フェダーイン・横島

作:NK

第19話




 ビー

 ブザーを鳴らすと暫くして扉が開き、妙に疲れ切ったおキヌが顔を出した。

『あ〜。おはようございます…横島さん…』

「どうしたんだいおキヌちゃん? そんなに疲れているなんて珍しいじゃないか?」

 薄々察しは付いているのだが惚けて尋ねる横島。

『いえ…あの後眼を覚ましたれーこちゃんが泣き出して大変だったんです〜』

 さっさと退避した横島を恨めしそうな目で見詰めるおキヌ。
 そんな表情に微かに罪悪感を感じる横島だったが、そこはやはり自分の安全が大事なのでひとまず棚の上に置いておく。

「そ、そうか……大変だったみたいだね。小さい子供の世話は地獄だからね……」

『やっぱり……だからさっさと行っちゃったんですね…?』

「いや…それは誤解だよおキヌちゃん。昨日は魔族と闘う羽目になったからね」

 そんな横島の言葉にハッと表情を変えるおキヌ。

『じゃ、じゃあ…やっぱり魔族は襲ってきたんですか?』

「とりあえず話は中でしないか? 後、俺の弟子二人も一緒だから」

 そう言って事務所へと入っていく横島、雪之丞、九能市。
 おキヌは美神を起こしに仮眠室へと向かう。
 横島は真っ直ぐに窓へと歩み寄ると、さっさとカーテンを引いていく。

「おっ!? あれが美神の旦那の子供の頃か?」

 眠っているれーこを見て呟く雪之丞。

「ああ、子供ってのは眠ってると天使みたいなんだけどな……」

 苦笑しながら双文珠を取り出すと、『安眠』と念を込めてれーこの眼前に持っていって発動させる。

 キイイイン!

 淡い光に包まれたれーこが幸せそうな表情をして眠っているのを見守る横島達。

「おはよ〜」

 ボーとした表情で手に枕、格好はだぼだぼのパジャマという普段の色気はどこへやら、という格好で現れる美神。
 その眠そうな表情から、いかに昨晩の子供の世話が大変だったか察する事ができる。

「済まないわねおキヌちゃん…。あたしは子供って駄目なのっ! あ〜子供なんてみんな滅べば、
 世の中もっと楽しくなると思うっ!!」

 途中からぶち切れた目で過激な事を言い始める美神。
 その後、枕をチェストに叩き付けながら、子供の世話の内容を列挙しながらそんな事全部いやっ! と言って母親に早く迎えに来いと怒鳴る美神の姿に、様々な思いの一同。

『自分自身だろうに……』

『性格だけ見ると子供同士だから嫌なのか?』

『まだ一晩預かっただけなのに……』

『うるさい時は眠り薬で静かにさせればいいんですわ』

 若干危険な発想が混じっているが、概ね美神の我が侭さ加減に呆れている。

「そういえば……れーこはまだ寝てるのかしら?」

 ふと自分自身を気にする美神。

「ああ、悪いけどちょっと文珠で眠って貰いました。どうやら厄介な事になりそうなんでね」

 そう言って表情を改める横島。

「そう言えば…朝っぱらからやって来るなんて……。やっぱり魔族が昨夜襲ってきたの?」

 こちらも一気に目が覚めて真剣な表情になる。

「ええ。昨晩…10時頃だったかな? 向かいのビルの屋上からここを攻撃しようとやって来ましたよ。
 取り敢えず手傷を負わせて追っ払いましたけどね。あれは必ずまた来ますよ」

「そう……横島君の考えは当たっていたみたいね。でっ!? どんなヤツだったの?」

「多分、美神さんのお母さんが闘ったハーピーってヤツだと思うんですけどね。正に人面鳥でしたよ。
 まあ人間の姿に羽毛を被せて、腕に沿って羽を生やした格好ですね。危ない事を言ってたので
 いきなり後ろから手裏剣を投げてやったもんで、相手の能力はよくわかりません。まあ翼と腹に
 一発ずつお見舞いしてやりました」

