フェダーイン・横島

作:NK

第25話




「大口を叩くようだが、あの強い男はいないはずさ。麓の宿へ降りるのを見ていたんだえ。お前一人
 でろくに武器もない状況で一体どうするつもりだい? 仲間が来るまでどれだけ掛かるかの?」

「あら、心配してくれんの? 嬉しいけど杞憂に過ぎないわ。だって仲間はもう駆け付けたもの」

 ニコリと笑ってお湯から上がると置いていた神通棍を握り構えを取る。
 ハラリと落ちたタオルの下はビキニの水着だった。






 ザザザザザ……

 いつの間にか動き出した葉虫達が湯の中を進んでくる。
 早苗を捕まえようと言うのだろう。
 戦闘能力などない早苗に為す術はないように思われたが……。

 ビシュッ! ビシュッ!

 上がり際に忍ばせてあった手裏剣を目にも留まらぬ速さで投げる早苗。
 その攻撃は今まさに鋏腕を伸ばそうとした2体の胸に深々と突き刺さる。
 ダメージを受けて動かなくなる葉虫。

「なっ!? お前、神社の小娘ではないね?」

 その行動に驚いた花体が眼を見開いて叫ぶ。

 早苗が指を2本額に持っていくと、その姿が霞み札を額につけた別人へと変わりはじめる。
 額に着けた『変化』の札をむしり取ると、早苗の姿はあのピチピチの霊的格闘モードのレオタードを着た氷雅へと戻っていた。

「やっとおわかりになりましたの? 私は九能市氷雅。本物の早苗さんは結界の中ですわ!」

 荷物の中に隠していた霊刀ヒトキリマルを抜いて構える九能市。

「まんまと誘き出されたな、死津喪比女!」

 さらには花体の後ろから横島の声が聞こえてくる。

「そんなバカな! 貴様は確かに宿に戻ったはず!?」

 あり得ない横島の登場に驚愕して後ずさる花体。

「ああ、確かに俺達は二人を残して麓に降りたさ。だが俺には文珠があるから事があれば即座に
 転移してこれるのさ。俺達が帰ったと知れば、お前が生き残っていれば必ず二度と封印されぬ
 ように装置を壊すか、誰か人質を取って脅してくると思ったぜ」

 そう言って片手に持っていた文珠を見せる。

「それが文珠かえ? まさか貴様が文珠使いだとは思わなかったえ…」

「ふふふ、この『伝達』の文珠で常に連絡が取れるようにしていたのよ」

 手品の種を聞いて悔しそうな花体。
 首からかけた文珠を見せびらかすようにして見せる美神。
 
「最初の時とは違って、どうやら今回はこれが精一杯の戦力のようだな。おっと、俺に不意打ちは
 利かないぞ!」

 武器を持たずに立っている横島を見て、倒す好機と考えたのだろう。
 密かに動き出す数体の葉虫。
 しかし、花体と話しているうちに後方に回り込んで横島の左右から襲いかかった葉虫は、横島の両手から伸びた強力な霊波刀で胸を貫かれてしまう。
 それは飛竜程ではないが出力400マイトはある強力なもので、刃の部分の霊波は非常に高密度で硬く、峰の部分は粘りを持たせるためにやや柔らかく練られている。
 実際の日本刀同様、刀身に粘りを持たせ切れ味鋭く折れにくい構造となっている優れものだ。
 ズバッと霊波刀を振り下ろすと、まるで硬い外殻を豆腐でも切り裂くかのように易々と両断する。

「元々、万が一の時のバックアップだったお前では、未だそれ程力もあるまい。うかうかと出てきた
 のが愚かだったな」

 そう言って高々と跳躍すると、美神と九能市の前に守るように立ちはだかる。
 そして霊波刀を収め、何もない虚空から飛竜を抜く横島。

「お前が生き残っているかどうか確率は五分五分だったが、好機と見て完全に力をつける前に
 現れてくれて助かったぞ」

 明らかに横島の策に乗せられた死津喪比女は悔しそうに顔を歪める。
 だがこの作戦においては横島さえも囮だったのだ。
 一緒に転移してきた西条は、既にブッシュに隠れてライフルの照準を合わせている。

 ズキュ〜ン!!

