フェダーイン・横島

作:NK

第34話




 ゴゴゴゴゴゴッ

 不気味に発光しながら、中心部から魔力エネルギーを吹き上がらせている元始風水盤。
 高密度の魔力エネルギーに周囲の大気が揺らいでユラユラと水中のような見え方をしている。
 その元始風水盤の横に佇む長髪の中年男。
 横顔しか見えないが、かなり痩せ型で顎が尖った印象を与える。

「ここにいるって事は……アンタが今回の親玉、マンティアだな?」

 すでにチャクラを全開にして、身に纏う龍神の防具の霊波防御も最大にした横島が尋ねる。

「そうだ。よくここまで辿り着いたな。褒めてやるぞ、人間」

 入ってきた横島達の方を向きもせずに答える。

「一つ尋ねるが、なぜ部下達をここに集めて迎撃しなかった? 元始風水盤から魔界のエネルギー
 が流れ込んでくるここなら、奴らももっと実力を出せたはずだ」

「ほう…。思ったより鋭いな。いや、失礼。どうやら君を見くびっていたようだ。確かにその通りだが、
 君は既に答えを知っているだろう?」

 漸く顔だけこちらに向けたマンティアが少し見直したように問いかけ返す。

「ああ、一つは元始風水盤を作動させる時間を稼ぐため。もう一つは自分の戦いを有利にするため
 に、俺達の霊力や体力を削ろうと考えたためだな? ここなら失ったそれを回復する手だてはない
 からな」

 忌々しそうに答える横島の言葉に、やはり怒ったような表情の小竜姫とヒャクメが頷く。

「ご明察恐れ入るね。そう、君の言うとおりだよ。私としては勝利の確率を上げたかったからね」

「それで部下達を犠牲にしたんですか?」

 小竜姫が押し殺した声で尋ねる。

「その通り。神族ならともかく、魔族なら普通の行為だからね。お前は確か妙神山の管理人を
 している小竜姫だな? なぜこんなに遠い地で自由に動けるんだ?」

 小竜姫の事を知っているマンティアが首を捻る。
 確か彼女は妙神山に括られているのではなかったか?

「今回の貴方の行いは神族上層部で危険と判断され、魔族上層部とも協議して阻止する事に
 なりました。神族調査官のヒャクメが同行している以上、貴方の反デタント行為の証拠は既に
 送られています。大人しく縛に付きなさい」

 毅然と言い放つ小竜姫を鋭い視線で見詰めるマンティア。

「成る程……手回しの良い事だ。だが大人しく捕まる気はない。止めたかったら実力で来い」

 そう言うと右手をスッと上げて顎の辺りに持っていく。

 ギキ……

 なぜか金属が擦り合わさるような音を立てると、ツ… と軽い感じで腕を横に薙ぐ。

「…ッ! 危ない! 身を低くして前に飛べ!」

 そう言うや否や自分も素早く身を躱す横島。
 小竜姫やヒャクメも回避行動に入っている。

「何がなんだかわからんぞ!」

「強力な・エネルギー波・の発生を・感知。発生源は・あの・魔族です」

 報告しながらカオスを掴んで回避パターンを取るマリア。
 本能的な危険感知能力で同じように前に飛んだピート、美神、西条も流石と言える。
 雪之丞と九能市は横島が口を開く前に身を低くしながら身体を飛ばしていた。

 シュカッ

 ゴシャアァ!

