フェダーイン・横島

作:NK

第22話




「すみません、今日から3泊で予約している横島ですが〜」

 ホテルのフロントで非常に目立つ僧衣のままホテルマンを呼ぶ横島。
 彼はあまり格好に頓着しないタイプなので気にしていないが、雪之丞はちょっと離れた場所で人目を避けようと無駄な足掻きをしている。

「はい、横島様……6名様で男性3名、女性3名の2部屋でございますね?」

 確認してくるフロントマンに訝しげな視線を送る横島。

「何かの間違いでは? 確か4名で予約したはずですが…?」

「いえ、昨晩のうちに2名増えたので変更したいとの連絡を受けております。お連れ様は既に
 おいでになっておりますが……」

 こちらも怪訝そうな表情を見せるフロントマン。

『さては……』

 そこまで話を聞いた横島が何事かに思い当たった時、聞き覚えのある声が後ろから聞こえた。

「あら、遅かったわね横島君。悪いけど先に部屋に入らせて貰ったわよ」

 絶妙のタイミングで掛けられた声に、横島以外の連れは驚いて振り返る。
 フロントマンに後は連れと一緒に行くから案内はいらないと断って、必要事項を書いて部屋へと向かう横島達。
 呆気にとられたような雪之状や九能市と違って、横島とエミはしてやられた、という表情で歩いている。

「何か言う事はないのかしら?」

 突然、悪戯が成功した時にも似た妙に浮き浮きした口調で問いかける美神。

「どうやら俺はおキヌちゃんを甘く見ていたみたいですね。それに貴女の事も……」

 少しだけ苦々しい口調で答える横島。

「ところで令子! おキヌちゃんは連れてきてないでしょうね?」

 横島の意図を把握しているエミが尋ねる。
 おキヌの名前が出てきた瞬間、先程の美神の勝ち誇った態度がなりを潜め、ばつが悪そうな雰囲気に変わる。

「はあ……押し切られて連れて来ちゃったんですね……」

 溜息と共に呟く横島。

「うっ!……だって、しょーがないじゃない! 元はと言えば横島君がおキヌちゃんにあんな事を
 訊いたのが悪いのよ」

「まさかおキヌちゃんが、あれだけの会話で俺の意図を見抜くとは思ってませんでしたよ。だけど
 今彼女が幸せなら、このまま何も知らせずに事を終わらせてあげたかったんですがね」

 いつもと違って暗い雰囲気の横島に微かに罪悪感が芽生える。

「私だってそう言ったわよ! でもおキヌちゃんは私達が思っているより強いわ。覚悟がある以上、
 彼女自身の事なんだから除け者にするわけにはいかないじゃない」

 自分だって連れてくる気など無かった。
 だがおそらく自分にも責任の一端があるであろう事は何となく気が付いていた美神は、おキヌに強く出られなかったし、西条の言葉にも逆らうだけの信念を持っていなかったのだ。

「来てしまった以上、何を言っても仕方がないですからもう言いませんけどね。でもこれで俺の予想を
 超えた被害が出るかもしれないな……。そうなるとここは一旦引き揚げた方がいいか…?」

「それは聞き捨てならないな。是非とも僕にも理由を話してくれないか?」

 部屋の前で佇んでいた長髪の男がやって来た横島達に話しかける。
 そうだった、この男もいたんだっけ……。ということは今回の実働部隊はオカルトGメンというわけか。
 西条の姿を確認した横島は瞬時に状況を把握するが、この世界では未だ一度も会っていない相手なので初対面を装わなければならない。

「どうやら美神さんとは顔馴染みの方のようですが、どちら様です?」

 完璧な演技で初対面らしい振る舞いをする横島。

「これは済まない。君とは初対面だったよね。僕は西条。令子ちゃんのお母さんの弟子で、今度
 日本に戻ってきてオカルトGメンの日本支部に所属している」

 そう言って握手を求めてくる西条に形式的に応える横島。

「俺は横島忠夫。すでに美神さんから聞いていると思いますが、小竜姫様の弟子で一応GSもやって
 います。今回の事はGSとしての仕事ではない事をまず言っておきます。貴方がこの場にいる事は
 好都合というか、貴方がいたために俺の計画が崩れたんで不都合と言おうか……
 悩むところですね」

