フェダーイン・横島

作:NK

第20話




「それで…次に雷が鳴るまで帰れなくなったってーのね?」

 半分嬉しそうに、半分は面倒くさそうに頬杖をつきながら口を開く美神。
 ここは美神令子の自宅マンションである。
 雷が通り過ぎてしまって帰れなくなった美智恵が、3歳の令子を伴って昨日から滞在している。

「そういうことね。でも大丈夫よ、3歳の令子の面倒は私がちゃんと見るから」

「そりゃー当たり前よ! 私は子供なんて大っ嫌いだし、面倒なんて見てらんないわ!」

 それだけは絶対に嫌、と凄い剣幕で美智恵に詰め寄る。

「あらあら、そんな事言って…。貴女だって結婚して子供産んだら嫌でもやらなくちゃいけない
 のよ?」

「いーわよ私は! 当分結婚なんてしないから!」

「まあ、貴女もまだ二十歳だからね…。急ぎなさいとは言わないけど、ある程度いい男の目星は
 つけて置いた方がいいわよ」

 そう言って真剣な表情で娘を見詰める美智恵。

「貴女…あの横島君って男の子のことどう思ってるの?」

「へっ…? 横島君…? ああ、なかなか頼りになるわよ、彼。何しろ霊力は基礎だけでも私の倍
 近いし、念法の免許皆伝だしね。知ってる? 念法って自分の持つ霊力と同じ出力以上の
 エネルギーを攻撃や防御に廻せるのよ。彼は全てのチャクラを廻せるから大体7倍ぐらいまで
 霊力を増幅できるんですもの」

 美智恵の意図する事とは食い違った回答をする美神。

「違うわよ…この娘は全く……。そう言う事じゃなくって、男としての横島君をどう思っているかよ」

 言い直した美智恵の言葉に僅かに頬を赤くする美神。

「そ、それは…結構イイ線いってるとは思うけど……でも駄目よ! 横島君は小竜姫とデキてる
 みたいだもの」

「はあ〜。成る程…ライバルは神族っていう訳ね…」

 確か妙神山で一緒に暮らしているとか言ってたわね、と思い出してため息を吐く。
 心に決めた人がいるとも言っていたが、それが小竜姫のことなのだろうか?
 女としての魅力はともかくとして、意地っ張りで素直になれない娘の性格からして、相手がそういう形で一緒に暮らしているとなると太刀打ちするのは難しいだろう。

「ふー…。あの彼は結構良い相手だと思ったんだけどね……」

「まっ、あんな修行バカなんかじゃなくて、もう少し俗世の楽しみを満喫するような相手を
 見つけるわよ」

 そう言って仕事に行くべく立ち上がる美神。

「そうね、行ってらっしゃい。それから…貴女が帰った時に私はいないかもしれないけど…元気で
 やっていくのよ」

 その母の一言にコクンと頷く美神。
 こうして数年ぶりの親子の出会いは、美神に大事な人と触れ合える事の素晴らしさを再認識させたのだった。






「さて…元始風水盤作戦って誰かが代わりに実行しようとするのかなぁ……?」

 1日の修行が終わり各々が自室へと戻ったところで、横島がポツリと呟く。
 その呟きを聞いているのは久しぶりの月夜を一緒に見ようと隣を歩いている小竜姫だけだった。
 今年は7月中旬となっても未だ梅雨が明けきっていないため多少蒸し暑いが、久々に雲が切れており月齢も都合が良かったため、月夜のデートとなったのである。

「わかりませんが…多分実行しようとするでしょうね…」

『私はヨコシマ達の記憶でしか知らないけど、あれだけの成果が望めればやると思うわよ』

 そんな事を話しているうちに目的の場所に着き、岩に腰を下ろして空を見上げる横島と小竜姫。
 端から見ると恋人同士のデートにしか見えないが、話している内容は世界の命運が掛かっているような重大事である。

