フェダーイン・横島

作:NK

第29話




「さて、香港に着いたはいいが、俺もそんなには地理に明るくねえぞ」

「私は海外なんて初めてですわ」

 空港の到着ロビーでかなり先行き不安な事を話している雪之丞と九能市。
 話はヒャクメが人界に来た日に遡る。
 ヒャクメと小竜姫の参戦で日本の魔族に関しては横島に任せ、当初の予定通り飛行機で香港にやって来た2人。
 ゴロゴロと何やら嵩張りそうな荷物は龍神の甲冑であり、対魔族戦を想定して持ってきたのだ。
 雪之丞の五鈷杵も同様に荷物の中。
 二人は表向き、仏教美術品の取引に来た事になっており、神族やオカルトGメンの根回しもあって税関を何とかパスしていた。

「まあ、俺が白竜GSにいた頃に知り合った裏家業の人間が香港にいる。そいつを頼ってみるしか
 ねーな」

「仕方がありませんわ。諜報活動の初歩は活動地の地図を頭に入れる事からですわ」

 そんな会話をしながら空港を出たところでタクシーに乗り込むと、雪之丞は尖沙咀のとある店名を告げる。
 さらにモバイルパソコンと携帯電話を接続して、ここ数日で起きた事件関係の新聞記事を検索し始める。

「何というか…雪之丞さんがこういう事に慣れているというのは意外ですわ。それに、いつの間に
 裏家業の方と知り合ったんですの?」

 妙に慣れた手際で情報を収集していく雪之丞を少し見直したような表情で見詰める。

「白竜で修行していた時、ひょんな事から知り合ったんだ。その後しばらくしてメドーサが現れて連絡
 を取っていなかったんだが、GS試験でメドーサとの繋がりが発覚しちまって、もし横島と小竜姫が
 妙神山で受け入れてくれなけりゃモグリのGSでもやるしかないと思ってたからな。その時は香港に
 高飛びしようって思って連絡を取ってたのさ」

 だから別にこの程度大したことねーさ、と言ってそっぽを向く。
 彼にしては珍しく、少し照れているのだ。

「それで、横島様の言っていらした風水師関係の事件はありましたの?」

「いや…。だが、だからといって事件が起きてねーとは限らないぜ」

「その通りですわ。相手がプロなら死体を残したりはしませんもの。事件になるには時間が掛かる
 場合も多いはずですわ」

「そういうこった…。こんな土地勘もない場所で闇雲に歩き回ったって、何も掴めはしねーよ」

「ならばこの香港でも著名な風水師を5人程ピックアップしていただけます?」

 雪之丞の言葉に同意しつつ、一つの提案をする九能市。
 彼等は横島から、小竜姫経由の神界からの情報として魔族がこの香港で何やら企んでおり、その事に風水師を必要としているらしい、という情報を聞かされ、日本で魔族に対処しなければならない横島を残して先行調査に来ていたのだ。

「そりゃあ簡単だが……どうするつもりだ?」

「こんな不案内な所では、貴方の言ったとおりこちらから積極的に動いて探そうとしても駄目ですわ。
 横島様の言うように風水師がキーワードならば、香港で著名な風水師が無事かどうか確かめ、
 そのうちの一人に的を絞って張り込むしかないですわ」

 九能市の説明に納得した表情をする雪之丞。
 こうして香港の地を踏みしめた二人は、一路雪之丞の知人のいる所へと身を寄せる。
 この時、すでに一人目の風水師は昨夜犠牲になっていたのだが、その事は誰も知らないのだった。


 翌日、人がにぎわう香港の街中を地図片手に歩き回る二人の姿が見られた。
 雪之丞の知り合いと会い、宿泊先を確保した二人は情報に基づいて香港の著名な風水師の家を順番に尋ね廻ろうとしているのだ。
 まずは安否の確認と言ったところから始めるのが基本、と言う九能市の言葉に従って。
 そして最初に尋ねたところで既に香港で最も有名な風水師が行方不明になっている事を知る。
 5人のうち3人はその生存を確認したが、2人とは連絡が取れなかった。

