フェダーイン・横島

作:NK

第46話




「さすがは横島様……。あの敵の攻撃を完全に捌いていますわね」

 そう呟きながら九能市は家屋の屋根から屋根へ、木から木へと人間離れした跳躍を繰り返して横島をトレースしていた。
 無論、彼女の連絡を追って雪之丞に誘導された美神達が移動している。
 彼女の役割は、関係のない市民が二人の戦いの場へ紛れ込まないように、与えられた結界札(人払い用)を使っての人払いと監視だった。

 今彼女は、横島と犬飼から20m程離れた木の上にその身を忍ばせている。
 二人はかなりの距離を移動していたが、幸い戦いながらだったので九能市は十分先行して結界を作る事が出来た。
 
 その穏行の術は見事なものであり、さすがの犬飼も戦いながらでは感知できていない。

「でも、あの妖刀は一振りで8発の斬撃を繰り出すのですね……。
 私でも6つまでしか見切れませんわ」

 九能市も雪之丞と同じ修行を受けている。
 さらに元々剣術の修行を受けている彼女は、雪之丞と同じ程度の動態視力を得ていた。

「横島様、凄いですわ! あの敵に傷を負わせたんですね!」

 忍者独特の、声を出さず唇だけ動かして呟いた九能市は喜びを露わにする。
 そして雪之丞達が後少しでこの場に到着する事も分かっていた。
 だが次の瞬間、彼女は人間とは思えないスピードでこの場へと接近する気配を感知する。

「何ですの、この気配は!? 人間じゃない!? それにこの速さ……」

 さすがの九能市も人間以外の闖入者は想定していなかった。
 さらに気配が侵入してくる方向が、彼女の視界から死角になっていた事も不幸だった。
 本来であれば気配を感じてから十分対応可能なのだが、この相手はあまりにも速かったのだ。

「小さい人影……子供ですの!?」

 何やら棒のようなものを構えて疾走してくる人影を捉えた彼女の目には、どう見てもその相手は子供にしか見えなかったのだ。

「いけません! このままでは殺されますわ!」

 これまでの敵の行動を思い返し、瞬時にそう判断した九能市は穏行を解いて走ってくる子供目がけて跳躍した。



「犬飼! 父の敵、覚悟!!」

 その言葉が聞こえた時、横島は自分の迂闊さに腹を立てたが、一瞬で精神のコントロールを取り戻すと八房の斬撃を迎撃する。
 彼が表情を一瞬崩したのは、犬飼の後ろから猛スピードで接近してくる人にあらざる気配と殺気を感じたからである。
 そして即座にその正体に思い当たった。

 平行未来ではここまで戦闘地域が広がらなかったのだが、今回は戦いながらかなりの距離を移動したのでシロが戦いの気配を察知したのだろう。
 そして犬飼が傷を負ったのを血の臭いで察知して、自分の手で一太刀加えようと考えたに違いない。

 当然犬飼も気が付き、チャンスとばかりに渾身の一撃を放ち横島の動きを止める。
 そして横目で迫ってくる人影を確認すると無造作に八房を横に薙ごうと腕を動かした。

『まずい! 今のシロではあの連撃全てを捌けない!』

 何しろ今のシロは、人間形態では極小さな霊波刀しか出す事が出来ない。
 横島の飛竜のように霊刀でもなければ、霊力を付与しているわけでもないただの木刀では寸断されるのが落ちだった。
 それに小さな身体ではとてもあのスピードに付いていけないだろう。
 そう思って左手の霊波刀を瞬時に霊刃糸に変えて犬飼の動きを封じ込めようとする。
 さらに横島の眼は、忍んでいた樹上からシロを守ろうと跳躍した九能市の姿を捉えた。

『しまった! 氷雅さんまで!!』

 彼女の性格からして、こうする事は想定できたはずだ。
 何とか被害を最小限に止めるべく、横島は霊刃糸を1本に統合して犬飼の右手親指を狙う。
 それは正に神速かというスピードだった。



