フェダーイン・横島

作:NK

第18話




「そうだ! そのままチャクラを廻し続けて使った霊力の回復を行うんだ!」

 横島の言葉に、先程特大の霊波砲を放って霊力が尽きかけている雪之丞は、残り少ない霊気を練り上げて何とか霊力を回復させる。
 これまでならとうの昔にぶっ倒れていただろう。
 横島との修行ですでに2時間以上戦い続けているのだ。

 ドガアッ!!

 横島の放った集束霊波砲(ビームキャノン状なのでこう呼ばれている)が、逃走から攻撃へと転じようとして動きを止めた雪之丞に直撃する。

「グハッ…!!」

 横島としてはジャブのつもりで放った集束霊波砲だが、霊圧で60マイトはあるためGS試験での雪之丞の霊波砲と大差ない。
 その一撃を両腕に沿って集束させた盾状の霊波シールド(サイキックソーサー)で辛うじて防ぐ。
 そして完全に動きが止まった雪之丞に肉迫して近接格闘戦に移る横島。

「よく防いだな雪之丞! だがそんなに意識を集中しないでもチャクラを廻して霊力を練り上げ、
 防御に廻した霊力を補充しないと実戦では隙を作る事になるぞ!」

 両腕に霊力を集中させ、ハンド・オブ・グローリーの状態で無数の多彩かつ鋭いパンチを繰り出す横島。
 そのスピードは、まるで千手観音のごとく無数の拳が残像として残る程速い。
 この技は全身の防御力では魔装術に劣るが、攻撃に限って見れば霊力の集束という点で(同じ霊力なら)上回っている。

「おおぉぉぉぉぉ! よこしまーっ! 覚悟っ!!」

 叫びながら無数の残像が見えるという点では横島に劣らないスピードで、やはり霊力を込めたパンチを放って応戦する雪之丞。
 常人ならば全てをくらってしまうような拳だが、お互い紙一重で見切り、あるいは捌く事によって僅かに掠る程度の状態が続く。
 互角の攻防が続くが、時間と共に得意の格闘戦で僅かに押され始める雪之丞。
 だが天才的な格闘センスを持つ彼は、手の指だけに霊力を集中させて腕を横に薙ぐ。

「おっ!? 今のは結構やばかったな……」

 紙一重で避けた横島が冷や汗を流しながら呟く。

「そうそうお前にやられてばかりじゃねーぞ!」

 今度は両腕で相手を切り裂くが如く手刀を煌めかせる雪之丞。
 霊力の集中がこれまでより上がっている。
 同程度の霊力に抑えている横島もこれをくらうわけにはいかないので、表情を消す程の集中で見切り、後ろに下がってかわしていく。
 横島の後退に乗じ、この機会に一気に勝負を決めたい雪之丞は渾身の霊力を込めた手刀突きを放つ。
 …だが……その瞬間、横島の姿が彼の視界から消えた。
 勘で危険を察知した雪之丞は、攻撃を諦めて大きく上体を逸らして回避行動に移る。
 その正しさを証明するが如く、ほとんど同時にそれまで雪之丞の上体があった空間をゴオッと何かが通り過ぎた。

「さすがだな…かわしたか…」

 それは倒立した横島が腕を使って回転しながら繰り出した脚だった。
 しかもその足首からつま先には霊力を集中させている。

「何て技を使うんだっ! まともにくらったら死ぬじゃねーか!!」

 今度は雪之状が冷や汗を流しながら叫ぶ。

「大丈夫だって。お前なら魔装術もあるし大怪我で済むさ」

 悪びれずに答える横島。
 後方に飛びながら体勢を戻した横島に、そんなわきゃねーだろ! という眼差しを送る。

「今日はここまでにしよう。
 しかし雪之丞も思ったより早く実戦でチャクラを自由に廻せるようになったな」

 満足そうに頷く横島の言うように、第1チャクラだけだが雪之丞は自由に廻し、少ない霊気でも練り上げ霊力を回復させられるようになっている。
 これによって魔装術の使用限界は遙かに向上した。
 すでに霊波砲を撃ちまくっての数時間の戦闘にも耐える事ができる。
 雪之丞の霊力自体は、以前と同じ魔装術発動前で約75マイト、魔装術発動時は約110マイトと変わっていないが、戦力としては大幅にアップしているのだ。
 これで第2チャクラを開放できるようになれば、一気に彼の霊出力は倍になる。