「やっぱりメドーサをさっさと倒しても実行しようとするんだろうな…」

 ひょっとしたら、という期待が微かにあっただけに残念そうな横島。

「雪之丞さんも九能市さんも、未だ少し意識を集中しないとうまくできませんが、概ね第2チャクラの
 制御が可能になりました。我々の記憶通りにあの事件が起きるとすれば、もう少し時間があります
 から何とか強化もできるでしょう」

『そうね。後2週間もあればあの二人は大丈夫だわ。それよりも問題は美神さんね。第1チャクラは
 問題なく制御可能になったけど、第2チャクラの制御にはまだまだ時間が掛かりそうじゃない……』

 ルシオラの意識が言うように、美神は6月も終わろうかという頃になって漸く完全に第1チャクラを制御できるようになった。
 この分では第2チャクラをある程度制御できるようになるのは、おそらく秋めいてきた頃になるだろう。
 ちなみに小笠原エミの方は、第2チャクラまでは戦闘時でも完全に制御下に置けるようになっている。
 第3チャクラを使えるようになるには、やや年齢が上の事もあって難しいだろうが修行を続ければ今年中には何とかなりそうなのだ。

「美神さんが意外に念法には向いていないんだよなぁ……。エミさんは予想以上に相性が良くって
 順調なんだけど」

 最近はタイガーまでエミに連れてこられて念法修行を開始している。
 その事がまた、美神を不機嫌にさせ焦らせもしているのだ。
 このままではエミの事務所に水を開けられると思っているのだろう。
 タイガーはというと、これが意外にスジが良かった。
 ハーピー事件の直後から修練を開始して何とか第1チャクラを意識して使えるようになってきている。
 タイガーの精神感応能力は、出力が高くなれば相手の精神を破壊する事すら可能な力を持っており、その分横島も小竜姫も慎重に修行をつけている。

 こうして着々とアシュタロス戦に向けて人間側の戦力を強化していた横島達だったが、記憶通りなら元始風水盤事件が後1〜2ヶ月以内に勃発する。
 今回ばかりは相手となる敵の情報を持っていないので、出たとこ勝負になる可能性が高い。
 なるべく万全を期しておこうと思う横島は、最近この件で悩む事が多くなっていた。

「第2チャクラの制御が完全になったら、記憶と同じように雪之丞に香港に行ってもらおうかな」

 ポツリと呟く横島。

『でも敵の正体がわからないから、雪之丞さん一人では心配じゃない?』

「そうですね。やはり諜報活動の専門家でもある九能市さんにも行ってもらいましょう。私はあそこ
 まで遠い場所では活動できませんし…」

 そう言って寂しいというか悔しそうな表情の小竜姫。

「フッフッフッ…。こんな事もあろうかと! 俺がいい物を作っておきましたよ!」

《ああ〜一度でイイから言ってみたかったんだよ、コレ!!》

『ちょっとヨコシマ! それって私の台詞じゃない! この台詞は技術屋のロマンなのよっ!!』

 内心で悦に浸っている横島に、技術屋として昔から言いたかったこの台詞を盗られたルシオラが叫ぶ。

「うっ…悪かったなルシオラ。でも俺も一回ぐらい言ってみたかったんや〜」

『でもでも…私だって言いたかったのに〜!』

 珍しく取り乱し気味のルシオラに、軽い気持ちで台詞を盗ってしまった事をちょっとだけ後悔する横島だった。

「横島さん……」

 小竜姫の悪戯っ子を戒めるような視線が痛い。

「あ〜悪かったよルシオラ。ほら、後の説明は全部お前がやっていいから…」

 一気に機嫌が悪くなってしまったルシオラの意識を宥め謝る横島。

『…本当? 全部私が“説明”していいの?』

「ああ、構わないから機嫌を直してくれよ〜」

『じゃあ…今回だけは許してあげる』

 良く分からない痴話喧嘩を経て小竜姫が見せられたのは、文珠を利用して作られたネックレスだった。

「これは…文珠ですよね?」

『ええ、平行未来でのヨコシマの技を思い出して作ってみたの。元のアイディアはヨコシマなんだけ
 どね』

 ルシオラの方はきちんと横島の成果も平等に伝えている。
 再び肩にのし掛かる罪悪感が増す横島。

「えーと、2個の双文珠を結ぶ線を中心として、それぞれ12個ずつの単文珠が配置されているん
 ですね。でも既に念は込められているようなんですけど、なぜ文字が浮かんでいないのかしら?」