「ちっ…! どうやら敵の動きの方が少し速かったみたいだな」

「そうですわね。でも私達では風水師の真の実力はわかりませんわ。誰をマークするんですの?」

 忌々しげに舌打ちをした雪之丞に同意しつつも冷静に確認を行う九能市。

「オカルトGメンの香港支部に連絡して、残りの連中は任せるしかねーな。俺達は…このウォンって
 おっさんを見張るとしよう」

「そうですわね。私達の宿から家も近い事ですし……。賛成しますわ」






 張り込みを始めて2日目。
 慣れない土地での張り込みはなかなか大変だったが、幸い裏ルートから話を通して貰えたのでトラブルは起きなかった。
 この間、もう一人の風水師が犠牲になっていたが、身体は一つという物理的な限界がある二人にはどうしようもなかった。
 無論、オカルトGメンの人間が2名ほど張り込んでいたのだが、謎の敵に襲われその隙に連れ去られたらしい。
 オカルトGメン香港支部は秘密裏にその行方を捜している。
 だが、自分達より明らかに高い霊力を持つ魔族相手に戦力を分散するなど、各個撃破の好機を与えるだけなので絶対にするなと、横島からきつく言われているために二人は動かなかった。

「おっ! 漸く仕事が終わって帰るみたいだな……」

「そうですわね。出てきますわ……」
 
 二人が見張っている部屋の明かりが消えたのだ。
 事務所から出てきたウォン氏が歩き出すと、1台の車がスッと寄ってきて人気のない事を確認すると中から2人の男が降り立つ。

「むっ!? な、なんだね君達は?」

 身の危険を感じたウォンが歩みを止めて後ずさろうとする。

「フ、フウスイシ ノ うぉんダナ?」

 機械じみた声で確認する男。
 よく見れば怪しいマスクで顔を覆っており、素顔はわからない。
 体格は良く、背広を着ているが一目で戦闘系の仕事に就いていると知れる。

「…そ、そうだが…。君らは一体…?」

 ウォンがそう言った時、並んで立っていた一人の姿がいきなり視界から消える。
 眼を見開くウォンだったが、後ろに人の気配を感じて振り返るとそこにはマスクの男が立っていた。

「オトナシク シタホウガ ミノタメダゾ」

 そう言って腕を掴む。
 逃げ切れないと判断したのか、それとも力ずくで乗り込まされたのかはわからないが、ウォンが大人しく車に乗ると静かに走り出す。

「ちっ! 相手は車かよ……。まあ人を攫うのに徒歩ってこたーねえか」

「どうするんですの? このままでは見失ってしまいますわよ」

「仕方がねーな。ちょっとこのバイクを借りていこう。後で返せばいーだろ」

 そう言って手近に止めてあったバイクのカバーを外し、即座にエンジンを始動させる雪之丞。

「ほら、尾行するぞ!」

 促されて後ろに乗った九能市は雪之丞の腰に手を回す。

「しかし……貴方随分手慣れてますわね…」

「まあ、昔何度かやった事があるからな」

 そう言いながらも既にバイクをスタートさせている。

『ああ……これが横島様だったらもっと嬉しいのに……』

 雪之丞からは無論見えないが、ちょっと妄想が入り光悦の表情をしている九能市。
 この状況で雪之丞の身体に掴まりながらそんな事を考えているとは、彼女もなかなかの人物と言えよう。
 人気のない倉庫街へと車が向かうので、途中からライトを消し暗視ゴーグルを装着してバイクを走らせる。

