フェダーイン・横島

作:NK

第43話




「おや? 1隊戻ってきたぞ? 伝令か?」

 城の城門の上で見張りをしている騎士(雑魚ソルジャー)が、こちらに向かってくる仲間と思しき4騎を確認して呟く。

「ところどころ鎧が凹んでいるな……。どうやら戦闘状況を知らせに来たようだ。ヌル様にご報告
 しろ!」

 見張りの一人が下に向かって叫ぶ。
 そうしている間にも近付いてくる騎馬隊。

 ドドッドドッ! ヒヒーン!!

 手綱を引いて馬を急停止させると、やって来た騎士の一人が大声を上げる。

「開門!! 我らはゲソバルスキー隊長の命で伝令に戻ってきた! 至急ヌル様にお目通りを!!」

 かなり焦っている様子が上からでも一目で分かる。
 ダメージを負っているのか、うち一人は馬に乗っていてもふらついている。
 明らかに状況は切迫しているのだと理解できる。

「わ、わかった! 暫し待て!!」

「急いでくれ! 攻撃隊が危ないのだ!!」

 城門の前で焦ったように動いている騎士達のものが伝染したのか、城内の雑魚ソルジャー達の動きもざわついたモノとなる。



「ヌル様! 大変です!」

「何事です?」

 スクリーンの前で状況が分からない事に微かな苛立ちを感じながら立っていたヌルは、走ってやって来た騎士(兵士)に顔を向ける。

「はっ、攻撃隊より伝令がやって来ました。至急のお目通りを願っております!」

『むっ…!? カオスが何やら新兵器でも繰り出したのでしょうか? 攻撃部隊は苦戦しているよう
 ですね』

 そんな考えが頭をよぎったが、努めていつも通りの表情を保つと頷いて口を開く。

「わかりました。至急ここまで連れてきなさい。私も戦況を知りたいのです」

「はっ!」

 城門へと駆け戻っていく兵士を見送りながら、何やらカオス達によってとんでもないペテンにかけられているのでは、という考えが浮かぶ。
 ジャミングによる戦力の分断とそれによる各個撃破。
 探索のために戦力を散開させてしまったツケがこれだった。
 おそらく敵は戦力を集中させ、合流しようとするこちらの戦力を攻撃して少しでも戦力を削ろうというのだろう。
 なかなかに巧妙な戦術だと言える。

「やはり空飛ぶモンスターの製造を急がないといけませんね……」

 考えにふけり結論じみた言葉を呟いた時、ガチャガチャと甲冑が擦れる音と共に伝令が部屋へと入ってきた。

「戦況を説明しなさい」

 ヌルがいきなり状況確認を行う。

「はっ! 集結した後に敵のアジトと思われる場所目がけて進撃したところ、突然地面が至るところ
 で爆発して先頭部隊に大きな損害が出ました。一体何が起きたのかさっぱり分かりませんが、
 このまま進撃を続ける事は無理だと思いご指示を受けるべく現地にて進撃を中止! 待機して
 おります」

「なんと……! それで損害の程は?」

 おそらく地中に埋めた爆発物の上に乗ると爆発するようなものを用意したのだろう。
 ドクター・カオス恐るべしという思いを強くするヌル。

「先頭を進んでいた12騎のうち5騎がやられました。一本道である以上、おそらく同じような仕掛けが
 先にも多数仕掛けられていると思われます」

「なるほど……。部隊の損害自体は大きくなくても、それでは進軍できませんね。ガーゴイルはどう
 しました?」

「一部損傷しましたが、戦闘力に問題ありません」

 状況はわかった。
 どうやらカオスは自分達の陣地までの一本道に地雷を仕掛けたようだ。これでは暗黒騎士団の損害がバカにならない。

「仕方がありませんね。現在向かっているガーゴイルと残存部隊との合流を待って一気に踏み
 つぶしなさい」

「わかりました。では我らは戻り命令を伝えます」

 そう言って立ち上がる4体の兵士。
 その時中庭で轟音と爆煙が湧き上がる。

 ドガアアァァァァン!!!