 50mほど離れた位置から突如ライフルの銃声が周囲に響き渡る。

「なっ!? 銃声? 鉄砲ごときで…!?」

 背中にライフル弾を受けた死津喪比女の余裕の表情が一瞬で崩れ、見る見るうちに身体がボロボロになり砕け散った。

「なにっ!? この弾丸…ただの弾丸ではないな!!」

 残った最後の花体が驚愕、憎悪、焦りの混ざったような表情で横島達を睨み付ける。

「ギギギ……」

 次々と破裂し崩れ去る葉虫達。

「貴様ら…何をした!?」

「お前にぶち込んだ弾丸には、植物に感染して枯らすカビが仕込んであったのさ。お前だけを
 ぶち殺すようにエミさんの強力な呪いをかけてね…!」

 冷たい表情で解説をしてやる横島。

「バ…バカな……」

 崩れだした腕を押さえながら、対処不能な事態に為す術ない死津喪比女。

「くそ…! 本体が感染する前に「花」を切り離さねばー!」

 地中で接続を切断するが、感染は死津喪比女の想定以上に速く手遅れだった。

「感染が速い! 間に合わない!!」

 その言葉を最後に崩れ去る花体。

「お〜い、横島く〜ん!」

 向こうからライフルを片手に走ってくる西条。

「やあ、西条さん。見事命中でしたね。見てください、死津喪比女の最後です」

 そう言って駆け寄った西条に土塊のようになった残骸を指差す。

「どうやら成功したようだね。令子ちゃんも九能市さんもご苦労様」

 そう言って美神達を労う西条。

「これでおキヌちゃんの復活には何の障害もないわね」

 嬉しそうに言う美神。

「しかしえらく呆気なくこちらの作戦に引っ掛かりましたわね…。なぜかしら?」

 少し納得できないような表情の九能市。

「それはあまりにも自分の思い通りに事が動いていたからだよ。自分の作戦が上手くいったと思い
 こんで、罠である可能性を思いつかなかったんだろう」

 一番危ないのは一見自分の思い通りに事が進んでいるように見える時なのだ、と告げる横島。
 九能市はその説明をなる程と頷きながら聞いている。

『平行未来の記憶では、この後しぶとく地上に出てきたが、今回は本体ではなく株分けした方だった
 から地中で滅んだようだ』

 会話をしながらも心の中でそんな事を考えていた横島。
 こうしておキヌの死ぬ原因となった死津喪比女はGS達の手によって倒されたのだった。






 翌朝、おキヌの肉体が凍結されている祠に横島達の姿があった。

「この氷…呪術がかかってるワケ! だから普通の道具じゃ歯が立たないワケ」

 氷とおキヌの身体を先程から調べていたエミがわかった事を報告する。
 おキヌはすでに地脈堰から離れ、いつものようにフヨフヨとみんなの傍で浮いている。

「そうですか、ありがとうエミさん。じゃあこの飛竜を使って高出力の霊波を流し込みましょう」

 そう言いながら霊力を練り上げ込めていく横島。

『ま…待って…横島さん!!』

 飛竜を構えようとする横島に思い詰めたような表情で話しかけるおキヌ。

「えっ? 何だいおキヌちゃん?」

 その言葉に動きを止めて眼だけを動かしておキヌを見る。

『今すぐ生き返らなくても……しばらくこのまま幽霊でいられないんでしょうか……?』

「何か迷いがあるようだね、おキヌちゃん。だが生き返る事のできるチャンスはそうそうないぞ。
 わかってるのか?」

 おキヌが何を躊躇っているのか知っているが、ここでそれを知っている事を悟られるわけにはいかない横島はわざとぶっきらぼうな言い方をして美神にバトンタッチしようと考えた。

