フェダーイン・横島

作:NK

第40話




「ヒャクメ、美神さんと西条が移動した正確な時間はわかったか?」

「もう少し待って欲しいのねー。時間と月はわかったけど、日付と時間を割り出すのにもう少しかかる
 のねー」

 いつも持ち歩いている巨大な鞄を開けて、自分の頭にペタペタと電極のような物を張り付けて時空間をスキャンしているヒャクメ。
 彼女の能力はこういう時にこそ発揮されるのだ。

「横島さん、帰りは全部で5人になります。ヒャクメの神通力では無理なのでは?」

 作業を見守っていた小竜姫が心配そうに尋ねる。
 確かに今のヒャクメではそこまでの人数をタイムポーテーションさせる事は難しい。

「大丈夫、俺の文珠でブーストさせますから。この前小竜姫様に渡した文珠ネックレスの簡易版を
 持っていく事にしたんですよ」

「ああ! それなら大丈夫ですね! では用事が終わったらいつでも帰れますね」

「ええ、十中八九これで大丈夫だと思いますよ。ヒャクメも一緒だし、何とかなるでしょう」

 横島が既に練り上げていた対策を聞いて安堵の表情を浮かべる小竜姫。
 今回の事件で唯一心配だった点もこれで解消されたからだ。

「横島さん! 時間まで特定できたのねー! いつでも飛べますよー!」

 横島と小竜姫が何やら見つめ合って二人きりの空間を作り出そうとしたところで、ヒャクメの報告がそれをぶち壊す。
 何らヒャクメに落ち度など無いのだが、なぜか再び小竜姫の氷のような視線を感じて竦み上がってしまう。

「そうか、ありがとうヒャクメ。じゃあ行ってくるよみんな。小竜姫様、帰ってくるまでこちらの事を
 お願いします」

「わかりました。頑張ってきてください横島さん……」

 しっかりとお互いの手を握り合うと、横島はヒャクメの傍へと歩み寄る。

「ヒャクメ、貴女も頑張ってきてください。それと………横島さんに手を出したらすぐにわかります
 からね!」

「わ、わかっているのねー、小竜姫!」

 後半部分をヒャクメに近付いて耳元で囁いた小竜姫に対し、震える声で頷くヒャクメ。

「小竜姫様、何をヒャクメに言ったんです?」

 その様子を見て不思議そうに尋ねる横島。

「いいえ、別になんでもないんですよ。横島さん、ご武運を………。そして頼みますよ、横島さんの
 中の私……」

 そう言って両手を胸の前で合わせる小竜姫。
 首を少し傾げながらも、横島はチャクラを全開し一気に双文珠を創り出す。
 込められた文字は『時間』『跳躍』『同調』。
 最後の『同調』は美神達のいる時間座標を探知しているヒャクメと意識をリンクするためだ。
 この3つの文珠と全開にした横島の霊力で時空間の壁を破り、一気に過去に遡行する。

「時間跳躍を開始するのねー。みんな離れて!」

 ヒャクメの言葉に従って距離を置くみんなの前で、横島とヒャクメの姿は光と共に消滅した。






 キイィィィイン!!  バシュッ!!

 何度か行って馴染みのあるオカルトGメンの事務所から、明かりのない暗い森の中へと実体化した横島とヒャクメ。
 すかさず周囲を警戒する横島だったが、身近に敵対する意志を持つ者が居ない事を確認するとヒャクメに話しかける。

「どうやら無事着いたようだけど、周囲に怪しい反応は無いか? 一応俺の心眼モードでは何も感知
 できなかったんだが……。それと、美神さん達の現在位置も探ってくれ」

「わかったのねー。でも横島さんは心眼まで持っているなんて凄いのねー」

「ああ、これは修行の時小竜姫様に貰ったんだよ」

「小竜姫ったら横島さんには甘いんだからー。結構尽くすタイプなのねー。最近ご飯だって嬉しそうに
 作っているし、この前なんか洗濯物を鼻歌交じりで干していたのねー」

 周囲を見回しながらからかうような口調で話すヒャクメ。

「なっ…! そうかな? そんな事は無いと思うが……」

 珍しく少しだけ狼狽する横島。

「そんな事無いのねー。あんな積極的で優しい小竜姫なんて見た事無かったのねー。
 ……あっ! 横島さん、美神さん達を発見したわ。ここから西に2kmの地点を歩いているのねー。
 でも三人に接近する魔力反応があるのねー。このままでは数分後に接触するわ」

