フェダーイン・横島

作:NK

第49話




「始まったようね……」

「シロ君は何とか間に合ったみたいだが、果たして奴に勝てるだろうか?」

「どっちみち、私らじゃ犬飼の攻撃に対処できないワケ。
 微かに感じる波動によると今のところ互角みたいね」

「神よ……あの娘を救いたまえ……」

 漸くアルテミスを呼び出す魔法陣を描き上げた4人は、力無くコートに座り込み一息ついていた。
 そこに少し離れた場所から霊力がぶつかり合う微かな反応が感知されたのだ。
 何が起きているのかは一目瞭然である。

「まさかあのチビがあそこまで成長するとは思わなかったぜ……」

「横島様と小竜姫様が教えたとはいえ、潜在能力が凄かったんですわね」

 護衛としてこの場所に待機していた雪之丞と九能市も、昼間見たシロの成長ぶりに驚いたのだ。

「ま、人狼っていうぐらいだから、普通の人間よりは霊力もあるんだろうな」

 戦場は目で見えない距離があるはずなのに、なぜかビリビリとする霊力の応酬が感じられる。
 美神達が数日を賭けて完成させた魔法陣の中央には、ポツンと横島の置いていった単文珠が鎮座していた。
 もし犬飼ポチがフェンリルに変化しようとしたら、即座にシロがここに戻って女神をその身に降臨させるためだ。

「作るのが凄く大変だったけど、できれば使わないで済んで欲しいワケ」

「そりゃー私も同感ね。フェンリルなんて出てこられた日には面倒だから」

「それよりも、ここ半月のうちに彼女はあまりにも急激に成長した。
 それなのに時間を空けずにさらに強大な力をその身に宿せば、まだ安定していない彼女の身体は
 保たないかもしれない」

「そうだね。仮にも神をその身に降臨させるんだ。ただでは済まないよ」

 暫くは何も出来ず、ただ待っているだけの時間が過ぎる。
 しかし平穏の時間はあっという間に破られた。

「むっ!? 霊力の波動が変わったな?」

「はい。どうやら放出する霊波の質が変わったみたいですわ」

 普段の横島の霊波動を良く知る二人が表情を変える。
 間違いない、横島は究極の奥義であるハイパー・モードに入ったのだ。

「ということは……」

「やはり…! 魔法陣の中心にある文珠が反応していますわ!」

 九能市の言葉に慌てて文珠に眼を向ける美神達。

 ヒュウゥゥゥン

 魔法陣の中心にシロの姿が現れる。
 その左肩はザックリと斬り裂かれている。

「シロ! アンタやられたの!?」

 美神が大声で尋ねると、シロは黙って首を振る。

「残念ながら、お互いに必殺の一撃で負傷したのでござる。
 それより犬飼はフェンリルに無理矢理なるつもりでござる!
 すぐに女神様を呼びだしてくだされ!! 先生がその間独りで戦っているのでござる!!」

「なんですって!? 令子、さっさと守護女神を呼び出すわよ!」

 血を吐くようなシロの懇願に事態を理解したエミが反応し、美神も即座に儀式を開始する。

「はるか星霜の彼方に去りし古き神よ!! 今再び形を成さんことを……!!」

 美神の詠唱と共に魔法陣が光り始め、シロがいる中央の円から上へと光が湧き上がる。

 キイィイイイイン………

 甲高い金属音と共に魔法陣の中に人影が浮かび上がる。
 それは確かに神格を持つ存在なのだが、どこかユラユラと頼りない映像のように感じられた。

「こ……これが人狼族の守護女神!?」

 完全なヒューマノイド形態なのだがどこか非人間的というか、冷たい感じがする貌を持つ女神アルテミス。
 遙か昔に地上から消え、引退して実体を失った神なので仕方がないのだ。