「へっ! 何をぬかす!! 全部のチャクラを自由に廻すお前に言われても差を感じるだけだぜ!」

 嬉しさ半分、悔しさ半分といったところの雪之丞。
 何しろ横島は実力なんて殆ど出していないのだ。

「そんな事はないぞ。俺だって同じ霊力に抑えて闘えば、雪之丞相手となるとそうそう余裕なんて
 無いからなぁ……。気を抜いた瞬間に吹き飛ばされるだろうし…」

 そう答える横島の表情は真剣だった。

「でもイメージを掴んでから3週間でここまで上達するとはな……。やっぱりバトルマニアは違うよなぁ」

 5月に入り下界では5月病等というモノが現れる時期なのだが、ここ妙神山ではそんな心配は無用である。
 雪之丞は人間ではトップクラスの力を持つに至っていた。

「バトルマニア言うなっ! お前だって似たようなモンじゃねーか!」

 横島には言われたくなかった事をズバッと言われて不機嫌な雪之丞だった……。



 もう一人の弟子である九能市氷雅は、小竜姫に剣の鍛錬をつけてもらっておりこの場にはいない。
 彼女も霊力こそ55マイトとやや低いが、雪之丞同様第1チャクラを実戦レベルで自由に操る事ができるようになっていた。
 しかも霊刀ヒトキリマルを使えば、普通のGSでは不可能な自分の最大霊力とほぼ同等の霊力を攻撃に使う事ができる。
 こうなると彼女のスキルアップには剣の修行が必須となってくるのだ。

「はっ! たあっ!」

 霊刀ヒトキリマルを操り斬撃を加える九能市だったが、小竜姫から見れば剣捌きがまだまだ甘い。

「そんなに大振りする必要はありませんっ! もっとこうやってコンパクトに剣を捌くんです!」

 そう言って神剣を振るう際に身体を屈めて、山中や室内でも剣が引っ掛からないように鋭い斬撃を放つ。

「くっ!」

 辛うじて受け止めるがその衝撃は重く、身体が後ろに下がるのを何とか踏みこたえる。

「足を止めるんじゃありませんよっ!」

 だが素早く第2撃、第3撃を繰り出す小竜姫。
 このままでは防戦一方になると考えて、九能市は左手を剣から離して霊力をコーティングした小石“霞の礫”を自然体から数発撃ち出す。
 それを神剣の腹で受け止める小竜姫。
 その隙に間合いを開けて体勢を整える。

「横島様に習った術をお見せしますわ!」

 そう言って足の裏に霊気を集め、残像を作り出す程動く速度を上げて分身をつくる九能市。

「分身の術ですか? でもまだ四つ身までのようですね」

 そう言って超加速を使わずに素早く動いて、やはり四つの分身を作り出す小竜姫。
 端で見ると4人の小竜姫と九能市が闘っているように見えるが、それは二人が同じスピードで動いている事を意味していた。

「さすがに……ここまで霊力を使うと疲れますわね……」

 僅かに疲労を感じさせる表情をする九能市。

 ギンッ!