 その光景が目に浮かんで、微かにハーピーに同情する美神だった。
 横島は相手を本気で倒すとなると、美神も真っ青な暗殺然とした方法を躊躇無く選択する。
 それを理解しているが故の一瞬の感情だった。

「魔力自体はメドーサよりかなり落ちますね。正面から闘うタイプと言うよりは暗殺を主とするタイプ
 だと思いますよ」

 簡潔に相手の容貌と分析した能力について解説する横島。

「そうなると攻撃の先手を取るのは常にアッチって訳ね? それは面倒だわ……」

 その言葉を聞いて、さすがに戦いというモノをわかっているなと安心する。

「ええ、だからこっちから罠をかけてやろうと思いましてね。それで雪之丞と氷雅さんを呼んだんです。
 あっと…その前に。窓際に立たないでくれますか、美神さん。相手の狙撃を防ぐためにカーテンを
 引いたもんで」

 そう言いながら自分の計画を説明する横島。
 窓から離れた美神もおキヌも真剣な表情で説明に聞き入る。
 既に計画を聞かされ、昨夜のうちに準備をしている雪之丞と九能市は確認の意味で聞いているに過ぎない。

「ということで…これでハーピーを仕留めようと思います」

「なかなか巧妙な計画ね…。でもハーピーが私じゃなくてれーこを狙ったらどうするの?」

「その時は…俺が全力で叩き潰します! 美神さんはれーこちゃんを護ってください」

 きっぱりと言い切る横島。

「わかったわ…。横島君の作戦でいきましょう。準備するから待っててね」

そう言って着替えに戻った美神は、終わると同時に父親の勤める東都大へ電話をかける。

「もしもし、東都大学動物行動学教室? 美神公彦をお願いします。いえ、私、美神教授の娘です」

 美神が父親と仲が悪い事は知っている。
 だがひょっとして電話を盗聴されているかもしれないのだ。
 用心するにこした事はない。
 だが横島は、美神の父親の勤め先を美智恵から読みとったために知っている、と言って自分の作戦を話した。
 普通、死んだはずの母親が過去の自分を置いてまた過去へと戻れば、何かを知っているか、自分よりハッキリとした記憶を持っている父親を頼るのが普通だと言って…。
 渋々ながらも、方法としては良策だと認めた美神はこうして電話をかけたのだ。

「えっ…! 渡すように言われたモノを預かっている!?」

 電話で話していた美神が怪訝そうな表情で声を大きくする。

「はあ…わかりました。とにかくすぐに伺いますわ!」

 そう言って受話器を置くと横島に向き直る。

「横島君の言ったとおりだったわ…。ママは親父に何かを預けていたみたい。
 ……でも…何故わかったの?」

「だって美神さんのお母さんは時間跳躍能力を持っていたんでしょ? もし自分が死ぬとわかって
 いれば、これだけ大きな事件のフォローを頼む事ができるのは旦那さんしかいないじゃないですか。
 美神さんが全然記憶にないと聞いたんで、消去法で残ったのが父親だったという訳です。事実関係
 を分析した単純な推理ですよ。別に不思議でも何でもないでしょ?」