「手際……良いんですのね」

「そうか? これぐらい常識だろ?」

 その返事に雪之丞の過去に少しだけ興味を持った九能市であった。

「あら、前方の車が止まりましたわ」

「本当だ。よし、バイクはここに置いていこう」

 やはり忍びとして訓練を積んできて夜目の利く九能市が、追跡対象が目的地に着いた事を知らせる。
 100m程離れた位置にバイクを乗り捨てた二人は、九能市の先導の元、慎重に彼等が目指す倉庫へと近付いた。

「罠みたいなモンは無かったな……」

「そうですわね。これは相手の油断なのか、それともそう思わせる罠なのか…?」

 慎重に気を配った視線の中には、彼等を危険にするような物は何一つとして存在しなかった。
 それが逆に二人の行動をいやが上にも慎重にさせていたのは皮肉と言うしかない。

「俺は入り口から中に入るか、隙間から様子を伺うが、お前はどうする?」

 手早く倉庫を見回して侵入方法を考える雪之丞。

「私は上から入り込んで様子を伺いますわ。それより貴方も気が付いているでしょうけど、あの車の
 他にもう一台停まってますわね」

 雪之丞がしっかりともう一台の車に視線を止めていた事に気が付いている九能市が、スッと手を上げて指差す。

「ああ。俺はあの車のナンバーを控えてくる。先に入り込んでくれ」

「承知しましたわ。でも気休めですが、私達の正体がわからないように顔は隠した方がよろしい
 のでは?」

 その言葉を残して素早く黒い頭巾を巻くと跳躍する九能市。
 龍神族の甲冑を着ているので飛行も可能なのだが、彼女は一っ飛びで高い倉庫の上に行くのではなく基本通りに忍び込もうとする。
 ヒトキリマルを壁に立てかけ、それを踏み台にして跳躍。鉤付きの縄を投げて出っ張りに引っ掛け、その瞬間に壁を蹴って縄を引く。
 見事に上にある窓縁に取り付くと、ガラスに吸盤を付けダイヤモンドカッターで円形に切り取ったガラスを静かに取り除く。
 即座には飛び込まず、様子を伺ってから慎重に内部へと侵入する九能市。
 幸い気が付かれた様子はない。
 内部を素早くチェックし、伏兵の気配がない事を確認する。

『よし、下にいる連中以外にはいないようですわ』

 一つ頷くと音を立てないように、しかし素早くキャットウォークを移動して黒い布を身体に被せる。
 さらにはその下から超小型集音マイクとファイバースコープを使って階下の様子を伺い始める。


「は…放せ! 君らは一体…!?」

 マスクの男達に両腕をがっしりと拘束されたウォン氏が震える声で目の前に立つ30歳ぐらいのサングラスを掛けた女性に尋ねる。

「風水師のウォンさんね?」

 9月に入ったとはいえ、まだまだ暑さの残る日々にサマースーツ姿の女性がサングラスを取り確認する。
 その容貌はやや年齢が上だが間違いなく美人と言える。
 肩から背負った包みがどこか違和感を与えるが、やり手のキャリアウーマンといった感じだ。
 ウォンの問いかけは完全に無視だ。
 怯えをたたえた瞳で見詰めるウォンを冷たく一瞥すると、女は口を開く。
 既に写真か何かで確認済みなのだろう。
 先程のはあくまで最終確認なのだ。

「あるお方が…私達の依頼者が特製の風水盤を作るのに、貴方のような優秀な風水師の協力が
 欲しいのよ」

「きょ、協力…? 一体君らの望みは何なんだ?」

「それはね、貴方の生き血…」

 すうっと眼を細めると、唇をぺろっと舐めて嬉しそうに告げる女。
 その姿は妙に艶めかしさを感じさせる。
 だがその身体からは間違いなく魔力があふれ出していた。
 その言葉に応えるように、ウォンを拘束している男の一人が大型の軍用ナイフをどこからともなく取り出し、ウォンの首筋へと持っていこうとする。
 女の方は覆っていた布を解き、巨大な時計の針のような物を取り出しそれを見守っていた。

 シュッ! ドス! ドス!
 カラ〜ン!

