フェダーイン・横島

作:NK

第27話




 都内某所。
 廃棄された地下のゲームセンターから微かに聞こえる音が、この場所が死に絶えてはいない事を主張している。
 そんなゲーム機の画面に浮かび上がる長髪で痩せて顎の尖った中年男の上半身。
 なかなかに高そうなスーツを着こなしている。

「ご安心下さいマンティア様。予定通り行動を開始しました。昨夜霊能力を持つ少女一人を同化し、
 さらにその少女が数名を同化しております。残念ながら下僕は隔離施設に収容されたようですが、
 これから連続で同化を行えばすぐに収容しきれなくなるでしょう」

「そうか…ご苦労ラフレール。こちらもすでに装置本体は9割方完成した。一昨日から風水師の
 生き血を針に吸わせる作業を開始したところだ。こちらはスコルピオが従事している。
 よいか、奴らに香港での動きを知られてはならん! 日本で騒ぎを大きくして奴らを身動きできなく
 するのだ!」

「お任せを……。私は別に積極的に行動しなくても良いわけですし、ゆっくりと仲間を増やしていき
 ますわ」

「頼りにしているぞ、ラフレール……」

 そういい残してスクリーンがブラックアウトする。

「ふふふ……こうやって1日おきぐらいに2〜3人を襲えば良いんだから楽な作業だね。でも昨日の
 娘は結構強い霊能力を持っていた。確か……六道女学園だったね。少ししたら様子を見てみるか」

 暗がりから顔を覗かせたのは、20台半ばのやや冷たい感じのするショートカット美人であの少女を襲った魔族だった。







 その日の夕方。
 西条によって招集されたGS達はオカルトGメン日本支部の会議室に集まっていた。

「今見て貰ったように、今回現れた魔族は同化能力を持っている。ヤツが本気になればいくらでも
 魔族の仲間を増やす事ができるということだ。これ以上犠牲者を出さないためにも、是非協力を
 お願いしたい」

 そう締めくくった西条の横には美神が座っている。
 出席メンバーはエミ、唐巣、カオス、マリア、冥子、小竜姫、ヒャクメ、横島である。
 横島達3人を除けば、現時点での人界最強メンバーといっても過言ではない。

「でも、敵はどこに現れたっていいワケ。これじゃ警備どころか補足する事も困難なワケ」

「それに下手に戦力を分散させれば、敵に各個撃破されてしまう。おそらく今回の魔族と1対1で
 勝てるのは小竜姫様、ヒャクメ様、横島君ぐらいだろうからね」

 説明が終わるや否や、エミと唐巣から懸念が表明される。

「その通りですね。最低でも2〜3人でチームを組まないと抵抗すらできないでしょう。ただ……」

 そういって考え込む横島に視線が集中する。

「横島君、何か考えがあるの?」

 美神が代表して尋ねる。

「いえ、襲われた人達を見るに今回の敵は死津喪比女同様、植物型の魔族のようです。だとしたら
 火には弱いでしょうね」

「言われてみればそうだの…。後は雑草用の除草薬とかにも弱そうじゃの……」

 最近呆けが進行しているカオスにしては明確に判断をしている。

「成る程……。無駄かもしれないが至急用意させよう。他には何か案はないかな?」

「死津喪比女の時に使った細菌兵器は役に立たないのかしら?」

 美神がエミの方を見て言う。

「うーん……あれは呪いを掛けるのに結構時間が掛かるワケ。でも今からやれば、明日までには
 数発分は作れるワケ」

「だがそれでは数が足らんじゃろう」

「しかし切り札は多い方がいい。エミ君お願いするよ」

「私は〜どうすれば〜いいかしら〜」

 何となく一人ズレている冥子。

「……冥子ちゃんの場合は、アンチラとアジラを出しておけば良いんじゃないかな? アジラは火炎
 が武器だし、触手はアンチラで斬れば防げるんじゃない?」

 下手に暴走されては敵わないので、一応フォローしておく横島。

「すご〜い横島君! 冥子感激しちゃうわ〜」

 日頃フォローしたり相手にする人が少ないため、こういうちょっとした事でも冥子の中の横島はポイントが上がっていく。

「ここにいるメンバーには、一応俺の単文珠を1個ずつ渡しておきます。『護』の文字を込めておき
 ますから、危険になったら自動的に発動します。でも効果は1回だけですから気を付けてください」