「そういうところはさすがだわ……。いつも冷静なのね、横島君…」

『横島さん…いつも凄いですー』

「本当はそうでもないんですが……。だけど今回は殺し屋として訓練された魔族が相手です。相手と
 同じように冷徹に考えないと、相手を罠にかけるなんてできませんよ」

 ポリポリと頬をかく横島に信頼の籠もった眼差しを送る美神とおキヌ。

「あら? 雪之丞の姿が見えないけど……もう動き出したのかしら?」

「ええ、間隔を空けないとハーピーに感づかれますからね。わざと迂回して現場に向かうように
 指示してあります」

「そう…。じゃあ本格的に準備に入りますか」

 そう言って九能市と連れだって仮眠室へと消えていく美神を見送る横島とおキヌ。

「さて…上手くやらないとな……」

『何だか心配ですー』

 どことなく不安そうな表情のおキヌ。

「まっ…何とかなるよ、おキヌちゃん。だから君はれーこちゃんを護ってあげてね」

 そんな横島の言葉に大きく頷くおキヌだった。






 珍しくスーツ姿で大学のキャンパスを歩いている美神だったが、その視線は手元の封筒に注がれている。

「親父め…直接送ってこずにこんなまどろっこしいモノ言付けたって事は……」

 そう言いながら封筒の中身を取り出す。

「やっぱり…ママからのメッセージだわ! 今日渡すように言われてたのね」

 そして中身をゆっくりと読むために、キョロキョロと適当な場所を探す美神。
 眼に留まった比較的大きな木が数本まとまって立っている場所へと歩を進める。
 さらにその奥にはやや木々が密生した林のようになっており、最初の木々を通り過ぎた美神は思い直したかのようにその根元へと戻り腰を降ろして手紙を読み始めた。
 母親からのメッセージを食い入るように読みふける美神。
 その時、枝に留まっていた小鳥達が何かに怯えたのか一斉に飛び立ち始める。
 その事に気が付きぎこちなく顔を上げる。
 すると太陽を背に鳥のようなシルエットがその瞳に飛び込んできた。
 ハーピーである。

「死ね!! 美神令子!!」

 叫ぶと同時に、その右手から力強く何かを投げつける。

「ハーピー!!」

 そう叫んだ美神だったが、為す術無くハーピーの投げたフェザー・ブレッドをその胸に受けて、後方に吹き飛び仰向けに倒れ伏す。
 空中でフェザー・ブレッド投擲体勢のまま見下ろしていたハーピーは、ピクリとも動かない美神を確認して満足げな笑みを浮かべる。

「フッ! あっさり仕留めたじゃん!
 母親の方はこのフェザー・ブレッドを全部避けたもんだったがね!」

 バサバサと羽音を轟かせながら大地に降り立ち、明らかに動きそうもない美神を確認する。

「ほーっほほほほほっ!! 駄目な二代目でよかったわ!
 関西弁で言うところの『あかんたれ』ってヤツじゃん! 『アホボン』とも言うじゃん!!」

 高らかに笑いながら美神を罵倒するハーピー。

「こいつの母親に対悪魔用の退魔護符で封印されたおかげで、娑婆に戻るのが一苦労だった
 よ…!」

 ギュッと拳を握りしめるハーピー。
 その顔には青筋が浮かんでおり、美智恵に味合わされた屈辱と怒りが渦巻いている。

「ちょうど大人と子供、両方の美神令子が揃ったみたいで、どっちを殺そうか迷ったんだけどね…。
 この方が17年前の恨みがスカッと晴らせたじゃん!」

 そう言って満足感に浸るハーピーだったが、倒れた美神がピクリと動くのに気が付く。

「チッ! まだ死に切れてないようじゃん! まあいいわ。今止めを刺してあげるじゃん!!」

 そう言ってフェザー・ブレッドを持って近づき、投げようと右手を振り上げる。

「ふっ…それで……勝ったつもり…? 魔族の…くせに…頭悪いわ…ね…」

 苦しそうに呟く美神。

「はははは! 強がりも程々にするじゃん!
 それだけのダメージで一体何ができるっていうのさっ!」

 そう言いながら、弱々しく動いた美神の腕を踏みつけて止めを刺そうとしたハーピーの表情が一変する。

「お前っ! これは一体どういう……」

 そこまで言いかけたハーピーだったが、突然周囲に眩い光の壁がドームのように出現し、動きを封じられた上に閉じこめられてしまう。
 フェザー・ブレッドを放とうとするが、腕を動かす事すらできない。

 ガサガサッ!

 ザザッ!

