フェダーイン・横島

作:NK

第36話




「これではあの机の妖怪を除霊できない! それにこれは元々僕の問題なんだ!」

 一旦は横島の言うとおりにこの場を離脱しようとしたピートだったが、アンの周囲への影響を全く考えない攻撃によって横島の張った結界の一部が破壊された事で考えを変える。
 そう、アンへの攻撃を躊躇いながらも選択したのだ。

「このヨロイさえ引っぱがせば…!」

 身体を再実体化させてアンの側面に回り込むピート。

「し、しまった!!」

 自分が不利な体勢になった事を悟り焦るアン。

「タイガー! 外の結界を補強しろ! 絶対にこの教室から外に出さないようにな!」

「わ、わかりましたケンノー」

 一方、ピートはこの場から離脱したものと考え、何よりも愛子をこの場に封じ込めようとする横島は一瞬、その視線をアンから外しタイガーに指示を出していた。
 はた迷惑な攻撃を行うアンは文珠を使って眠らせようと考えていたのだ。
 しかし、今回に限ってはあまりにも独立した勢力が一カ所に集まりすぎていた。
 数枚のお札を渡してタイガーを差し向けた一瞬の隙をつくように、机が妖怪化してビロッと舌を出したかと思うとダビデ号を着込んだアンと実体化を終えたピートを捕らえて引き込んでしまう。 

「「わあっ!!」」

 アンとピートの声に振り返った横島が見たものは、机に飲み込まれる二人の姿だった。

「ちっ! 面倒な事に! 文珠!」

 一瞬で単文珠3個を創り出すと、『縛』の文字を込めて放り投げる。
 放られた文珠はまるで誘導されているかのように空中を移動すると、3方向から妖怪を取り囲み霊気の縛鎖で完全に動きを封じてしまう。

「横島さん、結界を張り終えたんじゃが……」

「タイガー、よく聞け。あの甲冑少女が目標だったアン・ヘルシング、理由はわからんがピートを
 倒そうと狙っているヘルシング教授の曾孫だ。俺の今回の仕事はあの娘の捕獲とピートの護衛
 だったんだが、変な妖怪のおかげで目標もピートもあの机の中に取り込まれてしまった」

「なっ! ピートさんが!」

「ああ、やむを得ないので俺はこれから妖怪の中に入って二人を連れだしてくる。ついでに妖怪の
 除霊もやっちまおうと思ってる。お前は唐巣神父に連絡してこの教室を封鎖し、俺が戻ってくるまで
 妖怪を逃がさないようにしてくれ」

「わかりましたけんノー。無事に帰ってきてつかーさい!」

「大丈夫だ。後は頼んだぞ!」

 そう言うと横島は飛竜を抜き、『侵入』の文字を込めた双文珠を創り机の中へと消えていった。



「ううっ……。………こ、ここはどこだ…?」

 未だ覚醒しきらぬ頭で周囲を見回すピート。
 近くにはダビデ号を着たアンが倒れている。

「ここは…教室なのか? だが誰もいないし、やけに古びているな……」

 そう言いながら立ち上がったピートは、ゆっくりと窓に近付き外の風景を確認する。
 そして彼の眼に飛び込んできたのは………明らかに人界ではない光景だった。

「これは…異界空間か? そうか、あの時机妖怪に引きずり込まれたんだっけ……」

 漸く自分が遭遇した事の状況分析を行ったピートは、この隙にアンからダビデ号を引っぱがそうと思い立ち振り向こうとする。
 しかし……。

「その通りよ」

 いきなり聞こえた女の声にアンとは反対方向に振り向くピート。

「あの机は妖怪が変化した物だったのよ。ここは化物の腹の中……。もう外には出られないわ」

 セーラー服を着て黒い長髪の少女が冷静な表情でそう告げる。

「妖怪の腹の中だって? じゃあここはあの妖怪が創りだした異界空間というわけか」

「そう言う事になるわね」

「脱出するには……僕の霊力だけでは無理か……。外から横島さんが攻撃を掛ければそれに
 合わせて……。いや、駄目か……。妖怪を直接倒したらこの異界空間も消滅してしまい、
 飲み込まれた僕らは次元の狭間に放り出されるかもしれない」