「駄目ですよ氷雅さん! その状態でもチャクラを自由に廻せるようにならないと、実戦では先に
 霊力を使い果たしてしまいますよ」

 鋭い突きを浴びせながら注意する小竜姫。
 修行のためとはいえ、休んでの霊力回復を許さない小竜姫の戦い方は人間には厳しい。

「くっ…まだまだですわ!」

 気力を失いかけた九能市が、自分がここにいる理由を思い出して再び闘志を燃え上がらせる。

「そうです。実戦では敵を倒すか逃げ切るかしなければ休む事などできないのですよ」

 再び始まる剣と剣を打ち合わす応酬。
 雪之丞対横島の修練と同レベルの厳しい戦いを繰り広げる小竜姫と九能市だった。

「今日はここまでにしましょう」

 さらに数十分経ってから小竜姫がそう言って剣を鞘へと戻す。

「…ありがとうございました…」

 霊力ばかりか体力も絞りきった表情で礼をする九能市。

「かなり意識を集中しなくても第1チャクラを全開で廻せるようになりましたね。もう少し修行を積めば
 第1チャクラを自由自在に操れるようになりますよ」

 そう言って孫弟子の上達振りに笑顔を見せる。

「これも横島様と小竜姫様のおかげですわ。何というか…次のGS試験が待ち遠しいんですの」

「でも貴女は念法のほんの最初の段階に足を踏み入れたに過ぎません。今後の修行によって第2、
 第3チャクラを廻せるようになれば、悪霊相手のGSであれば滅多な事で遅れなど取らないでしょう」

 小竜姫が言うように九能市は妙神山に来る前と比較して、かなり戦いという観点で見れば強くなっている。
 おそらく下級妖魔に負ける事はまず無いと言ってよい(策略や罠を張られなければ)。
 汗を流すために露天風呂へと向かう二人。
 妙神山の一日はいつもと変わらず穏やかに過ぎていった。






「二人共、かなり強くなりましたよ。もうほとんど第1チャクラに関しては修得したと言って良いでしょう」

 その夜、自室へと戻らず共同スペースでボンヤリしている横島に小竜姫が話しかける。

「ええ…今ならGS試験も楽勝でしょうし、実際に除霊するにも何ら問題ないはずです」

『戦闘力だけなら美神さんだって超えてると思うわ』

 横島とルシオラの意識が答える。
 既に雪之丞と九能市は疲れから自室で夢の中へと旅立っていた。

「それにしては浮かない表情ですね。どうしたのです?」

 何やら思考の海に没している横島を心配して尋ねる。

「いや……ちょっと失敗したかなぁ…ってね」

 苦笑しながら話し始める横島。
 自分達が様々な手を打ったため、かなり自分達が経験した歴史とは変わってきている。
 そのため天竜童子事件でメドーサに破壊されるはずだった美神令子の旧事務所は健在で、当然美神は人工幽霊1号の屋敷には転居していない。
 町中であんな大爆発を起こさせるわけにもいかず、わざわざ綱渡りのような状況にしたくもなかった横島としては、あの事件の顛末は満足できるモノだった。
 妙神山の中で片をつけたために、一切外部に迷惑をかけていないのだから……。
 しかし次の敵であるハーピー相手では、あの雑居ビルの美神除霊事務所の防御力は低すぎる。
 ハーピー自体はせいぜい魔力も200マイト程度であり、勘九郎と比較してもやや落ちる。
 だが遠距離からの攻撃手段を持っているため、いわゆる狙撃に対する防御手段が必要となる。
 人工幽霊1号であれば、その結界でハーピー程度は退けてしまう。
 現在の美神令子はともかく、母親の美智恵が連れてくる過去の令子を守る事を考えれば、あの雑居ビルははなはだ心許ないのだ。

『成る程……そう言われてみればそうねぇ……』

「確かに…霊的防御のレベルとしては、あの事務所も自宅も低いですよね……」

「そうなんスよ。今回の敵は自由に空を飛び回り遠距離の狙撃を得意とする。しかもターゲットとして
 は、現在の美神さんでも過去の美神さんでも構わない。ヤツを先に補足しない限り、先に攻撃する
 権利は常にハーピーの側にありますからね」

 状況を理解して考え込む小竜姫。

『でもヨコシマ…。逆に言えばハーピーの目的というか目標はハッキリしているから、誘き出しやすい
 んじゃないかしら?』

 ルシオラの意識が思いついたかのように口を開く。

「どういうことだルシオラ?」

『ハーピーに先手を許すから対処しにくいんでしょう? だったら囮を使ってハーピーをこちらの闘い
 やすいところに誘き出し、一気に倒してしまえばいいんじゃないか、と思ったの』

