フェダーイン・横島

作:NK

第26話




「あら横島さん、遅かったですね…ってどうしたんです? 息を切らせて……」

 珍しい光景に首を傾げる小竜姫。

「いえ…急いで戻ってきたもので……。突然で済みませんが、ヒャクメを至急呼び寄せて俺と一緒に
 来てくれませんか?」

「はぁ、ヒャクメをですか? 構いませんけど一体どうしたのです?」

 横島はさっと尋ねる小竜姫の手を握ると、自分の魂に融合している小竜姫の意識とのシンクロ回線を開いてもらう。

「こ…これは……なんていうことを! しかしなぜこの時期に……」

 横島が見てきた事柄をダイレクトに知らされて驚きに目を見張る小竜姫。
 やがて全てを見せ終えた横島は握っていた手を離す。
 少しだけ名残惜しそうな表情を見せた小竜姫だったが、すぐに真剣な表情になって横島に尋ねる。

「横島さん、おそらくアシュタロス配下の魔族の仕業でしょうが……目的はなんだと思いますか?」

「おそらく……元始風水盤作戦を気が付かれないための…いや、我々の戦力を日本に張り付けて
 おくための陽動でしょう」

 きっぱりと言い切る横島。
 彼も魔族がこういう手を打ってくるとは思っていなかったのだ。

「おそらく時を同じくして香港でも奴らは活動を開始したでしょう。だが今回の敵は放っておく事が
 できない相手を送り込んできた。なかなかやり手だと思いますね」

「私もそう思います。なかなか頭が良い敵のようです。ではヒャクメを呼びましょう。でも彼女も
 横島さんに興味を持つでしょうから、上手く誤魔化さないといけませんね」

 そう言うと神界との連絡を取るために精神を集中する小竜姫。
 横島は思いもかけない敵の出方に、急いで今後の対策を考え始める。
 元始風水盤だけは絶対に作動させてはならないのだ。
 ヒャクメと連絡を取った小竜姫が横島の方を見た時、すでに思考に没頭している横島の姿があった。



「遅いっスねー、ヒャクメ……」

「本当ですね。全く何をやっているのかしら? これ以上遅かったら仏罰を下さなければ……」

 何やら理不尽な事を呟いている横島と小竜姫。
 連絡を取ってから30分程しか経っていないのだから、いくらなんでも神族の調査官たるヒャクメがそうそう来る事などできないだろう。
 彼女の上司に伺いを立て、許可が下りなければ来る事などできまい。

「いいです、決めました! ヒャクメは今晩ご飯抜きです!」

 立ち上がった小竜姫がグッと拳を握りしめながら言うと、いきなり眼前に位相空間というか空間の揺らぎが発生する。

 バシュッ!

「よっと!」

 いきなり空間の歪みから大きな鞄に乗った美少女が姿を現した。
 蛇の鱗模様のボディースーツを着ているところを見ると、一応龍神族関係なのかもしれない。

「おじゃましまーす!!」

 屈託のない明るさが持ち味のようだ。

「あらヒャクメ、遅かったですね。今晩はご飯抜きですよ」

 真面目な顔をしていきなり訳のわからない事を言う小竜姫に戸惑うヒャクメ。

「何でそうなるの〜小竜姫! わざわざ貴女に呼ばれて、上司の許可を貰って来たっていうのに
 酷いのねー!」

 大きな目玉模様の付いた鞄を手に持っていきなり涙目になる。

「まあまあ小竜姫様…。いくらなんでもそれは可哀想ですよ。ここは一つ役に立たなかったら飯抜き
 ということで」

 仲裁に入った横島だが、平行未来の記憶からか結構酷い事を言っている。

「ううっ…! それも結構酷いわ。
 ところで貴方は誰? 人間にしてはかなり強い霊力を持っているのねー」

 漸く横島の存在に気が付いて好奇心を刺激されたのか眼を向けるヒャクメ。
 視線に合わせるようにイヤリングの目玉もギョロッと横島の方を向く。

「ああ、初めまして。俺は横島忠夫。この妙神山に住み込みで修業に来ているGSさ。もう1年以上に
 なるかな? まあ小竜姫様の弟子になるんだろうな」

「へえー…。よくあの小竜姫のしごきに1年以上も耐えてるのねー。それってかなり凄いわ。でも才能
 ありそうだから納得できるかもしれないのねー。私はヒャクメ。神族の調査官で情報の収集と分析
 が仕事なのねー」

 そう言って好奇心8割、好意1割、驚き1割の視線でジロジロと横島を見詰める。

「こらヒャクメ! 初対面の人をそんなにジロジロと見るなんて失礼ですよ!
 全く私の横島さんを……」

 最後の方はブツブツと独り言のようになっていたが、それを聞き逃すヒャクメではない。

「へえ〜。ひょっとして小竜姫のいい人なの? やるわねー小竜姫。修行一筋だった貴女にも
 やっと春が来たのね〜」

 久しぶりにいいネタができたと思ったヒャクメは、そう言って小竜姫をからかおうとしたが返ってきたのは予想外の小竜姫の反応だった。

 チャキッ!