「何っ!? まずいな、それはヌルの創った人造モンスターだ。正面から戦ったら今の二人の装備
 では勝てないだろう。急ごうヒャクメ。空を飛んでいこう」

 そう言って身に付けた龍神の装具の力を開放し飛翔する。
 ヒャクメも後に続くが、場所がわかるヒャクメが前に出て先導していく。
 二人は凄まじい速度で移動を開始した。



 森の中を荒い息をしながら歩いていく3人組。
 一人は神通棍を杖代わりにしている美神であり、もう二人は霊剣ジャスティスを背負ってマリアに肩を貸している西条だ。
 マリアの足取りはかなり弱々しい。

「電圧…低下…! バッテリー警報…!! 電圧・危険値まで低下…!! スリープ・モードに・強制
 移行! …すみません・マリア・眠ります……! グッド・ラック…!」

「うわっ! マリア君!?」

 そこまで話して、警報音を鳴らせまくりながら西条に肩を貸して貰って辛うじて歩いていたマリアは崩れ落ちる。
 当然、200kgもあるマリアが何ら自重を支えなくなった場合、西条に支えきれるわけがない。
 ズシャッと地面に転がるマリアに釣られて西条も膝をつく。

「マリア…!!」

 先を歩いていた美神が慌てて駆け寄るが、マリアは完全に停止しており動く気配はない。

「駄目だな…。どうする令子ちゃん?」

「置いていくしかないわね。私達二人だけじゃあとてもマリアは運べないわ」

 分かり切っていた事だが、疲れた表情で会話する二人。

「寒い……! お金も道具もない。ヒャクメや九能市はいない、マリアは動かない……」

 緯度が高いせいで日本などより遙かに寒く、肌を斬り裂くような風に自分の身体をかき抱いて振るえる美神。
 彼女はいつものボディコン・スタイルであり、西条も室内から飛ばされたために上着など持っていない。
 夜になり、疲労と空腹がジワジワと二人の体力を削っていく。

「せめてもの救いは、西条のお兄ちゃんと一緒だっていうことだけか……」

 かつての憧れであり、現在恋人にしたい候補No.1の西条が傍にいてくれる事に、微かな希望を見出す。
 しかし、強さという意味では彼女が本当に頼りたい相手は別にいる。
 その相手が自分のものになることはないと、暗黙のうちに理解しているために普段はなるべく意識しないようにしているが、この状況では我慢する事は難しいだろう。

「令子ちゃん、向こうには横島君、小竜姫様、ヒャクメ様もいる。必ず我々を助けに来てくれるよ。
 それまで何とか頑張るんだ」

 西条も今言った面々の実力の一端を知っているだけに、彼等が何とかしてくれるだろうと言う希望を持っていた。

「ええ、そのためにもどこかビバークできる場所をさがさなくっちゃ……」

 美神がそう言って周囲を見回した時、ガサリと近くで何かが動く音がした。

「何だ? 獣か?」

 そう言って肩に掛けたホルスターから愛用のベレッタを抜く西条。

「ギョアアアーッ!!」

 奇怪な声と共に、突然木々の間から体長8mはあろうかという、巨大な石造りの鳥と爬虫類が合わさったような怪獣が襲いかかってきた。
 その爪による一撃を咄嗟に飛び退いて避ける美神と西条。

「馬鹿な!? こ、これは……」

動く怪物の石像(ガーゴイル)だわ…!? なぜこんなものがいるのよ!?」

 相手の正体を看破した二人だったが、そのあまりの非常識さに戸惑う。
 いかに中世とはいえ、本来そんなものがうろつき廻っている筈がないのだ。

「クケエエッ!!」

 口を大きく開けて叫び声を上げると、ガーゴイルは二人に攻撃を仕掛けるべく襲いかかる。

「キシャ〜!!」

 神通棍を持つ美神を最初のターゲットとしたようで、その巨体を持って叩き潰そうとする。

「令子ちゃん! 援護する!!」

 ガンガンガン!

 側面から西条が拳銃を連射する中、気を取られたガーゴイルに対して跳躍し、霊力を込めた神通棍を振りかぶって渾身の一撃を加える。

 キンッ!