「脱出する事は諦めた方が良いわよ。私だってここに閉じこめられて30年以上になるけど、方法が
 わからないもの。他のみんなと考えたけど何も思いつかなかったわ」

「えっ? 君の他にも我々のようにここに引き込まれた人達がいるの?」

「ええ、大勢いるわ。私は貴方ともう一人を他の仲間に紹介しようと思って来たのだけど……」

 そこまで言った少女の表情が微かに動く。
 それに気が付いたピートが視線を辿ると、アンが眼を覚まそうとしていた。

「い、いけない! あの女の子が着ている鎧を剥ぎ取らないと大変な事になる!」

 そう言ってアンに駆け寄ろうとするピートをタックルで止める少女。

「な、何をするんだ! 早くしないと大変な事に…」

「駄目よ! そんな事、男子にさせられないわ!」

「そう言う問題じゃない! 早くしないと暴れだす……」

 そんなやり取りをしているうちに、漸く覚醒したアンは目標たるピートを確認した。

「何があったのか良く分からないけど……今度こそ倒してやるわよ!」

 そう言ってランスを構え霊波砲を発射する。

 ドガアアン!!

 慌てて少女を庇いながら避けるピートだったが、霊波砲は教室の窓を軒並み吹き飛ばす。

「取り敢えず逃げなければ!」

 自分が傍にいなければ大丈夫を考えたピートは、少女を残して脱兎の如く駆け出す。

「あっ! 待ちなさいっ! 廊下を走っては……」

「動きが前より良くなっている! 貴女、危なかったですね! あの男、一見美形っぽい優男に
 見えますが…、正体は吸血鬼なんです! 必ず私が倒しますから、近付かないでください! 
 いいですねっ!!」

 一方、アンは少女にそれだけ言い残すとランスで障害物を破壊しながらピートを追いかける。
 その姿は破壊の権化であり、少なくとも逃げていった白髪の男子よりも悪と言えそうな行動を取っている。
 あまりの出来事に呆然としている少女の傍に一人の生徒が駆け寄ってきた。

「委員長! 一体何があったんだ!?」

「あっ! 高松君! えーと、新入生が二人来たんだけどいきなり目が覚めたら喧嘩を始めて……。
 一人は吸血鬼らしくて、もう一人は鎧を着た女の子だけど破壊魔みたいなの!
 二人は施設を破壊しながら追いかけっこを始めたわ!」

「なに! それはまずいだろう。クラスメートはみんな仲良くしないといけないはずだ!」

「ええ、何とか止めなきゃ!」

 どこかズレまくった会話をしながら、爆発音を聞いて集まってきた他の生徒と共に二人の後を追う拉致被害者達。
 まあ、爆音が鳴り響いているから追跡は簡単だろう。

 ビュウウン!

 誰もいなくなった教室に横島が姿を現す。

「ふう、どうやらあまりタイムラグ無く来れたようだな。うん?」

 横島の耳に豪快な爆音が聞こえてくる。

「こりゃ派手にやってるな。愛子の方もこれ以上自分の中で暴れられたらまずいから、正体を現して
 くるだろう」

 そう言うと飛竜片手に走り出す横島。

「全く面倒な事だ!」

 実は結構怒っているようだ……。



「死ねーっ!」

 ランスから発射された霊波砲が教室の壁を吹き飛ばして大穴を開ける。

「わー!!」

 それを辛うじて避けるピートだが、すかさずヘッドアーマーの額からビームを発射するダビデ号。

 ドドドドッ!

 ビームは豪快にピートを追いながら壁を抉り破壊していく。
 女の子相手に本格的な攻撃を躊躇するピートは次第に追いつめられていく。

「このっ…! ええいチョロチョロと……。はっ!? これは一体?」

 ピートを攻撃する事に夢中だったアンは、不意に壁や天井がグニャグニャとする生物じみた姿になるのを見て驚き、一瞬攻撃を中止した。
 しかし太い触手状となってピートとアンを捕らえようと殺到するそれらを見て再び熱くなる。

「くっ…! これはヤツの幻術か、それとも魔力によって壁が変化したか、それとも使い魔なの?
 どっちにしても私の邪魔をするなら……!」

 ピートの援護だと思いこんだアンは、ダビデ号の攻撃システムを全開にしてオールウエポン・アタックを開始する。

「吸血鬼は殺すー!」

 ズドドドドッ! ドッカーン!!

