フェダーイン・横島

作:NK

第14話




「まさかピートがここに送り込まれる事になるとはね……」

 ベッドで意識を失い眠っているピート。
 雪之丞との戦いでかなりのダメージを受けたのだ。

「大丈夫〜二、三日もすれば気が付くわ〜」

 横にパタパタと尾を振るショウトラを従えた、大昔の看護婦さんスタイルの冥子の言に少し安心する一同。
 ピートが担ぎ込まれたとあって、横島、エミ、美神、おキヌ、タイガーが様子を見に来たのだ。

「!?ここだけ他の傷と違うわ…? 雪之丞の攻撃とは質の違う霊力によるダメージ…?」

 エミがピートの右足の甲を貫通した傷痕を見つける。

『えっ…!? 反則ですか…?』

「そういえば横島君…結界に穴ができたとか言ってなかった?」

「ええ、極小さな物が貫通したような気がしたんです。ただ見えたワケじゃないですけどね…」


「横島君が感じたのは勘九郎が放ったイヤリングだよ」

 ガチャリ

 声と共にドアが開けられ唐巣が小竜姫と共に入ってくる。

「唐巣先生!? …イヤリングって…?」

 美神が驚いたように尋ねる。

「少し遅かったですが、メドーサと彼等白竜会GSの関係を示す証拠は手に入れました。
 彼等の会話が録音されています。そしてこちらのビデオテープには、先程の戦いで鎌田勘九郎が
 メドーサの命令で外から雪之丞を援護した映像が収められています」

 そう言って録音テープとビデオテープを見せる小竜姫。
 唐巣が後を引き継いで、先程の経緯をみんなに説明する。

「チッ! 何て卑怯な奴らなの!!」

「おかげでピートが酷い目に会ったワケ!」

『そーゆーのって許せません!』

「それって〜反則よ〜。これで〜あの二人は資格剥奪ね〜」

「そうジャー! さっそく審判団に訳を話して証拠を提出するんジャー!」

 この場にいる面々は横島と小竜姫を除いて全員いきり立つ。

「まあ待てって! みんな落ち着くんだ!」

 そんな中で横島の冷静な声が、興奮した人々の心に水を差す。

「何でそんなに落ち着いているのよ、横島君! 貴方はピートがこんな目に遭わされて
 悔しくないの!?」

「そうそう! あんな奴らさっさと失格にしてやるワケ!!」」

 怒りの矛先が横島に向かいそうになったが、次の一言で漸くみんなは少し落ち着く。

「連中を失格にする事は証拠が揃った以上簡単だ。問題はどうやって被害を出さずに連中を取り
 押さえるかだろう? それに美神さん、忘れたんですか? 観客席にはメドーサが居るんですよ!
 このまま追いつめようとすれば、奴は人間を盾にする事を躊躇わないでしょう。何とか敵の戦力を
 削って彼我の戦力差を広げなければいけません」

 横島の言う事は至極もっともである。
 雪之丞は仲違いしたようだが、捕まえようとすれば逃げるために全力を出すだろう。

「雪之丞と勘九郎は俺と美神さんが押さえるとして、問題はメドーサだ。どうでしょうね、小竜姫様?」

「メドーサは奸智に長けています。この会場で仕掛けても、横島さんの言うように結局逃げられて
 しまうでしょう。だからこそメドーサだけは一度ここから逃げ出させて、人気のないところで再度
 戦いを挑み、倒すしかないでしょう」

 横島の考えを肯定する小竜姫。
 メドーサの霊力(魔力)は約2,600マイトと、横島の中に存在する未来の小竜姫の霊体構造コピーに宿る人格(意識)とリンクする前の小竜姫の人界最大霊力とほぼ互角である。
 勿論、今では小竜姫は人界であっても最大で5,000マイトまで霊力を出す事ができるため、メドーサと戦ってもスペック上は圧倒できる。
 しかしメドーサは自らプロと言うだけあって、なかなか狡猾な戦い方をする。
 単純に多少の霊力差だけでは勝てない相手なのだ。
 それを良く知っている小竜姫は、自分の霊力が上がり実戦を念頭に置いた修行を積んできたとはいっても、些かもメドーサを侮ってはいなかった。