 しかしガーゴイルの分厚い装甲はその一撃をも苦もなく弾き返した。

「こいつ、装甲が分厚くて…神通棍じゃ歯が立たない!!」

「拳銃(銀の弾丸)も効かないぞ!」

 着地すると同時に距離を取った美神が呆れと焦りを同居させた表情で叫ぶ。
 西条も自分の手持ちの装備では勝ち目がないと悟り悔しそうだ。


「しょーがない、今は逃げるしかないぞ!」

「手持ちの精霊石は3個か……。これで逃げ切れるかしら?」

 そう言ってそれぞれが持つ精霊石に手をやる。
 その時……。

「はあっ!!」

 裂帛の気合いと共に空から急降下してきた何かが強烈な一撃をガーゴイルにお見舞いした。

 ドゴオォォオン!!

 爆煙と共に頭部が消し飛び、ドサリと機能を停止して倒れ伏す。

「美神さーん! 西条さーん!」

 続いて空中から聞こえる懐かしい声。

「ヒャ、ヒャクメ!?」

「すると今の攻撃は……横島君!?」

 ヒャクメの声が聞こえ、見上げた先にその姿を確認するとホッと安堵の表情を浮かべる。
 そして自分達を救ってくれたであろう存在へと顔を向ける。
 そこには飛竜を右手に持った横島が、普段通りの表情で立っていた。

「美神さん、西条さん。今回はえらく遠いところまで飛ばされましたね」

 あの強敵であるガーゴイルを一撃で倒した横島がやれやれという表情で口を開く。

「よかった! 助けに来てくれたの!?」

 美神が喜色満面といった表情で駆け寄る。
 無論西条も同様だ。

「ええ。ヒャクメのおかげで二人が飛ばされた先がわかりましたから迎えに来たんですよ。でもこんな
 ヤツがうろついているとは予想外でしたね」

 無論嘘である。
 ほぼ全てを把握している横島とヒャクメだが、この二人にそんな事を言えるはずがない。

「二人とも無事で良かったのねー。二人に魔力反応が近付いているというのが見えたから、急いで
 追いかけてきたのよ」

 着地したヒャクメもホッとしたような表情で告げる。

「そう、ありがとうヒャクメ。それに横島君も……。でも助かったわ。こんな化け物に襲われるなんてね」

 そう言って感動の再開を楽しんでいた一同だったが、横島とヒャクメが鋭い視線を近くの茂みに向けるのに気が付き、慌ててそれぞれの武器を構えようとする。

 ヒュンッ!

 茂みの中から中型犬ぐらいの四つ足のモノが現れ、威嚇するように唸り声を上げる。
 その姿形はどう見てもこの時代に存在しないはずのメカニック的なモノだ。

『ドクター・カオスが作ったバロンだな……』

『そうみたいね。でもカオスって昔は凄かったのね……』

『本当ですね。マリアさんを見ればわかることですが、全盛期ですからねぇ……』

 美神達に聞こえないように、頭の中だけで融合しているルシオラ、小竜姫の霊基構造コピーの意識と会話する横島。

 自分達を睨み付けるように唸るイヌ型ロボットに、新手が来たのかと撤退しようとする西条、美神。

「新手かしら?」
「わからないがこの状況は普通じゃない! 横島君、ここはひとまず引き揚げた方が良いんじゃ
 ないか?」

 すでに動き出す体勢を整えて尋ねる美神と西条。
 しかし落ち着いた表情で答える横島。

「いえ、下手に動かない方が良いですよ。感じませんか? この周辺に人の気配が複数ある
 のを…。どうやらこの辺の人達のようです」

「そうなのねー。妙に殺気立っているというか、私達を恐れている様子なのねー」

「それにこの辺には彼等の罠があるかもしれませんよ。下手に動く事は危険です」

 ヒャクメの補足説明によって自分達がどうやら囲まれているかもしれない、と気が付いた美神達は慌てて周囲を見回す。
 元々対人戦のプロではない二人では、そこまで気が付かないのは当然だったかもしれない。

「皆さん、我々がこの化け物を倒したのを見ていたでしょう? 我々は道に迷った旅の者です。
 少々力を持ってはいますがね。皆さんに危害は加えませんから出てきたらどうです?」

 そんな二人を尻目に周囲に大声で話しかける横島。

 ガサッ……
 ザザザッ……

 その言葉に釣られるかのように、周囲の草むらからゾロゾロとこの時代の庶民の服装をした人々が姿を現す。

「お、お前ら魔女じゃないのか…?」

「あのモンスターを一撃で倒すなんて…本当にただの人間か?」

 警戒と怯えが同居した眼差しで尋ね掛ける村人達。

「魔女? どういう定義が魔女なのかは知らないけど、我々は悪しき妖魔を倒しながら旅をしてきた
 冒険者です。実は道に迷っていて人の気配がする方へとやってきたら、この化け物と遭遇したって
 ワケなんですが……。」

