フェダーイン・横島

作:NK

第42話




「あのカオスと一緒にいた者達は何者なのでしょう? 一人は明らかに神族でしたし、あとの連中は
 人間だったみたいですが、ただ者ではないようです。
 連中の会話では別の時代からやって来たようでしたから、時間移動能力者があの中にいるよう
 ですね」

 スクリーンを前に何やら思考にふけるヌル。
 コボルトが一体だけまだ残っている事はわかっていたが、なぜか万が一のためにモニター装置代わりに持たせた立体映像装置となかなか通信が繋がらなかった。
 漸く装置の反応が現れたのだが、何かにジャミングされているらしく向こうの様子は不明だし、こちらからの通話も出来ない。
 いろいろと試していたら突然、装置との通信が回復しマリア姫の声が聞こえてきた。
 何やら他の女と口論しているようだが、カオスという単語が出てきているのでドクター・カオスもいるのだろう。
 しかし、声の種類から相当数の人間がいるようでカオスの特定は出来ない。
 そこで自分の姿を投影してカオスを勧誘しようとしたところ、いきなり神族に見つかってしまったのだ。
 しかも、断片的に聞こえた会話から推定するに、カオスと一緒にいたのは時間逆行者なのだろう。
 無論、この装置との通信回復の絶妙なタイミングは、横島の意図によるものだ。
 彼は文珠を使って通信波をジャミングしていたのだから……。

「ごく稀にそういう力を持つ者がいると聞いていましたが、実物に会えるとは実に幸運です!」

「では、あの女は殺さないのでありますか?」

 後ろに控えているゲソバルスキーが意外と言った表情で尋ねる。

「勿論殺しますよ、最終的にはね。何しろ同行している神族に私が魔族である事がばれてしまい
 ましたからね。幸いあの神族は戦士系ではないようですし、魔族上層部からは時間移動能力者は
 始末するようにとの通達が出ています。事が大きくなる前に連中の口を塞がなければなりません」

 そこまで真面目な表情で話していたヌルはニヤリと口を歪める。

「ま、仕方がありません。……しかし、時間移動能力者は二、三ヶ月手元で研究した後、解剖する
 ぐらいは構わんでしょう。できれば美しい女性であってほしいですね。
 うふふふふふ……! 女を切り刻んで分析…!! 胸が高鳴る…っ!!」

 手をワキワキさせながら光悦の表情を浮かべるヌルは、思いっきりヤバイおっさんである。

「―― ヌル様はマリア姫がお好みと思っておりましたが……」

 冷や汗を垂らしながら口を挟むゲソバルスキー。

「時間移動能力者はあくまで研究対象です! これは知的好奇心なのですよ!」

「区別が付かないのですが……」

「尤も……あの鼻っ柱の強いマリア姫が力ずくで私のモノになるところを想像しても同じくらい胸が
 高鳴ります!」

 すでにヌルの表情は凶相とでも言えばいいのか、かなりヤバイモノへとなっている。
 この魔族、なかなかにサディスティックなところがあるようだ。

『変態……と言う奴だな……』

 ゲソバルスキーはそんな主を見て心の中で呟いた。
 別に聖人君主じゃなくてもいいから……否、魔族なんだから仕方がないが、もう少しまっとうな性癖の持ち主であれば使える方としても肩身が狭くないのだが……。
 この辺、中間管理職の悲哀が滲み出ている。

「あーっ……ヌル様、ではカオス一行への攻撃はいかが致しましょうか?」

 このままでは主人の見たくもない表情を見続ける事になると判断したゲソバルスキーは話題の転換を試みる。

「むっ! あぁ…そうでしたね。……ふむ、現在出撃可能なモンスターはどれぐらいいますか?」

「はっ! ガーゴイルが3体、カオス探索より帰投して待機状態です。火竜はプロトタイプ1号が
 倒されたため、残りは最終調整中で出撃できません。巨獣タイプはガーゴイルだけです。亜人間
 タイプは先行試作型の20体が全てロストしたため、城内警備用のオーガー10体のみです」

 ゲソバルスキーがスクリーンに表示されたデータを見ながら報告する。

「思ったより少ないですね……。連中はそれなりの力を持っています。戦力を分散出撃させると各個
 撃破される恐れもありますね。まずは連中の隠れ家を見つける必要があります。
 雑魚ソルジャーを4名1組に編成して連中を捜させなさい。見つけ次第全軍を持って叩き潰します」