「な、何事です!?」

 突然の出来事に慌てふためくヌルと部下達。

「敵襲ですよ。それっ!」

 立ち上がった兵士の一人がカオスから貰った爆弾をヌルの後方のスクリーンや機械装置に向かって投げ、残りの3人が破魔札を取り出して一つをヌルに、他のを周囲の兵士に向かって投げつける。

 ズドーン!! グワーンッ!!

 たちまち謁見の間を震わす爆発が起きる。

「やっとこの暑苦しい甲冑を脱げるわ!」

「急ごう!」

「ふんっ!」

「はっ!」

 兜を投げ捨て、鎧を手早く脱ぎ捨てる美神と西条の横で、身体から一気に霊力を放ち甲冑を吹き飛ばす横島。
 さらにはヒャクメも覚えたての技で同じように甲冑を排除する。

「でも、さすが絶頂期のカオスが仕込んだ破魔札ね〜。現代じゃこんな凄いの手に入らないわね」

 神通棍を伸ばしながら感心する美神。

「だがここは中世。オカルト技術が高レベルなのは相手も同じ事だ。油断は禁物だよ」

「そうね、こんなにあっさり殺れる相手なら、カオスと横島君がこんなチマチマした作戦を立てたりは
 しないわね」

 ジャスティスを構えた西条と軽口を交わす美神。
 いつもの調子に戻っているみたいだ。

「ほほほほほほほ!! 味な真似をしてくれますね!? 一撃で雑魚ソルジャーは粉々だ…。
 ま、私にはどうということはありませんがね。それより機械装置を壊してくれるとは忌々しい真似
 を…」

 炎と爆煙の中から悠然と姿を現すヌル。
 その身に全く傷を負っていない。
 その隙に城内に残った雑魚ソルジャー達が集まってくる。

「さすがは魔族、カオスの破魔札にも耐えるとはな。いくらなんでも数で押されてはこっちが不利
 なんでね。せめて主力には遠出をして貰ったよ」

 両手から高密度の霊波刀を出して構えを取る横島。
 ヌルの能力から言って美神や西条に相手をさせるのは危険だ。
 下手に動物にでも変えられては後が面倒になる。
 自然な形で自分がヌルに対峙するようなフォーメーションを取れた事に満足する横島。
 狙い通り、西条と美神はやって来た雑魚ソルジャーとの戦闘を開始する。

「アイテムはたんまりあるのよっ! カオスの奢りだから存分にやらせてもらうわっ!!」

 非常に強力な(現代では超高価な)オカルトアイテムを赤字の心配なく使えるとあって生き生きとしている美神。
 いつもよりキレのある攻撃を繰り出している。
 西条もジャスティスで襲いかかる敵を斬り捨てる。
 ヒャクメは霊波砲(大体80マイト程度の出力)を放って敵を吹き飛ばす。
 だが雑魚ソルジャーを一蹴したところで思いもかけない相手が現れた。
 隊長2mはあろうかというオーガーが刀や槍を持って部屋に入ってきたのだ。

「令子ちゃん、あれはオーガーのようだ。なかなか手強いぞ!」

「そうみたいね。普通なら大赤字になる相手だわ。でも今回は道具代が只だから、思いっきりやる
 わよっ!」

「アレぐらいならまだ何とか倒せるのねー」

 口では軽く言っているが、細心の注意を払ってオーガーとの戦闘を開始する3人。
 さすがに1対複数は分が悪いので、囲まれないように足を使う。

「ちっ…! 取り敢えず何体か倒しておくか」

 ヌルから注意を逸らさずに、おもむろに右手を薙ぐと霊波刀が細長く伸びて、横島の方に向かってきた2体のオーガーの胸を深々と斬り裂く。
 紫色の血飛沫を散らして、驚愕の表情で倒れ伏すオーガー達。
 なぜ自分がやられたのか理解できなかったのだ。

