フェダーイン・横島

作:NK

第31話




「時間だ」

 腕時計を一瞥した横島は、車から降りると無造作とも言える歩き方で李王冥の屋敷正面ゲートへと向かう。

「西条さん、周囲の封鎖は?」

「すでにオカルトGメン香港支部に依頼して完了しているよ」

「二人とも、置いて行かれますよー」

「離ればなれになると危険です」

 横島に僅かに遅れて付き従っていたヒャクメとピートが声を掛ける。
 その言葉に歩みを速めて距離を詰める美神と西条。

「しかし広い家じゃのう……。羨ましい限りじゃわい」

「もう・50mは壁が・続いています。ドクター・カオス」

 何やら羨ましそうに屋敷を眺めるカオス。
 マリアは無表情だ。
 暫く歩いて一同は正面ゲートの前で佇む。

「ヒャクメ、敵の防御はどうだ?」

 横島が飛竜を抜きながら尋ねる。

「予想通り、屋敷全体を覆う形で防御結界が張られているのねー。でも強度はそれほどじゃない
 のねー」

「他に罠らしい物はありますか?」

 横島のポケットの中で角になっている小竜姫が尋ねる。

「残念ながら結界の中までは見通せないのねー、小竜姫。この外側の結界を破ってから霊視
 しないとわからないわ」

「じゃあ行きましょうか」

 そう言って無造作に結界破りを突きつける。

 ビキッ!
 バシバシバシ……

 あっという間に人が通れる程の大きさの穴が結界に空く。

「ハアァァァ〜! 発っ!!」

 ズバッ!

 10秒程の溜を作って横島の左掌から集束されてビーム状になった霊波砲が放たれる。
 それは結界の穴を押し広げ正面ゲートを跡形もなく吹き飛ばすと、屋敷の玄関を直撃して大爆発を起こした。
 轟音と爆煙が屋敷を包み込む。



 爆煙が薄れると、そこには玄関とそこに通じる壁や屋根を吹き飛ばされ無惨な姿になった屋敷が見える。

「へえ…凄い威力ね。この結界がこんなに簡単に……」

 呆れながらもさっさと中へ足を踏み入れた横島達に続く美神。

「それよりも屋敷があそこまで壊れるとは凄まじい……。大体1,000マイト程の出力があったぞ、あの
 集束霊波砲は……」

 西条もブルッと身体を震わせて屋敷の敷地内へと入る。

「ほう…さっそくガードが駆け付けてきたぞい」

 カオスの言葉通り、屋敷の庭のあちこちからマスクを着けたゾンビ戦闘員が走ってくる。

「横島さん、どうしますか?」

 実際にやり合って敵の強さを知っているピートが尋ねる。

「大丈夫だ。あの程度の連中は俺一人で十分だからな。後ろに下がっていてくれ」

 そう静かに告げると、横島は能面のように表情を消してチャクラを全開にし、練り上げた霊力を込めて飛竜を勢いよく横に薙いだ。

 ブオン!

 凝集され目に見える程光り輝く霊気の刃が飛竜の軌跡に沿って生み出され、様々な方向から駆け寄ってくるゾンビ戦闘員の身体を上下に斬り飛ばす。

 ズガアアアン!

 ゾンビ戦闘員を倒して尚威力を衰えさせない切断霊波は、後方に控える庭の木々や建物をも切断して消滅した。
 この横島の2回の攻撃で、すでに屋敷の1/3は半壊している。

「妙神山念法奥義、『蛍光裂斬』」

 使い終えてから技の名前を呟く横島。
 台風の直撃を受けたかのように、木々がなぎ倒され(正確には切り倒され)荒れ果てた庭。
 そこに身体を切断され転がっている、活動を停止した20体ほどのゾンビの残骸。
 吹き飛ばされて跡形もなくなった玄関ホール。
 元々左右にウイング状に広がっている屋敷は見事に分断されている。
 さらに正面ゲートに面した部屋のガラスが粉微塵となり、室内も爆弾でも爆発したかのように家具類が破壊されて目も当てられない惨状を見せている。