「では直ちに……」

 そう言って命令を伝えるために下がるゲソバルスキーから視線を外し、再びスクリーンに眼を向ける。
 ヌルの判断は軍事的には正しい。
 相手の居場所も分からず戦力を分散することは褒められた事ではないのだ。
 彼のミスは、カオス達が積極攻勢に転じる可能性を失念していた事だった。

「開門! 探索部隊が出るぞ!」

 城門が開かれ4騎ずつのグループに分かれた騎士が方々へと散っていく姿を見下ろしながら、ヌルは再び楽しい妄想の世界へと戻っていった。






「横島さん、奴らは4騎ずつの小グループに分かれて方々に散ったみたいですよー」

 虚空を睨んでいたヒャクメが横島の方を向いて報告する。
 さすがのヌルも横島達と一緒にいる神族がヒャクメであり、透視から霊視、果ては遠視まで出来る存在だとは気が付いていなかった。
 このような戦闘において、正確な情報は何より貴重である。

「奴らめ、我々の居場所を探し出して総攻撃を掛ける気だな」

 カオスがヌルの思惑を正確に読みとる。

「ところでカオス、ヌルって奴は何でこんな電気もないような時代にあれだけ大掛かりな研究・生産
 設備を稼働させられるんだろうな?」

「ふむ……さすがだな。その点に気が付いているのか……。おそらく奴は何らかの強力な
 エネルギー源を持っているはずだ。それを破壊してエネルギー供給を断たない限り、奴を倒す
 事は難しいぞ」

「それってどういう事よ?」

 傍で話を聞いていた美神が尋ねる。

「美神さん、香港での元始風水版の時の魔族、マンティアを覚えていますか?」

「え…ええ、確か魔界のエネルギーによって自分が人界で使える能力を引き上げた奴よね?」

「そうです。おそらくヌルも同じような状態でしょう。だからヌルを効率よく倒すには、エネルギー源を
 断って奴を弱体化させた方がいいんですよ」

「なるほど、魔族が本来持つパワーを発揮されたらなかなか勝てないからね」

 横島の説明に納得する西条と美神。

「それじゃあどうするのよ、横島君?」

 美神としては、マリア姫に化けた西条か横島を引き連れて、投降したように見せかけて潜入するしか作戦がなかった。

「敵の戦力は今分散していますからね、これはチャンスですよ。
 カオス、この前倒した敵騎士の甲冑ってあるか?」

「ああ、村に行けば沢山転がっていると思うが……。一応調査のために2体ほど運び込んでいるぞ」

「じゃあこっちも攻勢に出るとしますか」

 何でもない事のように言う横島。

「だが横島君、敵の戦力はかなり多いぞ。まさか誘き寄せて壊滅させるつもりじゃないだろうね?」

 西条の懸念は尤もである。
 確かに敵を誘き寄せ地の利を生かして足止めする事は可能だろうが、こちらには決定的に打撃力が不足している。

「そりゃあさすがに無理ですよ。こっちの最大の利点はヒャクメがいるっていう事です。奴らも自分達
 の行動が筒抜けだとは思わないでしょう。俺の考えた作戦はこうです……」



「奴らめ……こんなところにいるのかね?」

「そうぼやくな……。こういう所程隠れやすいだろう」

 そんな事を言いながら暗黒騎士達は両側を崖に挟まれた一本道をゆっくりと進んでいた。
 ここは領地の外れに位置する山岳地帯への入り口だ。
 年中霧がかかって視界が悪く、自分達が魔属性でなければ悪魔や妖怪を恐れるところだろう。

「ちっ! こんな所の探索とは外れをひいちまったな……。さっさと切り上げて帰ろうぜ」

 ヒュンッ! ドサッ!!