 ヘッドアーマーの額からビームを、ランスからは霊波砲を、盾からは強烈な霊波フラッシュを放つ姿は実に豪快である
 迫り来る触手を片っ端から吹き飛ばしていくアン。
 さらにその攻撃によって、彼等のいる教室もただの瓦礫へと変貌していく。
 その威力は大した物で、呆気にとられながらも隠れて見ているピート。



「あっちよっ! 早くしないと学校が大変な事になるわ!」

 その頃、委員長に率いられた生徒達はピート対アンの決戦場へと向かっていた。

「ああ、あんなに校舎を破壊するなんて非行にもほどがある! みんなの情熱で彼女たちの荒んだ
 心を救うんだ!」

「「「おーっ!」」」

 端で聞いているととても聞いちゃいられない台詞を交わしながら走っていた一行だったが、突然先頭を走っていた委員長が立ち止まり、ガクッと膝を突く。

「ど、どうした愛子君? 具合でも悪いのか?」

「うっ……、ううっ……」

 苦しそうに胸を押さえる愛子。

「どうやら正体を現したようだな。お腹の中であれだけ霊波を使って暴れられたら辛いだろう?」
 
 愛子を心配して取り囲む生徒達の後ろから聞こえる声。

「…だ、誰っ!?」

 苦しみながらも誰何する愛子の視線の先の生徒達がどき、視線の先には木刀を持った少年が立っている。

「俺はGS・横島忠夫。悪戯好きの妖怪にお仕置きをしに来た」

「君が何を言っているのかわからないが、とにかく愛子君を保健室に運ばなければならない。君も
 手を貸してくれ」

 高松と呼ばれた少年が立ち上がって横島に話しかける。

「そんな時間はないんだ。悪いが少し眠っていて貰うよ」

 そう言いながら『眠』の文字を込めた単文珠を発動させる。
 たちまちのうちに倒れて眠り始める生徒達。

「こ、これは……?」

「首謀者の妖怪が君だと分かったからね。関係ない被害者には眠って貰った。さて、彼等を元の
 それぞれの時空間に戻して貰おうか。そうすれば腹の中で暴れているヤツを止めてやるよ」

「な、何ですって?」

「こんな学校ごっこは終わりだ。所詮人の心を操って創った偽りの学校など本当の学校じゃない!
 それともお前は人の心を操って楽しいのか!!」

 記憶を頼りに、愛子が叱って欲しいノリを持っていた事を思い出し、一喝を与える横島。
 まあ、先生じゃないがそれなりに効果はあるだろうと思い、心を鬼にして女の子(外見)を怒鳴りつけたのだ。

『これで改心してくれたら楽なんだが……』

 横島の内心の呟きは叶う事はなかった。
 突然飛び上がり、天井にその姿をめり込ませ一体化していく愛子。

「終わりかどうかを決めるのは私よ。この学校を運営しているのは私ですもの。私はただ楽しい学校
 を創ろうと思っただけなのに…! 邪魔するなんて許せない!!」

 そう言って姿を消す愛子に溜息を吐く横島。

「やっぱり少し痛い目を見せないと駄目か」

 横島の呟きと同時にそれまで学校の天井や壁、床だった部分が生き物のように蠢き体内の異物である横島を排除しようと襲いかかる。

「えーい! そんな我が侭ばかり言っていると本当に消滅させるぞ! 俺は別にお前が憎いワケじゃ
 ないんだが教育的指導を与えてやる!!」

 大声と共に霊力を込めた飛竜で壁を打ち据える。
 
 ドゴーン!!

