フェダーイン・横島

作:NK

第50話




「横島さん、そろそろ平行未来の記憶ではジークさんが人材交流の留学生として派遣されて来る頃
 ですね」

 朝食が終わった後、今日は雪之丞がヒャクメと共に美神の事務所に赴き、九能市はフェンリル事件以後一時的に長老に頼まれたために預かっているシロと共に修業場に行っている。
 したがって宿坊の中には、実体を持った存在は横島と小竜姫の二人だけ。

「そういやそうでしたね。
 確かワルキューレが美神さんを守るために派遣されてきた事件の時に会ったんだっけ?」

「はい。あの事件までにはまだ間がありますが、ジークさんはその少し前から来ていましたから」

 しばし会っていない知り合いの事を思い出す横島。
 平行未来でも、ジークは相変わらず魔界正規軍に籍を置いていたが、何度か仕事で行動を共にした。
 この世界では初対面となるのだが、何となく懐かしく感じる横島だった。

「ということは、それに伴って斉天大聖老師も妙神山にやって来るんですよね?」

「はい、実はもうすぐ到着します」

 少し考え込む横島に、言い忘れていたと汗をかきながら答える小竜姫。

『チャンスじゃないヨコシマ。
 今の貴方があのウルトラスペシャルデンジャラス&ハード修業コースを受ければ、基礎霊力は
 間違いなく未来の貴方より上がるわよ』

 ルシオラの意識が言った事は間違いではない。
 平行未来での自分と違い今の横島の魂は、少ないとはいえ未来の自分の分が融合することで、魂の量が増えている。
 実際、融合しているルシオラと小竜姫の霊基構造コピー(魂)の量が未来より少ないために、ハイパー・モードでの霊力増幅は遙かに劣っているが、人間の魂だけを見れば未来より強力になっているのだ。
 しかもここで横島の霊力が上がれば、本体が未だ生まれていないルシオラの霊基構造コピーも一緒にパワーアップできる。
 そうすれば、おそらくハイパー・モードでの最大霊力増幅率が今の9倍から16倍、上手くいけば25倍程度まで上昇するとルシオラの意識は試算していた。

「確かにルシオラの言うとおり、アシュタロス戦を考えればパワーアップの最後のチャンスだ。
 これを有効に使いたいと思うんだけどな……。
 ただ、この修業は老師と霊波をシンクロさせるんだ。そうすると老師には俺の正体がバレてしまう」

『そういえばそうね……。
 でもヒャクメさんにも秘密は打ち明けてるんだから、老師にも話してもいいんじゃないかしら?』

「そうですね……。でも老師とヒャクメでは、神界の中で与える影響がまるで違いますから……」

 下手をすれば神界に横島の存在と正体がバレて厄介な事になるかも知れない。
 さらに、小竜姫がその事を黙っていたとして罰を受けるかも知れない。
 横島の心配は自分の事よりむしろそっちの方だった。

『神界にバレた場合、私の霊基構造を持っている事が問題になるかもしれないわね。
 ヨコシマは何も悪い事なんかしていないのに、私がお荷物になっちゃうのね……。
 それを理由に横島諸共私を抹殺しようと考えるかも……』

「そんな事は断じてさせないさ、ルシオラ。
 俺はお前が共にいてくれたからこそ、ここまで頑張って来られたんだ!」

「そうですよルシオラさん。私だって貴女や横島さんと運命共同体です。
 そんな事は断じてさせません!」

 例え老師と戦う事になったとしても……と続ける小竜姫をやんわりと制する横島。

「まあ、老師とよく話してみますよ。もし駄目なら勝てないまでも力の限り二人を守るよ」

 そんな横島の言葉に頷く小竜姫とルシオラの意識。

「では老師がいらしたらすぐに頼んでみましょう。いよいよ最後の修行ですね」

 小竜姫の言葉に表情を改める横島。

「ええ。それに確かそろそろルシオラもこの世界に生まれる頃ですからね。俺も頑張らないと……」

『この世界の私か……。どうなるかしら?』

 ルシオラの意識が不安そうに話す。
 この世界の自分が横島と恋仲にならない可能性だってあるのだ。
 その時横島は辛い思いをする事になるだろう。
 しかし自分に出来る事はあまりにも少ない。
 この時ルシオラの意識は、自分の存在が非常に大きな影響力を持つ事に気が付いていなかった。