 首筋に当てられた神剣の冷たい感触に焦るヒャクメ。

「な、な、な、な……何をするのね〜小竜姫!?」

 いきなりの反応に戸惑いながらも小竜姫が真剣だと言う事に気が付いて焦る。

『そんなー!まさか逆鱗に触れてしまったの、私?』

 等と心の中で思っているのは内緒である。

「ヒャクメ…この事は誰にも言わないでくれると嬉しいわ。そう、神族上層部を含めて誰にもね……」

 笑顔だが心の奥底から感じる冷たさと圧倒的な迫力で迫られ、ただただコクコクと頷くヒャクメ。
 それ以外のいかなる行動も返ってくるのは“死”だと本能が告げていた。

「まあまあ小竜姫様。ヒャクメだって口を滑らせればどうなるかわかってますよ。ここは一つ喋ったら
 俺の飛竜で百叩きということで」
 
 横島はというと、こちらもニコニコとしながら圧倒的な威圧感で、高い霊力を発している木刀を肩に乗せながらヒャクメを見ている。
 先程と同じ口調で小竜姫を宥める横島に、その息のあった小竜姫とのコンビネーションを目の当たりにしたヒャクメは疑惑を確信へと変える。
 だがさすがのヒャクメもここでそれを口にすれば、もう味方は誰もいないのだと言う事を認識できない程鈍くはない。

「ううっ……。せっかくやって来たのに何か扱いが悪いのねー。小竜姫は私を苛めようと思って
 呼んだの?」

 姿を現してから酷い扱いしかされていないヒャクメは今にも泣きそうな表情で小竜姫を見詰める。

「そうですよ、小竜姫様。今回の事件はヒャクメの能力が必要だって言ったのは小竜姫様でしょ?」

 そう言う事にしようと口裏を合わせた事を思い出して漸く我に返る小竜姫。

「はっ! そうでした。ヒャクメで遊んでいる場合じゃ無かったですね!」

 その一言でヒャクメが滝のように涙を流して隅っこでいじけているのはご愛敬だろう。

「ええ、次の犠牲者が出る前に行動を開始したいですから」

 全然ヒャクメを庇おうとはしないが、結果的に庇っている横島が事態を前に進めるために助け船を出す。

「ヒャクメ、貴女に調べて貰いたい事ができたの。事情は説明するから一緒に来て貰える?」

 そう言って真剣な表情を見せる小竜姫。

「今回の事件はもの凄く大きな作戦の一環ですが、かといって無視できる程小さくもない。まずは
 被害者を元に戻せるか調べないとね」

 そう言う二人に手を引っ張られて引きずられていくヒャクメ。

「お願いー! もっと私に優しくして欲しいのねーー!!」

 妙神山にヒャクメの叫びが木霊していた。






「成る程、それで私を呼んだのねー?」

 ゲートを通って横島の部屋に現れた横島達は、空を飛んで移動中に今回の事件の説明を行っていた。

「ああ、小竜姫様に適任者を訪ねたらヒャクメがいいって教えてくれたんで、頼んで連絡を取って
 貰ったんだ」

 同じ神格の小竜姫には、この世界では師匠と言う事もあって丁寧な言葉遣いで呼び方も“様”を付けているのに、なぜかタメ口で呼び捨て扱いのヒャクメ。
 横島には平行未来の記憶があるために気にしていなかったが、歴然とした扱いの差を感じているヒャクメはちょっと悲しかった。

「でもその魔族もえげつない事をするのねー。目的は一体何なのかしら?」

 おそらく横島も小竜姫もその辺の事情を知っていそうだと見当を付けているヒャクメは、疑問という形で説明を要求している。
 それをわかっている横島はどうしたものかと小竜姫と眼を合わせる。
 何しろヒャクメ相手では隠し事をするのは難しい。
 本気になれば相手の記憶は無論、心の中まで覗く事ができる能力を持っている。

