フェダーイン・横島

作:NK

第37話




「そういえばヒャクメはどうですか、小竜姫様?」

 すでにヒャクメが修行にぶち込まれて2週間。
 当初の約束では修行最後の日となるために、思い出したように尋ねる横島。
 朝食も済み、普通の家庭であれば新聞やニュースでも見ている時間帯だろう。

「かなりレベルが上がりましたよ。そうですねぇ……霊力コントロールは格段に進歩しました。
 戦士系神魔族と同じく自分の霊力の50%まで攻撃や防御に廻せるようになりましたし、動きの方も
 かなり機敏になりました。これならそろそろ卒業ですね」

「へえ〜。凄いじゃないかヒャクメ! これで170マイトの攻撃が可能になったんだな。
 いや〜、やれば出来るモンなんだな〜」

 話題になったヒャクメは小竜姫が何と答えるか戦々恐々としていたが、思いの外良いコメントが貰えたので嬉しそうだ。
 何より、これで修行が終わると言う事が嬉しいのだろう。

「さすがは神族ってとこか」

「そうですわね。伸びという意味では凄く早いですわ」

 こちらは羨ましそうな雪之丞と九能市。

「そろそろ美神さんも限界みたいだしな……。西条さんが一昨日の電話で嘆いていたよ。さて、
 この辺で真面目に美神さんのGS復帰作戦を考えないといかんな」

「だが何で美神の旦那だけそこまで面倒見るんだ? 確かにアシスタントはいないけど………?」

 雪之丞が怪訝そうに尋ねる。

「やれやれ……。忘れちまっているようだが、美神さんは時間移動能力者の娘と言う事で魔族に
 狙われているだろう? だから一人で仕事をしていると、いつ魔族が襲ってくるかもしれないんだ。
 本来は霊能の成長期が終わりに近い美神さんに、念法の指導をして効果的な霊力使用を教えて
 いるのもそのためっていう面があるのさ」

「おおっ! そうそう、確かそうだったな!」

「ええ、美神さんの攻撃や防御に使える霊波出力が上がれば、それだけ危険を回避する確率は
 高くなります。しかしどんなに強くなっても一人では対処しきれる物ではありません」

 横島と小竜姫の説明に納得する雪之丞。
 すっかり忘れ去っている雪之丞に呆れた眼差しを送る九能市。
 彼女から見て雪之丞は確かに強いし戦いのセンスも抜群だ。
 バトルマニアであることを除けば容姿も悪くはない(背は低いが)。

 しかし……しかし、この男は明らかに常識というものを知らなさすぎる。
 というか戦い以外の事に興味がないのだ。
 だからこそ、この妙神山に籠もっての修行も何ら不都合なく過ごしている。
 ここにさえいれば食いっぱぐれはないし、自分より明らかに強い相手と戦う事が出来る。
 彼にとっては願ったり叶ったりの環境なのだ。

「それで……具体的なプランはございますの?」

 構っていられん、という表情で尋ねる九能市。雪之丞のことは棚の上に取り敢えず乗せたようだ。

「そうそう。雪之丞も氷雅さんも既に第2チャクラまで自由にコントロールできるようになった。実戦と
 いう意味でもこの前の香港で貴重な経験を積んだ。後はこのまま第3チャクラの制御に向けて修行
 を続けるだけなんだが、これは別に新しい修行を行う必要はないんだ。第3チャクラはこれまで
 行ってきた事を繰り返すだけで問題なく使えるようになる」

「えっ!? ではこれまで通りの修行を続けるんですのね?」

「そうだよ。まあ時間は掛かるかも知れないけどね……。多分、二人の今までの様子だと2〜3ヶ月と
 いったところかな?」

「そうか、それは俄然やる気が出るな! フフフ……遂に第3チャクラも思い通りに使えるようになる
 のか……」

 もの凄く嬉しそうな雪之丞。

「すでに意識は強敵とのバトルに行っちまったみたいだな………」

 すでに焦点が定まっていない雪之丞を眺めながら呟く横島。

「話を続けるとだな、これから二人には普通の悪霊や怨霊との戦いも経験して貰おうと思ってるんだ。
 無論、二人が既に魔族や妖怪相手に実戦経験を積んでいる事はわかっている。
 だが、GSの仕事の大半は悪霊とか怨霊なんだ。こういった連中相手の場合、霊波砲や強力
 すぎる武器を使うわけにはいかない。依頼者の家やビル、持ち物なんかを根こそぎ吹き飛ばし
 ちゃまずいからね」

