フェダーイン・横島

作:NK

第48話




「ただいま〜! お客さんを連れてきたけどいいわよねー?」

 元気な声と共に宿坊に入ってくる美神、雪之丞、九能市。
 妙神山だというのにまるで自分の家のように振る舞う美神は流石というか……。
 それに遅れて人狼族の長老がゆっくりと入ってくる。

「うーむ、本当に神族の領域で修行しているとはのう……。
 確かにこの強力な結界であれば、犬飼ポチと八房でも手は出せまい」

 感慨深く辺りを見回しながら呟く長老。

「おかえり令子ちゃん。横島君と小竜姫様なら中にいるよ」

 出迎えた西条が美神の無事帰還を喜びながら全員を招き入れる。

「ただ今戻りましたわ、横島様」

「これといって厄介事はなかった。犬飼の野郎も遭遇しなかったしな」

 立ち上がった横島に帰還の報告をする九能市と雪之丞。
 二人の言葉に頷くと、横島も労いの言葉をかける。

「おかえり。
 ヒャクメの方でもまだ動かないと言っていたから大丈夫だとは思っていたが、無事で何よりだ。
 そちらが人狼族の長老ですね。初めまして、横島です」

 そう言って声をかけてくる横島に慌てて一礼する長老。
 彼は横島の強大な霊能力ポテンシャルをある程度見抜き驚いていた。
 ヒャクメは犬飼を監視するため、部屋に籠もっているので姿を見せていない。

「話には聞いておりましたが……これ程の力をお持ちとは思いませなんだ。
 我ら一族に成り代わり、此度の不始末をお詫びします。
 しかしこれ程の師匠の元で修行できるシロは幸せ者ですな」

「長老――!!」

 頭を下げた長老に応えようとした横島だったが、後ろから走ってくるシロの声と気配にスッとその場所を譲る。

「ほう…。僅かの間に随分と成長したのう……。
 余程先生が良かったのじゃろうて。霊力も見違えるようじゃ」

「長老……拙者…どうしても仇を………」

 シロの成長を喜び、優しく語りかける長老を目の前になぜかシュンと項垂れるシロ。
 尻尾も力無く垂れ下がる。
 追ってはならぬ、という長老の言葉を無視して勝手に里を出奔し、結果的に人狼族の隠れ場所の位置を人間に教えてしまったのだから……。

「もうよい。何も言うな。ワシも村の連中も気持ちはお前と変わらん」

 その言葉を聞いて少しだけ元気になるシロ。
 尻尾でその辺は丸わかりである。

「今日から霊波刀の修行に入りますが、時間があまりにもありません。
 次の満月まで後3週間余り……。犬飼が動き出すのはその少し前からでしょう」

「おそらく奴は傷を癒し、じっと霊力を蓄えているに違いない。
 次の満月になればすぐにでも狼王に化けるかもしれない。
 だからその前に決着をつけなければならない。残された時間は後18日ぐらいだな」

 対面を邪魔しないようにと少し下がった場所で見ていた小竜姫と横島が残された猶予を告げる。
 それは2週間ちょっとで霊波刀を修めなければならないという通告だ。

「しかし、横島殿ほどの力があれば、犬飼を倒す事など容易いのではありませぬか?」

「確かに今の犬飼なら勝てるでしょう。だがシロにも仇を討つ機会をあげたいと思いまして。
 勿論、俺が一緒に行って万が一の時は助太刀しますけどね」

 長老の考えを肯定しながら、横島はなぜ自分が今すぐに動かないかを説明する。

「そうですか……。いや、ご面倒をおかけいたす」

 深々と頭を下げる長老。
 それで事が済めば、人狼族は自ら犯罪者を裁いたと言う事で事態を収める事が出来る。
 そうすれば人狼族への追求はそれ程無いであろう。

「いえ、全てはシロ次第です。間に合わなければGSとして俺が奴を倒します」

 横島の言葉に、長老は全てを委ねようと決意する。
 短い間だが、横島を信頼に足る人物だと見たためだ。

「ではこちらの部屋で過ごしてくださいね。部屋はいっぱいありますから」

 そう告げる小竜姫に頭を下げると、長老はしばし妙神山の客になるのだった。






「心を無に……。そして身体に満ちる霊力を自分の手に集める……」

 目を瞑って必死に霊波刀を出すべく、霊力を右手に集めようとする。

「いいか、俺の霊力を外からお前の腕に注いでみるぞ。その感覚をしっかりと身体に刻み込め」

 そう言って横島はシロの後ろに立つと、後ろからシロの腕を取って身体を密着させる。
 薄いレオタード越しに感じる横島の力強い感触に、なぜか心の動揺を抑えきれないシロ。
 そんな自分を心の中で厳しく叱責すると、心を落ち着けて横島の指導に自分を委ねる。
 その途端、ビクッと身体を震わせる。