「……おい?」

 前から3番目で馬を進めていた騎士は話しかけたのに答えない同僚に振り向く。
 そこには落馬して首と胴体が泣き別れした甲冑が転がっていた。

「うっ!? て、てき…ウグッ!!」

 大声を上げようとした時に、遙か前方から伸ばされた針のように細い霊波刀がその首を跳ね飛ばした。
 さすがに二人も倒されれば前の二人は気が付く。

「むっ! 敵襲か?」

「この霧では相手がわからんぞ!」

「そういう事だ。緊張感が無さ過ぎだね」

 オロオロする騎士達の前に横島が姿を現す。

「馬鹿め! わざわざ姿を現すとは。死ねっ!!」

 そう言って馬上から槍を突き出す騎士だが、彼等は自分の役割を忘れていた。
 ここはすぐに引き上げて連絡を入れるべきなのだ。

 横島は繰り出された槍を危なげなく躱すと、突き出された槍の穂を踏み台にして跳躍し、すれ違い様に相手の首筋を霊波刀で斬り裂く。
 相手が甲冑を着ている以上、残酷なようだが一番効率よく倒す方法なのだ。

「ひっ…!」

 実力差に気が付き、慌てて馬を返そうとした残りの1騎だったが時既に遅く、栄光の手を集束してパイル状にした槍を横島が瞬時に延ばして胸板を貫く。

 ドサッ…!

「横島さん…倒したの?」

 霧の中からヒョイと現れたヒャクメが尋ねる。

「ああ、雑魚ソルジャーなんて、平行未来ではこの頃の俺にも楽に倒せたからな。チョロいもんだよ。
 それよりヒャクメ、敵が気が付いたかどうかトレースよろしくな」

「大丈夫、そういう事なら任せて欲しいのねー」

『ヒャクメは今回、大活躍ですねぇ……』

『本当ね。戦いに情報が重要だとは分かっているけど、こんなにヒャクメさんが頼もしく見える事って
 少ないわよね……』

「そこっ! 何か酷いのねー。私はいつでも優秀なのねー」

 横島の魂に融合している小竜姫とルシオラの霊基構造コピーの意識が感慨深そうに呟く。
 今回の作戦はヒャクメがいる事によって成立していると言ってもよい。
 敵の動きが逐一わかるので、こちらはいかようにも相手の裏をかけるのだ。

「やっぱりヌルは部下の動きをトレースしているみたいなのねー。この近くの探索隊がみんなこっち
 に向かい始めたわ。ガーゴイルも1体いますねー」

『だそうよ、ヨコシマ。この連中をここで待ち受けて壊滅させればいいのね?』

 ヒャクメの報告を聞いて尋ねるルシオラの意識。

「そう言う事。戦闘開始と同時に文珠でこの辺一体にジャミングをかけるから、テレパシーや念話
 以外の手段で通信はできなくなる。そうしたら敵の騎士に化けた美神さんと西条が動き出して
 城に向かい、俺達も『転移』を使って合流するというわけだ」

『そして城内で暴れてヌルの気を逸らし、その隙にカオスさん達が侵入、地獄炉を止めるというわけ
 ですね』

 小竜姫の意識の確認に頷く横島。

「横島さん、連中は直接ここに向かうのではなく、一旦合流してから進撃して来るみたいですよー。
 その数およそ12騎にガーゴイル1体。ここに来るのは大体30分後ですねー」

『いよいよねヨコシマ』

「そういうこと。さて、こちらから出向いて派手に始めますか…」

 そう言ってニヤリと人の悪い笑みを浮かべる横島。
 せいぜい派手に歓迎してあげなければ……。
 何しろ自分達は囮なのだから。






「ほう……、18番隊からの反応が途絶えましたね。どうやらネズミはあの辺りにいるようですね」

「ここは……なかなか攻めにくい所に籠もりましたな」

 ゲソバルスキーが呻くのも無理はない。
 そこは急峻な山が連なり、かつては他国からの侵入を防ぐための城塞跡が残されている場所だった。
 ここを攻めるには狭い道を進軍せねばならず、大軍を動かし難い上にねらい撃ちされる恐れが大きい。

「残念ながら空飛ぶモンスターは完成していませんが、所詮は農民主体。ガーゴイルを使えば攻略
 は十分可能でしょう。ゲソバルスキー、行って指揮を執りなさい」

「はっ! お任せ下さい」

 そう言って勇んで出ていこうとする部下の背中に声をかける。

「そうそう、現地で合流しようなどと考えず、きちんと合流してから進軍するんですよ」

「はぁ…なぜでしょうか?」

「カオスには飛行戦闘メカがあるんでしょう? それを使われて各個撃破されてはかないません。
 一気に大兵力で押しつぶすんです」

「わかりました!」

 納得顔で頷くと、ゲソバルスキーは直属の部下50騎を引き連れて出撃していく。
 近くの探索隊を終結させつつあるので、最終的には人造モンスター2体、騎士団70騎となるだろう。
 城を挟んで反対側のエリアを探索している部隊は間に合わないだろうが、なにより人造モンスターが2体いれば楽勝だと踏んでいた。

