フェダーイン・横島

作:NK

第15話




 勘九郎は戸惑っていた。いきなり証拠はすでに押さえてある、お前は失格だと言われたのだ。
 無論、このまま大人しく捕まる気など無い。
 自分が実力を発揮すればこの連中を吹き飛ばして逃げる事など簡単だし、何よりメドーサに貰った切り札もある。
 どうすべきか判断に迷った勘九郎は視線を泳がせてメドーサが座っている方を眺めた。
 だがそこには、緊迫した様子で小柄な女性と対峙するメドーサの姿がある。
 本気のメドーサの様子から、恐らく相手は小竜姫とかいう神族だろう。
 ただ、メドーサが誰もいないはずの後ろを気にしているのが分からなかったが……。

「ふん! どうやらアンタ達隠れてこそこそと動き回っていたみたいね…。だけど私が
 『ハイ、そうですか』と大人しく捕まると思ってるの?」

 バカにしたように鼻で笑う勘九郎。
 こうなったらメドーサの命令が無くてもこの場を逃げ切る事が先決だと判断したのだ。

「あら、この人数相手に勝てるつもり? 大人しくした方が身のためよ!」

 すでに神通棍を伸ばして戦闘準備を終えているミカ・レイ。

「ミカ・レイ…アンタの正体は美神令子ね? 私達を探るために試験に潜り込んだってわけね?
 その苦労に免じて私の本当の実力を見せてあげるわ。魔装術はね…磨きをかけて完成させる
 と…こんなにも美しくなるのよー!」

 その言葉と共に、キイイインという金属音を発して光り輝く勘九郎。
 音と光が収まると、雪之丞とはかなりイメージの異なる魔装術を纏った勘九郎が、身長2mを越す体格となって佇んでいた。
 その手には青龍刀のような形状の刀を持っている。

「この雰囲気は…そうか! シャドウなんだわ! 霊力を物質化して鎧に変える魔装術ですもの、
 100%変換すればシャドウに似るのは当然ね。雪之丞は自分の力の全てを術に変換する事が
 できなかったので、あんな形だったのね…」

「ということは…コイツの場合、能力の限界まで術を使いこなしてるってワケ?」

 勘九郎の姿を見て驚いたように口を開く美神とエミ。

「その通りよ! さすがね、一目でわかるなんて。でも生身のままじゃいくらアンタ達でもこれ程の
 出力は不可能よ」

 勘九郎の言うとおり、すでに彼の霊力は霊圧200マイトを超えている。

「凄い〜霊力ね〜。横島君以外にも〜こんなに霊力が高い人がいるのね〜」

 素直な感想を述べる冥子だが、その言葉を聞いた勘九郎は驚く。

「へえ…。あの横島っていうヤツ、そんなに霊力を上げる事ができるの? やはり小竜姫とかいう
 神族に教えて貰ったのかしら?」

「半分正解で半分間違ってるわね! 横島君は確かに小竜姫様の元で修行してたけど、霊力は
 あんたよりずっと上よ!!」

 そう言いながら美神は正体がばれたので、鬘とチャイナドレスを脱ぎ捨てて本来の姿に戻る。

「あーっ!」

「れ、令子ちゃんあるかー!!」

 ミカ・レイの正体に驚く実況と厄珍!

「それなら…是非戦ってみたかったわね!」

 顔は仮面に覆われているので表情はわからないが、幾分楽しそうな声で勘九郎が言う。

「何言ってるのよ! あんたの相手はわ・た・し! 抵抗するならこのGS美神令子が…極楽に
 送ってやるわ!」

 神通棍を構えて見得を切る美神。

「おたくにばっかりおいしいとこを持っていかせないわよ、令子!!」

「ビカラちゃん〜!! あいつを押さえつけて〜!!」

 霊力付与によってパワーアップしたブーメランを構えてポーズを決めるエミと看護婦スタイルで式神を出す冥子。

「ふふふ……これから楽しいショーの始まりね! いくわよ!!」

 そう言って刀を構える勘九郎に「破魔札」を手にした審判達が飛びかかる。

「取り押さえろ〜!」

 美神達に気を取られていた勘九郎の背後に回って飛びかかったが、勘九郎の振り向き様の一閃で吹き飛ばされる!