『この地は……ザザ…新しき神々が古き神と精霊を……ザザザ…ッ。…何故…今また…ザ――ッ』

 その女神から聞き取りにくい雑音混じりの声が発せられる。

「な…なんか電話が遠いよーな感じでござるが……」

「…とっくに引退して実体を失った神だもの。仕方がないわ」

「ギリシャ神話の神々はすでに崇拝する者が殆どいないからね…」

 それぞれの感想を漏らすシロ、美神、唐巣。

「女神様!! 拙者、その力を借りて倒したい敵がござる!! どうか…お力を!!」

 しかし師匠である横島が独りで戦っている事を思い出したシロは、即座にアルテミスに自らの願いを訴えた。
 そんなシロを暫し黙って見下ろすアルテミス。

『…ザ…ザザ……敵は…ザザ…男か?』

「へっ? ……ま、まあ…そーでござるが……」

 突然予期せぬ事を尋ねられたシロはポカンとした間抜け面で答える。
 だがシロの返事を聞いてなぜかボルテージを上げまくるアルテミス!
 何やら怒りのオーラが吹き出ている。

『男!! 身勝手で汚らわしい役立たずのゴロツキども!! よろしい! 力を与えます!!』

 ボッと霊力を吹き出させて怒りながら承諾の意を伝えるアルテミスに、なぜか大きな汗をかいて佇んでいる美神達。
 西条と唐巣は肩身が狭そうだ。

「どーゆー女神だ…」

 さすがの美神もそう呟いて何となく退いている。

『お手っ!!』

「はいっ!?」

 ビシッと指差して命ずるアルテミスに、いつもは狼のプライドから反発するシロも素直に手を差し出してしまう。

 ヴュン!!

 キョトンとした顔で手を差し出したシロだったが、アルテミスは即座に出されたシロの手から彼女の中へと入った。
 シロは女神をその身に降臨させたのである。
 いわゆる神憑きという奴である。
 これで無論肉体の限界以上の力は使えないが、シロは神の力を使う事が出来るのだ。

「これは……力が湧いてくる!? きちんと…制御しないと…!
 先生、このために修行を施してくださったのですね?」

 身体の裡から湧き上がる膨大な力を必死に制御しようとするシロ。
 神気を何とか自分のチャクラへと導き、それを廻して方向付けをすることで己の使える力と成す。
 これこそ平行未来世界で横島が念法を修得した目的だった。
 横島は念法を通して、自分の裡に存在する神気(高出力の霊力)と魔力を制御して自らの力と成し、人界で最強の戦闘力を持つ存在となったのである。
 今現在の念法の使い方は、どちらかと言えば未来の横島にとって副次的な使用法なのだ。
 そして、霊波刀を教えながら横島と小竜姫はシロに自分達の圧倒的な霊力を流し込み、外部から注がれた霊力で無理矢理シロのチャクラを廻す修行を毎日行っていた。

「これって……横島君が香港で見せた状態と同じよね……。身体から金色のオーラがみえるもの」

「ああ、雰囲気もかなり似ている」

「この娘は横島君に念法の修行をつけて貰ったはず。
 と言う事は、念法の最終奥義って神憑きを可能にするための霊力コントロールなワケ?」

 シロの身に起こった事や、横島がなぜあれ程念法の基礎を彼女に叩き込んだのか、という事を合わせて考えてある種の結論に辿り着いた一同。
 確かに、人間が強力な神魔に対抗しようとした場合、最終的には同じ存在の力を借りるしかないのだろう。
 その相手こそが信仰であろうし、信じる存在なのだ。

「どうやら念法を極めると、ここまでの事ができるみてーだな」

「ええ、横島様はこの域まで達しているんですのね……」

 弟子二人も自分達が学んでいる念法の行き着くところを理解したようだ。

「どうやら力の制御に成功し、安定してきたようだね」

 唐巣がシロの霊波動が落ち着いてきたのを見て呟く。

「ありがとうございます、美神殿、小笠原殿、唐巣殿、西条殿。
 これでフェンリルと戦う事が出来ます。拙者は必ずフェンリルを倒してみせます!!」

 そう言うとシロは天空高く舞い上がり、猛スピードで師匠の元へと向かった。

「じゃあ俺達も行くか?」

 せっかくのバトルを見る事ができないのでつまらなそうな雪之丞が九能市に尋ねる。

「は? どこへですの?」

「決まってる! ヒャクメの所だよ!
 どうせアイツなら覗いているだろうし、小竜姫が自分にも見る事ができるようにしているから、
 俺達も見る事ができるだろうさ」

 雪之丞の言葉にポンと手を打つ九能市。

「成る程! 確かにその通りですわ!
 では妙神山に戻りましょう。幸い亜空間ゲートで繋いでいますし」

 そう言って二人が亜空間ゲートの方に向き直ると………すでに走り出していた美神達が視界に入る。
 彼女たちも横島とシロの戦いを見たかったのだ。
 だが、さすがにあんなレベルの者が戦っている現場へ物見遊山で行くほどバカではない。
 悔しがっていた美神達の耳に入ってきた雪之丞と九能市の会話は、正にこのジレンマを解決する天の声だった。

