3回戦で陰念というヤツと対戦します。こいつを倒しますから、小竜姫様と唐巣さんは何とか
 証拠を手に入れて下さい。まぁ、4回戦で雪之丞ってヤツとも当たりますからね。そちらはお願い
 しますよ」

「任せるワケ! いざとなったらタイガーの精神感応力と私の呪術で自白させてみせるワケ!」

「エミ君、なるべく穏便にね…」

 何故か一人苦労を背負い込んでいる唐巣だった。

「そうそう、横島君。貴方の実力を改めて見せて貰ったわ。でもね…あの格好はもう少し何とか
 ならなかったの?」

 美神が勘弁して欲しいという表情で尋ねる。

「横島君、私もそう思うワケ!」

 エミも珍しく美神に同意する。

「えっ!? あの格好どこかおかしかったですか?」

 本心から訊き返す横島に脱力する美神とエミ。
 すでに小竜姫は諦めており、おキヌは自分が生きていた頃だとそれ程おかしくもない格好だったので首を捻っていた。

「まあまあお二人とも…。横島さんが良いと思っているのですから……。」

 そう言って二人を宥める小竜姫。
 横島は相変わらず首を捻って、何が変なのか真剣に考えていた。






 ……というわけで翌日。

 合格ラインを決める第2試合とあって選手達も緊張気味な中、すでにマスクに忍者装束に着替えた横島が壁にもたれ掛かっていた。

「あら、やっぱり今日も同じ格好なのね…」

 近付いてきたミカ・レイが横島に話しかける。

「やあ、ミカ・レイさん。俺の格好って変なんですか?」

「悪いけど……おもいっきり変よ!! だって周りを見ても明らかに異質だと思わない?」

 美神にそう言われて見回してみたが、上半身裸でどう見ても精霊使いみたいな格好のヤツとか、中国の導師風の服を着て算盤を持っているヤツだの、どう見ても自分の格好など可愛い物だとしか思えない。

「そうですか?」

 そう言われて横島の指差す方を見てみると、相当へんな格好の奴らばかりだった。
 こうして見ると、白竜の3人など普通の格好である。

「……貴方の言うとおり、違和感ないかもね……」

 青ざめて答えるミカ・レイに満足げに頷く横島。

「いやあ、俺のセンスをミカ・レイさんなら理解してくれると思ってましたよ」

 嬉しそうに言う横島に、もはやこの事は話すまいと思う美神だった。
 横島から視線を反らした美神の視界に、同じように壁により掛かるピートの姿が入る。
 何やら悩んでいるかのように切羽詰まった表情のピート。
 その姿に不安を覚えたのか、横島と美神が近づき声を掛ける。

「どうしたピート。気分でも悪いのか?」

 その声とマスクで横島だと気が付き、ハッとした顔で面を上げる。

「!…横島さんと……えーと?」

「ミカ・レイよ」

「ダメです、俺…次の試合で勝てる気がしないんです」

 そう言って俯いてしまうピート。

「何を言っている? 身体能力でも霊力でもお前に勝てるヤツは少ないはずだ。悩んでいる原因は
 何だ?」

 マスクで見えにくいが、眼をスッと細めて尋ねる横島。

「僕も正直、人間より強いと自惚れてました…。でも、昨日の試合で思ったより苦戦して…。僕は…
 僕は…ただの半人前なんです。人間としても吸血鬼としても中途半端な……!」

 横島が口を開こうとしたとき、美神がいきなりピートを怒鳴りつける。

「甘ったれてんじゃないわよ!!」

 パアァン!

 いい音と共に頬を張るおまけ付きで…。

「700年も生きてきて情けないわねっ!! 男ならシャンとしなさい!!」

「しかし僕は…唐巣先生の教えさえ満足には……!」

 だがその一括を受けても立ち直る気配はない。

「先生に教わった事が貴方の全てじゃないでしょ? 自分の力を自分で引き出してみなさい!」

 そう言うと踵を返して歩いていくミカ・レイ。

「あっ……どういう事なんでしょう…横島さん?」

 去っていくミカ・レイを見送ったピートが横島に尋ねる。

「彼女の言いたかった事はピートが自分自身で答えを見つけるしかない。一応俺からも幾つか
 アドバイスをしておこうか。美神さんの修業にピートが付いてきた時、シャドウを使った戦いを通して
 俺が言った事を覚えているか? いかに力を持っていても、それを適切に使わなければ勝つ事は
 できない。それとしてはいけない事のトップは油断や慢心だ。敵の能力を探りもせずに自分の攻撃
 を無闇に仕掛けるのは自殺行為だぞ。その事を忘れるな!」

 そう告げて横島もその場を離れる。
 残されたピートは二人から言われた事の意味を考えていた。



「雪之丞! あたしたちの試合はもう少し後よ」

 道着に着替え、試合場に姿を見せた勘九郎が周囲を見回しながら余裕の表情で話しかける。

「どうする勘九郎。見ておきたい試合はあるか?」

「私はあのミカ・レイって女と……横島って言う忍者の格好したマスクマンね。あいつら、ただ者じゃ
 ないと思うの」

 雪之丞の問いかけに答える勘九郎。

「同感だな。ひょっとしてあの忍者、メドーサ様が言っていた神族…」

「何言うのよーっ!」

 ガンッ!!

