フェダーイン・横島

作:NK

第23話




『あれっ…? 一体何があったんだっけ? 確かわたすは祠の様子を見に来たはずだべ。
 何でこんただところで寝てるんだ?』

 ボンヤリとした意識の中で、氷室早苗はまとまりのない自分の意識を覚醒させようとしていた。

『えーと…確か祠に人がいっぱいいて……わたすは注意しようとしたんだ。そうしたら……岩壁の
 向こうに…氷漬けの…』

 そこまで思い出した途端、ガバッと跳ね起きる早苗。
 そうだ、自分は死体を埋めようとしている現場を見てしまったのだ。
 となれば自分の末路はただ一つ……口封じに殺されてあの遺体と一緒に埋められてしまうのだろう。

「わっ! わたすは一体!?」

 跳ね起きたものの、何故か自分は祠の中ではなく崖の上に寝かされている。
 そしてそんな自分を囲んで見下ろす多数の人影を認めて、思わず両腕で自分の身体を抱き締める。

「いやだー! わたす、死にたくねえーー!! こんなことなら山田君に校舎の裏で迫られた時、
 もったいぶらねえでキスしとけばよかっただ〜〜〜!」

 錯乱気味に泣き出した早苗を困ったような表情で見詰める横島達。
 一体どこをどうすればそういう展開になるのだろう?
 困惑の表情を浮かべる面々の中、横島が膝を突いて視線を少女の顔と同じ高さにする。

「どうしたんだ君? さっきは何か騒ぎ出そうとして突然倒れたりして。どこか具合でも悪いのかな?
 良ければ家まで送っていくよ? あっ、言い忘れてたけど俺達は全員東京から来たGSで、ある
 事件の捜査を行っていたんだ。あの祠を調べている最中に君が突然現れて、これまた突然意識を
 失うからビックリしたよ」

 自分で麻痺させたにもかかわらず、いけしゃあしゃあと心配そうな表情で少女に話しかける横島を見て、コイツを敵に回してはいけないと確認し会う美神達。
 おキヌは意外な横島の一面に本当にボー然としたままで浮かんでおり、九能市は忍者の視点から横島の手際の良さに感動し、雪之丞は情け容赦のない横島の一面に戦士として感心した
りしている。
 そんな温厚そうな横島の顔を見て、急速に落ち着いてくる早苗。
 そこに止めとばかりに西条を促してオカルトGメンの身分証明書を提示させる。