 その一撃で教室の壁は一面全てが一瞬にして粉々に吹き飛び、余波は廊下側の窓ガラスをも全て四散させてしまう。
 一撃で一教室(実際には隣接する教室も)が、ほぼ完全に瓦解してしまったのだ。
 その衝撃は先程から暴れまくっているアンがもたらす被害など物の数ではないダメージを愛子に与えた。

「うっ……、ううぅ………」

 自らの身体を抱き締めるかのように丸まり、再び姿を現す愛子。
 痛みを堪えているのか、表情は辛そうだ。
 横島の一撃に加え、遠くで爆音が聞こえるという事は、今この時もアンによる破壊行動は続いているのだから……。

「どうだ、目が覚めたか? 痛いか? 痛かっただろう。こうやって暴力や術などの強制的な力で
 自分の意志を無視して従わされる事が好きか?」

 蹲る愛子を冷たく見下ろして問う横島。

「そ、そんなの……嫌に決まってるじゃない!」

 涙目ながらキッとした表情で答える。

「そうだよな。でもお前がやっていた事だって同じ事なんだぞ。確かに物理的な暴力は使わないが、
 術で支配して強制的に意志を操っていた事だって相手の心に対する立派な暴力だろう?
 どうだ、自分にやられた事で少しは他人の痛みが理解できたか?」

 ふっと優しい眼差しと口調になって身体を屈め、愛子と同じ眼の高さに顔を持ってきた横島が問いかける。

「えっ…! 私がみんなにやっていた事……?」

 そんな横島の変化に付いていけず、素の反応を返してしまう。

「ああ、攫われた彼等にだって自分の生活や友人があり、そして叶えたい夢を持っている。それを
 一方的に奪った事に変わりはないだろう?」

 そう告げられた愛子は横島の言葉に呆然とする。

「わ、私……私………なんて事を………」

 涙を零す愛子の肩に優しく手を置く横島。
 そして囁くように言葉を続ける。

「過ちはだれだって犯すんだ。君は今、自分の過ちに気が付いたんだ。そうだね?」

「ううう……ごめんなさい! 私は机が変化した妖怪で…学校に憧れていたんです〜。ただちょっと、
 青春を味わってみたくて……。所詮妖怪がそんな物味わえるわけないのに……」

 ボロボロと涙を流す愛子

「改心するなら君を除霊するのはやめるよ。どうする?」

 先程の冷たさが嘘のような優しい声で話し続ける横島。
 その言葉にこっくりと頷く愛子。

「わかった。彼等には彼等が本来歩むべき人生がある。それをねじ曲げる事は誰であっても
 許されないんだ。分かるね?」

「はい〜。すみませんでした〜」

 その言葉と共に床に倒れている生徒達の姿が消え去る。

「さて、いよいよはた迷惑なお転婆娘をお仕置きに行くか!」

 そう言って爆音の方へと視線向ける。

「最後の事件だ。君も見届けたいだろ? 一緒においで」

 その言葉に頷くのを見て、横島は愛子を連れて走り出した。






「ふふふ……追いつめたわよ、吸血鬼! 今楽にしてあげるわ!」

 殆ど逝っちゃった眼でピートを睨み付けるアン。
 触手の攻撃が止んだので本来の目的を思い出してピートへの攻撃を再開し、やっとのことで屋上へと追いつめたのだ。

「ちょっと待った!!」

 破壊されたドアの前の瓦礫を吹き飛ばし、走り出してきた横島が大声で制止する。
 その後ろにはちょっこんと愛子が付き従っていた。

「貴方、何者!? 吸血鬼の味方をするの?」

「そいつは俺の友達なんでね。それにピートは人を襲ったりはしないからな。それより君は
 アン・ヘルシングだね? 君のお父さんと、お父さんの友人の唐巣神父が心配している。
 大人しく家に戻るんだ!」

「いやよっ! 今度こそこの吸血鬼を倒すチャンスなのよっ!」

「あまり聞き分けがないと。お仕置きするぞ!」

「邪魔をするなら、貴方から先に黙らせてやるわ!」

 そう言って振り向き、ランスを構えるアン。

「馬鹿め! 戦う相手の実力差も分からないようでは戦う資格など無いぞ!」

 飛竜を構えて間合いを詰める横島。

「フン!! 木刀ごときでひいおじいさまの強化服は……」

 余裕を持って盾を構えるが、横島の一撃は呆気なくそれを貫いてしまう。

「えっ!? ば…ばかな…!?」

 驚愕の表情を浮かべるアンの後ろに痩せた中年男の顔が浮かび上がる。

「――!!」

「横島さん! 今…!」

「ああ、俺にも見えた。この娘、何かに取り憑かれている!」

 そう言って眼前に盾を突き破った飛竜を突きつけられて動けないアンに対して左手を上げると、掌から強烈な霊波を放出する。

「外道照身霊波光線!」

 バッ!!

