フェダーイン・横島

作:NK

第39話




 ここ2週間程穏やかな日々が続いており、横島は雪之丞や九能市に修行をつける一方で自らの修行に没頭していた。
 今の彼はさらなる技のキレと霊力を練り上げる溜の時間の短縮、そして身体能力の向上を目標としている。
 そして現時点での最終目標はハイパー・モードでの最大攻撃・防御霊力を1.5倍から2倍へと上げる事だった。
 自らの魂に融合しているルシオラと小竜姫の霊基構造コピーの絶対量を増やすか、自分の基礎霊力をアップさせさない限り今の横島にできる事はそのぐらいしかない。
 この後訪れる最大の危機……魔神アシュタロスとの戦いを乗り切るために、出来得る事全てを貪欲にこなしていく。
 さらに最近では、修行が終わると妙神山の地下へと降りて霊力増幅器の改良という作業が加わった。

「横島さん、あまり無理はしないで下さい……。ただでさえ貴方が行っている修行は厳しい物なの
 ですから……」

 心の底から心配している事がその表情に表れている小竜姫に頷き返すが、その作業を止めようとはしない。

「無理はしませんよ。でも妙神山の霊力増幅器を改良してバージョンアップさせないと、近い将来に
 大変な事になりますしね。ここは小竜姫様の管理する修業場ですが、今や俺にとっても大事な
 我が家みたいなモンです。吹き飛ばされるわけにはいきませんからね」

『大丈夫よ小竜姫さん。私の知識とヨコシマの記憶があれば、多少時間は掛かるけど必ず妙神山の
 結界出力を今の3倍にまではしてみせるから。そうすれば断末魔砲の直撃も1発は防ぎきる事が
 出来るわ。それにヨコシマにも無理なんかさせないから安心して』

 ルシオラの意識が努めて明るく、心配を払拭するように答える。

「宜しく頼みますね。こういう事に関しては、私は役に立てないですから……」

 そう答える小竜姫の顔は悔しそうだった。
 こんな時に横島の力になれない自分を不甲斐ないと思っているのだろう。

「小竜姫様、誰もがあらゆる分野を得意とすることはできないですよ。小竜姫様には小竜姫様にしか
 出来ない事があるじゃないですか。修行の方は宜しくお願いしますね」

 穏やかに、しかしはっきりと告げる横島の言葉に、自らの役割を思い出したのか小竜姫の瞳に光が戻る。

「わかりました。明日からの修行は覚悟してくださいね。霊力増幅器の方はルシオラさんにお願い
 します」

『まかせて。じゃあ行きましょうかヨコシマ』

「ああ、それじゃあ2〜3時間で戻ります」

 手を振ると横島は地下施設へと姿を消した。
 最終決戦のために打てる手を確実に行い、準備を整えて彼我の戦力差を縮めようという横島達。
 例え未来の記憶と知識があると言っても、勝つための努力を惜しむ事は出来ないのだ。



「お帰りなさい、横島さん」

 夜も9時を廻る頃、横島は宿坊へと戻ってきた。
 それを笑顔で出迎える小竜姫。
 お茶とお菓子を用意して起きていたのだ。
 無論、ヒャクメ、雪之丞、九能市はすでに夢の中……。
 特にヒャクメはこの2週間で美神の人使いの荒さに疲労が溜まっているようだ。