「そりゃないだろう! ちょっと待てって!」

「遅れるわけにはいきませんわ!!」

 そう言って走り出す二人。
 こうして魔法陣が描かれた現場には誰一人いなくなった……。






「ガアアァァアア〜!!」

 フェンリルが鋭い歯が生えそろった口を大きく開けて襲いかかる。

「ちっ!」

 だがハイパー・モードの横島は空中を自由自在に飛翔し高機動戦闘も難なくこなすため、呆気なく避けられてしまう。

 ゴバッ!!
 バリバリッ…ベキッ

 横島に避けられたため無様に地面に突っ込み泥を啜る筈のフェンリルだが、そのまま顎を閉じて大地を削り起きあがった。
 その姿は見上げた食い意地と言うべきか。
 だが……………。

「ふん……食い意地が張ってるな。食らえ!」

 左手を向け掌に霊力を集束させて、起きあがったフェンリルの顔面目がけて集束霊波砲を発射する。
 それは一切の手加減がない本気の一撃だ。

 バシュッ!
 ドゴオオォォオン!!

「ぐおっ!!」

 ズドドドド……

 流石に7,000マイトの霊圧を持つフェンリルを貫く事は出来なかったが、横島本気の霊波砲は相手を吹き飛ばす程度のダメージを与える。

「もう一発……」

 チャクラを全開で廻し、僅かな時間で霊力を再チャージして再び放たれる集束霊波砲。

 ズドドドドッ! ゴァオオオオォオッ!!

「ぎゃんっ!?」

 吹き飛ばされ地面に叩き付けられたところで、今度は腹部に強力なエネルギーの直撃を受け身体全体を突っ張らせる。
 連続で受けたダメージにピクピクと痙攣しているが、致命傷を食らったわけではない。
 ダメージを受けた身体に鞭打って爆煙の中で身体を起こすと、憎き敵の位置を確認して反撃を行うフェンリル。
 だが、爆煙と巻き上がった土煙で視界を遮られてはいるが、横島の心眼には一度倒れはしたものの起きあがり未だ戦闘力が健在なフェンリルが視えていた。

「やはりこの程度では倒す事は出来ないか……。おっと、サイキック・シールド!!」

 その言葉と共に、再び突き出した左手前方に3枚重ねの六角形をしたシールドが現れる。
 そして僅かな時間差でそこに直撃する霊波ビーム。

 ドワッ!!

 それはフェンリルの一つに繋がった巨大な単眼から発射されたモノ。
 推定出力約4,000マイトの威力を誇るフェンリルの遠距離攻撃能力だ。
 勿論、フェンリルの魔力が上がればその出力も比例して上がっていく。

「2枚まで破壊されたか……。だが…これならどうだ! 」

 素早くフェンリルの背中側に移動すると、現在の自分自身の最大霊力を超える霊力を込めた飛竜を、上段から気合いと共に打ち下ろした。

 ドゴオォォオン!!

「グ…グワア……ッ!!」

 さすがのフェンリルも自分の持つ霊圧に匹敵する威力で3連続攻撃を食らっては堪らない。
 足元がふらつきかなりのダメージを受けたようだ。

「お…おのれ……。
 正体は分からぬが…貴様も神かそれに匹敵する存在をその身に降臨させているようだな。
 だが神殺しの名にかけて負けはせん!」

 ドシュッ!

 再びフェンリルの単眼から霊波ビームが放たれるが、今度は飛竜でそれを真っ向から弾き飛ばす!

「むんっ! …タフだなフェンリル!」

 さらに放たれる霊波ビームを今度は横薙ぎに飛竜を振るって上下に分断すると、横島は低空飛行に切り替えて自分の後方に超圧縮した霊気の塊を作り前方に向けて弾けさせる。

 ドンッ!!