『今、文字を見えるようにするわね』

 そう言って隠蔽術を解除するよう、横島に頼むルシオラ。

「これは…『補充』と『制御』、それに『貯』の文字ですね。ひょっとするとこのネックレスは…?」

『ええ、元々はアシュ様との戦いを想定して作られたモノよ。アシュ様は必ず妨害霊波で神、魔族の
 エネルギー供給を断って、その動きを封じようとするわ。その時小竜姫さんが活動するための
 霊力源を何とかする事が目的なの』

 そう前置きして説明を始めるルシオラ。
 その声は妙に嬉しそうであり、自分の発明品をとくとくと説明する科学者や技術者特有の雰囲気を醸し出していた。
 しかも横島の身体もそれに応じて、ルシオラの説明したい部分を指差したり、ホワイトボード(どこから取り出したのかは謎)に文字や記号を書いたりしている。

「ようするに、これは霊力を蓄えておくタンクなんですね?」

『そうよ。この単文珠1個が大体15,000マイトの霊力に相当するエネルギーを貯蔵しているの。
 それが全部で24個あるから、戦闘のような霊力を激しく消耗させるでき事がなければ、3ヶ月
 ぐらいは冥界とのチャンネルを断たれても大丈夫なわけ』

 説明は全部任せると約束したので、横島は口を挟まず黙って頷いている。

「すごいですね。これに使われている文珠は横島さんが全部作ったんですよね?」

「ええ、ちょっと時間が掛かっちゃいましたけど、これで小竜姫様も妙神山を離れて海外にも行ける
 でしょう。まあ、何と言ってもアシュタロス戦の時に神族である小竜姫様を活動可能にするために、
 修行の合間にルシオラと一緒に色々試していたんスよ」

『24個の貯蔵タンクから一定に調節した霊力を補充させるために、『補充』と『制御』の双文珠が
 付属しているの。多分これでうまくいくと思うんだけどね。ヨコシマで試した限りでは問題
 なかったわ』

『貴女が知らなかったのは、その方が貴女がビックリすると思って私が黙っていたからです。
 やっぱりプレゼントの中身を事前に知るのは反則ですから』

 教えてくれなかったもう一人の自分に(珍しく表に出てきた)ちょっと拗ねた意識を送ったものの、ネックレスの役割とその目的を聞いて小竜姫の眼に涙が込み上げてくる。
 嬉しかった、ただ嬉しかった。
 横島が自分のために色々考えていてくれた事が…。
 自分を大事に思ってくれる事が…。
 だから気が付いた時には、至極自然な行動として横島に抱き付きその胸に顔を埋めていた。
 横島は少し戸惑いながらも、そんな小竜姫を優しく抱き締め返し髪を撫でる。
 暫くして漸く顔を上げた小竜姫はジッと横島を見詰める。
 その瞳に浮かんでいる期待を察知したルシオラは、声を出さず頭の中だけに聞こえるように横島を即す。

『ほら!早く掛けてあげなさいよ、横島』

 その言葉に背中を押されて、少し照れながらも小竜姫の首にネックレスを掛けてあげる。
 小竜姫の表情は歓喜に満ちており、ネックレスを見詰めた後に眼を閉じてスッと横島に顔を向ける。

《こ、これって…キスしたいって言ってるんだよな? うむむ…やりたい! 俺だって小竜姫様と
 キスしたい! で、でも…ルシオラはまだ生まれてもいないんだ! それはフェアじゃない!
 うぅぅ…だけど……》

 平行未来の横島の魂と融合していない本来の彼なら、絶対に考えなかったような事で悩んでいる横島。
 両手の指は頭脳とは独立して意味もなくワキワキと動かしながら、彼女の肩を掴むかどうか迷っているようにも見える。
 だがそれを解決したのは、やはり頭の中に響いてきたルシオラの声だった。