「わたす早とちりなもんで、まんずかんべんしてけろ。共同で事件を調べているオカルトGメンとGS
 だったなんて……」

 あの祠を管理している神社へと、早苗の先導で案内されている横島達。

「いや、一般の人があの状況に遭遇したら仕方がないさ。それよりこんな山奥に随分広いお屋敷
 だね。君の家は地主か何かなの?」

 先程の行為を目の当たりにした美神達からすれば、信じられない程フレンドリーに話している横島。

「いんや、300年程前に祠と社を子々孫々守るという条件で土地が与えられたんだあ」

 先頭で交わされる会話を聞きながらヒソヒソと話し合っている残り全員。

「300年前……!」

「やっぱり何かおキヌちゃんと因縁が…!」

「おキヌちゃんの子孫じゃねーの?」

『あのー私は確か類縁はいなかったような……。未婚で死んじゃったと思いますし……』

 やんわりと雪之丞の考えを否定するおキヌ。

「でも…必ず何か関係があるはずですわ」

「しかし、何で横島君はあんなに事情聴取に慣れているんだ?」

 それぞれが拭い切れぬ疑問を胸に歩いている。
 だが横島だけは辛抱強くニコニコと早苗の話を聞いているだけだった。

「わたすは氷室早苗! あの仏様の事は父っちゃに聞けば何かわかるかも」

 そんな横島に完全に心を開いている早苗の姿を見て、改めて横島の真の恐ろしさを思い知る美神達。

「ねえ…なんか見事すぎない?」

「自分で気絶させておいて、何であんなにニコニコと接する事ができるワケ!?」

『横島さんって…なんかプロの刑事さんみたいですね…』

「それは僕も感じていたよ。何か妙に捜査慣れしているみたいだ…」

「さすがは横島様ですわ! 何でもこなしてしまうんですのね」

「あいつ……一体何の仕事をしてたんだ? まさかスケコマシ?」

 ますます渦巻く疑惑に彼等が囚われている内に、神主たる父親の姿を認めた早苗が大声を上げて父を呼ぶ。

「父っちゃーー!!」

 境内の掃除をしていた神主である父親は、顔を上げると娘の姿を見て笑みを浮かべたがその後ろにゾロゾロと続く一団に訝しげな視線を向ける。

「早苗! その方達は…?」

 早苗に続いて鳥居を潜った横島は内心で安堵の溜息を漏らしていた。

『この神社に結界が張られていないという事は、未だ死津喪比女が活動を開始していないという事
 だ。どうやら先手を取れたかな?』

 だが先程からいくら周囲を探っても、美神がおキヌの代わりに地脈に括り山の神となったはずのワンダーホーゲルの霊の波動は感じられなかった。
 これはすでに死津喪比女がこの周囲の地脈に根を伸ばして、影響下に置いていると言う事を意味している。

『どうやら復活は時間の問題という状況か…。ヤツ自身もまだ再活動には早いと判断している
 わけだな』

 状況を即座に判断した横島は、珍しく心の裡で焦りを感じたが表面上は平静を装い社務社の中に入って神主から話を聞く事にした。



「すると…あの祠の岩壁の向こうに地下水脈が凍った氷塊があり、その中にこちらの幽霊の方の
 身体が保存されているというわけですか。……それはまた、何とも不思議な話ですな」

 自分達がここに来た理由と、祠の中でおキヌの遺体を発見した経緯を適当に誤魔化して西条に説明させている間、横島は頭をフルに回転させて現時点での死津喪比女の戦力を分析しようとしていた。

『はい…私も生前の事はあまり覚えていないんですが、どう見てもあれは私の身体でした……』

 幽霊とごく普通に会話するという出来事に、最初こそ焦っていた早苗の父親だがすぐに慣れてしまったようだ。

「おキヌさん、貴女についての話は当神社に伝わる古文書に記されている神社の由来と符合します」

 その言葉に「えっ!」という表情をする西条、美神、おキヌ。
 雪之丞、九能市、エミは、「やはり」という表情で頷く。

「300年前の元禄の頃、この土地には他に例をみない程強力な地霊が棲み、地震や噴火を引き
 起こしていました。その名を『死津喪比女』と言います」

 その名が神主の口から出た瞬間、一斉に横島の方をみる美神達。

「やはり死津喪比女でしたか…。小竜姫様の記憶通りでしたね。
 となるとやはりおキヌちゃんは……」

 その横島の言葉を引き継いで、神主が説明を続ける。

「困った藩主は公儀からも強く言われ、高名な道士を招いて死津喪比女の退治を依頼したのです。
 しかし死津喪比女は強力な妖怪であり、通常の手段では倒せないとみた道士はこれを封じる装置
 を作り、それに生命を吹き込むために一人の巫女を地脈の要に捧げたとあります。彼女の名前は
 記録に残っていませんが……」

「それがおキヌちゃんか…」

「…それで遺体が地下水脈の底にあったワケ」

「成る程、おかげで全ての謎は解けました。その装置はおキヌちゃんの意志と霊力をエネルギー源と
 した、いわゆる霊子力エンジンとも言うべき永久機関で動いていたわけですね。
 これはまずい事になったな……」