「じゃあ横島さん、分かっているかと思いますがここに座ってくださいね」

「懐かしいな……。でも何か嬉しそうに見えるんですけど?」

 先の話し合いから数日後、11月も後半に入ろうかという頃、神界から斉天大聖老師ことハヌマンがやって来た事を告げた小竜姫に連れられて、横島は妙神山修業場の最難関コースを受けようとしていた。
 修業場から亜空間ゲートで繋いだ部屋に入った横島に、嬉しそうに椅子を勧める小竜姫。
 平行未来の記憶から、さっさと座ってリラックスしようとした横島だったが、なぜか小竜姫が嬉しそうな表情なのが気になった。

「あらそう見えますか?」

「そう言えば記憶では、ジークと一緒にこの部屋から老師が作る仮想空間に行ったようですが……
 ……ひょっとして今回は小竜姫様が一緒ですか?」

 嬉しさを隠そうともしないで答える小竜姫に、未来の記憶を細かく思い出した横島は漸く彼女の意図に気が付いた。

「はい、無論です!
 何しろ通常空間では殆ど時間が経過しませんから、私が一緒に行っても何も問題ありません」

『ヨコシマ、私だって一緒よ?』

「いや、それはわかってるさ。た、頼りにしてるよ…ルシオラ」

 きっぱり、はっきり答える小竜姫。
 どうやら最初からこれを狙っていたらしい。
 さらにルシオラの意識に突っ込まれ、横島がしどろもどろとなる。

「あ、えーと……小竜姫様。
 し、しかし……妙神山、いや雪之丞に氷雅さん、それにシロはどうするんです?
 い、いや…そうか……時間は殆どかからないんだっけ……」

「ええ、それに最近はなかなか横島さんとのんびりする機会がなかったのですもの。
 ルシオラさんもそう思いません?」

『そうね…。どうせバレるなら私もこの機会を楽しませて貰うわ』

「それにご飯の用意をする人も必要です」

 開き直ったのか、やはりこの機会を楽しんでいるような口調のルシオラの意識。

「そう言われりゃあそうか……。
 確かに雪之丞や氷雅さんが来てからルシオラが表に出てこられる時間が減ったモノな。
 最近はシロまでいるし……。よし、久しぶりに3人でゆっくりと過ごしましょう。
 まあ、最初は老師のゲームに付き合わされるんだろうけど」

 最後は苦笑しながらも、呆気なく前向きな考えに変える。
 そんな横島に優しい笑顔を向けると小竜姫も椅子に座り、次の瞬間には中国の屋敷のような光景へと変化した。

「では横島さん、こちらへ――」

 そうは言ったモノの先導するのではなく、仲良く並んで歩いている小竜姫。
 先程の会話もあり、横島はソッと横を歩く小竜姫の手を握る。
 今回はルシオラの意識も何も言わなかった。
 瞬間驚き、次に赤くなり、そして嬉しそうに身体を寄せてくる小竜姫と共に目指す三重の塔へと到着した横島は、本当に懐かしそうにそれを眺めた。

『本当に凄いわね。これだけの空間を独りで支えているんですものね』

 呆れたような感心したようなルシオラの言葉が全てを物語っている。

「お師匠様、横島さんを連れて参りました。失礼します」

 名残惜しそうに横島から離れた小竜姫がそう大声で言って塔の中へと入り、横島もそれに続く。

「ウキ!?」

 その声に反応し振り返ったのは、大きなTV画面で一心不乱にゲームをしていた1匹の猿。
 しかもかなりの高齢に見え、額に上げている眼鏡は老眼鏡かもしれない。

「……名前からそうではないかと思いましたが、猿神(ハヌマン)ですか……。
 お初にお目にかかります斉天大聖老師。横島といいます」

 そう言って深々と頭を下げる横島。
 なぜなら平行未来で彼の師匠として、加速空間での30年間様々な事を教えてくれたのだ。
 今、再びその師匠に教えを請う。
 無論、ハヌマンの方は覚えていない(というか体験していない)のだが………。



「キイッ」

「うーむ。さすがは老師。勝てませんね」

 対戦型格闘ゲームをやっている横島とハヌマンだが、いいところまでいくもののどうしてもハヌマンが操るキャラに勝てない横島。
 一度この修行を受けている横島は心を乱すことなく淡々と穏やかな日々を楽しんでいた。

