フェダーイン・横島

作:NK

第47話




「ごちそうさまー」

 元気に挨拶して食卓から立ち上がり、嬉しそうに走っていくケイを見ながら首を傾げる雪之丞。

「なあ横島……。あの坊主は何でこっちに来てからああも嬉しそうなんだ?」

「雪之丞にはわからないか? あの子はずっと美衣さんと二人っきりで生きてきたんだ。
 今でこそ東京出張所の隣で平穏に暮らしているが、それまでは色々大変だったみたいだしな。
 それが1週間前から一気に大家族になった感じだし、人前で素の自分を出しても怖がられたり
 避けられたりしないっていうのが嬉しいんだろう」

 不思議そうに尋ねる雪之丞に想像だが、と断って解説する横島。

「横島さんの言うとおりなんです。
 あの子は普段から自分の正体を悟られないようにと、神経を使って生きてきましたからね。
 自分が化け猫だと知っても態度を変えない皆さんと一緒に暮らせるのが嬉しいんですよ」

 小竜姫と共に食事の世話など家事全般をサポートしている美衣が横島の話を肯定する。

「この妙神山には子供が楽しめるモノなんてありませんし、みんな修行で忙しいのにあれほど
 嬉しそうだなんて……。大変だったのですね」

 自らも忍びの隠れ里出身の九能市には、嬉しそうなケイの心情が分かるような気がしていた。
 彼女も子供の頃から忍びの修行をしており、娯楽などとは縁遠い生活をしていたから。

「でも横島君、犬飼はあれから動いていないようだね。
 ヒャクメ様からは何も連絡がないんだが、本当に被害は出ていないのかね?」

「ええ、今回は魔族絡みではないんで、ヒャクメがサポートできるのはあくまで犬飼が人を斬ろうと
 して動き出した時の連絡に限定されています。
 まあ、奴も自分の傷を治すのに忙しかったんでしょう。
 動くならそろそろですね。でも月がどんどん欠けていくこの時期に動くかな?」

 唐巣の心配そうな質問に、これまで動かない事は予想通りだと答える横島。
 問題はこの後の奴の行動なのだ。

「それより唐巣さんと西条さんの方は修行どうですか?
 さすがに二人の年齢だといまから雪之丞達のようには伸びませんが、第1チャクラだけだったら
 安定して制御できるようになるはずです。
 初日に見せたあのイメージで、いかに多くの霊気を指向性を持った流れにするかが、霊力を強く
 且つ安定にするためのコツですから」

「実際、横島君の文珠によって伝えられたイメージには驚いたよ。
 あれ程わかりやすく霊気と霊力の関係を理解できるとはね……。
 おかげで僕も唐巣さんも、この年齢になっても自分の攻撃や防御に使える霊力を上げられるとは
 思わなかったよ」

「僕もです。よく横島さんは何もないところからあのイメージを掴む事が出来ましたね」

 横島の問いかけに、唐巣ではなく西条とピートが答える。
 犬飼と遭遇した翌朝、横島の提案に少し考え込んだ小竜姫は匿う面々が妙神山っで修業を行う事を条件に了承した。
 そうでもしないと、後々神界の方で面倒な事になるかもしれないと考えたからだが、それはある意味西条達にも好都合であった。 
 以前なら念法修得の最も大きなネックだった、チャクラを使った霊力の練り上げを理解しやすい方法で伝えられる横島がいればこそ、小竜姫も思いついたのだが……。
 戸惑いながらも横島による教えを受けた3人は、その伝えられたイメージの克明さと分かりやすさに驚き、自らの霊力を制御する術を修行し始めたのだ。

「小竜姫様と横島君のおかげでようやく第2チャクラを制御できるよーになったわ!
 後は実戦で無意識に維持できるようにすればいいのね!?」

 嬉しそうな表情で会話に割り込んできた美神。
 漸く第2チャクラを完全に廻せるようになり、霊力が自分の持つ基礎霊力の倍(170マイト)になったことで機嫌が良い。
 尤もライバルのエミはと言うと、既に第3チャクラを制御する修行に入っており180マイトまで霊力を上げる事が出来るのを知らないためだが……。