「ゲッ!? こいつの霊力、やっぱり強過ぎない?」

 勘九郎が審判団を攻撃した隙をついて霊力を込めたブーメランを放ったが、それを刀で弾き返されたエミが叫ぶ。
 エミのブーメランとて60マイトぐらいの霊力を付与しているため、悪霊程度なら文字通り真っ二つにして消滅させてしまう。
 しかし、今の勘九郎には出力が違うため大して効果はない。
 そのまま勘九郎は刀で美神を攻撃するが、その力を受け止めるのではなく受け流す事で回避する美神。
 エミは黒魔術が専門で、遠隔攻撃を主とした術のため正面から戦うと威力が半減してしまう。
 乱戦になってしまえば飛び道具のブーメランは使えないのだ。

「汝の呪われた魂に救いあれ! アーメン!」

 一旦距離を取ったエミに代わって前に出た唐巣が、周囲から霊力を集め下級悪魔なら一撃で降伏できる霊波攻撃を行うが、勘九郎は魔装術でそれを跳ね返す。
 戦いは激化の一途を辿っていた。


「ククク……勘九郎が始めたようね。行かなくていいのかい小竜姫? 勘九郎は強いわよ。
 あのお嬢ちゃん達じゃ歯が立たないわ」

 内心の焦りを見せずにせせら笑い挑発を行うメドーサ。

「美神さん達なら大丈夫です。それよりメドーサ。今は自分の事が大事なのではありませんか?」

 少しだけニコリとしながら霊圧を上げる小竜姫。
 このまま小竜姫が斬り込んできたらメドーサとしては二叉矛で受けるしかない。
 その一瞬を影の中に忍んでいる横島は待っているのだ。
 それがわかるが故に動く事ができないメドーサ。
 神経が極度の緊張に擦り切れていく。
 一方小竜姫と横島はこの場でメドーサを倒そうと考えてはいない。
 この状況はあくまでここでメドーサに手を出させず、こちらの意図を気付かせないで撤退に追い込む事が目的である。
 無論、横島は可能ならこの場で倒してしまおうと言う事も考えていた。
 チャンスをみすみす逃す彼ではないのだから……。
 メドーサとしては前回に引き続き、敵の計略にはまってしまった屈辱感が大きい。
 しかしプロである事を自認しているメドーサならば冷静に計算することだろうという読みがある。

「一つ聞くけど……私の影に潜んでいる横島っていうヤツ…この前妙神山で私と戦ったヤツだね?」

 自分の心を落ち着けるためと、情報を得んがために小竜姫に話しかける。

「そうですよ。横島さんは私の弟子であり私の大事な人です。尤もその実力は既に私を凌いで
 いますけどね」

 小竜姫の言葉に半ば納得し、半ば驚愕する。
 小竜姫の弟子であろうとは思っていた。
 こんな強大な力、普通の人間が独力で手に入れられる筈はない。
 しかし小竜姫が呆気なく自分より実力が上だと言い切った事に驚いているのだ。
 小竜姫の実力を高く評価しているメドーサにとって、小竜姫以上の実力を持つ横島という存在は驚異に思える。

「はっ!? 信じられないね! たかが人間が私やお前のような中級神魔族よりも強いなんて!」

 試しに影に忍ぶ横島に挑発めいた言動を弄して揺さぶりをかけるが、感じる気配は些かの変化も起きない。

「信じる、信じないはお前の勝手です。でもメドーサ、この状況では降伏か死の二者択一ですよ。
 早く選んでくれないと私達も行動を起こさなければなりません」

 その言葉と共に小竜姫が持つ神剣の霊力が上がり始め、小竜姫自身の霊力も開放され始める。
 さらに背後の横島の殺気も膨れ上がる。
 もう少しで緊張感に耐えきれなくなりメドーサが行動を起こそうとした瞬間、強力な霊力が3人に向かって接近してきた。



「霊体撃滅波!!」

 押され気味の美神を援護するためにエネルギーを溜めたエミが支援攻撃を行う。

 ズドドドドン!