「念法をフルに使ってやっと互角に戦えるかどうか……。厄介な敵だがここで倒しておかないと
 面倒だ」

 横島も厳しい表情で呟く。

「じゃあ〜どうすればいいの〜?」

 そんな雰囲気を全く察せずに呑気に尋ねる冥子。

「次の雪之丞の相手は俺です。この試合はそのまま対戦するんです。そうすれば俺が雪之丞を
 ぶっ倒しますから、敵はメドーサと勘九郎の二人だけになります。白竜GSの連中を失格にするのは
 雪之丞を倒して医務室に送り込んでからです」

「そうですね。あの勘九郎という奴はこれまでの試合で殆ど能力を見せていません。彼が全力を
 出した場合、どの程度なのか見当も付きませんからあまり戦力を分散させることはできませんね。
 横島さん、頑張ってくださいね」

 小竜姫が横島の提案を肯定した事で作戦は決まった。
 唐巣と小竜姫は証拠を持ってゴーストスイーパー協会と話を付けるために、美神は再びミカ・レイとして試合場に、横島は受験生として、そしてエミはおキヌと共に観客席からメド
 ーサの動きを見張るために、それぞれ動き出す。
 証拠が揃ったため、哀れ陰念は気絶したまま拘束され放置されていた………。

「さーて、いよいよ大詰めかー。せっかく子供の頃の夢だった忍者として活躍できる時間も
 あと僅かだなー」

 そんな事を呑気に口走りながら歩く横島。

「相変わらず余裕ね、横島君。雪之丞はかなり強いけど倒す自信はあるって事か…」

「あの程度の魔装術なら俺の念法で突き破る事ができます。でもある程度手加減しないと
 殺しちゃうからなー。陰念は俺の予想以上に脆かったしなぁ……」

「はあ〜、とにかく頑張ってね…」

 半ば呆れ顔で美神は自分の試合にまだ間があるので、そのまま横島対雪之丞の試合が行われるコートの傍に立って試合開始を待つ。





「次の試合は ―― 横島忠夫選手対伊達雪之丞選手!! 両名、結界へ!!」

 審判が対戦相手を告げる前から、白竜の名が入った道着の上を脱ぎ捨てた雪之丞が腕組みしながら立っている。
 これは雪之丞なりの白竜と手を切った証なのだろう。
 彼はこの戦いに一個人、伊達雪之丞として臨むのだ。
 そこに相変わらずマスクに忍び装束という横島が愛刀飛竜を持ってゆらりと現れる。

「待たせたな…。道着の上はどうしたんだ?」

 わかっていて尋ねる横島。

「ふん…。俺は見解の相違でもはや白竜会GSとは手を切った。俺は俺の意志で戦うために
 ここにいる」

「そうか…ならば俺もこの剣、飛竜を持ってそれに報いよう」

 静かに、しかし激しく視線がぶつかり合い、コートの中が急速に闘気渦巻く空間となっていく。

「試合開始!!」

「おおおおっ!!」

 合図と共に組んでいた腕を解き、精神を集中させて魔装術を発動する雪之丞。
 あっという間に霊波を鎧のように纏い物質化させる。
 対照的にスッと飛竜を正眼に構え、見かけの霊力(横島の身体から感じられる霊力)の量はそのままにチャクラを廻して練り上げた霊力を飛竜に込めていく横島。
 その姿は雪之丞に比べれば正に“静”。
 表情も見かけの霊力を上げないという高度な技を行うため、能面のように無表情になって精神を集中させている。