 だが本来の目的を果たすことなくナイフは金属音を響かせて床へと落ちた。
 それに先んじて空気を斬り裂く音と何かが突き刺さったような音が聞こえたのは空耳ではない。

「何っ!? これは一体……?」

 一瞬眉間に皺を寄せて鋭い目つきをした女だったが、配下のゾンビの腕に手裏剣が刺さっているのをみて即座に周囲を見回し邪魔者の正体を掴もうとする。

 ヴォン!
 ズガアァァアアン!

 だがキャットウォークで立ち上がり手裏剣を放った九能市を見つける前に、入り口に身を潜めていた雪之丞が放った霊波砲が女に迫る。

「くそっ! 何が起きたって言うのよ!?」

 女は叫びながらも辛うじて避けたが、横にあった段ボール箱に直撃し周囲を爆煙と轟音に包む。

「今ですわ!」

 縄を使って飛び降り、反動を使って壁を蹴りウォンを拘束する男達の後ろに廻った九能市は、やはり魔力を放つ男達をヒトキリマルで斬り捨てる。

「グアッ!?」

「ゲッ!?」

 斬撃を浴びて倒れるマスクの男達。
 倒れた拍子に割れたマスクから、半分腐乱した頭部が覗く。

「こいつら……死体!? ゾンビですの?」

 眼を見開き衝撃を受けた九能市だったが、今はやるべきことがある。

「さっ! 逃げますわよ。こっちですわ、付いて来て!」

 そう小声でウォンに囁くと、その手を引いて即座に入り口へと走る。
 何が起きたのかはよくわからないが、とにかく助かると思って共に走るウォン。

「おのれ! 逃がすんじゃないよ! 邪魔者も殺しておしまい!!」

 傷つきながらもノロノロと起きあがったゾンビに命令を下すが、女の命令が遂行される事はなかった。

 ドベシャッ!

 2条の光が伸びて立ち上がったゾンビの頭部が完全に消滅させてしまったのだ。

「こっちだ! 早く来い!」

 こちらは銀行強盗風に眼から下を布で覆った雪之丞が、腕を突き出し霊波砲を撃ったままの体勢で声を掛ける。

「バカめっ! 外にもこちらの手下はいるんだよ!」

 そう叫んだ女だったが、すぐに車の走り去る音が聞こえてきた。
 おかしいと思いつつ倉庫から出てきた女の眼に飛び込んできた物は……。

 身体が上下に分断され、頭を綺麗に吹き飛ばされた2体のゾンビ兵士の残骸だった。
 女が言っていた外の手下とは、それぞれの車を運転してきたゾンビの事だったのだ。

「そんなっ!? 人間のくせにこの特製ゾンビを一撃で倒してしまうとは……。ウォンの生き血が
 手に入らないのは惜しいが、始末するしかないね」

 自分の目の前の光景が一瞬信じられなかった女だったが、すぐに意識を取り戻すと身体から魔力を放ち空へと舞い上がる。
 そして埠頭を一直線に走り去ろうとしている車を補足すると、ビリビリと自分の服を引き千切り胸を露出させる。
 グッと胸を張って魔力を溜め、両方の乳房から魔力砲を発射する女。
 それぞれが200マイト程度の出力を持つ2条の魔力砲は、狙いを違うことなく走っている車に命中し爆発・炎上させる。
 燃えさかる車を見る女だったが、遠くから警察のサイレンが聞こえてきたため、乗っていた人間の生死を確認する間もなく車に乗り込むとその場を後にした。