「私も今回の機会に少しでも修行を進めておくワケ。悪いけど宜しく頼むワケ」

 エミもかなり機嫌が良かった。
 何しろ修行が進む上にピートや横島と一緒にいられるのだから……。

「ちょうどいい機会ですから、しっかりとパワーアップして下さい。
 それと美神さん、済みませんが今日は雪之丞、氷雅さんと共に人狼の里に行って来て貰います。
 八房の能力と犬飼の目指している狼王の情報を掴んできて下さい。
 万が一の時に備えて、『転移』の文珠は持ってますね?」

「わかっているわ。それに雪之丞と氷雅さんがいれば何とかなるでしょうし」

 美神の方は何やらお出かけのようだ。

「何か〜私だけ何もアップしないのは〜寂しいわ〜」

 冥子の場合、精神的な修養が重要だと言う事で、もっぱら寺で施されるような修行が中心となっているためであろう。
 何やら寂しそうだ。

「でも六道さんは元々の基礎霊力が高いですから、取り敢えずその能力を完全に制御する事が重要
 なのですよ」

 台所へ立とうとしていた小竜姫が、そんな冥子を窘める。

「そういえば人狼のお嬢ちゃんはどうなんじゃ?」

「まさかあのちびっ子が女だとは思いませんでしたノー」

 何やらノホホンとした雰囲気のカオスがシロの事を尋ね、タイガーが初日にみんなが驚いた事を蒸し返す。

「氷雅さん、シロはどうしました?」

「そういえばいませんでしたね。おそらく疲れてまだ眠っているのではないかと……」

「小竜姫様と美衣さんがいつまでも片付け終えなくなるんで、済みませんが呼んできて
 くれませんか? さすがにあそこまで育つと、起こすのは女性の方がいいでしょうから」

「わかりましたわ」

 そう言ってスッと立ち上がると、軽やかな動きで部屋を出ていく九能市。

「こうして今日も修行の一日の始まりか……」

 雪之丞が呟き、一見穏やかそうな1日の朝は過ぎていった。






「さて、霊力を練り上げるイメージは6日前に教えたな。
 俺もまさか怪我もしていないお前が、説明に使った文珠の霊力を使って“超回復”するとは思っても
 みなかったよ。
 おかげで肉体だけは修行に耐えうるスペックになったが、霊力のコントロールができなければ犬飼
 に勝つなど夢物語にすぎん! 精神を集中して霊力を練り上げてみろ!」

「はい、先生!!」

 赤いメッシュの入った銀髪をポニーテールにまとめたシロは真剣な表情で返事をする。
 短期間で霊力コントロールを教えなければならないため、念法の修行同様、文珠を使ったイメージの伝達を試みた横島と小竜姫。
 それが思わぬ効果をもたらした。

 平行未来の記憶では、シロは犬飼の攻撃を受けて酷い怪我を負い、その超回復時に美神や横島の霊力を受け取って身体を成長させた。
 しかし今回は九能市の身を挺した行動によって無傷である。
 子供の身体では霊力も練り上げられないし、何より肉体が戦闘に耐えられない。
 横島は今回のシロの修行は無駄に終わると予想していた。
 だから、次に犬飼が動いた時に今度こそ問答無用で倒すつもりだった。

 だが横島や小竜姫に今の子供の身体では霊波刀はおろか満足に霊能力すら発揮できない、と言われて落ち込み、その上で何としても仇を取るんだと強く願った事で、横島がイメージを見せるために使った文珠の霊力を取り込み、一気に身体を成長させたのだ。
 その執念の強さに呆れた表情を見せた横島と小竜姫だったが、こうなればシロの本懐を遂げさせてやろうと考えて厳しい修行を課していたのだ。

「…………………」

 一心不乱に精神を集中して霊気をチャクラを使って練り上げようとするシロ。
 だが、横島は別として美神やエミ、雪之丞や九能市ですら月単位で掛かった修行を、そう簡単にクリアー出来る筈などない。

「ふむ、40マイトぐらいだな。まだ霊力として攻防に廻せるのは20〜30マイトってところか……。
 しかしまだまだ出力が不安定だ。
 お前の潜在スペックは100マイトを超える筈なんだから、まだまだ話にならないな」

 30分後、極度の精神集中によって精神的疲労でぶっ倒れているシロに駄目出しをする横島。

「し、しかし……そんなにすぐには…できないでござる……」

「シロ、最初から時間がない事はわかって修行を始めたんだろう?
 それなら死ぬ気で頑張る、ぐらいの決意がなければ修得なんぞできないぞ。
 お前が目標のレベルに達しなければ、次に奴が動いた時に俺が全力で倒すだけだ」