 そう言って最後は肩をすくめてみせる横島の言葉で、今回の自分達の行動を横島が正確に推理していることに気が付かされる。

『予想以上だな……。霊能力は他の追随を許さないと言うし、洞察力や判断力も優れている』

 西条も横島という人物の評価を即座に修正していた。

「挨拶はすんだかしら? それじゃ中で詳しい話を聞かせて貰いたいんだけど」

 そう言って次の行動を催促する美神に従って部屋へとはいる一同。
 そこには何となく不安そうなおキヌが浮いていた。






「まずは謝っておこう。俺はおキヌちゃんを甘く見ていたよ。そこまで察しがよいとは思わなかった」

 荷物を置いて座った横島の第一声はこれだった。
普段の天然な反応を知っているため、横島の言う事に内心頷いている美神。
 だがあの時はどうしてもおキヌに確認を取らなければいけなかったのだ。

『そんなことありません!
 私、横島さんが私の事を思って、今回の事を秘密にしようとしたってわかってます。
 でも自分の事だからどうしても知りたかったし、除け者にされるが嫌だったんです……』

 強い意志を持ってここに付いて来たが、横島の自分への配慮を無にしたという自覚がだんだんと声を小さくしてしまう。

「今となっては言っても始まらない。これからの事を考えなければいけないんだから、おキヌちゃんが
 恐縮する事はないさ。でもこの場にいるからには、自分の身は自分で守る事と、何があっても受け
 止めるだけの覚悟が必要だよ」

『はい! 決してご迷惑は掛けません!』

 強い決意を持って頷くおキヌ。

「さて横島君。今回の事をきちんと話してくれないか? 僕でできる事なら協力は惜しまないよ」

 一段落したと見た西条が声を掛ける。

「どこから話せばいいですかね? まずは俺がおキヌちゃんと初めて会った時、違和感を覚えたって
 いうところからかな。彼女を見ていると、とても300年間も幽霊として過ごしてきたとは思えない
 善良さが逆に不思議だったんスよ。こんなに無垢な魂なら普通、よってたかった悪霊なんかに
 貪られてしまうはずですよね?」

「そう言われりゃそーね」

「確かにそれは不思議というか、普通はあり得ないワケ」

「それから暫くはメドーサの事とか色々あって考えてる暇がなかったんですけど、漸く雪之丞や
 氷雅さん、それに美神さんの修行が一段落して考える時間ができたモンで。それで色々考えて
 いくと、彼女が巨大なエネルギーを持つ地脈に括られていたと言う事を思い出したんです。
 と言う事は、邪霊を近付けないような結界も同時に施してあったんじゃないかとね」

「成る程、それで私と会った時の事を含めて、おキヌちゃんがどこまで覚えているのか確認した
 かったのね?」

「ええ、でもそれが藪蛇になりましたけどね。そこまで考えると、おキヌちゃんは何か霊的なシステム
 というか結界のような物のパーツだったんじゃないかと思い当たりまして。
 彼女自身、噴火を鎮めるための人柱だと覚えていましたしね」

「それを確かめるためにここに来たっていうわけだね?」

「そう言う事です。捜査は現場百回って言うでしょ?」

「それで君には敵の正体がある程度わかっているんじゃないか?
 だから先程、一回引き揚げようと言ったんだろう?」

 さすがに鋭い西条。

「お見通しのようですね、さすがオカルトGメン。まあ昔、つまり300年前の魔族や妖怪の動静を
 小竜姫様に確認しました。それで大体の敵の正体はわかりましたよ。だからエミさんに保険の
 意味も含めて助力を頼みました」

「それで敵の正体は何だっていうの?」

 美神が焦れて本題に入ろうとする。

「せっかちですね美神さん。敵の正体はおそらく死津喪比女という妖怪です。植物型の妖怪で、
 地脈に根を張りエネルギーを吸い上げて自らの勢力範囲を広げる恐ろしい敵です。
 300年前に江戸の街まで影響を及ぼしたそうです」

「そう言うワケ。令子がおキヌちゃんをシステムから切り離した事が、どういう影響を与えているかは
 未だわからないから、内緒で確認しに来たってワケよ。ひょっとしたら死滅しているかもしれない
 しね。まあ生きていた時の事も考えて色々準備はしてきたワケ」

 横島達から聞かされて敵の正体に思わず息をのむ美神と西条。
 横島が色々準備している事から敵はかなり強いだろうと予想していたが、それをも上回っていたようだ。

「それに俺達が心配したのは、もし死津喪比女が生きていてある程度復活していた場合、再び
 おキヌちゃんがここにやって来る事で行動を開始する事を恐れたんだよ。まあ、可能性と言う
 だけで確認はこれからだけどな」

