フェダーイン・横島

作:NK

第16話




 このままでは霊波砲を迎撃するか、横島の一撃を受け止めるか、どちらか一つを選ばなければならない。
 しかし、どちらを選んでも次の瞬間には致命傷を受けてしまうだろう。
 この危機を回避する手段は一つしかなかった。


『超加速!』

 精神を集中させて霊力を時間の加速に廻す。そのためには多大な魔力を消費するのだ。

 ギンッ!

 身体から眩い光を発して、自らを通常の時間の流れの外に置いて動き回る超加速へと入ったメドーサは、霊波砲をかわして横島を攻撃するために逆に間合いを詰めようと動き出す。

「ふっ! 確かにアンタが言うように、単純な霊気出力だけで決まる程勝負ってのは甘いモンじゃ
 ないっ! 死ねっ! 人間っ!!」

 その言葉と共に(通常時間にいる横島には聞こえないとわかっていながら)霊力を込めて神速で繰り出される二叉矛。
 超加速に入っているメドーサである。
 その動きは無論、姿さえ見る事ができない横島にこの一撃を躱すことなどできまい、と微かに笑みを浮かべる。
 だがまたもやメドーサの期待は裏切られる事となる。
 静止していたはずの横島の姿が一瞬ぶれたかと思ったら、シュンと滲み出るように飛竜を構えて待ち受けている横島がメドーサの眼前に現れたのだ。

 ガキーンッ!!

 メドーサの渾身の一撃を受け流す横島。

「バカなっ! 貴様…超加速まで使えるのか!? これは本来韋駄天の技の筈!
 何で人間が……!?」

 これまでで最大の狼狽を見せるメドーサに冷たく言い放つ横島。

「知らなかったのか? 小竜姫様も超加速を使えるんだぜ! それに今の俺はお前と同程度の霊力
 なんだぞ。加えて龍神の装具も身に着けているしな!」

 そう言って攻撃に転じ鋭い斬撃をあびせかける。

 キイーン!

 引き戻した二叉矛の柄でその斬撃をかわしたメドーサだったが、まだ精神的ショックから完全に抜け出してはいなかった。

「お前の話す言葉が普通に聞こえる以上、お前が私と同じ超加速状態にいることは事実
 なんだな……」

 信じられない事だが事実は事実と認め、自らの戦意を鼓舞すると二叉矛を使って攻撃を仕掛ける。
 再び激しく斬り結ぶ二人。
 人間どころか神族、魔族にも知覚する事ができない時空間で繰り広げられる壮絶な戦い。
 ほぼ互角の剣と矛の応酬が際限なく繰り返されるとも思えたが、体内で霊気を練り上げて再利用できる横島に比べ、メドーサの方は魔界ならまだしも魔力濃度の薄い人界ではその魔力に限界があるのだ。

 ハア、ハア、ハア………。

 やがて肩で息をし始めるメドーサ。
 体内の魔力エネルギーが尽きかけているのだろう。

『なぜだ? なぜコイツは霊力を際限なく使えるんだ? 普通はだんだん尽きてくるはずだ……?』

 心の中で渦巻く疑問。
 魔族である自分がこれ程疲弊しているのに、目の前の人間に過ぎない横島がなぜ平然としているのか?
 それを見透かしたかのように、自分達の武器がぶつかる以外の音がメドーサの耳に響いた。

「どうしたメドーサ? 動きが鈍くなってきたようだな。魔力が底を尽きかけているんじゃないのか?
 諦めて降伏すれば命は助けてやるぞ」

 技の応酬を始めてから、能面のように全く表情を消してしまった横島がポツリと呟いたのだ。
 尤も横島としても平然とした態度を表面上取っているが、実際には細心の注意を払って戦っている。
 どちらか一方が耐えきれなくなって無謀な攻撃を仕掛けるか、または些細なミスを犯せば勝敗は決する。
 それ程に拮抗した戦いなのだ。
 平行未来世界での数多くの魔族との戦いの経験を記憶として持っているからこそ、横島としては見た目は平静に戦っていられるに過ぎない。
 しかしそんな横島の事情を知らないメドーサは、目の前の敵である横島に微かな恐怖を抱いてしまう。
 一瞬の油断が生死を分かつ戦いで、こうも感情の揺らぎを見せずに戦い続ける横島。
 メドーサは正直に、この男がとんでもない相手なのだと認めていた。
 だが同時に恐怖から生じた焦りが、斬り合いを続けていくうちに心の中でどんどん大きくなっていく。