 枝を揺らす音と着地する音と共に、忍び装束に身を包んだ美神と雪之丞が魔法陣の外から囚われた魔族を眺める。
 
「へえ〜、横島の言うとおりになったな……」

「本当ですわ。さすがわ横島様ですわ」

 感心したようにお互いの顔を見て話す二人。

「ググッ……これは…一体……どういうことじゃん!?」

 苦しそうに外の人間に尋ねるハーピー。
 どう見てもこの罠を仕掛けたのはこの二人なのだから。

「うふっ! アナタが美神令子だと思って空からつけてきた相手は、変装したこの私ですわ」

 そう言って亜麻色の鬘を剥ぎ取り、被っていた変装用のマスク(ザンス製)を剥いで素顔をみせる九能市。

「なっ!?」

 その姿を見て愕然とするハーピー!

「それで、お前が踏みつけてるその傀儡人形だけどな……中に強力な爆弾が仕込んであるんだよ。
 焼き鳥になりやがれっ!!」

 そう言いながらリモコンスイッチを押す雪之丞。

「し、しまっ…」

 引きつった表情で必死に逃れようとしたハーピーだったが、次の瞬間、足元の人形の爆発によって生じた火球へと飲み込まれた。

 ズガアァァァン!!

 閃光と轟音が捕縛魔法陣によって作られた結界内を明々と染める。

「さてと…これで死んだかな?」

「さあ…しかし横島様は油断するなと言っていましたわ」

 煙が充満する結界内を眺めている二人。
 するとポツポツと昨日に引き続き雨が落ちて来始める。

「ふん、雨か…。さっさと終わらせたいもんだな」

 そう雪之丞が呟いた時、漸く横島が姿を現した。

「どうやらうまくいったみたいだな」

 ホッとした表情で呟く。

「横島様! 美神さん達は?」

 横島の姿を認めた九能市が走り寄って尋ねる。

「計画通り、例の場所に移したよ。でも思った以上に上手くいったみたいだ。さすが氷雅さん、忍者
 だけの事はある」

 そう言って九能市を褒める横島。

「そんなっ! 忍者としてはこれぐらい当然の事ですわっ!」

 そう言いながらも照れている九能市。

「ちぇっ! 俺だって今回は人形抱えて木の上に登ってずっと待たされたんだぜ。九能市が周囲の
 死角に入ったところで木の上から人形抱えて飛び降りて、後は息を殺して木の幹に張り付き光学・
 霊能迷彩マントで隠れていただけだがな……」

 九能市だけ褒められたのが何となく気に入らない雪之丞。
 雪之丞が語ったとおり、ハーピーが狙撃した美神は爆薬を仕込んだ傀儡人形であり、入れ替わりに木の上へと跳躍した九能市が霊糸を使って樹上から操っていたのだ。
 これぞ忍法・傀儡の術である。

「いや、雪之丞に人形遣いの素質があるとはさすがに思えなかったんでな。でもこの策は二人一組で
 呼吸を合わせないと上手くいかない。そう言う意味では雪之丞も大変だったろう。お疲れさま」

 一応、雪之丞にも労いの言葉をかけておく。
 雪之丞に拗ねられたって嬉しくも何ともないからだ。
 その言葉に機嫌が直る雪之丞。

「さあ、後はこのハーピーの死亡を確認して一件落着だな」

 そう言いながら魔法陣のさらに外側に文珠を幾つか置いていく横島。
 その姿が雷光によって鮮やかに浮かび上がるが、全員の表情は真剣そのものだった。
 そして作業をしながら何も喋らないようにと身振りで二人に伝える横島。
 そのサインに頷く雪之丞と九能市。

「では捕縛魔法陣を解除するか」

 いつの間にか愛刀飛竜を手にした横島の言葉と共に、魔法陣はその光を失い内部に閉じこめられていた煙が雨の中を拡散していく。
 煙が晴れたそこには、雨に打たれる体中が黒く焦げたハーピーが倒れていた。
 しかし俯せに倒れているのでその顔は見えない。

「へえ……」

「ええ…まだ生きていますわね」

 だがそれが擬態である事を即座に看破する雪之丞と九能市。

「下手な芝居はやめたらどうだ、ハーピー!」

 そう言って五寸釘を投げる横島。

 ザッ!