「どうだ……。これが霊力を霊波刀にするためのやり方だ。感じられるか?」

 横島の言葉と共に自分の右腕に流れ込んでくる圧倒的な霊力を感じ、それが掌で溜まり大きくなっていくような不思議な感覚を体験する。
 今は横島が外部から霊力をコントロールしているので、これまでシロが扱ってきた以上の霊力でも使えるのだ

「これが……霊波刀を作るやり方でござるか…?
 拙者はこれまでも小さい霊波刀なら出せましたが、全然感覚が違うでござる!」

「お前の霊力は、子供の姿だった今までとは比較にならない程強くなっている。
 さらに今俺がやって見せているのは、俺が使う霊力を高密度に集束させた霊波刀だ。
 扱っている力の絶対量が違うんだよ」

 ゆっくりと横島に捕まれた腕を通じて、横島の練り上げられた霊力が入ってくる。
 それはなぜか性的な興奮を伴うような怪しい感覚なのだが、今のシロにはそこまでの知識は無い。
 霊気という、ある意味横島の魂が放射する横島自身の波動を直に体内に注がれているのだから、いわばシロは魂同士で横島と接触し、その全てを感じているのだ。
 相手が男であり、密かに思慕する横島であれば、それは当然の事と言えた。

「どうだシロ? 今はわざとゆっくりとやっているけど、感覚は掴めたか?」

「…は、はい! この感覚を覚えればよいのですね?」

「そうだ。では霊波刀を出すぞ」

 横島の言葉と共に、シロの右手から70cmほどの青く光る霊波刀が出現した。
 しかも傍目でもその刀身はかなり高密度であることがわかる。

「これが……拙者の霊波刀……」

 自分の手から伸びている霊波刀を眺め、シロは今までの鉛筆みたいな小さな霊波刀の感覚しか知らないために戸惑いと感嘆の声を上げる。

「ああ、俺からの霊力はお前の霊力に合わせてある。
 修行を積めばお前はこれぐらいの霊波刀を作る事が出来るんだ。
 まあ、今回は間に合わないだろうけどな」

 横島の言葉に頷きながらもその霊波刀に心奪われている。

「シロも感覚として理解できたようだから、俺からの霊力注入を止めるぞ。
 後は今の感覚を頼りに、教えた事を繰り返して霊波刀を自分のモノにするんだ」

 しばらくそうしていた横島は、その言葉と共に掴んでいたシロの腕を放し離れる。
 するとシロの右手から伸びていた霊波刀は、制御を失いスッと消滅した。

「あっ…! き、消えてしまったでござる!」

「そりゃあ消えるさ。今の霊波刀は俺がコントロールしていたからな。
 さあ、今度は自分の力でやってみるんだ」

 横島の言葉に頷くと、これまで習った事を頭の中で反復して霊気のコントロールを開始する。
 そんなシロの姿を見て、横島は一旦その場を離れた。

『ヨコシマ、あれだけで彼女は大丈夫?』

 ルシオラの意識が、たまたま周囲に他の人間がいなかったために声に出して尋ねてきた。

「ああ、シロならあれだけで大丈夫だよ。
 それにあまり手取り足取り教えて、シロが俺に依存するのはまずいだろ?」

『そうね……。彼女は平行未来でもヨコシマに懐いていたものねぇ……』

 横島の言葉に、すでに分かれた記憶を思い出すルシオラ。

「あの世界でもシロは飲み込みが早かった。これだけ教えれば後1週間ぐらいでマスターするだろう」

『そうね。でもさすがはヨコシマ! やっぱり教えるのが旨いわ』

 そんな事を話しながら歩いていると、横島を待っているらしい小竜姫の姿を見つける。

「小竜姫様、どうしました?」