「それは良い考えです、ルシオラさん!」

「成る程……ならいい手があるな…」

 そう言ってニヤリと笑う横島。

「ただ…雪之丞や氷雅さんにも手伝って貰わないといけないけどな」

『よかった。何か良い手を考えついたのね? そうなると後は敵襲来の正確な時期ね』

「ええ、準備しなければいけませんからね」

 こうして対ハーピー戦の準備が着々と練られていくのだった。





 ゴロゴロゴロ……

「嵐が来そうね」

 横島による出張指導を終えて着替えた美神が空模様を見ながら呟いた。

 ポツ…ポツ……

 今にも泣き出しそうな空から大粒の水滴がアサファルトに染みを作るが、見る見るうちに本格的な降りへとなっていく。

「おや…振ってきましたね」

 横島もつられて外を見ながら呟いた。
 そろそろ梅雨に入ろうかという6月初旬、すでに雪之丞や九能市は第1チャクラを完全に制御下に置く事を為し遂げ、第2チャクラの制御に取り組み始めている。
 その間、かつて美神が受けた妙神山スペシャル・ハードコースに挑戦し、二人とも霊力アップを成し遂げていた。
 雪之丞は今や美神をも上回る90マイト、九能市は70マイトの基礎霊力を持つようになっている。
 そんな中。美神もゆっくりではあるが着実にその能力を向上させていた。
 仕事が忙しくなかなか修行できない美神のために、横島は週に最低1回はやって来て心眼を使って美神の体内の霊気の流れを霊視し、時には自分の霊気を流し込んで手助けをしながら流れを正しい方向へと修正していく。
 今日も2時間程の指導を終えて帰ろうとした矢先に雨に見舞われたのだ。

『ふむ……そろそろかもしれないな』

 雷までが鳴り出すのを聞いて表情を引き締める横島。
 平行未来世界の記憶から言ってもそろそろの筈だ。
 美神のところにこれない日は時空震を感知できるように、妙神山のセンサーが最大感度でスキャンしていた。

「おキヌちゃん、今日の仕事は?」

 本降りとなった雨を見ながら尋ねる美神に、スケジュール表を見ながら答えるおキヌ。

『えーと…「公園に出るワニの幽霊」ってのがありますけど…』

「へえ…大変ですねこの雨の中。でも相手は水物だからどうせ濡れちゃうんで同じ事ですか…。
 おキヌちゃんは雨でも関係ないしね」

 ハッハッハッ……と全てを知りながらも、わざとそう言って笑う横島。
 いきなりキャンセルよ、と言おうと思っていた美神は、横島にこう言われたために言い出せなくなってしまい複雑な表情をしている。

「あー…えっと……今日はキャンセルよ! この雨じゃ足元が危ないし視界も悪いわ。仕事である
 以上、万全を期さないと」

 わざとらしく咳払いをしながら答える美神。

「さすが美神さん、プロですね」

 一応その答えを褒めておく横島。

「激しい降りはあまり長くないでしょうから、少し遅れると連絡したいんで電話を貸してください」

 そう言って東京出張所である部屋へと電話をかける横島。
 だがこれは雪之丞と九能市に作戦開始を告げるための連絡なのだ。

『でも美神さん、第1チャクラを完全に使いこなせるよーになったんですねー。凄いですよね』

 横島が電話で話している横で美神を褒めるおキヌ。

「まあようやっとだけどねー。でもこれじゃまだエミには勝てないのよ!」

 そう言ってライバル心を剥き出しにする。

『エミさんは…確か第2チャクラまで使いこなせるんでしたっけ?』

「そうなのよっ! おかげでアイツの霊力は倍の160マイト近いのよ! 全く腹が立つ……何だって
 私がエミに負けなきゃなんないの……」

 そう言って最後はブツブツと独り言になってしまう。

「どうしたのおキヌちゃん?」

『あっ横島さん。いえ、美神さんがいつものようにエミさんとの差を考えてアッチに逝っちゃった
 んですよー』

「ああ、また……。そんな事言ったってこればっかりはどうしようもないからなぁ……」

 同じ素質、同じ才能なら、努力の量が一緒である限り先に始めた方が上をいくのが当たり前だ。
 美神も雪之丞達のように妙神山に籠もれば別だが、仕事の合間に修行している以上、エミとの差は縮まらない。