『まずい! 私とした事が恐怖から焦り始めている!!』

 プロとしての冷静な側面が、今の自分の精神状態に警報を鳴らしている。
 何とか平静を保って精神を集中させようとするが、一度膨らんでしまった焦りはなかなか消せない。
 当然、焦りは体捌きに現れる。

 バキャッ!

 横島の途中で軌跡を変化させた一撃を受け流そうとしたメドーサは、咄嗟に二叉矛を引き戻して防御したものの衝撃を吸収しきれずにバランスを崩すというミスを犯してしまった。

 ズシャッ!

 その隙を横島が見逃すはずもなく、返す一撃で右腕の上腕部をざっくりと切り裂かれるメドーサ。

「ぐうっ…!」

 さらに一撃を加えようとした横島にフェイントとも言える回し蹴りを放つと、メドーサは横島から距離を取ろうと後退し始める。

『くっ…ダメだ…! 痛みと焦りで集中力がー! 加速が…加速が解けてしまう…!!』

 ビュウゥゥゥン!

 横島は徐々に動きが鈍くなり、やがてピタリと静止したようになったメドーサの変化を冷静に見ていた。


「痛みで集中ができなくなって超加速が解けたか……。悪いが命は貰ったぞ!」

 一旦距離をとると、霊力を練り上げてそれを飛竜に流し込む。
 再び4,000マイト近い霊力を飛竜に込めると、横島はメドーサに止めを刺すべく大技を繰り出そうとする。
 だが凍ったように動きが止まっていたメドーサの身体が再び動き出す。
 痛みを堪えて精神を集中させ、再び超加速状態に入ったのだ。

「くっ! まだだ…まだこんな所でくたばる訳にはいかないんだよっ!!」

 そう言って二叉矛を構えるメドーサ。

「大した精神力だが遅かったな……。俺は霊力を再び練り上げる一瞬の間があればよかったんだ。
 ところで…愚問かもしれんが本当に降伏する気はないか、メドーサ?」

「はんっ! 何バカな事言ってるんだい!?」

「やはりそうか……。今のが最後通告だったんだがな……。ではそろそろ白黒つけようか。
 行くぞメドーサ!!」

 そう言うと左手を前に突きだし、飛竜を持った右手を引いた半身の状態で凄まじいスピードで突っ込んでくる横島。

「速いっ! だが動きが直線的だ! 受け止めてみせる!!」

 そう言って二叉矛を構えるメドーサ。
 横島の狙いが霊力を切っ先に集束させた突きであることは明白だった。
 まるで巨大な竜が自分目がけて突っ込んでくるかのような霊圧を感じるメドーサ。
 それほどその一撃に込められた霊力は圧倒的だった。
 だが、得物のリーチでは圧倒的に自分の方が有利である。
 自分の腕前なら必ずカウンターを決められるはずだ。
 そう自分を鼓舞する。

『ヤツの霊力は…4,000マイト近いというのか!? だが私は死なんぞ!』

 恐怖を押し殺して迫ってくる横島の圧力に耐え、相手の突進に合わせて二叉矛を繰り出しカウンターを決めようとあらゆる感覚を研ぎ澄ますメドーサ。
 しかし次の瞬間、その眼が驚愕で見開かれる。
 二叉矛を突き出そうとタイミングを計っていたメドーサの眼前から横島の姿が消えたのだ。
 一瞬混乱しかけたメドーサだったが、長年の修羅場を潜り抜けてきた勘が危険だと言う事を強く主張する。
 しかし二叉矛を繰り出そうにも、相手の気配すら感じられないのではどうしようもない。
 今できることは、横島が消えた理由を瞬時に理解しようとする事だけだった。