「駄目ですわ! 私がこの体勢から防げるのは4発まで! 残り1発は防具に賭けるしかありません」

 空中に身を置きながら、即座に霊力を付与した手裏剣を迫り来る斬撃目がけて投擲する。
 しかし彼女の手裏剣術は片手で2本、両手で4本まで。
 理由は分からないが、自分達の方に飛んでくる敵の斬撃は5発だけだった。
 従って彼女はその全てを視る事が出来たのだ。

 だが、視る事ができるのと、防ぐ事が出来るのはイコールではない。
 跳躍中の自分ではこれが精一杯だと理解している彼女は、即座に全霊力を着ている龍神族の防具へと注ぎ込む。
 あの子供だけは守らなければならなかった。
 それが横島に託された彼女の任務だったから………。
 すでに間近に迫った人影はやはり子供だった。
 木刀のようなモノで連撃を迎え撃とうとしているが、その動きには躱すかどうかを迷っているように九能市には見える。
 そんな中途半端な意志では、あの攻撃を防ぐ事ができるとは九能市には思えなかった。

「駄目よ! 動かないで!!」

 結局、敵の斬撃に対して子供は避けると決断したようで、何とか回避しようとしたが身体が動きに付いていかず体勢を崩し、ガクッと膝をついてしまう。
 そして何とか立とうとしたところに九能市の上げた声が聞こえ、一瞬子供の動きが止まった。
 すかさず九能市は子供に覆い被さり、身体を丸めて防御に集中する。

 ドキャッ!!

 斬られたという感触はなかった。
 だがその身に受けた衝撃波は予想以上のモノだったのだ。
 自分の下で無事な子供を確認すると、九能市の意識はそのまま暗闇へと落ちていった。



 シュン! ドスッ!!

「ぐうぅ……何が一体……?」

 犬飼は横に薙いだ筈の八房が、鋭い痛みが握っている親指に走った後、自分の手を離れ横の木に突き刺さったのを見て首を傾げた。
 そして手元を見ると地面に落ちている何かを見つけて驚愕する。
 それは自分の右手親指(付け根から斬り飛ばされた)だったからだ。
 あの敵がどんな攻撃を放ったのかはわからないが、アヤツがやった事なのだとは理解できた。
 そのために、八房の斬撃のうち3発が目標とはかけ離れた方向に飛んだのだ。
 そして敵が自分の頭上を跳躍して、自分が攻撃した人影に向かったのを見て即座に逃走に移る。
 左手で突き刺さった八房を引き抜くと、人狼ならではの脚力であっという間に夜の闇へと消えていった。






「これは……一体何があったんだ!?」

 現場に漸く到着した西条達が見たものは……グッタリと倒れている九能市を抱き上げて具合を看ている横島と、そのすぐ傍に呆然と佇んでいる子供の姿。
 件の犯人はその姿を消しており、周囲には犯人のモノと思しき血痕が残されている。

「横島! 九能市は無事か!?」

 即座に駆け寄った雪之丞に黙って頷き顔を上げる横島。

「ああ、氷雅さんはどこも斬られていない。
 ただ攻撃の衝撃をまともに食らって意識を失っただけだ……」

 いつもと違い、まるで戦闘状態のように無表情な横島を見て、雪之丞は彼が心底怒っているとわかった。

「そうか……。だったらいいんだが、何があったんだ? それに敵は?」

 周囲に敵がいない事を確認していた雪之丞は戦意を消して尋ねる。

「ああ、後一歩ってところまで追い込んだんだけどな……。俺の不注意で取り逃がしちまった。
 おまけに氷雅さんまで危ない目に会わせちまうなんて……」

「横島が相手をして取り逃がしたんならしょうがねえよ。でもどうして九能市がやられたんだ?」

 どうにも分からんと言った感じで尋ねる雪之丞。
 駆け寄ってきた西条達も最大の関心はそこだった。
 横島は隙のない戦い方をする。
 しかも他の人間は極力巻き込まないように配慮する事を知っている。
 おそらくそのために、九能市を忍ばせていたのだろう。
 あの子供が何か関係しているのだろうか?