『はあー。私もいつもそう言ってるんですけどねー』

 疲れた表情で話すおキヌに同情の視線を向ける横島。

「大変だね、おキヌちゃんも…」

 カッ! ドガラガッシャーン

 そう言っておキヌを慰めようとした時、ビルの玄関付近に突然雷が落ちて爆音が響き渡る。

「!?落雷…? それにしては何か妙な気配が……」

 そう言って下へと駆け出す美神。
 おキヌも後を追うが、横島は窓を開けて周囲を警戒する。
 ここでハーピーに狙撃されたらお終いなのだ。

「まだ周囲にはいないようだな……」

 そう言って二人の後を追う横島。

「一体全体……!!」

 外に出て言いかけた美神の言葉が不意に凍る。
 立ちこめる煙の中に人影が見えたのだ。

「ふむ…殺気や敵意は感じられないか……」

 横島の平坦な声が聞こえた事でちょっと安心する美神。
 階段を駆け下りる際にいなかったことから、少し遅れてやって来たのだろうと見当をつける。

 シュウウウウ〜

 煙が晴れて目の前の人影が明確になると、そこには小さな少女を抱いた20台後半の女性が立っていた。
 その容貌は美神令子によく似ている。

「…!! マ…!?」

 美神が大きく眼を見開いて声を出そうとするが、あまりの衝撃に後を続ける事はできなかった。

「ほう…似てるな。あの二人は美神さんの身内か?」

 周囲を誤魔化すための発言をしながら単文珠を作りだして『読心』の念を込める横島。
 美智恵は横島がサラリと出した文珠を目に留めて一瞬驚きの表情を見せるが、すぐに顔を空へと向ける。

「……! いけない、嵐が行ってしまう…!」

 雨は勢いを弱めつつも未だ降り続いているが、雷雲はその勢力を弱めつつあった。

「詳しい事を話している時間がありません…。この子を…娘をしばらくお願いします…!!」

 そう言って抱いていた美神そっくりの子供を差し出す美智恵。
 子供はスヤスヤと眠っている。

『こっ…子供の頃の美神さん…!?』

 その容貌を見て驚くおキヌ。

「そのようだ…。俺が文珠でその女性の考えを読んだ限り嘘は吐いていないようだ。
 そうですね、美神美智恵さん?」

「誰だか知らないけどその通りよ。お願い! この子を守るには今はこれしか方法がないの!」

 視線は横島を見ているが、美神に強引に子供を押し付ける。

「ちょっ…ちょっと待って…!! 訳を…!!」

 カッ! …ドグワアアアン!!

 美神がそこまで言った時、再び天空で雷光が煌めき、轟音と共に美智恵を直撃する。
 子供を抱きかかえたまま呆然と立ち竦む美神。

『か、雷の直撃をっ!? しかも消えましたー!?』

 やはり唖然としているおキヌ。

「マ……ママ……!!」

 硬い表情のまま呟く美神の言葉を聞き、横島は頷きおキヌは再び驚く。



 すやすや……
 ソファに子供を寝かしタオルケットを掛けてやり、自らその横に腰掛ける美神。

「タイム・ポーテーションだわ……それしか考えられない…! そうよね横島君?」

 そう言って横島を見詰める美神。

「そうだと思いますよ。あの女性は間違いなく美神さんのお母さん、美神美智恵さんでしたから…」

 真面目に答える横島。

「でも何で私の母親だってわかったの? 横島君は会った事無いはずなのに」

 不思議そうに尋ねる美神に種明かしをする横島。

「ええ、確かに初対面ですよ。でも俺の文珠を使えばわかります」

 そう言って単文珠を出す。

「文珠は色々な事ができましてね。今回俺は『読心』の文珠で対象であるあの女性の頭の中、つまり
 考えを読んだんです。まあ、あまり他人の頭の中を覗くのは趣味が良くないんで普段はやりません
 けどね。さすがに今回は何らかの罠というか妖魔が化けている可能性も高かったので使わせて
 貰いました。それでさっきあの女性の考えを読んだからわかったんですよ」