 倒れていたハーピーが跳ね起きて五寸釘をかわす。
 それを見ても驚かない横島達。

「くっ…なぜわかったのさ!?」

 悔しそうに吐き捨てるハーピーだが、その身体はあちこちが焼けただれ、かなり酷い火傷を負っている。
 さらには昨夜横島の黒塗りの五寸釘によって穿たれた傷が開いたのだろう、腹部からの出血は結構酷い。
 顔にも幾筋もの血が流れている。
 その血が雨でゆっくりと洗い流されていく。

「下手くそな演技だったからな。だが死ななかったとはいえ、もはや戦う力は残っていないだろう?
 自分の運命は自分で決めろ。ここで潔く自決するか、逃げようとして俺達に倒されるか、どちらか
 だがな」

 冷たい表情でそう言い放つ横島。
 既に雪之丞は魔装術を、九能市は霊刀ヒトキリ丸を構えて戦闘準備は完了している。

「その羽に魔力を集めて爆発から身を守ったのは見事だ。しかしその羽ではもはや飛べまい。お前は
 自分の最大の武器を失ったのだ!」

 そう言って飛竜を正眼に構えて殺気を開放する。

「あたいも誇り高き魔族の一員さ! 最後を見苦しくなどしないじゃん!」

 そう叫びながら横島に飛びかかるハーピー。
 爪なり牙なりでせめて一矢報いようとしているのは明らかだった。

「さらばハーピー。静かに滅せよ…」

 そう言って左掌に霊力を集約し、集束霊波砲を放つ横島。
 そのエネルギー・ブレッド状の霊波は弾丸のようにハーピーの身体を貫く。

 ドンッ!

「グハッ…!!」

 断末魔の一言を残して崩れ落ちるハーピー。
 完全に霊基構造が破壊され、その遺体は静かに分解を始める。
 その光景を静かに見詰める3人。

「終わったな……」

「ああ、これで美神さんを狙う魔族は当分現れないだろうな……」

「でもさすがですわ、横島様。全て作戦通りですわね」

「魔族は大抵、人間の事をなめてかかるからな。俺達が非力な存在だと思って高をくくっている
 のさ…。そこに付け入る隙が生まれるっていうのにな」

 身体が完全に消滅し、もはやハーピーがこの世に存在した事を示す物は何一つ無い。
 横島は万が一のために、周囲に配置した逃亡阻止用の文珠を回収する。

「さて、雨が激しくなってずぶ濡れになる前に、傘を買って美神さん達を迎えに行こうか」

 その一言で動き出す面々。
 こうして時間移動能力者の暗殺を任務とする魔族・ハーピーとの戦いは終わりを告げた。





 それから2時間後、連絡を受け唐巣の教会から自分の事務所に戻ってきて事の次第を話された美神は、自分が活躍できなかった事に悔しさを覚える物の、無事に過去の自分を護り切った事に安堵していた。
 まあ、横島の文珠によって子供のれーこが眠り続けたため、子供のお守りをしなくてもよかった事が一番嬉しいのは内緒だ。

「じゃあ、ハーピーは間違いなく倒したのね?」

「ええ、それはもう確実に!」

 きっぱりと断言する横島。

『よかったですねー、美神さん』

 眠っているれーこの傍に付いていたおキヌも嬉しそうに言う。
 横島としてもれーこが起きる前に全ての片をつける事ができて安心していた。
 子供のお守りなんて横島も雪之丞も九能市もごめんなのだ。
 既に二人は美神達の無事を確認し終わるとさっさと退散している。