「成る程、能力をセーブしながら相手を確実に倒せるようにしなければいけませんのね」

「その通りだ。人間、慌てると遂セーブを忘れて目一杯の力を出してしまう。二人とも既に普通のGS
 など足元にも及ばない能力を持っているからね。ここいらで格下との効率的な戦い方を訓練して
 貰うのが目的だ。ああ、無論強い敵との戦いに対する修行も継続するよ」

 横島の説明にうんうんと頷く九能市だが、雪之丞は何かを悟ったように横島の方を向く。

「なあ、それって俺達にガードも兼ねて美神の旦那の事務所に行ってこいって事か?」

「ほう、今日は鋭いじゃないか雪之丞。簡単に言えばそう言う事さ。もちろんずっと行く訳じゃない。
 1週間に2日ずつ交代で行ってもらおうと思ってるんだ。その時はヒャクメにも一緒に行ってもらって
 周囲のスキャンをお願いするつもりだ」

「成る程、美神さんのガードと私達の修行の両方を解決するアイディアなんですのね」

 九能市の言葉に頷く横島。
 今度は雪之丞も納得した表情をしている。

「ヒャクメも小竜姫様の修行で実戦になっても何とか大丈夫なレベルになった。これで漸く何か不測
 の事態があっても対応できる体勢になったってことさ」

「でも何で私だけ週に4日なのねー? これでは私だけ忙しいんだけど……」

 それまで黙っていたヒャクメが尋ねる。

「だって、ヒャクメは一応戦闘はしないっていうのが原則だろ? 実際に美神さんと悪霊相手に戦う
 のは雪之丞や氷雅さんだからね。この二人は修行との兼ね合いがあるから、これぐらいが
 せいぜいなんだ」

「ヒャクメ、これは貴女が最初に言いだしたプランなんですよ? 主役はあくまでヒャクメなんですから」

 横島は丁寧に理由を説明する。
 対して小竜姫はヒャクメの発言に少しだけ呆れていた。

「あっ! そう、そうだったのねー。ハハハ……ここのところ辛い修行ばかりで忘れていたのねー」

 小竜姫に言われて思い出したヒャクメは笑って誤魔化そうとする。

「おいおい……。しっかりしてくれよ。まあ、ヒャクメがいれば罠とか不意打ちなんかにはみすみす
 引っ掛からないだろうし、俺も安心できるよ」

 そう言ってヒャクメを持ち上げてやる気を出させようとする横島。
 なかなかにそつがないと言える。

「それで、いつから始まるんだ?」

「西条さんと打ち合わせをしてから、美神さんに話そうと思う。まあ、電話で予定を聞いてみない事
 にはわからんな」

「じゃあ、取り敢えず美神さんがどうしているか覗いてみるのねー」

 そう言いながら嬉しそうに鞄からPC(らしきもの)を取り出して、自分の頭にペタペタと電極を張り付けていく。

「何か……ずいぶん嬉しそうですね、小竜姫様……」

「ええ、ヒャクメは覗きが好きですから……。ここのところ修行で出来なかったから、ストレスが
 溜まっているんでしょう……」

 そしてスクリーンに映し出された映像は………海でセイレーンとカラオケ勝負に燃えている美神達であった………。

「取り敢えずお取り込み中らしい。打ち合わせは帰ってきてからだな……」

「ちっ…つまんねー戦いだなー」

「あら、唐巣神父が沈みましたわ……」

 美神達とは数日間連絡は取れそうにないと判断した横島は、カラオケ合戦に興じる美神を見て急ぐ事も無かろうと判断する。
 セイレーン達との戦いを眺めているヒャクメ、九能市、雪之丞から離れて亜空間通路を使い東京出張所に顔を出した横島は、久しぶりに来ていたGS協会からの依頼状を見つけた。

「何だか随分久しぶりな気がするな……」

 そう言って打ち出されたFAX用紙に眼を通した横島は懐かしそうな表情を見せた。






「さてと……この辺の筈なんだが?」

「のどかなところですねー」

 久しぶりに高野聖のような格好をして山道を歩いている横島。
 同じような格好をしているヒャクメが今回の同行者だ。
 美神、唐巣、エミ、冥子などといった一流どころが全員海に行っていたため、GS協会はとある村からの妖怪退治依頼を横島に廻してきたのだった。
 まあ、相手は妖怪だし普段の相手である悪霊などより数段上である事には間違いないので、特S級である横島に廻ってきてもおかしくない仕事ではある。