 穏やかな、そして相手に安心感を感じさせる表情と物腰で話しかける横島。
 この辺の手際と話術はさすがとしか言いようがない。

「もし貴方達がモンスターによって被害を受けているなら、我々が相談に乗りますよ。貴方達の村長
 か指導者に会わせて貰えますか?」

 あくまでも穏やかな態度をとり続ける横島に、村人達の警戒感も少しだけ和らぐ。

「ねえ、ヒャクメ……。私何回か見てるんだけど、横島君って何であんなに相手を信用させるのが
 うまいのかしら? 悪用したらすごい詐欺師になれるわよ……」

「確かに横島さんはこういう場面で相手を引き込むのが得意ですねー。まあそれだけじゃないんです
 けどねー。横島さんだから悪用するとも思えないけれど…」

「しかし……本当に巧妙だな………。彼は本当に17歳なのか?」

 3人がそれぞれ言いたい事を言っている間に、村人達は横島達を敵ではないと認識したようだ。
 無論、この結果は横島の話術だけの成果ではない。
 彼はそっと文珠『和』を発動させて相手の高ぶった精神状態を落ち着かせ、その上で巧みな話術を使ったのだ。
 何しろ興奮した群衆相手には理屈など通用しない。
 群衆の集団パニックの恐ろしさを知っている横島ならではの処置である。
 ヒャクメだけはその心眼で文珠を発動させる横島の姿を捉えていたのだ。

「みんな、あの人達の村に案内して貰える事になったよ。マリアも運んでくれるってさ」

 にこにこ顔で交渉の結果を伝える横島に、呆れ、感心、疑念という三者三様の表情で頷く。
 こうして彼等はマリアの顔と名前のモデルであるマリア姫と会う事になる。






「さて、帰るのはヒャクメが居るから問題ないとしても、さすがにこう大勢に囲まれては難しいです
 ね……」

「私だけのエネルギーだと難しいけど、今回は横島さんのエネルギー増幅用文珠の助けがある
 から、全員を無事に元の時間に連れ戻す事が可能ですよー」

 帰る事自体には問題ないと美神達を安心させると、ヒャクメが胸を張って自信満々にカラクリを説明する。
 ぶっちゃけた話、ここで村人を全員文珠で眠らせれば問題なくさっさと現代に帰る事ができる。
 これから何が起きるかがわかっている横島にその気がないだけだ。

「でもここに長居するのは危険よ。魔女狩りが盛んになるのはもっと後の時代だけど、この時代
 だって魔女にされたらただじゃ済まないわ」

「その通りだ。この時代のヨーロッパでは、カトリックの教えからはみ出しているものはそれだけで
 罪になる。令子ちゃんやヒャクメ様のような身なりをしていたらリンチされるかもしれないよ」

 一応拘束もされずに民家の一室に通されているものの、それ相応に歴史に通じている2人は最悪の事態を予測して口を開く。

「そうかもしれませんが……こっちにも神様はいますから大丈夫ですよ、なあヒャクメ?」

 この場合、神様は神族であるヒャクメを指しているのだが、一神教であるカトリックではどう考えても異端だ。
 実際にキーやんはそんな事を望んではいないのだが……。

「でもGSの能力なんて異端以外の何者でもないわ……! 最悪魔女裁判ってことも……」

「そう心配せずとも良い!」

 美神が言いかけたところで、それを遮る女の声が聞こえ入り口にどこか既視感を感じさせるシルエットが浮かんだ。

「姫様!」

 見張り役としてドアの外に立っていた村人の声を背に受けて入ってきた女性は……先程のロボット犬を引き連れ、マントを羽織った彼等にはお馴染みの容貌をしていた。
 それは髪型がやや異なり髪の色こそ異なるものの、どうみても彼等の連れであるマリアと瓜二つなのだ。