「防御結界が揺らいでいます。どうやら横島さんの攻撃で結界もダメージを受けたようですねー」

 ヒャクメがすかさず周囲のスキャンを行い、結界の出力が不安定になっている事を看破した。

「ヒャクメ様、屋敷までに捕縛結界などの罠はありますか?」

 霊剣ジャスティスを構えた西条に首を振って答えるヒャクメ。

「地上には何もないのねー。それに屋敷各部屋にもゾンビ兵しかいないみたいなのねー。地下に
 通じる扉があるから親玉はその中みたい」

「眼のピントを霊波に合わせてるんだろう? 通常モードで千里眼を使って調べてくれないか?」

 横島に言われてばつが悪そうな表情をして再び周囲をスキャンするが、結果は変わらない。

「やっぱりゾンビしかいませんねー。残った連中も出てくるのねー」

 ヒャクメの言葉通り、分断された建物からわらわらとゾンビ戦闘員が現れる。

「出てきたぞ、小僧。どうするんじゃ?」

「せっかく集まってきてくれるんだ。それまで待つとしましょう」

 穏やかに言って敵が集まるのを待ちながらも、一人だけ前に進み出る横島。

「よ、横島君!? 一人では危険じゃないか?」

 そう言って止めようとする西条をヒャクメが黙って制止する。

「大丈夫なのねー。横島さんはあの程度の敵にはやられませんよー。まあ見ているといいのねー」

 自分の事でもないのに自信たっぷりに言い放つヒャクメ。

「グルルルル……」

「グッ……侵入者……コロス……」

 形が崩れるのを防ぐ役目も併せ持つマスクとボディアーマーを着けた、約30人のゾンビ戦闘員が建物と横島達の間に立ち塞がっていた。

「へー、随分いるんだな。これでも全部じゃないんだろ?」

 視線と注意は逸らさずにヒャクメに尋ねる横島。
 そう言いながらも霊気を練り上げ飛竜に込めていく。

「地下に通じる扉には結界が張られているので中は見えないのねー。でもこれで全部と言う事は
 無いと思うのねー」

「まあ、コイツらを倒せば少なくても地下にはいるまでは抵抗もないって言う事か……。じゃあやるかな」

 何でもないようにそう呟くと、横島は精神を集中させて能面のように無表情となる。

「行くぞ……。妙神山念法奥義、『爆竜弾』!」

 ダンッという踏み込みの音と共に跳躍した横島は、飛竜に溜め込んだ霊力をいつものように集束させずに放ち地面に叩き付ける。
 巨大な霊力の塊は地面に衝突した衝撃で、散弾の如く細かい光弾に変わって全方位に飛び散る。

 ドガガガガガッ!!

 霊波散弾をまともに受けたゾンビ戦闘員達が身体の各所を抉り吹き飛ばされて、衝撃によって薙ぎ倒されていく。
 倒れたゾンビの大半はその活動を停止していたが、何体かはしぶとく生き残り腕や足を動かしていた。
 尤もすでに自由に動き回れる能力は失われており、立ち上がって活動する事は不可能だ。
 ヒャクメが展開したシールド(『増』の文珠でブーストさせている)で霊波散弾を防いだ美神達だが、辺りが静かになるとパッと散開してそんなおこぼれに止めを刺していくカオス、マリア、ピート。