「どう、ヒャクメ? 何か感知できたか?」

「うーん、まだなのねー。でも大体の場所はわかっているからこのまま進んで大丈夫なのねー」

「一応、俺達の霊力は穏行の術で遮蔽しているけど、化け猫の嗅覚は鋭いから嗅ぎつけられるかも
 しれないな」

「でも今回は妖怪退治が主目的じゃないんでしょう?」

「うん。なるべくなら説得したいと思っている」

 そんな事を話しながら山道を分け入っていく二人。

「大体、記憶があるんだから私がいなくても来られたんじゃないの?」

「ははは……。あの時は迷っていたから道なんてよく覚えとらん」

 その返事に溜息を吐く。
 今回、ヒャクメの気晴らしも兼ねて美衣親子保護のためにやって来た横島。
 しかし未来の記憶では彼女たちが住んでいた農家の場所がわからなかった。
 自分自身で言ったように、あの時は道に迷っていたのだから……。
 そんなワケで遠視ができるヒャクメの登場となったのである。

「まあ、ヒャクメも随分頑張ったそうじゃないか。これで当面美神さんも安心だろう。俺も修行に専念
 できるし、ヒャクメのおかげさ」

 この辺、横島の言葉に偽りはない。
 彼の心を占めているのはルシオラと小竜姫なのは間違いないが、未来の記憶を既に見せているヒャクメとは何となくかつての関係のように話してしまう。
 平行未来世界では、ヒャクメは横島の部下として働いていたのだ。

「ううう………。あの修行は大変だったのねー。ほんっとーに小竜姫が鬼に見えたのねー」

 思い出したのか、さめざめと涙を流すヒャクメ。
 だがいきなり何かに気が付いたのか、はっと顔を上げる。

「どうした?」

「成る程……。そう言う事だったのねー。横島さん、親子の住んでいる家の場所がわかったわ」

「本当か? じゃあさっそく案内してくれ。でも何でも見通せるヒャクメにしては手間がかかったな」

「地脈の関係で霊波や妖気を感知しにくい場所があるんです。そう言うところは天然の結界みたいに
 なっているのねー。二人はそこにいるわ」

 そう断言して歩き始めるヒャクメ。
 横島も黙って付いていく。



 かなり奥まで山道を進んできたところで、横島はさっさと歩いているヒャクメの襟をグイッと引っ張った。

「あうー! 何をするの?」

「そろそろ目的地が近いはずだ。俺の心眼でも霊気の乱れを感じられる。ということは相手の勢力圏
 に入ったと言う事だ。不用心すぎるそヒャクメ!」

 そう言われてぷーっと頬を膨らませる。

「横島さん、私はヒャクメですよー。例えこういう場所でも相手が動きを見せれば感知できるのねー」

 ヒャクメとしては不用心に見えても全身の感覚器官を動員して周囲をスキャンしているのだ。
 横島の言い様は心外だった。

「ヒャクメ……ピントを霊波に合わせているだろう? もしトラップが仕掛けられていたら見破れないぞ」

 かつての記憶で自分が大量のトラップを作った事を思い出し、用心に超した事はないと考える横島。
 ヒャクメもその一言に納得したような顔をする。

「成る程。確かにそうですねー。さすが未来で私の上司だっただけあるのねー」

 そう言って感覚器官の1/3を通常の視覚モードに切り替える。

「おいおい、その事は言っちゃまずいって! どこで聞き耳立てられているかわからんだろーが」

『ヨコシマ! 妖気を感じたわ。この先200mの地点よ』

『横島さん、どうやら目的地のようです。ヒャクメ、さっき何か言ってませんでした?』

 ヒャクメを窘めようと口を開いた横島だったが、首からかけた『伝達』の文珠を通してルシオラと小竜姫の霊基構造コピーの意識が話しに参加してきた。
 普段は横島の頭の中にだけ話しかけるのだが、横島と一緒にいるのが全てを知っているヒャクメであり、何となくヒャクメが怪しい雰囲気になっているのでわざわざ声に出したのだ。
 横島の魂に、小竜姫の霊基構造コピーが融合している事をうっかりと忘れていたヒャクメが青ざめる。
 どさくさに紛れ、小竜姫がいない今回の仕事で最低限腕でも組んで誘惑してやろうと考えていたのだ。
 そう、後でリンクすれば小竜姫はここで起きた事を全て知る事が出来る事を忘れ去って……。