「も、申し訳ないでござる! それがしの…それがしのせいでこの方は……!!」

 すると佇んでいた子供がばっと土下座して謝り始めた。

「あー。どういうことだい? 詳しく話してくれるかな?」

 西条が戸惑いつつも先を促す。

「それがしは犬神族の子、犬塚シロと申します!
 訳あって仇を追ってきたのですが、そこにおられる方と仇が戦っているのを見まして、手傷を
 負っていると見て勝機と思い斬りかかってしまいました!
 しかしそれがしが甘かったのです。奴は恐るべき妖刀の使い手。
 まさかあの状態であれ程に素早く連撃を撃ってくるとは思わず……。
 それをその倒れた方が身を挺して助けてくれたのでござる!!」

 必死に頭を擦りつけて謝る子供に、それ以上厳しい事も言えずに苦い表情になる西条達一同。

「横島君……」

「そういうことです、美神さん。一般の人が巻き込まれないように氷雅さんに頼んでいたんですが、
 この子の動きが予想以上だったために彼女を危険に晒してしまいました。
 あの妖刀で斬られなかったのが幸いですが………俺が甘かった!」

 未だ表情を消している横島に、自分自身に怒っているのだと気が付いた美神が声をかけるが、いつもと違い低い声で答える彼にそれ以上話しかけられなかった。

「う……うーん…」

 その時、横島の腕に抱かれていた九能市が声を出してうっすらと眼を開ける。

「氷雅さん、大丈夫ですか!?」

 優しい声で尋ねる横島にノロノロと視線を向けると、しばらくぼーっと見詰めていた九能市だがやがて完全に覚醒した。

「はっ! 横島様、あの子は大丈夫でしたか?
 申し訳ありません、横島様から周囲の警戒を頼まれていたにもかかわらず、その役目を果たせ
 ませんで……」

 バッと跳ね起きた九能市は、瞬時に自分の身体に異常がないかを確認し、即座に片膝を着いて横島に自らの不明を詫び始める。
 それは彼女の忍びとしての誇りと責任感から来ていた。

「いや……俺の方こそ済みませんでした。
 さすがに人間以外の存在が乱入する事まで考えが及ばなかった。
 トレースしてもらった九能市さんに渡したのは人よけの結界札だけでしたからね。
 さすがに人狼の一族には効かないですよ。俺が甘かったんです」

 そんな九能市に横島の方が詫びる。
 なぜなら彼は未来の記憶をもっており、同じ日にシロが東京に来ていた事は知っていたのだ。
 だが、さすがに今晩犬飼との戦いの最中に遭遇するとまでは考えつかなかった。

『ヨコシマ……。いくら貴方でも全ての事を見通す事は出来ないわ。
 もしそう思っているのなら、それは傲慢というものよ。今回の件は誰が悪いわけでもない。
 自分を必要以上に責めても何も解決しないのよ』

 誰にも聞こえないようにルシオラの意識が横島に語りかける。

『そうは言っても……氷雅さんを危険に晒しちまったのは事実だ!』

『彼女だって免許はないけど、戦士でありGSなのよ。危険とは常に隣り合わせだわ。
 それに横島が予め龍神の防具を装着させていたから、彼女だって思い切ってこの子を庇う事が
 出来たのよ。貴方は最前を尽くしたんだわ』

 なおも自分を責める横島に、ルシオラは母親が子供に言い含めるように優しく語り続ける。
 それは横島の心を冷静にするのに十分な効果を果たしていた。

『そうだよな。今はみんなが無事だったって事で満足しないとな……。ありがとう、ルシオラ』

『いいのよ。ヨコシマは私の大事な人ですもの……』

 あくまで優しいルシオラの意識に感謝する。
 そしてポツリと零れる本音。

『ルシオラ……。やっぱりお前っていい女だよな……』

『と、突然…な、何を言うのよ!』

 さっきまでの年上のような雰囲気が一気に消えて、可愛らしい一面が顔を覗かせる。

『やっぱり可愛いよなぁ、ルシオラ。さて、俺は俺がやるべき事をしなくちゃな。ありがとうな』

『ええ…頑張ってね』

 横島を励ますとルシオラの意識は再び奥へと帰っていく。
 このやり取りが行われていたのは1分にも満たない僅かな時間だったが、身に纏っている雰囲気がいつものモノに戻る。。
 そして横島は、そっと九能市の腕に手を添えて立ち上がらせた。