「ありゃ…? 待っていてくれたんですか小竜姫様?」

「はい! それぐらいはさせてくださいね横島さん」

「いやあ、嬉しいですよ。喉も乾いたし小腹がすいていたところですから」

『あら…おいしそうね。私も早く甘い物を本当に食べたいわ〜』

「もう少しの辛抱だよルシオラ。時がきたら一杯食べさせてあげるから」

 そう言って明るく語り合う3人だった。

「そういえば……記憶ではそろそろ750年程前のスイスに時間跳躍するんでしたね?」

 ひとしきり話が済んだところで、ふと思い出したかのように尋ねる小竜姫。

『そういえばそうね。今度の事件はやっぱりアシュ様配下のヌルとかいう魔族の作戦を昔のスイスで
 防ぐんだっけ……』

 ルシオラの意識も横島の記憶から知り得た知識を思い出す。

「平行未来の世界ではそうなったみたいだけど、あれって冷静に考えると不思議なんだよな〜」

 こちらは何やら引っ掛かる事があるのか、考え込むようにして口を開く横島。

「何かおかしな事でもあるのですか?」

 尋ねる小竜姫に頷いてみせる。

「いや、あの時のカオスの説明だと俺達をあの時代に導いたマリアだけが正確に、1242年
 だったっけ? あの時間と空間をイメージできたらしいんだけど、あの時代にはまだマリアは完成
 すらしておらず、起動したのはその後数十年してからなんだ」

『そういうことか。確かに変ね。マリアのメモリーチップの中にその出来事が記憶されていたとしても、
 なぜ都合よく魔族が暗躍してドクター・カオスがピンチになっていた時間を偶然起きたタイムポー
 テーションの時にイメージしたのかしら?』

 こういう事に関しては、ルシオラは頭の回転が速い。
 元々知的作業を得意としていたし、理系らしく好奇心も旺盛な上に知識もある。

「その通りなんだ。あの時は納得したけど、今にして思えばもっと他の何か、あるいは意志が介在
 していたように思ってね。本当は面倒だから過去になんか行きたくないんだけど……」

「でも、もし横島さんの考えているとおりなら、今回も過去に行く事になるのではないですか?」

 漸く事態を整理して理解した小竜姫が言った事に頷く横島。

「ええ、今回の事と美神さんの前世を探りに行った時の事は、時間のパラドックスというか……
 未来の出来事が過去に影響を及ぼすという、普通の時間概念ではなかなか理解しにくい出来事
 が起きた珍しい例なんですよ」

「確かにそうですね。美神さんと横島さんが過去へと戻ったからヌルの野望を阻止できたんです
 もの。その結果、この現在でも神魔のデタントは維持されているというわけですね。
 そして美神さんが過去に戻ったからこそ、前世であるメフィストはアシュタロスを裏切り、エネルギー
 結晶を奪う結果となったんですものね」

 納得し、頷きながら話す小竜姫。

『そうね。見事に原因と結果が入れ替わっているわね。美神さんが魔族に命を狙われる原因を
 探りに行って、逆にその原因を作ってしまうんですものね』

「そうなんだよなぁ……。どうも何者かの意志というか意図を感じてしまうんだ」

 どこか考え込んでいるようなルシオラの口調に、やはり真面目な口調で同意する。

「これから先に起きる事件は、複雑且つデリケートに絡み合っているわけですね?」

『そうみたい。これでは迂闊な事はできないわね』

「まあ、今回の件はカオスにそれとなく尋ねて、俺や美神さんに大昔に会った事がないか確認すれば
 行かなくても良いかも知れません。今回の件に関してだけなら、若い頃のカオス一人でも充分
 事件を解決できそうですし……。覚えていなければ一人で解決したんでしょうしね」

 そう言って真面目な表情を崩し、一風呂浴びてきますと言って立ち上がった。
 頷く小竜姫は湯飲みと小皿を持って流しへと向かう。
 事態は最終決戦へと向かってゆっくりと加速を始めていたが、この場面だけを見ればいつもと変わらない生活があった。