『だって……道士様の話じゃ……』

「記憶の事を言っているのね」

「300年も氷漬けで死んでいたのよ。生きていた時のことさえ覚えているかどうかなワケ…」

「そうだな。まして幽霊だった時の記憶なんて……」

「霊の体験なんて夢のように儚い物だもの…。目覚めた時殆どの夢は泡のように消えてしまう。
 留めていようと思っていても、指から水が零れるように失われてしまうわ」

『私…美神さんや横島さんの事忘れるくらいなら…このまま幽霊として……』

 横で黙って聞いている横島だったが、そこでおキヌの台詞の中に美神と同列で自分の名前が出てきている意味に気が付いてはいない。
 いや、気が付いているのかもしれないが、心に決めた相手が二人いる横島にとっては気が付かない振りをしてやり過ごすしかないのかもしれない。

「どうやって生きていくか……それはおキヌちゃんの自由だよ。だが、生き返るチャンスを持っている
 者はごく僅かだ。そして君は大勢の人々のために、一時的とはいえ奪われた人生をやり直す機会
 を持っている。君が生き返る事が、君を人身御供にするしかなかった道士や姫の願いでもある
 んじゃないか?」

 優しいがどこか一線を引いたような口調で話しかける横島。
 なぜなら自分の人生を決めるのはおキヌ自身なのだから……。

「おキヌちゃん……夢は人の心に必ず残るものよ! それが素敵な夢なんだったのならなおさら
 でしょ? 指から水は零れても掌には雫が残るわ……」

 おキヌの手を取り優しく諭す美神。

『美神さん……全部…全部知ってて……』

「幽霊のまま元どおりでいるより、生きて、微かにでも何か心に残っている方が意味があるの。
 生きて、おキヌちゃん!! 生き返った後改めてまた本当の友達になりましょう…!」

『み…美神さん…! でも…そんな事言われても…』

「俺が言うのも筋違いだが…アンタは生きるべきだと思うぜ。なーに、人と人との関係なんて、思いも
 掛けずできたりするモンだ」

「大丈夫! 大事な事だったら必ず思い出すワケ!」

「それに…貴女はこのまま死んでしまうには早すぎますわ。もっと世の中を楽しんでからでも遅くない
 ですわ」

「そうだよ。君はみんなのために長い間孤独に苛まれていた。これからそれを取り戻すんだ」

 雪之丞、エミ、氷雅、西条が口々に励ます。

「仕方がない……あまり使いたくはなかったが…」

 そう言うと横島はチャクラを全開にして双文珠を一つ創り出す。

「こっちにおいで、おキヌちゃん。これにこれまでの君の記憶をダウンロードしてあげよう。これで
 君のみんなとの記憶は無くならない。ただし…これはあくまで予備だ。必ず自分の力で思い
 出せるさ」

 そう言って『記憶』の二文字を浮かび上がらせておキヌの頭にくっつける。
 文珠は光り輝いておキヌの記憶を写し取り、その後宝石のように綺麗な石へと変化した。

「これがこれまでの幽霊としての君の記憶だ。もし君が思い出せなかったとしても何年か経った時
 必ず俺が君の前に現れ、思い出したいかどうかおキヌちゃんの意志を確認しよう。
 それなら心配ないだろう?」

 記憶石を差し出す横島の言葉に、名残惜しそうにしながらも頷くおキヌ。

「じゃあ氷を破壊するぞ。その瞬間、仕掛けてある術が作動して君の幽体が身体に戻される。
 一時の別れだ、おキヌちゃん!」

 そう言って飛竜を氷に突き立てる横島。

 ビキッ! ビシビシ!

