フェダーイン・横島

作:NK

第35話




「それでヒャクメ、良い考えっていうのを聞きましょうか?」

 香港から帰った次の日、妙神山の一室で横島と共にくつろいでいた小竜姫が思い出したように口を開いた。
 前夜、ヒャクメは今回の任務が終わったにもかかわらず、神界に帰らず妙神山に泊まったのだ。

「漸く私が言った事を思い出してくれたのねー」

 完全に忘れられていると思ったヒャクメは少しいじけていたが、小竜姫としてはここしばらく取る事の出来なかった横島との時間を過ごす事の方が重要だっただけ。
 ヒャクメが帰りもせずに居座り続けているのは、何か話したい事があるのだろうと思って話を向けただけだったりする。

「確か……美神さんの心を安定させる方法だっけ?」

 横島が思いだして確認を取ると、大きく頷くヒャクメ。

「やっぱり美神さんがこのままオカルトGメンを続けるのは無理があるのねー。彼女の性格では
 無報酬という境遇に満足できないでしょう?」

「やっぱりそうだろうなぁ……」

『美神さんは自分の誇りというか…価値を他人が認めた証としてのお金が好きだからね〜。
 美神さんが溜め込んでいるお金や金塊は全て自分自身の価値を象徴するシンボルだから……』

 ヒャクメは既に大体の事を知っているため、ルシオラの意識も会話に加わる。

「だからやっぱりGメンではなく普通のGSに戻った方がいいのねー。仲間さえいれば危険も減るし、
 美神さんの精神的な安定にも一役買うのねー」

「ヒャクメ、貴女の言っている事は正しいし有効な案だけど、問題は誰が美神さんの助手になるか
 でしょう? さすがに横島さんでは無理があるし……」

 既に特S級の称号を持つ横島である。
 さすがにその横島が自分の事務所を放って置いて、美神の助手をするわけにはいかない。
 今の横島相手なら美神であっても相応の給料を出すだろうが、GS協会の方が黙っていないだろう。
 さらに、対魔族という事を考えると選択肢は自ずと限られてくる。
 雪之丞か九能市ぐらいしか務まらないだろう。
 だが二人とも未だ修行中の身なのだ。

「その辺の事もちゃんと考えているわ。私が傍にいれば魔族の奇襲を受ける事もないし、罠に
 かかる確率も下がるはずなのねー」

「ええっ!? ヒャクメが美神さんのサポートをしようっていうの!?」

「なぜそんなに驚くの、小竜姫? そんなに変かしら?」

「し、しかし……ヒャクメは戦闘力は皆無に等しいだろう?」

 絶句してしまった小竜姫に代わり尋ねる横島。

「……確かにそんなに強くはないですけどねー」

「元々ヒャクメは文官だから霊力はそれ程高くないし、霊力は神界に戻っても7,000マイトぐらい
 だよね? 確か人界での攻撃力に関してだけなら……今の美神さんと同じぐらいじゃ
 なかったっけ?」

「た、確かに……攻撃に関しては最大霊力100マイトぐらいですけど〜」

 抗弁するヒャクメの口調は段々弱々しくなっていく。

「でも、確かに魔族と正面切って戦わなければ、それぐらいあれば充分だなぁ……。普通の悪霊
 相手なら十分すぎる程のレベルだし、罠や不意打ちに遭う事もないわけか…」

「そ、そう言うことなのね〜」

 ホッとしたような表情で首を縦に振る姿は、何かを誤魔化そうとしているようにも感じられた。

「ヒャクメ……何か隠していませんか?」

 ギクッ!

 少しジト眼になった小竜姫の一言に、一瞬身体を硬直させる。

「な、なんの事〜?」

「このまま人界に留まっていろいろ覗き見しようとか、誰かを(私を)いろいろからかって遊ぼうとか、
 あわよくば横島さんの傍にいようとか思ってませんか?」

 小竜姫が挙げる例に一々反応するヒャクメ。
 どうやらあまり嘘が付けるタイプではないようだ。

「はっはっはっ……! 小竜姫様、ヒャクメだって神族ですよ? そんな事考えるはず無いじゃない
 ですか。まあ、本当にそんな事考えていたらお仕置きですよね〜」

 乾いた笑い声を上げながら、いつの間にか飛竜を抜きヒャクメの後方に立っている横島。
 それは明らかに警告というか脅迫だった。
 ここに来た時の恐怖が蘇る。
 この二人を同時に敵に回したら命はないのだ。

