フェダーイン・横島

作:NK

第33話




「行きますよ」

「名高い神剣の使い手、小竜姫か……。相手にとって不足はない! 勝負だ!」

 その言葉と共に、凄まじい速さで間合いを詰めておのれの剣を振るう二人。
 ガキッ! とそれぞれの刃が火花を散らす中、流れるように刀を打ち合わせる。
 4度打ち合わせた後に再び間合いを取る二人だが、お互いに息一つ切らせてはいなかった。

「なかなかの腕前ですね」

「フッ……そちらこそさすが小竜姫といったところか……」

 小竜姫の見るところ、ガーノルドの剣の腕前はなかなかの物であり、その魔力の高さから人間(GS)では勝つ事は難しいと感じていた。
 今の打ち合いで大体の腕前は把握できたのだろう。
 斬り結んだ後に互いに相手を見据えて動かなくなる。
 端で見ていると動きはないのだが、二人の間には激しい闘気の応酬が繰り広げられ、頭の中では多数のパターンがシミュレーションされている。
 このまま正面切って立ち会っても勝負が長引くばかり。
 長い対峙の後にそう思った小竜姫は、剣気を保ったままスルスルと後退する。
 彼女の背後は、斜面となって現在立っているところより下がっていた。
 後退した小竜姫に誘われたかの如く、

「おう!!」

 堂々たる体躯のガーノルドが猛然と斬り込んできた。
 誘いかもしれないと言う懸念はあったが、膠着状態とも言える現状を打開するチャンスと考えたのである。
 それは十分に魔力が乗せられた必殺の一撃であった。
 それに全く逆らわず後退した小竜姫の小柄な身体が仰向けに後ろに倒れ込んだ……かに見えた。

『しめた!! 貰ったぞ!』

 ガーノルドは一瞬、自分の魔剣が小竜姫を真っ向から斬り裂いている姿を垣間見た。しかし……。

「はあっ!!」

 鋭い踏み込みと共に打ち込んだガーノルドの魔剣は、空を斬って地面に突き刺さり土煙を盛大に舞い上がらせる。
 同時に、仰向けに倒れかかった小竜姫の身体は空間に一回転してさらなる後方に落ち、斜面に片膝をついた体勢になった小竜姫の一撃がガーノルドの顎から頬に掛けて、ザックリと切り上げている。
 紫色の血煙が舞う。

「グアッ!?」

 思わず地面に食い込んだ魔剣の柄から手を放し、傷口を押さえながら仰向けに倒れかかるガーノルド。
 何が起きたのか一瞬では判断できず、混乱した頭でとにかく間合いを取ろうと左腕を突き出し魔力砲を放つ。
 だがそれはこの場合逆効果だった。
 神剣に自らの最大霊力と同程度の竜気を込めた小竜姫は、横島の破邪滅却と同じように裂帛の気と共に突きを繰り出す。
 切っ先に高密度の竜気を込めた一撃はガーノルドの放った魔力砲を難なく突き破り、逆に魔力の塊によって小竜姫を見失ったガーノルドの不意をつく形で迫る事になってしまった。

「なっ……!」

「覚悟!!」

 慌てて背後で畳んでいた翼を開き、身体を巻き込むように前方で合わせる。
 魔力を帯びさせた翼はそれだけで強力な防御壁になるはずだった。
 だが……。

 ドシュッ!!

 小竜姫の繰り出した突きはその防壁を苦もなく突き破り、致命傷とも言うべき一撃をガーノルドの胸に与えた。

「そんな……! なぜだ…?」

「貴方の剣の腕は見事でした。しかし霊力の集中という点では及びませんでした。それが貴方の
 敗因でしたね」

 剣を抜いて静かに話す小竜姫の言葉を聞きながら、ガーノルドは意識が暗闇へと落ちていくのを感じていた。






「ほう……かなりの腕前だな。しかもあの槍…魔力を帯びている。魔槍というヤツか」

 小竜姫とガーノルドが戦い始めた頃、横島もメランと名乗った人間型魔族(頭に角は生えているが、少なくとも人間に近い外見を持つ)と対峙していた。
 横島の呟きを聞き取ったメランが口の端を吊り上げる。