「いえ、シロさんの修行がどうなったか気になりまして……」

 幾分妙な様子で応える小竜姫。
 何か不安な事があるように見えたが、横島はすぐに思い当たる。

「大丈夫ですよ。俺には小竜姫様とルシオラしかいないんですから」

 耳元でそっと囁いた横島の言葉に、パッと顔を輝かせるが同時に恥ずかしいのか頬を真っ赤に染める。

『ちょっとヨコシマ! 私には何でそう言う事言ってくれないの?』

 一瞬、そんな小竜姫を可愛いと思った横島だったが、ルシオラの意識が突っ込みを入れる。

「な、何を言っている…ルシオラ? そんな事言わなくたって当たり前だろ?」

『わかってないわね、ヨコシマ! 女の子は分かっている事でも言って欲しいのよ!』

 反論しようとしたが、呆気なくルシオラの一言に斬って捨てられる。

「そ、そういうもんか?」

「そうですよ横島さん。女性はみんなそうなんです」

 さらに小竜姫にも言い切られ、横島としてはこれ以上逆らえない。

「わ、わかったよ。これからは気をつけるから機嫌を直してくれよ。なっ、なっ!」

 普段の横島の姿を知っている人なら信じられないような情けなさで懇願している横島に、クスリと微笑して応えるルシオラ。

『わかったわ。でも女の子の気持ち、忘れないでね』

 そんなルシオラの意識に、横島は頷くしか術はなかった。






「しゅ―――っ」

 目を瞑り霊波刀を右手に作り上げたシロは息吹と共にゆっくりと眼を開く。
 その手に輝く霊波刀は、横島が最初にシロの体を使って作ったモノほどの密度はなかったが、長さだけはそれに匹敵していた。
 あの日から10日。
 シロは漸く及第点レベルの霊波刀の創造に成功していた。

「用意は良いか? ではいくぞ。最初は2本だ」

 シロから少し離れた正面には、横島が何も持たずに立っている。
 観客として横にはなぜか雪之丞、九能市、長老の姿が……。

「はいっ! 先生!」

 シロの返事に頷くと、横島はハンズ・オブ・グローリーを纏った右手をさっと上げて前に突き出す。

 ピュウウンッ!!

 空気を斬り裂く音と共に、霊力を纏った斬撃が2発シロへと向かう。
 そのスピードは犬飼の八房による斬撃に匹敵していた。

「くっ! だがこの程度!」

 キンッ! ギュイン!

 シロは右手の霊波刀を煌めかせ、横島から放たれた何かを迎撃する。

「よし。次は3本だ」

 再び微かな音と共に横島から斬撃が放たれる。
 3度刃同士を打ち合わせる音が響き、僅かに息を荒くするシロ。

「ふうむ……。横島殿の技、恐ろしいモノですな」

「ああ、霊波刀の霊力を分割し、鋼線のようにさらに細く高密度にした霊刃糸とも呼べる技……。
 分割する事で1本当たりの霊力が落ちるから、強い霊力を持つ相手には効果は薄いが、自分より
 霊力が低いか同じぐらいの奴には効果絶大だな」

「その通りですわ。何より殆ど眼に見えないので、1本にして密かに巻き付けられたらあっという間に
 斬り刻まれてしまいます」

 横島が犬飼との緒戦で見せた技を改めて見せられた3人の感想である。
 八房は一振りで八度太刀をあびせる剣。
 シロが犬飼を倒すには、霊波刀を自由に使いこなした上でその連撃を全て捌かなければならない。
 これはそのための修行だった。
 横島としても、本来この技はノーモーションで仕掛けるものなのだが、今回はシロの修行なので犬飼を見立ててわざと腕を振っている。

 キンッ! キンッ! キキキンッ!! ギインッ! シャッ!