「横島さーん! 師匠ー! 食事の時間ですよー!」

 この世界に入ってから妙に機嫌の良い小竜姫の声に、彼はゲームを止めて立ち上がる。
 食事以外はハヌマンとゲームをやるか、ぼんやりと縁側で小竜姫とくつろぐか(無論ルシオラの意識も脳内会話で参加)、瞑想して心を静めるかだけの単調な生活が既に30日程続いている。

「今行きます小竜姫様ー! 老師、遅れると怒られるから行きましょう」

「ウッキィ!」

 この加速空間の維持に大部分の霊力を振り向けているハヌマンは、殆どただの猿にしか見えない。
 しかし横島の態度は自分より格上の者として認めているものだった。

 チュン チュン チチチ……

「いいですね、こういう平穏な日々を過ごせるというのは……」

 お茶を飲みながら呟く小竜姫の言葉は、これから近い将来に起きる激しい戦いを思っての事。
 頷きながら穏やかな表情でそんな彼女を見る横島。

『そうよね。あーあ、私も早く身体が欲しいな……』

『すまん。こればっかりは、俺ではどうにもしてやれないからな……』

 頭の中で呟くルシオラの意識に、済まなそうに答える。

『あっ! ごめんなさい。別にヨコシマに言ったんじゃないのよ?』

『わかってるさ。でも俺だって早く魂と身体が揃ったルシオラに会いたい事に変わりはないからな』

『もうすぐですよ忠夫さん、ルシオラさん』

 端から見れば穏やかな表情で外を眺めながらお茶を啜っている横島だが、頭の中では楽しそうな会話を繰り広げている。
 すると、横島と小竜姫が共に見上げていた空がグニャリと歪み始めた。

「あれ!? ひょっとしてもう……?」

「そんな!? まだ1ヶ月しか経ってないはず?」

 何が起こったのか正確に理解している二人は慌て出すが、そんな二人を尻目にハヌマンがよっこらしょ、と立ち上がる。

「思ったより早かったのう……。
 さて、なかなか興味深い事がわかったが、取り敢えず準備運動はお終いじゃ。どりゃああぁぁ!!」

 ズバッ!

 そう言って横に伸ばした右掌から一瞬で如意棒を出現させると、両手で構えたそれを伸ばして空間を斬り裂いた。
 すると周囲の風景は一変し、1ヶ月前に座った部屋へと戻る。

「やっぱり…時間が……ほとんど経っていないのか?」

「その通りじゃ! 本来の時間にして大体30秒というところかの。
 お前の魂、いやお前達の魂はワシの精神エネルギーを多量に受けて加速状態にあったのだ。
 あの加速空間でワシら4人は魂で繋がっておったのだよ」

 眼鏡をクイッと上げて説明するハヌマン。

「4人と言われたからには、俺の秘密もお見通しってワケですね?」

「細かいところはわからんが、お前の身体というか魂の事はわかったぞ。
 さて、過負荷から開放された今、お前達の魂は一時的に出力を増しておる。
 お前には凄い潜在能力が眠っておる。
 この隙にそれを引き出せ! できぬときは死ぬのじゃ!」

 先程までのゲーム猿の面影を微塵も見せず、鋭い視線で横島を見詰めるハヌマン。

「それは望むところです。どのみち俺には潜在能力を引き出す以外に選択肢はないですからね。
 では始めましょうか」

 その視線を真っ向から受けて尚、いつものように淡々と答える横島。
 横島にとって、これまでで最強の相手との戦いが始まる。






 ゴゴゴゴゴッ

「行くぞ……! 小僧……!」

 身の丈3m程まで大きくなり、まさに武神と言った圧倒的な威圧感を放つハヌマン。
 その手には愛用の武器、如意金剛棒が握られている。

「さすがはハヌマンというか……。老師、では俺も全力でいきます」

 ハヌマンの存在感と威圧感に内心では冷や汗をかきながら、表面上はいつも通りを装って飛竜を抜き出す横島。
 そして全てのチャクラを瞬時に全開させ、さらに神魔共鳴でハイパー・モードへとチェンジする。
 尤も、もしハヌマンが本気で戦うつもりなら横島に勝ち目は殆ど無い。
 何しろハヌマンの本来の霊力は12,000,000マイト、人界でも600,000マイトの霊力を誇る。
 しかも小竜姫の師匠だけあって、念法にも通じているのだ。
 したがって、ハヌマンは人界であっても1,000,000マイト以上もの霊力を攻撃や防御に使う事が出来る。
 それに比べ、横島は平行未来で完全な状態であっても最大霊力は100,000マイトちょっと、最大攻撃(防御)霊力も200,000〜300,000マイトである。
 実に未来の横島の6倍の霊力を持っている完全な上級神なのだ。
 さらに今の横島では、最大霊力はたった9,450マイトなのだから話にならない……。