「よくぞ見破りました。貴方の言うとおりこの槍は魔槍です。貴方の霊力は私とほぼ同じ。楽しい戦い
 になりそうです」

 互いに相手の構えに隙を見いだせないまま闘気の応酬を繰り返していたが、動かない事には始まらない。
 そう告げるとメランは本当に何気ない踏み込みで激しい連撃を繰り出してくる。
 その穂先には魔力が込められており(無論、横島や小竜姫のように高密度に集束されているわけではない)、横島とてまともに食らえばただでは済まない。
 残像が残る程のスピードで繰り出される刺突を躱し、あるいは捌き、あるいは流しながら、横島は冷静に相手の技を観察する。

『穂先に込められている魔力は大体600マイトか……。まあまあだな。だが腕前自体はメドーサに
 匹敵するぞ』

 紙一重で相手の繰り出す槍を受け流しながら、既に同じタイプでさらに魔力が強いメドーサとの戦いを経験している横島には余裕のようなものがあった。
 現在横島が愛刀飛竜に込めている霊力は約700マイト。
 確かに現状だけを考えればほぼ同格の相手同士の戦いと言えよう。

「どうしました? 確かに貴方の腕前は見事な物です。私の高速の突きを全て躱しているのですから
 ね。だが反撃しないんですか?」

 挑発するように声を掛けてくるメランを無視しながらも、横島は冷静に相手の技を見切ろうとその動きをトレースする。


『よし、取り敢えずコイツのこの手の攻撃は見切った!』

 細心の注意を持って槍を躱し続けていた横島は、自分の胸元を狙った切っ先を躱すと自分の脇腹に霊波を集中して放出し、まるで滑らせるかのように槍の柄を伝って間合いを詰める。

「なっ!? だがそうはさせません!」

 一瞬驚愕の表情を浮かべたメランだったが、すぐに我に返り横島の脇腹に柄を密着させながら上へとベクトルを変更させる。

「これは……槍術奥義、俵返しか!」

 驚く横島を、絶妙のタイミングとバランスを持って槍の柄に乗せるような形で空中高く放り投げようとするメラン。

「よくご存じですね! しかしどう防ぐつもりです?」

 メランの楽しむような声と共に、初めて受ける技に対応が遅れた横島の身体が綺麗に宙を舞う。

「まずい! このまま着地したらヤツの一撃をまともに受けてしまう! 文珠!」

 咄嗟に左手を懐に入れて『遮蔽』と『写身』の双文珠を創り出す。
 それを着地する瞬間に発動させ、すかさず身体を右に飛ばす。

「貰いました!」

 そう叫びながら、背中を向けた横島目がけて魔力を込めて槍を投げつける。

 ドスッ!

 狙い違わず槍は横島の背中に深々と突き刺さる。
 さらに勢い余って身体を貫いた槍は岩壁に突き刺さった。
 力無く縫いつけられた横島を見て勝利を確信するメラン。
 だがそんな横島の姿が霞んでいき消え去る。
 メランが刺し貫いたと思った横島は、『写身(うつしみ)』の文珠によって作られたダミーだったのだ。

「まさかっ!? 変わり身?」

「そうだ!」

 『遮蔽』を解いた横島は一気に間合いを詰めると、練り上げた霊力を刃に集中展開した飛竜を横薙ぎに一閃させる。

 ズバッ!!

「ぐうっ!」

 着地と同時に存在を遮蔽して右側に跳躍した横島は、三角蹴りの要領でメランの右脇から左胸にかけて致命傷の一撃を加える。
 飛竜の一撃はチェーンメイルを纏っていたメランの防御を物ともしなかった。
 交差した瞬間に一撃を食らったメランはガックリと膝をつき、振り返り尚も剣を構える横島を見上げる。

「た、確かに仕留めたと思ったのに……」

「ああ、実際危なかったよ。見事な腕だった」

 すでに命尽きかけているメランに対し、横島も偽らざる心で賞賛を与える。

「貴方の腕が勝っていたと言う事ですね……。最後の相手が貴方でよかったですよ…」

「俺もだ。さらば強敵よ。いつの日かまた会おう……」

 その言葉を聞いてフッと表情を柔らかくさせたメランは力尽きた。






「ふん、どうやらガーノルドもメランも始めたようだな。それじゃ俺も始めるとするか」

 そう言ってガーブルと呼ばれた魔族は自分に相対している6名に眼を向ける。
 どうやら一人は神族のようだが、戦士ではないのだろう。
 その霊力はかなり弱い。

「お前ら相手じゃ楽しめんが、これも任務だ。軽く捻ってやろう」

 ふてぶてしく言い放つと手からいきなり魔力砲をぶっ放した。

「散れっ!」

 西条の一言を聞く前に跳躍に入っていた雪之丞は瞬時に魔装術を発動させ戦闘態勢に入る。
 九能市はマントを脱ぎ捨てて龍神の鎧をさらけ出し、霊刀ヒトキリマルの柄に手をかけながら相手の能力を探る。
 美神は霊体ボウガンを構えて避けながら反撃を加える。
 西条も銀の弾丸を装填したベレッタを撃ち返す。
 ヒャクメは後退し、マリアはカオスを身を盾にして守り、ピートは身体を霧にして魔力砲を躱す。

