フェダーイン・横島

作:NK

第38話




 バゴン!!

 マンホールの蓋が吹き飛び、中から勢いよく吹き出した水が悪鬼の如き顔になって睨み付けてくる。

『グオオオオオ〜』

 そんな光景に呆然と固まっている六道冥子。
 …と、その驚いた顔が見る見る泣き顔へと変わる。

「お…お母さま……簡単な仕事を取ってきたって言ったくせに〜〜私一人じゃこんなの無理よ〜〜!!」

 冷静に観察すればそれほど霊力が大きくないとわかるのだが、すでにパニック状態一歩手前の冥子にそんな分析・判断力が残っているはずもない。
 ただひたすら恐怖で足が竦んでしまい、文字通り固まっていた。
 本来は即座に反応して距離を取るなり攻撃するなりしなければならない。
 このままでは妖魔の攻撃をまともに受けてしまうだろう。

「あ〜ん! 何でみんな出てこないの〜〜!」

 冥子が何も出来ないで居るのには理由があった。
 今回は出せる式神の数を母親に決められてしまったのだ。
 1回に3鬼まで、しかもきちんと冷静に式神の名前を呼ばないといけないと言われ、封印までされてしまった。
 よって必要以上に臆病になってしまい、式神を出さないでの現場入り。これは未だかつて経験した事がない。
 さらに妖魔が現れた時点で恐怖からきちんと式神の名前を呼べず、みんな助けて、と考えているので呼び出せない。 

「何やってんだ冥子ちゃん! メキラを出して一旦距離を取れ!!」

「えっ!? 横島君来てくれたの〜〜?」

「いいから早く!!」

「わ、わかったわ〜〜。メキラちゃん〜〜!」

 冥子の言葉に反応して影から飛び出したメキラの瞬間移動能力によって、大量の水ごとぶつかってきた妖魔の攻撃を躱す。
 フッと10m程離れた後方に姿を現すと、メキラは影へと戻る。

「ヤツを形作る水は電気を通す。サンチラとバサラを出して! そしたら電撃を!!」

「はい〜〜!」

 未だ涙目ながら、横島の指示通りにサンチラとバサラを出すと電撃攻撃を仕掛ける。

『ギビビビビ〜〜』

 本体が感電したのか水の塊の動きが止まり、邪悪な顔が苦悶する。

「よし、動きが止まったからバサラで吸引!!」

「バサラちゃ〜ん! 吸い込むのよ〜〜」

 ヴモ ――― ッ!!

 バサラの強力な吸引によって、水の塊の中からネズミ程の大きさの妖魔が吐き出され吸い込まれていく。

「あら〜〜本体はこんなに小さかったの〜〜?」

 敵の正体を知った冥子は拍子抜けしたように言うが、表情には無事終わった事への安堵が見えた。
 この場面だけ見ると頬に残る涙の跡が痛々しい。

「やれやれ、無事に終わったか……」

「まったく、これが一人で出来れば問題ないのですよ〜〜」

 いきなり何もない所から姿を現し歩み寄る横島と六道婦人。

「お母さままで〜〜。酷いわ、酷いわ〜〜。私が怖い思いをするところを隠れて見ているなんて〜〜!」

 再び涙腺を決壊させて泣きながら頭をブンブンと左右に振る冥子。
 だがいつもなら影から飛び出して暴走する式神12神将はなぜか現れず、外に出ているサンチラやバサラも大人しい。
 理由は簡単で、母親たる六道婦人が能力で支配しているのだ。

「何を言っているのですか〜〜! 本当ならこの程度の妖魔を一人で除霊できなくてどうするの
 です〜〜!!」

 笑顔を残しつつ井桁マークを張り付けて怒鳴りつける六道婦人。
 そんな母親の一言にシュンとなる冥子。

「やれやれ……このレベルなら冥子ちゃん一人で大丈夫だと思ったんだけどな……」

 双文殊『遮蔽』で姿を完全に隠していた横島はガックリと項垂れる。
 横島は冥子の母親に自分と一緒に娘の除霊に密かに同行し、万が一危険な場合は冥子に指示を出して欲しい、と頼まれていたのだった。
 内心、昨日一日かけて教えた講義は無意味だったのだろうか、と落胆しているのは秘密だ。