「横島さんの言う通りなのね〜! 私はそんな事考えていないのね〜! 冷静に様々な状況を
 シミュレートした結果を口にしただけなのよ〜!!」

 ヒャクメの必死の叫びを聞きながら、横島は横にいる小竜姫と、魂に融合しているルシオラの意識と会話していた。

「……どう思う?」

「そうですね……。限りなく黒に近いけど灰色って感じですね」

『でもいいんじゃない? 美神さんの凄さと大変さは実際に付き合ってみないと分からないと思うわ。
 ヒャクメさんも1週間もすれば後悔するかも』

 クスクスと笑いながら答えるルシオラの意識。
 その言葉に、横島は記憶を引き出して大きく頷いた。

「でもヒャクメの事です。何か別の事が目的のような気がしてなりません」

 何やら思い当たる事がいっぱいありそうな表情の小竜姫。

『じゃあ、こうしたらどうかしら? ヒャクメさんが戦闘向きじゃないのはみんな知っているから、
 2週間程修行して貰って戦闘力を上げて貰うっていうのはどう? そうすれば美神さんだけじゃ
 なく、ヒャクメさんも危険な目に遭う確率が減るでしょ』

「そりゃあ良い考えだな、ルシオラ。ヒャクメが本気かどうか一番良く分かる方法だ」

 あのヒャクメである。何か邪な事を考えての事だったら、修行に耐えられはしないだろう。

『そうでしょ♪ それに今後を考えたら、ヒャクメさんももう少し戦い方を覚えた方が良いと思うの』

 最初は楽しそうに話していたルシオラだが、段々口調が真剣になってきている。
 ヒャクメもこのままでは様々な事に巻き込まれるのだ。
 その中には逆天号の反撃によって捕虜となる記憶もあるだけに、ルシオラの心配も当然であろう。

「ルシオラさんの考えに賛成です。この案ならヒャクメも強くなって仕事の際の危険が減りますし、
 ヒャクメの性根を少し入れ替える事もできそうです。なかなか良い案を考えてくれましたね、
 ルシオラさん……。ふふふ……覚悟しなさいヒャクメ」

 さすがの横島もちょっと退いてしまいそうな笑みを浮かべる小竜姫。
 何か二人の間にあったのだろうかと真剣に悩む横島だった。

「それじゃあ、ヒャクメの修行は誰がやります? やっぱり小竜姫様ですか?」

「ええ、私が責任を持って行います。同じ神族ですし、親友ですから」

 ヒソヒソと話している横島達が気になるヒャクメは、恐る恐るといった感じで様子を伺う。
 何しろ、十中八九、話されているのは自分の今後についてなのだ。
 不安が増幅する中、辛抱できなくなって近付こうと一歩を踏み出した途端、固まって話していた2人がパッとヒャクメの方に向き直る。

「きゃっ!」

 悪い事をしようとしてバレたかのように、ヒャクメは横島達のまるで測ったかのようなタイミングに可愛い声で驚く。

「なかなか良いアイディアです、ヒャクメ。その作戦を採用しましょう」

 先程とはうって変わり、満面の笑みを浮かべてヒャクメを支持する小竜姫。

「じゃあ大変かも知れないけど、ヒャクメに頑張って貰おう。頼むぜ」

『お願いするわね、ヒャクメさん』

 あまりにも呆気なく自分の案が採用された事に逆に訝しげな表情を見せたが、言い出したのは自分なので今更引っ込みは付かなかった。
 心の中を覗いてみようかとも思ったが、今はさすがにできる雰囲気ではない。

「え、ええ……。全力で頑張るわ」

「ただし…条件があります! 美神さんは今後魔族と深く関わります。その時にヒャクメが足手纏い
 になるのでは話になりません。したがってこれから2週間、みっちりと私の指導による修行を受けて
 貰います。これをクリアーしたらこの作戦を実行します。いいですね、ヒャクメ?」

 ニッコリと逆光を背負って話す小竜姫がなぜかとても怖かった、と後にヒャクメは語っている。

「しゅ、修行するの……? それも小竜姫の指導で…?」

 明らかに動揺した口調で確認するヒャクメ。

「ええ。一応私は武神ですし、霊力の効率的な使用法についての指導に関してはそれなりの実績も
 あります。横島さんという選択肢もありますが、神族の私達と人間ではチャクラの位置や構成に
 若干違いがありますから私が適任です」