「きゃっ…!」

 雷にでも打たれたかのようにビクッと身体をのけぞらせ、そのまま意識を失い倒れるアン。
 カラカラと転がり落ちるランスに盾。
 横島の霊波に押し出されるかのように霊体が空中へと浮かび上がる。

「ぐああ…!! お…の…れ…。よくもわしの邪魔を…!」

「あれはまさかっ!? 初代ヘルシング教授!? なぜこんな悪霊に…?」

「いや、波長が普通の幽霊と違う。こいつはヘルシング教授本体じゃない。遺品のメカに染みついて
 いた彼の『執念』だ!」

 ピートが覚えのある顔に驚くが、横島はこれが幽霊ではない事を即座に看破する。

「吸血鬼を…吸血鬼を殺すーー!! 一匹残らず殺すーー!!」

 荒れ狂う「執念」。

「どうやら彼女は小さい頃から初代ヘルシングのメカに触れすぎたんだな。こいつに取り憑かれ、
 心が捻じ曲がったんだろう」

「じゃあ、コイツが全ての原因だったんですか?」

「彼女に関してはな。さて、無に還って貰おうか。殺っ!!」

「グアアァァァ〜!!」

 横島は飛竜に霊力を込めてヘルシングの執念を一撃で真っ二つにし、全てを消滅させた。
 意識を失ったアンを抱き上げるピート。

「よかったな。これで狙われる事もないだろうさ」

「ふう、ありがとうございます横島さん。ところでここはどうなっているんです?」

「ああ、こっちも解決したよ。ここを創った張本人の愛子だ」

 そう言って横島は黒い長髪の女生徒を指差す。

「あっ! 君は最初に会った……!」

「ごめんなさい! もうしませんから許してください〜!」

「改心したみたいだから、除霊は止めようと思ってね。今回の原因は寂しかったのと学校という物に
 憧れていたからのようだ。さて、俺達も元の時空に戻して貰おうか」

 コクリと頷く愛子。
 次の瞬間、横島達3人は元の教室へと戻っていた。

 学校の教師や生徒に謝り、机として使ってくれるように頼む愛子のことを悪い妖怪ではないと保証する横島。
 その素直な姿に自分達の理想の生徒を垣間見た教師達は、意外に呆気なく愛子のことを受け入れる。
 それを見届けた横島は、駆け付けた唐巣神父やピートと共に学校を後にした。



「さて、何か今日は精神的に疲れたな……。予想外の妖怪退治もしたし、ターゲットのヘルシング嬢
 も無事無傷で確保できた。早く小竜姫様の所に戻ろう」

 そう言って伸びをする横島。

「いやあ…これで来年から襲われなくて済みますよ。やれやれです」

「でも、この強化スーツは大したモンだな。少し貸してくれれば普通の対悪霊用スーツに改造できるぞ」

「また……なんか怪しい事を考えていませんか?」

 アンを背負ったピートが不審そうな眼差しで見詰める。

「いや……。だがせっかくの強化スーツだ。勿体ないかなって……」

「この娘の目が覚めたら聞いてみたらどうですか?」

「ああ、是非そうさせて貰おう」

「横島君、あまり怪しい発明は……」

 苦笑しながら思い止まらせようと口を挟む唐巣だが、呆気なくスルーされる。
 非常に和やかな雰囲気を醸し出し、唐巣の教会へと帰る途中の横島達。
 今回の仕事が終わったので、横島は校長と教師に礼を言いさっさと辞してきたのだ。
 彼に高校に行こうという気持ちは欠片もないのだから……。
 机妖怪の愛子が何やら縋るような眼差しを送っていたが、その視線の意味がわからない横島はにこやかに手を振り、今後は生徒として頑張れよ、と励まして別れた。
 そんな横島に溜息を吐くピートだったが、横島にはすでに小竜姫という相手がいる事を知っているのでなにも言いはしない。
 龍神の逆鱗になど触れたくはないのだから……。