 何かが鮮やかに切れるような音がして、彼等が寸前まで立っていた場所の後ろにある巨大な石筍が轟音と共にずり落ちる。

「なっ!? あんな太い石筍を……!」

 倒れ込んだ美神がその光景を見て唖然とする。

「魔力を圧縮した切断波か……。大した威力だな」

 こちらは体勢を崩さずに立っている横島が呟く。

「ほう…今の一撃を見切るとは。なかなかどうして、人間にしては素晴らしい身体能力だな。では
 そろそろ私の本当の姿を見せようか」

 そう言うと煙と共にマンティアの身体が異形の物へと変化していく。
 一瞬閉ざされた視界が戻った後には、頭部に巨大なカマキリの複眼と、本来カマキリの口の部分に付いている仮面のような顔。さらにロボットと見間違うかのような緑の金属光沢の外殻と昆虫のごとき身体的特徴を持った身体。
 大きく張り出したショルダー・アーマーと、特徴的な右手の巨大なカマ。左手は普通の手である。
 それはどう見ても人間のシルエットを持つカマキリだ。

「これは……すでに魔力レベルが9,000マイトまで上がっています!」

 ヒャクメが瞬時に相手の魔力を測定し、想定していたとはいえ厳しい表情で報告する。

「そうだ。元始風水盤から流れ込んでくる魔力エネルギーによって、私のレベルは普段の4倍に
 跳ね上がっている。小竜姫といえども勝ち目はあるまい? それに時間が経てば経つ程、私の
 エネルギーは上がっていく」

 表情を感じさせないマンティアの顔だが、眼だけがニヤリと笑ったような気がした。

「それが正体か……。カマキリ型魔族というわけだな?」

「お前達人間の感覚からすればそうなるだろうな。少年、殺す前に名前を聞いておこうか?」

「負けるつもりはないんだがな……。まあいい、俺は横島忠夫だ。じゃあ始めようか」

「横島さん! いくら貴方でも今のマンティア相手に一人では危険です!」

 そう言って一緒に戦うべく前に出ようとした小竜姫を左手で制する。

「大丈夫ですよ、小竜姫様。それにこのレベルの魔族を相手に勝てないようでは、俺が修行している
 意味がないじゃないですか。任せてください。でも俺も全力で行きますからフォローを宜しくお願い
 します」

 そう言うとさっさと前に出ながら精神を極限まで集中する横島。

『神・魔・共鳴!』

 心の中で叫んだ横島は、実戦で二度目のハイパーモードを発動させた。

 キイイィィィィィン!!

 横島を見ている者達の眼には、横島が金色の霊気(オーラ)に包まれたように見える。

「信じられん! ……人間が今の私と同格の霊力を持つ事ができるなんて……」

 マンティアの眼からは、ハイパーモードとなった横島の霊力に呆然としている様が見て取れる。

「これが妙神山念法の最終奥義だ。今の俺ではまだまだ未熟だが、それでも何とかなるだろうさ」

 そう言いながら飛竜を正眼に構える。

『うーむ……ヤツの霊力は私より少し低い程度(約8,400マイト)だ。しかもあの霊刀に込められつつ
 ある霊力は既に私の魔力に匹敵している……』

 カマの刃に沿って魔力を集束させているマンティアは、油断なく構えながら横島の実力を探っていた。
 お互いに相手の実力を探り合っているため表面上完全に動きは止まっているが、バトルマニアの雪之丞であってもこの戦いに割ってはいる事はできなかった。
 何しろ実力が違いすぎるのである。
 この戦いに互角に加わる事ができるのは小竜姫だけだろう。
 その小竜姫は不安そうな表情をしながらも、黙って横島の戦いを見守っている。
 尤も、早々と精神リンクに切り替え、横島の魂に融合している自分の霊基構造コピーを通しての会話に切り替えているだけだが……。

『フッ……探りきれるモンじゃないか。やはり動かないとわかんねーな』

 10分程も対峙し続けた横島は、腹を括って攻撃に転じる事にした。

 予備動作をせずにいきなりヒュンと飛竜を正眼に構えたまま前に出る。
 それを待っていたかのように前に走り出すマンティア。
 二人は重く鋭い踏み込みで空中に舞い上がる。
 すでに防具の霊力レベルを最大に上げている横島は、自らの霊力を飛竜に込めて接近するマンティアを見据えて剣を少し引く。

 ギュオオォォォォ

 唸りを上げて接近する二人。
 マンティアは後ろに引いたカマを横に刈り取るように繰り出す。
 そのスピードはあまりにも速く、見ていた者達は小竜姫を除いて動きを追いきれなかった。

 シュカアン!