 小竜姫はあくまでも笑みを絶やさずに話しているが、その態度は明らかに拒否を認めないものだった。

「で、でもっ! 私は戦士じゃないのねー! たった2週間で戦い方が身に付く程甘いわけないと
 思うの……」

 こういう時の小竜姫に何を言っても無駄とは分かっているが、一縷の望みを掛けて反論する。

「大丈夫ですよ。修行といっても霊力を効率よく攻撃や防御に使えるように、霊力コントロールの
 訓練を行うだけですから」

「この修行で念法の基礎を修めれば、ヒャクメが仕事の危険を今まで以上に回避できるようになる
 から俺も安心だよ。まさに一石二鳥じゃないか!」

『そうよ。私も知り合ったヒャクメさんが危ない目にあうのは嫌だもの。ある程度自力で危険を退け
 られるようになってほしいわ』

 しかし呆気なく3人によって論破されてしまう。
 横島、小竜姫、ルシオラの意識が言っている事は全くの正論であり、ヒャクメが強くなる事は本人にとっても大きな意義があるので反論も難しい。

『ううっ…! こ、こんな筈じゃなかったのねー! 私はただ人間界に暫くいて小竜姫と横島さんの
 事を覗いていたかっただけなのにー!!』

 小竜姫が推測したとおり、心の底ではしょうもない事を考えているヒャクメ。
 ある意味、自業自得なのかもしれない。
 ガックリと項垂れて黙ってしまったヒャクメの姿を、承諾と受け取った小竜姫はひょいと立たせる。