「ちっ! ちょこまかと動きやがって!」

 銀の弾丸を辛うじて躱し、霊体ボウガンの矢を腕を振るって弾き飛ばすと、生意気に反撃してきた美神に狙いを定め突進を開始するが……。

 ドガンッ!!

 背中に衝撃を受けて突進を止めるガーブル。
 2発の霊波砲の直撃を受けたのだ。

「グワッ!?」

 一発はせいぜい80マイト程度の物だったのでそれ程応えはしなかった。
 しかしもう一発は人間が放ったとは到底思えない250マイト近い威力を誇る一撃だった。
 特に意識せずに展開していた魔力シールドを一瞬無効化して突き刺さった霊波砲に驚き、慌てて振り返る。
 そこには再び身体を実体化させたピートと、霊体の鎧を纏った雪之丞がいる。
 方向から言ってあの一撃を放ったのは外見が魔族みたいなヤツなのは明白だった。

「貴様の一撃は効いたぞ。人間とは思えない威力だな」

「お褒めにあずかって光栄さ。だがよそ見していて良いのか?」

 その言葉に周囲を見回すと、何やら妙なオプション付きのサブマシンガンを構えた西条と美神の姿が……。

「破魔札マシンガン!」

 バババババッ!

「おわわわわっ!?」

 その怒濤の物量に圧倒され、瞬く間に札まみれになるガーブル。

「ムムムムッ! 身動きが取れん!」

 一瞬で100枚ほどの破魔札が張り付き、ミイラ男のように全身が破魔札で覆われたガーブルは、その動きを封じられて身悶える。

「今ですわ!」

 スッと間合いを詰めた九能市が、唯一自由になる右腕で破魔札をむしり取ろうとするガーブルに近付くと、練り上げた霊力を込めたヒトキリマルを鞘走らせる。

「はっ!!」

 必殺の居合いが大量の破魔札で魔力を抑えられているガーブルの肘から先を斬り飛ばした。

「ぐわああ〜!!」

 思わぬ苦戦と痛みに叫び声を上げる。

「おのれ……この程度の札など!」

 そう言いながら渾身の力を込めて魔力を全身から放出し、その霊圧で張り付いた破魔札を吹き飛ばす。

「嘘っ!?」

「まさか無理矢理吹き飛ばすとは!」

「でも今の大技で既に魔力を使い果たしているのねー! チャンスですよー!」

 悪霊などとは桁が違うその圧倒的な力に驚く美神と西条だったが、雪之丞はヒャクメの言葉に勝機を見いだす。

「はああぁぁ〜! 発っ!!」

 その合わせた両掌に練り上げた霊力を集束させ、現時点で最高の出力まで上げた集束霊波砲を放った。

「はあはあ……。つまらない手を使いやがって! おかげでかなり消耗しちまったじゃねーか!
 ぶっころ……グアッ!?」

 美神と西条を睨み付けたガーブルだったが、破魔札を吹き飛ばす為に大量の魔力を消耗しており、偉そうな口調とは裏腹に疲労しきっていた。
 そこに270マイトのビーム状に集束された雪之丞の霊波砲が背後から襲いかかり、弱体化したシールドを破ってその胸に風穴を穿つ。

「チャンスだ! ダンピール・フラッシュ!!」

 止めとばかりにピートの攻撃が炸裂する。
 ピートの攻撃力では、本来ガーブルに傷を付ける事はできない。
 だがボロボロの状態の今なら話は違う。

「ウグッ! この虫けら共が調子にのりやがって! 消え失せろ!」

 キイイィィィン!