『今回は仕方がないわ…。小竜姫さんに恥をかかせちゃ駄目よ。ちょっと悔しいけど目を瞑って
 あげる』

《済まない、ルシオラ》

 そう心の中で謝りながら腕を小竜姫に軽く廻すと、月光の照らす中で彼女の桜色で可憐な唇に口づけをする。
 女神様と交わしたファーストキスは初心者同士のキスに過ぎなかったが、彼の心に長く残る物となった。

「7月とはいえ夜中は冷えますよ。そろそろ帰りましょうか」

 口づけの後、ずっと横島にもたれ掛かって月を眺めている小竜姫に声を掛ける。
 横島としてもずっとこうしていたいところなのだが、弟子がいる以上明日の朝も早い。
 名残惜しそうな横島の口調に笑顔を見せて身体を離す小竜姫。

「そうですね。これで風邪など引いたら雪之丞さん達に何を言われるかわからないですもの」

 クスクスと笑う小竜姫を可愛いと思いながら、寄り添って宿坊へと戻る二人を月だけが見ていた。



「今日はごめんよ、ルシオラ」

 ベッドに寝ころんだ横島は、自分の魂と同化しているルシオラの意識に話しかける。

『いいわよ。私だってあの状況になったら我慢できないだろうから……。でも今日の事はあくまで
 特別よ! 私が同じスタートラインに立つまでは待って欲しいの…』

 ルシオラの声は怯えてるようでもあり、切実に訴えかけるようでもあった。
 そんな彼女の想いを理解した横島の心に愛おしさが溢れてくる。

「ああ、でもなるべく早くこの世界のルシオラに会いたいな。そして願わくば共に歩いていく存在に
 なって欲しい」

 それは心からの想い。
 叶えられるかどうかは宇宙意志のみぞ知り得る、幾つにも分岐し得る揺らぎを持つ未来に強く望む願い。
 そのためにこそ、彼は苦しい修行を行っているのだ。

『今日はありがとう、ルシオラさん。そして…ごめんなさい』

 不意にルシオラの意識に伝わる小竜姫の言葉。

『いいのよ小竜姫さん。でも私だって必ずヨコシマと肉体を通して触れ合ってみせるわよ』

 そんな二人の会話も、すでに夢の中へと没している横島には聞こえなかった。 
 妙神山は平和な一時を彼等に提供していた。






 8月も後半に入り、学生達も宿題や前期試験の勉強に追われ始める時期。
 夏場はほとんど妙神山に籠もって修行に明け暮れていた横島達。
 高度が高い妙神山は高原と同じで夏は涼しいのだ。従って蒸し暑い下界などに降りたくない、というのが人情であろう。

『雪之丞さんも九能市さんも第2チャクラを完全に制御できるようになったわね。これでGSの戦力は
 大幅に強化された事になるわ』

 実戦形式で激しく闘う二人の弟子の稽古を見守る横島に話しかけるルシオラの意識。
 幸い少し離れている事と、稽古に集中しているために二人には聞こえていない。

「そうですね。もう第2チャクラまでなら何の不安もありません。余程強力な悪霊でない限り、除霊で
 後れを取る事はないでしょうね」

 横に立って見守る小竜姫も呟く。
 現在の二人の能力は次のようになっている。

 伊達雪之丞
  基礎霊力:90マイト
  チャクラ全開時:180マイト
  魔装術使用時:通常135マイト、チャクラ全開時270マイト(1.5倍)

 九能市氷雅
  基礎霊力:70マイト
  チャクラ全開時:140マイト
  念法によるヒトキリ丸での霊力増幅:その段階での自分の霊力と同出力

 おまけ

 小笠原エミ
  基礎霊力:80マイト
  チャクラ全開時:160マイト
  霊力付与術:最大40マイト(ブーメランに自動付与。自分の霊力を上乗せする事も可能)
  霊体撃滅波出力:通常時88マイト,チャクラ全開時176マイト(1.1倍)