「この段階ではなるべく相手を刺激したくなかったんですわ」

 そこまで話をされると、おキヌも自分の短慮な考えで事態をややこしくする可能性に思い当たって項垂れてしまう。

「そう言う事なんで私も今回はタイガーを連れてこなかったワケ。タイガーでは万が一の時に危険
 だからね」

「だがこうなった以上、事を急ぐ必要があるかもしれない。とにかくおキヌちゃんが死んだという場所
 に何かが残っている可能性があります。起きた事を悔やむのではなく、被害を最小限にする事が
 重要なんですよ。後悔は後でゆっくりすればいいんです」

 そう言って荷物から各種装備を取り出し始める横島達。
 エミは着替えるために女性用の部屋に行く。
 上着代わりの僧衣を脱ぎ捨て、てきぱきと四天王や神将の仏像に見られるような甲冑を装着していく横島。
 雪之丞はヘアバンドと籠手をあっという間に装着し、荷物から何やら小型の物を取り出している。
 別にレオタードまで脱ぐわけではないので九能市もその場で僧衣を脱ぎ捨て、ボディアーマーに似た甲冑(防具といった方が近い)を身に付けていく。
 美神や西条は装備を装着し終わった途端に、九能市と雪之丞から溢れ出る霊力驚愕していた。

「ちょっと横島君! その装備はどうしたの?」

「これは……すごい霊力を感じる。まさに神器というに相応しい代物ばかりだ……」

 横島からは普段の彼と同じぐらいの霊力しか感じなかったが、残る二人が身に付けている装備の霊力は想像を超えていた。
 あまりの霊力に圧倒される二人だったが、横島がそれに気が付いて口を開く。

「雪之丞と氷雅さん、穏行の術で霊力を抑えるんだ。それでは二人が敵に感知されてしまうぞ」

「うっ…すまねえ」

「はい……気をつけますわ」

 その言葉と共にすぐに霊圧は抑えられる。
 そして横島と九能市はお互いに甲冑の状態をチェックしていった。
 雪之丞は五鈷杵を眺め回すと再びそれをしまう。

「驚かせたようですね。これは神族の、厳密に言えば妙神山の宝物殿にあった防具や武器ですよ。
 今回の敵は能力が予想できないんで、用心のためにこちらも装備を固めたわけです」

「うーむ、それだけの物を準備していたから自分達だけでやろうと思ったのか…。小笠原君には
 何か渡しているのか?」

「ええ、彼女には俺の文珠を渡してあります。込めた念は『絶対』、『防御』の二つ。これなら大抵の
 事に対応可能ですから」

 その準備の良さというか、実際の戦いを始める前に可能な限り相手との戦力差を埋め、有利に持っていこうとする横島の基本的な考え方に感心する。

「西条さん、射撃は得意ですか?」

 そんな事を考えていると、唐突に訊いてくる横島。

「あ…ああ、ライフルでも拳銃でも得意だが…?」

 その答えを聞き、懐からカプセルを取り出す横島。

「この中身は死津喪比女が俺の予想以上に復活していた時のための保険です。エミさんに頼んで
 植物に感染して枯死させるカビに呪いを掛けてもらったんスよ。人間や他の動植物には無害だけ
 ど、これを食らった妖怪はひとたまりもありません。ライフルはエミさんに頼んで持ってきました。
 これで俺達が倒せなかったらお願いします」

 そう言ってカプセルを手渡す。

「わかったよ。最後の切り札は僕に任せてくれ」

 そう言ってライフルの弾丸に呪いの掛かったカビを注入する西条。

「さて、こうなった以上戦力を分散する事は危険です。仕方がないので全員で動く事にしますから
 覚悟してくださいね。あっ、それから美神さん。今回は勝手にやってきたんですから仕事の依頼
 じゃないですよ。だから料金は俺から出ませんからね」