 いきなり謎は全て解けた、と言い出した横島は難しい顔をワザとしてみせる。
 正確には、彼の予想通りに事態は進んでいたのだが、それを言うわけにはいかないのだ。

「やはり…その…かなりまずい状況なんだろうか、横島君?」

 西条も同様の結論に到達したのか、引きつった表情で尋ねる。
 この二人は美神への配慮から言葉を濁していたが、美神との付き合いの浅い雪之丞と九能市は遠慮する必要を感じなかった。

「それっておキヌちゃんが装置を動かす動力源だったって事だろう? かなりまずくねぇか?」

「そうですわね。もし死津喪比女がまだ完全に死んでなかったら、どういう理屈かはわかりませんが
 再び力を蓄えようとしているかもしれませんわ」

「そうね。呪いの専門家として言わせてもらえば、この死津喪比女ってヤツは相当強力な妖怪だと
 思われるワケ。そんなに凄い道士が生け贄まで使って封じようとしたとしたら、地脈の堰を作って
 ヤツを枯死させようとしたんだと思うワケ。こんな装置を作れるなんて凄い道士だけど、まさか
 おキヌちゃんがここから離れるとは予想しなかったってことかしら」

 さらにエミが追い打ちを掛ける。
 ここまで来れば、情報を出し惜しみする気はない横島も話し始める。

「小竜姫様の話では、死津喪比女は地中深くにその本体を潜ませ、そこから根を張って地脈を支配
 する妖怪。普通であれば直接攻撃することは不可能です。だから道士はエネルギー源を断つ事で
 ヤツを倒そうとしたんでしょうね」

『ひょっとして、私がその役目を忘れてしまった事で死津喪比女が蘇ったりしてるとか……』

 横島の解説に不安そうに呟くおキヌ。
 思い出せはしないが、自分が重要な使命を持っていたのは確実だった。

「まだわからないわよ、おキヌちゃん。死津喪比女だってとっくに死んでるかもしれないわ」

 自分自身に言い聞かせるように話す美神。

「確認する方法は一つありますよ。確か遭難して死亡したワンダーホーゲルの幽霊を地脈に括って、
 新しい山の神にしたんでしたよね?」

「ええ、その通りだけどそれがどう結びつくの?」

「山の神ならば地脈と密接に結びついています」

「つまり彼を呼んでも反応が無いなら、地脈は死津喪比女の影響下にあると思って良いと言う事
 だな、横島君」

 話を途中から引き継いだ西条が確認すると、重々しく頷く横島。
 その言葉を聞いて即座に庭へと飛び出した美神は、霊力を最大限に使ってワンダーホーゲルの霊を呼ぶが反応は無い。

「どうやら横島君が考えていた事態になっているようだね」

 西条が真剣な表情で話しかけてくる。

「ええ、いつ暴れ出しても不思議はない状況だと考える方が無難ですね。俺はすぐに殲滅のための
 準備を開始します。その間に死津喪比女が俺達に気が付けば必ず攻撃してくるでしょう。その間
 の防御はお願いしますよ」

「ああ、だが君は一体どうやって死津喪比女を倒すつもりなんだ?」

 自分では倒す方法を思いつかなかった西条が尋ねる。

「それは特殊な魔法陣を使うんです。空間転移魔法陣というんですが、こちらが思念波で送った座標
 に様々な物を送り込むための魔法陣があるんですよ。こいつで俺の最大霊力を込めた文珠に
 『滅却』、『消滅』の念を込めて叩き込みます。4〜5発叩き込めばいかに死津喪比女でも倒せると
 思いますよ」

「成る程ね、君には文珠という切り札があったんだな。だがこの神社にはおそらく死津喪比女の力を
 防ぐ結界が張られているはずだ。死津喪比女の攻撃を受ければ発動するかもしれないな。
 そうなれば、そんなに強力な魔法陣を使うと力が干渉しあってしまうんじゃないか?」