 そう言って文珠を渡していく横島。

「攻撃手段と防御手段はいいとして、どうやって警戒に当たるかですね。敵は誰でもいいんです
 から、パトロールしてもあまり意味がありません」

「そうなのねー。色々なところの情報収集装置とリンクできれば敵の動きを掴めるかもしれないわ。
 一番確実なのは強力な魔族反応が現れたら、それを感知してみんなを誘導する事なのねー」

「わかりました。リンクの件は僕の方から関係各所に連絡しておきます。では各自車に待機して
 ヒャクメ様の誘導に従って出動ということでいいですね?」

「待ってくれ。それではおそらく間に合わない。反応出現と同時に俺と小竜姫様が瞬間移動で駆け
 付ければ大丈夫だ。その時自分以外に一人だけなら連れて行けるぞ」

「ならばすぐにメンバーを選んで待機しよう」

 西条のこの言葉で解散となり、結局メンバーは西条と美神が選ばれた。
 エミは呪いを掛けなければならず、冥子では暴走の恐れがある。攻撃力という点で唐巣よりは美神が上と判断された結果だった。

「西条さん、ちょっといいか?」

 三々五々散っていくメンバーを尻目に、横島が西条を呼び止める。

「どうしたんだい、横島君?」

 まだ何か話があるのだろうか、という表情で振り向く西条。

「あの席では言わなかったが、一つ確認したい事がある」

 いつの間にか小竜姫とヒャクメも横島の隣に立っていた。

「最初の被害者は霊能者だったが、その後で魔族化した医師や看護師、警官が魔族化して人を襲う
 までにかかった時間と、魔族化してからの能力に違いはあるんだろうか?」

「さあ……そこまで詳しい報告は受けていないが、どうしてだ?」

「いや、最初の被害者が魔族化した際には5名の二次被害者が出ている。医師達が魔族化する前
 にオカルトGメンが到着して適切な処置を行ったせいなんだろうが、もし霊能者の方が強力な魔族
 に変化するとしたら次に狙われるのはGSかもしれないし、また六道女学園の生徒かもしれないと
 思ってね」

「ふむ、面白い発想だね。そこまで詳しく記録があるかどうかわからないが、部下に言って調べて
 みよう」

「頼みます。それによっては対象を絞り込めるかもしれない」

 そう言うと3人は監視装置にリンクするヒャクメについて歩いていった。






 再び夜が来た。
 市民は昨夜、魔族によって恐ろしい事件が起きた事など知らない。
 今日も明るい場所には人々が溢れている。
 大学生風の3人の男が周囲に人気のない自動販売機コーナーの周辺にたむろっていた。

「ははは…だから言ってやったんだよ! そりゃー振られたんだって!」

「そりゃそーだよなー! でもアイツも諦め悪いよな」

「まあ確かにいい女だったからな。あーあ、俺もいい女とヤリたいよなあ……」

 なぜこんなところでわざわざ座りながらたわいもない話をしなければいけないのか、年輩者にはまったくわからないのだが彼等には抵抗がないのだろう。
 すると突然物陰から人影が現れた。

「ちょっとボーヤ達…。私と遊ばない? お金はいらないわよ、私がシたいだけなんだから」

 暗がりから顔を覗かせた20台半ばのやや冷たい感じのするショートカットの美人に、いきなりそんな事を言われれば誰だって何か裏があると考える。
 絶対に周囲のどこかに怖いニーチャンがいるとか、どっかにビデオカメラを持ったヤツがいるとか、罠に決まってるのが相場なのだ。

「ちょ、ちょっと待てよ……。確かにアンタはいい女だけどさ、普通そう言う時って何か罠があるんだよ」

「ああ、周りに他のヤツがいないとも限らねえし……」

「ほほほ……、変な事を気にするのね。別にあなた達からお金を貰おうとか、弱みを握ろうなんて
 考えてないわよ」

 何となく怪しい雰囲気を感じて退いている3人に楽しそうに笑いかける女。
 その表情に何となく安心する3人。
 だが次の瞬間、女の姿が一変する。

「ただ……私と同じ魔族になって欲しいだけさぁ」

 ズズズズ……とその姿が魔族本来のモノへと変わっていき、呆気にとられている一人に腕をツタ状にして伸ばす。

 ズ…ズルルル〜!