 ウインクをしながら美神にとっての超弩級爆弾を落とす横島。

「なっ!? そうよねぇ……。元は私の不注意みたいだし…」

 報酬がないと言う事で一瞬顔色を変えるが、よくよく考えてみればその通りなので納得せざるを得ない美神。

「令子ちゃん、今回は横島君の言うとおりだ。それにこれはオカルトGメンとしても見逃す事は
 できない重大事態だ。今回は我慢してくれないか?」

 周り中からそう言われては、さすがの美神もこれ以上ごねる事はできない。
 下手をすれば自分の不手際ということで、金を払う立場になりかねない事を察したのだ。

「し、仕方ないわね…。西条さんがそう言うなら今回だけは無料奉仕をしてあげるわ」

 いかにも渋々といった感じが美神らしかったが、それは彼女の照れ隠しなのだ。

「それより西条さんと美神さんはその格好で山に入るのですか? いささか無謀だと思いますわ」

 蚊帳の外だった九能市が待ちくたびれた表情で話しに参加してきた。
 ジャケットを羽織っただけのいかにも軽装という感じの美神とスーツ姿の西条を見れば当然の危惧だろう。

「私は大丈夫よ。強化セラミック製のボディースーツを着ているから」

 足回りはさすがに軽登山靴を履いてきた美神が胸を張って言う。

「いえ、私が申し上げたいのはいくら標高が高くても、蚊やブユのような吸血昆虫がいるのに
 そんなに肌を露出していいのかという意味ですわ。私は虫除けがあるから大丈夫ですけど」

 悪戯っ子のように微笑む九能市の一言にピシッと凍り付く美神。
 どうやらそこまでは考えていなかったようだ。
 以前来た時は寒かったため、そういう配慮をする必要がなかったせいもある。

「お、お願い! それを私にも頂戴!」

 縋り付く美神に意味ありげな笑みを返す九能市を横目で見ながら、視線を西条に移す横島。

「さて、西条さんは準備しなくていいんですか?」

「とは言っても…さすがにそこまでは用意していなかったよ。靴だけは登山用の物をを持ってきた
 けどね」

「上着は置いていった方がいいでしょうね。まあパンツは諦めて貰いましょう。それじゃあエミさんが
 着替え終わったらロビーに来てください。俺はホテルの人に色々聞いてみますから」

 そう言って再び僧衣を羽織ると先に部屋を出ていく横島。
 九能市も自分の荷物を持って女性陣の部屋へと置きに行く。
 部屋には雪之丞と西条が残された。

「俺はいつでも出発できる。準備完了だ。アンタはどうする?」

「僕もいつでも大丈夫だよ。靴は持ってきたが服装までは気が回らなかった」

「俺はアンタの実力は知らないが、どの程度なんだ? 自分の身は自分で守れると思って
 良いのか?」

 ぶしつけな雪之丞の質問だったが、予定外のメンバーが増えたためにフォーメンションを検討し直さなければならない彼としては当然の確認だった。

「一応これでも修羅場は潜ってきているよ。僕には霊剣ジャスティスがある。大抵の敵は大丈夫だ」

「それを聞いて安心したぜ。何かあって守れなくても気が滅入らないからな」

 雪之丞の言葉に苦笑するしかない西条。
 来る途中に美神に聞いた話が本当なら、横島だけではなくこの男も連れの女も凄い実力を持っているのだ。
 それがこれだけの装備を持ってやって来ている以上、自分のこの格好を見て不安になるのは仕方がない。

「お待たせしたワケ。さあ行きましょう」

 いつもはタイガーが着ているような迷彩戦闘服に身を包んだエミがブーメラン片手に入ってきた。
 神通棍とお札が入ったバッグを担いだ美神が後に続く。
 錫杖を持った九能市は廊下で待っているようだ。

「横島君は?」

「既に聞き込みを開始しているよ。揃ったらロビーに来てくれといっていた」

 一同がロビーに降りていくと、そこにはホテルの人と一緒の横島が待っていた。

「この人が案内してくれます。この先に古い祠があってもう十数年以上、誰も近付いた人はいない
 らしいですけどね。取り敢えず最初に調べてみようと思います」






「無理するでねえぞ!」

「ありがとう」

 マイクロバスで車が入るところまで送り届けてくれたホテルの従業員に笑顔でお礼を言う九能市。
 どうせなら女性に礼を言われた方がいいだろうと言う事で、横島が頼んで置いたのだ。
 藪こぎをしながら獣道のような山道を一列になって進む一行だが、先頭を歩く横島は油断無く周囲に眼を配っている。
 横島の後ろに西条、その後ろにはエミ、美神、おキヌが続き、それを護るように雪之丞、最後尾が九能市という配置だ。