「よお、カオスのじーさん! お邪魔するぞ」

 翌々日、珍しくカオスの部屋に顔を出した横島。
 美神の事務所へ向かうヒャクメと雪之丞と共に妙神山東京出張所を出た横島は、二人と別れてここへやって来たのだ。

「何じゃ小僧、珍しい事もあるもんじゃの?」

 出迎えたマリアに従って部屋に入ってきた横島を見て怪訝そうな顔をするカオス。
 横島が滅多に仕事以外で他人のところを訪れないと聞いているためだ。

「そうだなー。まあ今日はかつてヨーロッパの魔王と呼ばれたアンタに話を聞きたくてね。
 あっ、これお土産」

 そう言ってマリアにビニール袋を渡す。

「ありがとう・ございます。横島さん」

 無表情に受け取るマリマだったが、何となく柔らかい感じがするのは気のせいだろうか。

「何じゃそれは?」

 カオスの場合は食い物かと期待しているだけだろう。

「じーさんの期待通り食い物さ。こっちが弁当でこっちがデパ地下で買ってきたそう菜だ。エビフライ
 好きか?」

「ほう、久しくそういうもんは食べてないのう……。いや、嬉しいわい」

 カオスがなぜか少し遠い目をしている。
 おそらくあまりまともな物を食べていないのだろう。

「喜んで貰えて嬉しいよ。一応、昨日マリアに家にいる事を確かめておいたんだけど、今日は時間
 あるか?」

「今日はバイトも無いから暇じゃ。マリア、小僧にお茶を出してやれ」

「イエス・ドクター・カオス」

 卓袱台を挟んでお茶を啜る横島とカオス。マリアはカオスの横に座っている。

「で……何の用じゃ?」

「いやあ、単純に好奇心なんだけどな……。マリアのモデルって居るのかなって思ってね。マリアは
 全盛期のアンタが創った傑作だろう? いつ頃創ったのかなって思ったのが切っ掛けだけどな。
 メタソウルっていうか魂を人工的に合成したんだろ?」

 本当に聞きたい事を巧みに隠蔽して話を向ける。
 カオスは暫く思い出そうとして視線を彷徨わせていたが、漸く記憶を探り当てたのか口を開く。

「そうじゃのー。あれは今から700年ぐらい前になるかのう……。あの頃ワシは今で言うスイスと
 イタリアの国境付近にある地方領主に世話になっておってのう。あそこは良い所じゃった……。
 領主とその娘である姫がパトロンになってくれたおかげで、ワシは50年程居座り思う存分研究が
 出来たのじゃ」

「そうか、理解ある人だったんだな。その時にマリアが生まれたのか?」

「うむ、尤もマリアが稼働したのはその姫が死んだ後じゃったけどな」

 何やら懐かしそうに遠い目をするカオス。
 その視線の先には横島が居るが、彼はカオスが自分を見ているのではなく失われた過去に思いを馳せている事を理解していた。

「ひょっとすると、そのパトロンだったお姫様がマリアのモデルなのか?」

 わかっている事だがあえて尋ねる。

「そうじゃ。姫の死後、しまってあったアンドロイドに姫の名前と顔を与えたんじゃ」

「大事な……いや、忘れたくない人だったんだな………」

 カオスの気持ちが理解できる横島は呟いた。
 横島は、ほぼ不老不死に近い存在となった未来での記憶を思い出す。
 相手が歳を取らないのに自分だけ老いていく事はどちらにとっても辛い事だろう。
 幸い未来で横島が愛した二人は、共に不老不死に近い存在なので戦いなどで命を失わなければその悩みとは無縁だったのだが……。
 それでも美神やおキヌが年老いていくのを見ているのはどこか悲しかった。
 それは老いていく彼女たちに感じたのか、既に人としての時間の流れから外れた自分に対して感じたのか、はっきりはしなかったが……。

「ああ、いい女じゃった………」

 その一言に込められた想いを感じ、横島は珍しくしんみりとした表情を見せた。
 700年前に別れた大事なヒトの名前と顔を与えられたマリア。
 カオスにとって大事な半身とも呼べる存在なのだろう。

「だけどその頃って確か……ピートの親父さん…ブラドー伯爵が暴れていた頃じゃなかったっけ?」

 さらに当時に関係するキーワードを並べてカオスの記憶野を刺激してみる。

「おおっ! そうじゃった! ワシはあのピートっていうバンパイア・ハーフの親父にも会っていた
 んじゃ! ヤツに銀の銃弾を浴びせかけて活動不能にしたのはワシじゃからの。
 いやー忘れとったわ!!」