 いきなり伸びてきたツタとも蔓とも言えない物に絡み付かれ、悲鳴を上げる男。

「な、なんだお前……」

「ば、化け物だー!!」

 残った二人は慌てて逃げ出す。

「お、おい! ま、待ってくれ〜。ブッ…グウ……」

 絡み付かれ身動きできなくなった男の額に、触手の先端から奇妙な植物の種子様のモノを出すとグイッと押し付ける。
 すると殻が割れるように4本の触手を持ち蠢く『肉の芽』本体が現れ、触手を突き刺すとズブズブと男の肉体に入り込んでいく。

「ギャアアア〜!!」

 男が悲鳴を上げその痛みに意識を失うと、女魔族・ラフレールは腕を戻して男を開放した。

「ほほほほ……これでまた一人仲間が増えたわ。この男が完全に魔族化するのにおそらく15〜30分
 ってとこかしら。まあ変化すれば私にわかるからいいけど、これで人間共の眼はこちらに集中する
 わね。今のうちに六道女学園とかいう学校を調べてみようか」

 キュイイィィィン!

 その時ラフレールの後ろで空間が歪み、小竜姫と美神、横島と西条が姿を現す。
 その圧倒的な霊気に気が付いて振り向くラフレール。

「そこまでよ! お前の行動は見過ごすわけにはいきません! 大人しく捕まりなさい!」

「我々はオカルトGメンだ! 抵抗は止めたまえ!」

 小竜姫は神剣を、西条は霊剣ジャスティスを、美神は神通棍と破魔札マシンガンを手にしてすでに油断無く身構えている。

「ちっ! 一人を同化するのに時間を掛けすぎたか…。だがどうしてこの現場の位置がすぐに
 わかったんだ?」

 こんなに早く敵が、しかも神族まで加わって姿を現したのかが不思議だったが、こんなところでさっさとやられるわけにはいかない。
 自分の任務はなるべく長く混乱を起こし、この連中を日本に釘付けとすることなのだから。
 横島は小竜姫達が魔族と対峙している間に、襲われた男に単文珠『冷』を使って体温を下げ、『肉の芽』の成長を遅らせる。
 人間二人ならば、闘ったとしても適当にあしらって逃げる事もできる。
 しかし目の前に立っている神族(おそらく龍神だと当たりを付けている)は、自分より遙かに高い霊格なのは明らかだ。
 それにさっさと同化しようとした男に近付いた人間からも、何やら危険な雰囲気を感じる。

「くっ…! 神族がこんなところで介入してくるなんてね…。しかしここでやられるわけには
 いかないのよ!」

 そう言うと両手を向けて指を伸ばし、先端を硬化させて槍のように身体を貫こうとする。

「うわっ!?」

「きゃっ!」

 西条と美神は倒れ込む事で辛うじてこの一撃をかわす。
 小竜姫は神剣を一降りして自分に向かってきた指を全て消滅させていた。
 その隙に跳躍して離脱を図ろうとするラフレール。

「逃がしませんよっ!」

 小竜姫が横島と同じように霊力を足の裏に集約させ、一気に指向性を持たせて放出させる技を使って彼我の距離を一瞬で詰める。

「なっ!? 速い!」

「はっ!」

 驚愕するラフレールに音速をも超えるような一撃を見舞おうとする小竜姫。

「小竜姫様、上だ! 危ない!!」

 その時横島の緊迫した叫び声が小竜姫の耳を打ち、意識を僅かに上へと向けると魔力砲を発射しようとする魔族の姿を感知する。
 この時既に横島は集束霊波砲を上空の魔族目がけて発射している。
 だが相手の能力がわからない以上、うかうかと攻撃を受けるわけにはいかない。
 小竜姫は上空の敵と目前の敵との距離とタイミングを瞬時に計ると、そのまま神剣を走らせた。

 ズバッ!!

「ギャアァァァァ!!」

 紫色の体液と緑色をしたラフレールの右腕が本来あるべきところから空中へと舞う。
 そして即座にラフレールを踏み台にして回避行動へと移る。
 この一連の動作をまるで流れる舞のように美しくやって見せた小竜姫の腕前に、西条と美神は心を奪われたかのように見とれていた。

 上空に新たに現れた魔族は、魔力砲を攻撃中の小竜姫に放ったが、そのエネルギー塊は地上からこれを迎撃するために横島が放った集束霊波砲のエネルギー弾で貫かれ四散させられてしまう。
 人間がそれ程の霊波砲を撃った事に驚愕した魔族がそれを放った横島に視線を向けた時、すでに横島が放った一発目の集束霊波砲が魔族に向かって唸りを上げながら迫っていた。