「片づきましたね。少しだけ休ませて貰って、地下へと行きましょうか」

 漸く少し気を抜いて振り返る横島。
 続けて大技を使ったせいか、その表情にはさすがに消耗が見える。

「え、ええ………」

「50体ものゾンビをあっという間に……」

 唖然呆然の表情でうまく言葉を出せない美神と西条。
 西条は律儀に敵の数を数えていたようだ。

「…横島さん、さすがですね。修行の成果が遺憾なく発揮されています」

 嬉しそうな小竜姫。尤も声だけである。

「こうして目の当たりにすると横島さんは凄いのねー。人界に限定すれば下手な神族なんかより
 ずっと強いですよー」

 ヒャクメも改めて横島の強さと非常識さを認識する。

「作戦とはいえ盛大にやったモンじゃ! 小僧……一度その身体、ワシに調べさせてくれんか?」

 敵を倒し終えて戻ってきたが、こんな時でも探求心を忘れないカオスがかなり真面目な顔で申し出る。

「……いや、遠慮させてくれ…。生き残る自信がない……」

 横島は今日最も嫌そうな表情で答えるが、何となく疲れが増したかのように見える。

「でも、どちらの技も2,000マイトを遙かに越える霊力でしたね。何でそれで霊力が尽きないんです?」

 不思議そうな表情のピート。

「これが念法の奥義だよ、ピート。チャクラを廻して少ない霊力を練り上げる事で回復を速めるんだ」

 そう答えた横島はすでに普段通りの状態まで回復していた。

「もう回復したのか、横島君?」

 西条が今日何度目の衝撃だろうと思いながらも尋ねる。

「ええ、もう大丈夫です。戦闘は十分に可能ですよ。行きましょう」

「こう言っちゃ何だけど……横島君の身体って非常識だと思うわ……。私なんか未だに第2チャクラ
 を完全にコントロールできないってのに……」

 何とも言えない表情で口を開く美神だったが、修行した先の姿を見て密かにファイトを燃やしている。

「地下への入り口はこっちなのねー。そこまで罠はないから安心するのねー」

 そう言うヒャクメの先導でゾロゾロと歩き出す一行。
 尤も横島だけは油断無く周囲に気を配っている。
 ヒャクメの千里眼は信用できるが万能ではない事を知っているのだ。
 向かって右側のウイング棟へと足を踏み入れた一行は、何やら邪気を放つ扉の前で立ち止まる。

「これが地下への入り口ね!?」

「ほう、なかなかのエネルギーじゃな……」

「魔力レベル・55マイトです・ドクター・カオス」

「僕の中の吸血鬼の能力が活性化されていきます」

「結界越しにこれでは……。元始風水盤が作動したらとんでもない事になるな……」

 ここにきて漸く実感として元始風水盤の恐ろしさを理解している西条達。

「大丈夫。元始風水盤は月の力で作動します。今夜は満月ですが、この時間では完全に作動させる
 事は不可能ですねー」

 何となく入ることを躊躇っていた一向にヒャクメが明るい口調で説明すると、漸く金縛りが解けたかのようにそれぞれの武器を構え直す。

「さて、行きましょうか。美神さん、結界破りを出してください」

 地下迷宮への侵攻が始まる。



 ドズズズズン……

 パラパラと舞い落ちた土塊が仕立ての良いスーツの肩口に落ちる。

「始まったようだな……」

「はい」

 長髪で痩せて顎の尖った中年男が少しだけ上を向いて呟く。
 後ろに控えた黒服の男が感情を表さずにそれを肯定する。

「マンティア様、私達はどうしましょう?」

 黒服と同じように後ろに控えているサマースーツ姿で肩まで伸ばした髪を持つ女が怖ず怖ずと尋ねた。

「上のゾンビ共ではそれ程の時間は稼げまい。いずれ奴らはここに降りてくる。月が出るまでまだ
 かなりの時間がある。それまで何としても奴らをここへ近付けてはならん!
 スコルピオ、お前は奴らを亜空間迷宮へと誘い込め。ガーノルドは最終ゲートの前で残った戦力を
 率いて迎え撃て。私はここに残る」

 彼等のいる場所は明らかに地下なのだが、巨大な空洞状になっており地面には半径10m程の巨大な風水盤が作られている。
 そしてその中心部には禍々しい霊気を放つ大きな針がセットされていた。

 ズズズン! バキャッ!