 しかし悪霊の集団を纏めて吹き飛ばす霊体撃滅波も、広範囲を攻撃する技だけに指向性は弱い。
 従ってパワーアップしたエミであっても、今の勘九郎には大きなダメージを与えられないのだ。

「駄目だわ!ヤツの霊力が強くて倒すまでに至らないワケ!」

 悔しそうに叫ぶエミ。

「ワッシの心理攻撃も届かんですケー!」

 だがその間に体勢を立て直した美神は再び斬りかかる。

「やっておしまい〜!!」

 冥子の命令でビカラの身体から手が生え、その重量を生かした体当たり攻撃を行う。
 その衝撃に蹌踉めいただけで踏みとどまった勘九郎の実力は驚嘆に値する。

「目障りよ!! 虫けらがっ!!」

 お返しとばかりに剣の柄でビカラを殴りつける。

「きゃっ!?」

 その衝撃がもろにフィードバックして苦悶の表情を浮かべ気を失う冥子。

「気を付けて! コイツは私達とはまるで力の質が違うわ! 普通のGSは悪霊や妖怪と戦うための
 力を使うけど…コイツの力は霊力を使う人間に最も効果的に作用するわ!」

「こいつら、GSを倒すための修業を積んでいるワケね?」

「むう…さしずめゴーストスイーパー・バスターということか…」

「正面から戦うのは不利ってワケね! じゃあ冥子のプッツンで……」

 そう言いかけたエミの耳におキヌの叫び声が聞こえた。

『冥子さん起きてーーっ!!』

 オロオロしながら気を失っている冥子に呼びかけるおキヌ。

「このムスメは肝心な時になるといつもいつも〜〜〜〜っ!! 起きんかあああ〜っ!!」

 叫びながら冥子の襟首を掴みガクガクと揺さぶる美神。

『美神さん、危ないっ!』

 おキヌの声に戦闘中だと言う事を思い出した美神がハッとして振り向くと、刀に霊力を溜めた勘九郎が振り上げた刀を正に振り下ろそうとしている。

 ドンッ!!

 刀が振り下ろされた場所を中心に衝撃が美神達を襲う。

「きゃーっ!!」

 美神は気絶した冥子の襟首を掴んで一緒に、エミ、タイガー、唐巣、おキヌはそれぞれ単独で後方へと飛ぶ。
 その隙に勘九郎はメドーサの方を見る。
 メドーサは小竜姫(と思われる)と睨み合っているが、追いつめられているように見えた。

「メドーサ様っ!!」

 そう叫びながら特大の霊波砲を放とうとする勘九郎。
 だがそんな大きな動きの隙を見逃す程戦っている相手達も迂闊ではなかった。

「隙あり!!」

 勘九郎が霊波砲を放つ前に再び霊力を込めたブーメランを投げるエミ。
 美神も神通棍を振りかぶって斬りかかる。
 同時に攻撃を受けた勘九郎はどう対処するか一瞬悩んだが、明らかに威力の大きそうなエミのブーメランに対処すべく神経を集中する。

 バキャッ!!

 今度は第2チャクラまで廻し、時間をかけて霊力を注ぎ込んだエミのブーメランには100マイトを超える霊力が付与されていた。
 それさえも弾き返す勘九郎に眼を見開くエミ。
 そして勘九郎は特大の霊波砲を発射する。
 美神はその隙に勘九郎の懐に入り込むと神通棍を振り下ろした。

「私を無視するとはいー度胸じゃない! くらえー!!」

 自分の霊力を最大に放射して加えた一撃は、エミのブーメランを弾いて伸びきった勘九郎の右腕を斬り飛ばす!