「横島君〜〜見てたんだったら〜何でもっと早く助けてくれなかったの〜〜」

 恨めしそうな眼を向ける冥子に溜息を吐きながら顔を上げる横島。

「何言ってるんですか……。昨日あれだけ式神12神将の能力を元に、対悪霊・妖魔戦のシミュレー
 ションをしたでしょう? 今回の妖魔だって昨日やったパターンに入ってますよ?
 それに六道さんから、ギリギリまで手を出さないように頼まれていましたからね」

 横島の返答から今回全ての諸悪の根元が母親であると結論付ける冥子。

「だってだって〜怖かったんですものーー!!」

 言い訳をする冥子だが、その姿はまるで小さい子供が駄々をこねるようにしか見えない。
 もう21歳になるというのに……。

「はあ……。でもこれで昨日言った事の意味はわかったでしょう? 冥子ちゃんの式神12神将の
 最大の特徴は、それぞれが特定の能力に特化している事なんだって。1体1体の攻撃力というか
 パワーは強いけど、決して汎用型じゃない。ということは冥子ちゃん自身が状況に応じて、タイプ別
 の12体の式神を的確に操らなければいけないんだよ」

 昨日何度も繰り返し教えた事を繰り返す横島。なかなかに辛抱強いと言える。

「そうね〜〜。状況は変わらないのに、横島君の言うとおりにしたらすぐに退治できたわ〜〜」

「次回は今回の事を糧に一人で除霊してね。そうしないと冥子ちゃん自身のスキルがアップに
 ならないからね」

 至極当たり前の事を言う横島に不満そうと言うか縋るような眼差しを送る冥子。
 しかし母親はそれを一刀両断にする。

「何ですか〜〜その態度は〜〜!! 貴女は仮にも一人前のゴースト・スイーパーなのです
 よ〜〜!! 今回だって恥を忍んで横島君に講義とサポートを頼んだというのに〜〜」

「えーん、ごめんなさい〜お母さま〜〜」

 とても成人した娘と母親の会話とは思えないが、れっきとした日本でも有数の名家・天才の血を引く親子なのだ。
 冥子の場合、精神面が強ければ最強のGSになれるだろう。

「それで横島君〜〜。貴方の目から見て冥子の暴走の原因は何かしら〜〜」

 娘を叱った六道婦人は所在なさそうに立っている横島に尋ねる。

「そうですね……。一緒に見ていたんだからもうわかっていると思いますが、今回の事をみても
 わかるように冥子ちゃんの暴走の原因は大きく分けて三つあると思います。
 一つは普段から式神を出しているために式神を支配するエネルギーに余力が少ない事。今回は
 六道婦人が無意味に出せないように呪縛していたので霊力に余裕がありましたね。
 もう一つは冥子ちゃん自身の心の弱さというか、あまりにも恐がりで幼児のような精神構造。
 つまり臆病さですね」

 そこまでは母親も同感だった。
 うんうんと頷いている。

「最後に……これが戦いでは致命的なんですが、状況判断というか戦況を分析する能力が極端に
 低いと言う事です。まず相手の能力を把握するために行う偵察行為が皆無です。これには事前に
 行う情報収集も含みます。
 さらにその状況状況に応じて自分の持つ式神の中で最適なものを瞬時に選ぶ能力というか、
 判断力がこれまた低いです。
 結果、敵の能力がわからないで何を出して良いのかわからずに常に必要以上の式神を出す事と
 なり、精神エネルギーは常に目一杯。そして心の弱さによって平静が保てなくなりパニックを
 起こす。それが式神の暴走に繋がる……。と、こういうことですね」

 今回の講義と現場を経て辿り着いた横島の結論はこれだった。

「成る程ね〜〜。やっぱり横島君に講義をして貰って、今日一緒に冥子の除霊を実際に見て貰って
 よかったわ〜〜」

 三番目の理由に関しては思い当たっていなかったのか、感心したように言う婦人。

 そもそもなぜこんな所に横島が居るのだろう?
 話は3日前に遡る。

 ここのところ横島は、美神のGS復活の裏工作をしていた。
 先頃美神は遂に、お金を儲けられない事から来るノイローゼになって入院し、西条もその様子を見て一緒に仕事をする事を取り敢えず諦めたのだった。
 事前にその可能性を伝えられ、話としては密かに進んでいた自分の弟子を交代でサポートに廻し、美神をさり気なくフォローしてガードするという横島の申し出に、西条は心からの謝意を述べたという……。
 まあ、唐巣を通じて協会への根回しをしたり、雪之丞と九能市の今後の修行計画や内容を検討していたために、すでに9月も終わろうとしていた。
 準備に2週間程かかり、さらに美神が入院した事もあってこんな時期になったのだった。
 そして一昨日、美神はめでたくGSとして復活を果たしていた。