「やれやれ、気が付かなかったみたいですわね……」

「ちっ! こんな所で海水浴するとは思わなかったぜ……」

「ありがとう、君達のおかげで助かったよ……」

 車が走り去って数分後、ハシゴを使って埠頭へと上がってきた3つの影。

「おやおや……、九能市の言ったとおり見事に炎上してるぜ」

 100mも離れていないところで炎上する車を見て呟く。

「車に乗らずに無人で走らせたのは正解でしたでしょう?」

 標準より大きな胸を張ってそう言う九能市。

「さすが忍者ってワケか……。ところでウォンさん。済まなかったな、こんなところでびしょ濡れに
 しちまって」

 炎から視線を横に立つウォンに向けた雪之丞が、そう言って寒そうにしているウォンに頭を下げる。

「いや、そんな事気にしないでくれ。君達のおかげで生命があったんだ。恩こそあれ、文句を言う
 筋合いはないさ」

 疲れ果てた表情でそれだけを弱々しい笑みと共に答えるウォン。

「取り敢えず今は、あいつらも私達やウォンさんが死んだと思っていますわ。急いでオカルトGメンの
 香港支部に連れて行ってウォンさんを保護して貰いましょう」

「ああ、それがいい。それが終わったらあの女の乗ってきた車の持ち主を洗うとしよう」

 そう言いながらさっさと歩き出そうとする雪之丞。
 まだ暑さが残るとはいえ、濡れ鼠になって夜の埠頭を歩くのは少し寒い。

「パトカーがやって来るようだから、それに乗せて貰わないかね?」

 ウォンの言葉に一瞬考え込んだ二人だったが、即座に頷くとサイレンの音の方にゆっくりと歩き出した。






「何! 邪魔が入っただと!?」

 山の中腹に建つ大きな屋敷の一室で、ガウンを羽織り長髪で痩せて顎の尖った中年男が椅子に深々と腰を下ろして眼前に跪く女を見据えていた。
 それはラフレールの通信に姿を見せた、マンティアと呼ばれた男。

「はい、申し訳ございませんマンティア様。邪魔をされたばかりか、風水師を連れて逃げようとした
 ので口封じのために殺しましたが……」

 そう言って顔を上げたのは、ゾンビを率いて風水師を殺そうとしていた女だった。

「まあよい。風水師はこの香港に他にも沢山いる。それより……確かに殺したのであろうな、
 スコルピオ?」

 底冷えのするような冷たい眼で部下の処置を肯定すると、確実に口封じをしたかどうかのみを確認する。

「い、いえ……。警察のサイレンがすぐに聞こえたため、証拠となる車を残して置くわけにもいかず
 隠滅工作を行っていたために確認できませんでした。 しかしあの状況では生きているとは
 思えません。誰も車から降りなかった事は確認しておりますので……」

 弱々しい声で答えるスコルピオ。

「抜かったな、スコルピオ。私の勘ではそやつらは生きているだろうな……。おそらく奴らは車に
 乗らなかったのだ」

 その言葉に驚愕するスコルピオ。

「ラフレールからの報告では、日本で事件を引き起こしたそうだ。これでおそらくメドーサを倒した敵
 は日本を離れられまい。だが仲間を送り込んだようだ」

 そう言って口の端を吊り上げ、凍るような笑みを浮かべるマンティア。

「どうやら事を急ぐ必要があるな。香港に入り込んだネズミはガーノルドに始末させる。お前は一刻も
 早く“針”を完成させるのだ。
 多少霊力が劣ろうとも、後2名程の生き血を注げば完成する筈。行け!」

 恭しく頭を下げ、そのまま退出するスコルピオ。
 ドアが閉まるのを見届けると、スッと視線を天井へと向ける。

「ガーノルド、お前にも一働きして貰わねばならなくなった……」

 視線の先に蠢く影と呼ぶには禍々しい闇の塊がぶら下がっている。
 それが床へと落ちると闇が急速に集まり、やがて黒ずくめの男の姿となる。
 黒いスーツにサングラスという、ある意味お決まりの格好をしている男だが、その物腰は妙に落ち着いている。

「聞いておりました。どうやらラフレールは失敗したようですな。ゲランまで付けたというのに
 不甲斐ない」

「いや、まるっきり失敗というわけではない。スコルピオの報告を聞く限り、今回邪魔した連中は
 メドーサを倒した敵ではない。まあ、関係者である事は間違いなかろうが、おそらく偵察というか
 情報収集のためにやって来たと言ったところだろう」