 横島が超加速を解いたのではなく、自分より速いスピードの加速に入ったのだ、と理解したのはその一瞬後。
 メドーサが理解するのと前後して、完全に突きを繰り出すための体勢を整えた横島が再び姿を現す。
 しかもメドーサの二叉矛の射程内に、消える前の飛行軌道から予測される位置とはズラしたポイントで。
 横島は腰の捻りを中心に、肉体と霊力の全てを100%攻撃に転化させた鋭い突きを繰り出す。
 その切っ先に込められた高密度の霊力が流れて、飛竜を頂点とした円錐状のスクリーンを作りだしている姿は美しかった。
 考えるより先に迎撃を試みるメドーサだったが、一瞬でもタイミングを外され間合いを狂わされた一撃は、渾身の一撃にはほど遠かった。
 円錐状に展開された横島の強固な霊波シールドとも言える壁により、リーチという点で有利な筈だった二叉矛の一撃は、その威力が死んでいた事も合わさって簡単にその側面に沿って滑るように流されベクトルを狂わされてしまう。
 これこそが攻防一体の横島の奥義。

「妙神山念法奥義! 破邪滅却!!」

 ズドッ!!

 横島の声と共に飛竜の切っ先がメドーサの腹部に突き刺さる!

「グガッ! ……ギャアァァァ〜!」

 腹部をそのまま抉られ、突き破られたメドーサ。
 横島の奥義、破邪滅却とは、霊刀飛竜の切っ先に集束展開された高密度の霊力によって相手の霊的防御を突き破り、さらに円錐状に展開した霊力で傷口をまるでドリルで抉るように押し広げていく恐ろしい技だった。

 ドガアァァァッ!!

 さらに超加速によって生み出される衝撃波がメドーサに追い打ちをかける。
 メドーサを貫いた飛竜の勢いが止まると共に、すかさず剣を引き抜き後ろに飛び退く横島。
 万が一でも爆発などに巻き込まれないようにする配慮だ。
 既にメドーサの身体は、今の一撃で腹部を消し飛ばされ上下半分に分かれている。

「終わりだな、メドーサ……。俺のこの一撃は例え魔族であろうと、その霊体ごと存在を滅しさる。
 さらばだ」
 
 そう言って消えようとするメドーサの冥福を祈り、一瞬目を瞑る横島。

「!…ば…バカな……。超加速のさらに…上をいくなんて………。わ、私の…霊基構造が……
 連鎖崩壊していく……」

 消え去っていく最後の意識で自分に起きた事を理解するメドーサ。
 だがもはや消滅をくい止める手段は無い。

「…あぁ……私が………消え…て……………」
 
 最後の言葉を残し、メドーサという存在はこの世界から消滅した。





 ビュウゥゥゥン……

 超加速を解いて通常時空間へと戻った横島。

「終わったか……。当面の敵となるはずだったメドーサは倒した。これでコスモ・プロセッサが起動でも
 しない限り、ヤツが再び俺達の前に現れる事はないだろう…」

 そう言ってハイパーモードも解除する横島。
 彼の身体を覆っていた金色の霊気も消え、普段の彼へと戻っていく。

「終わりましたか……。メドーサを倒したのですね、横島さん」

 疲れが見える横島の耳に愛しい人の声が飛び込んできた。

「…小竜姫様……」

 そこにはビッグイーターを全て倒し、横島から連絡があったこの場所へと瞬間移動してきた小竜姫の姿があった。
 実際には横島とメドーサが超加速に入る直前ぐらいにやってきたのだが、すでに二人は戦いながら移動していたので見つけるのに時間がかかり戦闘に参加する事はできなかった。
 小竜姫は横島の勝利を疑ってはいなかったし、余程の事がない限り戦闘に介入しようとも思っていなかったのだが、やはり何だかんだといっても心配だった事に変わりはない。