 再び地下全体を揺るがすような爆音と揺れが起き、再び静寂に包まれる地下空洞。

「月が出なければ元始風水盤とて役には立たぬ。我らの全戦力を使って時間を稼ぐのだ。行け!」

 マンティアの命令に一礼すると、それぞれの持ち場へと向かうスコルピオとガーノルド。
 二人の魔族が姿を消すと、マンティアは肉付きの薄い頬を歪めポツリと呟いた。

「いかにあの二人でも2時間と持つまい……。奴らがここに来るのはもはや時間の問題だ。
 だが……最後に笑うのはこの私だ!」

 そう言って自分の元始風水盤方に視線を送る。
 薄暗いこの空間には不釣り合いな程黒々とした瘴気を発している風水盤。
 これから何をするのか、わかっている者はマンティア一人だった。






「何かジメジメして陰気な所ねー。冥子を連れてこなくてよかったわー」

 何となく嫌そうな表情で辺りを見回していた美神が口を開く。
 その声は小さかったが、地下空洞のために反響してやたら大きく聞こえる。

「美神さんの言葉には賛成しますね。こんな所でプッツンされたら僕達生き埋めですよ」

 ピートも何となく不安なのだろう。
 美神の独り言に答える形で話し始める。

「そりゃあ確かに御免被りたいですね。冥子ちゃんの式神暴走を抑えるのは大変ですから……。
 それより前から微弱な魔力を感じます。気を抜かないでくださいね」

 話しに参加するのかと思いきや、一向に警鐘を鳴らす横島。
 言われてみると前方に何やら佇む物がある。

「ほう……三つの頭を持つ魔獣ケルベロスの像か…」

「ここにある以上、ただの像じゃ無さそうだね……」

 カオスと西条の言葉が終わらないうちにケルベロスの像の眼が怪しく光り輝く。

「動くみたいだ……」

 そう言って横島が左の掌を突き出して軽い霊波砲を放つ。

 ドンッ!

 ギュイイィィン! バキャッ!

 軽めとはいえ横島が放った約100マイトの霊波砲は、直撃したものの見事に反射されて幾つもの散弾となって一行に向かってくる。

「うわっ!?」

「どういうこと!?」

 慌てて回避行動を取ろうとするピートや美神だったが、彼等の前に大きな壁状のサイキックソーサーが現れ跳弾を全て防ぎきる。

「凄いですねー横島さん! このシールド400マイトの出力がありますよー」

 感心したように見詰めるヒャクメ。完全に見学者モードになっている。

 グオオオオオ〜

 ケルベロスの石像はまるで生きている獣のように滑らかな動きで襲いかかってくる。

「霊波砲が駄目ならジャスティスで斬り捨てて…」

「駄目ですねー。あの魔法生物の表面素材は霊的なダメージを跳ね返すみたいです。横島さんの
 念法なら大出力ですから突破できるかもしれませんが……」

 ヒャクメの言葉を聞くまでもなく、すでに精神集中に入って2,000マイト以上の霊力を飛竜に溜めている横島。
 だが彼の技が発動する事はなかった。

「フッフッフッ……ワシの出番のようじゃ! 行け! マリア!!」

「イエス・ドクター・カオス! エルボー・バズーガ!!」

 ドゴンッ!

 マリアの腕の前腕部が肘から跳ね上がり、上腕部に装填されていた対物用グレネードが発射される。

 ドガアァァン!

 グレネードはケルベロスの真ん中の首に命中し、表面素材ごとその身体を深く抉った。

「今だ!」

 狙いすましたように横島の左掌から細く集束された霊波砲が放たれ、その被弾部分に命中する。

 ドガッ!!

 ギャオオオン!