「それで美神さん、今回の事件ですが…依頼者は美神さん本人でいいんですよね?
 それともお母さんですか?」

 にこやかに話題を変える横島。
 それに対してキョトンとした表情の美神。

「忘れましたか? 俺も一応GSなんですよ。しかも魔族とか強力な敵専用の……」

 その言葉を聞いて、横島が特SクラスのGSであることを思い出した美神。

「それって……依頼料(ギャラ)の話かしら…横島君?」

「ええ、いやあ…俺も漸くプロのGSとして初仕事を完遂する事ができましたよ。しかも今回は美神さん
 そっくりの人形を作りましたからね。その制作費を考えると……美神さんが普段貰っている仕事料
 程度は問題ないですよね?」

 初仕事の達成感によって珍しくにこにこ顔の横島と、何故か急に深刻な表情になった美神。
 その様子をおキヌが不思議そうな顔で見ている。
 美神は頭の中で料金算定の計算をしていた。
 何故ならハーピークラスの魔族と死闘を繰り広げるような仕事の場合、普通のGSの相場ですら数百万円ということはない。
 どんなに低くても1千万円は取るのが普通だ。
 ましてや美神であれば、おそらく数千万円。下手をすると億単位で吹っ掛けるかもしれない。

「いやあ…うれしいなぁ。これで両親にも胸を張ってプロだと言えますよ。あっ! 小竜姫様にも何か
 買ってあげなくちゃ! これまで世話になりっぱなしだったからなぁ……」

 心の底から嬉しそうに話す横島に、何とかゴネてチャラにしようとしていた美神はガックリと肩を落とす。
 初仕事の達成感に喜び、親や師匠に礼をしようとしている横島相手に無様な真似はできないと思ったからだ。

『はあ〜、今回は仕方ないわね…。ほとんど横島君の作戦通りで上手くいったし、私のために二人の
 弟子まで動員して徹夜で警護してくれたんですものね……』

 そう考えて顔を上げると横島を見詰める美神。

「そうね。やっぱり私本人と言う事になるわね。じゃあ今回のギャラは1千万円でいいかしら?」

「はい、ちょっと高いみたいにも感じますが、相場がそうなっているみたいですね。ありがとう
 ございます」

「じゃあ明日には貴方の口座に振り込んでおくわ。口座番号を教えて頂戴」

 美神の言葉に料金振り込み用の口座番号を教える横島。
 こうして全ての用事を終えた横島は美神の事務所を辞し、自分の事務所に戻るために最寄り駅へと歩き始める。
 しかし暫く歩くと立ち止まり、振り返らずに横のビルの谷間に身を潜めている人影に声をかける。

「何か俺にご用ですか、美神美智恵さん?」

「さすがね…私が暫く前から来ていて様子を伺っていた事もわかっていたって言うわけ?」

 そう言って姿を現したのは美神の母親、過去から時間跳躍してきた美智恵だった。

「ええ、先程落雷がありましたからね。本当はハーピーと闘っている時にこちらに着いていたんで
 しょう? どのあたりから見てたんです?」

 そう言ってゆっくりと美智恵の方を向く横島。

「貴方が捕縛結界の周りに文珠を置いていた辺りからよ。ハーピーが舞い戻ってくるなんて私の
 ミスだったわ。それにしても見事にハーピーを倒したわね。一体どうやってあそこに追い込んだ
 のかしら?」

「事の次第は全部美神さん…貴女のお嬢さんに話してありますよ。彼女が今回の依頼者ですから」

「そう…。ところで貴方は何者なの? 見たところかなりの霊力…私や令子でも勝てない程の霊力を
 持っているわ。しかも、あの伝説の文珠まであれ程自由自在に使いこなすなんて……。
 それにハーピーとの戦いで見せたエネルギーを集束させた霊波砲に、異常なまでに高い霊力を
 放つ霊刀まで……。貴方は一体何者なの?」