 ようやく一仕事を終えてホッとした横島だったが、そこに六道婦人から家に来て欲しいという依頼が入り昨日六道邸を訪れた。
 そこで横島は、六道婦人から娘に実際の除霊での戦い方を講義してくれと頼まれたのだ。
 真意が良く分からなかったが、さすがに講義でプッツンする事もないだろうと引き受けた横島。
 ギャラもそれなりに良かったのだ(5時間で講師料20万円)。
 そして昨日の帰り際、婦人から今日の除霊現場への隠密同行を頼まれたのだった。

「でも、どうして俺を呼んだんです? 貴女が直接指導すればいいじゃないですか」

 何となく釈然としていない横島が言った言葉に、六道婦人は今回の背景を話し始める。
 既に3人は六道邸へと戻る車の中だった。






 4日程前の事……。

「どお〜〜? 悪霊はまだ見つからない〜〜?」

 ここは立ち入り禁止の札が掲げられ、金網で覆われた廃ビル。
 都会の狭間にポツネンと残る再開発地区。
 そんな打ち捨てられた廃屋内をゾロゾロと歩いている異形の一行。
 ご存じ、六道冥子と彼女の支配する式神12神将の7鬼(インダラ、バサラ、アジラ、マコラ、ショウトラ、ビカラ、クビラ)である。
 これら式神の支配者であり使役者でもある冥子は、クビラを肩に乗せ、インダラに女の子座りで乗りながら顔色を青くして、まるでお化け屋敷に怯える女の子のように心細そうにしている。
 それに対して式神達は無表情だ。

「キイッ!」

 いきなり冥子の肩に乗ったクビラがその単眼から霊視光線を放つ。

 う゛―――

 その光線に照らされた場所に徐々に浮かび上がる悪霊の姿。

『グルルルルッ!』

 それはまるでゾンビのように不気味な容貌をしている。

「いたわ!! バサラちゃん〜〜!!」

「ウモ ――― !!」

 口を大きく開け悪霊を吸い込もうとするバサラだが、その吸引力がいきなり停止する。

「―― !? バサラちゃん?」

 いきなり動きを止めたバサラに狼狽する冥子。

『グワアアアッ!!』

 その隙をつくかのように斧を振りかざした悪霊が冥子に襲いかかる。
 それは冥子の理性を吹き飛ばすに十分な出来事だった。

「き……きゃあああああああ ――― っ!!」

 ドゴ ―――― ン!!

 冥子の叫び声に続いて豪快な爆発が起こり、廃ビルは解体業者を呼ぶことなく瓦礫へと変わっていったのであった………。






「はあ……暴走して現場を吹き飛ばしたんですね……」

 どこか疲れたような表情で話を聞き終えた横島は口を開く。
 あの鬼門を瞬殺するイームとヤームをボロボロにした冥子のプッツンを思い出して、思わず納得してしまったのだ。

「お恥ずかしい話ですが……単独での仕事中の暴走はそれで10回連続になりまして〜〜。GS協会
 が冥子の免許停止も考慮中という噂もあるのよ〜〜〜!」

「はあ、そうですか……」

 まあそうだろうなぁ、と内心考えている横島だったが、表面上は何とも言えない曖昧な返事をする。

「全く、それでもあなたは伝統と名誉ある六道家の娘ですか〜〜!! 恥ずかしいと思いなさい〜〜!!!」

 その時の事を思い出したのか、再びヒートアップして娘を叱り始める。

「だってええ〜〜〜お母さま〜〜」

「だってじゃありません〜〜〜!!」

 そんな漫才のようなやり取りをしている親子を横目で見ながら、横島は盛大な溜息を吐いていた。

『はあぁぁ〜〜。今更冥子ちゃんの精神を鍛える方法なんて………無いよなぁ………』

 そんな都合の良い方法などおいそれとある物じゃないとわかっていても、考えてしまう横島。
 頭の中に浮かんでいるのはかなり危険な方法ばかりなのだ。

『やるとしたら……やっぱり冥子ちゃんの性格改造と訓練による経験値のアップしかないよな。でも
 今更冥子ちゃんの性格を直そうとしたら一度ぶっ壊さないと無理だろうし、そんな事したら冥子
 ちゃんは冥子ちゃんではなくなってしまう。最低限、俺達の知らない人格になってしまうだろうな』