 氷に込められた呪術が破られ、横島の数百マイトに上る霊気が流れ込む。

「俺達も君も……何も失くすわけじゃない。人には別れもあるが必ず出会いもある。又会おうな…」

『横島さん…! 私…! 絶対思い出しますからー! 忘れてもみんなの事必ずー!!』

 グシャアァァァァン!!

 おキヌのその言葉と共に氷が砕け散り、おキヌの身体が宙に舞う。
 その身体を受け止める横島。
 そしておキヌの幽体はかき消すように消え、身体の中へと戻っていった。

 その手にしっかりと記憶石を握らせる横島。

「横島君、全ての準備はできている。氷室さん達の所に彼女を連れて行こう…」

 昨日からその手配に追われていた西条が促す。

「わかりました。美神さん、しばらくおキヌちゃんは貴女の元にいる事はできません。おぶって
 いきますか?」

「ええ…。私の大切なおキヌちゃんですもの。それぐらいするわよ」

 その言葉におキヌを美神に渡す横島。
 こうして死津喪比女事件は無事解決した……。
 一人の少女に悲しい別れと、新たな人生と絆をもたらして………。






「美神さんの様子はどうですか…?」

「そうですね……さすがに誰も事務所にいなくて一人っきりですから、落ち込んでますね…」

『ヨコシマ、貴方しばらく一緒にいてあげれば?』

 あれから数日程経ったある日、妙神山の一角で空を見上げながら話している小竜姫と横島、ルシオラの意識。
 おキヌがいなくなって以来、美神は他人と一緒にいる時は以前のように振る舞っているが、傍目でも落ち込んでいるのは明らかだった。

「いや、美神さんを慰めるのは俺の役目じゃない。その辺は西条にすでに頼んである」

 そう言ってルシオラの提案を否定する。

「一時的に彼女をオカルトGメンに所属させるんですね?」

『成る程、それなら美神さんも気分が変わって寂しさを忘れられるわね』

「ああ、将来を考えればここで西条に頑張ってもらわないとな」

「そうですね。それにオカルトGメンで西条さんと一緒なら、単独行動で危険な目にも遭わないでしょう
 から安心です」

『そうなるとおキヌちゃんが戻ってくるのは暫く先だし、いよいよ元始風水盤かしら?』

 ルシオラの意識が、本来死津喪比女の事件より前にあった魔族絡みの事件を思い出す。

「そう言う事だな。もういつ起きても不思議はない。そろそろ雪之丞と氷雅さんに先行して貰おう。
 今回は美神さん達を巻き込むことなく事を終えたいしね」

「問題はメドーサの代わりにどんな敵が出てくるかですね……」

『そうね…。まさか私達姉妹が出てくるはずはないし……』

「それに今回アシュタロスは既にメドーサを倒されている。邪魔する可能性がある敵が相当強力
 だって知っているはずだ。相応の部下を選んで作戦にあたらせる事だろう」

 そう締めくくると、横島は明日からの事に考えを巡らし始める。
 この時、横島はまだ香港に乗り込んで先手を打てば、被害をそれ程出さずにこの事件を終わらせる事ができると考えていた。






 ここは南米の某所。
 実際は地下にある秘密基地なのだが、その雰囲気はどこかのエイリアン宇宙船の内部のように生物的な雰囲気が漂っており、人間が丸ごと入るようなカプセルが10基ほど並べられている。
 ただ、未だその中には何も入ってはいない。
 子供がここを見たら間違いなく悪の組織の秘密基地と言うだろう照明を落とした広い部屋に浮かぶ人影。
 正面の壁の上に、何か魔神の顔を象ったようなレリーフが設置され眼が明滅を繰り返している。