「それは十分考えられますね。だから魔法陣は結界の外に作らなければなりませんが、結界がどの
 程度まで張られるかわからないのがネックです。まあ、俺が魔法陣を作り終わるのが先か、ヤツが
 気が付くのが先か、そこが勝負ですね」

「わかった。すぐに取りかかってくれ。僕はオカルトGメンに連絡を入れる」

 立ち上がり、それぞれの仕事に取りかかるGS達。
 九能市と雪之丞は、鳥居から少し離れた所で魔法陣作成を始めた横島の周囲を警戒しガードしている。
 エミと美神は、横島達が心配で鳥居のところまでやって来たおキヌを守るように近くに寄って周囲に気を配る。
 携帯電話で連絡を取り終えた西条は、「ウルトラ見鬼くん」を設置すると同時に、ライフルに呪いの掛かったカビを仕込んだ弾丸を装填して背中に背負い、霊剣ジャスティスを手に持って庭に仁王立ちとなる。
 この事態に対応できない神主一家は、縁側に佇み唖然とした表情でそれぞれの役目を果たすGS達を見守るだけだった。






『おキヌちゃんはあの時みたいに装置の中に戻っていない。だから死津喪比女のヤツはまだ俺達の
 存在に気が付いてないはずだ。しかし俺が作る空間転移魔法陣の霊力には気が付くかも
 しれないな』

 魔法陣を作成しながら、横島は状況を分析し続けていた。

『確か、おキヌちゃんがいなくても装置の中心部分を守る結界は維持できていた。死津喪比女から
 すれば何一つ環境は変わっていない筈だ。これで魔法陣さえ作れれば先手を取れるな』

 死津喪比女の攻撃がないまま、6割方完成した魔法陣を見ながらニヤリと笑みを浮かべる横島だが、頭の中に思念が送られてくる。

『それはわからないわよヨコシマ。平行未来の時だっておキヌちゃんの儀式を察知していたみたい
 だし、穏行の術で隠していてもヨコシマの霊力はかなり強力だから、妖怪なんかにすれば気になる
 筈よ』

『ルシオラ…。何か感じるのか?』

『ええ、地中で蠢く魔力(エネルギー)反応を感じるの』

『それは死津喪比女の物か?』

『おそらくそうです忠夫さん。死津喪比女がどこまで気が付いたかわかりませんが、何かを感じて
 偵察しようとしているようです』

 さらに久しぶりに小竜姫の意識も話しかけてくる。

『小竜姫もか…ありがとう。おかげで不意打ちを食わなくて済むよ』

『『今回は私達にできるのはここまで(よ)です。後は頑張って(ね)くださいね』』

 魔法陣を作る手を休めずに、器用に頭の中で二人の意識と会話をしていた横島だったが、ふとその手を止めて飛竜を抜く。

「横島様! 敵が来るんですか?」

「横島、何を感じたんだ!?」

「ああ、地中に妙な波動を感じた。敵が来るぞ…」

 ポツリと呟いた一言が新たな緊張を生み出す。
 その言葉に反応して周囲に目を配りながら霊力を練り上げ始める九能市と雪之丞。
 そして雪之丞は即座に魔装術で霊力の鎧(すでに完成形となっている)を装着し、手に五鈷杵を持つと両側に霊波の刃を伸ばす。
 龍神の防具(甲冑)に身を固めた九能市は、すでにチャクラを全開にして両手に手裏剣を持っていつでも放てるように構える。

「うっ…! 凄い霊力ね…。氷雅ですら400マイトを超える霊力が甲冑から感じられる。雪之丞の
 魔装術も250マイトを遙かに越えてるわ」

「あれなら防御に霊力を廻す必要がないから、自分の練り上げた霊力を全部攻撃に使う事ができる
 ワケ。念法っていうのは元々こういう形で使うのかもしれないわ」

 いきなり霊力が上がった二人の実力に感心しながらも、その装備の素晴らしさに目を見張ってしまう。
 龍神の甲冑はそれを装着する者の霊力に応じて強力な防御力をもたらす。
 何ら防御に精神を集中しなくても、霊力が140マイトの九能市でも420マイト、横島に至っては4,000マイトを超える防御力が自動的に展開される。
 無論、空を飛べるようにもなるし、横島ならば意識加速も短時間なら使えるようになる。