「何だと! 人間ごときが…バカな!?」

 そう言いつつも相手の力量を認め、全力で逃げにかかる魔族。
 さらにこのままでは逃げ切れない事を知っている魔族は、ジャミング効果を持つ煙幕弾を爆発させる。

「うっ…! これは霊波探知を妨害するのか?」

「これでは後を追う事ができませんね!」

 既に追撃を諦め、それぞれの武器をしまった小竜姫と横島が悔しそうに空を見上げる。
 手傷を負った植物型魔族も、既にその姿を消していた。

「でもまさか魔族が2鬼いたとは計算外でしたよ……」

「そうですね。万が一を考えて横島さんに周囲を警戒して貰っていて正解でした」

「後はヒャクメがトレースしている事を祈りましょう……」

 そう言って今夜のところは戦闘終了と考えている二人は、戦闘のあまりのスピードに対処できないでいた西条と美神の元へと戻った。






「うぅ……おのれ…神族め!」

 小竜姫の一撃で右腕を切り落とされたラフレールは、溢れんばかりの憎悪を込めながら呪いの言葉を吐く。
 敵は自分などより遙かに強力な戦士だった。
 スピードも技も桁違いだったのだ。
 あのまま闘っていれば、確実に自分の命は失われていただろう。

「失態だな、ラフレール!」

 先程ラフレールを助けた、燃える炎のような髪に耳まで裂けた牙を生やした口を持ち、赤い体色とコウモリのような翼という典型的な悪魔然とした容姿を持つ魔族が言い放つ。

「くっ! 黙れゲラン! お前だって人間の前に這々の体で逃げ出してきたくせにっ!」

 ラフレールが忌々しげに怒鳴る。

「ふん! 確かにあの男は人間にしては桁違いの霊力を持っていた。ひょっとすると俺達よりも強い
 かもしれん」

「何ですって!? そんなバカな!」

「ふっ…敵の実力を読み間違えれば、待っているのは自分の死だぞ。もう少し敵を観察する事だ」

「畜生…! このツケは必ず払ってやるわ!」

 悔しさのあまり冷静さを欠いているラフレールに呆れながらも、ゲランはあの男がメドーサを倒したのではないかと考えていた。
 つまり、あの男と先程の神族が相手なら、さすがのメドーサも勝てなかったのではないかと思ったのだ。

「まあそれはいいがな、こんなに早く護衛役の俺の出番があるとは思わなかったぞ。それにどうする
 つもりだ? この状態ではマンティア様から与えられた任務を遂行できまい?」

「確かにこのままでは無理ね。それよりゲラン、頼んでおいたモノを調べてくれた?」

「ああ、六道女学園だったな。人界には珍しく霊能科っていう霊能者を育てる学科を持っている学校
 さ。つまりこの霊能科の生徒は全員霊能力を持っているってことだ」

 ゲランは昼間、人間に化けて調べてきた事をラフレールに教える。

「そうかい……。じゃあそこの人間を養分として取り込めば、この傷も早く治るかもしれないね。それ
 に霊能力を持っている人間の方が、魔族化した時より強い力を持つ強力な下僕になるからね」