『マンティアよ、元始風水盤作戦の指揮はお前に任せる事とした。やれるか?』

 恭しく控えている男に問いかける姿は、まさに秘密組織の首領と呼ぶに相応しい。

「お任せ下さい、アシュタロス様。私は元神族のメドーサなどとは違います。必ずや魔力エネルギー
 の補充とこの世界の神魔族のバランスを覆してご覧に入れましょう」

 自信に満ちた声で応える男。
 だがその容貌は薄暗くてよく見えない。

『よかろう。お前に任せよう。吉報を待っているぞ……』

「はっ! 必ずや成功してご覧に入れます」

『うむ。……だが一つ心配なのはあのメドーサを倒した存在の事だ。あれでもメドーサは相応の実力
 を持っていたのだからな』

「情報によれば神族と人間の両方と闘って敗れたとか……」

『その通りだが、残念ながら詳しい事はわからぬ。今回もそれに類する敵が現れるかもしれん。
 心して行くがよい』

「はっ! すでに対応策は考えております。日本のGS共は私の打った手でそれどころでは
 なくなる筈」

『ならばよい。行け、マンティア!』

 その一言に深々と頭を下げると、立っていた影が消える。

『マンティアの実力を疑うわけではないが、どうにもメドーサを倒した相手が気になる……。一体
 何者が……? まさか…奴がこの時代に……?』

 暗い部屋の中でアシュタロスの言葉が妙に重く響く。
 横島が考えていたように、魔族は元始風水盤作戦のために動き出そうとしていた。






 昔なら夜遅い時間と呼び歩き回る者も少なかった時間だが、すでにそのような図式は崩れ少年少女達がたむろっている事も多い。
 しかしこの住宅街は昔ながらの静寂に包まれていた。
 その中を比較的タイトでラフな中国風の服装をした、眼鏡を掛けた高校生ぐらいの少女が歩いている。

「まっずいなー。初めてプロのGSの除霊を間近で見るためとはいえ、相当遅くなっちゃったわ。
 母さん怒ってるだろーな」

 そんな事を言いながら歩いていた彼女の前にふと漂ってくる妖気。

「なっ…!? これは妖気……いや魔気に近いわ!」

 禍々しい気配にハッとしながら歩を停めて身構える。
 その視線の先には先程まで誰もいなかった筈の道の真ん中に佇む一人の女。

「貴女何者!? 私を六道女学園の生徒だって知ってて襲おうってわけ?」

 半分自信、半分虚勢で声を上げる少女。

「ふふふ……そんな事はどうでもいいの。貴女それなりの能力を持っているのね。それを私達魔族
 のために役立てて貰うわ」

 そう言って暗闇から出てきた女は20台半ばのやや冷たい感じのするショートカット美人でプロポーションも良い。
 スーツ姿だがそれよりはカジュアルな服装が似合いそうだ。

「魔族ですって!? じゃあ貴女……私の敵なのね!」

 そう言って素早くお札を取り出す。

「行け!! イー! アル!」

 ボッ

 その言葉と共にお札から少女と同じ帽子(番号が打ってある)を被った小柄なキョンシーが姿を現し、手にナイフを持って凄い勢いで女に襲いかかる。

「サン! スー!」

 続いてさらに2体のキョンシーを繰り出す少女。
 普通の悪霊ならこれで十分圧倒できるのだが、今回は相手が悪かった。
 というよりこの辺が経験の無さというか怖い者知らずのところかもしれない。
 基本霊力が圧倒的に違う魔族相手に正面から挑むなど、美神やエミに言わせれば正気の沙汰ではないのだ。

「ほう…キョンシーか。だがその程度の霊力で私に刃向かうなんて愚かとしか言えないわ」

 ニコリと微笑むと軽くその手を一閃させる。
 開放された魔力はせいぜい300マイト程度だったが、その圧倒的な霊圧の前に消し飛ぶキョンシー。

「そんな……! 私のキョンシーをただの一撃で……」

 蒼白になって棒立ちとなる少女。

「大体霊圧は45マイトってところね。まあいいわ。お前も私と同じになりなさい!」

 その言葉と共に女の姿が変化していく。
 顔は変わらず髪が花弁状になって頭が蕾み状態の花のようになり、横と後ろは緑色の髪の毛がそのまま残っている。
 さらに身体はプロポーションなどは変わらず、その皮膚の感じが植物の茎のような質感となり緑色となる。
 まさに植物人間といった容貌になる女。