「ぐっ!」

 斬られた腕を掴んで飛び退く勘九郎。
 本来であれば左手でガードできたのだが、メドーサを援護するために霊波砲を放ったので防御できなかったのである。
 尤もそれ程痛みを感じていないのか、呻き声や叫び声を上げはしない。

「これ以上の抵抗は無意味だ! 大人しくしたまえっ!」

 唐巣がいつでも霊波砲を放てる状態で降伏を勧告する。
 だがその時、観客席で爆音が鳴り響いた。





 メドーサと小竜姫の眼に、迫り来る勘九郎の霊波砲が映る。
 一斉に飛ぶ3人。

「メドーサ! なかなかいい部下を持ってますね!」

「はんっ! 私の教育がいいからねっ!」

「もう少しでとどめを刺せたものを……」

 メドーサの影から飛び出た横島が少しだけ悔しそうに言う。
 その姿は相変わらず忍者装束だが、マスクは外していた。
 メドーサは横島の顔を確認する。それは忘れもしない妙神山での対戦相手!

「お前の名前と顔は覚えたわ! 次に会ったら必ず殺してあげるよっ!!」

 そう言って取り出した二叉矛に霊力を込めると試合場の天井目がけて加速する。
 このままだは情勢は不利だ。
 ここは一旦退却しなければならないだろう。
 髪を振って眷族たる下等な魔竜(ビッグイーター)を次々に生み出し足止めを画策する事も忘れない。

「勘九郎!! 引き揚げるわよ!!」

 そう言って天井を破壊するとそのまま空を飛んで遁走に移る。

「わかりました!」

「引き揚げ!?」

 頷く勘九郎に怪訝そうな表情をする美神。
 掴んでいた右手を床に置き左掌から稲妻のような光を発射すると、再び切り落とされた右手を掴んで空中へと飛び上がる。
 その瞬間に美神達がいるコートを囲むように三方から4〜5mはあろうかという黒いモノリスが現れ結界を張る。

「こ、これは…結界! それもでかい…!!」

「閉じこめられた!?」

 エミや冥子が驚く中、モノリスに浮かび上がった漢数字がカウントダウンを開始する。

「ほほほ……それはメドーサ様から貰った火角結界よ! 威力はこの武道館を丸ごと吹き飛ばせる
 くらい強力ね! 決着をつけられなくて残念だわ! 生きてそこ…」

 空中に浮かんだ勘九郎がそこまで言いかけたとき、いきなり背後に強烈な霊気と霊圧を感じて話を中断する。

「既に魔族化して心まで魔族になったか…。残念だがお前に次の機会は無い。起動させたお前が
 死ねば結界は消滅する筈だ」

「くっ!? あなたいつの間に!?」

「さらば、鎌田勘九郎。来世ではまっとうに生きるがいい!」

 振り返ろうとする勘九郎を、先程の雪之丞戦で飛竜に蓄えた霊力を一部開放して(木刀の刃の部分だけに高密度に集束させて)袈裟懸けに斬り捨てる横島。
 本来なら肉体ごと真っ二つにする事ができるが、観客がいることも考慮して霊体だけを切り裂くように調整して振り下ろされた飛竜は、鈍い打撃音と共に勘九郎の肩の骨を砕き、あばら骨をも何本かへし折る。
 だがその刃に集束されていた高密度の霊力は、すんなりと勘九郎の霊体を切り裂いた。

「ぐわっ!!」

 一瞬で霊体を斬られた勘九郎は眼を見開いて硬直するが、すぐに全身から力が抜けて落下を始める。
 それと共に横島も重力に抵抗することなく着地する。
 するとモノリスのカウントダウンは止まり、火角結界は消滅した。