「では敵主力の足止めには成功していると…?」

「おそらくな。だがそうそう足止めをしていられるとも思えん。あのメドーサを倒した敵なのだからな」

 元々細い眼をさらに細めて呟く。
 マンティアはメドーサを嫌ってはいたが、その実力に関しては正当な評価を下していた。
 あのメドーサが人界で倒されたと聞いて神族にやられたのだとばかり思っていたが、報告では人間と神族に共同で倒されたようだと書かれていた。
 あのメドーサ相手に人間が加勢したところでどうにもならない筈なのだが、ガーノルドの特製ゾンビを苦もなく倒した邪魔者の存在がその報告をにわかに真実味がある物へと変えたのだ。

「それでは私の任務は、入り込んだネズミの始末ですか?」

「いや、少なくとも一人は口が利ける状態で連れてこい。少し情報を得たいのでな」

「御意!」

 そう答えるとガーノルドは再び黒い影となって姿を消す。

「ゾンビを簡単に倒すとなると、100マイト程度の霊力はある人間か……。おもしろいな」

 そう呟くと低い声で笑い始めるマンティア。
 この分ではラフレールが足止めしておくのもそろそろ限界だろう。
 メドーサを倒した敵が遅かれ早かれ自分の前に姿を現す。
 それを楽しみだと思ってしまう自分に苦笑する。
 数時間後、彼はラフレールが倒された事を知る事になる。






「よう、早かったな」

 空港の到着ロビーで軽く手を上げて近寄ってくる雪之丞。

「ちょっと小竜姫様から圧力を掛けて貰って、オカルトGメンの名前も借りたからな。それより連中が
 使った車の持ち主はわかったか?」

 キャスターを転がしながら話しかける横島。
 その横には雪之丞以外の姿は見えない。

「ああ。盗難車かと思ったら堂々とテメエ名義の車を転がしてたみたいだぜ。李王冥っていう金持ち
 で山の方に大きな屋敷を持っているそうだ」

「まさか邪魔された上に逃げられるとは思わなかったんだろうな。でも助かったよ。一人でも救う事が
 できたからな。お疲れ」

 そう言いながら、どうやら本拠地は平行未来での記憶にある場所と同じようだと安堵する横島。
 今回も自分の記憶が役に立つと確認できたため、何とかなるだろうと考えている。