 深刻なダメージを受けつつも、口から超音波砲を放つガーブル。
 その威力は凄まじく、辛うじて躱した雪之丞の背後の岩壁がボロボロに崩れ去った。
 そのまま身体を一回転させて周囲の物体を粉々に破壊していく。

「これじゃあ近づけないですわ!」

「当たったらヤバイぞ!」

「バンパイア・ミストになっても空気が振動するから逃げられない!」

 その全方位攻撃に取り敢えず身を守るのが精一杯な状況に陥ってしまう。

「美神さん、貴女の事だからさっき使った手榴弾、まだ幾つか持ってますよねー?」

 いち早く射程距離外に退避したヒャクメが、同じく離脱した美神に尋ねる。

「そりゃあ持ってるけど……何で?」

「超音波は人間の目には見えないから仕方がないけど、ヤツの超音波砲は集束されているから
 有効範囲が狭いのねー。だから足元に手榴弾か爆弾を放れば……」

「成る程! それっていい考えじゃない!」

 そう言うや否や、鞄から数個の手榴弾を取り出し、安全ピンを抜いて勢いよく転がした。

「くたばれ、人間共!!」

 調子に乗って攻撃にばかり気を取られていたガーブルは、足元に転がってきた手榴弾に気が付かなかった。

 ドガアアァァァン!

「おわっ!? なんだ一体?」

 いきなり足元から起こった爆発に体勢を崩される。

「みんなっ! ヤツの霊的中枢は胸の真ん中よ!」

 ヒャクメの心眼で見抜いた弱点を聞いた雪之丞は、五鈷杵の片側に霊力を集束させて高密度の霊波刀を作りだし間合いを詰める。

「令子ちゃん、雪之丞君を援護しよう!」

 そう言って精霊石を投げる西条。
 続いて美神もイヤリング代わりの精霊石を取って投げつける。

 ドッ…ガッ!!

 2個の精霊石の爆発に防御用の魔力を全て廻すガーブルだが閃光に視界を奪われたその時、すかさず懐に入り込んだ雪之状が針のように細く集束させた霊波刀を胸部中央に深々と突き刺した。
 本来なら致命傷にならない出力だが、高密度に集束させたことと、ガーブルが無計画に魔力を使いすぎたために魔力防御を突き破る事ができたのだ。

「やったのねー! 魔族の魔力中枢を貫いたのねー!」

 ヒャクメの言葉通り、人間とは異なり中心となる大きな霊力中枢(チャクラ)を貫かれ、破壊されたガーブルの魔力と存在自体が急速に拡散していく。

「ば…ばかな……! この…この俺様が人間ごときに……!?」

 最後まで自分の敗因を理解できないまま、ガーブルはその意識を閉ざしていった。

「何か……間抜けな魔族だったわね。無計画に魔力を使い過ぎよ」

「思いっきり人間を舐めていたみたいだね。もっと地形を上手く利用するとかすれば勝てただろうに…」

「結局、持っている高い能力を使いこなせなかったんでしょうね?」

「まあ、一人一人じゃ歯が立たねー相手なのは確かだったけどな…」

「連係攻撃が来るとは考えていなかった見たいですわね…」

「出番がなかったのー」

「ハイ・ドクター・カオス」

「何か……私も出番が少ないのねー」

 何となくしっくりと来ない美神達だったが、取り敢えず勝たなければ話にならないので棚上げする事にしたようだ。

「横島君と小竜姫様の方も無事終わったようね」

 美神の言葉通り、小竜姫はガーノルドを、横島はメランを既に倒していた。

「これで防衛線は全て突破した。後は元始風水盤と親玉が残っているだけだ」

 その言葉に頷き、再集結した一行は奥へと進む。
 残るはマンティアただ1鬼。






「ふん……。どうやら途中に配置した部下4鬼はことごとくやられたか……。予想通りの強さだ。
 しかしどうやって亜空間迷宮を突破したのか不思議だが……。まあ良い。何とか間に合った
 のだから」

 元始風水盤の前に佇みながら部下が全滅した事を悟るマンティア。
 元から彼等がメドーサを倒す事に力を貸せるぐらいの相手に勝つ事は難しいと考えていたのだが、ガーノルドの報告で彼を圧倒するような人間ならば負けても当然だと納得する。

「それに神族の反応というか気配も感じる。どうやら神族に今回の作戦が漏れていたようだな」

 マンティアは先程からこの場所を一歩も動かずに、ヒャクメと小竜姫の存在を察知していた。
 彼の能力はごく微弱ながら作動を開始した元始風水盤の魔力によって高められているのだ。

「奴らがここに来るのは後10分程だ。今の時間が1時少し前だから月の魔力が使えるようになるまで
 5時間程かかる。奴らもそう思っているだろうが、そう甘くはないぞ……」

 ニヤリと口の端を吊り上げるマンティア。彼には何やら策があるようだ。

「元始風水盤は別に満月が出ていなくても作動する。単に満月の波動はフル稼働させて、地脈を
 自由にコントロールするために必要なだけであって、私がパワーアップするには何の問題もないと
 いうことを教えてやろう」

 そう言いながら元始風水盤を作動させるマンティア。

 ドガッ!!