「誰でも100戦して100勝というわけにはいきません。要は最後に勝っていればいいんです。
 幸い俺達は誰も傷ついていません。犯人を取り逃がしたのは残念でしたが、どうやら手掛かりは
 そこの子供が持っているようです。一旦引き上げましょう」

 九能市はそんな横島の態度にますます忠誠心を募らせる。

「西条さん、一応警察に頼んで要所で検問を行ってもらったらどうでしょう?
 市民も外出を控えるだろうし、犯人も傷ついていますから動き難くなるかもしれません」

 西条は横島の言葉に頷くと、すぐに警察へ連絡を入れるために携帯電話をかけ始めた。

「やれやれ、どうやら問題ないみてーだな。おい、そこのチビ! 俺達と一緒に来て貰うぜ」

 横島の様子を伺っていた雪之丞がホッと安堵の溜息を吐いて、未だに平伏している子供に声をかける。

「チ、チビではござらん! 拙者、犬塚シロという名前が……」

 そう言って顔を上げるシロをヒョイと持ち上げる雪之丞。

「誰も怒ってねーから、もうお前も謝んなくていいって言ってるんだ。
 それよりあの犯人の事、詳しく教えて貰うぜ」

「う、うぅ……わかったでござる」

 正面からガン付けしてくる雪之丞の目つきの悪さに、思わず視線を逸らしてしまったシロは獣のルールで負けを認めしおらしくなる。

「あ〜駄目よ〜雪之丞君〜。子供を虐めては〜」

 のんびりとした口調で声をかけてきた冥子がシロに目線を合わせる。

「あなたも〜危ない事しちゃ駄目よ〜」

 その何とも言えないのんびりとした雰囲気に、毒気を抜かれたようにポカンとしているシロだった。



「ねえ、これって……」

「うむ、どうやら犯人の指のようじゃの」

「正確には・右手親指・です。ドクター・カオス」

「これは…やはり人間のものじゃありませんね」

 エミ、カオス、マリア、ピート、タイガーは、横島が斬り飛ばした犬飼の親指を検証していた。

「じゃあ相手は一体何なんですケンのー?」

「どうやら人狼みたいですね……」

 タイガーの問いに暗い表情で答えるピート。
 古来より、自分達バンパイアと似た存在だった人狼族が犯人だとは………。
 何となく感じていた不安が的中してしまった。

「何はともあれ、一旦引き上げて情報を整理して出直すワケ。あの子供が今回の事件の鍵ね」

 なにげに鋭いエミの言葉に、現場の検証を駆け付けた警察と鑑識に任せた一同はオカルトGメン事務所へと向かった。






「犬塚…シロだったね。詳しく話してもらおうか」

 取調室でカツ丼を平らげたシロを待って尋ねる西条。
 ここには美神と西条、シロの3人だけで、横島達は隣の部屋のマジックミラーで様子を伺う。
 無論、声もマイクを通して聞こえていた。

「アナタも人狼よね。人間がまだ狩猟を生きる糧にしていた頃は、人狼は神として尊敬されていた。
 ところが農耕が始まり、森を切り拓き家畜を飼うようになると、人狼と人間は深刻な対立をするよう
 になったのよね」

「本来人狼は勇敢で優しい種族なのでござるが、今では我ら犬神族は吸血鬼より数が少なくなって
 しまった。時々人を襲うのは、その復讐を目論む者の仕業でござる……」

「…あいつも、あの犯人もそのクチなわけ?」

「奴は…父の仇は、我ら犬神族の秘宝『八房』を持ち出して人間共を襲っているのでござる!
 何としても取り戻さねば……」

 子供ながら真剣な表情で答えるシロに、正面に座った西条が尋ねる。

「八房というのが奴が持っていた霊刀だね?」

「はい、『八房の剣』は大昔、犬神族の天才刀鍛冶が1本だけ造り上げた無敵の剣!
 奴は八房が吸収したエネルギーを体内に取り込み、無敵の『狼王』となって人間を皆殺しにする気
 でござるよ!」