 横島が平行未来からやってきた魂の一部と融合し、小竜姫とルシオラの魂の一部を持っていて意志を伝え合うどころか会話まででき、神族と魔族の魂を人としての魂と共鳴させる
ことで中級神魔以上の霊力を発揮できると下手な形でバレては元も子もない。
 それに平行未来の記憶では、神魔人となった横島と共に人界の平和のために闘った仲間だったのだ。

「その理由を知りたいの、ヒャクメ?」

 横島の胸の裡を理解した小竜姫が意識して普通の口調で話しかける。

「それは仕事上知りたいのねー。それに今回の事件は個人的にも興味があるのねー」

「この事件の裏を知るにはそれ相応の覚悟が必要になる。ヒャクメにその覚悟があるのか?」

「良く分からないけど、私だって神族の調査官、プロなのねー。覚悟だってできてるわ」

 ちょっと怒ったような口調で話すヒャクメに、そういう覚悟じゃないんだが、と呟くと空中に静止する横島。
 それを見て小竜姫も覚悟を決めて静止する。
 少し驚いたヒャクメだが、好奇心が勝ったのか戻ってきて二人と対峙した。

「悪いが他の連中に見られたくはない。結界を張らせて貰うぞ」

 そう言って双文珠を取り出す横島。

「よ、横島さん! 貴方文珠を使えるの?」

 それを見て驚くヒャクメ。神族の間でも文珠を使える者は神道系の菅原道真(神)ぐらなのだ。
 だがそれはあまり知られている事ではない。

「そうさ、これが俺の霊能力。だがそれだけじゃない」

 そう言って『結界』の二文字を込めて強力な結界を張り巡らす。

「凄いのねー。私でも外からこの結界の中を覗く事はできないですよ」

 呆れたように周囲を見回すと、賞賛の言葉を発する。

「ありがとう。例えこの世界では初めて会うんだとしても、知り合いにそう言われるのは悪いモン
 じゃない」

 そう言ってもう一つ双文珠を創り出す横島。

「これで俺の記憶をヒャクメに見せよう。そうすれば今回の事件の裏も全てわかる。だが覚悟して
 くれ。これを知った以上、俺達を裏切ればヒャクメの記憶を全て消す事になる。この文珠でな」

 心を鬼にして言い切る横島。
 小竜姫も異存はないようだ。
 二人の絆と決意に少しだけ躊躇を感じたヒャクメだったが、少し考えた上でコクリと頷く。

「約束するのねー。小竜姫は大事な友達だし、横島さんは悪い人じゃなさそうだから……」

 その眼に彼女の覚悟を見た横島は、双文珠に『伝達』の念を込めてヒャクメの額に押し付ける。

「こ…これは……過去と未来の記憶…?」

 その内容に戸惑った表情をしたヒャクメだったが、流れ込んでくる記憶の映像が実際とは微妙に違う事に気が付く。
 そしてアシュタロスとの闘いと、ルシオラを助けるために神魔人となり人界を護るために闘う横島の姿。
 それを助け、共に闘う自分の姿。
 それが終わると、今度は中学生の横島が自分の魂と一体になり、一人で修行に励んだ3年間の記憶が見え出す。
 さらに小竜姫に全てを明かし心を一つにした事。
 その神魔人としての力を初めて発揮し、メドーサを倒した事件。
 おキヌを開放するために、未だ復活しきっていない死津喪比女を倒した事件。
 これまでの全てを見終えたヒャクメは呆然とした表情で固まっていた。

「横島さん……貴方は……」

 漸く口を開いたヒャクメだったが、その意識は未だ衝撃の大きさに打ちのめされ、視線は当てもなく彷徨っていた。

「……貴方の魂の一部は、小竜姫とルシオラさんの魂のコピーと融合した貴方の魂の一部は…
 平行世界の未来からやってきたんですね……。そしてこの世界でも再び闘う事を………」

 そこまで言うとゆっくりと視線を小竜姫と横島に合わせる。

「この事は未だに俺と小竜姫しか知らない俺達の秘密だ。どうせ教えなくてもヒャクメなら必ず調べ
 ようとするからな。だから予め教えておいた方がお互い気まずい思いをしなくていいだろ?
 ヒャクメも小竜姫も友達同士で疑わなきゃなんないなんてのは嫌だろうからな」