「お疲れさまでした。今日は妙神山に戻ってゆっくりなさいますか?」

 心からの労いの言葉をかける小竜姫。

「そうしたいのはやまやまですが、美神さん達には俺達が仕事を依頼したんですから事の顛末を
 話しておかないとまずいでしょう。一度、武道館に戻らないといけないでしょうね」

「わかりました。では私の能力で会場まで瞬間移動しましょう。横島さんは休んでください」

「そんな…大丈夫っスよ」

 小竜姫の申し出に恐縮する横島。

「いいえ。例えハイパーモードで1日戦えるようになったとは言っても、実際の、しかも生死をかけた
 駆け引きを駆使する実戦は体力、精神力を大きく消耗させます。
 それは横島さんもわかっているはずですよ」

 優しい、まるで姉か母のような包容力と微笑みを見せられた横島は、それ以上の反論をせずに頷いてみせる。

「わかりました。ではお言葉に甘えます、小竜姫様」

 小竜姫は横島の身体に腕を廻すと、神通力を開放して会場へと瞬間移動する。
 先程まで激烈な戦いを繰り広げていた空間には、その名残を示すモノは一つとして存在していなかった。






「さて、どうやら今回の仕事も無事終わったようだけど……これからどーしようかしら…?」

「依頼人の小竜姫様も横島君もメドーサを追っていってしまったワケ…」

「試合会場もこれでは、暫く試験の再開もできないだろうしね……」

 先にメドーサを追っていった横島に続き、ビッグイーターを倒し終わった小竜姫までそれを追って姿を消していたので、残されたGSの面々は今後の行動に迷っていた。
 会場では破壊された瓦礫やビッグイーターの死体などが片づけられている。
 要するにかなり前からやる事がないのである。

「一応〜審判団やGS協会には〜今回の話をしているんでしょう〜?」

 意識を取り戻した冥子が相変わらずのんびりした口調で尋ねる。

「うむ。それは白竜会GSとメドーサの関わりを説明したときに全て話してある。もし彼が戻ってくる
 前に試験が再開されて横島君が棄権ということになっても、彼のGS資格は剥奪されない」

「というか…これだけの力を見せてしまったから、横島君ならすぐにプロのGSになれるでしょうね」

 唐巣と美神が冥子の問いに答える。

『えーっ!? 横島さんは今回の試験でGSの資格を取ったんだから、すぐにプロのGSになれるのは
 当たり前じゃないんですかー?』

 美神の言った事に首を捻るおキヌ。

「ああ、おキヌ君。普通は資格を取ってもすぐにはGSにはなれないんだよ」

 おキヌの疑問を理解して唐巣が答える。

「本来、試験に受かって資格を取った者がプロのGSになるには、雇い主というか師匠の許可が
 必要になるワケ」

 それをエミが補足する。

『ほえー…。プロのGSになるってそんなに大変なんですかー?』

「そうよ。普通は…例えば横島君が小竜姫様の弟子じゃなくて私の事務所に所属していて試験を
 受けた場合、今回取った資格の他に『横島君は一人でもちゃんと悪霊を退治できます』っていう
 私の保証が必要なのよ。で、もし彼が何かヘマをやらかした場合、私も責任を負わなきゃなん
 ないわけ」

「だから〜普通は〜一人前になったと師匠が認めるまでは〜見習いスイーパーという身分なのよ〜」

 美神と冥子の詳しい説明にコクコクと頷くおキヌだった。

「だけど横島君は神様である小竜姫様の直弟子だし、今回の事で対魔族の実力は明らかなワケ。
 しかも令子の話では数百体の霊が集まるマンションの除霊を一人で完遂したって話だから、
 完全に目安とされている水準をクリアーしてるワケ」

『じゃーその気になれば、明日からでもGS横島さんになれるんですねー』

「そうね。彼の場合、妙神山東京出張所とはいえ自前の部屋もある事だしね」

「でも〜そうなったら〜すごく強力なライバルができるってことね〜。あ〜お友達かしら〜?」

 ピシッ!