「しょ、小竜姫……、な、なにを……?」

「あら、善は急げっていうでしょ。せっかくヒャクメがやる気になったんですもの。さっそく修行を開始
 しましょう」

 そう言ってヒャクメの手を引くとさっさと修業場へと向かう。

「ひえー!! ちょ、ちょっと待って欲しいのねー! こ、心の準備がまだできてないのよーー!!」

「あら、そんなのすぐにできますよ。さあ、修行しましょうね」

 そう叫びながら小竜姫に引きずられていくヒャクメの姿は哀愁が漂っていた。

「ヒャクメ〜! 頑張れよ〜!」

 そんな背中に心からの応援を送る横島。

「誰か私を助けてなのね〜〜!」



 結局、小竜姫とボロボロになったヒャクメが戻ってきたのは夕方になってからだった。
 一足早く修行を終えて戻ってきた九能市から聞いた事には……。

「ひえー! 勘弁して欲しいのねー、小竜姫ー!!」

「何を言っているのです? まだ始めたばかりで厳しい事は一つもしていませんよ」

「あっ! ど、どこに触っているの小竜姫〜!」

「誤解を招くような事を言わないで、ヒャクメ! こうしないと霊気の流れを修正する事ができないじゃ
 ないですか!」

「よ、横島さん、ヘルプ ミー!! 小竜姫はエッチなのねー」

「何を人聞きの悪い事を言っているんです、貴女は!」

 等と、当初はじゃれ合いのような会話が交わされていたのだが、1時間程経った時のヒャクメのある一言を持って過酷な修行に突入したらしい。

「ど、どうせ身体に触られて修行するなら横島さんの方がいいのねー! ……はっ!?」

「ふふふ……今のはどういう意味ですか、ヒャクメ……?」

「ひえぇ〜! じょ、冗談なのねー小竜姫〜! あっ! どうして神剣を抜くの? か、顔が笑って
 いても眼が怖いのね〜」

「やっぱり霊力コントロールだけでなく実技訓練もしましょうか。うん、ヒャクメの将来のためにも
 それがいいですね!」

「きゃー! 勘弁してー!!」

 この後、爆音や悲鳴が鳴り響き、結構凄まじい事になったようだ。
 九能市はすんでのところで修行を切り上げ、巻き込まれるのを回避したらしい。 

「ヒャクメ、明日は午前中に霊力コントロールの訓練、午後は戦闘訓練ですよ。逃げたらどうなるか
 分かっていますよね?」

 夕飯後の一時、小竜姫の笑顔の一言にガックリと首を項垂れるヒャクメだった。

「ヒャクメ、諦めて真面目に修行したらどうだ? 俺もお前に強くなって貰いたいしな」

 お茶を飲みながら無情に告げる横島。
 雪之丞はバトルマニアらしく大きく頷いている。

「そうですわ。修行は決して無駄にはなりませんわ」

 さらに止めを刺す九能市の一言。
 こうしてなし崩し的にヒャクメも念法修行に加わり、翌日から妙神山修業場はいつにない活気に包まれる事となる。






「はあ…? ヘルシング教授の娘が行方不明?」

 ヒャクメが修行に入ってから3日ほど経ったある日、横島は唐巣神父の訪問を受けていた。
 無論、妙神山ではなく東京事務所の方にだが……。

「うん、さっき教授から連絡があってね。見つけ次第保護してくれと頼まれた」

「ヘルシング教授?」

「確か……19世紀末に吸血鬼ドラキュラを退治した科学者ヴァン・ヘルシング教授の孫でしたね。
 …オックスフォード大学でオカルト学を教えているとか……」

 最近、1日交代で横島と共に東京事務所に一定時間は詰めているようになった弟子の一人、九能市が首を傾げるので説明してやる横島。
 しかし自信無さそうに視線を唐巣に送る。

「横島君の説明通りだよ。私も美神君のお母さんもヘルシング教授のゼミにいた事があるんだ」

「しかし…何で日本にいる唐巣神父にその話がくるんです? その娘さん、日本に来る可能性が
 高いんですか?」

 訝しげに尋ねる横島に真面目に頷く唐巣。

「―― 彼女ね、ピート君に会うつもりなんだよ」

「ひょっとして……ヘルシング教授の曾孫がバンパイア・ハーフに恋してるとか?」

「………だといいんだけどね……」

 珍しくおちゃらけた横島に苦笑を返す。

「彼女、曾おじいさんの道具をありったけ持ち出したんだ。吸血鬼退治の武器をね!」

「まさか……その娘、ピートを退治するつもりなんですか?」

「どうやらそう考えているらしいんだよ」

 その答えと共に溜息を吐き、黙ってお互いを見つめ合う二人。

「ピートさん、その娘に何か恨まれるような事でもしたんですの?」

 首を傾げながら九能市が尋ねる。
 それ程親しくしているわけではないので断言はできないが、ピートはバンパイア・ハーフであるが優しい男であり、人から恨みを買うようには見えなかったからだ。

「いや……私もそんな事があったとは聞いていないんだよ…」

「そうですの……。変ですわね…」

 その答えにますます不思議そうな顔を深める。

「それで唐巣神父、俺への依頼の内容は? そのアン・ヘルシングの捜索と保護ですか? それとも
 ピートの護衛? 仕事の内容をハッキリとさせてください」

「申し訳ないが両方なんだよ。何しろ彼は優しいからね。これまでもいきなり襲われてニンニク汁を
 ぶっかけられたり、銀の散弾で撃たれたりしたらしいが、本気で相手をする事はできないだろう」

「……一体ピートは何をしたんだ? 本人に聞いてみるしかないか……。ところで唐巣さん、
 そのヘルシング嬢がいなくなったのはいつなんです?」

「ああ、それは1日前ぐらいだそうだ」

 唐巣の返事を聞いて何やら考える横島。

「そうすると……そろそろ日本に着いている頃か…。ピートの居所を事前に調べて動いたとしたら、
 まっすぐ日本に向かうだろうしな。氷雅さん、西条さんに連絡して成田の入管にアン・ヘルシング
 の名前で入国記録があるかどうか確認して貰ってくれ。おそらくでかい荷物を持っているから
 目立ったはずだ。
 俺はこれから唐巣さんの教会に行く。連絡は携帯に入れてくれ」

「わかりましたわ」

 九能市に捜査を命じると、横島は立ち上がり唐巣に目配せすると身体一つで玄関に向かう。
 そういえばこんな事もあったかなぁ? と、なんとか記憶を手繰ろうとしている横島だった。
 





「全く……昨日のうちに来てくれればすぐに終わったんだが……。おかげで今日も修行を休んで高校
 に行かなけりゃあならん」

 そうぼやきながら遅刻ギリギリの時間で学校へと向かう横島。
 無論、ピートと一緒だ。
 結局学校の警備が最も第3者を巻き込む上にガードしにくい、ということで横島が唐巣から話されたその日に学校側に自分の身分と理由を話し、転校生として学校に潜り込んだのだ。
 九能市からの報告で、既にアン・ヘルシングが入国した事は確認が取れた。
 唐巣が話を持ってきた次の日、すなわち第1日目はアンが現れなかったため、つまらなそうにしながらも授業で質問にも比較的スラスラと答えていた横島。
 これで頭も悪くない事が証明され、さらに歴戦の戦士である横島は同年代とはとても思えない落ち着いた雰囲気を醸し出しているため、クラスの女生徒から好意の眼を向けらていたがそれに気が付いていなかった。