「どうやら死津喪比女に気が付かれたようだ。みんな! 気をつけろ!」

 横島の発した大声によって全員に緊張が走る。
 本当は神社の境内から出なければ結界のおかげで安全なのだが、この段階で知っているはずはないので言えない。
 そのために美神達がのこのこと出てくるかもしれないが、この場合はやむを得なかった。

「敵が来るのか、横島君!?」

「エミ、おキヌちゃんは私が守るわ。アンタは早苗ちゃん達を守って!」

「わかったワケ」

 それぞれのポジションに走ると、神通棍とブーメランを構えて戦闘態勢に入る美神とエミ。

「エミさん、美神さん、万が一の時はこれを使え!」

 そう言って横島が二人に放ったのは、『結界』の文字が浮かぶ双文珠。

「こっちの防御はまかせて!」

「これで神主一家には指一本触らせないワケ!」

 さらに背負っていたライフルを手に持ち、敵がどこに出現しても対応できるように周囲に目を配る西条。

 それを確認すると、横島は飛竜片手に猛烈な勢いで魔法陣を書き上げていく。
 いざとなれば『結界』の文珠を使って作り終わるまで手を出せないようにしようと考えているため、作業のスピードはかなりの物だが焦っている様子はない。

「むっ! 成る程……地面の下に幾つもの気配がありやがる…」

「強力な妖怪のくせに気配の消し方は下手ですのね」

 すでに敵の位置を掴んだ二人は出てきた瞬間を狙って攻撃を仕掛けようとする。

「魔法陣の形成にはもう少しだけ時間が掛かる。できたら心眼を使って死津喪比女の本体の位置を
 探るから、それまで時間を稼いでくれ」

 9割方完成した魔法陣の中で叫ぶ横島。

 ボコッ

『あっ! そこで何かが動いた…!』

 鳥居の内側で見ていたおキヌが指を指して声を出した瞬間、土を跳ね飛ばして地中から不気味な両手が鋏となったサソリというかオケラというか、いかにも節足動物っぽい化け物が多数現れた。
 その下半身は植物の茎というかツタのようになっていて地中へと伸びている。
 だが地表に姿を現した瞬間、3体が雪之丞の立て続けに放った集束霊波砲(出力135マイト)によって上半身を完全に吹き飛ばされる。
 さらに九能市が霊力(60マイト程度)を込めた手裏剣を2本ずつ2体の頭部に命中させ、攻撃を受けた個体は衝撃で首が吹き飛び動かなくなる。

「あの二人……いつの間にあれ程強くなったの…?」

 その光景を目の当たりにした美神が驚きの声を上げる。
 それ程雪之丞と九能市の攻撃は強力だったのだ。
 第1撃を免れた10体ほどのサソリ型の妖怪達は、僅かに怯んだ様子を見せて動きを止める。

 ボコッ

 いつでも襲いかかれるように身構えたまま睨み合いに入った妖怪の後ろに、新たに明らかに知性を感じさせ辛うじてヒューマノイドタイプと言える妖怪が姿を現した。
 それは下半身が植物の根のようであり、腕と腹部が外殻で覆われた女性型の妖怪。
 髪の毛に当たる部分の一部が花弁のように細長く伸び、後ろ髪は海藻のように見える。