「ふふふ………これで邪魔者は一気に滅ぼせそうですね」

 ヌルが見守るスクリーンの中、部隊は続々と合流点に向けて終結していく。
 それを満足げに見ていた表情が、次の瞬間一変する。
 いきなり全ての反応が消えたというか乱れたのだ。

「これは……ジャミング!? しまった! 各個撃破をかけるのか!?」

 すかさず一番狙われるのはどこかと思考を巡らす。
 そして出した結論は、敵の目標は合流点に既に終結済みの部隊だと。
 未だ20騎にも満たないし、1体だけならガーゴイルといえども死角もあるし攻めようもある。
 慌てて各隊に持たせた通信機を使って指示を出そうとするが、それは既に不可能となっていた。



 時間は少しだけ遡る。
 ヒャクメによって敵の動きを全て掴んでいる横島は、即座に移動して合流点に終結しつつある部隊のすぐ傍までやって来ていた。

「ヒャクメ、残りの部隊で一番早く到着するのはどれぐらいだ?」

「そうですねー。約15分というところですか……」

「じゃあ、この『通信』と『乱』の文珠を持っていてくれ。発動させたら攻撃をかける」

「わかったのねー。でもこの単文珠、こっちの双文殊と同じくらいの霊力が込められていますねー?」

 渡された文珠を凝視したヒャクメが首を傾げる。
 それはそうだろう、単文珠はどうやっても双文殊より込められる霊力は少ないし、効果も一回限りなのだ。

「ああ、ヒャクメなら教えても構わないか。その単文珠は俺がチャクラを全開にした状態で創った
 文珠だからな。文珠はそれを創り出した時の霊力によって込められる霊力の最大値が決まるんだ
 よ。だからこっちの第5チャクラ(喉)までを廻した状態で創った双文殊とほぼ同じ霊力なのさ」

「へえー、文珠って面白いのねー」

 感心したように呟くヒャクメの頭をポンと軽く叩いて横島は移動を開始する。

「大人しくしていろよ! でも、もし見つかっても雑魚ソルジャーなら問題なく勝てるから頑張れよ!」

 そう言って岩陰に消える横島の後ろ姿を見送ったヒャクメは溜息を吐く。

「横島さん……その優しさは罪なのねー」

 そう言いながらもきちんと思考を切り替えて戦いへと意識を集中する。
 手に持った文珠が光り輝き、辺り一帯の通信を妨げ始める。

 数分後、豪快な爆発音が辺りに響き渡った。



「暇だよなー」

「ああ、隊長が来るまでここで待機だもんなぁ……」

 本来、一番狙われやすい状況にあるはずなのに緊張感ナッシングな探索隊の面々。
 明らかに農民風情と侮っている。
 しかし、カオスが本当に空から攻撃をかけてきたらどうするつもりなのだろう?

 ガサッ!

「あん? 獣かなんかか?」

 そう言って物音がした方に眼を向けると……そこには見た事のない格好をした青年が立っていた。

「むっ!? あからさまに怪しい奴!」

「捕らえろ! 何か知っているかもしれん!」

 馬から下りて休憩していた騎士達が側に置いてある槍を手にとって立ち上がる。

「ジャミングしてあるから気が付かれる恐れはないな……。じゃあ皆さん、さようなら〜」

 横島はジャミングの状態を確認すると、いきなり1,000マイト近い霊力を込めた単文珠を創り出し、『爆』の文字を込めて放り投げる。
 これは横島が現在、第3チャクラ(臍)までを廻した状態だからである。 
 そしてサイキックシールドを張ってすかさず地面に伏せる。

「馬鹿めっ! そんなもので我々が……「ズガアァァァン!!!」」

 バカにしたような口調で先頭の騎士が言い放っている途中で、投げられた文珠が閃光と共に爆発し周囲の全てを薙ぎ倒す。
 その高熱と爆風でことごとく吹き飛ぶ馬や雑魚ソルジャー達。

 カラッ………

 爆煙の中立ち上がり霊波刀を出す横島。
 おそらくあの程度ではガーゴイルは倒せていないだろう(ダメージはあっても)。

「おう、相変わらずすげー威力だな。さて、さっさと倒してみんなと合流するか……」

 そう言って心眼を輝かせてガーゴイルの位置を探る。

 ズシャ……

 ガーゴイルは爆発のダメージを負ったまま立ち上がり、目標である横島を捜す。
 爆煙が晴れてきたために、正面に立っている人影を確認し一際大きく鳴くと突進を開始する。

 キシャアアァァァ〜!!