「あうう……何も言ってないのねー! そうそう、横島さん! この先に農家があって2体の霊体反応
 があるのねー」

 話を逸らそうとまくし立てるヒャクメ。

「ありがとう二人とも。さて、ヒャクメ。用心してかかろうか」

 二人の意識に礼を言い、いかようにも対処可能な体勢で家を目指す二人。
 ヒャクメへの牽制という一応の目的を果たした二人の意識は、満足したのか再び心の奥へと戻っていった。
 後10m程というところでヒャクメが横島の腕を掴んで動きを止める。

「相手は扉のすぐ後ろに立ってこっちの様子を伺ってるのねー。一つ間違えると戦いになりますよー」

「わかった。俺も心眼のレベルを最大にしよう。敵意がないって見せないと全部パアだからな」

 そう言うとゆっくりとさらに数m近づき、被っていた笠を取って手に持つ。
 そんな横島の様子を少し後ろから見てゴクリと息を飲むヒャクメ。
 
「すみませーん。少し話があるんですけど入れて貰いませんかー? 俺達人を捜してるんですけどー」

 殺意や敵意など微塵も込められていない、というかえらくノホホンとした口調で呼びかける横島。
 ヒャクメはそのあまりに予想外な行動にずっこけてしまう。
 この二人、実は結構いいコンビのようだ(漫才なら)。

「扉の後ろにいる人の敵意が薄れていくね……」

「さすがに横島さんですねー。相手の心の状態までわかるんですかー?」

「いや、俺の心眼はそこまで凄くはないさ。ただ、大まかな相手の心の状態が色の形で感じられる
 だけだ」

 カラッ

 そんな会話をしていると暫くして扉が開き、中からボディコン姿の美女が姿を現す。
 イヤリング代わりの鈴が妙に印象的だが、美神に勝るとも劣らぬスタイル(特に胸)に大人の色気とも言うべき雰囲気を纏っている。
 やや猫眼なのは仕方がないだろう。

「どうも、俺達はこの山に人捜しに来た者ですが、貴女はここにお住まいのようなので情報を頂き
 たいと思いまして」

 にこやかに話し続ける横島だが、現れた女性はやや警戒感を持って彼等を見つめている。
 自分は妖怪であり、相手は僧侶の姿をしているので当たり前かも知れない。

「珍しいですね。こんな山奥に人が尋ねてくるなんて。お坊様ですか?」

「いや、俺は横島忠夫。GSです。こっちは相棒のヒャクメです。尤も今回は妖怪や悪霊を祓いに
 来たワケじゃないですけど」

 やや硬い表情で尋ねる女性に何でもない事のように自分の身分を明かす。

「……ゴースト……スイーパーですか? あっ、申し遅れました。私、美衣と申します」

 複雑な表情で自己紹介をすると、何かに気が付いたかのようにヒャクメを凝視する。

「ま、まさか!? 神族?」

 さっと後ろに飛び身構える美衣。

「へえ…よくヒャクメが神族だってわかりましたね。今回は俺もヒャクメも穏行の術は完全だったのに…」

 感心したように言う横島。

「貴方達…やはり私達を追い出すために雇われたんですね!?」

 キッと厳しい眼差しを向ける美衣に首を振る。

「違いますよ。もし倒すつもりならこんなふうに尋ねたりはしません。疑うのなら証拠を見せましょう」

 そう言って横島は穏行を解き、チャクラを3つ程廻して霊力を上げる。

 ゴゴゴゴゴ…………

 見る見る膨れ上がる横島の霊力に、自分との実力差をはっきりと悟って脱力する美衣。

「そのようですね……。貴方が本気なら私を苦もなく倒せるでしょう……」

 その言葉を聞いて霊力を下げる横島。
 本当はこんな事をしたくはなかったが、獣系の妖魔は自分より強い相手でないと素直に話を聞かない傾向がある。
 従って無駄な争いを避けるために、最初に実力差を思い知らせる事が重要だと未来の記憶からわかっていたのだ。