 暫く考え込んでいたカオスは、突然ポンと手を叩き大声で叫ぶ。
 ここまでは平行未来と同じか、と思いつつさらに突っ込んでみる。

「おいおい、確かピートとブラドーって顔が殆ど同じだって聞いたぞ。まさか今の今まで思い出さ
 なかったんじゃないだろーな?」

 呆れたような表情をしながら思い出すのを促す。

「いや〜何しろ物忘れが激しくてのー! あのピートの親父を倒しに行く時、どっかで会ったような
 気はしていたんじゃが……」

 ハハハと笑って誤魔化そうとするカオスにジト眼を向ける。

「まさかとは思うが……他のメンバーにも会った事があるんじゃねーか? 例えば美神さんの母親
 とかな…?」

 美神の母、美神美智恵が時間移動能力者であることはカオスに隠す必要もないので、敢えて実名を上げて探りを入れる。

「何じゃと!? あの美神の母親は時間移動能力者なのか?」

「ああ、美神さんの母親はその能力を持っていて、雷の力を使って時間を超えるそうだ。俺もこの眼
 で見た事がある。尤も美神さんにはこの能力は受け継がれていないそうだが……」

「うーむ、時間移動は全ての因果律を覆す、いわば究極の超能力じゃぞ! 一度見てみたいもの
 じゃ」

 科学や魔法の研究に一生を掛けているカオスの双眸に危険な光が宿り始める。
 これは藪蛇だったかな、と思いつつ話の矛先を変える横島。

「美神さんの母親はもう鬼籍に入っているよ。それに美神さんは使えないだろうから無駄だと思うぞ。
 それより、さすがに美神さんの母親に会ったっていう偶然は無いか……。
 髪型が少し違うだけでそっくりだったけどなー」

 いよいよ最後の探りを入れる。
 これで思い出さなければ(単に呆けて思い出せないだけかもしれないが)、今回過去に飛ばされる必要はないだろう。

「いや………ワシは美神の母親には会った事が無いぞ。じゃが………うーん、何かが引っ掛かる
 のじゃが思いだせんの〜」

 そう言って考え込んでしまったカオスでは相手にならないと考えたのか、横島はマリアの方に向き直る。

「マリアの記憶チップにはそういうデータは無いか?」

 いきなり話を向けられたマリアは頭を微妙に動かして情報を検索していたが、何らヒットする物はなかったのだろう。

「いいえ・何もありません。横島さん」

「そうか。まあ、そんな偶然がそうそうあるわけないよな」

 そう言って少しだけホッとする。

「そう言えばマリアの記憶には、さっきカオスが言っていた時の事が何かあるのか?」

 この質問も極めて重要な事だった。
 もしここで何らマリアが情報を持っていなければ、マリアがコンパスの役目を果たせるはずがないのだ。
 未来の記憶を考えれば、何らかの情報を持っていなければならない。

「はい・情報としてなら・メモリーチップに・入っています」

「ふーん、何か特に印象に残る事柄でも入っている?」

「いいえ・プロテクトが・かかっている・部分はありますが・特に・これと言った事は・ありません」

 マリアの言葉を聞いた横島の眼が、微かに細められ一瞬だけ鋭い視線となってマリアを射抜く。
 しかしすぐにいつもの茫洋とした雰囲気を取り戻すと、思考の渦から帰ってこないカオスに視線を戻す。

「おい、じーさん。いい加減に戻ってこい」

 のんびりとした口調で話しかける横島の声に、漸く思い出そうとする努力を放棄して視線を戻す。

「いや、すまんのう。じゃがどうしても思いだせん」

「まあいいさ。マリアにも話したが、そんな偶然があるとも思えんからな。しかし今日はじーさんの
 ロマンスが聞けて面白かったよ。長居しても悪いからそろそろお暇することにする」