「へえ……成る程」

 横島が発した小さな呟きはヒャクメにしか聞こえなかった。

「ここは私の父の領地じゃ! 私も父上も魔術には寛容故、悪しき魔女でないなら非道はせぬ」

 そう言いきった娘の表情は警戒感こそ浮かんでいるが、十分に理性を保っており冷静に話し合いが可能な事を示している。

「―― あんた、この辺の領主の娘?」

「左様じゃ!」

 美神の問いかけにもきっぱりと返答する。

「むっ…! その犬はさっきの…?」

「質問するのは私だ! お前達が敵か味方かさえわかっていない! あそこで何をしていたのか
 聞かせて貰おう! それにお前達が運ぶのを頼んだこれは何だ? 人の形をしてはいるが
 こいつは鉄で出来ている…!」

 西条の疑問を遮って尋ねる女性の横には、村人が運んできたマリアが荷車の上に横たわっている。

「よかった。マリアも無事回収されたか」 

 横島が安堵の溜息と共に漏らした言葉に女性が反応する。

「な…!?」

「マ…マリアだと…!?」

 後ろにいた警護役の村人がざわめき始める。

「し、静まれ…!! どういうことだ!? なぜこの人形が私と同じ名なのだ!?」

「―― え!? じゃ、あんたもマリアって言うの!?」

 今や横島達の正体よりアンドロイド(人形)の名前が自分と同じ事に注意が向いている女性に驚く美神。

「答えは簡単。貴女の横にいるロボット犬と同じ存在なんですよ、そこに横たわっている…あなた方
 の言う人形は。ドクター・カオスが作ったヒトガタ機械で名前はマリアというんです。
 貴女がマリア姫ですね? カオスから貴女の事は聞いています。でもこちらのマリアを人形とは
 言わないでください。彼女にも魂はありますから」

 いきなり爆弾発言をする横島。
 しかし、マリアの事を人形と呼ぶなと意志を込めた眼で見据える事も忘れない。

「う、うむ…。しかしお前達、カオス様を知っておられるのか!?」

 ドクター・カオスの名前を出せばこの場を丸く収められる事を知っていた横島は、とりあえず賭けに勝った事を知った。
 しかし、この後いよいよ本題である厄介事が降りかかってくるのだが……。






 何やらどす黒い妖気が漂う城……。
 その一室にこの時代にそぐわぬ巨大なスクリーンと機械装置を前に佇む、ローブを羽織った一見悪徳商人というイメージの長身の男。
 後ろ姿からはその表情は伺えないが、城の持つ陰惨な気配はこの男から発しているようにも見えた。
 男が黙って見つめるスクリーン上で、今光点が一つ消え去った。

「ガーゴイルTFC02577の反応が西の村で消えた……。どうやらネズミ達はあの辺りのようですね」

 そう呟くと男はチラリと後ろを向き、背後に影のように控える騎士らしき男に声を掛ける。

「ドクター・カオスも戻ってきているかもしれません。行って捕らえてきなさい。火竜クラスの人造
 モンスターを連れて行って構いませんよ」

「はっ!!」

 短く答えると影はすぐさま部屋を出ていく。
 その態度からは君主の命令に忠実な部下だとわかる。

「ドクター・カオス……。是非会ってみたい。彼の留守中にここを訪れたのは不運でした。彼なら
 『我々』の野望にも理解を示してくれると思うのですが……。できれば良い友になりたいものです。
 天才は天才としか解り合えないものですからね……!」

 不気味な笑みを浮かべつつ、男は眼前の巨大スクリーンへと視線を移す。
 そこには現在彼が支配している領地の地図が映っており、出動させたモンスターの位置が光点となって表されていた。
 もし目的のカオスを捕らえられなくても、誘き寄せるための餌となる人質は最低限確保できるだろう……。

「だが……ゲソバルスキーだけではいささか心許ないですね。ここは一つ性能テストも兼ねてこの前
 先行試作体が完成した人造妖魔も繰り出してみましょう」

 そう言うと目の前にある機械を操作する。
 
「これでいい……。あの鼻っ柱の強いマリア姫が力ずくで私のモノに……。ククク、胸が高鳴りますね」

 暗い情熱というか狂気のようなモノを纏い、男はニヤニヤと歪む顔を隠そうともしない。
 なぜなら部屋には自分しかいないのだから……。
 どす黒い妖気を漂わせた男は低い笑い声を上げながら部下からの報告を待つ事にした。






「私の父はオカルト関係の品々や書物の収集家で、教会の弾圧から辺境に逃れてきた魔道士や
 魔女をかくまったりする事はしょっちゅうだった。数年前、ドクター・カオスは父に保護と研究の後援
 を求めてやってきたのだ」