「よかった。これで貴女と平和的に話し合いができそうです」

「狭いところですが中へどうぞ」

 招き入れる美衣に従い中へと入った横島とヒャクメは、家の奥で隠れている子供を見つける。

「貴女のお子さんですか?」

 靴を脱いだ横島が美衣に尋ねる。

「はい、息子のケイです。ケイ、大丈夫だから出ていらっしゃい」

 美衣の言葉に頷いてトコトコと近寄ってくるが、その顔には不安そうな表情が浮かんでいる。

「ケイ、ご挨拶は?」

「こ、こんにちは……」

何やら恥ずかしそうに挨拶する少年。

「こんにちは」

「こんにちはなのねー」

 挨拶を交わした後、改めて囲炉裏を挟んで対峙する美衣親子と横島、ヒャクメ。
 美衣達に未だ怯えと警戒感が浮かんでいるのはやむを得ないだろう。

「さて、改めて自己紹介しましょう。俺は横島と言います。まあGSではありますが、あまり活躍はして
 いませんね。こちらはヒャクメ。美衣さんが見破ったように神族です。
 ちょっとした知り合いですが、今回あなた方の居るところを見つけるために一緒に来て貰いました」

 表情をやや真剣なものにして話し始める。

「貴方は……横島さんも純粋な人間ではないようですが……? 少しだけ霊体の波動が異なる気が
 します」

 先程から横島をずっと観察していた美衣が尋ねる。

「ほう、わかりますか? それに気が付く人は珍しいですよ。仰るように少しだけ他の因子が混ざって
 います」

「良くは分かりませんが、二人とも普通の人間よりは信用できそうですね……」

 横島は今回の話し合いをスムーズにするために、敢えて神族因子と魔族因子を少しだけリークさせていた。
 美衣に少しでも自分に近い存在だと思わせるための配慮だった。

「さて、単刀直入に尋ねますが、この山にやって来た開発業者の車なんかを破壊して近付けないよう
 にしていたのは貴女ですね?」

 いきなり本題へと入る横島。
 ヒャクメは興味深そうにやり取りを眺めている。

「はい。この子のために平和な暮らしを望んでこんな山奥で静かに生きてきました。でも遂にこの山
 にも開発の手が伸びてきて……。これまで幾度も人間に棲家を追われやっと辿り着いたここまで
 失うわけにはいかなかったんです……」

「まあ、山は人間のためだけにあるワケじゃないしなー。それに今回の一連の騒動で人を殺めたり
 傷つけたりもしてないでしょ?」

「ええ……昔は人を殺めた事もありますが、今はこの子と平和に暮らしたいだけなのです」

「ということは、別にこの山でなければならないって事はないんでしょう? 二人で平穏に暮らせれば
 どこだっていいんじゃないですか?」

「そうなのねー。この山に残ればいずれ本格的な争いになる可能性が高いのねー」

「でも、今のこの国で戸籍も持たない私達妖怪が暮らしていくには、人の眼を離れたこういう場所で
 ないと………」

 そう言いいながら顔を俯かせる美衣。

「確かになぁ……。街中で暮らすのは普通なら厳しいかもしれない。だけど、俺なら2つまで選択肢を
 上げる事が出来る。もし今後も人と離れて生きていきたいなら、小竜姫様に頼んで妙神山の麓に
 住まわせて上げる事も出来る。
 街中でも構わないって言うなら、俺が東京に借りている部屋の隣に入れるように取りはからう事も
 できるよ。そうしたら昼間は俺の部屋、っていうか妙神山東京出張所の留守番をして貰えて助かる
 んだけどね」

 そう、なるべく1日のうち何時間かは東京出張所に誰かがいるようにしている横島達だが、これから美神の所に人を出すとなると必然的に人手が無くなり東京出張所が空になりがちになってしまう。
 ただでさえ横島は修行に没頭して忘れがちなのだ。
 もし美衣が留守番をしてくれれば、一応普通のGS事務所と同じ時間は対応が可能となる。
 今回、横島のところに依頼が廻ってきたのをこれ幸いと、美衣をスカウトしようと考えていたのだ。
 万が一の事があっても、美衣程の妖怪なら対応可能という考えもある。
 実際、美衣は普通の悪霊ぐらいその爪で容易く斬り裂いてしまう。

「えっ!? それは本当ですか?」

 美衣が驚いて尋ね返す。
 こんな事を言われたのは初めてなのだ。

「うん。この二つならどっちでもOKだよ。俺だけで信用できないんなら、神族のヒャクメもいるしね」

「横島さんの言っている事に嘘はないのねー。妙神山の方は小竜姫が良いと言っているし…
 ああ、小竜姫っていうのは妙神山の管理人で私の親友よ。横島さんの借りている部屋の方も
 持ち主と話はついているのねー。だから安心していいわ」