 右肩を抑えながらニヤリと笑うラフレール。

「ふふん、面白いな。尤も俺には何もメリットなんぞ無いが……」

「まあ見てなって! 人間が大勢いるところなら私の花粉の力を見せてあげるよ」

「とにかく今は傷を治療して戦力を回復させる事が先決だ。2〜3日は大人しくしてな」

 ゲランの言葉に悔しそうな表情を浮かべるラフレールだったが、どう考えてもその通りなので敢えて反論せずに頷く。

「見ているがいい、今度はほえ面かかせてあげるわ!」

 憎悪をその瞳に宿して呟くラフレール。
 彼女の中で今回の任務は大きく意味を変えようとしていた。






「ヒャクメ、敵がどこに逃げたかトレースできた?」

 戻ってきた小竜姫が部屋に入るなり尋ねる。

「大体の居場所はわかったけど、ジャミングの影響で位置を特定するまでにはいってないのねー」

「だけど大体はわかったのか? さすがヒャクメ」

 横島の褒め言葉に嬉しそうな表情をするヒャクメ。

「そうですね。あの状況でそこまでできれば上出来です。それでどの辺りに潜伏しているの?」

 小竜姫の問いにスクリーンに地図を呼び出すことで答える。

「ここなのねー。大体この円の中の筈だけど、これ以上は動きがないとわからないわ」

「ふむ、大体1km四方ってとこか……」

「これならGSやGメンを集中配備すれば探し出せるんじゃない?」

 考え込む横島を尻目に美神が口を開く。

「そうもいかないよ令子ちゃん。こんな場所で奴らが暴れたら、周囲の被害がバカにならない」

「それに敵は2体いるんでしょ? 連携されたら厄介なワケ。」

「それにどうやって敵の潜伏場所を特定するかも問題だね」

 エミや唐巣も出番のないままやって来た。

「そうじゃのう…。奴らも魔力を隠す事ぐらいできるだろうし……」

「でも〜お花や植物を育てるには〜お日様に当てないといけない筈よ〜。ずっと隠れてはいられない
 と思うの〜」

 冥子にしては鋭い意見を言う。
 みんなは感心しているが、単に自分が育てていた花が日光を当てなくて枯れてしまったから言っているだけだったりする。

「そう言えば西条さん。現場にいた被害者の身元と一緒にいたと思われる人の割り出しはどうなって
 います?」

「今警察を動員して捜査中だよ。もうすぐわかると思う」

「見つかったら、今回の魔族の人間に変身した顔のモンタージュを作って、この区域に聞き込みを
 行ったらどうです?うまくいけばアジトを特定できるかもしれません」

「そうですね。あの魔族は怪我をしています。植物型である以上、日の光を浴びなければ人界では
 完全には回復しないでしょう」

「小竜姫様の言うように、あからさまに聞き込みをやれば堂々と日光浴もできないでしょうから、
 このまま戦力を低下させられます」

 平行未来で特命課の課長として捜査を行っていた記憶を持っている横島の助言は、この場で実際の捜査を行ったことのある者が少ないという事情もあり非常に的確だった。

「そうだな……横島君の言う事には一理ある。やれる手は全て打っておくとしよう」

 少し考えた末に決断する西条。
 その時部下が一通の報告書を持って入ってきた。
 それを渡された西条は書面に眼を通していたが、難しい顔をして横島の方を見る。

「横島君、君が気にしていた最初の被害者、神保理恵君とそれ以外の被害者の魔族化にかかった
 時間がわかった。それによると、霊能者の彼女と普通の人の間に有意差は無いようだ。しかし
 魔族化した後の暴れ方は普通の人間よりかなり激しかったらしい。どうも懸念通り、霊能者の方が
 生け贄には相応しいようだ」

 その報告を聞いて考え込む横島。
 小竜姫やヒャクメは既に横島から考えを聞いているため同じように考え込んでいるが、西条以外の人間は訳がわからん、という表情をしている。

「ああ、いや……これは横島君に夕方言われた事なんだがね……」

 そう言って思考中の横島に代わり、その時の話を聞かせる西条。

「じゃあ〜GSか、うちの生徒が狙われるって言うの〜」

 そうは見えないが、かなり心配そうな表情と口調で問い返す冥子。

「う〜む、小僧の言うとおり、考えられる可能性ではあるな……」

「でも聞いた限りじゃ、かなり深手を負ったから数日は動けないと思うワケ」

「私もそう思うわ。その間に聞き込みでプレッシャーをかけ、六道女学園にも警備を敷きましょう」

 この言葉で深夜の捜査会議は解散となり、一同は万一に備えてオカルトGメンのビルに泊まり込む事となった。
 この間も目撃者の捜索は行われており、やがて被害者を見捨てて逃げた連中も見つかり徹夜でモンタージュが作られる事となる。