『駄目よ…逃げなきゃ駄目! ……でも…身体が動かない……』

 恐怖に金縛りとなった少女を、まるで獲物を品定めするように睨め付ける魔族。

「さあ、仲間を増やすのよ!」

 いきなり突き出した魔族の腕が、絡み付き束になった植物の蔓状になって襲いかかる。

「きゃああああ〜!!」

 少女の叫び声が閑静な住宅街に響いたが、付近の住人が飛び出してきた時にはポツネンと倒れた少女がいるだけだった。






 次の日、横島は日課となっている1日に2度の東京出張所への顔出しをしたところを、待ちかまえていた美神に捕まった。

「待ってたわよ横島君! 貴方に至急見て貰いたい事が起きたの」

 本来、自分の分も含めて申請したパスポートを受け取ろうと考えていた横島は、偶々一緒に来た雪之丞、九能市と共にオカルトGメンの車に乗せられ行き先も告げずにスタートする車に少し驚く。
 美神はオカルトGメンの制服を着ているため、横島の目論見通り西条が手を打ったのだろう。

『おかしい……。この時期、元始風水盤以外に魔族が動いたという記憶はない。となるとやはり
 あちらでは起きなかった事件が起きたというわけか…』

 シートに座りながら考え込んでいる横島。
 雪之丞と九能市も事情を聞かされていないのでやる事が無く暇そうである。

「さて美神さん、そろそろ事情を話してくれてもいいんじゃないですか? 本当なら今日はパスポート
 を取りに行く筈だったんですからね。間に合わないと予定通り出国できないじゃないですか」

 微かな不満を言葉に乗せながら、それでも冷静に話す横島。
 左右で頷く雪之丞と九能市。
 横島の言葉に海外旅行にでも行くつもりなのか、と思った美神だが今は仕事の話が優先とひとまず棚上げする。