 遂に霊刃糸が7本となったところで、視えてはいるもののスピード不足で迎撃が間に合わなかったシロの肩口を霊力の塊である糸が掠った。

「――っ!」

 微かな痛みに、糸が掠った部分を押さえるシロ。

「どうやら6発が今のお前の限界みたいだな。
 剣を振るう体力とか筋力はいくらなんでも短期間でどうこうできない。諦めるか?」

「いえ、必ず8本全てを弾けるようになります!」

「その意気込みは買うが、犬飼相手では9本でも対処できるようにしないと勝負が長引いた時に
 勝てはしない。目指すなら9本にしろ」

「はい! 先生!」

 再び霊波刀を構えるシロに頷くと、横島は7本の霊刃糸を振るう。
 今度は何とか全てを霊波刀で逸らす事に成功するシロ。
 その後必死に頑張ったシロだったが、どうしても8本の壁を乗り越える事はできなかった。



「そうか……。どうしてもまだ7太刀までなのね?」

 その夜、全員が集まった夕食後に横島がシロの修行の経過を報告した後の第一声がそれだった。
 その言葉を発した美神の顔はえらく疲れている。
 よく見れば、西条、エミ、唐巣も同じように眼の下に隈を作り疲れている。

「まあ、私達も全力で魔法陣を書いているから、アンタも頑張るワケ」

「万が一、犬飼がフェンリルになった時のために、人狼族の守護女神を呼び出すための準備は
 我々に任せたまえ」

「そうだよ。君はとにかく修行に専念するんだ」

 ゾンビのような雰囲気だが、口々にシロを励ますエミ、西条、唐巣。
 彼等は長老によってもたらされた、人狼族の守護女神・アルテミスを呼び出すための巨大魔法陣の作成を担当しているのだ。
 さすがに妙神山の結界の中というわけにもいかず、ヒャクメが監視しているので平行未来での記憶にあるテニスコートに描いている。
 保安面で不安があると思うだろうが、妙神山修業場を亜空間ゲートで繋がっている。
 したがって、なにかあれば横島達が即座に駆け付けるのだ。

「さすがに……僕達に出来る事はありませんね……」

「取り敢えず修行していれば良いんジャのー」

「ワシは退屈になってきたぞい」

「ドクター・カオス。今・外に出るのは・危険・です」

「私〜退屈だわ〜」

 完全傍観者組は何やら肩身が狭そうだ。
 そうは言っても、ピートとタイガーはかなり真面目に修行しているので日々は充実している。
 カオスとマリアは……どうでもいいみたいである。

「シロ、後1週間で最低でも8発の斬撃を防げるようにならなければ、犬飼の相手は俺がするぞ。
 いいな?」

 否とは言わせない口調で話す横島に黙って頷くシロ。
 シロにはわかっていたのだ。
 横島は自分が課題をクリアーしない限り、絶対に戦いに同行させてはくれないと。
 それは師匠として当たり前の態度だった。
 勝てずに殺されると分かっているのに、犬飼と戦わせるような事はできない。

「シロさん、今は修行の事だけを考えなさい。そうしなければ望みは叶いませんよ」

 小竜姫の言葉に焦る心を何とか落ち着かせ、明日の修行に全てを賭けようと決心する。

「はい。拙者、決して諦めませぬ」

 その表情を見て心の中で頷く横島。
 諦めなければ希望はあるのだから……。






「ふん……傷を治し連日の修行で霊力を高めたが、漸く月も満ち始めたな。
 さて、これで俺は万全だ。狩りを始めるとするか……」

 そう言って人間形態のまま隠れ家として使っていた空き家を出る犬飼。
 空にはほぼ丸く見えるようになった月が浮かんでいる。
 戦闘力を増すために、姿を狼形態に変え手に抜き身の八房を持ちながらどこかを目指し歩き始める。

「フフフ……あの最初に拙者に向かってこようとした女なら、神族の防具をつけていなかったし匂いも
 比較的容易に辿れる。
 霊力という点ではシロを庇った女の方が高かったが、神族の防具を身に着けているとなると面倒
 だからな」

 山の中であるため人家も殆ど存在しないので人と会う事はない。
 だがここ1週間、あの女や傍にいた霊能者の男の匂いが微かに匂ってきていたのだった。
 犬飼にはそれだけで彼女たちが自分の狩りの範囲内にいる事がわかった。
 しかし自分が万全の体勢になる今夜まで動かなかったのだ。
 それは横島と名乗る恐るべき敵を警戒したため。