 未だ起きあがれないシロは息も絶え絶えに反論するが、あえなく横島に論破される。

「も、申し訳…ありません」

「いや、俺も少しきつく言い過ぎたな。だが霊波刀を使いこなすには一定以上の霊力と、それを
 イメージして集束させる技術が不可欠だ。
 俺が後で見に来るまでにどれだけ出力を上げられるようになっているか、楽しみにしているぞ。
 だが、憎しみに心を乗っ取られるなよ!」

 そう言って横島は修行場を後にする。
 何しろ彼は今、唐巣、西条、ピートの修行も担当している。
 エミ、タイガーに関しては小竜姫が見てくれているが、かなり大変な事に変わりはなかった。



 昼飯時、食卓で食べ終わった横島と小竜姫は戻ってこないシロの様子を見に行った。
 後かたづけは美衣に任せて……。

「ふーん、かなり深い瞑想に入っているみたいだな。
 あれなら後2週間もすれば基礎霊力が100マイトぐらいにはなりそうっスね」

「ええ、それにしても横島さんは凄いですね。
 私の代わりにここの管理人が務まるんじゃないですか?」

 シロの様子に満足そうに頷いた横島に、賞賛を込めて話す小竜姫。

『私もそう思うわ。ヨコシマ、貴方って案外人に教えるのが向いているんじゃない?』

 人が多くなって滅多に声を出せなくなったルシオラの意識も同意する。

「ははは……、俺の柄じゃねーって」

 しかし横島はあまり本気にしない。

『あら、私の言った事はお世辞じゃないわよ。こうして見ているとヨコシマって教え方が上手いもの』

「そうですよ。私もルシオラさんに賛成です。横島さん、もっと自信を持って下さい」

「はあ……そんなもんですかねぇ……?」

 何となく納得していない横島に溜息を吐く二人。
 横島は自分の能力を過小評価しすぎなのである。

「さて、シロの方はこれ以上急いでも仕方がない。問題は奴がフェンリルになっちまった時だな……」

『そうね。フェンリルは強力よ。
 例え横島がハイパー・モードになっても、今のレベルでは勝利は難しいんじゃない?』

「何しろ伝説の狼王ですからね……」

 シリアス顔の横島に、答えるルシオラの声と小竜姫の表情も暗い。

「確かにな。しかし奴も十分なエネルギーが溜まってではなく、無理矢理に能力を開放するんだから
 フェンリルになってもエネルギーも能力も完全じゃない。
 ハイパー・モードになって念法をフルに使えば勝てない相手じゃないさ」

 平行未来での記憶を思い起こし、美神の身体の限界内のパワーで勝てた事を思い出した横島は静かに自信を覗かせる。

『でも、美神さんとエミさんにアルテミス召喚の魔法陣作成を依頼した方がいいんじゃない?』

「そうですね。無駄に終わるかもしれませんが、備えは万全の方が良いのではないでしょうか?」

 二人からここまで言われれば、横島も少し考えて頷く。
 確かに準備はしておいた方が良いのだから……。

「そうっスね。どうせ金を出すのは西条さんだし」

 うんうんと頷いている横島と小竜姫。
 ルシオラの意識も同意を示している。
 何か西条が哀れである………。






「よお、美神の旦那。本当にあってるんだろーな? 人が生活している気配なんて全然ないぞ?」

 山深く入り込んだ美神達3人だが、人里らしきものは見あたらず獣道を彷徨っていた。
 10月に入ったとは言え、まだ紅葉のシーズンでもないため人影は無い。
 まあ、キノコのシーズンではあるだろうが……。

「シロの説明だと多分この辺りの筈なんだけど……」

 地図とコンパスを手にした美神が何かを探るように周囲を見回す。

「美神さん、ひょっとして人狼の里って普通の隠れ里じゃないんですか?」

 九能市も首を捻りながら尋ねる。

「多分ね。私が推測するに、入り口を結界によって遮蔽している筈よ。
 それによって通行証を持つ者だけを出入りさせてるのよ」

「成る程、そうやって何千年も人狼族はひっそりと暮らしてきたのですわね?」

 美神の説明に納得して頷く九能市。
 雪之丞も同様のようだ。

「ふーん、結界か……。言われてみれば何となくこの辺の空間は歪んでるような気がするな。
 どう思う九能市?」

「雪之丞さんの言うとおりですわ。確かに相当大掛かりな結界があるようですわね」

 只でさえ悪い目つきを、一層鋭くして周囲を探るように見回す雪之丞。
 同意する九能市も切れ長の眼を細めて何かを探るように視線を動かす。

「へえ…大したものね。そんな事もわかるようになっているなんて」

 美神が感心したように呟く。
 横島に弟子入りした2人は、既に一流GS以上の実力を手にしているようだ。
 これで免許さえ持っていれば、いつでも独立するだけの力を持っている。