 カマの切っ先が身体を掠めながらも、さらに空中で身体を回転させてその一撃を躱す。
 返す一撃を、そのカマの刃に蹴りを与えて防ぐと同時に起点とし、さらに跳躍しながら体勢を整え空中から苛烈な連撃を繰り出す。

 ジャジャア

 それに応じてマンティアもカマによる斬撃を圧倒的なスピードで繰り出した。

 ガッキイィィン!!

 最後に飛竜とカマが激しく霊力と魔力のエネルギー放射を残して打ち合い、互いに離れながら着地する。

「やるな、横島とやら。いかに霊力があろうと私のカマにスピードで付いてくるとは……」

「アンタもな…。魔力エネルギーの援護があるからっていっても、その技は大したモンだぜ」

 そう言って二人は即座に戦闘態勢を取る。



「凄い戦いですわ……」

「ああ、横島の実力ってのがこれ程とはな……」

 相応の実力を備えてきた雪之丞と九能市は、二人の戦いに背筋が寒くなるのを感じていた。
 普段見せている横島の力がまだまだ抑えられた物だとわかったから。

「今の横島君って……小竜姫様並の霊力、いいえ、それを超える霊力を持っているわよね?」

 美神が横にいるマリアに尋ねる。

「イエス・ミス・美神。横島さんの・霊力は・約8,400マイト・です」

「彼の力は大きすぎると言う事か……。彼が妙神山から出たがらないワケがやっとわかったような
 気がするよ」

「でも横島さんは、なぜこんなに魔力が濃い所でもあれだけの霊力を使えるんです?」

 ピートの疑問は当然のものだろう。
 自分達では、あれだけの技を使ったらもうエネルギー切れになるはずだ。

「恐らくじゃが、文珠を使って魔力を霊力に変換しておるんじゃないかのう…」

 カオスの言葉をヒャクメが聞き、補足をする。
 無論、ルシオラの霊基構造コピーが魂に融合しているために魔力を霊力に変換したり、魔力そのものを利用したりできる事を隠すために間違っているカオスの説を支持するという韜晦行動なのだが……。

「さすがはドクター・カオスですねー。確かに横島さんは文珠を使って魔力を霊力に変換しています。
 でもそれだけじゃないのねー。念法によって霊力を効率的に再生させて練り上げているから、
 あんな戦い方ができるんですよ」

「また動くわ……」

 だが彼等の話も小竜姫の呟きによって止まる。
 横島とマンティアが流れるように動き間合いを詰めたのだ。



 キンッ! ガキッ! ギイィィン!

 再度お互いの間合いに入った横島とマンティアは、お互いの剣術の全てを使って相手に一撃を加えようとするが、それぞれの実力が伯仲しているが故に相手の防御を崩す事も、不意を突くこともできずにいた。
 マンティアは、横島が大きな技を放つためには僅かな溜が必要な事を見切って、一度接近すると息をもつかせぬ連続攻撃を仕掛け横島の奥義を封じている。
 その手口はなかなかに巧妙だ。

「はあ、ふう……。まさかここまでやるとな……」

「お前の力、大した物だ。だがこのまま戦い続ければ私の方が有利だぞ」

 横島の動揺を誘うかのようなマンティアの言葉だが、それは事実だ。
 もし月が昇るまでに決着が付かなければ、元始風水盤がフル稼働してここ香港は魔界へと変貌する。

 この会話の後、再び無言となって互いの武器を構える二人。

「はっ!!」

 裂帛の気合いと共に振りかぶった飛竜を神速で振り下ろす横島。
 だがその感覚が最大級の危険を察知する。

『な、何だ!? とにかく躱す!』

 一瞬でそう判断すると、攻撃をキャンセルして身体を捻り、さらに左へと飛ぶ。

 キシュン!