 爆煙と絶叫を残してケルベロスの像は吹き飛び動きを停止する。

「今日は随分重装備なのね……」

「フッフッフッ……何しろ今回は報酬がいいからのー。取り敢えず使えそうな装備はみんな装着
 させたんじゃ!」

 自信満々なカオスに対し、かつてのテレサを思いだして少しだけ退いてしまう美神。

「成る程、ドクターカオスを呼んで正解でしたね。さすが小竜姫様」

「あのロボット、なかなか強いのねー」

 マリアの活躍を見て納得の表情をする横島とヒャクメ。

「いえ……この事を予測したワケじゃないんですが……」

 思わぬカオスの活躍に驚いていたのは、カオスを呼んだ小竜姫も同じだったようだ。

「さあ、前進しよう」

 特にやる事もなかった西条が気持ちを切り替えるように促す。

「そうっスね。何としても日が落ちる前に元始風水盤を無力化しないと……」

 その言葉に再び歩き出す一行だったが、すぐに腐臭が彼等を取り囲む。

「どうやらここは……」

「ええ、全部死体みたいですからこいつらが全部……」

 ボコッ!

 その言葉が終わるや否や腐乱した死体が動き出して次々と起きあがり、通路を塞ぐように群れ集う。

「横島君、さっきみたいに一発で吹き飛ばしてよ!」

「駄目です。こんな所で俺のあの技を使ったらみんな生き埋めですよ」

 美神はさっさと片づけたいと思ったので、先程同様横島が一発で倒すように頼むが場所が場所だけにそうもいかない。

「ここは普通通りみんなで戦うしかないようだね」

「ええ、考えてみれば僕達は殆ど戦っていませんし…」

「ヒャクメとカオスはここにいてくれ。残りのメンバーでゾンビ共を片づけましょう」

 そう言いながら横島は飛竜を意識下に仕舞い込むと両手に霊波刀を出現させた。
 ようするにハンズ・オブ・グローリーの強化版である。
 刃長50cmあまりの高密度に練り上げられた霊波刀であるが、横島の意志で自由にその形を変える事ができる。
 狭い洞窟内では長剣である飛竜より取り廻しやすい霊波刀の方が有利なのだ。
 無論、魔族相手となるとそうもいかないが、ゾンビ程度なら十分過ぎる程だ。

「この霊波刀、それぞれが400マイト程の出力なのねー。普通の霊刀や魔刀なんか簡単に破壊
 できますねー」

 今更ながらに横島のデタラメな強さに驚くヒャクメ。

「400マイト!? この霊剣ジャスティスでも簡単に破壊されてしまうじゃないか!」

「しかも殆ど物質化して普通の刀身のように見えるじゃない。本当に霊波刀?」

「説明は後で。とにかく目前のコイツらを倒しましょう!」

 そう言って突っ込んできたゾンビを一太刀の基に斬り捨てる。
 西条やピート、美神も自分の武器を構えると襲いかかるゾンビと戦闘を開始した。
 横島と違ってさすがに一撃でゾンビを倒す事はできないが、一対一ならばそうそう後れを取ることなく戦いを進めていく。

「とう! はっ!」

 右手の霊波刀で掴みかかってくるゾンビを唐竹割にしながら、反対側から襲いかかるゾンビに対しては左手の霊波刀を一度引っ込めて、改めてパイル状にして撃ち出す。
 その一撃はゾンビの胸を抵抗など無いように貫くと、再び横島の前腕部を覆うように姿を変える。

「小僧の戦い方は凄まじいのう……。いかに戦闘員クラスとは言え全く苦にしておらん」

「イエス・ドクター・カオス。横島さんの霊力は・日本で戦った魔族よりも・かなり高いです」

「それはそうなのねー。私達神族や魔族は、人界では自分の持つ能力の1/20程度しか使う事は
 できませんからねー。戦いの場が人界である限り、横島さんは相当強力な部類に入るはず
 なのねー」

 ドドドドッ!
 ドゴオオン!