「ほう…葉虫を一撃で倒すとは…。お主らただの人間ではないようじゃの」

「まあそういうことだ。テメエが死津喪比女か?」

「何か…グロテスクな植物ですわね」

「美的センスってモンが皆無ね…」

「そうよ、わしが死津喪比女じゃ。妙に強い霊力を感知したから出てきてみれば……お主らわしを
 倒すつもりかえ?」

 自分の力に絶大な自信があるのか、嘲笑うように口を開くと組んでいた手をダラリと下げる。
 そしてチラリと口を開いた美神の方を見た死津喪比女は、おキヌの姿を認めて眼を細める。

『し…死津喪…比女…?』

 何かを思い出せそうなのか、こめかみを押さえながらも妖怪を凝視するおキヌ。

「匂うな…300年間わしを封じた巫女の小娘か…。ここしばらくは地脈の門を開放しておくれだった
 のに、またこの社に戻ってきていたのかえ。どうやら本気でわしと闘うつもりのようだね。
 ちょうどいい、その魂を吸収してやるわ!」

「ふん! てめーごときは俺一人で十分だぜ!」

 そう言って攻撃を仕掛けようとした雪之丞を止める横島。

「待て雪之丞。よくヤツの身体を見て見ろ。根っこが地中に伸びている。そいつは本体じゃなくて
 分身みたいなモンだろうよ」

 いつの間にか魔法陣を作り上げた横島が飛竜を持って雪之丞の横に立っていた。
 魔法陣は『結界』の文珠で防護してある。

「むっ…。本当だ。じゃあヤツの本体はやっぱり地中か」

「そう言う事だ。雪之丞と氷雅さんはあの葉虫とかいう兵隊を倒してくれ。こいつはどうやらここの
 隊長らしい。礼儀として俺が相手をするよ」

 その言葉に秘められた意図を察した雪之丞は、氷雅を促して葉虫を倒すために側面へ展開する。
 この花体はそれなりに強いため、敵の能力を明らかにするために横島が相手をし、それを雪之丞達に見せる事で敵の戦力を考慮した戦闘をさせようという考えなのだ。

「ほう…お主、人間とは思えない霊力の高さよの。相手にとって不足はないぞえ」

 そう言いながらもピクリと指を動かす死津喪比女。
 その動作を見た横島は敵の攻撃を読み切る。

 ビュッ!

 いきなり上腕部をバネのように伸ばして、横島の首を掴もうと攻撃をかける死津喪比女。
 しかし横島は霊力を刃の部分に高密度に集束させた飛竜を、スッと切っ先を上に向けて身体の前に持ってくる。
 構えた木刀など簡単に破壊できると侮った死津喪比女は、次の瞬間驚愕と苦痛に眼を見開く。

 ズシャ! ボキャ! ベシャッ!!

 硬いものが砕けるような音と共に、自分の腕が横島の構えた飛竜によって掌を叩き斬られ、前腕部が霊体レベルまで完全に破壊されたのだ。

「なっ!? ……バカなっ!」

 辛うじてそれだけを口にするが、その時には横島が鋭い踏み込みと共に攻撃に転じている。
 痛みに耐えながらも、これを迎え撃つために頭部の花弁状の触手に魔力を込めて、薄いカミソリのようにして攻撃をかける。
 その触手で横島を貫こうというのだ。
 だがその攻撃も横島が飛竜を横薙ぎにする事で軽々と粉々に吹き飛ばされてしまう。