 超加速には及ばないモノの、フェンリルでさえ反応しきれないほどの速さで加速し霊力を込めた飛竜を鋭い角度で打ち下ろす。

 ズドオオォォオン!!

「グギャアアァァアア〜!!」

 横島の今回の一撃はフェンリルの機動力を殺すためのものだった。
 横に薙いで吹き飛ばすのではなく、地面に垂直に近い角度で衝撃を与え文字通りへし折る一撃……。
 10,000マイトの霊力を込めた飛竜の一撃は見事にフェンリルの左後ろ足を使用不能にした。

「お、おのれ〜! チョロチョロと小うるさい!」

 半減した機動性で何とか横島を捉えようとするが、完全体でも不可能だった事を今の身体で行うのは難しい。

 ビュッ!
 ドゴッ!!

 フェンリルが横島の補足に血眼になっていると、突然反対側から強烈な一撃を受けた。
 霊力が込められた銀の矢が突き刺さり爆発したのだ。

「グオッ!? 今度は何だ!?」

 フェンリルは霊波スキャンの範囲を広げ、横島から眼を離さないようにしながら周囲を探る。

「犬飼…いや、フェンリル!! 父の仇め、覚悟せよ!!」

 口上と共に満月をバックに、人狼の村に伝わる銀の弓矢を構えるシロがいた。
 その姿は耳と鼻が獣形態に近く手足の指も獣のように鋭い爪を持つものの、ほとんど人間形態を保っている。
 尻尾があるのは普段通りであろう。

「シロ! 無事に守護女神を降臨させたようだな」

「お待たせしました、横島先生! 月と狩りの女神の力を借りた今、こんな奴――!!」

 シロは横島に嬉しそうに話すと、闘志を抑えきれずにフェンリルに向かった。

「ま、待てシロ! 奴には……」

 フェンリルの火力を知らないシロは手から強力な霊波刀を出して接近戦を挑もうとする。
 さすがの横島や小竜姫も、時間がなかったために未だシロに戦い方の細かい点までは教えていなかったのだ。

「くくっ……馬鹿め」

 ヴン………カッ!!

 ダメージは受けているものの未だ余力を残しているフェンリルは、単眼から霊波ビームを放つ。

 ドゴオォォォオオン!!

 直撃を受けてはアルテミスを降臨させているとはいえ、さすがのシロも吹き飛ばされてしまう。
 シロの霊圧はだいたい6,000マイト程度であり、修行したとはいえ攻撃や防御に自由に廻せる霊力は3,600マイト程度なのだ。
 無論、アルテミスの霊力はそれ程低いはずがない。
 これが横島であれば、今のアルテミスが人界で振るう事が出来る全霊力に近い15,000マイト程度まで引き出し、完全に制御して見せるだろう。
 しかしシロでは、まだ肉体的にも霊能力の制御技術面でもここまでしか使いこなせないのだ。

「シロっ!!」

 集束霊波砲を放ってフェンリルを吹き飛ばし、その間に直撃を受けて林の中に突っ込んでいくシロを追う。
 シロは木々を薙ぎ倒しながらようやく停止するが、ダメージを受けたのか動かない。

「シロ! しっかりしろ! 肉体にも霊体にも大きなダメージは負っていないぞ」

「う………よ、横島…せんせい……」

 横島に抱き起こされ、少し揺すられると眼を開ける。
 だがすぐには起きあがれないようだ。

「大丈夫か? チャクラを全開にして霊力と体力を回復させるんだ。急げ!」

「は、はいっ! ……せ、せんせい! 後ろ!」

 横島の腕の中で何とかチャクラを廻し霊力の回復を図るシロの眼に、後ろ足を引きずりつつも起きあがって猛然と突っ込んでくるフェンリルの姿が映った。
 空を飛び回りなかなか補足できない横島が地上にいるため、攻撃するチャンスと考えたのだろう。

「エネルギー不足で腹が減ってたまらん…! 貴様を食えば拙者は完全復活できる!!」

 ドドドドドドド…………ドガアッ!!

「せ、せんせい〜〜!!」

 シロを投げ飛ばしフェンリルの牙から救った横島だったが、そのまま食いついてきたフェンリルの口に捉えられてしまう。

 バクンッ!