 話している途中の雪之丞に、叫びながら膝蹴りを食らわせて黙らせる勘九郎。

「そ、その名を口にしたらどーなるか分かってるんでしょ!? 死ぬかと思ったじゃないっ!!」

 オロオロと狼狽しながら辺りを見回す勘九郎。

「お、俺も思ったよ……」

 鼻血をドクドクと流しながらノックアウトされた雪之丞がか細い声で答える。
 しかし、彼等の会話は横島の眷族たる妖蛾によって聞かれていたのだ。


「聞きましたか、唐巣さん」

「はい、記録もバッチリです小竜姫様」

 会場で交わされた彼等の会話はバッチリと文珠経由で小竜姫と唐巣に聞かれており、記録としてテープにまで録られていた。

「これで奴らを失格にできますね」

 嬉しそうに言う唐巣に首を振る小竜姫。

「これで白竜GSがメドーサと繋がりがある事は確実になりましたが、GS協会の上層部に納得させる
 には弱いです。もう少し監視を続けましょう」

「…わかりました」

 唐巣としては、ピートやタイガーに危険な目にあって欲しくないのだ。
 できる事なら彼等を不戦勝にしてやりたい。
 おそらく彼等は未だ実力を隠しているはずだ。
 唐巣は自分が直接戦えず、こうして後方支援しかできない事に苛立ちを感じていた。



 2回戦の会場では、ミカ・レイの試合に注目が集まっていた。
 その容姿に解説の厄珍も実況担当も心を奪われているのだ。

「あのねーちゃん、たまんねーあるなあっ!!」

「対するはパワー志向の蛮・玄人選手! 是非とも彼女に『いやーん』とか言わせて欲しい
 ものです!」

 本日最初の美神の対戦相手は、初日第1試合で横島が戦ったのと同じような巨躯を誇るパワーファイター。
 余裕をかまして霊波を放射して見せるところまでそっくりだった。
 10%の力で勝負してやろう、などと大口を叩いた瞬間、霊力を込めたミカ・レイの扇子の一撃で吹き飛ばされダウンする。

「勝者、ミカ・レイ!」

 至極当然といった顔で勝ち名乗りを受けるミカ・レイに対する賞賛と、一瞬で負けて試合をつまらなくした蛮・玄人に対するブーイングが会場に湧き起こる。
 コートを後にした美神は横島とすれ違った。

「あら、次は貴方なの?」

「そうスよ。今度は少し歯応えのあるヤツがいいんですけどね」

「まっ、横島君に勝てる相手なんてそうそういないわよ。相手を再起不能にしないように頑張ってね」

 美神の声援に片手を上げて応えるとコートに入る横島。
 対戦相手は……やはりあの九の一だった。

「九能市氷雅、18歳です。お手柔らかにお願いしますわ」

 シナを作って自己紹介する九能市だが、今の横島にはその実力が見えていた。

「俺は横島忠夫。どうやらアンタも忍者みたいだな。さて、どちらの技が優れるか……」

 気分はすでに昔見た忍者漫画の横島だった。

「まさかGS試験で術比べができるなんて思いませんでしたわ。私も楽しみですの」

 そう言って刀の柄に手を掛ける九能市。

「ほう、その構えは居合いだな…。では俺も剣で対抗するとしよう」

 そう言うと虚空から愛刀“飛竜”を抜き出す横島。

「くっ! 何ですの、その強大な霊力が籠もった刀は!?」

 横島の霊力に圧倒されながらも、その持っている霊刀の力を悟り僅かに後退するがなんとか踏みとどまる。
 そして脱ぎ捨てたマントで横島の視界を遮り、それを雲に見立てて霊刀ヒトキリマルによる斬撃を浴びせる。
 だが横島は九能市が動くと同時に後方に飛び、難なくその一撃を交わす。

「くっ! 私の居合いをおかわしになりましたね……」

「マントを雲に見立てた月影の術か! だがまだ未熟! 剣を抜く動作に入る前の動きが
 大きすぎるな。それでは敵に動きを見切られてしまうぞ」

 まるで生徒に欠点を告げる教師のような口調で九能市の悪いところを指摘する横島。
 それに釣られるかのように次々と連続で斬撃を繰り出す九能市だったが、まるで技を見切られているように寸前でかわされてしまう。

「だから、技を繰り出す際の筋肉の動きがわかりやすいんだって!」

「ダメですわ…完全に私の技を見切られていますのね……」

 一旦距離を取った九能市は呼吸を整えながらも相手の実力を分析し、自分より遙かに強い敵であると判断していた。
 しかも霊力云々ではなく、忍びとしての体術で勝てないのだ。

「さて、今度は俺から行くぞ」

 そう言って“飛竜”を身体の後ろに廻して帯に差すと、ダッと九能市目がけて走り寄る。
 途中、右に左にフェイントを掛けながら走り寄る横島に、なかなか反撃の方向とタイミングを掴めない九能市。
 しかも横島の剣は身体で隠されているため、両腕を後ろに廻されしまうと左右どちらから刀が出てくるかも分からない。
 九能市は横島の動きを読むことができず、剣を繰り出すタイミングを逸してしまったのだ。
 仕方なく上段に振りかぶって迎え撃とうとしたが、時既に遅く横島は“飛竜”を右側から横薙ぎに走らせすれ違い様に九能市の脇腹を斬った。
 “飛竜”に込められた霊力で強烈な衝撃を受けた九能市はゆっくりと崩れ落ちる。

「変移抜刀霞切り…。安心しろ、霊力を弱くしたから打撲で済むはずだ」

 横島の言葉を聞きながら、九能市の意識は急速に闇に溶けていった。

「忍術で相手に負けましたのね、私………」

 それが意識を手放す直前に九能市の考えた事だった。

「それまでっ! 勝者横島!」

 こうして2回戦を突破した横島はGS資格を取得する。
 彼を知っている人達からすれば、それは至極当然の結果と言えた。



BACK/INDEX/NEXT

inserted by FC2 system