 そう言って立ち上がる横島。

「また・来てください・横島さん」

 見送りに付いてきたマリアに軽く手を上げて答えると、横島はいつも通りのんびりと歩いて駅へと向かった。
 しかし頭の中では先程聞かされたマリアの言葉を元に、急速に一つの仮説が組み立てられている事など本人以外はわからなかったろう。

「そういうことか……さすがは最盛期のカオスだな」

 そう呟くと横島は妙神山へと戻るべく、歩みを早めるのだった。






「それで、どうでした横島さん?」

 居間に入るなり尋ねる小竜姫。
 九能市は修業場で鍛錬をしているのでこの場には居ない。
 もし過去に飛ぶとなれば、自分は付いていく事が立場上できないので不安なのだろう。
 尤も、横島の魂には自分の霊基構造のコピーが融合しているので、彼の手助けをする事は出来るのだが……。

「面倒ですが、おそらく誰かが過去に飛ぶ事になりそうですね」

『やっぱりヨコシマもそう思うのね?』

「ああ、マリアがプロテクトがかかったデータがあると言っていたからな」

 その言葉に首を傾げる小竜姫に、最初から話し始める横島。

「成る程……ではその不可視属性ファイルが鍵なのですね?」

『おそらくそうね。ドクターカオスは自分の経験をマリアのメモリーチップに組み込んだのよ。おそらく
 時間移動の際の時空震を感知したら、あの時代に誘導するようなプログラムを組み込んで、さらに
 プロテクトを掛けてね』

 ルシオラの説明に頷いてみせる横島。

「俺もそう思うんだ。カオスの方は呆けて思い出せないようだったけど、最盛期のカオスならその
 程度の事は考えて実行するだろうから」

『これでマリアがあの時代を正確にイメージできた謎は解けたけど……。問題はいつ、誰がタイム
 ポーテーションするかね』

「そうですね。一緒に飛ばなかった場合、同じ時代にタイムポーテーションしても、時間的なズレは
 必ず出ますからね」

 考え込んでしまう3人。
 もし巻き込まれるとしたら、美神とマリア以外のメンバーはヒャクメ、九能市、雪之丞の可能性が高い。

「と言っても……俺が毎日一緒にいるのも無理だし、第一不自然だ」

『そうね。でもヒャクメさんが一緒に巻き込まれなければ、あの人の能力を使って追う事が出来るわ』

「そうでした! 私達にはヒャクメが居たんですね!」

 パッと明るい表情になる小竜姫。
 どうやらヒャクメの存在を完全に失念していたようだ。

『ひどいのねー小竜姫!』

 その時、ヒャクメの恨みがましそうな声が確かに聞こえた。
 どうやらこちらを覗いていたらしい。
 美神事務所も暇なのだろう。

「ヒャクメ、また覗いていましたね?」

 状況を察した小竜姫が声色を変える。

『だって今日は暇なのねー。それでそっちはどうしているかと思って見てみたら、私の事を完全に
 忘れているんですもの……』

「まあいいです。ところでヒャクメ。貴女も記憶を見たからタイムポーテーションの事件は覚えて
 いますね?」

『ええ、あのスイスかイタリアに行くヤツね?』

「覚えているなら話は早いです。貴女が巻き込まれたら私達は追跡の手段を失います。ですから
 貴女は巻き込まれないようにしてくださいね」

「いや、ちょっと待ってくれ。それよりヒャクメ。カオスとマリアが事務所に来た時はすぐに知らせて
 くれ。そうしたら俺もそっちに向かうから」

 横島が小竜姫の肩に手を置いてヒャクメに話しかける。
 さすがの横島も、文珠も使わず、通常モードではあれだけ離れたヒャクメと会話する事は出来ない。

『わかったわ。来たらすぐに知らせるのねー』

 その返事と共に通話は途絶える。

『一緒に行くつもり? ヨコシマ?』

「ああ、どうせ行くのなら一緒の方がリスク管理が容易だ」

「何か準備しますか?」

「いいえ。あの時代で俺の能力を目一杯使ってアシュタロスに警戒させたくないですからね。だから
 ハイパーモードを使うわけにはいかない。装備もこのヘアバンドと籠手だけにしようと思ってます。
 文珠は既にばれてるかもしれないけど、まあなるべく使わない方向で……」