 横島の右前腕部の防具に火花のような物が飛び散り、霊波シールドに幾つもの強力な負荷がかかるのを感じながら、横島は飛竜の霊力を一気に開放して横に薙ぐ。

「くっ! 躱したか……。反撃が来る!」

 横島が攻撃をキャンセルしたと同時に、マンティアも回避行動へと移る。
 飛び上がったマンティアの爪先を、横島の放った切断波が掠める。

 互いに距離を取った上で、相手の攻撃を素早く頭の中で検証する。

「さっきのは……複数の攻撃がシールドに負荷を掛けた。何だったんだ?」

『……ヨコシマ、さっきのは魔力を高密度に凝縮させて作った魔力の糸よ!』

『そうです、忠夫さん。1/1000ミクロン程の極細の魔力糸を5本、左手の指先から伸ばして操り、
 相手を細切れにしてしまうのでしょう』

 マンティアに聞こえないように呟いた横島の脳裏に、魂に融合しているルシオラと小竜姫の意志が回答を与える。

「そうか、ありがとう二人とも。あれがヤツの奥の手だったんだな」

 二人の意識に礼を言うと、横島はマンティアの奥義を見きるために心眼モードをさらにアップさせた。

「あの体勢から私の奥の手を躱すことができるとは……。横島、恐ろしいヤツだ」

 そう呟くとマンティアは、躱した直後に放たれた横島の切断霊波を思い起こす。
 恐るべき密度に集束された霊力の刃。
 あんな技を使う人間がいるとは予想外だった。
 会話から小竜姫の弟子らしいが、人間がここまで強くなる存在だとは思いもしなかった。

「どうやら、メドーサはこの男に敗れたようだな。この目で見るまでは信じられなかったが」

 ほぼ正確に、メドーサとの戦いの真実を推測する。
 この男の実力なら、メドーサが敗れても何ら不思議はない。

「だが私の魔力糸を見切る事は出来まい! 」



 三度斬り結ぶ横島とマンティア。

 ビギュン! キュイイィィィン!
 ドゴオオォォ!

 舞うような美しい剣捌きで繰り出されるマンティアの魔力糸とカマによる斬撃を迎撃する横島。
 しかし、いかに彼とて全ての攻撃を躱し、捌けるものではない。
 魔力糸による攻撃は、巻き付かれると厄介なので全て迎撃するが、カマによる斬撃は上手くポイントをズラして防具によって防いでいた。
 そのため、幾つもの切り傷を負っている。
 横島が着地した地面の周辺が、まるで空から切り刻まれたかのように吹き飛ぶ。

「小竜姫〜! あの魔族は強いのね〜。横島さん大丈夫かしら?」

「大丈夫よヒャクメ。必ず横島さんは勝ちます……」

 そう答える小竜姫だが、その拳はギュッと握りしめられていた。


 すでに戦い初めてから30分が経過している。
 いかに横島とて、魔力が満ちあふれるこの地下空洞での戦いはキツイものなのだ。
 チャクラを全開にして霊力が尽きないようにしているが、その負担は並大抵の物ではない。