「この先に祠があるのかい?」

「ホテルの人の話ではね」

 そんな会話をしながらロゾロと歩いていくと、やがて崖の上へと突き当たった。

「崖か…。行き止まりみたいだね」

「そのようっスね」

 下を覗き込んで呟く西条に律儀に応える横島。

「こっちから降りられるみたいだぜ」

 周囲を見回った雪之丞が下へ降りる細い道を見つけ出す。

「確かにここから降りれるな。だが途中で何かあったら対応できない。俺はこのまま飛んで降りる
 から、雪之丞と氷雅さんは俺が戻ってくるまでここでみんなを護っていてくれ」

 そう言ってスタスタと崖の先端へと歩いていく横島を追いかける西条。

「待ちたまえ! 一体どうやって下に降りるんだ? 僕も一緒に行こう」

 立ち止まって振り返った横島は、まあいいか、という表情で頷いた。

「構いませんけど、落ちても恨まないでくださいよ」

 そう言って西条の後ろに廻ると後ろから羽交い締めにしてフワリと浮き上がる。

「ま…まさか…君の装備は人間でも自由に空を飛べるようになるのか!?」

 漸く真相に気が付いた西条が身体を硬直させて叫ぶ。 

「そういう事です。メドーサ戦のことを美神さんから聞いてなかったんスか?」

 そのままスッと崖に沿って降下していく横島。
 動くわけにはいかない西条の顔は引きつっていた。

 暫く降りると、崖の中腹が少し広いステージのようになっており、鳥居の後ろにポッカリと穴が開いているのが見える。

「…あれが祠のようだね」

 西条の言葉に頷くと、ゆっくりと着地する横島。
 そして素早く全知覚を動員して周囲を探る。
 その眼は心眼状態となってあらゆる霊気や魔力を感知するのだ。

「よ、横島君?」

 黙ってしまった横島に怖ず怖ずと声を掛ける西条。

「どうやら周囲に敵意を持った存在はいないようです。上に残った連中を呼びましょう」

 そう言って覗き込むようにして浮いているおキヌに手を振ると、上で頷いたおキヌが引っ込んだ。

「さて、エミさん達が降りてくるまでに中を見ておきましょう」

 そう言って祠の中に入る横島と西条だったが、20mほど進むと岩壁が現れ行き止まりとなってしまう。

「ふむ…この祠は一体何を祀っているんだ?」

 何もない事が逆に違和感となっているのか、丹念に中を見回る西条。
 それとは対照的に黙って正面の岩壁を凝視している横島。

「……成る程……」

 そうポツリと呟くと一旦外へと向かう。

「横島君! 一体何がわかったんだ!?」

 慌てて後を追う西条。

「みんなが…おキヌちゃんが来たら説明しますよ」

 横島がそう言った時、残っていた面々が漸く降りてきた。

「あんまり通りたくない道だったわね」

「落ちたら洒落にならないワケ」

「でも人が通った形跡がありましたわ。誰かが偶に訪れているのかもしれませんわ」

「まあ、俺達は飛べるから問題ないけどな」

 好き勝手な事を言いながら降りてきた面々だったが、おキヌだけは硬い表情で黙って浮かんでいた。

「やはりここが要のようですね。ここを管理している人から話を聞けば、真相がわかりそうですよ」

 息を切らせている美神達に言い切る横島。

「横島君! 何か見つけたの!?」

「一体中に何が会ったワケ!?」

 詰め寄る美神とエミを両手で制すると、横島は再び祠の中へと入る。

「何だよ、何もねーじゃねーか」

「何の気配も感じませんわ…」

 全知覚を動員しても何も掴めない事に微かな狼狽を見せる二人。
 横島は何かがわかったのだろうと思って、懸命にその何かを探り出そうとしている。
 おキヌは何かを感じているのか、表情も硬く全身に力が入っているようだ。

「横島君、そろそろ教えてくれてもいいだろう?」

 西条も焦れてきたようだ。

「やはりわかりませんか? まあ地脈の霊力が邪魔をしているからわかりにくいでしょうけどね」

 そう言って普段使っている飛竜ではなく右手を霊波で包み込み、ハンズ・オブ・グローリーを展開する横島。
 ハンズ・オブ・グローリーを伸ばして岩壁に突き刺し、横に薙ぐようにしてガラガラと岩塊を崩していく。
 暫く岩壁を崩す事に専念していた横島が動きを止めると、スッと霊力を収めて振り返る。