 強靱な顎の力で横島を食い尽くそうと口を閉じるフェンリル。
 鋭い刃の間から覗く横島の足を見て絶望感がシロを支配する。
 自分が迂闊に攻撃をかけたために、横島がやられそうなのだ。

「先生! ……おのれフェンリル!」

 食いつかれた際に横島が落とした飛竜を手にするシロ。
 そこには横島の霊力が高密度に込められている。
 そこに横島自身を感じ、飛竜に自分の霊力を流し込んでいく。
 現時点で6,000マイト程の霊力が込められている飛竜に、女神を降臨させた事で発揮できる霊力全てを流し込んだのだ。
 10,000マイト近くまで上がった飛竜を構え、攻撃をかけようとしたシロは信じられないモノを見た。
 閉じられかかっていたフェンリルの口が徐々にだが開いていくのだ。

 グ…グ…ググッ!

 フェンリルは必死になって閉じようとしているのが、顎の筋肉の動きでわかる。

「…! まさか、先生が!?」

 攻撃する事も忘れて、縋るような眼差しで見詰めるシロ。
 やがて半開きとなったフェンリルの口腔の中に、フェンリルの牙を両手で握り、下顎に足を踏ん張ってこじ開けようとする横島の姿が現れる。
 これも龍神の甲冑を着ているから可能な事だ。

 ボキンッ!! バキッ!!

「グギャアオォォォオ〜!!」

 聞くだけで思わず自分の口を押さえてしまうような鈍い音が響き渡り、横島は口を開いて絶叫するフェンリルの口からすかさず脱出する。
 信じられない事に、横島はその握力でフェンリルの牙を握りつぶし砕いたのだ。
 歯の痛みは尤も強烈な痛みと言われる。
 麻酔もせずに歯を圧力で砕かれるなど、想像を絶する激痛だろう。
 転げ回るフェンリルを見て、僅かに同情を覚えるシロだった。

「先生! よくご無事で!」

 シロの横に着地した横島に走り寄る。
 尻尾がブンブンと振られている事から、シロの喜び具合がわかるというもの。

「シロ、相手の能力も分からないのに無闇に突っ込んでは駄目だ」

 フェンリルの唾液まみれのために嫌そうな表情で自分の身体をチェックしていた横島がシロを叱る。

「も、申し訳ございませぬ……」

 横島に叱責されてタラーンと尻尾が垂れ下がるシロ。
 わかりやすい事この上なかった。

「まあ今はフェンリルを倒すのが先だ。
 おお、俺の飛竜を拾っていてくれたか、それに霊力も込めてくれたようだな」

「は、はい。先生が奴に食われたと思って、これで仇を取ろうと………」

 優しい口調に戻った横島に、パッと顔を上げて答えるシロ。
 本当にわかりやすい奴だ、と思いながらも横島はこの戦いに決着をつけるべく大技を出す決意をする。

「シロ、奴に俺の奥義を食らわせてやろうと思ったが、やはり自分の手で仇を取りたいのだろう?
 チャンスをやる」

「しかし……拙者の今の力では………」

 横島との実力差を目の当たりにし、今の自分ではフェンリルを倒すだけの力がないと思っていたシロは言いよどむ。

「大丈夫だ。飛竜を使えばお前の攻撃でフェンリルを打ち倒す事が出来る。どうする?」

「お…お願いします! 先生!!」

 シロの返事に頷くと横島は彼女に飛竜を握らせて、自分は後ろからシロを包むようにして剣を持つシロの手に自分の手を重ねる。

「せ、先生?」

「今から俺の練り上げて昇華した霊力を飛竜に流し込む。
 そして俺と一緒にお前の霊力も流し込むんだ。
 そうすれば奴を打ち倒すだけの霊力を得る事が出来る」

 戸惑ったようなシロの言葉に、優しく理由を話す。
 そしてチャクラを全開にして練り上げた自らの霊力を、シロの手を通して飛竜へと流し込み始めた。

『修行の時よりさらに力強い……。これが全力の先生の霊力……』

 修行の時のようにシロに合わせてある程度セーブしたモノではなく、横島の圧倒的とも言える本気の霊力に触れて畏怖を覚えるシロ。
 だが気を取り直して自らの裡から湧き出る女神の力を飛竜へと注いでいく。