 美神令子
  基礎霊力:85マイト
  チャクラ全開時:100マイト(第2チャクラを不完全ながら廻す事が可能)
  念法による神通棍での霊力増幅:その状況での霊力の7割

 タイガー虎吉
  基礎霊力:50マイト
  チャクラ全開時:50マイト(だが精神感応能力を安定して長時間使用可能)

「まあ、二人ともGSというか、人間としては反則みたいな強さになってしまいましたからね。エミさんも
 予想外に伸びていますし、美神さんも何とか伸びてます。これで俺がいなくても普通の相手なら
 やられる事はないでしょうね」

 二人の言葉に頷く横島。
 これでいきなり3人娘(この世界でのルシオラ達)が登場でもしなければ、元始風水盤事件は乗り切れるだろう。

「でも、未だ暫く魔族達は動きそうもないね。それなら今のうちにやっておきたい事があるんス
 けど……」

 軽い口調で言う横島だったが、なぜかルシオラの意識と小竜姫に緊張が走る。

「横島さん、浮気は駄目ですよ!」

『ヨコシマ! ナンパなんて許さないわよ!』

 いきなりな事を言われてちょっと落ち込む横島。

「そ…そんな事しませんよ〜! こっちの世界で俺の大事なルシオラと出会ってないのに、そんな事
 するわけないでしょーが!」

「ふふふ…冗談ですよ、横島さん。し・ん・じ・て・ますからね♪」

『クスクス…わかってるわよヨコシマ。死津喪比女の事ね』

 からかわれているとわかっていても反応してしまう自分を、少しだけ情けなく思っているのは秘密である。
 だが二人はちゃんと横島が考えている事を理解していた。

「人が悪いなぁ…、そうやってすぐからかうんだから…。まあ、わかってるとはさすがっスね。あいつ
 があの時みたいに覚醒するととんでもない被害がでますから」

 話の途中から情けない表情を瞬時に真剣な物に戻して告げる。

『でもヤツの本体は地中深く潜んでいるわ。それを直接攻撃する事は難しいわよ』

「それに死津喪比女の魔力は相当な物です。出力だけなら数千マイトは軽くいってるはずですよ」

 横島の思いを知りつつも、冷静に敵の能力や戦力を分析する二人。

「でも、まだヤツは力を取り戻してはいないはずだ。今なら周囲に被害を出さずに倒す事ができる」

「そういうからには、横島さんには何か策があるのですね?」

 覗き込むように様子を伺う小竜姫に頷く横島。

「今の俺なら、地中に潜んでいるヤツの場所を心眼でつかむ事ができます。場所さえわかれば、
 ルシオラの知識と俺の技を使って一気に倒せると思いますよ」

 横島の言葉に納得したのか、声を大きくするルシオラの意識。

『なるほど! 空間転移魔法陣を使おうっていうのね、ヨコシマ! 確かにあれを使えば文珠を直接
 ヤツにぶつけられるわ!』

 自らの魂に一緒にいる相棒の察しの良さに満足する横島。

「確かにそれなら死津喪比女を倒せますね。『滅殺』や『枯死』という双文珠を魔法陣で直接叩き
 付ける訳ですから……。でも死津喪比女も完全ではないといえ、察知すれば相当抵抗しますよ」

 頷きながらも心配そうな表情を見せる。
 そうなれば横島は、魔法陣の制御と最大出力を込めた文珠の作成に神経を集中しなければならない。
 その間、死津喪比女の攻撃から横島を護る戦力が必要なのだ。
 今回の件では、神族上層部の眼もある事だから自分は付いていけない。
 自分の手で横島を護る事ができないので不満を感じる小竜姫。

「大丈夫ですよ小竜姫様。雪之丞と氷雅さんにも実戦を経験させないといけませんから。今は未だ
 神界上層部に睨まれるわけにはいきませんから、小竜姫様は妙神山で待っていてください」