「その程度か、死津喪比女!」

 瞬時に800マイト程の霊力を練り上げて飛竜に注ぎ込むと、跳躍し振りかぶった剣を目にも留まらぬ速さで振り下ろす。

「ガハッ!!」

 横島の聖念を込めた一撃で真っ二つにされてボロボロと崩壊し始める死津喪比女の花体。
 横島は着地と同時に後方に再び跳躍し、油断無く飛竜を構えている。

「お…おのれ…。だが…こんな事で……わしに…勝てた……と…思うなよ…」

 消滅していく中、それだけニヤリと笑みを浮かべて言い放つと完全にその姿を消し去ってしまう。

「どうやら敵第1陣は撃滅したようだな」

 九能市と二人、危なげなく葉虫を全て倒した雪之丞が横島に近づく。

「ああ、だがヤツの事だ、すぐに第2次攻撃を仕掛けてくるさ」

「横島様、死津喪比女の本体の位置は掴めたんですの?」

 同じく近寄ってきた氷雅が尋ねる。

「大体の位置は掴めたが、もう少し正確に座標を把握しないと空間転移魔法陣は使えない。多少
 危険だが、ヤツの第2陣を待たないといけないな」

 そう言って双文珠の結界に守られている魔法陣に眼をやる。

「今相手をしたのは全部分身ってワケだな?」

「ああ、ヤツは鋏をもった昆虫型のヤツを葉虫と呼んでいた。ということはアレは植物の葉で、
 信じたくないがあの話ができたヤツが花に当たる組織なのかもしれない」

「でもあの話ができる方が格段に強かったですわ。あいつが相手だと、最大出力に練り上げた
 霊力を込めた攻撃でないと一撃で倒す事は難しいですわ」

 そんな会話をしながら、3人は鳥居のところまで移動し、美神、おキヌ、さらに駆け寄ってきたエミと西条達と合流する。

「そうとう強力な敵のようだな、令子ちゃん」

「ええ、横島君だから殆ど一撃で倒しちゃったけど、かなり手強い相手よ」

「ああ、俺もあの人間に近い形態のヤツが沢山現れたら、ちょっと対処に困るな」

 珍しく素直に苦戦しそうな事を認める雪之丞。

「おキヌちゃん、何か思い出したのか?」

 話の輪に加わらず、青ざめた表情のまま黙っているおキヌに近づくと声を掛ける横島。

『横島さん、美神さん…。私…私…何も覚えてなかったから…みんなに迷惑掛けちゃいました……』

 そう言って俯きながら涙を流すおキヌ。

「何言ってるの! おキヌちゃんを地脈から切り離したのは私よ。私だけじゃなくて、横島君や
 西条さんもいるわ。死津喪比女は必ず倒すから心配しなくて良いのよ」

「その通りだ。ヤツの弱点はわかっている。必ず倒してみせるさ」

 おキヌを励ます美神と横島の言葉に、その場の全員が頷いてみせる。

「それで横島君、敵の位置は掴めたワケ?」

「大体の位置は心眼で見る事ができました。しかしもう少し正確に掴まないと思念波で座標をロック
 できませんから、あと1回死津喪比女の襲撃を耐えないといけませんね」

 エミの問いに残念そうに答える横島。

「今回の襲撃は、ヤツが我々をなめていたというより、単に偵察を目的としていたため戦力が
 少なかったから簡単に退ける事ができた。だがヤツも今度は本腰を入れて攻撃してくるだろう」

 西条が確信を込めて言う。
 その言葉に頷く横島。

「多分、あの変な半ヒューマノイド・タイプを多数送り込んでくるでしょうね。問題は本気になったヤツ
 から、この神社の人達を守り切る事ができるかだが……」

「やはり横島は敵の位置を掴むために魔法陣の傍にいなけりゃなんねーし、魔法陣を使う時は俺達
 が防御に廻らなけりゃならねー。美神の旦那は西条の旦那や小笠原の旦那と一緒に、神社の
 人達を守ってくれ」

 横島の言葉を引き継いだ雪之丞が役割分担を告げると、美神は不承不承、エミは仕方ないといった表情で、西条はオカルトGメンとして民間人の生命を守るという最大の任務を思って、それぞれが頷く。
 先程の死津喪比女の強さを目の当たりにした以上、下手な虚勢を張る代償は自分の命なのだから。
 何事が起きたのかと、不安げな表情でやって来た早苗親子の方へ行こうとする西条達だったが、死津喪比女はその隙を与えなかった。

「むっ…! さっそく新手がやって来たみたいだな」

 横島の呟きは第2戦の開始を告げる物だった。



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