 誇大な爆発と共に風水盤の中心部分が爆発し、大量の魔力エネルギーが吹き出し始める。

「目覚めよ、元始風水盤! 魔族の世界を現出させる時が来た!」

 マンティアの高笑いと共に吹き出した魔力エネルギーは巨大な稲妻のように天高く昇っていく。

 ドガガシャアアッ!

 地下空洞の天井を突き破り、地上に建つ邸宅をも吹き飛ばす魔力エネルギーの巨大な流れが、たちまち周囲に影響を及ぼし始める。

「フフフ……。ワアッハッハッ! 例えメドーサを追い込む程強い人間がいようが、神族が付いて
 こようが、この空間にいる限り私に勝つ事などできまい!」

 そう言いながらも両腕を広げ、魔力エネルギーを全身に浴び続ける。



 ズガガガガッ!!

 轟音と振動が地下通路を歩いている横島達を襲う。

「こ、これは一体!?」

 ピートが漏れだしてくる魔力エネルギーを感じて狼狽した声を出す。

「横島さん――! 元始風水盤が……!」

「ああ、どうやら作動しちまったみたいだな。だがまだ一気に地脈を自由に操るだけのパワーは
 無いはずだ」

「それはそうなのねー。まだ月が出るには5時間近くかかる筈なのねー」

「しかし、魔族が本来の能力に近付くだけの魔力エネルギーは十分に補給されているはずです。
 今回の敵はかなり手強いですよ」
 
 何が起こっているのか“視えて”いるヒャクメと、持っている記憶と状況から“分かって”いる横島、小竜姫。
 だが美神達はそんな事が分かるはずもない。

「ちょ、ちょっと…まさか元始風水盤が作動しちゃったの?」

「そうとしか思えません。僕の吸血鬼の部分が活性化していますし……」

 あたふたとしながらも、戦闘意欲は失っていない。しかし……・

「どうやら低レベルながら元始風水盤は作動させられてしまった。ここから先は、普通の霊的防御
 手段しか持たない人では危険です。おそらく元始風水盤の周囲は魔力エネルギーが満ちている
 筈。そんな状態では消費した霊力は回復などしないし、魔族は本来の能力に戻ります」

「本来の能力だって?」

「ええ、その辺は小竜姫様が詳しく説明してくれますよ」

 状況を説明した横島に尋ねかけた西条の疑問に、小竜姫は説明を始める。

「私達神族や魔族にとって、この人界は非常に制約の多い世界なのです。私の霊力を例に取ると、
 この人間界では約2,500マイト程度です。尤も、私の場合、念法によって2倍の5,000マイトまで
 上げる事ができます。しかし、私でも神界に帰れば本来の霊力である50,000マイトの力を発揮
 できるようになります」

「えっ!? 小竜姫様って霊力が50,000マイトもあるの!?」

 美神が驚きの声を上げる。
 普段感じている2,500マイトでも十分強大な霊力だと思っていたのだが、本来はその20倍もの霊力を持っているとは……。

「その通りなのねー。大体、私達神族も魔族も、この世界では自分の持つエネルギーの1/20ぐらい
 しか使えないんです」

「念法っていうのは、元々神族がこの人界でのリミッターを下げるために生み出された術が始まり
 で、それを人間用にアレンジしていって生まれた武術なんですよ。肉体と霊体を同期させることに
 よって、人間の場合、チャクラを全て開放した時の最大3倍まで自分の霊力を高める事が
 できます。神族だと2倍がせいぜいですね」