『ほえー…。凄いですー横島さん…』

 感心したように言うおキヌ。

「ママは腕の良いゴーストスイーパーだったの。何か危険な敵に狙われて…子供の私を守るために
 未来へ来たのよ…」

『腕の良い…スイーパーだった…?』

 その言葉に何か思い当たったのか泣きそうな表情になるおキヌ。

「ええ、私が中学生の時亡くなったわ」

 そう告げる美神の顔は寂しげだった…。

『美神さん、えーと…あの…死ぬ事はちっとも…だから……あの……』

 美神を励まそうとしたおキヌだったが、途中で涙腺が決壊したのかメソメソと泣き出し美神が逆に抱き締めて慰めている。

「美神さんの予想は大体当たってますよ。美智恵さんは過去に戻って美神さんを狙う魔族・ハーピー
 を倒して迎えに来るつもりみたいですね。どうやら美神さんは魔族から狙われているみたいです」

 これ幸いとある程度まで情報を開陳する横島。

「ハーピー…?」

「ええ、詳しくは知りませんが…確かギリシャ神話にそんな名前の人面鳥が出てきますね」

「でも何で魔族が子供の私を……?」

「さあ、それは美智恵さんにもわからないみたいですよ。美神さんにその時の記憶は残ってない
 んですか?」

「それが…全然覚えてないのよ…」

「では過去から迎えが来るのを待つしかありませんね。ただ気になるのは……」

 そう言って考え込む横島。

『どーしたんですか、横島さん?』

「いや、もし美神さんを狙っているハーピーが、個人的な事で狙っているんじゃないとしたらどうなの
 か、と思ってね」

『それってどういう事ですか?』

 不思議そうに聞き返すおキヌ。

「そうか! …横島君が言いたいのは、魔族が何らかの理由で組織的に私を狙っている可能性が
 あるって事ね?」

「ええ、もしそうなら面倒かもしれませんよ。美神さんのお母さんが時間移動能力を持っていると
 知れば、あらゆる時代に網を張っている筈ですからね。それに殺すなら何も子供の美神さんじゃ
 なくてもいい筈です。現在の美神さんだって狙われるかも…」

『じゃあ…魔族の殺し屋が来るかも…』

 青ざめた表情のおキヌ。

「ああ、その可能性もある。ただ、もしそうならこれまでも美神さんが魔族に狙われた筈だ。今までそう
 言う事がなかったならハーピー個人が狙っているのかもしれない。とにかく敵の出方がわからない。
 子供の美神さんをここから外に出さない事だ。何なら『睡眠』の双文珠でずっと眠らせておこうか?」

 そう言って眠っている子供を見る横島。

「それはちょっとね……。でも横島君の言う事は理に適っているわ。ここじゃ簡易結界を張ってはいる
 けど、魔族の攻撃を防ぐのは難しいわね……」

 そう言って考え込む美神。

「万が一と言う事もあります。今晩は雪之丞と氷雅さんを呼び寄せて俺達が周囲を見張りますが、
 明日になったら抜本的な対策を立てないといけないっスね」

 そう言って『護』の文珠を取り出しておキヌに渡す。

「もし万が一の事があれば、これで子供の美神さんを護ってやってくれ。じゃあ俺は外に行き
 ますから」

 そう言って出ていく横島を頼もしそうに見送るおキヌ。
 だが二人はすぐに気が付くだろう……。
 横島がこんなにもそそくさと出ていった理由を…。
 暫くして、ビルの一室からけたたましい子供の泣き声が鳴り響いた。





「ふん……さっそく嗅ぎつけたか」

 忌々しげに吐き出してとある方向を眺める横島。

 バサッバサッ

 不気味な羽音を響かせて空中を失踪する黒い影……。
 よく見れば鳥のようだが人間のシルエットにも似ている。
 人面鳥・ハーピーである。

 バサバサ……

 美神除霊事務所を見下ろす事のできるビルの屋上に降り立つと、端まで歩いてジッと美神の部屋を見詰める。

「フ……来たようじゃん…!
 この日をずっと待ってたんだ…。あのガキはあたいが必ず殺してやる…!」

 そう言ってニヤリと笑みを浮かべたハーピーだったが、急に聞こえた空気を切り裂く音に振り返る。

 ドスッ!