 ピートの放つ霊波砲(出力約30マイト)が次々とゾンビの身体を抉り飛ばしていく。
 素早く動き回るゾンビ戦闘員相手に、ピートは霊波砲出力を下げて速射することで対応していた。
 当然の事だが、単純に霊波の塊を放つやり方ではこのガーノルド特製のゾンビを一撃で倒す事はできない。
 低レベルの耐霊波防御を付与されており、さらに多少身体の一部を吹き飛ばした程度ではその活動を止めはしない。
 そこで横島を見習って霊波を凝集して小さな球体状にして速射することで、ピートは霊波砲の威力を増した上で弾幕を張ったのだ。

「次!」

 この戦法でたちまち2体のゾンビを葬り去る。

「はあっ!」

 西条の振るう霊剣ジャスティスがゾンビを袈裟懸けに斬り捨てる。

「あーもう! さっさと雑魚はやられなさいっ! 気持ち悪いのよっ!」

 相変わらず身勝手な言葉と共に神通棍でゾンビを斬る美神。

「これで最後だ!」

 横島の霊波刀が最後のゾンビの上半身を吹き飛ばし、彼等の行く手を遮ろうとした敵は全滅した。

「横島さんが10体、ピートさんが4体、美神さんと西条さんが2体ずつ……。何だかあっという間に
 全滅ですねー」

「バンパイアハーフの小僧ならわからんでもないが、やはり小僧の能力は人間離れしておる。一回
 きっちりと調べてみたいのう……」

「その場合の・安全率・25%です。ドクター・カオス」

 観客と化している3人がそれぞれの感想を口にする。
 ヒャクメはともかく、カオスの言葉は何かと不穏当だ。






「どうやら全部倒したみたいね。先に進みましょう」

 暴れて空港での恨みを晴らした美神が、どこかさっぱりした表情で言う。

「ちょっと待って。ヒャクメ、この先に罠は?」

「取り敢えず何もないみたいなのねー。でもここから角を2つばかり曲がった先に魔族1人とゾンビが
 8体程待ち伏せているのねー」

 ヒャクメが戦闘中に確認した内容を報告する。

「魔族が居る場所に罠の存在がないんですか?」

「無いのねー。よっぽど自信があるのか、巧妙に隠しているのか、どっちかですねー」

「巧妙に隠されていたら危険ですね」

「そうだが、どっちみち日が暮れるまでに元始風水盤を無力化しなければならない。油断しない
 ように進むしかないな」

 心配は残るが横島の言葉に頷くと歩き始める一行。
 歩きながら横島は密かにポケットに忍ばせた『防護』の文字を込めた双文珠に手をやる。
 大抵の攻撃ならこれで跳ね返せるだろう。
 彼が先頭を歩いている理由は正にこれだったのだ。

「ヒャクメ、その魔族はどんなヤツだ?」

「人間の女性の姿をしているのねー」

「そうか……。風水師を殺して針を作ろうとしていたヤツだな」

「私達を空港で襲ったヤツとは別の魔族なの?」

「多分そうでしょう。敵はあと最低3鬼いますからね」

 話しながら最後の角を曲がると……その先は少し広くなっており、ヒャクメが言ったとおり9人の敵が待ちかまえていた。

「おや、やっとお出でだね。待ちくたびれたわ」

 サマースーツ姿の女が見下したような口調で話しかけてくるが、その視線は横島をジッと見ている。

「別に約束していたワケじゃないからな。待っていたのはそっちの勝手だろう?」

 気負った様子もなく淡々と答える横島。

「ふん。可愛くないボウヤだね」

「実年齢不詳のおばはんに言われたかーねーな」

 魔族の言葉に小馬鹿にしたような表情で反撃する。

「なっ! 何だって〜」

「おっ、怒ったわけ? だって事実だろう?」

「おのれっ! 言いたい放題言いやがって!」

 その言葉と共に魔族の姿へと変貌し始める女。
 横島も黙って飛竜を抜く。

「成る程、それが実体か……。サソリ型魔族というわけか……」

 変身を終えた女の姿を評した横島の言葉通り、サソリの頭部の下に先程までの女の顔が付いており、両腕は巨大な鋏となって先端に毒バリを持つ尻尾が生えている。
 また、身体を各部を滑らかな外殻が覆う姿は節足動物らしさを助長していた。
 なぜか妙に大きな胸が目立っているが、これは魔力砲の発射器官であることは知られていない。