「だけどピート、本当になにもしてないのか? 中学生だっていうけど、そこまで恨まれるなんて普通
 じゃ考えられないぞ」

「すみません横島さん……。今回は僕の事に巻き込んでしまって……」

 横島のぼやきと問いかけを耳に入れ、すまなそうに謝るピート。
 彼にもなにも思い当たる事がないのだから仕方がない。

「いや、ピートに謝られても仕方無いさ。でもこのまま現れなかったらどうしようかと、ふと思ってね」

 修行ができないんで不機嫌なんだな、と考えているピートだが、それは正解だった。
 横島は修行のために高校進学をしなかったのだから……。

「ところで、何でこんなにギリギリの時間に登校するんです?」

 話題を変えようと、昨日から疑問に思った事を尋ねる。

「何だ……理由に気が付いてなかったのか? 説明しておくとだな、登校する学生が多い時間帯に
 アン・ヘルシングに襲撃されたら無関係な人間を巻き込む可能性が高いだろう?
 だからなるべく周囲に人が少ない時間帯を選んでいるのさ」

 その横島の答えに、成る程、と頷いているピート。
 横島には妙神山以来、様々な事を教えて貰っている。
 何となくプロという言葉を飲み込んだピートは、ますます横島を信頼するようになっていく。

「それにしてもタイガーが同じクラスだったとはね……。なかなか濃いメンバーが集まっているねー」

 ピートが感心している事に気付かず、横島は昨日の朝を思い出して呟く。
 転向早々、いきなり紹介されている時に大声で呼ばれたのだ。

『師匠!』

 ……と。



 ガラッ

 始業ベルが鳴る寸前、教室のドアを開けてピートと横島が入ってきた。

「おはようですケン。今日も大変ですノー」

「おーす、タイガー! それより修行頑張ってるか?」

「おはよう」

 何やら若干普通じゃない挨拶を交わす3人。

「漸く少しだけ霊力を上げる事ができましたジャー」

「ほう、どれどれ……。ああ、第2チャクラを漸く少し意識して廻せるようになってきたな。この調子
 だと1ヶ月もすれば制御できるようになるだろう」

「はい! がんばりますジャー!!」

 とても学校とは思えない会話を交わす横島とタイガー。
 その時ベルが鳴り、取り敢えず自分の席に向かうピートがふとそこで足を停めた。

「あれ? 何で僕の机がこんな古いのに代わってるんだ?」

「あれ、ホントだ」

「まさかイジメかしら?」

 そう言いながら立ち止まったピートの周りにクラスメイトが近寄ってくる。
 すでにアン・ヘルシングの襲来を警戒していた横島だったが、急に感知された妖気に表情を真剣な物へと変えると即座にその出所を探る。
 非常に弱いためピートもタイガーも気にしていないが、この気配は記憶に残っている物だ。
 そして人垣の中に発生源を感知した時には、既に身体が動き始めていた。

「おいっ! その机に近寄るなっ! 離れるんだ!」

 頭の中からアン・ヘルシングの事を吹き飛ばして、慌てて人垣をかき分ける。
 横島の声にハッとしたタイガーとピートも警戒態勢を取りながら集まってくる友人達を引き離す。

『おいおい、ひょっとして机妖怪の愛子か? 何で今頃なんだ? まさか……俺がこの学校に
 来なかったからズレたのか?』

 正解である。
 しかし疑問を感じながらも即座に結界札を取り出して展開させ、妖気の発生源の移動を阻む。
 さすがに文珠を使うわけにもいかないので、今回に限り小竜姫謹製のお札を持ってきたのだ。

 キンッ!

 たちまち簡易結界だが強力な結界が張られ、妖怪机・愛子の一切の動きを封じる。

「凄いですノー。横島さんはお札もつかえるんですケンノー」

「まあ真似事だけどな。ピート、生徒を非難させろ。どうやらこの机、正体は分からないけど妖怪
 みたいだからな。タイガー、お札を渡すから教室の外にも結界を張るんだ。二重に展開して何が
 あっても逃げられないようにしろ」

「わかりました、横島さん」

 あっという間に指示を出す横島に完全に従っている二人。
 この辺はさすがに師匠と呼ばれるだけの事はある。
 横島の有無を言わさないだけの言葉に、入ってきた教師も思わず頷き生徒の避難誘導を行っていた。