「まあ、とにかく明日から修行に集中できるんで、俺としてはその方が嬉しいですね。それに雪之丞
 や氷雅さんの方も見なくちゃいけないしね」

「あいかわらず修行一筋なんだね、横島君。君も高校に行く気にはならないかね?」

 無駄とは思いつつも水を向けてみる。

「いやぁ、俺にはしなければならない事がありますからね。遠回りは嫌いなんですよ。……それに
 時間ももうあまり無いし……」

 最後の方は小声だったため聞き取る事はできなかった唐巣だが、そう言った時の横島の表情は真剣だった。
 その表情に説得は無理だと即座に悟ると、それ以上を言う事はない。
 こうしてお騒がせなヘルシング嬢の事件は解決し、以後ピートが狙われる事は無くなった。 






「ただいま〜! おや、小竜姫様。ヒャクメの修行はどうなってます? 今日で5日目ですけど霊力の
 コントロールは向上しましたか?」

 妙神山に戻ってきた横島は、出迎えた小竜姫と後ろでボロボロになって黄昏れているヒャクメを見て尋ねる。

「ええ、かなり向上してきています。それに戦闘訓練の方もそれなりに身に付いてきているようですし」

 ニッコリと返答する小竜姫の後ろで涙を流して首を横に振っているヒャクメがお茶目だな、等と考えている横島。
 だがチラッと視線を送る小竜姫の一睨みでヒャクメの動きは止まってしまう。

「へえ〜、さすがは小竜姫様。それでどのくらい攻撃霊力が上がったんです?」

「元々神族でも、普通は最大霊力の50%から60%しか攻撃や防御に使う事はできません。しかし
 それも戦士系神族の場合で、ヒャクメはこれまで30%しか使えませんでした。でも今回の修行に
 よって40%まで使えるようになりました」

「それは凄い! ヒャクメ、結構才能があったんだな! これで攻撃や防御に使える最大霊力が
 140マイト近くまでになったじゃないか。小竜姫様に感謝しろよ」

「そっちは何とか耐えられるのねー。私は元々霊力を攻撃や防御に使うコントロールがそんなに
 上手くなかったし……。その事では小竜姫に感謝しているわ! でも! でも…戦闘訓練は
 ただのイジメなのねー!! お願い横島さん! 貴方の言葉なら小竜姫も従ってくれるわ!
 戦闘訓練は止めるように言って欲しいのねー!!」

 そう言って縋り付き横島に懇願するヒャクメ。
 あまりに必死なその姿にちょっとだけ心を動かされた横島は尋ねてみる事にした。

「小竜姫様、ヒャクメは戦闘訓練で何を身に付けてきたんです?」

「ああ、それは回避行動です。さすがにこんな短期間で戦闘力が上がるはずはありません。しかし、
 ここ数日の修行によってヒャクメの回避能力は格段に進歩しました。
 私の居合いを躱すぐらいに素早くなっていますよ」

 何でもない事のように言う小竜姫だったが、施されている修行の内容が何となく見えてしまった横島。
 確かに今のヒャクメにとって必要且つ重要な修行であると理解できる。

「ヒャクメ、辛いだろうがもう少し頑張ってみないか? みんなお前の事が心配なんだ。お前に
 傷ついたりして欲しくないんだよ。それにはヒャクメ自身の能力を伸ばさないと仕方が無いだろう?
 小竜姫様の元でもう少し修行しような?」

 愛子を諭した時と同じように優しい口調で話しかける横島。
 さらに優しく髪を撫でてやるというおまけ付き。
 そんな彼の姿に心打たれたヒャクメは感動を覚えながらもコクコクと頷く。