「そのために辻斬りをやって霊力を妖刀に吸わせていたのか……。それで仇の名前は?」

「犬飼ポチでござる!」

「それで、狼王って何の事なの?」

「いや……拙者も詳しくは……。長老達がそう言っていたのを聞いていただけで……」

 まだ子供なのであまり細かい話は知らないのか、理解できていないのだろう。
 美神も西条もそう思い、隣の部屋で聞いていたエミや唐巣、カオス達もそう考えた。

「奴は人狼か……。遭遇したのが月の欠け始めた時でよかった。
 それに傷を負わせたのも幸いだったな……」

 そんな中、ポツリと呟く横島。

「横島様、それはどういう事ですの?」

 九能市が首を傾げながら尋ねる。

「ああ、人狼のパワーは月の満ち欠けに左右されるんだ。
 致命傷にはならなかったが、月が欠け始めている時に脇腹を斬り、右の親指を斬り飛ばして
 やったから、奴は自分の身体の傷を治すのに多大な霊的エネルギーを使わなければならない。
 狼王が何かはよくわからないが、少なくとも奴の目的を遅らせる事は出来たって事さ」

「そうじゃのう……。あの傷を治し再び万全の状態に戻るには少し掛かるじゃろう。
 取り敢えず次の満月までは時間が稼げるかもしれん」

 横島とカオスの説明に頷く九能市。
 雪之丞も横で頷いている。

「人狼は精霊石のエネルギーを借りなければ、昼間は普通の狼の姿になるワケ。
 だけど奴はその八房を持っているから、人間形態のままかもしれないわね」

「あんなに〜素早い攻撃なんて〜なかなか躱せないわ〜」

 エミも顎に手を当てて考え込んでいるが、やはりノホホンとしている冥子は対照的だ。

「どっちにしても、次に会う時は奴も狼の姿で襲ってくるだろう。その時が勝負だな……。
 今頃奴はどこにいるのか……」

 横島がそんな事を呟いた時、取り調べが一応終わって席を立とうとした美神や西条に懇願するシロの声が聞こえた。

「あ、あの……横島さま…という方に会わせていただけませんか」

「横島君に? 一体何の用があるんだ?」

 シロの願いに怪訝そうな表情で尋ね返す西条。

「それは……直に会ってお願いしたい事があります故……」

「…? わかった。横島君に伝えるよ」

 そのやり取りを聞いた横島はシロが自分に会いたい理由がわかっていた。
 おそらく霊波刀を教授してもらいたいのだろうが、シロの今の肉体では無理があった。

 ガチャッ

 西条と美神が隣室に入ってくると、横島に眼でどうするか尋ねる。
 黙って頷くと取調室へと向かう横島。

「俺に用だそうだけど、何だい?」

 入るなり尋ねた横島に、バッと椅子から立ち上がり平伏するシロ。
 その顔は真剣だ。

「おいおい……何の真似だ? さっきの事ならもういいんだぞ?」

 砕けた雰囲気で話しかける横島だったが、シロの真剣さは変わらない。

「横島さま…と仰いましたな。どうかそれがしを弟子にしてください!!」

「弟子? 何の?」

 これ以上ないほどの真剣さで弟子入りを願うシロに、実際に顔を会わせたのは初めてなのでわからないふりをする。

「拙者、仇を追う身です!
 が、仇である犬飼は恐るべき妖刀の使い手で今の拙者では歯が立ちませぬ!
 先程の戦いの際に見せて頂いた霊波刀、感服いたしました…!
 あれを是非、ご教授願いたいのでござる!!」

「俺の霊波刀を…? だが今のお前では修得するのに相当時間が掛かるぞ。
 第一、その身体では未だ霊力を引き出す事も十分に制御する事もできないだろう?」

 シロが動機と目的を告げたので、ようやく話が理解できたという表情を浮かべた横島だったが、冷静に現時点での事実をシロに告げる。
 ズバリと本当の事を言われ、シロは少し項垂れた。

「それに例え霊波刀が使えるようになっても、奴の一振りで8発放たれる斬撃を視る事が
 出来なければ太刀打ちできない。それはさっき飛び出した時に自分で身をもって理解したろ?」

 そう言われて、先程のシーンが思い返される。
 自分は八房の斬撃を3発まで辛うじてその軌跡を追う事が出来たが、霊波刀を満足に出す事さえできないため九能市に助けられたのだから……。