「さて、一応結界で動きを封じたがどうするかな……」

 ガランとした教室で結界の中にポツネンと佇む古ぼけた机を眺めながら呟く。
 一番手っ取り早いのは、即座に消滅させてしまう事だ。
 このまま有無を言わさず霊波砲で消滅させてしまう事も、文珠で消滅させる事もできるが、正体を知っている横島は穏便な方法を取ろうと思考を巡らす。

「横島さん、みんなを避難させました」

「一応、教室の周りにも結界を張っておきましたケンのー」

「ご苦労様。やれやれ、ヘルシング教授の娘捜索だったのにいきなり妖怪退治とはな」

 対処法をシミュレートしていた横島だが、二人が戻ってきたのでゲンナリした表情を見せながらぼやく。
 まず説得してみることで相手の反応を見ようと考えていた横島がその旨を説明し始める。






 カッカッカッ……

 ザワザワと避難した生徒達が人垣を作っている廊下を、妙に物々しい格好で突き進む少女。

「ちょっとすみません」

「はあ…? っ!!」

 声を掛けられて振り向いた女子生徒は、視線の先に異様な物を見てしまい声を失う。
 そこには、軽量型の西洋甲冑に身を固め、両手に楕円形の盾とランスを持っている少女が立っていた。
 僅かに覗く髪の色と瞳、そして肌の色から白人であることがわかる。

「あのー、こちらにピエトロ・ド・ブラドーさんはいらっしゃいますか?」

「……は、はあ……。彼ならこの教室の中にいますけど……」

 呆気にとられた表情で思わず教室を指差し素直に答えてしまう女生徒。

「フフフ……見つけたわよ!」

 少女はニヤリと笑って背中のバックパックから排気ガスを吹き出して突撃を開始する。

「あっ! 待って、今は除霊中……」

 女生徒の声を聞き流して甲冑娘はドアの前に立つと、いきなり手に持ったランスを突き出した。



「それで具体的にはどうするんですか、横島さん?」

 ピートが真剣な表情で尋ねる。

「まあ、いきなり祓うなり消滅させる事もできるんだけど、取り敢えず話を聞いてやろうかと思ってる」

 そう言って心眼モードになりながら精神を集中しようとした時、いきなり轟音と共に教室のドアが吹き飛んだ。

「な、何だ!?」

「誰だ! 今は入ってくるなと言ったろう!」

「見つけたわよ! ひいおじいちゃんのコレクション中最強の対吸血鬼マシン! イージススーツ
 『ダビデ号』よ! 今日こそやっつけてあげる…! ピエトロ・ド・ブラドー!!」

 ドアを吹き飛ばし教室に足を踏み入れた甲冑少女は、目的の人物を見つけると嬉しそうに宣言する。
 横島からの怒声に対してもどこ吹く風だ。

「アン…ヘルシングか!?」

 あまりの物々しさに愕然としながらも、ピートは相手の正体を看破し叫ぶ。

「おい…! ちょっと待て! 今は妖怪の除霊中なんだ! お前もヘルシング教授の関係者なら
 それぐらい理解できるだろう! 結界が壊れるから騒ぎは後にしろ!!」

 いくらあの娘が近視眼になっていても、その程度の常識ぐらいもっているだろうと怒鳴る横島。
 尤も、内心あまりの間の悪さにガックリと来ていたが……。

『おいおい……なんてタイミングで現れるんだよ……』

 そんな横島の心中に関わりなく、完全に視野狭窄を起こして周りの状況を理解できていないアンは、いきなりピート目がけてランスを突き出す。

「吸血鬼はヘルシング一族が全滅させるわ! 覚悟!!」

 その言葉と共にランスの側面に付いているカバーが開き、銃身のような物が現れる。

「こ、こら! 他人に迷惑を掛けるんじゃない!」

 持ち前の生真面目さから、そう言って駆け出そうとするピートに鋭く一声かける横島。

「ピート! 取り敢えずこっちの妖怪を除霊するのが先だ! お前は霧になってこの場から逃げろ!」

 その一喝に思わず従ってバンパイア・ミストで姿を消そうとするピート。

「逃がさないわ!」

 かざした盾に描かれた十字架から強烈な光を発してピートの視覚を塞いで動きを止め、ランスの銃口から増幅された霊波砲が発射された。

 バシュ!

 バンパイア・ミストでそれを寸前で躱す。

「ああっ! バ、バカやろー!!」

 近くにいた横島が大声を上げる。
 せっかく愛子を封じるために張ったお札を、ピートに当たらなかった霊波砲が吹き飛ばしたのだ。
 事態は一気に混迷の度合いを深めていった。



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