「これがこの祠の祀っている物ですよ」

 横島の後ろには、分厚い氷の中に閉じこめられたおキヌそっくりの遺体が保存されていた。

「成る程…地下水脈が凍り付いて中の遺体を保存していたってワケ」

「そうね。ここを作った連中はおキヌちゃんの事を知っているって事ね」

『こ…これは……私…?』

 それまで黙っていたおキヌが氷の壁に張り付くように自分の身体を見詰める。

「どうやらこの上から地下水脈に飛び込んだみたいですわ」

「ああ、だがこうやって遺体が保存されているっていうのは偶然とは思えねーな……」

 思い思いのことを口にする雪之丞達を無視し、おキヌに近付いてそっと霊力を込めた手で肩を抱く横島。

『よ…横島さん……』

 目に涙をためて振り返るおキヌ。

「おキヌちゃん、君はどうやらここで死んだらしい。だがやはりその死には何か秘密があるようだ。
 これ以上知りたくなければ戻っていてもいいんだよ?」

『いえ…みんな私の事なんですから……。何があっても最後まで付いていきます。でも…でも…
 今だけ、少しの間だけでいいから…泣かせてください……』

 そう言って横島に抱き付き涙を流すおキヌ。
 普段ならルシオラの意識や小竜姫が怖くてすぐに引き離す横島だが、この状況ではそんな事もできないので軽く抱き締めて髪を撫でてやり、おキヌが落ち着くのを待つ。
 周りの面々も何も言う事ができずにただ黙ってその光景を見詰めていた。



「まんずそこで何さしてる!?」

 その誰もが凍り付いたように動けなかった空間を破ったのは一人の少女の声。

「なしてこんな所に大勢さして来てるんだべ? おめら何者だ?」

 その声に即座に反応して戦闘態勢を取る雪之丞と九能市。
 釣られるように西条、美神、エミも構えを取る。

 少女の容貌は逆光のためにわからないが、どこかおキヌに似た雰囲気を持つ少女だった。

「そう言う君は何者だ? ここは地元の人も滅多に来ないと言っていたが…。
 この祠に縁のある者か?」

 相手の緊張を解きほぐそうと、努めて普段の口調で話しかける横島。
 だが普通の人間にも見えるおキヌを胸に抱いている姿では、あまりそれに成功しているとも思えない。

「ここはわたすの家が管理している場所だあ!」

 そう少女が言った時、漸く目の慣れてきた一同は入り口に立っている少女の容貌を見る事ができた。
 それはおキヌによく似た感じの、巫女服姿の少女だった。
 髪の毛がおキヌと比べて、うなじの辺りで切りそろえられている点が一番大きな相違点と言えよう。

「他所者が勝手に入っていい場所でねえだぞ! ここは神聖な……」

 そこまで言いかけた少女は目の前の氷漬けの遺体を認めて驚愕の表情を浮かべる。
 そのままの表情で固まってしまった少女をどうする事もできずに、美神達も雪之丞達も立ちつくしている。
 そんな中、横島だけが冷静におキヌをそっと離れさせ、さっさと祠から出て少女の背後に回り込む。

「ひっ…人殺しーーっ!?」

 錯乱して一番近くにいた雪之丞に殴りかかろうとする少女の首筋に、そっと掌底を当てて身体と意識を麻痺させる横島。

「やかましい! ふっ…騒がれると面倒だ。しばらく眠っているがいい」

 そう言ってグッタリとした少女を抱きかかえると、さっさと空を飛んで最初にいた崖の上へと向かう。
 慌てて追いかける九能市と雪之丞。
 残された西条達はボー然とした表情で事の成り行きを見ていたが、やがて呪縛が解けたかのように崖の上へと登り始めた。

「ねえエミ、さっきの横島君、やけに手慣れてなかった?」

「ああいう時に容赦の無いのは昔からだったみたいなワケ。でもあれだけ冷静だとちょっと怖い
 ワケ」

 ヒソヒソと話しながら細い道を登っていく美神とエミ。

『あのー一体何がどーなったんでしょう? いきなり女の子が騒いだと思ったら気を失って……』

 こちらも事態の展開に付いていけずにパニくっているおキヌ。

「僕にもよくわからんが……騒ぎだそうとした少女を横島君が冷静に気絶させて上へと運んだと
 しか…」

 事態は思いも掛けない方向へと転がりだそうとしていた。



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