「小竜姫様! 先に行って最後の仕上げをしてきます!!」

 メドーサの置きみやげであるビッグイーターの群れを一人で切り倒していく小竜姫に声をかけると、懐に隠した文珠『転移』を発動させて姿を消す横島。

「わかりました! すぐに後を追います!」

 小竜姫は答えると残ったビッグイーターを片づけるべく、再び神剣を振るう。

「さすが……横島君ね……」

「あの勘九郎を一撃なワケ……」

「やっぱり〜横島君って強いのね〜」

「小竜姫様と横島君は我々とは桁が違うね……」

『横島さん、かっこいーです!』

「うらやましいノー……」

 小竜姫への加勢も忘れて騒動の決着を見る事になった一同はしばらく呆気にとられていた……。





「むっ!? 勘九郎め…やられたか……」

 空中を高速飛行中のメドーサは、すでに魔族となっていた勘九郎が絶命するのを感じて呟いた。
 メドーサ自身は勘九郎が稼いだ時間を使って、人口密集地を抜けて人気のない山間部へと差し掛かろうとしている。
 メドーサは前回に引き続き、小竜姫と横島にしてやられた事に怒りを燃やしていた。
 前回は初対面なので仕方がない部分があった。
 だが今回は言い訳できない。
 小竜姫が姿を見せ無い事を疑問に思いながらも、気が付かないのだろうと楽観的な判断をしてしまった。
 無論、だからといって自分から様子を探ろうとすれば逆に相手に自分の動向を教えてしまうので、この辺の判断はなかなか難しい。
 仮にもプロと自覚している自分が2度も作戦行動を妨害され失敗してしまった。
 これでは魔族の中での現在の地位も危ない。
 元々神族からの転向組としてあまりよく思われていない事を自覚している。
 それ故に原因の二人に対する憎悪は並大抵のモノではない。

「次回は…次回こそは……」

 そう呟いた時、メドーサは前方に無視できない霊圧を感じて眼を凝らす。
 そこには空中に浮いている黒い人影が……。

「まさかっ…!? …横島か!?」

 スピードに乗っているためにすぐに件の人影に近付くが、その正体を察したメドーサは空中で急停止する。

「やあ…メドーサ。そんなに急いでどこにお出かけかな?」

 平然と声をかけてきたのは……黒ずくめな忍者装束を着込んだ憎き敵である横島忠夫だった。

「何故だ…何故人間であるお前が空を飛べる? それにどうやって私の先回りができるんだっ!?」

 本来、こんな事はあり得ないはずだ。
 混乱した頭で問いかけるメドーサ。

「気が付かなかったか? お前の背中に俺の眷族が留まっている。俺には眷族を通してお前が
 どこにいるかわかっていたからな。その進行方向前方に転移して待っていたのさ」

「何っ!? お前の眷族だと?」

 そう言って慌てて背中を覗き込むと1匹の妖蛾が留まっている。

「くそっ! コイツか!! 迂闊だった……」

 そう言って背中の妖蛾を叩き落とす。

「気が付かなくても無理ないさ。勘九郎の霊波砲を避けて飛ぼうとした瞬間にお前に留まらせた。
 あの状態では気が付かない事を恥じる必要はない」

 それに、と言葉を続ける横島。

「俺にはコレがあるからな……。空だって飛べるさ」

 そう言って小竜姫からもらった龍神の籠手とヘアバンド(普段巻いているバンダナの代わり)を見せる横島。

「そうか…小竜姫から龍神の装具まで与えられているのかい…」

「ああ、この機会にお前を倒しておこうと思って借りてきた。お前さんは狡猾なんでここで逃げられる
 と後々面倒そうなんでね。それに俺という存在を詳しく知っているからな。
 他の魔族に俺の事を話されると面倒な事になる」