「―― いわゆるパトロンって言うヤツね」

「この頃から既に金に困っていたのか、カオスは……」

 カオスの名前を出した事で何とか打ち解けたマリア姫と横島達は、遅いながらも食事をご馳走になった後に状況の整理を行っていた。
 西条、美神、横島の事はすんなりと受け入れられたマリア姫だったが、未だ停止中のマリアと神族と紹介されたヒャクメに関しては何となくどう扱って良いかわからないようだった。
 この辺は一神教が国教である世界に育った彼女ではやむを得ないだろう。

「―― あの方は本物の天才だ! 多くの錬金術師を見てきたが、あれ程の人物を私は他に
 知らぬ! この『バロン』も彼の手により造られたものだ」

 そう言いながら隣で蹲るバロンを優しく撫でるマリア姫。

「しかし、貴方がたはどこでカオス様と知り合ったのだ?」

「まあ、何というか…説明は難しいんだが……。一緒に仕事をする事になるからね……。それで
 カオスは今どこに?」

 マリア姫の問いに答えを渋る横島。
 彼女に未来から来た、という事を理解させるにはカオスが一緒でないと無理だろうと思ったのだ。
 話題を変えるためと肝心な事を確認するために、逆に質問を返す。

「一月程前から地中海の方へ出かけている。あの辺りでは今、吸血鬼が猛威を振るっているらしい
 のだ。カオス様も本当はローマなどで認められ、こんな田舎領主よりももっと豊かな後見人を見つ
 けたいのだろう……。吸血鬼を退治して名を上げると仰っていた」

 そう答えるマリア姫の表情には寂しさが宿ってた。
 カオスの名前が上がる事は嬉しいが、それによって彼が自分の元を離れていく事への寂しさなのだろう。

「大丈夫、貴女のカオスはどこにも行きやしないよ。だって……」

「姫さま!! 大変です! プロフェッサー・ヌルの部下共がここを…!!」

 そんなマリア姫を慰めようと言いかけた横島の言葉を遮るように扉が荒々しく開かれ、息も絶え絶えの村人が大慌てで飛び込んできた。

「何ですって!?」

 一転して厳しい表情で立ち上がるマリア姫。
 話に付いていけない美神と西条は怪訝そうな表情をする。

「横島さん、馬に乗った騎士団15騎と巨大な魔獣が1匹やって来るのねー。どうやらやる気みたい
 ですねー」

 ヒャクメがその千里眼で視た光景を横島に報告する。

「見えるのか!?」

 驚いたようにヒャクメを見るマリア姫に、頬を膨らませて答えるヒャクメ。

「さっきから言っているように、私は神族なのねー。そのぐらい当然ですよー」

「ヒャクメは千里眼を持っていて、透視から遠見まで色々な事ができるんだ」

 横島がフォローを入れる。

「ねえ、ヌルって何?」

「ドクター・カオスの留守中に現れた邪悪な錬金術師なのだ…!」

 憎々しげに吐き捨てると家の外へと歩き出す。

「ど、どーしよう……?」

「うーむ、事情がさっぱりわからないからね……」

 片や道楽とはいえ公務員、片やお金にならない事は嫌いなGS。
 躊躇する理由はかなり違うが、二人とも状況もよく分からないのに紛争当事者の片割れに組みする事の危険性を思い巡らす。
 村人が善とは限らないのだ。
 そして横島とヒャクメの方を伺う。
 横島はと言うと、いきなり文珠を出してマリアに押し当てる。
 光と共に一瞬でエネルギーが回復し眼を開けるマリア。

「………プログラム・再起動。……横島・さん…?」

「よお…眼が覚めたかマリア?」

「はい! 横島さん・マリア・会いたかった…」

「エネルギーはどうだ?」

「大丈夫・です。充填率・100%です」

「ならいい。もうすぐカオスに会えるぞ」

 頷きながら立ち上がるマリア。 
 それを見届けて横島は自分を見る美神達に振り返る。

「俺は彼等に手を貸します。魔獣なんてこの時代でもおいそれといるはずがない。どうもきな臭いじゃ
 ないですか」

「大丈夫なのねー。この人達は悪い人達じゃないのねー。私が保証しますよー」

 そう言ってマリアと共に姫の後を追う横島とヒャクメ。

「まあ…ヒャクメがそう言うなら……」

「ああ、横島君もやる気みたいだし…ここではぐれても帰れないしな……」

 残る二人も腹をくくり外へと向かう。
 戦いは漸く始まろうとしていた。



BACK/INDEX/NEXT

inserted by FC2 system