「これが魔族の人間形態の顔か……」

「へえ。結構美人じゃない……(まっ、私には勝てないけどね〜)」

「何か気に食わないワケ」

「でも〜魔族なのね〜」

 できあがったモンタージュを見た時の第一声がこれであった。

「ではこの女性を捜し出すという指示でいいかな?」

 西条が横島に確認する。

「もう一つ、あまり人気のないところにでかい植物が置いてあるような所もチェックするように頼んで
 ください」

 それに答えてさらに注文を付ける横島。

「それはどういう事なの?」

「いや、魔族が人間の姿で傷を治すのと、元の形を少し変えた植物として治すのではどっちが早い
 かな、と思ったモノで」

「そう言われてみれば確かにそうなワケ。その方が治りは早いはずね」

「もう一人の魔族はどうするんじゃ?」

「そっちは人間の姿が全くわかりませんから、探し出すのは無理でしょう。とりあえず手掛かりのある
 方から捜査するのがいいと思います」

 平行未来では特命課の課長代理として捜査の指揮を執った事のある小竜姫も、横島同様的確な助言を与えていく。

「わかった。では今言った事を目的として捜査を行って貰おう。みんなは待機していてくれ」

 こうして西条の依頼で警察が動員され、オカルトGメンと共に大規模な聞き込みを開始した。
 ヒャクメが割り出した地域を一見しらみつぶしに、しかし遭遇はしないように細心の注意を払いながら行われる。
 その一方で、密かに六道女学園の生徒達に夜間外出禁止令が学校側より出された。

 そして聞き込み開始から2日目の昼。
 昼間は動く可能性が少ないため、横島は駄目もとでヒャクメを伴って該当地区を探索していた。
 二人とも簡単な変装をしていたため、二人きりなら何となくカップルに見えないわけでもない。
 だがそんな甘い状況を周囲が許すはずもない。
 当然の如く女子大生の格好をした小竜姫も一緒なため、年上の美人2名を引き連れての両手に花という独り身の男から怨嗟のこもった視線を送られる羽目となっていた。
 それでもなぜかヒャクメは楽しそうである。

「今ふと思いついたんだけど……」

 道すがら生えている木をなぜか丹念に見始めた横島が口を開く。

「何か見つけたんですか?」

「私は何も感じていないのねー」

 周囲をさり気なく見回していた小竜姫とヒャクメがそのままの体勢で尋ねてきた。

「あの魔族って人間を同化できるんだから、普通の木に寄生して擬態を使って誤魔化すなんて事は
 できないのかな?」

「木に寄生?」

「そう、植物の中にも他の植物に寄生して養分を吸い取り成長する種類がある。もしあの魔族にも
 同様の事が可能なら、聞き込みを始められた場合はそうやって傷を治そうとするんじゃないか
 ってね」

「ふーん。なかなか突拍子もないことに聞こえるけど、案外正しいかもしれないのねー。ひょっと
 すると……ちょっとやってみるのねー」

 そう言いながらヒャクメは精神を集中して神通力を開放する。
 しばらく焦点の定まらない眼で空を眺めていたヒャクメだったが、ピクッと何かに反応する。

「あっ……ひょっとして…」

 そう言ってさらに深い集中へと入っていく。
 立ち止まっているヒャクメを車などから守るため、挟み込むようにして立ち、周囲に気を配る横島と小竜姫。

「ふふふ……巧妙に隠しているけど、魔力の残滓を見つけたのねー」

 そう言ってニコリとするヒャクメ。

「魔力の残滓? それって何なんだヒャクメ?」

 意味が良く分からずに尋ねる横島。

「魔力の残滓っていうのはこの場合、木に身体の一部を同化させた時に融合跡に残る臭いみたいな
 ものなのねー。どうやら横島さんの考えは当たっていたみたいよ」

 そう言いながら移動を開始したヒャクメに付いていくしかない二人。
 やがて辿り着いたのは、倒産して閉鎖された地下ゲームセンターの前。
 正確にはその店が入ったビルの横に生えている大きな櫻の木の前だったが、なぜか勢いが感じられず今にも枯れそうな雰囲気を醸し出している。

「なあヒャクメ。これってまさか……?」

「横島さんの考えてる通りなのねー。あの魔族が寄生して養分をかなり吸い取っていったから
 なのねー」

「でもそれだけでは、こんなに短期間では完治にはほど遠いですよ? 本来なら魔界での治療が
 必要です。この程度だと失った右腕はそのままの筈です。やっと動き回れるかどうか、という
 ところでしょう……」

「横島さん……もしかするとあの魔族…………自分の身体を完全に治すために霊能力を持つ人間
 のエネルギーを吸い取ろうとするかもしれないですねー」

 寄生されて枯れそうな木を見上げて恐ろしい事を呟くヒャクメ。

「もしヤツがそれを考えているとしたら……行き先は六道女学園の可能性が高いな…。だが可能性
 がある場所はもう一つある」

 そう呟くと携帯を取りだし西条に連絡を取る横島。
 もしそうならば、今回は生徒がいる昼間に行動を起こす可能性も高い。

「俺達も『移動』しよう」

 その言葉と共に3人の姿は霞むようにその場から消え去った。



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