「横島とか言ったな……。この前の借りを返してやるぞ」

「それはおもしろい。できるものならやってみるがいい」

 ニヤリと笑いながら呟いた独り言に返事を返され、ぎょっとした表情で声がした方向を振り返る。
 そこにはなぜか成長したシロと横島が闇に霞むように静かに立っていた。

「貴様……横島! 拙者に気が付かれずにこんなに近づくとはな……。
 これまで獲物にこれほどの接近を許した事はないぞ」

 一瞬、横島の底知れぬ実力に恐れを抱くが、即座にそれを振り払い戦意を高揚させる犬飼。

「笑わせてくれる。お前に気が付かれないように忍ぶなど容易い事だ。
 それより俺に斬られたところは治ったか?」

 あまり感情を感じさせない表情で淡々と話す横島。
 犬飼にはかえってそれが不気味だった。

「当たり前だ。人狼の超回復をなめるなよ。それよりシロ、お前は父の敵を討ちに来たのか?」

「今日こそ父の仇を取らせて貰う。犬飼、覚悟!」

 自らの動揺を悟られないようにそれまでと変わらぬ口調で答えると、横に立って険しい眼差しで自分を見ているシロに声をかける。
 返ってきた言葉は犬飼の言葉を肯定するもの。
 そしてシロの手から見事な霊波刀が伸びる。

「ほう…見事な霊波刀だ。この短期間でそこまで腕を上げるとは大したものよ。
 だが拙者の邪魔をするのなら死んで貰おう」

 スルスルと間合いを詰めてくるシロに向かって八房を振るう犬飼。
 狼形態のために戦闘力が上がっている犬飼の一撃は、先の横島の戦いでみせた連撃を上回る速度で襲いかかる。

『視覚だけに頼るのではない。心の眼を開いて霊気の流れそのものを感じるのだ』

 横島に教えられた事を頭の中で唱え、シロは自らの霊力を開放し何かに導かれるかのように霊波刀を動かした。

 キンッ! ギイン! カキイィィン! バキャ! ギンッ! カイィィン! 

 力みのない自然な動きで8発の斬撃全てを防ぎきるシロ。
 さらに次の八房の連撃をも防ぎきる。

「なにっ!? 八房を一人で受けきるとは……貴様いったい!?」

「犬塚シロ、参る!」

 驚く犬飼を尻目に攻撃に転ずるシロ。
 その素早い攻撃は犬飼に攻撃を放つ暇を与えない。

 キンッ! キキンッ!!

 シロの霊波刀と犬飼の八房が霊力の火花を散らせながら、互いの持てる技を出して戦う。
 激しい攻防を繰り返しながらも、犬飼は守護女神の力を借りたわけでもないのに自分と互角の戦いをするシロに舌を巻いていた。

『こ奴、一体どんな修行をしたというのだ? これも全てあの横島と言う奴の仕業か?』

 そう思いながら、戦いの最中だというのに横島を気にした犬飼の視線はどうしても彼の方へと向いてしまう。
 その隙を見逃す今のシロではなかった。

「覚悟!!」

 空いている左手で九能市から貰った直径20cm程の大きさを持つ鋼製の輪(丸鋸のような刃が付いている)を取り出し、いきなり空へと投げ上げる。

「……??」

 怪訝な表情をする犬飼だったが、即座に間合いを詰めてこようとするシロを今度こそ八房が浴びせる八太刀で倒そうと刀を構えた。
 だが次の瞬間、犬飼はシロの狙いを突然理解したのだった。

 シュルシュルシュル……

 シロが投げ上げた(りん)は、まるでタイミングを計ったように自分目がけて落下し始めていた。
 そして輪を払おうとすればシロの霊波刀をまともに食らってしまうのだ。
 かといってシロ向かって八房を振るえば、落ちてくる輪は確実に自分を斬り裂くだろう。
 横島が施した霊力付与によって100マイト以上の霊力が込められているのだから。

「むっ!? この技は?」

 これこそ横島がシロに教えた対犬飼用の奥義だった。
 犬飼は一振りで八太刀をあびせる八房を持っているが故、間合いが開いていれば攻撃の際にあまり動く事はない。
 前回の横島との戦いは、どちらかと言えば押されていた犬飼が動かざるをえない状態に追い込まれたと言って良い。
 平行未来の記憶で犬飼の戦い方を覚えていた横島が、長期戦は無理なシロでも使える技として1週間をかけて叩き込んだのだ。
 無論、そんな短期間で覚えられるような技ではない。
 今も空中でのコントロールは横島が密かに行ったのだ。

「お、おのれ!」

 より殺傷力の高いと思われる輪目がけて八房を振るう犬飼。
 重力にしたがって落ちてきた輪が8発の斬撃によって弾かれるが、それはシロの狙い通りだった。

「たあっ!!」

 横島に教えられたように霊力を練り上げて、今の自分が出せる最大の攻撃霊力を霊波刀へと注ぎ込む。
 犬飼が輪を迎撃しようと動いた瞬間に込められた霊力は、シロの霊波刀の輝きを激しくする。

 ビシッ!!