 事前に根回しをしているので自信を持って答えるヒャクメ。

「母ちゃん、ボク達引っ越しするの……?」

 それまで黙って母親である美衣にしがみついていたケイが横島達と母親を交互に眺めて訪ねる。

「まだわからないけど……普通に平穏な生活が出来るかも知れないわ」

 そう息子に優しく答えた美衣は再び横島に向き直る。

「でも……GSというのはプロの妖怪退治なのではないのですか? それが依頼者を裏切って私達を
 助けたら問題にならないのですか?」

「大丈夫だよ。俺が受けた依頼は開発工事の妨害をする妖怪をこの山から居なくならせて、工事の
 妨害を止めさせる事だから。美衣さん達がこのまま俺についてきてくれれば、万事丸く収まるのさ。
 別に退治しろということがイコール殺せというワケじゃなかったからね」

 そう言うと横島は少し家族で考えた方が良い、と言ってヒャクメを伴い外へと出る。
 無論、逃げたとしてもヒャクメが居る以上逃しはしないのだから、監視などと言う無粋な事はしない。

「横島さん、今回は上手くいきそうだし平和的に解決できるからいいけど、いくら貴方でもいつも
 こうして相手を受け入れて助ける事はできませんよー。どうして今回はこういう方法を取った
 んですか?」

 ヒャクメは真面な顔をして横島に真意を尋ねる。
 無論横島を責めているわけではない。
 むしろ感心していたのだが、彼女はこんな方法を何度も取る事が出来ないとわかっているのだ。
 いくら横島でも、受け入れるだけの能力には限りがある。
 だからこそ尋ねた。

「あぁ……。ヒャクメが言いたい事はわかるよ。勿論こんな方法はそうそうできっこない。だが未来の
 記憶で、あの世界で関わったこの親子は何とか助けてやりたいと思ったんだ。
 こんな事が俺の思い上がりというか、偽善だって事は良く分かっているけどな……。今回は助ける
 だけの力を持っているから助けたかったんだ」

 苦しそうに答える横島は自分のやっている事が自己満足に過ぎず、他の同様の境遇にある妖怪達を同じように扱うことができないと理解した上での行動だと告げている。
 美衣親子だけを特別扱いする自分を冷静に批判しているもう一人の自分がいるのだ。
 だが、彼女たち親子は人間社会の中で生きていく事が出来る存在だ。
 だからこそ横島は今後の事も含めて手助けをしてあげても良い筈だし、GSとして当然の事だと考えていた。

「横島さんは優しいのねー。小竜姫が惚れるわけだわ」

 横島の真意を聞かされてヒャクメは微笑む。
 この男は自分や美神、そして今は居ないがおキヌという幽霊だった少女も、大小は別にして彼に好意を持っている事を知っているのだろう(尤も仕草や言動にはなかなか気が付かない鈍感だが)。
 勿論好意には気が付いていても、それが異性に対する好き、だと認識しているかどうかは別の話なのだが……。
 だがこの男は心に決めた相手である小竜姫とルシオラの事を第一に考えているため、そんな女性達に後一歩を踏み出させない距離を自然に保っている。
 それだけ横島にとって小竜姫とルシオラの存在はかけがいの無い大きなものなのだ
 優しいが同時に酷い男であると考えて、ふと翳りのある微笑を漏らす。

「どうしたヒャクメ? 疲れたのか?」

 そんな愁いを帯びたヒャクメの表情に、厳しい修行が終わって休む暇なく連れ出した事で疲れたのかと思い尋ねる横島。

「ちがうのねー。横島さんは優しいな、って思っていただけなのねー」

 ヒャクメの答えを聞き、それにしては表情が違うような気もすると思った横島だったが、美衣親子が出てきたので意識をそちらへと向ける。

「答えは出た?」

「はい。お言葉に甘えてご厄介になろうと思います。私は事務所の留守番をすればよろしいんですか?」

 コクリと頷いて尋ねる美衣。

「うん。そうしてくれればありがたい。あっ、大丈夫だよ。ちゃんと給料は出すから」

「じゃあ、早速引っ越しの準備をするのねー。横島さんの能力を使って東京まで移動しますから」

 かくして横島は依頼者である村の有力者に仕事の完遂を報告し、今まで邪魔をしていた妖怪をこの山から退散させ、二度と戻らない事を告げた。
 3日後、妖艶なボディコン姿の女性と小さな男の子が妙神山東京出張所の隣で見られるようになる。
 結果、横島退魔事務所との連絡が普通に取れるようになって、GS協会が安堵したとかしないとか……。

 ちなみに……今回の仕事の報酬は200万円だったそうな……。
 それらは美衣の給料にあてがわれる事となる。



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