「おおーっと、雪之丞選手、いきなり魔装術!!
 片や横島選手は静かです! 何をやってるんでしょうか!?」

「どーやら…横島選手は霊力を練り上げて増幅し、あの持ってる木刀にそれを込めているあるよ!
 あの木刀が放つ霊力がどんどん上昇しているある。ここから見ている限りでも200マイトを超えてる
 あるよ!」

 横島が何をやっているのかわからない大多数の人を代表して実況担当が発した問いに、ようやく解説らしい仕事をした厄珍が答える。

「そんな事ができるんですか? 解説の厄珍さん?」

「ワタシも聞いた事無いあるよ。でも目の前で起きてる事はそういうことある」

 霊力を練り上げ飛竜の霊力を220マイト程にした横島の表情が、漸く能面から感情を持った人へと戻る。

「虚弱で母親に甘えていた俺が、こんなにカッコ良く強く逞しくなれたのは。霊力に目覚めそれを
 鍛え抜いてきたからだ…!!」

『その姿が格好良いかは意見が分かれるな…』

 内心そんな事を思いながら雪之丞の言葉を聞き流す。

「貴様はどことなく俺に似ている! 行くぜっ!!  楽しませてくれよ!! 」

 そう言いながら前に出て両手を突きだし霊波砲を放つ雪之丞。

「くらえーッ!! 」

 ズバアァァァ

 迫ってくる霊波砲のエネルギー塊を見て呟く横島。

「ふむ…大体60マイトというところか…」

 ドガッ! スドドドド!!

 激しい爆発が起こり、横島の身体が爆煙の中に消える。

「反撃がくる…! お手並み拝見といこう!! 」

 この程度で横島を倒せるわけがないと考える雪之丞は油断無く身構える。
 だが煙の中からは何も飛び出してはこない。

「ムッ…!?」

 怪訝そうな表情をする雪之丞だったが、すぐに表情を引き締める。
 煙が晴れると、そこには飛竜を構えたまま傷一つ無く静かに立っている横島の姿が現れる。

「あーっと! 横島選手、あの凄まじいエネルギーの霊波砲にも無傷です!」

「どーやら、あの剣で霊力エネルギーの塊である霊波砲を真っ二つに斬り裂いたみたいあるね。
 信じられんある!」

 意識を集中させて横島の実力を見定めようと様子を伺う雪之丞。

「お前の戦い方はこれまでの試合で見せて貰った。一度見た技は俺には通用せん」

 表情を変えずに話す横島。

「信じられないが……やはりその霊刀で切り裂いたのか? 霊力は悠に200マイトぐらいあるから
 不可能ではないだろうが…」

 そう言う雪之丞は魔装術発動前で霊力約75マイト。魔装術を発動させると約110マイトまで出力を上げる事ができる。

「ふっ…自分の眼が信用できないのか?」

 不適な笑みを浮かべる横島に、思わず背中がゾクリと来る雪之丞。


「試してみるか!」

 自分で納得しないと気が済まない雪之丞は、今度は片手で40マイト程度の霊波砲を放つ。

「その程度では無意味だぞ」

 そう言って今度はシュッと飛竜を横に薙ぐ。
 その斬撃によって上下に斬り飛ばされ、霧散してしまう霊波砲。

「!」

 予想はしていたが、実際に苦もなく自分の霊波砲を切り裂く霊刀と横島の剣技に驚く。

「横島選手、持っている霊刀で苦もなく霊波砲を防いだーっ!」

「本人も霊刀もまったく霊力が落ちていないある! 信じられんある!」

 実況席でも初めて見る光景に驚きを隠せないようだ。

「成る程…俺の霊波砲をそうやって防げる以上、無理に攻撃しなくてもピートとの戦いで消耗している
 俺に攻撃をさせて霊力切れを待とうという作戦か…。誰もができる事ではないが…消極的だな!」