「ぐはっ!」

 霊波刀を下から掬い上げたシロ渾身の一撃は、犬飼の霊波シールドを突き破り毛皮をも斬り裂いて深手を負わせる。
 だが犬飼もそのままやられてはいなかった。

 ドッ!!

 痛みを堪えて振り上げた八房をシロ目がけて振り下ろす。

「しまった…!」

 攻撃に全神経を集中させていたシロは慌てて防御にまわるが、一瞬の遅れが8発の斬撃を捌く事を不可能にしていた。

 ビシュッ!!

 最後の一撃を辛うじて霊波刀に当てたモノの、勢いに負けて弾道を逸らした斬撃に左の肩口を斬り裂かれ、鮮血が勢いよく飛び散る。

「う…くっ!」

 傷口を押さえて後方に飛び退いたシロはガクッと膝を突く。
 一方、犬飼も片膝を落として傷口から血を流しつつ、一時的に霊力を治癒へと廻していた。
 痛みを堪えて立ち上がろうとしたシロの頭にスッと暖かい何かが載せられる。

「せ、先生!?」

 暖かさの源が横島の掌だとわかったシロが後ろを振り向く。
 そこにはすでに表情を消した横島が立っていた。

「シロ、よくやったな。この短い時間でよく俺達が教えた事を会得したよ。
 だがそれ以上は戦えないだろう。後は俺がやる」

「だ、大丈夫でござる! 拙者はまだ戦えます!」

「シロ、戦いの時は常に相手を観察するんだ。
 奴が治癒に使っている以外の霊力を練り上げている。
 どうやらフェンリルに無理矢理なるつもりらしい」

 横島の言葉に一瞬大声で抗議したシロだったが、冷静な横島の言葉に犬飼を再度観察した。
 確かに異様な霊力の高まりを感じる。

「そんな……。それじゃ拙者の修行は――」

 いくらシロが過酷な修行に耐えてかなりの力を持つに至ったとはいえ、フェンリルになった犬飼には歯が立つはずもない。

「お前はすぐに美神さんやエミさんのところに『転』『移』して戻れ。
 こんな時のために美神さん達が準備をしていてくれたんだ。
 お前が戻ってくるまでは俺がくい止める」

 そう告げる横島の口調には有無を言わさぬ響きがあった。

「………わかりました。でも拙者が戻ってくるまで必ず待っていてくだされ!」

「ああ、俺もこんな所で死ぬわけにはいかねーからな。さあ、早く行け」

 横島の言葉に後押しされ、シロは横島に予め貰っていた文珠を握りしめると姿を消した。

「何もかもお見通しというワケか……。だが一人で拙者に勝てると思っているのか?」

 無理矢理傷を治したために体内の霊気を乱しながら、フラリと立ち上がる犬飼。

「シロはもう限界だったからな、だが俺にとって、フェンリルにならないお前なら何ら問題など無い。
 試してみるか?」

 そう言って横島はスッと両手を前に出し、左手で握る何かに右手をかけ静かに引き出す仕草をする。
 だがスルスルと存在しないはずの木刀が右手には握られていた。

「ほう……凄まじいエネルギーを持つ霊刀だ。それが貴様の本当の武器か?」

「別にそういうわけじゃないが、俺が全力を出すにはこの飛竜を使うのさ。
 さあ、フェンリルになるなら早くしろ」

「なめるな! たかが人間如き今のままでも斬り刻んでくれる!!」

 挑発するような横島の言動にプライドを刺激された犬飼は、立ち上がり霊力を上げると八房を構える。
 一方、横島も全開にしたチャクラを使って霊力を練り上げ、自らが高められるだけの霊力を上段に構えた飛竜へと流し込む。
 既に飛竜には3,000マイト近い霊力が込められ、淡い蛍のような光を発していた。