 そんな会話を交わしながらも油断無く相手に注意を払っている二人。
 既に横島の手には飛竜が、メドーサの手には二叉矛が握られている。


「ふーん……私を倒すとは大きく出たね!」

 横島の言葉に不適な笑みを向けてバカにした口調で話すメドーサ。

「ほう…プロらしくない言い回しだな。俺が何故ここを戦いの場所に選んだのか、
 まだわからないのか?」

「なっ…何だと!? ではあの会場では私をわざと逃がしたというのか!?」

 メドーサは驚きと屈辱を感じて訊き返す。

「その通りさ。あそこで戦ったらお前は必ず人を盾にするだろう。そうすれば我々が不利になる。
 対等な条件で戦える場所に自分から移動して貰うとこっちとしても手間が省けて楽で良い。
 だからわざと逃げられるようにしておいた。ああ、もちろんあそこで辛抱できずに下手な動きを
 したら倒すつもりだったぜ」

 その言葉に、またしても目の前の男にしてやられたのか、と胸に怒りが渦巻く。
 この男の、横島の望み通り、わざわざ盾にできる人間のいる場所を捨ててこんな場所で待ち伏せされた自分に対する怒りが……。
 しかしプロとしての矜持がそれを押さえ込み、戦いに集中するべく精神を落ち着かせる。

「だがお前の霊力はどう頑張っても私の1/10程度の筈だよ? 人間ならどうやってもせいぜい
 数百マイトまでが限界だからね。確かにお前の技は見事だが、私を倒そうっていうのなら
 それだけでは無理ってモノさ」

 メドーサのこれまでの経験上そうだったし、それが常識だと思って横島を精神的に揺さぶろうとするメドーサ。

「ふっ…。何事にも例外はあるさ。確かにお前は強いよメドーサ。単純に魔力の出力の問題だけ
 じゃなく、その槍術も戦いの駆け引きも見事なモノだ…。まるで魔族と言うよりは俺達人間に近い
 ように感じるしな。だが……お前がバカにする人間の力だってそう捨てたもんじゃないぜ。
 よーく見るがいい!」

 そう言ってチャクラを全て開放し廻し始める横島。

 ギュイィィィン!

 身体から瞬く間に霊力があふれ出し、メドーサの眼には全身のチャクラが光り輝いているのが見えた。

「バ、バカな……。チャクラを使った霊体と肉体の同期だと…? 人間が我々よりも効率的に霊力を
 使えるなんて……! それに…身体の全てのチャクラを自分の意志で操る事など……!」

 驚愕に眼を見開いて呟くメドーサ。
 上昇を続けた横島の霊力は1,000マイトを少し超えたあたりで安定する。

「成る程…見事だよ! 私が勘九郎達に教えた魔装術よりも遙かに効率よく、また強力に霊力を
 上げる事ができる。それは一体何て言う術なんだい?」

 戦いの最中なのだが、自分が教えた魔装術よりも強力な、しかも自分の知らない術を見せられて興味を覚える。

「これか? これは念法…妙神山念法という武術だ。お前の言う非力な人間がより強大な敵と戦う
 ための武術さ」

「念法だと? 初めて聞く名前だね…そんな武術があったとは……」

 僅かに首を傾げるメドーサ。

「そうだろうな……。この武術を使うのは現在、人間では俺一人だけさ。知らなくても無理はない」

 未だ霊力差にして倍以上の開きがあるのに、何故か余裕を感じさせる横島に苛つきを覚える。

「だが…それがお前の限界だろう? それでも私の霊力の半分にも満たない以上、勝敗は
 見えたね!」

 だから気を取り直して自らを鼓舞するメドーサ。
 確かに横島は魔族にとって驚異となる存在だったが、それでも霊力は遙かに低いのだ。

「ふっ! お前も単純な見た目の霊力に拘るんだな。俺が修得した妙神山念法はそんなに
 底が浅いモノではないぞ!」

「あ…ああぁ……霊力がさらに…上がっていく……。これは…霊力を体内で練り上げている
 のか…?」

 横島の霊体に融合している平行未来世界のルシオラの霊気構造コピーと小竜姫の霊気構造コピーの霊力を同期させ、その共鳴を使って霊気を爆発的に増幅し、横島の肉体と霊的中枢チャクラを使って練り上げきちんとした方向性を持つ霊気の流れを作り出す。
 そうする事によって安定して使える霊力とし、肉体と霊体をも安定させる。
 これが平行未来世界で横島を人界最強の戦士として存在たらしめた念法の秘奥義だった。


 ゴゴゴゴゴ……!