 最初から立っている位置を変えない横島を睨み付ける雪之丞。

「だが、ならば俺を甘く見すぎだ!! 間合いを詰めて至近距離からの連続攻撃を全て
 受けきれるか!? 」

「待ちなさい雪之丞ー!! あいつの狙いは…」

 袂を分かったとはいえ、先程までの同門を心配して声を上げる勘九郎。

「狙いは悪くないが……相手に読まれている行動を取っても意味はないぞ」

 その動きを見た横島はポツリというと、スッと左手を飛竜から離し突っ込んでくる雪之丞に向ける。

 キュイィィィン……

 横島の左掌に霊力が光となって集束し、さらに加速されて凝集されたエネルギー弾(普通の霊波砲の霊気塊よりもずっと小さい)が高速で放たれる。

「何っ!? 」

 霊刀を使った接近戦を望んでいると思いこんでいた雪之丞は突然の戦法変更に対応できず、慌てて両腕に霊力を集めてガードする。

 ズガアァァァン!!!

「ぐわっ!! 」

 だがその威力は雪之丞が想像していたよりも遙かに協力で、着弾の衝撃で発生した閃光と爆煙のなか後ろに吹き飛ばされる。

「雪之丞ー!」

 勘九郎がやや狼狽した表情で叫ぶ。

『バカめ、あんな手にしてやられるとは……! だがあの威力…出力で100マイトぐらいあったね。
 本当に人間かい?』

 こちらも弟子の醜態に表情を変えたメドーサだったが、横島の放った霊力弾の威力に警戒感を強める。
 見ている者達がそれぞれの反応をしている間に、大きな音と共に床に背中から叩き付けられる雪之丞。

「伊達選手、あの攻撃をモロにくらってしまいましたー! そのまま床に激突ー!
 決まったかー!? 」

 実況の叫び声を気にもせずに雪之丞を冷静に観察している横島。

「……さすがだ」

 そう言うと飛竜を再び正眼に構える。

「だが攻撃が正直すぎるぞ!」

 そう言って迫り来る霊波砲を正面から飛竜で受け止める。

 ギュオオォォォ……

 今度は霊波砲の霊気塊を切り裂かずに受け止め、飛竜の切っ先で球電のように溜めて飛竜の霊力にしてしまう横島。
 霊波砲を放った雪之丞は完全に左胸から肩、左腕の魔装を消し飛ばされて流血していたが、全く衰えぬ闘志を持って横島を睨む。

「…の…やろう……! やってくれるじゃねーか!! しかも今度は切り裂くんじゃなくてテメエの
 エネルギーにしちまうとはな……。どこまでデタラメな奴なんだ…!」

 そう言いながら立ち上がると気力を込めて魔装を修復する雪之丞。

「うおおおおっ!」

 瞬く間に元の姿に戻るが、肉体だけでなく身体の外に出している霊気を大量に失ったダメージは大きい。

「大した精神力だな、雪之丞」

「ふっ…さすが俺が見込んだ奴だ…! ゾクゾクするぜ! てめーのような強敵と戦える
 ことがな…!! 」

 そうは言うものの、さすがの雪之丞も攻め方に窮して対峙しながら相手の能力や攻撃方法を推測する。

「どうした、もう攻撃はお終いか? ならば俺から行くぞ」

 横島の言葉に下手な小細工は通じないと悟った雪之丞は自分の最大の技を使う事にした。
 これでダメなら諦めようもある。

「ならばこれを全て避けられるか!!? くらえ!! 連続霊波砲!! 」

 ドッドッドンドンドドドドッ!!