「グオオォォオ………拙者は、拙者の目的は狼族に自由と野生を取り戻す事なのだぞ!
 それを何故邪魔をする!? 拙者は歴史を拓くために剣を取ったのだ…!
 故に拙者は退かぬ、媚びぬ、省みぬ!! 」

 激痛を堪えて立ち上がったフェンリルは、静かに霊力を練り上げている横島とシロを見据えて吼える!
 そして自らの信念を賭けて相手を葬るべく突撃をかけた。

 もの凄い勢いで迫ってくるフェンリルを見ていても、なぜか怖いとは感じなかった。
 それは自分の背中越しに感じられる大きな力のせい……。
 まるで父親のように大きく、強く感じられる横島の存在がシロに不思議な安心感を与えているのだ。

「さあ、シロ。お前のこれまでの修行の成果を見せて見ろ。
 おまえの渾身の一撃をもって奴を打ち倒すんだ」

「はい! 見ていてくだされ先生!」

 横島に背中を押されるように前に出たシロは、天高く跳躍すると飛竜を上段に構え裂帛の気合いと共に振り下ろした。

 ビュンッ!

 フェンリルの真っ正面から、18,000マイトの霊力を込めた一撃を繰り出すシロ。
 フェンリルは単眼から霊波ビームを放つが、シロが振り下ろした飛竜によってビームを斬り裂かれ、二つに分かれたエネルギーが空しくシロの両脇を流れていく。

 ドガァッ!!

 そしてシロの斬撃はフェンリルの顔面を正面から捉えた。
 霊波シールドを全開にして防御を固めたフェンリルだったが、もはや起きあがれないほどのダメージを食らいそのまま地面に叩き付けられる。
 地面はフェンリルが叩き付けられた衝撃で陥没し、もうもうと土煙がたち上る中、あまりに強力な霊力を使ったシロもガックリと膝を突く。

「せ、拙者……勝ったのでござるか…?」

 気を抜けば一瞬で意識を失いそうな疲労の中で、ボンヤリとそんな事を考える。

『今じゃ! 首に縄をかけろ!』

「は…? 縄?」

 だが額の宝玉のような部分からアルテミスの意識が頭に響いてくる。
 尋ね返すシロだったが、魔法陣から光が飛び出し眩いリング状の物体がこちらに向かって急接近していた。

「これか…!?」

 跳躍してアルテミスが言う縄を手に取るシロ。

「う……うぅ……そうはいくか!」

 すでに立ち上がる力さえないものの、首を動かして滞空するシロを狙い打とうとするフェンリル。

「往生際が悪いぞ、フェンリル!」

「グガッ!?」

 だがその言葉と共に横島が放った集束霊波砲が、フェンリルの横面を直撃する。

 ヒュッ……ビシッ!

「ぐ……!? か、身体が動かな……」

 バチバチと麻痺電流のように霊力が作用し、縄を首にかけられたフェンリルはその動きを完全に封じられてしまう。

「犬飼! 覚悟!!」

『もうよい……もう十分だ』

 そう叫んで飛竜を振り上げようとしたシロの身体からアルテミスが抜け出る。

「えっ…しかしまだ父の仇を……」

『このまま攻撃してもお主ではフェンリルを討ち滅ぼす事はできん。
 あちらのお主の先生という男ならできるだろうがな』

 今アルテミスに抜け出されては、フェンリルに止めをさせないと思ったシロが引き留めようと声をかけるが、やんわりと今の実力ではとどめを刺せないと諭す。
 そしてアルテミスは力無く横たわるフェンリルの前に浮かぶ。
 弱々しいながらもアルテミスをにらみ返すフェンリル。