「返す言葉もございません……。確かに拙者の眼では3発までしか見えませんでした」

「まだ子供だから霊力、身体能力共に仕方がないさ。
 でも自分の実力を正確に把握していないと戦いで生き残る事は出来ない。
 教えてもいいけどモノに出来るかどうかはお前の努力次第だし、間に合わないかもしれないぞ」

「構いませぬ! このまま何もしなければ仇を討つ事も出来ません。どうか拙者を弟子に!」

「まあ……教える事自体は構わないが、奴が動き出すのは次の満月。
 したがって最長でも1ヶ月しか時間はないぞ。
 しかも、おそらく奴はその間に傷を治しパワーアップしてくるはずだ」

「ではっ! 弟子入りを許してくださると!?」

「ああ、その件は了承した。一緒に付いてこい」

 そう言って部屋を出る横島の後をちょこちょこと付いていくシロ。
 隣室の一同はサッとマジックミラーにカーテンを引き、マイクのスイッチを切って壁に仕舞い込む。

「横島君、その子をどうするの?」

 全てを聞いていたが、シロの手前知っているとも言えずに尋ねる美神。

「例の犯人、犬飼ポチは父親の仇だそうです。
 この子には次の満月まで霊力コントロールと霊波刀について教える事にしました。
 ただ問題は……」

「傷ついた犬飼がどう動くか、ですね?」

 シロの弟子入りの件をさらっと披露した後で言葉を濁した横島に、彼の気にしているであろう事を告げるピート。

「ああ。奴は負傷したが数日、遅くても1週間以内に回復するだろう。
 治った奴が大人しく次の満月までジッとしているかどうかだな。
 奴が人斬りをするのは霊力を吸収するためだ。
 それなら普通の人間を斬るよりもっと手取り早い方法がある」

「そうか……霊能者を狙うと言うんだね?」

「そうね。今回は横島君のおかげで霊力を吸収できなかったばかりか、かえってマイナスになった
 ワケ。これを挽回するには普通の人間を100人ぶった斬るより、GSを1人斬る方が効率がいいわ」

 横島はあえてその方法を口にしなかった。
 なぜなら、狙われるのは目の前にいるメンバーなのだから、自分で気が付いた方が全ての行動に用心する筈である。
 横島の狙いは的中し、唐巣とエミが厳しい表情で答えを口にして考え込む。

「つまり……奴はまた来ると?」

「おそらく…。問題は奴が狙うのが誰かと言う事だ」

 カオスが呟いた犬飼の行動を肯定した西条が最大の問題を告げた。

「霊力だけを考えれば答えは簡単だ。
 横島君がこの中で最も霊能力ポテンシャルが高いのは周知の事実だ。
 それは実際に戦った奴が一番わかっているだろう」

「だけど奴は横島君に一度敗北しているわ。
 仮に再戦をするにしても、万全の体調になってからでしょう。そうなると……」

 西条と美神の言葉をジッと聞いている横島だったが、すっと雪之丞と九能市を指差す。

「そう、今回のメンバーで俺の次に高い霊力を持っていた雪之丞か氷雅さん、という可能性は高い。
 それに奴は人狼だ。匂いを辿って俺達の事務所を襲う可能性もある。
 だから美衣さんとケイには妙神山に一時退避するようにさっき連絡した。
 後は雪之丞と氷雅さんが一人で動かない事だな」

 そう淡々と告げる横島の言葉は、何よりも事態の深刻さを物語っていた。

「ああ、俺にもアイツの繰り出す斬撃は6発までしか見えなかった。
 今戦ったら良いように切り刻まれちまう」

「今回は着ていた龍神の防具のおかげで傷一つありませんでしたが、正面切って奴とやり合っては
 勝てませんわ」

 少し悔しそうに彼我の実力差を認める二人。
 こんな事で虚勢を張っても何らメリットはないとわかっているのだ。

「奴の持つ八房は大抵のモノは斬り裂けるが、霊波刀や強力な霊力を持った甲冑を斬る事は
 出来なかった。だから氷雅さんは、今回の事件が終わるまで龍神の甲冑をずっと着ていてね。
 雪之丞の場合、今の魔装術の出力ではちょっと危ないな。
 だけど、二人で組んで戦えば、俺が見せたように半分ずつ受け持てば持ちこたえられるよ」