 雪之丞の両掌からまるでマシンガンのように撃ち出される霊気塊。
 だが横島は先程の霊波砲のエネルギーを球電状にして蓄えた飛竜を流れるように振るって、迫り来る霊波砲を次々と球電へと取り込んでしまう。
 そうやって次々と霊力を取り込み巨大になっていく霊力エネルギーの塊。
 さらにもう充分と考えたのか、後半からは最初のように飛竜を振るって弾道を逸らして受け流していく。
 最後の一撃をも逸らされた雪之丞は肩で息をしながら呆然と佇む。

「ち…ちくしょう! 全弾かわしやがった…!! そろそろ俺の霊力も限界か……」

『それに…魔装術も限界だ! といって魔装術を解けば間違いなく負けるし、このままでは
 自滅する…。どうする…?』

 なるべく顔に出さないようにしているが、内心かなり焦っている雪之丞。

「そろそろ魔装術をコントロールできなくなるんじゃないか? 今の攻撃で霊力を消耗してしまった
 からな。それに例え魔装術で守られていても、この霊力エネルギーを撃ち返したら耐えられるか?」

 そう言って飛竜の切っ先から刀身の半ばまでを覆う程巨大になった光の球体を顎で指す。
 それはメドーサだけでなく、勘九郎や雪之丞、美神達が見ても200マイトを超えている。
 多少はぶつけ合った時に相殺されているが、雪之丞の全霊力を込めて放った霊波砲をことごとく吸収したのだ。
 元から飛竜に込められた霊力を上乗せすると、軽く400マイトを突破する威力に会場中が静まりかえる。

「すでにお前には俺を攻撃するだけの力も技もあるまい。今負けを認めれば命までは取らない」

 そう言いながら静かに飛竜を構え攻撃に転じる姿勢を見せる横島。


「厄珍さん! あの攻撃をくらえば間違いなく死んでしまいますね!? 」

 興奮気味に話す解説者。

「バカ言っちゃいけないある! 命が無いどころか何も残さず消し飛んでしまうあるよ!!
 それどころか会場も危ないある!」

 そう言って逃げ出そうとする厄珍。
 しかし実況担当に引き戻される。

「自分だけ逃げるなんて卑怯ですよー!」

「黙るある! 命あってのモノだねあるよ!!」

 お互いを逃がさないように争い始める二人だが、揃って逃げれば良いだけの事に気が付かない。

「審判ー!! 特例でギブアップを認めないと会場が大変な事になるわよ!! 」

 そう言って呆然としている審判に詰め寄るミカ・レイ!
 美神が見るところ、おそらくあの溜め込んだ霊力を使って攻撃すれば、500マイト近い威力があるはずだ。
 そんな威力の霊波砲をくらえば、少なくともここで戦うべく集っている選手や審判団の命は保証できない。
 その言葉に我に返ると、横島の溜めたエネルギーを確認して頷く。
 もし雪之丞がまともにくらえば消滅。
 また、雪之丞が避ければコートに張り巡らせた結界など簡単に突破され、試合会場で大爆発するだろう。
 そうなれば怪我人どころの騒ぎではない。

「わ、わかった! 今回だけ審判の権限を持ってギブアップを認めるー!! 伊達選手、ギブアップ
 するかね?」

 会場中の誰もが、雪之丞がギブアップする事を望んでいた。

「ふっ…奴は例えあのエネルギーを使った一撃をかわされても、自分の霊力が丸々残って
 いやがる…。それに引き替え、俺にはヤツの真似してあのエネルギーを再び取り込む事なんて
 できやしねぇ……。わかった…俺の負けだ……」

 そう言って魔装術を解く雪之丞。

「伊達選手のギブアップを認め、この勝負横島選手の勝ちとする!! 」

 明らかにホッとした表情の審判や他の関係者達。

「よかった…。俺もお前を消さずに済んだぜ…」

 そう言うと横島は再び精神を集中させて能面のように無表情となる。
 すると、飛竜を覆っていた光が徐々に刀身の中へと吸い込まれるように輝きを失っていった。
 1分程で完全に霊刀飛竜は元の姿に戻ったが、その放つ霊圧は凄まじくとても近寄れない。
 だが、暴走や暴発の恐れは無くなったのだ。