 冥子の一言で美神とエミの表情が固まる。
 今回は共同作戦だったから何も問題なかったが、明日からはGSという一つの仕事のパイを分け合う競争相手なのだ。
 唐巣や冥子などは、元々金銭欲が薄いためにそれほど驚異には感じていない。
 むしろ冥子などは積極的に手伝ってもらおうなどと考えている。

「しかし、彼の力はある意味大きすぎる。人には様々な器というか仕事に対する適正レベルという
 ものがある。彼に些末な自縛霊や悪霊の除霊を頼む事は、個人間の些細な揉め事に
 最高裁判所が判断を下すようなものだよ」

 唐巣の正論に大きく頷く美神とエミ。

「そうよね〜。彼には普通のGSが一人では手に負えないような強力な悪霊や妖怪、魔族なんかが
 相手の時に手を貸して欲しいものね。そんな時に今回の受験生でも祓える程度の除霊に行って
 いて留守でした、では話にならないわ」

「偶には令子も良い事を言うワケ。何とかその方向で動きたいと思うワケ」

 彼女たちの胸中はみんなわかっているのだが、言っている事自体は正しいので頷いている。
 そんな一同に近付いてくる人影があった。


「あのーすみません…。横島様はどちらに行かれましたでしょう?」

 気配を感じさせずにいきなり聞こえてきた声にギクリとして一斉にその方向に振り向く美神達。
 そこには2回戦で横島に忍術勝負で敗北した九能市氷雅(18歳)が立っていた。

「えーと…貴女は…確か2回戦の横島君の対戦相手の……」

 ここにいる全員の関心が白竜会GSの所属者に向けられていたので、無関係と思われる彼女の事を覚えている人間は少なかった。

「あっ、私、九能市氷雅と申します。以後お見知り置きを…。それで、横島様はどうなさったのですか?」

 切れ長の眼に何やら決意を秘めて再度尋ねる九能市。

「ああ、横島君ね。えーと……どう説明すればいいかしら?」

 ここまで大事になった以上隠しても仕方がないのだが、依頼者の手前もあってどこまで話したらいいか悩む美神。

「横島君は先程会場を混乱に陥れた魔族を追いかけていったのだが……彼に何か用かね?」

 ここは年輩者の唐巣がうまく誤魔化す。
 嘘は言っておらず、極表面的な事実だけを言っているので解釈次第なのだ。

「はい。実は横島様にお願いがありまして……」

 ちょっと恥ずかしそうに俯きながら答える九能市。

『まっ、まさか…この娘、横島君に惚れたとか!?』

 瞬間、このような考えが3人の女性の脳裏をよぎったのは事実である。
 その時、会場の片隅に小竜姫と彼女に支えられた横島が姿を現した。

『あっ! 横島さーん!!』

 フヨフヨと浮いているおキヌが真っ先に見つけて手を振る。
 その声に各々異なった表情を浮かべて確認する女性陣。

「やあ横島君に小竜姫様。メドーサはどうなりました?」

 やはり年輩者であり常識人の唐巣が、近付いてきた二人に真っ先に仕事の事を尋ねる。

「安心してください。メドーサは倒しました。余程の事がない限り復活はあり得ないでしょう」

 力強く言い切る横島と頷く小竜姫を見て、唐巣はそれが事実だと理解した。

「皆さん、本当にありがとうございました。これでメドーサの企みも叩き潰す事ができました。
 今回の依頼はこれで完了です」

 小竜姫がペコリと頭を下げる。
 神様に頭を下げられた唐巣は複雑そうな表情をしている。
 他の連中も同様だ。


 小竜姫の姿を認めて、GS協会の関係者も近寄ってくる。
 小竜姫は事の顛末とメドーサを倒した事を丁寧に説明していく。
 無論、横島一人が戦って倒した事は多少脚色して話をしているが……。
 この段階で横島の大きすぎる実力が世間一般に知られる事は得策ではないと判断したのだろう。まあ、今更かも知れないが……。
 そんな中、横島は少し疲れた表情をしていたが、怪我などをしていないのは明らかだった。