「さすが横島君!」

 その手際を褒めつつ破魔札を使って1体を葬り去る美神。
 何やら絶好調のようだ。
 西条、ヒャクメもそれぞれ1体を倒している。
 
「厄介なモンを造ってくれたな……」

 横島は呟きながらさらに左手から集束霊波砲を放って2体を吹き飛ばす。

「貴方の連れもなかなかやりますね。そしてこの中で一番霊力が強い人間は貴方のようだ。人間に
 しては信じられないパワーに敬意を表して私が直々に相手をしましょう」

「望むところさ」

 ヌルはオーガーを瞬く間に4体倒した横島の実力を素直に認め、自分の魔力を持って倒す事を決意する。
 周りで続いているオーガーとの戦いの喧噪を気にもせず、相手の出方をうかがって対峙するヌルと横島。

『ルシオラ…ルシオラ聞こえるか?』

 無表情で対峙しながらも、自らと共にあるルシオラの意識へと呼びかける。

『なあに、ヨコシマ?』

 即座に意識の表面に浮かび上がり返事が返ってくる。

『悪いけど、今のうちに魔術式を組み立てておいてくれないか?』

『魔術式?』

 ヨコシマの願いの意図が一瞬読めなかったルシオラの意識が問い返す。

『ああ、奴は強力な魔法を使う。しかも地獄炉でエネルギー供給を受けているから、そのパワーは
 半端じゃない。サイキック・シールドでも防げるとは思うが、確証がないんだ。
 だから未来で使っていた“魔鏡氷楯”を応用して、サイキック・ソーサーを凹面鏡にして反射させよう
 と思う。』

『成る程! 確かにそれは良い考えね。わかったわ。組み立てに入るわ』

『頼むぞルシオラ』

 頭の中でそんな会話をしていると、ヌルの後ろから雑魚ソルジャーが数体現れ襲いかかってきた。
 それを霊波刀で捌き、斬り捨てていく。
 城の中の兵力はそれ程多くないため、ヌルだけになってしまうのは時間の問題だった。






 ドガッ!!

「始まったぞ!」

 カオスフライヤー1号から回収した空飛ぶ箒を装着した絨毯に乗って動き出したカオス、マリア、マリア姫。

「我らの役目はミカミ達がヌルを引きつけている間に、奴が造った動力源を無力化することだ。騒ぎ
 の隙に城に潜り込むぞ!」

「中庭へ降りて! 秘密の通路があるのじゃ! 地下のモンスター工場に直行できる!」

「ドクター・カオス。中庭に・敵の姿は・見えません」

 重量によって絨毯のスピードを遅くしている原因のマリアが、すかさず周囲をスキャンして安全を確認する。

「よし、着陸だ。マリア、工場侵入と同時に魔力供給源の位置を探れ!」

「イエス! スキャン・します!」

 中庭へと降り立ったカオス達3人は、マリア姫の誘導に従って城の奥へと進んでいった。






 その頃、現代では………

「あ――っ!! 思い出したぞっ!!」

 いきなり大声を上げるカオスにその場に残っていた小竜姫、雪之丞、九能市、オカルトGメン職員が驚いて振り向く。

「思い出したって…今更何を思い出したんだ? 横島とヒャクメが行ったから帰る方法は問題ない
 だろう?」

「いや、連中の行き先じゃ! わし、若い頃にあいつらに会っとる!!
 ――すっかり忘れておったわ!」

 珍しくまともに突っ込みを入れた雪之丞に対して、この前横島の訪問を受けた時から頭に引っ掛かっていた事を漸く思い出したカオスが答える。

『カオスさんも、もう少し早く思い出してくれれば楽でしたのに……。まあ、横島さんとヒャクメがいる
 から大丈夫でしょうけど……』

 内心ではそう思いながらも、知っていたとは言えないので話に参加する。

「それで、どの時代に行ったのですか?」

「そういえば、ヒャクメ様も詳しい事は言わずに、時代を特定したと言ってすぐに行かれてしまい
 ましたわね……」

 ヒャクメと一緒にいながら、為す術なく美神達を助けられなかった事で落ち込んでいた九能市も顔を上げて興味を示した。

「確かアレは……ワシのパトロンの城が魔族に乗っ取られた時の事じゃ! 確かヌルとかいう魔族
 が地獄炉を造ってエネルギーにし、人造モンスターを開発して兵器として世界中に売ろうとしたのを
 叩き潰したんじゃ!」