「そうね。実は昨晩六道女学園の生徒が何者かに襲われる事件が起きたの」

 頷くと話し始める美神。

「ほう、冥子ちゃんの実家がやっている学校ですね。返り討ちにして襲った方が入院中という事でも
 無いようですね。それなら俺達は必要ない。犯人は妖怪か魔族ですね?」

 ズバリと核心に斬り込む横島。

「ええ、おそらくそうよ。被害者は神保理恵16歳。六道女学園霊能科の1年生よ」

「霊能科? 彼女は霊能力者なんですか?」

「ええ、得意技はキョンシーなどの使役。かなり霊力もあるし強い娘だったのよ」

「そうですか。ところで車はどこに向かってるんです?」


 窓の外に研究施設と思しき建物が見えてきたので尋ねる横島。

「今回はちょっと特殊な事例でね、被害者は完全に隔離されているの」

「成る程、憑依されて完全に支配されたか、操られているってところですか……」

「いえ、事態はもう少し深刻よ」

 真剣な美神の表情にさらに悪い事態を考えてみる横島達。

「まさか……一体になったんですか?」

「それは違うみたいだけど、似たようなものかしら。後は実際に被害者を見てからにしてくれる」

 そんな話をしている間に車は施設内へと滑り込み、正面玄関の前で止まった。
 そこには西条と一般のオカルトGメン隊員と医師らが待っている。

「どうやら事態は深刻みてーだな」

「一体どうなっているのかしら?」

 その様子に雪之丞達も真剣な表情になる。

「待っていたよ横島君。我々としてもお手上げの状態でね…」

 疲れた表情で先を歩く西条の言葉には実感がこもっていた。

「これが襲われた神保理恵だ。まずこの姿をよく見ておいてくれ」

 そう言って西条が差し出したのは、眼鏡を掛けた少し勝ち気そうな可愛い少女の写真だった。
 その容姿を記憶して雪之丞達に写真を渡す。
 やがて法定伝染病患者を隔離する設備にさらに霊的な結界を張って被害者を封じ込めている部屋の前まで来ると、西条は黙って覗き窓を指差した。
 その窓から中を見た横島の眼に飛び込んできたのは………。
 顔は先程写真で確認した神保理恵そのものだが、髪が花弁状になって頭が蕾み状態の花のようになり、横と後ろは緑色の髪の毛がそのまま残っているものの、皮膚の感じが植物の茎のような質感となり緑色となって眠っている植物人間としか言いようのない女性だった。

「……これは…。そうか! 同化され襲った魔族と同じ存在にされたな!」

 真実を看破した横島の眼に怒りの炎が揺らぐ。

「ということは、あの少女は魔族になってしまったんですの?」

 九能市の質問に首を振る横島。

「いや、おそらく襲った魔族に何か埋め込まれたか、ウイルスみたいなものを感染させられたか
 だろう。詳しい事はわからないけど敵にそんな能力があるとすれば、この娘も同じ能力を持って
 いる可能性が高い」

 怒りを抑えながら口を開く横島の言葉に頷く西条。

「さすがだな横島君。残念ながら君の推測通りだ。彼女を収容した病院で変身した彼女に襲われ
 て、医師1名と看護師2名が魔族化させられた。連絡を受けて我々も急行したんだが、到着した
 時はさらに警官2名も襲われた後だった」

「それで襲われた被害者は?」

「全員ここに収容してある。今は麻酔ガスを使って眠らせているが、犯人の魔族がこのまま犯行を
 重ねれば収容しきれなくなる……」

「確認したいんですけど、彼女たちを眠らせたのは人間用の麻酔ガスなんですね?」

「え…? あ、ああ…その通りだが?」

「ならば体組織全てが完全に魔族化したわけじゃない。上手くいけば元に戻せるかもしれない。
 どっちみち神界に連れて行かないと治せないとは思いますが……」

「しかし襲っておいて放っておくとは不思議だったが、なかなか巧妙だな。これなら次々に魔族の
 仲間を増やす事ができるってもんだ」

「そうですわね。おそらく今夜も現れるでしょう……」

 少し考えた横島は振り返ると西条に向かって話し始める。

「俺は一旦妙神山に戻って小竜姫様を連れてくる。合わせてこういう事に詳しい神族の応援も頼もう
 と思う。その間、雪之丞と氷雅さんは残って西条さん達に力を貸してやってくれ」

「わかった。早く戻ってきてくれよ」

「わかりましたわ」

 頷く二人に文珠を手渡す横島。

「今度の敵がどういうプロセスで人間を同化するのかはわからない。敵と遭遇したらこれを使って
 身体の表面に耐魔防壁を発生させろ。そうすれば恐らく同化される事はない」

 そう言いながらさらに二つの文珠を創り出し、西条と美神にも渡す。

「敵が動くのはおそらく夜でしょう。昼過ぎには戻ります」

 そう言って『転移』の文珠を使って姿を消す横島。
 残された人々は、あらゆる意味で敵が先手を打つ事ができる状況に自分の力の無さを痛感していた。




(後書き)
 「死津喪比女」編が終了し、おキヌちゃんは一時退場です。
 順番を繰り上げたので、彼女の復帰は暫く先になるでしょう。
 さて、今回はいきなり次の「元始風水盤」編に突入という形になってしまいました。
 南米のアシュ基地にあるカプセルは、この後(ほぼ直後)にルシオラ達を生み出すために使われるモノです。
 なお、「元始風水盤」編に登場する魔族は完全にオリキャラであることを、最初にお断りしておきます。
 それから、今回魔族に襲われた六道女学園の生徒は、クラス対抗戦でおキヌちゃんにキョンシーを奪われたあの娘です。
 名前は私の方で勝手につけさせてもらいました。


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