「完全に俺の負けだ……。今の俺ではお前に勝つ事はできない…。だが…いつかはお前に
 追いつき追い越してやる!」

 実力差を見せつけられ、むしろ晴れ晴れとした表情で答える雪之丞。

「いい顔だな。もしその気があればここに来ると良い。そうすればお前はさらに強くなれる」

 そう言って何かを書いたメモを手渡す横島。
 中身を見ると大事そうにしまう雪之丞。

「ありがたく貰っておくぜ! 負けちまったけど今回の勝負は楽しかった。またな」

 そう言ってさっさとコートを後にする雪之丞。
 さすがのメドーサも勘九郎も、雪之丞の後を追って危害を加えたりはできなかった。
 何しろ会場中の眼が注がれているのだから……。


『とりあえず今は雪之丞に構ってはいられない。幸い未だ私の計画は破綻していないからね』

 そう言って必死に冷静さを取り戻そうと自分に言い聞かせるメドーサ。

「横島忠夫……本当にアイツは何者なんだい…? 神族や魔族でもできない…いや考えもしない
 霊力を練り上げて昇華させる技を持っているとはね……。もし何も知らずに戦えば、私だって
 やられるかもしれない…。生かしておいては後々大きな災いになりそうね」

 小声で呟くとその蛇眼を細めて横島を見詰める。
 最初は妙神山で自分を出し抜いて吹き飛ばした男だと疑っていたが、今ではそんな事はどうでも良くなっている。
 はっきり言ってそんな事とは既に次元が違うのだ。

『勘九郎では……勝てやしないね…。やはり私が直接手を下すしかないか……』

 素早く横島を亡き者にすべく策を練り始めるメドーサ。
 だが…すでに自分の計画が崩壊している事を彼女は気が付いていなかった……。





「滅茶苦茶な試合をしてくれたわね!」

 あの後すぐに自分の試合が始まり、あっさりと倒した美神が医務室に入って来るなり叫ぶ。

「そうですか? でも雪之丞の霊波砲を受け止めていたうちにあそこまで大きくなったんスよ。
 俺もあれ程の威力で連射してくるとは思ってなかったスからね…」

 苦笑しながら答える横島。

「でもアイツは才能がありますよ。あの攻撃だって、俺みたいに霊力を効率的に集束できれば
 一撃一撃の打撃力を倍以上にできますからね。そうすれば俺だっていくら飛竜があるとはいえ、
 あの状態でエネルギーを吸収できなかったです。まあ逸らして受けきる自信はありましたけど
 ね……」

 最後はそう言って肩をすくめる。

「ふー。おたく、それって人間技じゃないワケ! 私や令子だってそんな事できないワケ!」

「私も〜できないわ〜」

 横島の事では、既に大抵の事では驚かなくなっていたエミも呆れている。
 冥子は相変わらずだ。

「横島さん、かなり念法を自分のものとしたようですね。私も負けないように修行しないと
 いけません…」

 半分は嬉しそうに、半分は少しだけ悔しそうに横島を労う小竜姫。

『でも横島さん! 凄い試合でしたねー』

 応援席で横島に声援を送れなかったために、少し悔しかったおキヌがキラキラとした眼差しで迫る。

「い、いや…小竜姫様の修行のおかげだよ……」

 その勢いに何故かたじたじとなる横島。

「いやーほんとジャのー。ワシとはレベルが違うケンのー!」

 包帯だらけのタイガーが羨ましそうに言う。

「いや、念法という武術の凄さを見せて貰ったよ。あんな武術が存在するとは実際に見ても
 信じられない気持ちだ。これで横島君は様々な関係者から注目される事になる」

 心配性の唐巣らしいコメントに苦笑する。

「でも…俺は前にも言ったように、あまりGSとして動こうとは思ってないんスよ。本当は静かに
 妙神山で修行していたいんです」

『えー! そんなの勿体ないじゃないですかー!』

 そんな事になったら会う事すらできないので、おキヌとしては不満そうな顔をしている。

「みなさん、横島さんも将来の事は後で話せばいいですが、今はこの後の作戦を詰めなければ
 なりません。もう次は準々決勝です。鎌田勘九郎を失格にするのはそろそろ潮時です。
 先程打ち合わせたとおりでよろしいですね?」