「あの左手を一瞬でも封じれば勝てる。仕方がない……俺も切り札を使うか……」

 そう呟くと飛竜に沿えた左手に霊力を集める。
 一方、マンティアは右手のカマに魔力を集中していた。

「殺すには惜しい腕だが、次で勝負を決める。両脇を魔力糸で塞ぎ切断波をお見舞いしてやる」

 お互いが勝負に出ようとしていた。

「行くぞ、マンティア!!」

「死ぬが良い、横島ぁ!!」

 一度距離を取った二人は、足の裏に霊力と魔力を込めて爆発させ、一気に間合いを詰める。

「文珠! 『縛』!!」

 マンティアが左手を動かす前に3個の単文珠を作り放り投げる。

「なに!? 文珠だとっ!?」

 一瞬、マンティアの表情が驚愕に彩られたように感じられた。
 そして繰り出そうとした左腕のみならず身体が動かない事に気が付く。

「こ、これは……!?」

 文珠の効果を確認した横島は一気に勝負に出る。

「妙神山念法奥義、破邪滅却!!」

 既に飛竜に込められた12,000マイト程の霊力が切っ先に集められ、そのスピードに流れるように円錐形のカーテンを作りだしていく。

「くっ! ……全魔力を防御に!」

 慌ててシールドに魔力を掻き集めるマンティアだったが、高密度に集束された横島の剣はそれを突き破り、致命的な一撃を叩き込んだ。

「グアアッ!」

「滅せよ、マンティア! 発っ!!」

 そして突き入れた剣から一気に残りの霊力を爆発させるかのように叩き込む。
 メドーサの時とは違い、十分に魔力があるために防御が固く、単なる突きだけでは身体を分断するには至らなかったのだ。
 そこでこの技の本来の姿であるさらなる攻撃を行った横島。

 ドゴオォォォン!

「ば…バカな! …この状況で…この私が…負けるとは……」

 燃え上がるかのように叩き込まれた霊気を吹き出させながら崩れ落ちる。

「さらばだ、マンティア。お前の強さを忘れはしない」

 そう呟く横島の言葉を最後に、マンティアの存在は消滅した。







「カオスさん、元始風水盤を止めてください。皆さんは一応周囲を警戒してください」

 そう言うと小竜姫は飛竜を支えにしながら膝を突いた横島に駆け寄る。

「横島さん! 大丈夫ですか?」

「何とか無事倒しましたよ…。少し疲れましたがね……」

 そう言いながらも笑顔を見せる横島に抱き付くと、すぐに傷のヒーリングに取りかかる。
 そこにスタスタと近付くヒャクメ。
 そんな彼女をちょっと怖い目つきで牽制する小竜姫。

「小竜姫、横島さん。元始風水盤を停止させて針を外したのねー。風水盤そのものは退去する時に
 破壊するわ。それに他に敵はいないみたいなのねー」

 その報告は極めて当たり前の物だったので、小竜姫も怒る事はできない。

「そうか、ありがとう小竜姫様。ずいぶん楽になりましたよ。それからヒャクメも今回はありがとうな。
 助かったよ」

 横島からお礼の言葉を掛けられたヒャクメは少しだけ恥ずかしそうな表情をするが、すぐに元に戻ると美神達の方に歩み去っていった。

「予想以上に苦戦しましたが、周囲に被害を出さずに事件を終わらせる事ができましたね」

 横島を愛おしむように見詰めながら話しかける小竜姫。

「ええ、みんなのおかげですよ。それからルシオラもありがとうな」

『いいのよ、ヨコシマ。実体のない私にできるのはこのぐらいだもの』

「それでもさ……。戦っている時も一人じゃないんだって実感できると勇気が出てくるんだ」

『そう、でも私が好きでやっていることだからいいのよ。ヨコシマは前だけを見詰めていて欲しい
 から……』

 肉体を優しく包み込む小竜姫と、心を奥底から優しく包み込むルシオラの意識。
 横島は疲れも苦労も、何もかも一瞬忘れて心地よい流れに身を任せる。



 暫くそうしていたが周囲の眼もあり立ち上がる横島だったが、その表情はどこか残念そうだ。
 それは小竜姫も同じらしく、ちょっと残念そうな表情をしている。
 漸く近寄れる雰囲気になったため、他のメンバーが近寄ってくる。

「お疲れさま、横島君。君の実力を見せて貰ったよ」

「でも今回はかなり苦戦だったみたいね?」

 声を掛けてくる美神と西条。

「そうですね。死津喪比女の時に続き、また魔族相手に文珠を表立って使う事になってしまい
 ました。元始風水盤によって魔力の補給があったとはいえ、かなり強い相手でしたよ」