「ところで…小竜姫とヒャクメはどうしたんだ? てっきり一緒に来るんだと思ったが…?」

 一人だった事が意外らしく、首を捻って怪訝そうな表情をする雪之丞。

「横島様、お待ちしていましたわ」

 ボックスタイプのタクシーを雇って空港のゲートで待っていた九能市が嬉しそうに声を掛けてくる。

「氷雅さん、ご苦労様。雪之丞と二人で先行して貰ったから大変だったでしょ?」

「いえ、これも全て修行ですわ。それより……小竜姫様とヒャクメ様はどうなさったんですの?」

 やはり九能市もその事が気になるようだ。
 ヒャクメはともかく、小竜姫が一緒に来ないなど想像できない。

「その事は車に乗ってから話すよ」


 車が走り出すと横島は、大事なモノのようにそっと、かつ慎重にポケットから動物の角のようなモノの一部を取り出した。

「そりゃ何だ? ……まさか!?」

 訝しげに見詰めた雪之丞がハッと何かに気が付いたような表情になる。

「ひょっとして……小竜姫様ですの?」

 九能市も同じ結論に達したようだ。

「正解! 小竜姫様、もう姿を見せても大丈夫ですよ」

 横島の一言で、手に持った角が眩い光を発して浮き上がり、小竜姫が実体化する。

「済みませんでした横島さん。こんな形で連れてきて貰って……」

 少し情け無さそうな表情で放たれた第一声だったが、そんな小竜姫の表情も可愛いな、と密かに思っている横島。
 小竜姫はいつもの下界ルックに身を包んでいる。

「一体どうして……? そうか! 神様だからパスポートが無いのか!」

 わかったぞ! と言わんばかりの表情で叫ぶ雪之丞。
 まあそういう事も一因ではあるのだが、そんなに簡単な事ではない。

「私は妙神山に括られている神なので、本来は山から離れて長く活動はできないんです。特に海を
 隔てた外国では尚更です。ですからエネルギーの消耗を抑えるために、休眠状態で横島さんに
 連れてきて貰ったんです」

 小竜姫の説明に驚きながらも納得の表情を見せる二人。
 実際は横島とルシオラの意識が作ったネックレスがあるので、全く問題なく香港でも活動できるのだがそれを魔族に知られるわけにはいかない。
 アシュタロス戦まではなるべく秘密にしようと話し合った結果である。

「では普段は休眠状態で過ごすのですか?」

「ええ。といっても意志の疎通は可能ですよ。単に動かないでエネルギー消費を抑えるだけです。
 いざとなれば戦いますから安心してください」

 九能市の問いかけに笑顔で答える。

「まあ、さっき雪之丞が言ったようにパスポートなんてモンも無いしな。小竜姫様がこの方が楽だって
 言うから大事に懐に入れてきたのさ」

 締めくくるように横島が言うと、二人とも頷く。
 だが小竜姫としては、さすがに抱き合って飛行機に乗るわけにもいかないので、横島に大事に抱えられて連れてこられる方が嬉しかったというのは内緒だった。
 角では色気も何も無いだろうが……。

「じゃあヒャクメはどうしたんだ?」

 小竜姫の事は納得した雪之丞だったが、探査専門のヒャクメの姿が見えない理由は聞いていない。

「ああ、こっちは雪之丞が最初に言った理由さ。パスポート無しで飛行機を使うわけにはいかない
 だろ? だからこの文珠をマーカーにして……」

 そう言いかけた横島の言葉を遮るように、彼の横、小竜姫が座る反対側の空間が揺らぐ。

「こうやって来た方が早いんですもの。じゃーん! ヒャクメちゃん登場なのねー」

 その言葉と共に転移してきたヒャクメが笑顔で宣言し、ちゃっかりと横島の隣に座ってしまう。
 そんなヒャクメを小竜姫がちょっと怖い眼で睨んでいるのはお約束。

「迷わず来れたみたいだね。やれやれ安心したよ」

 からかうような横島の口調にちょっと頬を膨らますヒャクメ。

「あっ! それは酷いのねー。私だって神族なんだから、そんな凡ミスはしないですよー!」

「ハハハ……冗談だよ。今回は不慣れな香港が舞台だ。ヒャクメの力を当てにしているって!」

 そう言ってヒャクメを宥めている横島の口調は、小竜姫に対するモノとは明らかに違う。
 神族と言うよりは、自分より格下のような扱いとも言う。
 その事に何となく違和感を覚えた九能市だったが、横島達の様子がいつも通りだったのでそれ以上深く検証する事はなかった。

「それで……今後どう動きますの? 今夜にも再び連中は動きますわよ」

 気持ちを切り替えた九能市の問いかけに表情を真剣なモノへと変える。

「幸い、二人の活躍で敵の本拠地の見当はついた。こっちにはヒャクメがいるから能力で監視を
 行えば、敵の動きは手に取るようにわかるさ」

 その言葉に大きく頷くヒャクメ。

「任せてほしいのねー。私にかかれば動きは丸見えなのねー」

「根拠地に潜む敵の数もわかりませんが、あまり悠長に構えていられないのも事実です。今晩も
 警戒をして、明日の昼にはこちらから攻撃しましょう」

 小竜姫の言葉に横島が頷く。
 香港での決戦の時は近い。



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