「人造モンスター? それは横島様や美神さん、西条さん達も力を貸したのですか?」

 思いもかけない内容に思わず尋ねる九能市。

「そうじゃ! ワシら全員でヌルを倒したんじゃった!」

「おいおい……そんな大事な事なら、横島達が行く前に思い出してくれよ……」

 カオスの答えに呆れ顔の雪之丞。

「それで……いつの時代のことなのですか?」

「あれは約750年前のスイスとイタリアの国境付近の事じゃった。その頃………」

 カオスが始めた説明(思い出話)に聞き入る雪之丞達。
 そんな中で全てを知っている小竜姫は、ふと顔を上げて呟いた。

「横島さん……ご無事で…」

 横島の事を信じてはいるが、やはり自分も一緒に戦えないという事に寂しさを感じてしまう。
 しかし、ヒャクメの事は心配していないのだろうか?
 一応、親友だったと思ったが………。






「行くぞ、ヌル」

 横島は能面のように無表情になると、第5チャクラまでを一気に廻して霊力を上げる。
 750マイトまで上がった霊力によって、両腕に展開している霊波刀の出力は各々350マイト程度まで上がりほぼ完全に物質化する。

「貴方は本当に人間ですか? そんなに高い霊力を持つ人間など見た事がありません」

 少し驚いた表情のヌルに無表情に答える横島。

「普通の霊能者でも俺と同じ技を修得すれば可能な事だ。それっ!」

 そう言うといきなり右手の霊波刀の形が変わり、横島は円盤状となった高密度の霊力の塊をヌル目がけて投げつけた。

「うおっ!」

 その出力の大きさに、受けようとはぜず慌てて回避するヌル。
 今のエネルギー量では、まともに食らえば大きなダメージを受けてしまうと判断したのだ。

「はっ!!」

 体勢を崩したヌルの隙をついて、横島は足の裏に集中した霊力を弾けさせ一瞬で霊波刀の間合いまで踏み込み、再び両腕に展開した霊波刀で斬撃を繰り出した。

 ビュン! シャッ!!