「日本で戦った植物型魔族といい、コイツといい、魔族って非人間型が多いのかしら? こうして
 みるとメドーサって人間型だったのね……」

 妙なところで落ち着いて感想を述べる美神。

「サソリなら尾の先端には毒バリと相場が決まっている。みんな、注意するんだ!」

 それぞれの武器を構えながら、西条の言葉に頷いて身構える一行。

「ゾンビ戦闘員は他の奴らが手を出さないように牽制しなっ! さあ、その一番強そうなボウヤ、
 アンタが相手だよ」

 鋏の腕を上げて横島を指名するスコルピオ。

「いいだろう。その前に名前ぐらい聞いておこうか。俺は横島だ」

「ふふん、私はスコルピオ。」

 名前を名乗ると同時にビュンという音と共に尻尾が伸びて、上方から横島が立っていたところに先端が突き刺さる。
 そのスピードはあまりにも速く西条や美神の眼では捕らえられなかった。

「キイィィィ!」

 ジャッ! ジャッ!ジャッ!

 奇声を発しながら、素早く身を躱した横島を刺し貫こうと引き抜いた尻尾を高速で次々と繰り出すスコルピオだったが、横島は全ての攻撃を紙一重で避ける。

「ちいっ! 何で当たらないのさ!?」

 攻撃がことごとく空を切る事に苛立ったスコルピオが忌々しげに呟く。

「攻撃が単調だからさ! 戦う場所を間違えたな。もう少し狭いところで戦えば有利だったろうに……」

 スコルピオの呟きに律儀に答えると、横島は今度は体を躱さずに飛竜で弾き上げる。

「グワッ!?」

 その一撃にスコルピオが声を漏らすが、横島は素早く踏み込むと返す刀で自分を貫こうとした尻尾に鋭い一撃を加えた。

 ズバッ!!

「ギャアァァァアッ!!」

 叫び声を上げながら慌てて途中から千切れかけた尻尾を自分の方へと手繰り寄せる。
 それに乗じるかのように、人間とは思えない程のスピードで間合いを詰めてさらなる斬撃を繰り出す横島。
 そのスピードは手繰り寄せる尻尾のスピードと殆ど同じだった。

「はっ!!」

 ドゴンッ!!

「クウゥゥ……!」

 魔力を集中させた両腕の鋏で、辛うじて横島の攻撃を受けるスコルピオ。
 だが横島の重い一撃を受けた両腕は痺れてしまい自由に動かせなくなる。

「おのれっ…! これでも食らえ!」

 互いに間合いを取るための下がる動作に合わせて、スコルピオは魔力を溜めて両方の双丘から魔力砲として発射する。
 その反動でさらに間合いを取るあたりは流石と言えよう。

「そんなところから魔力砲を発射するとな……」

 僅かに驚きの表情を見せながらも、冷静に飛竜を使ってその魔力塊を受け、さらには真っ二つに斬り飛ばす横島。
 互いに最初に対峙した程度の距離を取って再び正対する。
 横島は戦闘前と全く変わらないが、スコルピオは微かに消耗を感じさせる。
 いまの攻防で尻尾は完全に千切れてしまっていた。

「チッ…! 私の攻撃をことごとく躱した上に、反撃して大事な尾を斬り飛ばしてくれるとはね……。
 それにやっぱり私より霊力が遙かに高いみたいだね」

「霊力差だけで勝負が決まるわけではないが、確かにお前のレベルよりは高いさ。それよりお前の
 能力はそれだけか?」

 挑発めいた言葉を発しているが、全神経を集中して敵の能力を探っている横島。

「ふん……見せてやるさ、私の最大の術を」

 不適な笑みを浮かべたスコルピオに、横島とヒャクメは外見をそのままに一気に気を引き締める。
 地下通路最初の関門での戦いは山場を迎えようとしていた。



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