『そうね。アシュ様がこの段階でヨコシマの力を知れば、対抗策を練るでしょうからね』

 後はカオスとマリアのやって来るのを待つばかりという体勢を整える横島達。
 しかし事はそう簡単ではなかったようだ……。
 翌日になって横島はその事を思い知る。






「ヒャクメ! 美神さん達が消えたって本当か!?」

「貴女が付いていながら一体どうしたんです!?」

 大声で尋ねながらオカルトGメンの事務所に入ってきた横島と小竜姫。
 その後ろから雪之丞も付いてくる。

「あっ! 横島さーん! ごめんなさい。まさかオカルトGメンの方で事件が起きるなんて思わな
 かったのねー」
 
 なぜか涙目になって横島の胸に飛び込むヒャクメ。
 その後ろに立っていた九能市は済まなそうな表情をしており、カオスは呆然としていた。
 無視された上に自分の彼氏に抱き付かれた小竜姫の眼差しが一瞬で冷たい物となる。
 自分に注がれる氷のような視線に気が付いて、慌てて横島から離れるヒャクメ。

「とにかく状況を話してくれ。一体どうしたんだ?」

 何が起きたのかは既にわかっているが、他の人間も居るので体裁を整えなければいけない。
 ヒャクメは横島に促されて先程起きた事を話し始める。

 30分程前、美神がちょっと西条の所に行ってくると言って事務所を後にした。
 今日は午後に1件仕事が入っていたが美神にとって楽勝なレベルである。
 よくある取り壊し予定のビルに巣くった悪霊の除霊だったのだが、何しろヒャクメと九能市がいるので何ら問題はないのだ。
 したがって仕事関係の話ではない。
 おそらくその後で飲みに行くか、遊びに行く話をしようとしたのだろう。
 さすがに事務所にはヒャクメが居たので、電話ではなく直接話そうと思ったのだろうが……。
 それが仇となったのだ。

「その少し前に、オカルトGメンの事務所にドクター・カオスとマリアが来ていたみたいなのねー。
 さすがに敵意も無い存在だし、隣のビルだったから気が付かなかったのね」

 いかにヒャクメといえどもこれでは察知は出来なかったろう。
 何しろ魔族ではないし、美神に害を為そうという気もないのだから……。

 そして、たまたま充電中だったマリアに西条か美神が触れてしまったらしい。
 これは現場に居たカオスの推測だが……。
 突然美神の事務所で至近に時空震を感知したヒャクメは、原因はともかく何が起きたのかを正確に洞察し、テレポートで即座にこの部屋へと移動した。
 そして彼女は姿が消えていく美神と西条を見たのだった。

「そう言う事じゃあ仕方がないよなぁ……。ヒャクメのせいじゃないさ」

「そうですね。でもヒャクメがここに残ったのは幸いでした。さっそくスキャンして遡った時代と場所を
 特定しなくては」

 ヒャクメの職務怠慢ではない事がわかり、ヒャクメを慰めつつも次の仕事を言い渡す横島と小竜姫。
 さり気なくヒャクメをこき使っている。

「ちょっと待て小僧! そちらの神族の…ヒャクメが時空震と言っていたのう。まさか…というか
 やはり時間移動したのか? お主の話だと美神は受け継いでいないんじゃなかったのか?」