 横島の鋭い剣捌きを回避する事も出来ずに、あっという間に両腕を切り飛ばされるヌル。
 横島もそれ以上の深追いはせずに、一旦退いて距離を取る。

「ナイスよ、横島君!」

 今の攻撃を見ていた美神が嬉しそうに声をかける。
 オーガーを含め、あらかたは片付け西条も美神も余裕があるのだ。

「ヌル、もはや観念しろ! その身体では戦えまい?」

 西条も霊剣ジャスティスを構えながら横島の方に近付く。

「ウ…グゥ……なかなかやりますね。まさかそれ程のスピードとキレを持っているとは予想外でした。
 だがこれぐらいでは私は倒せませんよ」

 その言葉と共に、斬り飛ばされ失ったはずの腕があっという間に再生される。

「そんなっ!? いくら魔族だってこんな早く自己再生するはずが……」

「まずい! 次は奴の攻撃が来るぞ!」

 西条さん、その読みは正しいよ……と思いながらも、横島は左手の霊波刀をサイキック・ソーサーに変える。

「おもしろいものを見せてくれたお礼に、本当の魔法の威力を見せてあげましょう!」

 そう言ってどこからともなく一本の杖を取り出し構える。
 その杖は非常に強い魔力を蓄えており、構えただけで力が迸っている。

「令子ちゃん!?」

「何!? あの杖は…?」

 感じられる強大な魔力に驚愕の表情を浮かべる美神と西条だが、ヒャクメはさっさと横島の後ろへと移動している。

「未来から来たGSか何か知りませんが、魔族一術に長けた私の前では…貴様などカエルに
 等しい!!」

 そう言ってヌルが振り下ろした杖から、稲妻のような形となって横島目がけて殺到する魔術式。

「クッ! やはりコイツの魔法は凄まじいエネルギーだ! やむを得ない、“解除”!!」

 自らに迫る魔術式に込められた魔力エネルギーを見た横島は、先程ルシオラの意識に頼んでおいた魔術式を込めた文珠をポケットの中で解除した。
 それは平行未来の横島が使っていた、霊力や魔力を弾き反射させる魔力の楯“魔鏡氷循”とは比べものにならないほど非力だが、横島の全力のサイキック・シールドを凹面鏡のように展開し、その表面に魔力反射の魔術式を発動させるためのモノだ。
 両腕の霊波刀を収め、両腕を突き出した形で展開されたサイキック・シールドは、ヌルの放った魔法を防ぎ、その大部分を放った本人へと反射させた。

 ビキッ!!

 そして役目を終えたシールドは粉々になって霧散する。

「凄い……あの魔力エネルギーを反射させたのねー」

 ちゃっかり一番安全な場所に退避していたヒャクメが感心したように呟く。
 それは横で見ていた美神達も同感なのだろう。
 コクリと頷く。

「おおぉぉぉ……!!」

 横島はヌルの魔法を跳ね返すと、即座に精神を集中させて最大出力の集束霊波砲を放つべく構える。

「見事です! しかしそんなものは私に効きませんよ!」

 そう言いながら片手を上げたヌルは自分に跳ね返ってきた魔法をさらに反射させる。

「そんなっ…! ヌルにはこれだけの魔力エネルギーも通用しないの!?」

 信じられないモノを見たという口調の美神。
 だが彼等はさらに驚くべき光景を見る事となる。

「発っ!!」

 鋭い気合いと共に横島の掌から、900マイトの出力を誇る集束霊波砲が発射される。
 彼は瞬時に第6チャクラまで解放して霊力を練り上げ、ヌルの魔法を吹き飛ばすために霊力を放ったのだ。

 ズガッ!! バシュウゥゥゥゥ〜!

 ちょうどヌルと横島達の中間地点で、お互いのエネルギーがぶつかり合い、相殺されて閃光と共に消滅していく。

「何と! まさか私の魔法を人間が霊波砲で相殺するとは!? し、信じられん!!」

 その光景にヌルまでが呆然となる。
 まさか、地獄炉によって本来持っている魔力の20%(約1,600マイト)を使える自分の繰り出した魔力エネルギーを相殺されるとは思わなかった。
 杖による魔法は大体1,000マイトの霊圧に相当する威力なのだ。
 それを集束させたとはいえ霊波砲で相殺する。
 あの人間は1,000マイト近い霊力を持っているというのか?
 一瞬、思考の海に潜りかけたヌルの隙を見逃す横島ではない。

「いまだバロン!!」

 ドッ!!