 横島が発する霊圧の凄まじさに圧倒されるメドーサ。
 メドーサにとってはあまりの事で時間が止まったかにも思えた出来事だったが、実際にはハイパーモード発動から20秒も経ってはいない。

「どうだメドーサ。もっと上げる事もできるが、お前相手ではこれぐらいでいいだろう。さて戦いを
 始めようか?」

 メドーサは正直、横島という存在に圧倒されていた。
 目の前にいるのは確かに人間の筈だ……。
 それが今や自分を上回る霊力をその身体に秘め、遙かに格上の存在感を持って立ち塞がっている。

「バカな……。お前の霊力が3,000マイト近いだと!? まだまだ霊力を上げる余裕があるだと!?
 信じない! 私は信じないぞーっ!!」

 そう言って渾身の力を込めて二叉矛を突き出すメドーサ。
 人の眼に幾つもの残像が残る程素早い突きの連撃……。
 それを横島は、今や自身と同じ3,000マイト近い霊力を込めた飛竜で全て受けきってみせる。

「無駄だ! お前の技は既に見切っている! お前の負けだ、メドーサ!!」

 挑発としか思えない横島の一言に、さらに攻撃のスピードを上げるメドーサ。

 ギイン! ガキッ! カン! キィーン! バキャッ!

 激しく己の武器を打ち合わせるメドーサと横島。
 だが横島は以前の妙神山の戦いと同じように、慎重にメドーサの攻撃を受け流し捌いていく。

『この前と同じ戦い方かいっ!? 私をなめて貰っちゃ困るんだよっ!』

 そう心の中で叫んだメドーサは一際鋭い一撃を繰り出し、横島が飛竜で受け止めたのを利用して距離を置くために後退しながら必殺の魔力砲を放つ。
 横島の全身をも全て飲み込むような巨大な魔力の塊が横島に迫る。
 一瞬、勝利を確信するメドーサ。
 だがメドーサの放った魔力砲のエネルギー弾をぶち破って、まるでビーム砲のように細く集束された霊波砲のエネルギー弾がメドーサを襲う。

「し…しまった! これは…雪之丞戦でみせた集束霊波砲!?」

 一度試合で見ていたにもかかわらず、その存在を失念していた自分に腹を立てる。
 尤もその時は、例え霊力を集束しても自分には効かないと思って軽く見ていたのだ。
 そのツケを払う形で今、自分の放った魔力砲をまんまと隠れ蓑に使われすでに回避する暇はない。
 メドーサは自分の二叉矛に霊力を集め、正面から霊波エネルギー弾を迎撃するために精神を集中させる。

「甘いぞ! メドーサ!」

 しかし横島は霧散した魔力エネルギー弾の影から躍り出て、練り上げて3,000マイトを遙かに越え、4,000マイト近い霊力を宿した飛竜を振りかぶって肉迫してくる。
 それは巧妙に計算されており、横島の集束霊波砲を最小限のダメージで避けようとすれば、横島の斬撃に身を晒す事になってしまうインターセプト・コースを選んでいる。
 実は横島は魔力砲を雲に見立てて、GS試験で九能市が使った月影の術を応用したのだ。
 それを可能にするために、メドーサの視界から自分が隠れた際に意識加速を一瞬だけ使い霊波砲と同じスピードを得たのだった。
 このままでは霊波砲を迎撃するか、横島の一撃を受け止めるか、どちらか一つを選ばなければならない。
 しかし、どちらを選んでも次の瞬間には致命傷を受けてしまうだろう。
 この危機を回避する手段は、メドーサには一つしかなかった。



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