「そう言えばあなた達は今、どの辺まで修行が進んでいるの?」

 霊視ゴーグルをザックから出しながら尋ねる美神。
 第2チャクラをある程度完全に廻せるようになって機嫌がいい。

「うーん、漸く第3チャクラを意識を集中すれば廻せるようになった、っていうレベルだな。
 まだまだ実戦で使うには時間が掛かるだろうな」

「雪之丞さんの言うとおりですわ。基礎霊力の2.3倍まで霊力を増幅する事ができるようになりました」

 二人の返事を聞きながらも手を止めず、ゴーグルを装着しながら口を開く。

「へえ、やっぱり大した物ね。じゃあエミも同じぐらいか……。………あった!! 空間の歪み!」

 美神の言葉に、雪之丞と九能市も彼女が向いている方向に視線を向ける。

「成る程……。確かにな」

「ええ、結界を感じますわ」

 頷いている二人を無視してシロから預かった通行証を出して空間の歪みに近付けると、いきなり立体映像のように目の前の景色が消え去り洞窟が姿を現す。

「入り口を結界で塞ぎ、通行証を持つ者だけを出入りさせる…。
 人狼はこうやって何千年もひっそりと暮らしてきたのね」

 そう言って穴へと足を踏み入れようとする美神だったが、雪之丞に停められる。

「美神の旦那、気が付いているかどうかわからねーけど、ちょっと前から俺達を監視するように
 何人かの気配を周囲に感じている。
 敵意を見せたくないから放って置いたけど、一応注意してくれよ」

 その言葉に九能市の方を見ると、彼女もコクリと頷いた。

「つい先程から気配は感じています。ただ姿を見せるようなヘマはしていませんが……」

「流石ね、あなた達。私じゃそこまで分からないわ。でも多分大丈夫よ」

 そう言いながら3人は、洞窟を通って未だ人間の眼に触れた事のない人狼の隠れ里を眼下に見た。

「ここが………人狼の隠れ里!」

「何か懐かしい感じの里ですわね」

 美神と九能市が何かを感じているにもかかわらず、雪之丞だけは懐から五鈷杵を取り出す。

 シュッ!
 バッ!

 その時、3人の周囲に人間業とは思えぬスピードで肉迫する人影。
 気が付いた時には、美神は両側を侍のような格好の男達に挟まれ太刀を突きつけられていた。
 九能市と雪之丞もほぼ同様だが、雪之丞は首に当てられた太刀を霊波刀で受け止めている。
 九能市の方も、その自然に下げられた両手に霊気を込めた小石を握り込み、いつでも指弾(霞の礫)として放てるように構えていた。

「動くな!! 人間!」

「結界に近付いた時から監視していた! 何者だ!? 何故シロの手形を持っている?」

 美神を挟んだ男達が代表するかのように口を開く。
 尤も、雪之丞と九能市を担当している男達の方は、二人の素早い対応によって緊迫した雰囲気になっているため、それどころではないのだろう。

「アンタ達とモメるつもりはないわ。ちょっと聞きたい事があるだけよ。
 雪之丞と氷雅も武器をしまいなさい。その証拠に……ホラ!」

 どこから取り出したのかドッグフードの缶を取り出す。

「トップブリーダーも推薦する、めちゃ旨のドッグフードを手みやげに持ってきたわ」

 無論、ドライタイプではなく生タイプである。
 この際、彼等が狼だと言う事は置いておこう。

「そ…そんなもので我々が…心を許すとでも……」

 そう言うモノの、男達の視線はその缶に釘付けであり、服から出ている尻尾も千切れんばかりに振られている。
 どうやらかなり心を奪われているようだ。

「流石に美神の旦那だな………」

「ええ、こういう交渉は得意ですわね」

 残りの二人は、そんな美神を見て感心する事しきりであった。



「ほう、そうですか…。シロの奴が……」

 美神達3人はあれから長老の家に案内され、囲炉裏を挟んで人狼達と話し合っていた。
 彼等の前にドッグフードの空き缶が置いてあるのはご愛敬。

「まー、事情が事情だし、アンタ達の無責任を責めるつもりはないけど……。
 人間じゃなく、シロのために協力して欲しいの。あの子だってアンタ達の大切な仲間なんでしょ?」