 そう言って真剣な表情で見詰める美智恵。
 その目は横島が敵なのか味方なのかを計ろうとしている。

「俺の名は横島忠夫。一応今年のGS試験に合格して、試験の時の対魔族戦での功績を認められて
 特Sクラスとやらにされました。現在の住所は東京にある事務所兼住居となっていますが、
 実際には妙神山修業場に住んでいます。俺の師匠は龍神の小竜姫様ですんで、基本的には神族
 上層部の意向で動く事が多いですね」

「貴方は神族の…小竜姫様の弟子なの?」

「ええ、この約1年間修行をさせて貰いましたからね。まあ独学で中学の3年間も修行の真似事は
 してましたよ」

 そう言ってクスリと笑う。

「1年間も妙神山に籠もって修行していたの? じゃあ高校は?」

「行ってませんよ。最初から…中学を卒業したら妙神山で修行しようと考えていましたからね。まあ、
 そのうち大検でも受けますよ」

 神族の直弟子だと言う事にも驚かされたが、修行のために高校にすら行かず日々鍛錬していると聞き目を見開く。
 そんな美智恵の様子を平然と見詰める横島。

「全く…呆れる程凄い力を持っているのね、貴方は……。じゃあ貴方が見せたあの技は神族が使う
 技なの?」

 美智恵の質問は段々と核心に近付いていく。

「ああ、あれは念法の初歩ですよ。念法と言っても貴女には馴染みのない単語でしょうね?」

「念法…? 聞いた事が無いわ……。でもあれ程霊力をうまくコントロールするのは初めて見たわ」

「ああ、それはそうかもしれません。念法は神族や魔族の技と言うよりは、むしろ仙術に近い物です
 からね。神族でもある程度以上使いこなせるのは小竜姫様ぐらいじゃないかな?」

 何でもない事のように答える横島に目眩にも似たものを感じてしまう。
 とんでもない事を、本当に何でもない事のように言ってくれるのだ。

「貴方は強いわ……。できればこれからもあの娘を護ってあげて欲しい…」

「美神さんをですか? 残念ながら俺には心に決めた人がいます。まあ…同僚としてなら引き受け
 ますがね…」

「それでも構わないわ。あの娘はこれから多くの試練を受ける事になる。おそらく一人では乗り越え
 られない」

 そう言って娘の事を心配する美智恵は、どこにでもいる普通の母親の顔をしていた。

「大丈夫ですよ。美神さんの周りには親友もいますし、そのうち初恋の人も戻ってくるでしょう。貴女が
 思う程弱くはありませんよ」

 逆に美智恵を励ます横島。

「それより……雷は通り過ぎちゃいましたよ? 一体どうやって子供の美神さんを連れて過去へと
 戻るんですか? 幾ら貴女が時間移動能力を持っているからって、貴女だけの霊力では到底
 不可能です。貴女は雷の電気エネルギーを自分の霊力エネルギーに変換する能力を持っている。
 それこそが貴女の最大の能力ですね?」

 美智恵の隠していた能力をズバリと当ててみせる横島に一瞬恐れを抱く。
 だが彼はそんな美智恵の心情に何ら興味を示すことなく、スッと向き直ると歩き始める。

「暫くは大きな事件は無いでしょう。俺は明日からまた妙神山に籠もります。貴女も早く元の時代に
 戻る事をお勧めします」

 そう言って後は全く振り返らずに歩み去る横島。
 美智恵は横島を黙って見送ると、久しぶりに会う(筈の)我が子の元へと向かうのだった。




(後書き)
 短いですが「母からの伝言」編はお終いです。
 天竜童子編、GS試験編と、私が好きだった白土先生の忍者漫画の術を使ってみたかったので、かなり重要な局面で忍者技が出てしまいました。
 これからもその傾向は続くと思いますが、なにとぞご了承を……。
 次回からは順番を変えて「死津喪比女」編をお送りします。


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