 小竜姫の言葉に全員が頷く。

「では行動を開始しましょう。」

 その言葉と共にそれぞれの持ち場へと散っていく一同。
 いよいよGS試験を巡る戦いは架橋を迎えようとしていた。





 準々決勝を戦うためにコートへと向かう勘九郎。

「雪之丞が負けるとは思わなかったけど…まあ私が横島を倒して優勝すればメドーサ様のご機嫌も
 直るでしょう」

 そう言ってコートに入ろうとしたところで、いきなり審判に静止される。

「待て! 君が試合することは認められない!! 」

 さらに唐巣、ミカ・レイ、エミ、冥子、タイガー、おキヌと共に審判長が現れる。

「鎌田選手! 大人しくしたまえ!! 君をGS規約の重大違反のカドで失格とする!! 」

「証拠は手に入れたわ! 残念だったわね」

 エミが証拠の録音テープとビデオテープを見せながらキツイ眼差しを向ける。

「録音テープにはメドーサの事を話しているお前達の会話が、そしてビデオテープには勘九郎、
 アンタが雪之丞対ピート戦でイヤリングを死角から放ちピートを攻撃した全てが映っているわ!
 残念だったわね!」

 ミカ・レイの格好のまま啖呵を切る美神。

「うまく私達の死角を突いたつもりだったようだが、君達は会場にあった監視カメラの存在を忘れて
 いたようだね。私達はカメラを通して全てを見ていたし、証拠も得る事ができたんだよ」

 その言葉に表情を青ざめる勘九郎。
 観客席のメドーサも驚愕の表情で固まっている。

『これはどういう事だ!? 奴らは最初から勘九郎達をマークしていたというの!? しかも私と
 関係がある事を知っていた!? 』

 様々な疑惑が頭の中を駆け巡る。
 唐巣は明らかに自分を見ている。
 最初から計画が漏れていたのか?

「メドーサ! お前の計画は全て暴かれました。残念だけど諦めるのね」

 気が動転していたためか、いきなり声をかけられるまで接近に気が付かなかったメドーサは驚き振り返る。
 後ろを向いたメドーサの眼に小竜姫の姿が映る。

「しょ、小竜姫!!  やはり動いていたのか!? 」

 姿を見せなかったので不審には思っていたのだが、気が付かなかったのだろうと思っていた小竜姫の出現にさらなる衝撃を受ける。

「無論です。でも今回はお前を油断させるためにわざと表に姿を見せず、唐巣さんや美神さんに
 動いて貰ったのです。私はずっと唐巣さんと一緒にモニター室にいました。
 おかげでアナタが勘九郎に反則させた映像を録る事ができたんですよ」

 自分がまんまとはめられた事に気が付き、怒りに顔を歪ませるメドーサ。

「やってくれるじゃないか…小竜姫! だが私もただでは引き下がらないよ!」

 そう言って手から愛用の二叉矛を取り出そうとして動きを止めた。
 その頬を冷や汗が流れる。
 自分の後ろ……影から強烈な殺気を感じたのだ。

「ま…まさか…横島とかいうヤツか…?」

「動転していたとはいえ、横島さんはともかく私の接近まで気が付かなかったのがアナタの敗因です」

 その言葉でメドーサの問いを肯定する小竜姫。
 いつの間にか神剣を抜いて手にしている。
 横島はメドーサが勘九郎と審判達のやり取りに気を取られ、さらに計画露呈の衝撃と小竜姫の出現という事態に注意力が散漫となった隙を突いてメドーサの影に忍び、先程から飛竜を手に命を狙っていたのだ。

「チェックメイトですね、メドーサ」

 ギリギリと歯を噛み締めて自分自身に怒っているメドーサの耳に、妙に冷静な小竜姫の声が響いた。



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