『もう諦めろ。歴史を戻す事はできぬ! 古き神々は去る……。お前も一緒に行こう…。
 お前も私と同じ世界に属する者。さあ……おいで……』

 だがアルテミスは優しい口調でフェンリルを諭すと、両手を広げてかき抱くような体勢を取った。
 それを見てフェンリルの眼から険が薄れていく。

『横島と言ったな…。勇者よ、人間の中にもそなたのような者がまだいるとはな。
 久しぶりに楽しかったぞ』

「いえ、再びお会いできるかわかりませんが、貴女と共に戦えたとは光栄です、女神アルテミスよ。
 今回のご助力を感謝すると共に、静寂を妨げた事をお許し下さい」

 横島の方に頭だけ向けて言葉をかけるアルテミスに、横島は素直な感謝と謝罪の言葉を発する。

『よい。私も久しぶりに人間界で活動する事が出来た。ではさらばだ』

 そう言い残すとアルテミスと共にフェンリルの身体がフワリと浮き上がり、空へと昇ると一瞬光り輝いて消滅した。

「消えた…!?」

「フェンリル…いや犬飼も理解したんだろう。この世界は自分がいるべき世界ではないと……」

 状況の変化に付いていけず、呆然と空を眺めていたシロが呟く。
 横島は今回の事件が無事終わった事を理解していた。






「やったあ〜!横島さんとシロちゃんが勝ったのね〜!」

 モニターで戦いを見守っていたヒャクメが思わず飛び上がって大声を出す。

「横島さん、お見事でした。流石です……。シロさんも……」

 手を組んでお祈りモードだった小竜姫がホッとしたように呟く。

「信じられないような戦いを見ましたね。横島さんの力は底が見えません……」

「一度じっくりと調べてみたいのう……」

「ドクター・カオス。それは・危険・だと思います……」

「横島さんは強すぎるんジャー。あれは反則ですケンのー」

 今回は最初から最後まで観客だったピート、カオス、マリア、タイガーが口々に感想を述べる。

「何というか……おそらく他人に話しても信じてもらえないような戦いを見せて貰ったワケ」

「横島君の力は下級神魔に匹敵すると思っていたが、さらに上だったようだね……」

 納得半分、驚愕半分、といった表情のエミと唐巣。

「あれが念法を極めた横島君の力……。
 おそらく神だけでなく魔であってもその身に降ろせるんじゃないかしら?」

「我ら人狼族は元々守護女神であったから、女神は今のシロでも降臨した上で力を貸してくれたの
 じゃが……。横島殿は一体いかなる神と…?」

「小竜姫様の直弟子と言う事は伊達じゃないと言う事だね……。
 彼があまり一般社会で暮らしたがらないのも当然かもしれない。
 人は強すぎるものを恐れるからね……」

 複雑そうな表情の美神と、横島の実力に驚く長老、そして横島の日頃の態度を理解する西条。
 無論、横島に降臨している神が小竜姫なのだと言う事は、この場にいる誰も想像すらしていない。
 それを知っているのは横島、小竜姫、ヒャクメだけなのだ(ルシオラの意識は除く)。

「すげーな。目標はまだまだ雲の上だった、って感じかな……」

「私にはあそこまで極める事はできないかもしれませんが……目標は遙かに遠くにあるんですね」

 目指す最終目標を見た事で、さらに修行への意欲を燃やす雪之丞と九能市。

「横島君って〜もの凄く強いのね〜。あんな人が〜お友達だと〜心強いわ〜」

「主よ……彼がこの時代に遣わされたのには…何か意味があるのでしょうか?」

 相変わらずほんわかとしている冥子と、横島がかつて言っていた目的に思いを寄せて自らの信じる神(キーやん)に尋ねる唐巣。
 それぞれが思い思いの考えに浸っていると、突然小竜姫様が立ち上がる。

「どうしたの小竜姫?」

「いえ、横島さんが帰ってきたので出迎えようと…」

 機械をしまっていたヒャクメの問いかけに答えると、さっさと小竜姫は横島達が姿を現した玄関へと走っていった。

「やれやれ、さすがに横島さんの事となると、私より気が付くのが早いのねー」

 ニコニコとしながら呟くヒャクメの言葉に、残った面々も立ち上がり出迎えに行く。
 こうして犬飼ポチと妖刀八房の事件は解決したのだった。




(後書き)
 フェンリル編も無事終了しました。
 さて、今後のシロの扱いですがちょっと悩んでいます。
 横島とラブラブになる事はこの作品では絶対に無いのですが、原作通りこのままフェードアウトさせる(アシュ戦終了まで)か、何らかの形で絡ませるか……。
 私としては暫く修行させてもいいかな、と思っていますが……


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