 表情から彼女の心情を推し量った横島は、優しげな表情で小竜姫を説得する。
 暫く見つめ合っていた二人だが、ふう、とため息を吐くと頷く小竜姫。

「わかりました。今回は大人しく待つ事にします。でも……必ず無事に帰ってきて下さいね!」

 そう言う小竜姫の心情は、彼女の瞳に宿る光を見れば明白だった。
 横島の実力を知っている小竜姫は、横島が必ず勝つであろうと疑っていない。
 しかし、そんな冷静な自分の他に、ただただ横島の身を案じてしまう自分がいるのだ。 
 その瞳に見て、自分が大切に想われている事を改めて知る横島。

「大丈夫ですよ。俺だってこんな所で終わるわけにはいかないっスからね」

 力強く頷いた横島も、決意を込めた眼差しで小竜姫を見詰め返す。
 何やら甘いムードが漂いだし、二人だけの空間(端から見ると)が形成されそうになったところでふと視線を感じて顔を動かす横島。
 そこには、少し離れてジッと固唾をのんで見守る二人の弟子の姿があった。

「あらっ…気が付かれましたわ」

「ちっ! なかなか鋭いな。さすがは師匠というべきか…」

 つまらなそうに呟いて視線を外す弟子二人。

「あ、あなた達! 組み手はどうしたのですか!?」

 ややばつの悪そうな表情で、誤魔化すかのように大きな声を上げる小竜姫。

「いや…もうとっくに終わったんですけど……」

「声を掛けようとしたら、既に二人の世界に入ろうとしていたんですわ」

 尤も、そんな事で誤魔化されるようなタマでない二人は呆れたように答える。

「あー…二人に重要な話があるんだ。ちょっとこっちに来てくれ」

 こちらは話題を転換する事で誤魔化そうとしているのだが、そう言われては雪之丞と九能市も意識を変えざるを得ない。
 渋々と近寄ってくる。

「実は…かなり強力な妖怪と闘わなければならなくなりそうだ」

 そう切り出して美神のところにいるおキヌの話をし始める横島。
 おキヌが300年前に死んだ巫女の幽霊である事。
 しかし、人骨温泉付近で悪霊化もせずに綺麗な魂のまま300年間も幽霊をしてきた事が普通ではあり得ないという事。
 美神の話だと地脈と繋がっていた事から、何らかの霊的システムの一環として生け贄に供されたのではないかと思われる事。
 そろそろ雪之丞達の修行が一段落したことから、以前から気になっていたこれらの事を調べに行こうと思っている事。
 などを説明する横島。
 途中から真剣な表情で聞いていた二人は、横島の『どうする』という問いかけに即座に答える。

「行くに決まってんじゃねーか! あのおキヌって幽霊は素直な良い子だしな!」

「これまでの修行が無駄ではなかった事を確認する意味でも、是非ご一緒させていただきますわ!」

 まあ、訊くまでもなかったか、と思いつつも口を開く横島。

「だが、俺の予想が当たっていれば、そんなに大仰な霊的システムを使って封じ込めようとした妖怪
 なんだから、かなり強力な筈だ。何の対抗策や装備を持たずに赴く事は自殺行為に等しい。装備
 の準備を進めると共に、情報を収集しないといけない。それに…依頼者は誰もいないから
 ただ働きになる」

「んな事は関係ねーよ。別に俺は金のためだけに闘ってるわけじゃねーからな」

「それに私達の修行が一段落するまで待っていたという事は、横島様一人では難しいし、小竜姫様
 も何らかの理由で手を貸せないということですのね? でしたらどうあってもご一緒して共に闘わ
 せて頂きますわ!」