「そうか、だからこの世界において我々人間が、元々霊力のレベルが違う神族や魔族と同じレベル
 に自分の霊力を引き揚げられるわけか……」

「自分達の世界で神魔族と互角に渡り合うための術か……」

 念法の存在意義をようやく理解する美神と西条。
 雪之丞と九能市は念法について説明された時に聞いているので黙っている。

「ちょっと待ってください! でも、念法を修めていても上級神や上級魔には勝てないんじゃないですか?」

 話を聞いていたが、経験上から疑問に思っていた事を尋ねるピート。

「そりゃそうだよ。でもどんな上級魔でも、人界で使える能力は大抵1/20ぐらいな事に変わりはない。
 特別な調整を自身に施さない限りはな。つまり上級以上の神魔族は元々非常に巨大なエネルギー
 を持っているから、その最初の差がでかすぎるんだよ」

「横島さんの言うとおりです。もし私が念法を修めていなければ、私の人界での最大霊力は2,500
 マイト程で、攻撃や防御に使える最大霊力はせいぜい1,200〜1,300マイト程度です。攻撃や防御に
 使えるエネルギーが、普通は自分の最大霊力の半分ぐらいというのは人間と変わらないんですよ」

「小竜姫様は念法を修めているから、人界での霊力も5,000マイトぐらいまで出せるし、神剣を使った
 場合の最大攻撃霊力に至っては10,000マイトなんだけどな」

 改めて小竜姫の実力に驚かされる一同。
 この小柄な龍神の姫が実力者であることは、頭では理解していたが外見が幼く見えるので何となくそう思えないのだ。

「横島さんはチャクラを全て制御できるから、霊力自体も1,000マイト以上に上げられるし、飛竜を
 使えば最大攻撃・防御霊力を3,000マイト以上まで上げる事が可能なのねー。これって攻撃霊力
 だけみれば、十分中級神・魔族レベルに達しているんですよー。ちなみに小竜姫は基礎霊力
 レベルだけで言えば中級神の中でも結構下の方に位置するのねー」

「ええ、最大攻撃・防御霊力に限って普通に換算すれば、横島さんは120,000マイトの霊力を持つ
 中級神に匹敵します。あぁ、上級神とは普通1,000,000マイト以上を言います」

 そして横島の実力に関して、小竜姫とヒャクメから説明を受ける事で止めを刺される。
 非常識だとは思っていたが、まさか本当に中級神魔族レベルの力があるとは……。
 こんな相手に勝つ事など一生できないんじゃないかと思う美神だった。

「ははは…、話が逸れましたね。そう言う事で元始風水盤のある地下空洞は魔力で満ちており、
 そこにいるマンティアはかなり本来の能力を取り戻しています。したがって俺や小竜姫様、
 ヒャクメ以外は入る事すら危険なんです。雪之丞や氷雅さんは辛うじて大丈夫かな?
 美神さん達は入ったら最後、その時点での体力と霊力を使い切った時点で活動不能となります」

 そう言ってここで大人しく待っていろと暗に告げる。

「そんな事は話を聞いた時点で即理解できたわよ! でもカオスだけは連れて行こうと思ってるん
 でしょ?」

 美神が挑むような表情で尋ねる。

「やっぱりわかっちゃいました? ドクター・カオスには万が一の場合に備えて来て貰おうと思って
 いました。最終的には、元始風水盤を操作して貰わないといけませんから」

「ふっ…! ワシは構わないぞ」

 気軽に同意するカオスだが、この中で事態をかなり把握している人間である。

「だったら私達も行くわよ! せっかくここまで来たんですもの!」

「僕も同感だ。一応オカルトGメンだからね」

「僕なら半分は吸血鬼です。あの中でもそれなりに動く事ができます」

 どうやら誰も大人しく待っている気はないようだ。

「やれやれ……。じゃあ構いませんけど、俺もみんなの事を守ってあげる余裕は無いですから、
 自分の身は自分で守ってくださいね」

 力無く首を振りながら答える横島。

「さあ、行こうぜ横島! フフフ……腕が鳴るぜ!」

「足手纏いにはなりませんわ」

 弟子達二人もやる気満々のようだった。

「では行きましょう。魔力が渦巻く地下空間へ」

 彼等の前には、立ち塞がる最後の扉が見えている。

「ヒャクメ、変なトラップは無いよな?」

「大丈夫なのねー。怖いくらいになにも施されていないのねー」

「じゃあ、ここは紳士的に普通に入ってみるか」

 そう言って扉をゆっくりと開ける横島。

 ギギギギギ…………

 巨大な扉は重々しく開いていく。
 いよいよ香港での戦闘の最終ステージの幕が上がる。
 観客はおらず、全員が役者として舞台に上がる事を望んだ最終ステージが……。



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