「あのー横島君…。疲れたような表情をしているけど、怪我なんかしてないわよね?」

 珍しく素直に他人の心配をする美神。

「怪我とかダメージは無いんスけど、さすがに少し疲れましたね。小竜姫様との修行で自分より大きな
 霊力をもっている相手との対戦も慣れている筈なんですけど、やはり生死をかけた実戦というのは
 精神的に疲れますよ」

 メドーサという、平行未来世界でもこの段階では最強の敵相手に、実際には初めての実戦を行った横島(記憶や知識としては豊富だが、この肉体では初めて)は小竜姫が看破したように精神的疲労を覚えていた。

「実際のところ、おたく一人でメドーサを倒したのに近いんでしょう? それじゃあ疲れるワケ」

 自分の経験に照らし合わせて納得しているエミ。

「やっぱり実戦は訓練とは違いますね。それで…試験の続きって今日あるんですか?」

 最後に残った小さな問題について尋ねる横島。

「ああ、おそらく無いと思うんだけどね。ちょっと待ってくれたまえ」

 そう言うと大会役員を捕まえて少し話し込んでいた唐巣が振り返る。

「あははは……。横島君、雪之丞戦を見ていた他の受験者が君との戦いを恐れて棄権しようと
 いう動きがあるそうだ。おそらくあの霊波砲を吸収して撃ち返そうとした技を見て戦意を喪失
 したらしい……」

 乾いた笑いと共に青ざめた表情で話す唐巣。
 その話しを聞いて、横島の顔に微かに寂しさのような表情が浮かんだ。

「審判団でも勘九郎との戦いを含めて検討した結果、君を特別枠として最優秀合格者とすることを
 協議したようだ。受験者全員もこの案を了承したようだよ」

「では今日はこのまま帰ってもいいんですかね?」

 一瞬だけ見せた表情をすぐに消して尋ねる横島。

「構わないと思うけどね…。帰るつもりかね?」
「うーん。だって試合がなければここにいる意味って無いですからね。用がないと暇ですし、
 小竜姫様もあまり長く妙神山を空けていられないでしょ?」

 もっともな正論を言う横島。

『えー! じゃあ横島さん、また妙神山で修行の毎日に戻るんですか?』

「またも何も、最初からそのつもりだったんだけど……」

 拗ねたようなおキヌの表情に苦笑する横島。



「あ…あの……」

 それまで会話に入ろうとしなかった九能市が、話は大体終わっただろうと考えて声をかける。

「おやっ? 君は確か…2回戦で戦った九の一の…」

「はい。九能市氷雅と申します。実は横島様にお願いがあって参上しました」

 明らかにドキドキしながら話している九能市。

「俺に? 何です、一体?」

 九能市の態度に全然見当が付かない横島は怪訝そうな表情で尋ねる。
 小竜姫が説明を終えて戻ってきた事にも気が付いていない。
 そんな横島の様子に後ろで首を捻っている小竜姫。

「実を申しますと私……九の一として幼い頃より修行してまいりましたが、忍びとして戦って負けた
 のは初めてですの。そこで私より強い忍者である横島様に弟子入りをして鍛え直して頂きたいと
 思いまして、お願いに上がりました」

 強い意志を込めた瞳で横島を見詰める九能市。
 咄嗟に言われた事を理解できなかった横島はポカンとした表情をしながらも、背後で立ち上る妙な霊圧にハッと後ろを振り返る。
 そこには複雑そうな表情で立つ小竜姫がいた。