 そんな強引な事はしたくないよな、とボンヤリと考えているうちに六道邸に到着したようだ。

「ありゃ!? ここは俺の部屋とゆーか東京出張所?」

「そうよ〜〜。さっき部屋まで送っていくって言ったじゃない〜〜」

 六道婦人にそう言われて、何となく聞き流していた言葉を思い出した横島。
 そういやーそうだったな、と思い礼を言う。

「済みません。少し考え事をしていたもんで…。送ってもらってありがとうございました」

「いいのよ〜〜。今日は無理なお願いをしちゃったから〜〜」

「横島君〜またよろしくね〜〜」

 何やらまだまだ企んでいるような六道婦人とすっかり頼り切った雰囲気の冥子が手を振ると、車は静かに走り出す。

「ふう……。まさか冥子ちゃんの除霊に付き合う事になるとは思わなかったな〜〜」

 そう言いながら身体を伸ばすと、思いの外軽い足取りでマンションへと入っていく。
 すでに心の中は小竜姫やルシオラの事で一杯なのだろう。



「へえ〜、冥子さんの除霊に付き合わされたんですか?」

「そうなんスよ〜。でも不思議ですよね。あんなに基礎霊力が大きいのに何であれ程恐がりなのかなー?」

 普段より遅い夕食を食べていた横島は、付き合って正面に座り優しげに微笑んでいる小竜姫に今日の事を報告していた。
 小竜姫にとって、目の前で自分の料理を美味しそうに食べている横島を見るのは幸せな事なのだ。
 無論、昨日冥子に半日がかりで講義を行った事は報告済みだ。

「でもこればかりは本人の性格というか、簡単に直せるような物ではありませんね」

「そうなんですよね。性格改造しか思いつきませんから……。状況判断がまずいから怖がって式神を
 出し過ぎる。怖さは経験を積み重ねて慣れと判断力を上げることで軽減できるけど、経験を
 上げようと除霊に行けば怖さによって暴走させてしまう。悪循環ですよ」

『そうよね〜。彼女も傍に指示を出す人がいれば少しは良くなるんでしょうけどね』

 一緒に一部始終を見ていたルシオラの意識も処置無しと言った口調だ。

『でもあの様子だと、またヨコシマに依頼してくるわよ、あの理事長さん。冥子さんもヨコシマのこと
 満更でも無さそうだし……』

「たはは……。これ以上は勘弁して欲しいよなぁ……。俺も修行してもっと技のキレや溜の時間を
 短くしたいんだけどな」

「そうですねぇ………。私にもこれと言って良い修業方法が思いつけません」

『少し反則だけど、一つだけ方法があるわよ』

 食事を終えた横島と小竜姫が共に妙案が浮かばずに黙っていた時、おもむろにルシオラが呟いた。

「何か良い方法があるのか、ルシオラ?」

 最近すっかり知的労働担当が板に付いてきたルシオラ。
 尋ね返す横島の口調は嬉しそうだ。
 やはり優秀な彼女が誇らしいのだろう。

『ええ、彼女にヨコシマの双文殊を渡すのよ。《鎮静》っていう念を込めてね』

「チンセイ……? ああ、鎮静剤の鎮静だな?」

『そうよ。それによって精神の起伏を小さくすれば、怖がったとしても暴走するまでにはいかないと
 思うわ』

「それはなかなか妙案です。でも………そうすると冥子さんにちょこちょこ文珠を渡さないといけま
 せんね」

 ポンと手を叩いて頷きながらも、その事に思い当たって考え込む小竜姫。

「いや、何度かやれば自信がつくだろうし、経験値も上がるはずだからずっと渡す必要は無いと
 思うな」

『そうよね。まあ、普通はそうなんでしょうけどね……。でもあの冥子さんだから………』

 今ひとつ自信が無さそうに言うルシオラの意識。

「まあ、今度依頼があったら試してみるよ」

 こうして横島にとってかなりはた迷惑な一日は終わった。



 翌々日、猫又の美衣が亜空間通路を通って妙神山に顔を見せた。
 昼間は事務員らしい格好をしているが、そのスタイルは相変わらず素晴らしい。

「横島さん、お邪魔でしたでしょうか?」

「いや、ちょうど一段落したところだ。どうしたんだ美衣さん? 急ぎの仕事?」

 異空間の修行場で小竜姫と実戦さながらの剣の訓練をしていた横島だったが、ちょうど休憩に入ったところだった。
 横島に釣られて小竜姫も美衣を見つめる。
 その胸にちょっとだけ羨ましそうな眼差しを送る小竜姫