 その巨体を生かした突進を10m近くまで跳躍して躱す横島。
 この恐るべき跳躍力は、龍神の装具を身に付けている横島ならではだ。

「発っ!!」

 そして空いている左手から集束霊波砲を放つ。
 ビームのように細く絞り込まれた霊波砲は分厚いガーゴイルの装甲を貫き、首の部分を損傷させる。

「伸びろ! 栄光の手!!」

 先程同様、細いパイル状に集束された霊波刀が瞬時に伸びて破損部から内部を破壊して反対側へと貫通する。
 その一撃で破壊された首から上が千切れて吹き飛び、活動を停止して大地に倒れ伏すガーゴイル。

「やれやれ、何とか倒したか…」

 着地して敵が動きを止めた事を確認すると、のんびりと呟くが即座にヒャクメが待つ場所へと移動する。
 
「横島さん、流石なのねー。連中を呆気なく倒すところをここで見ていたのねー」

 千里眼で一部始終を視ていたヒャクメが高揚した表情で話しかけてくる。

「戦いは一瞬だったけど、これもヒャクメが敵の動きを全部トレースしているからさ。
 ありがとな、ヒャクメ」

 何ら裏のない気持ちで感謝の言葉を言われて、ヒャクメはこれまでにないほど顔を綻ばす。

「私は戦士系じゃないから、こういうことでしかお役に立てないのねー」

 それでも自分が戦いで無力だと思っているヒャクメは自分を卑下する言葉を吐く。

「そんな事無いって! 大きな戦いになればなるほど、情報戦が重要になってくるんだぞ。ヒャクメは
 貴重な戦力さ。さあ、文珠を使って移動しよう。この先にはカオス特製の地雷を埋め込んである。
 何騎か吹き飛べば連中も慎重になるから動きはさらに遅くなるさ」

 頷くヒャクメの腕を掴むと、横島は文珠を発動させてその場から姿を消した。






「おのれ! これでは戦況が全く分かりませんね……。まさかこの時代に人界でジャミングを受ける
 とは思ってもみませんでした」

 スクリーンの前で苛々としているヌルだが、いかんせん打開策はない。
 その時、いきなりジャミングが止んでスクリーンに各部隊を表す光点が復活する。

「おっ! ジャミングが消えた…。先行部隊はどうなったでしょうね?」

 なぜジャミングが消えたのかという疑念はあったが、状況を確認する方が先だと合流点へと視線を向ける。
 だが、その場所には何の反応も映ってはいなかった。
 ジャミングを受ける前にそこにあった反応は全て消えていた。
 試しに通信を試みたが、答えは返ってこない。
 ここから導き出される結論は一つしかない……。

「おのれっ! さすがはカオスといったところですか……。こうも鮮やかに我らの裏をかくとは。
 ゲソバルスキー!!」

 ギリッと歯ぎしりをすると、自らの腹心を呼び出す。

『はっ! なんでしょうか、ヌル様!?』

「合流地点にすでに到着していた部隊が全滅したようです。おそらく敵が各個撃破してきたので
 しょう。直ちに今お前のいる場所を基点に、残った部隊の集結を行いなさい。そして一気に踏み
 つぶすのです!」

『わかりました! 必ずや連中を倒して見せます!』

 ゲソバルスキーとの通信を終えると、ヌルは残りの全部隊に現状と新たな命令を出して全軍の終結を急がせようとする。
 だが通信が回復してから十数分後、再びジャミングが開始され通信は途絶した。

「うぬぬ……またしても通信を妨害してきましたね! 再び各個撃破を行うつもりですか……。
 後はゲソバルスキーに任せるしかありませんね」

 忌々しそうにそう呟いたヌルだったが、すぐにニヤリと笑う。

「フフフ……。さすがのドクター・カオスも私が数日で戦力を再興できるとは思わないでしょうね。
 長期戦になっても私は全然構わないんですよ」

 それは最後に勝つのは自分であるという強烈な自信……。
 所詮、自分達に太刀打ちできるのはドクター・カオスと未来から来た連中だけなのだ。
 こちらの回復力は無尽蔵に近い以上、このまま連中がゲリラ戦を続けても最終的には数の勝利となる。
 そう考え、ヌルは不適な表情を取り戻すとスクリーンへと眼を向け直すのだった。



 ヒュンッ!!