 自分に言い聞かせるようにゆっくりと言葉を紡ぐ横島。
 今回ヒャクメに秘密を明かした事が、吉と出るか凶とでるかはまだわからない。
 だが平行未来の自分のように、かつての仲間だったヒャクメを信じたいと思う気持ちも確かにある。
 ヒャクメを呼ぶに当たって、横島は妙神山に戻るまで色々なパターンをシミュレーションしたが、真実を教える事が最も良い結果を生み出すという結論を得てはいた。
 しかし現実は色々と複雑で思うようにはいかないものだ。それを知っている横島は、一抹の不安を消せないでいた。

「横島さん、小竜姫……。ありがとうなのねー。二人とも私の事信じてくれるのねぇ〜。
 私嬉しい……」

 そう言って何故かボロボロと大粒の涙を流し泣き出してしまうヒャクメ。

「おいヒャクメ!? 何で泣くんだよ!?」

「ちょっとヒャクメ? 貴女どうしちゃったの?」

 慌てて泣き出したヒャクメを慰めようとする二人。
 まさかあれが虐めになったんじゃなかろうか、と横島が変な心配をしているのはここだけの話……。

「違うのね〜。私、嬉しいのね〜。小竜姫はやっぱり私の親友だと思って……。」

 話の繋がりがわからなくて怪訝そうな表情の二人を見て、グスグスと鼻を啜りながら話し始めるヒャクメ。

「神族の調査官であり、さらに心を覗く事ができる私には神界でもあまり友達はいないの……。
 それはそうよね、自分の心を覗くかもしれない相手なんて近くにいて欲しくないもの……。
 そんな中で小竜姫は数少ない友達なのねー」

 そこで一旦話すのを止め、じっと小竜姫を見詰めるヒャクメ。
 そこには安堵の表情が滲み出ていた。

「でも今日会った時、小竜姫が何かを隠したいって思っていたのはわかったのね〜。それがこんな
 大事な事だとは思わなかったけど、小竜姫も知られたくない事ができたから……私から離れて
 いくんじゃないかって……。私の事を避けるようになるのかなって不安に思ったのに……
 打ち明けてくれるなんて〜! それに初対面の私を信じてくれるなんて、横島さんも小竜姫の
 未来の旦那さんだけの事はあるのね〜」

 感極まったのか、そう言って小竜姫と横島の二人を抱き締めて再び泣き始めるヒャクメ。
 自分が探ろうとする前に打ち明けてくれた事が余程嬉しかったのだろう。
 二人もそんなヒャクメを戸惑いつつも優しく抱き締める。
 スンスンと暫く泣き続けていたヒャクメだったが、落ち着いたのか漸く顔を上げる。