「わかったのね〜。みんなに心配を掛けないように私も頑張るのねー」

 これまでにないやる気を見せるヒャクメに、小竜姫も少しだけ驚きの眼を向ける。

「じゃあ今日は早く寝た方が良いよ。明日も修行だから疲れを取っておかないとな」

 その言葉に素直に頷いたヒャクメは、立ち上がるとフラフラと覚束ない足取りで自分にあてがわれている部屋へと戻っていった。

「いやー、ヒャクメって案外素直ですね。もっと修行をぐずるかと思ってました」

 そう言って小竜姫の隣に腰を下ろす。
 小竜姫は黙って横島の肩に頭を乗せると、気持ちよさそうに眼を閉じた。
 いつもより積極的に一次的接触を求めてくる小竜姫にちょっとドキッとする。

「横島さん、ヒャクメも貴方から優しい言葉をかけて貰ったのでやる気をだしたんですよ」

 横島の肩に頭を乗せながら口を開く。

「そうですか? でも俺は別に優しい事なんていってないんスけどね……」

 横島はすぐ傍から感じられるほのかに甘い小竜姫の香りに自らの理性を手放さないように気を引き締め、そっと肩に手を回して優しく抱き寄せる。
 今の時間を楽しむように姿勢はそのままに眼を開けた小竜姫は、上目遣いに自分を覗き込む横島の困惑気味の表情を見て、クスリと笑みを浮かべる。

「いいえ、横島さんは充分優しいですよ。ねえ、ルシオラさん?」

『そうよね。でもそれを自覚していないっていうのが曲者よねー』

 問いかけに答えて、心底同意するかのような声が発せられる。

「おわっ!? ル、ル、ルシオラ……! こ、これは……」

 今の小竜姫と自分の体勢を思い出し、いきなり声を掛けてきたルシオラに慌てて言い訳しようとする横島。

『いいのよ。こんな状況で肩を抱いたからって怒りはしないわ。相手は小竜姫さんだしね』

「そ、そ、そうなんか……?」

『ええ。でも、できればなるべく自粛してくれると私としても嬉しいかしら』

「うう……努力します……」

「ふふふ…、ルシオラさん、今回の事は私の我が侭ですから横島さんを責めないでください。
 でもごめんさいね」

『仕方がないわよ。あぁ…私も後少しで物理的に横島と接触できるのねー。でも横島は他の女の子
 にも優しいからちょっと心配だわ』

 横島の肩から頭を離し、普通に座る小竜姫と、ちょっと拗ねが入ってはいるが寛容な姿勢を見せるルシオラ
 何でもないように脱線した話を元に戻すところはさすがである。

「そうなのかルシオラ? 別にあれくらい普通じゃないか?」

 現状から話題が変わる事に安堵した横島だが、何か釈然としないので尋ね返す。

『少しは自覚しなさいよ、ヨコシマ。でもそこがヨコシマの良いところなんだけどねー。普通は貴方
 みたいに種族を問わずに、何でもないように友人として接するなんて珍しいのよ?
 だからヒャクメさんだってあんなに素直になったんだから』

「そんなもんかなー? まあ、それでみんなが良い方向に進むんだったらいいけどな」

 未だ納得できていない表情をしながらも、問題ないのだろうと思って自分に言い聞かせる。
 そんな鈍さに、小竜姫とルシオラの意識は溜息を吐くと共に安堵も覚えていた。
 ヒャクメが横島に好意を持っているのは明らかなのだが、この男は全然気が付いていないのだ。

『この分だと、美神さんやおキヌちゃん、それに九能市さんが好意を向けている事にも気が付いて
 ないかもね……』

『そうかもしれませんね。まあ私達にとっては幸いですが、何か彼女たちも可哀想な気がします……』

 横島に聞こえないように意志の交換をする小竜姫とルシオラのコピー。
 それは女性としてどこか複雑な心を現しているかのようだった。

 かくして妙神山はいつもの日常へと戻っていく。 
 新たな修行仲間としてヒャクメを加えて……。
 でもヒャクメ、神界での仕事は放って置いていいのか?

「知らないうちに妙神山へ長期出張の辞令が出てたから大丈夫なのねー」

 さいでっか……。



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