 もっぱら喋るのは美神であり、雪之丞と九能市は黙って両脇を固めて座っている。
 人狼達もその力の大きさがわかるのか、警戒の眼差しを送るモノの手を出そうとはしない。

「……………………わかりました」

 やがて沈黙を破って長老が了承の答えを返す。

「まず訊きたいんだけど、『狼王』ってのは北欧神話に登場するフェンリル狼の事じゃない?」

「……ご存じでしたか。左様!」

 少しだけ驚いた表情を見せた長老が頷く。

「フェンリル?」

「北欧神話に記されたフェンリル狼…。
 まだこの世に神と精霊が満ち満ちていた頃、あまたの神を殺し世界を滅ぼしかけた怪物よ」

 聞き慣れない単語に反応した九能市に説明してやる美神。

「なかなかよくご存じですな。ワシらは皆、フェンリルの魔力を受け継いだ者達ですじゃ」

「やっぱり……。横島君は薄々見当が付いていたみたいだけど……。
 どうやって倒そうって言うのかしら?」

「じゃあ、犬飼ってーのは、そのフェンリル狼への先祖帰りを目論んでいるのか?」

 話を聞いていた雪之丞が誰にともなく尋ねる。

「おそらくね。でも今でさえ横島君ぐらいしか、八房を持った犬飼とはまともに戦えないっていうのに、
 そんな事になったら処置無しだわ」

 首を振り、溜息を吐きながら呟く美神。

「でも、確かにフェンリルとかになれば歯が立ちませんけど、奴の連撃だったら私も雪之丞さんも
 6発までは視る事が出来ますわ。多分5発までは躱せると思いますし……」

「そりゃあ同感だな。美神の旦那だって何発かは視えるんだろう?」

「まあ2〜3発なら視えるけど、防ぐとなると2発までかしら……」

 そんなやり取りを聞いて驚いている人狼達。

「それは凄いですのう…。普通、人間の眼であれば八房の連撃を見切る事はまず不可能ですじゃ。
 貴女達の言っている横島というお人はあの8発の連撃を全て躱すのですかな?」