「でも横島さんは今回も敵をうち破りましたね」

 ピートは先程見た戦いで受けた興奮が冷めていないようだ。

「俺は一人じゃないからな…」

「いやー、それにしてもあの元始風水盤というのは見事なモンじゃった。魔法技術の粋を集めた
 代物じゃな」

 今回、最後に活躍したカオスが感心したように話す。

「まあ、アレ一個でアジア地域の神族と魔族の存在価値を逆転させるものですからねー。今回は
 危なかったですよ」

「ええ、皆さんのおかげで大事にならないで解決しました。カオスさんとピートさんには今回の料金
 を払わないといけませんね」

 小竜姫の言葉を聞いて美神の耳がピクリと動く。

「ねえねえ、小竜姫様! 私にもギャラを頂戴ね!」

 瞬時に目の前までやって来た美神に呆れながらも頷く。

「ええ、構いませんが……美神さんは現在、オカルトGメン所属なのではないのですか? 一応
 公務員になるんで、報酬を貰ってはまずいのでは……?」

「ああっ!! そーだったわー!! 西条さん……駄目?」

 可愛い子ぶりっこしながら眼をキラキラさせて尋ねる美神に対し、力無く首を横に振る西条。

「ううぅぅ……本当なら……今回の仕事は五千万円は稼げるはずだったのに………。魔族と戦う
 なんて普通の仕事じゃないわよね〜」

 それを聞いて眼の下に隈を作りブツブツと呟き始める美神。
 その様子はどよ〜んとした雰囲気を作りだしており、何やら不気味でもある。

「み、美神さんは一体どーしたというんですの?」

「さ、さあ……何か悪いモンでも食ったんじゃねーのか?」

「よ、横島君……。令子ちゃんはどうしたんだ?」

「さあ……。でも何やら ブツブツと呟いてますよ」

 そっと近づいたピートが、その人間を超えた聴覚で聞き耳を立てる。

「……ね……お…かね………お金……お金……………」

 呟きの内容を聞いて引きつった笑いを浮かべて戻ってくるピート。

「ピ、ピート君。令子ちゃんは何と言っているんだ?」

「うわごとのように『お金』と………」 
     ・
     ・
     ・
「そ、そうか……。美神さん、お金好きそうだもんねぇ………」

「何かこのままだとまずそうな気がするんだが……」

 こちらもガックリと項垂れながら会話する男達。

「西条さん。ここは公務員といってもまだ正式じゃないですから、小竜姫様の報酬を受け取らせた
 方がいいんじゃないですか?」

 ピートも付き合いが長い分、美神という人間をよく理解していた。

「ああいう状態になったってことは、かなりストレスが溜まっていたという事ですね。辛かったんです
 かね、公務員生活?」

 未来の記憶を持っていながらも惚ける横島。
 公務員としての義務感と美神への心配の板挟みとなって煩悶する西条。

「まあ、取り敢えずああなった美神さんが治るかどうかは、西条さんの決断にかかっているという
 わけですね。俺達にこれ以上できる事は無さそうだな、ピート」

 とりあえず嫌な物から逃げ出す横島とピートを恨めしそうな目で見ながらも、彼等の言っている事は正論なため言い返す事もできない。
 結局、巨大な貴族としての義務感を何とかねじ伏せ、美神の報酬受け取りを決定するまで30分の時間を費やしたのだった……。







「いやー、一仕事した後のショッピングは格別ねー!」

 無報酬だと言われた時の雰囲気とはうって変わって生き生きとした表情の美神。
 さすがにすぐに帰るのは勿体ないと、夜の香港を満喫中である。
 付き合わされているのはヒャクメ、小竜姫、九能市である。
 当然、荷物持ちとして西条や横島も駆り出されているのだが、なぜか雪之丞とピートにしわ寄せが行っているようだ。