 その言葉に少し嬉しそうに頷く横島。

「明日から東京出張所で寝泊まりをして行動開始だ。装備はこれから選ぶから付いてきてくれ」

 そう言って小竜姫と共に宝物殿の方へと歩き始める。



「思ったより軽いっスね…」

 そう言いながら龍神族の鎧を手に持つ横島。
 彼の場合、普段から龍神の籠手やヘアバンドを戦闘時には使用しているし、武器は霊刀飛竜を使っているので、防御面を重視して選んでいる。
 胴丸、袖、脛当といった具足を装着してみるが、その動きを全く妨げない出来の良さに感心する。
 甲冑としての形状は、密教で薬師如来を護る薬師12神将像などで見られるものに酷似している。
 これを着用していれば、物理的、霊的防御力は10倍近くアップするのだ。
 雪之丞は防御面での必要性を感じていないため、主に霊力を使った武器の方を選んでいる。
 ただ、魔装術で空を飛ぶ事は出来ないので、普段の横島のように小竜姫から龍神の装具(ヘアバンドと籠手)を借り受けていた。

「コレは何です?」

 五鈷杵を手にとって尋ねる雪之丞。

「ああ、それは密教で言う五鈷杵の形をしていますが、両側から霊波刀を出す事ができる武具です。
 普通の霊能者ではすぐに霊力を使い切ってしまうので扱い切れませんが、雪之丞さんなら念法を
 使えるので大丈夫でしょう」

 小竜姫の説明に頷いてそのまま持つと外に出る。
 九能市は基本的に戦闘スタイルが横島と同じなので、横島と同じように防具を選ぼうとしているが、どちらかと言えば動きを妨げないライトアーマー的なものを装着している。

「本当に軽いですわ!これなら体術を妨げる事もありませんわ!」

 嬉しそうに言う九能市。
 結局彼女が選んだのは、魔族正規軍装備のボディアーマーに似た感じの鎧(胴丸)に籠手、脛当だった。
 軽装の部類に入るので、横島より早く装着し終わるとさっさと外に向かう。
 少しして横島がどうやら選び終え装着して外に出ると、雪之丞が五鈷杵の両側から霊波刀を出して様々な型を試していた。

「どうだ雪之丞?」

「こりゃ使い勝手が良いな。片側だけ出す事もできるし刃の長さも変えられる。格闘戦主体の俺には
 ピッタリだ」

「氷雅さんは?」

 そう言って首を廻したが、そこに九能市の姿はなかった。

「ありゃ? 小竜姫様、氷雅さんは?」

 横島の問いかけにスッと建物の屋根を指差す小竜姫。
 そこには建物の屋根から屋根へと跳躍している九能市がいた。
 まるで木々を渡り飛ぶサルのように動き回る九能市。
 やがてテストが終わったのか、横島の前に着地する。

「氷雅さん、猿飛の術が上達したね。それで防具はどう?」

「はい、申し分ありません。私のスタイルに合っていますからこれにしますわ」

 嬉しそうに言う九能市に頷くと、横島は小竜姫に向き直った。

「済みませんが、これらをお借りします。明日から行動を開始しようと思いますので、留守をお願い
 します」

 その言葉に頷く小竜姫。

「そうだ、言い忘れてたけど…人骨温泉に行く時はみんなに僧衣を着て貰うからな。甲冑を隠すには
 丁度良いし、地方で除霊みたいなややこしい事をするにはその方が誤魔化しやすい。半俗半聖
 ってことでいくぞ(高野聖のようなもの)」

 宿坊に戻ろうとする雪之丞と九能市に横島は言い忘れていた事を伝える。
 九能市は忍者だから僧の格好になる事は別に何とも思っていないが、雪之丞は横島が忍者の格好等、妙な姿になるのだけは悪い癖だと考えているので何となく嫌そうな表情だ。
 だが、確かに甲冑を着てそこいらを歩き回るのは目立つだろう。
 仕方がないか、と諦めたように頭を振る雪之丞。
 いよいよおキヌの呪縛となっている(本人は気が付いていないが)死津喪比女を倒すため、横島が動こうとしていた。




(後書き)
 さて、新章「死津喪比女」編です。
 原作では「スリーピング・ビューティー!!」ですからシロの登場する話の後なのですが、そこまで待つと死津喪比女が強大になる事が分かっている今の横島ならば
 先に手を打とうとするでしょうから順番を変えました。
 おキヌが暫く(かなりとも言う)未登場となりますが、どうかお許しを……。


BACK/INDEX/NEXT

inserted by FC2 system