「ぐうっ……!?」

 腕に衝撃を受けて飛びずさるハーピー。
 何が起きたのかわからずに自分の左腕を見る。
 そこには霊波をコーティングした五寸釘が深々と刺さっていた。

「これはっ!? 一体何ヤツじゃん!?」

 そう言って周囲を見渡す。
 確かに人の気配は無かったはずだ。
 しかも自分に深手を負わせる霊力を持つ存在など感知できなかった。

「油断するとは殺し屋らしくないな…」

 声の方向に振り向くハーピー。

「誰じゃん!?」

 キッと殺気を込めた眼差しで影を見詰める。

「誰でもいいさ…。お前らのような魔族を狩る事を仕事にしているのがGSなんだからな」

「くっ…あたいに気配を察知させないとはただ者じゃないねっ!」

「褒め言葉と取っておこう。さて、見たところ魔族のようだがそれ程魔力は高くないな……。メドーサの
 1/10も無い」

「なっ!? メドーサを知っているのか!?」

「ああ、闘った事があるからな…。それよりどうする? 今ここで闘うか? それとも一旦引き揚げ
 るか? 俺はどちらでもいいぞ。どっちにしたってお前の寿命が少しだけ変わるだけだからな」

 そう言ってゆっくりと霊力を開放する横島。

「コイツ……人間にしては霊力が高いじゃん! あたいと大して変わらないなんて……」

 横島の霊力に狼狽するハーピー。
 すでにその手に握られている飛竜からも同等の霊力が感じられる。

「お前の持ち味は、軽量な身体を利用しての空中高機動戦と見た…。だがその傷ついた羽でどこまで
 飛び回れるかな?」

 不適な笑みを浮かべる横島に気圧されるハーピー。

「くっ…! 今闘うのはあたいに不利じゃん!」

 状況を考えて結論を出すハーピー。

「ふっ…一旦引き揚げるか? だがこの好機を俺が見逃すと思っているのか?」

 そう言って眼を細めると放たれている霊気に闘気が混じる。

「くそっ! ここは闘って逃げるしかないじゃん!」

 そう言うと怪我を押して空へと舞い上がるハーピー。
 しかし飛び上がるその瞬間は無防備となる。それを見逃す横島ではない。

 シュッ!

 闇を切り裂いて放たれる五寸釘。

「くっ…この程度でやられるわけないじゃん!」

 片腕に魔力を集めて五寸釘を跳ね返すハーピーだったが、再び羽ばたこうとした瞬間に腹部に痛みが走る。

「こ…これは…黒塗りの五寸釘……!?」

 自分の腹に突き刺さった物体を確認して驚愕する。
 時間差をつけて二本の釘を投げた横島は、最初の普通の釘であり光を反射させる一本目を囮として使ったのだ。

 ブオンッ!!

 さらに跳躍した横島の愛刀飛竜が唸りを上げて迫る。

「わっ! ヤバイじゃん!!」

 このままでは避けられないと判断したハーピーは、翼を畳んでその身体を真っ逆さまに地面に向かって落下させる。
 唯一の逃げ道、真下への逃避行を決断したのだ。
 そして途中から羽を広げて急速旋回し、ビルの谷間を縫うように飛行して逃走する。
 さすがの横島も今日は龍神の装具を身に着けてはいない。
 これ以上の追撃は不可能だった。

「逃がしたか……。まあ最初からこの程度で仕留められるとは思ってないがな……」

 そう言って気配を探るが、今晩のところは離れたようだ。

「さて、そろそろ二人とも来る頃だな。今晩のうちに仕掛けをしておかないといけないか……」

 緊張を解いてそう呟く横島の元に二つの影が走り寄ってくる。
 こうして第1ラウンドは横島の勝利に終わった。



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