「横島君……。令子ちゃんは病気なんだろうか…?」

「さあ……? でも一種のストレスというかヒステリーなんじゃないでしょうか?」

「彼女に公務員は無理なんじゃないかと痛感したよ……」

「何言ってるんですか。貴方は美神さんの憧れの王子様なんでしょう? 頑張ってくださいよ」

 かなり真剣な表情でヒソヒソと話している姿は相当怪しい。

「まあ、お金あっての美神さんなのかもしれませんね。頑張ってくださいね」

 そう言って西条を励ますと、スタスタと歩調を速めて小竜姫達の所に行ってしまう。

「まあまあ、西条さん。時間はあるんですからゆっくりとリハビリしていけば良いんですよ」

 荷物を持たされたピートが励ますが、西条は落ち込んでいるようだ。



「横島さん、西条さんと何を話していたんです?」

 横にやってきた横島に尋ねる小竜姫。
 意外にも横島はゆっくりとウインドウショッピングを行っているのだ。

「いえ、美神さんのストレスというかお金に対する執着というか……。まあ発作についてです」

「そうですか……。美神さんの今後を考えると、もう少し西条さんと一緒にオカルトGメンをやっていて
 くれた方が安全なんですけどね」

「ええ、ここは西条に頑張って貰わないと、俺が手伝わないといけなくなりそうなんでね。帰ったら
 そろそろおキヌちゃんの霊能も少し鍛え始めるかな……」

「大変なのねー、横島さん。小竜姫と離ればなれになるのは嫌ですもんねー」

 そこでヒャクメが茶々を入れる。
 その言葉にジトッとした目つきを向ける小竜姫。

「な、なに!? しょ、小竜姫! 良い考えがあるからそんな眼で見ないで欲しいのねー」

「ではそのアイディアを聞きましょうか。ああ、妙神山に帰ってからにしましょう。あまり他人に聞かれ
 たくはありませんから」

「そうですね。その方がいいでしょう」

 曖昧ながらも同意する横島。
 彼の関心はなぜか女性物の服とか小物に注がれている。

「横島さん、ルシオラさんの意識と視覚をリンクしていますね?」

「ハハハ……。分かっちゃいましたか? せっかくこういう物を見る機会なんですから、ルシオラにも
 見せてやりたいなって…」

「いえ、いいんですよ。私達は普段あまりこういう物を見る機会は無いですから。でも優しいですね、
 横島さん」

『ごめんなさいね、小竜姫さん。私がヨコシマに頼んだの……』

 横島、小竜姫、ヒャクメにしか聞こえない声で話しかけるルシオラの意識。

「私には身体もありますけど、ルシオラさんは自分の眼で見る事がまだできません。ここは横島さん
 に甘えてください。ただでさえ今回は外に出る事が制限されていましたから……」

『ありがとう、小竜姫さん』

 そんな言葉を交わしながら歩いている横島達3人。
 道行く人々も小竜姫とヒャクメという美人を二人も連れている横島に嫉妬の眼差しを送ってくる。
 そんな中。久しぶりにのんびりとした時間を過ごしている横島は、なにも難しい事を考えていなかった。
 そう、今だけはリラックスした雰囲気に浸っていたかったのだ。

「まあ、なかなか機会がないんですから、小竜姫様も買いたい物を買った方がいいですよ。俺が
 持ちますから」

 彼は1時間後、自分のその台詞を大いに後悔することになる。
 こうして元始風水盤事件は、横島達の記憶とはかなり違う形で終結したのだった。




(後書き)
 元始風水盤(香港)編はこれで終了です。
 登場する魔族側は全部原作には無い連中でしたが、どうでしたでしょうか?
 今回の横島は、現時点での最大霊力にかなり近いレベルで戦っています(もう少し上げられますが)。
 一度この時点での横島の力をはっきりと書いておきたかったもので……。
 さて次回はアン・ヘルシングと机妖怪の愛子が登場します。


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