「六道さんから電話がありまして、明日冥子さんに除霊の仕事が入ったので前回と同様に同行を
 お願いしたいそうです」

 美衣がメモを読み上げる。
 彼女はなかなか有能な秘書として真価を発揮しており、最近あまり東京出張所に長時間顔を出していない横島。
 昼頃に1回と夕方に1回、30分程顔を出すだけになっており、今回のように急な仕事の場合やって来て報告してくれる。

『お出でなすったようね』

「そうですね。やはり頼ってきましたね」

「それじゃあ、早速ルシオラの案を試してみるかな?」

 そう言って横島は立ち上がると、美衣を促して通常空間への出口へと向かう。

「六道さんに連絡をして来ますよ。今日のうちに例のペンダントを渡しておこうと思います」

「わかりました。それでは明日は東京ですね」

 まるで夫に明日は出張ですね、と確認するような小竜姫の口調に微笑しながら手を上げて、横島は東京へと向かった。






「きゃ ー―― っ!! 怖いわ、怖いわ、怖い〜〜!!」

 打ち捨てられた廃工場の中を逃げまどう冥子。
 母親に言われて今日も一人で除霊に来たのだが、今度はご丁寧に携帯で母親の了承がなければ式神が出てこないように影を封印をされているため、現在彼女の周りには2鬼しか居ない。
 先程まで出していたクビラと横島に化けさせていたマコラ(冥子が怖がって廃工場の中に入ろうとしなかったので、母親が特別に許可した)だ。
 しかし元々それ程戦闘能力が高いわけでもないこの2鬼では話にならない。
 冷静さを欠いているために、どの式神を出すかまで考えられないで逃げ回っている状況では、母親から式神を出す許可がもらえないのは当たり前だ。 
 頭ではわかっていたの事なのだが、普段は勝手に出せる式神が出てこない事で冥子を尚一層恐がりにさせていた。

『何をやっているのです〜〜! さっさと除霊するのです〜〜!! 相手の特徴を見極めて式神を
 選びなさい〜〜!!』

 繋ぎっぱなしの携帯電話から母親の叱責が聞こえるが、はっきり言ってそれどころじゃない。

「え〜〜ん、みんな出さないと怖いわ〜〜!」

 怪獣系の頭に一本の角を持ち、体中に眼を持つ悪霊というか妖魔らしき物が追っかけてきている。

『そんな甘えは許しませんよ〜! 早く式神を選びなさい〜〜!!』

「だって怖い物は怖いのよ〜〜!!!」

 両手を目に当てて号泣している冥子。
 既に壁際まで追いつめられていた。
 その時、母親からお守りだと今朝貰ったネックレスが緑色に輝いた。

「あ、あれ〜〜? どうしたのかしら〜〜? 何だか落ちついてきたわ〜。あのお化けを見ても
 そんなに怖くない〜」

 ペンダントが光ると同時に心が穏やかになるのが感じられ、なぜか恐怖が薄らいでいく。
 しかしここで気を抜くわけにはいかない。妖魔が接近中なのだ。

『何をしているのです〜〜!!』

 携帯から聞こえる母親の声に、ハッと今の状況を思い出し我に返る。

「マコラちゃん、クビラちゃん、戻って〜〜。シンダラちゃん、アンチラちゃん〜出ておいで〜〜!」

『それでいいのです〜〜。シンダラ、アンチラ、行きなさい〜〜!』

 母親の了承を得て影から飛び出したシンダラとアンチラは、その鋭利な翼と耳で接近する妖魔を迎撃する。
 周囲を俊敏に動き回る2鬼によって、次々に霊体を切り刻まれる妖魔。

 グルルル〜〜

 妖魔も式神を捕らえようとするが、その機動力に付いてはいけない。

「動きも止まったし〜弱ってもきたみたいだわ〜〜。バサラちゃん〜出ておいで〜〜」

 怖さが感じられないため、至極冷静に戦況を見極めて新たな式神を召喚する冥子。

『バサラ、行きなさい〜』

 母親もその声音からか、冥子が冷静なのを理解して承諾を与える。
 シンダラとアンチラを使って敵に高機動波状攻撃を仕掛けて足止めし、弱らせてバサラで吸引する。
 見事な作戦だ。
 冥子も除霊中に冷静さを失わなければ、このように式神を自由に使いこなしかなり優秀と言える。

 ヴモ ――― ッ!!