「それが貴様の実力か? おもしろい、ならば貴様を斬ってその霊力を頂くとしよう」

 自分も渾身の力を使って八房を振り抜く犬飼。
 これまでで最高のスピードを持って、8発の斬撃が唸りを上げて横島に襲いかかる。

「妙神山念法奥義! 蛍光十字裂斬!!」

 犬飼が八房を振り抜くのと同時に、横島も奥義の一つを放った。
 練り上げた霊力を飛竜の刃の部分に集束して高密度に展開し、その一撃を持って相手を切断するのが蛍光裂斬という技である。
 それは八房のように霊力で作り上げた切断波を飛ばす事も出来る。
 今回横島が使った奥義・蛍光十字裂斬は、蛍光裂斬よりもさらに霊力を練り上げ、神速の剣捌きによって一気に振り下ろした飛竜を即座に返して横に薙ぐという技。
 斬られた相手に十文字の傷を残す事から名付けられた。

 それぞれが出力2,000マイトを誇る霊力の刃が、十文字の形で唸りを上げて放たれる。
 その凄まじい威力は、八房が作りだした斬撃をことごとく粉砕、あるいは飲み込んで犬飼に迫った。

「ば、馬鹿な!? 人間がこのような……」

 慌てて自分の全霊力を使って防御を固めたが、無論受けきれる筈はない。

 ズドオォォォオン!!
 キンッ!!

「ぐばあっ!」

 霊力がぶつかり合って強い衝撃と光が発生し、横島は油断無く飛竜を構えてそれをやり過ごすと心眼モードで犬飼をスキャンする。
 八房は横島の放った奥義によって途中から見事に折れていた。
 これではもはや使い物にはなるまい。
 だが肝心の犬飼はまだ生きていた。
 ヨロリと姿を現した犬飼の胸には、十文字の深い裂傷が刻まれていた。
 ドクドクと流れ出す鮮血。

「さすがだな。今の一撃でも生きているとは」

 そんな犬飼を賞賛するが、それは別に皮肉ではない。
 今横島が放った一撃は、下級魔族なら4つに切断され滅殺されてしまうだけの威力があったのだ。
 本来、犬飼程度の霊力なら消滅しているはずなのだが、八房に蓄積されていた霊力によって辛うじて生き残ったというのが実情である。

「ぐっ……拙者はまだ死なんぞ……」

「よせ。それだけの傷を負い、八房が折れた以上もはやフェンリルにはなれまい。諦めろ」

「ふっ…もう遅いぞ横島とやら。『狼王』フェンリルはすでに復活している!!」

 ボッ! ゴバァ!!

 犬飼の身体から霊気が放出され、その身体がメキメキと膨れ上がるように大きくなっていく。
 ボロボロの犬飼は自ら溜め込んだエネルギーを開放し、無理矢理フェンリルへの変化を行ったのだ。
 普通の狼の顔が、眼が一つに繋がりさらに眉間にもう二つ眼のようなモノができる。
 さらに身体がどんどん巨大化していく。
 それはもはや怪獣並の体躯を誇っていた。

「グオオオオオオッ!!」

 全長30m程になったフェンリルは一声大きく吼えた。
 それは自らの誕生を宣言しているように聞こえる。

「これが伝説のフェンリル狼か……。では俺も本気を出してシロを待つとしよう」

『神・魔・共・鳴!』

 声にこそ出さぬが、横島も精神を集中させて自らに融合しているルシオラと小竜姫の霊基構造コピーとの魂レベルでの同期・共鳴を行った。

 キイイィィィィィン!!

 その結果、横島の身体は金色の霊気(オーラ)に包まれたように見える。
 
「何だと! 貴様本当に人間か!?」

 さすがのフェンリルもこれには慌てる。
 何しろ横島の霊力は9,000マイトを優に超えていたのだから……。
 エネルギーが不足している状態で、尚かつ肉体の治癒まで行っての変身によって、フェンリルの魔力は最低限しかない。
 今現在の魔力をマイト数にすれば、せいぜい7,000マイトぐらいなのだ。
 無論、万全の状態なら10,000マイトを優に超え、20,000マイト程度の実力を持っている。
 だからこそ、横島は奥義を使って犬飼に大きなダメージを与えておいたのだ。

「さあ、それは俺自身にもよくわからん。それより第2ラウンドを始めようか」

 満月の夜に横島の冷たい声が響いた。



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