 マリアもおらず、この場には何ら分析のための装置もないために、何が起きたのかを特定できなかったカオスが尋ねる。
 ただ、時空震の一言で大体の想像はできたようだ。
 この前、横島から美神の母親が時間移動の能力を持っていた、と聞かされているのだから、事実に辿り着く事は容易だったのだろう。

「その筈だったんだけどな……。だが母親ですら雷の強力なエネルギーを霊力変換しないと
 出来なかったんだ。普通は、特にあの美神さんがそんな事するとも思えないしな」

「そうか! マリアに感電したのが切っ掛けで眠っていた能力が目覚めたのか!! 素晴らしい!!
 だが二人はどの時代に飛んだんじゃ?」

 さすがに研究者だけあって好奇心に眼を爛々と輝かせるカオス。
 この場合、かなり不謹慎なのだが彼なら仕方がないだろう。

「それをこれからヒャクメに調べて貰うのさ。さすがに俺や小竜姫様でもそんな事はできないからな」

 苦笑しながらそう言って、準備を始めたヒャクメの方をチラリと見る。
 
「成る程、不幸中の幸いだったのう……。この場にヒャクメがいてよかったわい」

 この一連の会話で何が起きたのか、そして対策は何なのか、を理解し何度も頷いているカオスを見ていた横島は自分に注がれる視線に気が付く。
 その視線に眼を向けると……。

「ああ、そうか。全然説明していなかったっけ…。悪い悪い」

 未だ何が起きたのかわからず、説明を強く求めている表情の雪之丞と九能市を見た横島が謝る。

「私達の存在を忘れては困りますわ、横島様」

「結局、美神の旦那と西条は過去に飛ばされたのか?」

 今の今まで蚊帳の外の扱いだった二人が文句を言う。

「雪之丞の言うとおり、どうやら美神さんと西条は過去へと時間移動しちまったらしい。助けに行か
 ないと駄目なんだろうなぁ……」

 最後の方はぼやきに近かったが、とにかく二人にも何が起きたのかだけは理解できた。

「あの方も色々と面倒な事に巻き込まれますのね……」

「そうだな……。過去ねぇ……」

 口から零れた言葉には妙に実感が込められていた。






 キイィィィン!! ドシュッ!!

「うぅぅぅ……か、か、身体が……痺れる……………」

「な…何が起きたんだ一体……? ここはどこだ?」

 いきなり先程いた室内から見覚えのない森の中へと放り出された西条は慌てて周囲を見回す。
 うっかり充電中のマリアに触れてしまった美神は、感電の影響で未だ身体を動かす事が出来ないようだ。
 マリアは傍に倒れている。
 どうやら幻覚ではなく、自分達は本当に森の中にいるらしい。

「令子ちゃん…! 大丈夫か?」

 美神に近付いて助け起こす西条の腕の中で漸く体を動かせるようになる令子。

「西条さん……。ええ、何とかね。やっと身体を動かせるようになったわ」

 ヴン!! チュイイィィィン

 美神が正常に戻ったのと同時に、停止していたマリアが再起動を果たした。

「おっ! マリア君、無事だったか!?」

「よかった! ここがどこかわかる!?」

 現状を分析できる唯一の存在であるマリアに近寄る二人。

「現在地・および・時刻測定・します!」

 そう言って空を見上げ、天上に瞬く星を使って天測を開始する。
 そんなマリアを黙って見守るしか為す術がない二人。

「北緯・46度22分17秒、東経・10度41分03秒、スイス・イタリア国境付近!」

「ス……スイスイタリアこっきょおお〜〜!!?」

 あまりに想定外の場所を告げられた美神が素っ頓狂な声を上げるが、続くマリマの報告から受ける衝撃に比べれば小さい物だった。

「時刻は22時28分56秒……11月2日…西暦1242年…!!」

   ・
   ・
   ・

「せん…にひゃく…!?」

「よんじうにねん!?」

 暗い森の中には無表情で報告を行うマリアと、あまりの事に呆然と佇む美神、西条がポツネンと存在していた。



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