 横島の言葉に力強く頷く二人。
 とりあえず自分達でも二人なら戦う事が出来ると、師匠から太鼓判を押されたのだ。

「問題は……奴が斬りやすそうだと考えた相手を狙う場合だね、横島君」

「ええ、霊能力ポテンシャルという意味では、雪之丞や氷雅さんに次ぐのはエミさんと美神さんです。
 特にエミさんは攻撃や防御に使う事の出来る霊力は氷雅さんより大きいけど、格闘戦向けじゃ
 ないですから。
 美神さんは100マイトぐらいまで霊力を練り上げられるようになったとはいえ、さすがに奴と八房
 相手ではまだ歯が立たない」

 西条が自分が考えていた最悪の予想を思いながら呟く。
 同感だったため、横島も頷きながら詳しい説明を行う。

「ふたりは〜横島君に〜念法を教わっているから〜霊力がアップしたせいね〜?」

 こんな状態でもいつも通りノホホンとした口調の冥子に、いささか妙な意味で感心する美神達。

「そういうことです。
 今の美神さんやエミさんは強くなったけど、犬飼を相手にするには実力が不足している。
 つまり奴にとって格好の得物だということなんです」

 普段ならこんな事を言われれば目をむいて怒る二人だが、さすがに自分がターゲットになる可能性が高い今回、敵との実力差を認めざるを得なかった。
 悔しそうに俯く二人。

「じゃあ、どうするんですかいノー?
 雪之丞さんも九能市さんも、エミさんや美神さんも一時妙神山にでも退避するんですかいノー?」

 何となく影が薄いタイガーが、オカルトGメンの事務所に帰ってきてようやく口を開いた。

「魔族絡みでないから本当はまずいんだが、ヒャクメに頼んで犬飼を捜してもらい監視下に置こう。
 そうすれば俺が妙神山に行ったとしても即応できる」

「それは良い考えですね! そうすれば少なくとも不意打ちを受けないで済みます」

「ああ、夜が明けたらすぐに行動するとしよう。
 西条さんはどうします?
 バラバラになるとまずいですが、と言って全員が妙神山に行ってしまうのもまずいですかね?」

 唐巣やカオス、西条に眼を向けて尋ねる。

「そうじゃのう……。
 お主達がいないとわかれば、取り敢えずそれ以外の者で代用するかもしれんのう……。
 奴にしてみれば霊力が吸収できれば良いのじゃからのう」

 少し考えたカオスが呟く。

「取り敢えず一旦、全員で妙神山に行けばいいんじゃねーか? 1日ぐらい空けても大丈夫だろ?」

「そうですわね。裏をかいて今日の昼に襲ってくる可能性もないわけじゃありませんわ」

 雪之丞と九能市の言葉に、美神やエミだけでなく全員が頷く。
 こうして対抗策は妙神山で練られる事となった。






「ウ……! 思ったより腹の傷が深い……!
 それに今の拙者であっても、斬り飛ばされた親指の再生には6日かかる。
 横島とか言ったな……! 月がもう少し欠けていたら危なかった…!
 次の満月を待って決着をつけてやるぞ!!」

 浪人姿のまま根城にしていた空き家へと戻ってきた犬飼ポチは、どっかりと腰を下ろして痛みに耐えながら自分の身体の状態をチェックする。
 今夜はまさかの不覚を取ってしまった。
 まさか人間であれ程強い相手がいるとは思っても見なかった。
 動態視力、反射神経、身体能力に関しては人間とはとても思えない。
 あれは人狼と互角以上である。
 しかも霊力が桁違いだ。
 自分でも霊力はせいぜい150マイト。
 それなのに奴は1,000マイトを超える霊力をその身に宿らせていたではないか!
 これでは八房を持った自分でも勝てる見込みはかなり低い。

「霊力を…早く霊力を蓄え、封印された力を開放しなくては!
 それには霊能者を斬るのが効率的だが……さて誰にするか…?」

 痛みを堪えながら、犬飼は今晩遭遇した霊能者の女性を一人一人思い出していた。



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