 美神、西条がすでに甲冑を身に着けて待っていると、空中から横島とヒャクメが姿を現す。

「どう? 連中に損害を与えたの?」

「横島君、どうだった?」

 美神と西条がすぐに走り寄って尋ねる。

「一応、15騎の雑魚ソルジャーとガーゴイルは1体倒しましたよ。敵は進撃を一時中断し、
 ゲソバルスキーとかいう騎士団長の部隊を基点に集結中です。さて、もう一回文珠でジャミングを
 かけます。そうしたら出発しましょう」

 そう言って先程の双文殊を取り出し、さらにチャクラを全開にして新たに単文珠を創る。
 そして一気に発動させてジャミングを開始した。

「これで30〜40分は奴らの連絡手段を無効化できます。さあ、行きましょうか」

 話ながらも、横島は予め用意しておいた雑魚ソルジャーの甲冑を身に着ける。
 横ではヨタヨタしながら甲冑を身に着けるヒャクメがいた。

「それにしても、まさかここまで上手くいくとは正直思わなかった。横島君の能力と絶頂期のカオスの
 力があっても些か上手くいきすぎだと思うんだが……」

 あまりにも自分達の作戦通りに事態が推移する事に頭を捻る西条。

「私も不思議なのよ。確かにこれ以上は無いってくらいの作戦なんだけど、あまりにも思い通りに行く
 んでちょっと怖いわね」

 美神も上手くいきすぎて不安なようだ。

「そりゃあ上手くいきますよ。だって連中の通信手段を妨害してもこっちは文珠を使って連絡を取れ
 るし、何と言っても戦局全体をヒャクメが完全にトレースして相手の全軍の動きが手に取るように
 分かっているんですよ。こっちは多少推測が間違っていてもさっさと修正できますからね。
 この作戦はヒャクメがいなければ成り立ちません!」

 見ているどころか、場合によってはズームアップして詳細を検証しているのだから、ヌル達にとっては質が悪いだろう。
 ヒャクメの能力様々である。
 そして、ヒャクメは横島からこれ以上は無いというぐらい褒められて、内心の嬉しさを必死で押し隠していた。
 こんなに褒められたのはいつ以来だろう?
 横島のためなら頑張って役に立とうという意識が急速に醸成されている。

「成る程ね。さて、ドクター・カオスは既に空から城に向かっているはずだ。それじゃあ出発しよう!」

 さすがに貴族云々と言うだけあって、乗馬姿が様になっている西条。
 美神もなかなか板に付いている。
 横島は普通の馬には乗った事がないが、未来の記憶で天馬に乗った事があるので何とかなっている。
 ヒャクメは……かなり危なそうだが神様だから何とかなるだろう。

「ハイヤッ!」

 この場所から城まで20分程だ。
 こんなに近くにいてもヌル達に見つからなかったのは、カオスが仕込んだ穏行札と魔法陣の威力だ。
 文珠の遮蔽結界に匹敵するこの札は、絶頂期のカオスならではの出来である。
 馬を駆って城へと急ぐ一行だったが、横島はヒャクメに尋ねる。

「敵の主力はどうなった?」

「集結をほぼ完了して、最初に連中を倒した地点に進撃を開始したみたいですねー。それと
 ドクター・カオスはすでに城の近くで待機中ですよ」

「了解。じゃあ何の心配もなく城に乗り込めるな」

 そう言った横島の眼には、今は魔族に乗っ取られているマリア姫の城が徐々に大きく映ってきていた。
 ヌルは魔族でも名うての魔術使いである。
 今の横島の霊力レベルでは完全に防ぐ事は難しい。
 
『さて……今回はどうやって勝ちを拾うかだな……』

 横島が思ったほど楽観視していない事を知っているのは、彼と共にあるルシオラと小竜姫の意識だけだった。



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