「しょ、しょ、小竜姫さまー!!」

 何故か狼狽する横島。
 だが小竜姫は別に怒っているわけではない。
 横島が手を出したとか、浮気をしたというのではないのだ。
 彼女は彼の強さを理解した上で、その教えを請いたいと申し出てきたに過ぎない。
 それは武神としての小竜姫には珍しく無い事だから……。
 しかし二人だけに近い普段の生活(修行とも言う)に、第3者が入り込んでくる事に何故か不快感を覚える自分を自覚してもいた。
 私人としての小竜姫はそんな自分を仕方がないと思っていたが、妙神山修業場の管理人という公人の立場ではそんな事を言ってはいられない。
 修業を望む人達にそれを施すために自分は人界に駐留しているのだから……。

「どうしました横島さん?」

 自分では普段通りに微笑んだつもりだったが、横島も含めて周囲の人々にはそうは見えなかった。

『小竜姫様ってやっぱり横島君とデキてるみたいね』

『いや…片思いかもしれないワケ…』

 等とヒソヒソ話し合っている美神とエミ。
 九能市もそれを察したのだろう。

「いえ、別に横島様に嫁ぐとか、お側に上がらせて貰うとかいうのではなく、忍びとして、また霊能者と
 して修行をつけて頂きたいのですが……」

 慌てて自分の望みを補足説明する。

「ああ、そういうことですか……。しかし俺自身も修行中の身です。それなら俺の師匠の小竜姫様に
 弟子入りするのがスジではないかと……。俺は今回こういう格好で試験を受けたけど、別に忍者
 っていうワケじゃないし」

 横島が本来の忍者ではないという事は、九能市にさらなるショックを与えた。
 ではそんな横島に忍術勝負で負けた自分は何だというのか?
 傍目にもショックを受けたとわかる九能市を同情の眼差しで見る美神、エミ、おキヌ。
 小竜姫がそこで横島を諭す。

「横島さん、貴方は既に妙神山念法の免許皆伝に等しい腕前を持っています。実際、今日のメドーサ
 との戦いで卒業試験も無事合格したといっても過言ではありません。
 今度は他人を教えてみるのも良い修行になりますよ。私も協力しますから、頑張ってみませんか?」

 その一言で小竜姫が怒っていないと判断した横島はホッとした表情を浮かべる。
 どれほど強くなっても、横島は大事な人である小竜姫とルシオラには頭が上がらないのだ。
 まあ、世の中の夫婦というものはおしなべてそうかもしれないが……。
 そんな姿を見て、美神とおキヌが寂しそうな表情をする。

「わかりました。小竜姫様がそう言うなら九能市さんを弟子として修行をみる事にします」

「嬉しいですわ! 私、頑張りますので宜しくお願いしますわ!」

 そう言って頭を下げる九能市。


 こうして横島はこの世界でのGS資格を手に入れた。後日、横島は見習いを経ることなくプロとして活動しても構わない旨、協会から連絡があった。
 まあ、今更ここまでの力を持つ横島を見習いとして使うだけの度胸があるGSなどいない(1名を除いて)、というのが本当の理由なのだがさすがにそうも言えない。
 さらに新たな仲間というか念法の弟子を受け入れた横島。
 彼の生活はそれまでと大きく違って騒がしくなろうとしていた。
 数日を経ずしてさらなる弟子志願が現れる事になる。
 横島の時間は加速し始めていた。




(後書き)
 漸くGS試験編が終わりました。
 今後の事を考えると、人間側の戦力をアップさせたほうが都合が良いため横島君に弟子を取らせる事にしたのですが、どうでしょうか?
 とりあえず九能市氷雅はこれからもセミレギュラーで登場して貰います。
 ところで……メドーサは倒してしまいました。今のところ復活予定もありませんし、もししても再生怪人並の扱いです。
 元始風水盤編はかなりオリジナルな展開になる予定です。


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