 横島の声を合図に床をぶち破って姿を現すバロン。
 予想外の出来事に一瞬我を忘れて動きを止めるヌルの手から、魔法の杖をくわえて即座に横島達の元へと駆け寄る。

「し、しまった!!」

 不覚を取った事に思わず大声を上げるヌルを尻目に、美神はさも当然といった様子でバロンから杖を受け取った。

「よくもさっきは脅かしてくれたわね! アンタの方こそブタにでもなりなさいっ!!」

「ま、待ちたまえ令子ちゃん! ヌルは杖の魔法を反射できるんだぞ!」

「えっ…! し、しまっ………」

「ま、まずいのねー」

「あちゃあ…………」

 美神の感情から出た行動に慌て呆れる残りのメンバー。

「ふん、何を見ていました? 私には効かないと言ったでしょう!」

 侮蔑の言葉を吐きながら再び魔法を反射させるヌル。

「だめだ! 迎撃は間に合わない!! 各自散開して避けろっ!!」

 そう言って素早く回避行動に入る横島。
 ヒャクメもほぼ同時に同じ方向に動く。

「う、うわっ!? ちょ、ちょっと待ってよ!」

「令子ちゃん、精霊石を使うんだ!」

「せ…精霊石よ……!! お願い…!!」

 身に付けていた3個の精霊石が光り輝き砕けるが、そのおかげで辛うじて身を守る事ができた美神。

「――精霊石に護られたか……。しかし間抜けでしたね」

 ヌルの呆れたような顔が美神のプライドをいたく傷つける。

「どうやら奴のエネルギー源を断たない限り、ヌルを倒す事は難しいようだな」

『今の奴の状態では、本気を出さなければ倒せないか……』

 内心そんな事を思いながらも、現在の方法ではヌルを倒せないと判断する横島。
 ヌルの方でもこれまでのやり方では横島達を倒せないと判断したのだろう。
 いよいよ自分の正体を見せて一気に倒そうと考えていた。



「これが……人造モンスター工場!! 素晴らしい……!!
 M-666…いや、マリア! 魔力供給源の位置を突き止めたか?」

 マリア姫の案内で迷うことなくここまでやって来たカオス達。
 工場に入り周囲を見回したカオスの第一声がこれである。
 だがやるべき事はきちんと覚えており、後ろに立つマリアに確認する。

「イエス! 高魔力供給源確認!」

 そう言ってマリアが指差したのは工場の一角にある、危険の模様が描かれた扉だった。

「ふむ……ここか!?」

 そう言いながら扉を開けたカオスが驚きを顔中に浮かべて立ち止まる。
 それは眼に入ってきた情報があまりにも想像していないようなものだったからだ。

「な…これは…!! ま…まさか…! いや、あり得る! 奴が魔族なら可能だ!!」

 顎に手を当てて考え込んだカオスが絞り出すように言葉を発している。
 しかしそれは、まるで独り言のようだった。

「なんなのです、これは!?」

「地獄炉です。ヌルの奴、地獄からパイプラインを引いて直接魔力の源にしていたのだ! 文字通り
 この城には地獄へ通じる穴が開いているのですよ!」

 とにかく見た事もない機械設備なので、どんなモノなのか見当も付かないマリア姫の問いになぜか神妙な顔で答えるカオス。
 だがカオスの説明で、目の前にある塔のような物体が恐ろしいモノである事だけは理解できた。

「そ…そんな恐ろしい事…!?」

「そうです! いつか私もやろうと思っていたのにっ!!」

 マリア姫の想像とは全く違う反応を見せたカオスは心底悔しそうであり、まさに考えていた研究を先に実用化された技術者の悔しさを全身で表していた。

「あ……い、いや……」

「…………」

 思わず本音を言ってしまった事に気が付いてマリア姫に視線を送るが、彼女はどう対応してよいかわからず固まっていた。

『うーむ……。どうやってフォローしようか? とにかく何か話題を変えなければ……』

 そんな事を考えていたカオスに救いの手が差し伸べられる。
 いきなり目前の地獄炉が輝きを増し、唸りを上げ始めたのだ。

「!! ど…どうした!?」

「――炉の出力が・上昇・しました!」

 冷静に事実を述べるマリアが妙に頼もしく見えたと、後にカオスは語ったという………。






「魔族とは不便なモノです。人間界では、その力を一部しか使う事が出来ません。
 しかし、私は違う! 知力でそれをカバーする技術を手に入れたのです!」

 不適な笑みを浮かべながら、自慢げに話すヌルの元に膨大なエネルギーが流れ込んでいる事を、横島とヒャクメだけは正確に掴んでいた。

「横島さん……」

「ああ、いよいよ本気を出すみたいだな」

 小声でその事を確認し合った二人だが、すぐに横島はヌルへと話しかける。

「ほう……。まあ神族にせよ魔族にせよ、この人界では本来の力の1/20程度しか使う事が出来ない
 ってことぐらい知っているさ。それは当たり前だよな、自分の世界じゃないんだから……。
 普通ならお前の人界での魔力は大体400マイトっていうところだろう? それが今の俺とほぼ互角
 なわけだが、さっきから妙なエネルギーが流れ込んでくるな。
 それがお前の切り札か?」