 呼び出されたバサラはその強烈な吸引力で妖魔を吸い込んでしまう。
 元々それ程高い霊力を持っているわけでもない妖魔は呆気なく封印された。

「よく分からないけど〜何か簡単に終わったわ〜〜?」

 除霊対象がいなくなってホッとしながら、普段とあまりに違う自分の冷静さに首を傾げる。
 その時初めて、自分が掛けているネックレスが光っている事に気が付いた。

「あら〜? これは一体何かしら〜?」

「それは俺の文珠をネックレスに加工した物だよ、冥子ちゃん」

 疑問は後ろから掛けられた声によって解かれた。

「えっ!? よ、横島君〜〜!?」

 慌てて振り向くと後ろには前回同様、横島と母親が立っていた。

「よく頑張ったね」

「貴女の戦いをしっかりとこの眼で見ていましたよ〜〜。よくやりました冥子〜」

 ネックレスの輝きが無くなると、急に恐怖が蘇ってくる。

「え、え、え〜〜んお母さま〜〜!!」

 泣き出して母親に抱き付く冥子。

「冥子…! きちんと一人でやり遂げましたね〜。よくやりました〜〜」

 これだけのサポートをしておいて、という疑問もあるだろうがとりあえず大きな前進であることに間違いはない。
 ヒシッと抱き合う親子を苦笑しながら眺めている横島。

『ねえヨコシマ……。冥子さんって結構凄いじゃない』

「取り乱さなければ一流のGSとしてやっていけるんだけどな〜」

 小声で話しかけてくるルシオラの意識に頷きながら答える。

『そうよね。式神12神将を冷静且つ的確に操れば普通の除霊では無敵だもんね……』

「それに気が付いて怖さを克服できれば、暴走も減るんだろうけどね」

 そう答えながらも、これであの下らない「死の試練」に付き合わなくて済むと考えホッとしている横島。

「横島君〜〜。今回も見守っていてくれたのね〜。それに文珠までくれるなんて、冥子嬉しいわ〜〜」

 既に感動の抱擁を解いて横島の方を向いている冥子が声を掛ける。
 彼を見つめるキラキラした瞳は横島に全幅の信頼を寄せている事が明らかだ。
 何しろ横島の言うとおりにやったら、えらく呆気なく除霊に成功したのだから……。

「横島君、今回はありがとう〜〜。これで冥子も何とかやっていけそうよ〜〜」

「横島君〜〜これからも私を見捨てないでね〜〜」

 心からのお礼なのだろうが、なぜか素直に喜べない横島は元気のない返事で答える。
 潤んだ瞳で見つめる冥子を見て、本能が危険を感じたのだろう。
 というより、魂の底からジトッと睨まれているような感じがしたのだ。

『これからも何かあれば頼られるんだろうな〜』

 同時にそんな事を思っているのだが、概ねそれは正しいだろう。
 とにかく………限りなく他力本願ではあるが、六道冥子の免許停止は免れる事となる。
 どちらが人々にとって幸多いかは難しい事だが…………。






「へえ……冥子が一人で除霊依頼を5件続けて成功させたの?」

 横島による出張指導を受けながら、なぜか遊びに来ていた冥子に嬉しそうに話された美神は目を丸くする。
 あの冥子が暴走せずに除霊を連続で完遂するとは……。
 何があったのかは知らぬが、とにかくめでたい事だ。
 あの暴走に巻き込まれるのは命に関わるのだから……。

「そうなの令子ちゃん〜。やっと私も一人で除霊できるようになったみたい〜〜」

 無論、横島が送った文珠のおかげである。
 怖さで冷静さを失わなければ、冥子も横島の努力によってある程度戦況に応じて式神を使う事が出来るようになっていた。

「駄目ですよ美神さん。もっと集中して!」

「ご、ごめんね横島君」

 そこに横島の注意が飛び、慌ててチャクラへと意識を集中する。
 未だ第2チャクラを自在には操れない美神である。
 既にエミや雪之丞、九能市は第3チャクラをコントロールする段階に入っているために、負けず嫌いな彼女は真剣に指導を受けている。

「令子ちゃん〜今度一緒に除霊しましょうね〜〜」

 そのために恐るべき一言を聞き逃してしまう美神だった。


 一方、冥子も横島から定期的に文珠を貰う身となってしまい、しかも今回の事で妙に横島を信頼した上に懐いてしまった。
 美神に修行をつけるために横島が来る日は大抵顔を見せるようになっていく。
 美神が冥子の秘密を知って騒ぎ出すのはもう少し後の事である………。



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