「ヒャ、ヒャクメ? 少しは落ち着いたか?」

「ヒャクメ? もう大丈夫?」

 二人が心から心配している事がわかってしまうヒャクメは嬉しそうに頷く。

「ありがとう、もう大丈夫よ」

 頬に残っている涙を拭いて明るく話すヒャクメ。

「約束するわ、小竜姫、横島さん。私は二人がいいって言うまでこの事は誰にも話さない!」

 その言葉に横島と小竜姫も嬉しそうに頷く。



「さあ、西条達が待ちくたびれているだろう。早く行って被害者を調査しないとな」

 暫くして横島が本来の目的を思い出して二人を促す。

「あっ! そうでしたね。元始風水盤作戦を邪魔されないための陽動だとは思うけど、被害者を元に
 戻せるかどうか調べないと……」

「ふふふ……任せてなのねー。私が全力で調べるのねー」

 横島が結界を解き、3人はスピードを上げて隔離施設へと急いだ。
 この段階で魔族の真の目的を知っているのはこの3人だけだった。






「お久しぶりです小竜姫様。そちらの神族の方は初対面ね」

 約束通り、12時ちょっと前に戻ってきた横島は小竜姫と初対面の神族を連れていた。

「私はヒャクメ。神族の調査官で情報の収集と分析が仕事なのねー」

 すでにいつものヒャクメに戻っている彼女は、持ち前の屈託のない明るい声で挨拶をする。

「初めまして、僕はオカルトGメンの西条です。今回はわざわざ来て頂いてありがとうございます」

「私は美神令子。今は一時的にGメンの仕事を手伝っているけど、本来の職業はGSなの。
 よろしくね」

 挨拶を交わした後、即座に隔離されている被害者の元に連れてこられた神族二人は実物を見て僅かに眉を寄せる。

「成る程……見事に同化させましたね…」

 小竜姫の発したいつもと違う平坦な声は、必死に押し隠そうとしている怒りのせいだ。

「早速調べるわ。あの人の側に行っても良いかしら?」

 西条は尋ねてくるヒャクメに頷いて承諾の意を告げる。

「不測の事態に備えて、俺と小竜姫様も一緒に入る」

 死津喪比女戦で着込んでいた龍神の甲冑を着込んだ横島が、既に片手に飛竜を持って凄味をきかせる。

「大丈夫か横島君? 君まで同化されたら我々は……」

 西条の心配がわかって笑う横島。

「大丈夫、俺には文珠があるし、この防具を着ていればやられる事はない」

 その言葉に安心したような表情を見せる西条と美神に頷くと、横島は神族二人と隔離室へと入る。



 入った横島がまずした事は、『眠』の単文珠で神保理恵を確実に眠らせる事だった。

「これで何があっても暫く起きる事はない。たのむよヒャクメ」

 横島の言葉に頷くと、鞄からPCとコード類を取り出して手早く神保理恵の身体に張り付けていく。
 その間、小竜姫と横島は油断無くその姿を見守っている。
 いざという時には即座に結界を張れるように、両手には霊力が集まっているのはさすがと言えよう。
 真剣な表情でカタカタとキーボードを打っていたヒャクメだったが、暫くすると何か結果が出たのだろう。
 横島と小竜姫を手招きして何やらディスプレイを見せて話し込んでいる。
 5分程の検討の後、3人でコード類を外すと揃って部屋から外へと出てきた。

「何かわかったの!?」

「被害者は元に戻りそうかね?」

 洗浄を終えて西条達の元へと戻ってきた横島達に二人から質問が浴びせられる。

「ヒャクメから分析結果の説明があります。関係者を集めてください」

 横島に代わって小竜姫が二人に告げる。
 こうして30分後、招集された関係者が会議室に集まるとヒャクメの説明が始まった。

「まず結論から言うと、被害者を元に戻す事は可能です。しかし難しい事も事実なのねー。被害者の
 脳組織に埋め込まれたコイツが魔族化した原因です」

 そう言ってプロジェクターを通して映し出されたのは、被害者の額から脳に触手を伸ばした小さな蛸のようなモノ……。
 動物とも植物とも言えないような奇妙なモノだった。

「これは……?」

 西条が怪訝な表情で尋ねる。

「これはおそらく『肉の芽』ですねー。被害者を襲った魔族の身体の一部というか、外部端末
 みたいなモノというか……。とにかく脳に直接アクセスする生きた神経インプラントと考えれば
 わかりやすいわね」

「そうすると彼女は、魔族に襲われた時にこの『肉の芽』を植え付けられてこうなったって事?」

「そう言う事になりますねー。ちなみに他人を同化するための『肉の芽』は両手の指にセットされて
 いるのねー」

「つまりこの魔族化した神保さんの姿は、彼女を襲った魔族のコピーだってことだ。基本能力に差は
 あるだろうが、これで大体敵の能力を推定できる」

 横島が表情を変えずにメリットを告げる。

「それで…この『肉の芽』は摘出可能なの?」

 最も重要で答え難い事を質問する美神。

「不可能ではないけど、現状では難しいですねー」

「どうしてなの?」

「この『肉の芽』は生きています。外科的に摘出しようとすれば、抵抗して暴れ、被害者の脳組織を
 損傷させるでしょう。摘出には相当の技術が必要です。コイツを麻痺させる事ができるのは
 小竜姫様か俺ぐらいですが、霊波に反応して自爆プログラムが作動する可能性もあります。
 そうしたら被害者は最悪死亡するでしょう」

 横島の説明に十分あり得る事だと納得する一同。

「方法は二つですねー。一つは被害者を神界に連れて行き治療する事、二つ目は原因となった魔族
 を倒す事。襲った魔族を倒せば、おそらく『肉の芽』も死滅するはずなのねー」

「じゃあ、どっちみち魔族を倒さないといけないのね?」

「そういう事になりますね。今回の件は神族としても見過ごせません。上層部に報告して私達も関与
 できるように手続きを行います」

 毅然と言い放つ小竜姫の姿に、なぜか安堵の表情を浮かべる西条達。

「ところで悪いんだけど、雪之丞と氷雅さんは神族関係の別件で他の事の対処をして貰わなければ
 ならない。今回は外れる事になる。その代わり俺とヒャクメ、それに小竜姫様が加勢するから勘弁
 して欲しい」