「せれに気が付くとはやはりただ者ではないようですね。そこまで知られた以上未来へは帰さん!
 お前らの命は私の知識を増やすために使わせてもらう!!」

 その言葉と共にヌルの姿が崩れていき、のっぺりとした凹凸のない外観に変わっていく。
 そして変身を終えたヌルは、巨大なタコという真の姿に戻っていた。

「これが私の真の姿…! ほ――っほほほほほ!!」

 ゾワゾワゾワと8本の足をのたくらせて高笑いするヌル。
 その姿は確かに気色悪いが、別段恐ろしいという気はしない。
 なぜなら日本人にとってタコはでかかろうが食用なのだから……。
 足で絡み付かれるとかならともかく、別に目の前にいても何と言う事はない。

「それが正体か!?」

「タ…タコの悪魔!?」

 西条と美神がその正体を知って思わず声を上げる。

「ほほほほほっ! そうです、恐怖しなさい!! 我がおぞましき姿に恐れおののくがいい!!」

 鰓を開閉してキュパキュパと音を立てながら曰うヌル。
 しかし美神達は全然別の事を考えていた。

「茹でても良し、ぶつ切りにして醤油とワサビで一杯……」

「いや令子ちゃん。でかいミズダコはあまりおいしくないんだよ」

「でもあまり食べても美味しそうじゃないですね。固そうだ……」

 敵を挑発する意味から敢えてこの話題に便乗している横島。
 自分を食用と見ている事に気が付いて、ヌルは密かに冷や汗を流す。

『と、東洋人の感覚は……わからん……』

 だが即座に頭を切り換える。

「ま、それはともかく、我が血、我が肉、我が脳となれ――っ!」

 1本1本が人の腕ほどもある足を繰り出し締め付けようとするヌル。

「そっちこそタコ焼きにしてやるわっ!」

 即座に持っていたお札で迎撃する美神。
 この辺の反射神経は見事なモノだ。

 ドムッ!

 こちらに伸びてきた足をお札の霊力が切断する。
 ボトリと床に落ちる足だったが、ヌルに痛みはないようだ。

「ふっ…!」

 ヌルが小馬鹿にしたように笑うと、即座に切断面から新たな足が生えてくる。

「足が生え替わった!」

「やはり奴の魔力供給源を止めないと、奴を倒すのは難しいようです」

 驚く美神に説明する横島。
 本当は、本気を出して神魔共鳴を行って圧倒的な霊力で消し飛ばせばいいのだが、この700年以上前に魔族に自分の力を知られるのは得策ではないと思っているのだ。
 横島が説明している間に、切り落とされた足がモコモコと蠢き人の形になっていく。

「ゲ…ゲソバルスキー!?」

 西条が呆然とした表情で呟く。
 まさかあの暗黒騎士団隊長の正体がヌルの分身だとは思わなかったのだ。

「そうです。彼は我が分身! 足を切れば数が増えるばかりですよ…!」

 ヌルが自慢げにそう言った時、突然動き出そうとしたゲソバルスキーが消し飛ばされる。

「だが、切り離された分身にはエネルギー供給の影響は少ないようだな」

 未だ構えをしている横島が冷静に告げる。
 集束霊波砲の一撃で、ゲソバルスキーを消し去ったのは彼だった。

「しかし横島君、このままではヌルを倒せないだろう?」

「奴を一撃で吹き飛ばすには、数千マイトの霊力が必要ですよー」

 悠然としている横島に問いかける西条に、代わってヒャクメが実際のところを説明する。

「そうです。このままでは勝ち目はありません。だから………」

「「「だから……?」」」

 横島の次の言葉を固唾をのんで待つ一同。
 ヌルさえも興味津々といった感じで動きを止めている。

「この場は一旦撤退です!!」

 そう言ってヒャクメと美神の腕をひっつかんで走り出す横島。
 西条も慌てて後を追う。

「……なっ! に、逃がしはしませんっ!」

 あまりと言えばあまりの展開に付いていけなかったヌルは、一行が部屋から姿を消した後で何やら喚いていた。
 無論、横島達は聞いてはいなかったが………。



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