 長老が代表して気になっていた事を尋ねる。
 人狼達ですら、八房を持った犬飼の連撃を受け止める事はできないのだから。

「最初に戦った時、横島君は犬飼の攻撃を全て見切って防ぎ、さらに奴に傷まで負わせたわ。
 まあ、シロが乱入したんで倒せなかったみたいだけど…」

「なっ!? あの犬飼を圧倒した!?」

「普通の人間では考えられぬ!」

 緒戦を思い返して答える美神に驚き声を上げる人狼達。

「まあ、彼は非常識に強いからね。
 私の両隣にいるのが彼の弟子よ。一応私もそうなるのかしら……」

「うーむ、確かにお二人とも信じられないほど強いようですから、その師である横島殿の強さも頷け
 ますな。それでシロはどうしています?」

 美神の答えに、目の前の人間達が持つ強さの理由がわかり納得した長老は、気になっていたシロの事を尋ねる。

「あのちびっ子なら、一昨日から横島の元で霊力を練り上げる修行をしてるぜ。
 上手くいけば霊波刀を自由に操れるようになるだろうさ」

 雪之丞が愛想無く答える。

「しかし、シロはまだ小さい。それはまず無理でしょう……」

「いいえ、あの子は横島様の霊力を取り込んで、自分の意志で身体を成長させましたのよ。
 後は時間だけが問題ですわ」

 ある意味、シロが望む能力を熟知している長老が呟くと、九能市がさらにシロの現状を説明する。

「ほう……。シロの奴、そこまで思っておったか」

 長老他、人狼の大人達が感慨深げにしているのを尻目に、退屈した雪之丞が美神に声をかける。

「美神の旦那。もう横島に頼まれた件は終わったんだろう?
 今夜は遅いから仕方がないが、明日の朝一番に戻ろうぜ。
 俺もアンタも修行をしなけりゃならんしな」

 雪之丞の言葉に頷く美神。

「悪いけど、今晩は泊めてくれないかしら。明日になったらすぐに帰るわ」

「それは構いませんが……。できればワシもご一緒したいのじゃが構わんかの?」

 そんな長老の申し出に訝しげな表情をする美神。
 しかし少し考えて頷く。
 難しい事は横島や小竜姫が考えるだろう。
 こうして隠れ里の夜は更けていった。






「心を空っぽに……そして自らの霊気を感じてそれを一つの流れに……チャクラへと誘導する……」

 岩の上に立ち、目を瞑りながら精神を集中して体内の霊気を感じようとしているシロ。
 黒い薄地のセパレートタイプなレオタードを着ている姿は、数日前までのお子ちゃまと同一人物とは思えない。
 尤も、横島の心には平行未来とは違って、ルシオラと小竜姫という大事な二人がいるために純粋に弟子としか見てはいないが……。

「そうだ……意識を自らの裡へと向けて霊気の流れに身を委ねるんだ。
 そうすれば霊気を霊力として練り上げることができる」

 傍で見守っている横島が心眼でシロの体内を流れる霊気を視てアドバイスを送る。

「先生…! 何だか身体の奥が熱いでござる……」

「それでいい。その感覚を覚えるんだ」

 戸惑ったようなシロの言葉に、それを進んで受け入れるように告げる。

「……力が…力が身体の裡から湧き上がってくるようでござる……」

 心眼によって横島にはシロの身体から強力な霊力が沸き立つのが視えていた。

「お前は今、自分の霊気をしっかりと感じている。
 さあ、次は自分のチャクラに意識を集中するんだ。まずは第1チャクラだけでいい」

「わかりました。チャクラを……感じる…」

 横島の導きによって霊力の効率的な練り上げ方と制御方法を学んでいるシロだが、彼女はこれが反則技に近い程恵まれた状況であると分かってはいない。
 本当なら僅か1週間程でここまで霊力をコントロールできるわけないのだから。

「こ、これが……霊力でござるか? す、凄い……。拙者にもこんな力が……?」

「いいぞ。そうやって霊気を一定の向きに集めて、チャクラで練り上げ増幅するんだ。
 さあ、純粋に力を欲すればチャクラで練り上げた霊力はお前を守ってくれる」

 横島の言葉に頷くと、仇である犬飼の姿でなく優しかった父を思いだして意識を集中し、力を欲するシロ。

 ドクンッ!!

 シロの下腹部が急激に熱くなり、身体を強烈な力が満たしていく。

「力を受け入れて身体の隅々へと行き渡らせろ!」

 全ては初日に横島が文珠を使って見せてくれた事である。
 それを思い出して必死にそのイメージを心に描く。
 すると練り上げられた霊力は、シロの願いに応えるかのように彼女の身体へと染み渡っていく。
 それを知覚したシロはごく自然にその力に身を委ねて、ゆっくりと眼を開いた。

「よくやったなシロ。それでいいんだ。これでお前は霊力を安定して使う事が出来る」

「先生……」

 シロの眼に最初に映ったものは、優しく微笑んでいる横島の顔だった。

「お前の基礎霊力は大体60マイトぐらいで安定している。
 次の満月までにはもっと高出力を出せると思うから引き続きこの修業も続けるぞ。
 これで霊力に関しては何とかクリアーしたか」

 ホッとしたように言う横島に抱き付きたい衝動を抑えるシロ。
 目の前の男はすでに愛する人がいるのだ。
 だから自分は横島を師匠として敬おうと決めた。

「これで…拙者に霊波刀を伝授していただけるのですか?」

 心を落ち着かせ、意識して静かな声で尋ねるシロに頷いてみせる横島。

「ああ、明日から霊波刀の修行を行う。
 今日はもう休め。疲れ切った身体と精神では霊波刀は無理だ」

「よく頑張りましたねシロさん。横島さんの言うとおり僅か数日でここまで到達するとは見事です。
 今日はゆっくり休みなさい」

 いつの間にか横島の横に立っていた小竜姫もシロを褒める。

「あ、ありがとうございます。先生………」

 岩から降りて横島に礼を告げると、シロはガクッと崩れて意識を失った。
 それをしっかりと抱き留める横島。

「大分無理をさせてしまいました……」

「そうですね。でもそれがシロさんの願いでしたから……」

 精神的な疲労によって眠ったシロの顔を覗き込んで呟く横島と小竜姫。
 二人はシロを部屋へと連れて行く。
 美神達が人狼の里で夜を過ごしているのと同時刻、深夜の妙神山でシロは霊波刀の修行に必要な霊力を手に入れた。



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