 横島の西条への申し出に一瞬怪訝そうな表情をした西条だったが、あの二人は強いが神族二人の協力の方がより効果的と判断して頷く。
 今夜の特別警戒の打ち合わせを終えた面々は、会議室から出て一時の休憩を取るべく思い思いの方向へと歩いていく。

「横島君! ちょっといいかい?」

 小竜姫達と一度東京出張所に戻ろうとした横島を西条が呼び止める。
 その声に足を停めて振り返る横島。

「何です、西条さん?」

 追いついてきた西条にいつもと変わらぬ表情で尋ね返す。

「令子ちゃんから聞いたんだが、パスポートを取ったそうだね。雪之丞君と九能市さんは海外に用が
 あるのかね?」

 結構鋭いな、と思いつつもここはある程度情報をリークしておいた方が得策と考える横島。
 何しろまさかの足止めを食って自分が香港に行けないのだから。

「西条さん、香港にもオカルトGメンはありますか?」

「香港かね……? 規模は小さいがある事はあるよ」

「では何か奇妙と言うか変わった犯罪が起きていないかどうか問い合わせてみてください。何やら
 不穏な動きがありそうだという裏情報が入って来ています。二人はその確認のために行くんです」

 死津喪比女の一件で横島が独自の情報網を持っており、自分達などより遙かに早く事件の前兆を掴んでいるという事実を見せつけられている西条はハッと息を飲む。

「最初は君も行く予定だったのか?」

「ええ、そのつもりでした」

 この短い会話で大体の事情を察した西条だった。

「わかった……。オカルトGメン香港支部には僕から二人に協力するように頼んでおくよ」

「ありがとうございます。俺も含めて香港は初めてですからね。よろしくお願いします」

 横島の一言は、最終的には自分も香港に行くと明言した事になる。
 歩み去る5人の背中を眺めながら、今回の事件の裏を推理している西条。
 そこへ美神がやって来た。

「西条さん、どうしたの?」

「あっ……いや、一度部屋に戻るという横島君達を見送っていたんだよ」

 西条が言葉を濁したのを見て、キッとした表情で詰め寄る美神。

「隠し事をしているわね、西条さん! 横島君が神族の応援を呼んでまで雪之丞と氷雅さんを海外に
 行かせようとしている。これって魔族の新たな動向を掴んだって事でしょ?」

「ふう……鋭いな令子ちゃん。どうやら今回の事件は陽動らしいって事だよ。横島君や我々の目を
 引きつけ、日本に釘付けにする事が狙いのようなんだ」

「そんな事のために、高校生のあの娘を襲ったっていうの!? 卑劣な連中ね! それで二人は
 どこに行くのかしら?」

 これ以上は隠せないな、と思いつつ西条は答える事にした。

「香港だそうだよ」

「香港?」

「ああ、死津喪比女の時と同じく、まだ動きそのものは無いか、小さいモノだろうけどね……」

「そういう事ね……。でも死津喪比女の事といい、よくいつもあれだけの大事件を報酬も無しに解決
 するわね。まあ下手をすれば、誰も知らないうちに事件そのものが起きなかったようにされちゃうん
 でしょうけど…」

 頷きながらも西条は横島の存在に関して、かなり正確な洞察を行っていた。
 おそらく彼は神界の意を受けて動く特殊部隊のようなものなのだ。もしくは依頼を受けて仕事に当たるプロフェッショナルといったところだろう。
 GS免許を取ったのは、あくまで他のGSやオカルトGメンの自分と繋がりを作るためであり、基本は神界からの依頼で動く独立勢力と見なすのが妥当だと言う事だ。
 そのための装備が、前回、そして先程見た神族の装具なのだ。

「横島君か……敵にだけはしたくないな……」

 西条が呟いた言葉は実感がこもっていた。

「そうね……。彼に見放されないようにしないとね…」

 同意する美神の言葉はどこか寂しさを含んでいる。

「さて、今回の件では民間のGSにも協力して貰うつもりだ。ドクター・カオス、小笠原エミ君、
 唐巣神父にも協力要請を行おうと思う。被害者がこれ以上増える事は何としても避けたい」

 その言葉に頷く美神。
 すでに連絡は取っている。
 夕方にはこちらの戦力も集結するだろう。
 だが、依然いつ、どこを襲うかのアドバンテージは魔族側が握っているのだ。
 横島が懸念している香港の件といい、魔族の動向が妙に活発になっている事が気がかりな西条だった。



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