「潜在能力を引き出すか――死ぬか――どちらか選ぶのはお前達じゃ!」

 そう告げるや否や、横島の視界からハヌマンの姿がかき消え、目の前には棒が立っているだけとなる。

「上か!? 躱す!」

 ズドオオオォォオッ!!

 上空から猛スピードで襲いかかるハヌマンの一撃を見切り、最小限の動きで躱した横島は犬飼ポチと八房並のスピードで14,000マイトの霊力を込めた飛竜を振るう。
 それは最短の距離を通り、文字通り渾身の一撃と言っていい。
 だがハヌマンは、それを瞬時に引き寄せた如意棒を持って弾き返す。
 初撃を躱されたものの、流れるような連携でさらに巧みな技巧を持って斬撃を浴びせる横島。
 しかしハヌマンの圧倒的なスピードとパワーの前にことごとく防がれてしまう。

『くそっ! さすがは老師!』

「なかなか人間にしてはやるようだが、それでは勝てんわ!」

 密かに心の中で焦る横島だが、ハヌマンは余裕を持ってそう言い切る。
 そして如意棒をこれまで以上のスピードで突き入れてくる。

『くっ!? 霊力を上げたのか! は、速い!!』

『ヨコシマ! 老師の霊力が30,000マイトに上がったわ!』

 最初、ハヌマンは霊力を20,000マイト程に抑えて戦っていたが、このままでは横島を追いつめる事が出来ないと考え、少しだけ霊力をアップさせたのだ。
 これまでのスピードであれば辛うじて視えていた横島だったが、さすがに自分の3倍の霊力で放たれた攻撃を見切る事は難しい。
 さらにハヌマンは小竜姫同様、攻撃に使える霊力を自分の霊力の2倍まで上げられる。

『忠夫さん! 老師の攻撃霊力は60,000マイトです!』

 ゴオンッ!!

 迫り来る如意棒を殆ど防衛本能だけで躱し、飛竜の表面に霊力をリークさせ如意棒の霊力と反発させる事で滑るように捌いていく。

 シュッ! グオッ!!

 だがハヌマンは一瞬如意棒を短くし、軸線を修正して再び高速で伸張させる。

「グハッ!!」

 さすがの横島も回避出来ずに直撃を食らうが、直前にサイキック・シールドを5枚展開し威力を緩和した。
 それでも凄まじい衝撃を受けて後ろに吹き飛ばされる。

『ヨコシマ!?』

『忠夫さん!!』

 ズザザザザッ!

 床を削るような勢いで転がり、ようやく止まった横島は即座に立ち上がって構えを取ろうとする。
 しかしそのような間を与えるハヌマンではない。
 これまでで最大級の威力とわかる一撃を与えようと、如意棒を伸ばした。

「くっ! このままでは俺も、小竜姫の意識も、ルシオラの意識もやられてしまう!
 精神を研ぎ澄まし、霊力を振り絞るんだ!」

 意識加速に入ったところでハヌマンの霊力は大きく、今の横島では倒すだけの一撃を与える事は出来ない。
 それなら、意識加速を使ってもやられるまでの時間が延びるだけである。

 横島はこれまでにない程の極度の精神集中を行い、ハヌマンの攻撃を見切ろうとした。
 それに伴い、彼のチャクラはこれまで以上のパワーを発揮し、一気に霊力が増大する。

『ルシオラ! 小竜姫! 俺に力を貸してくれ!!』

 そう心の中で叫んだ時、横島は迫り来る如意棒に込められた霊力の中心点を見切った。

「そこだ! 破邪滅却!!」

 自らの最大攻撃奥義で迎撃を行う。
 横島の放った一撃はいつもより遙かに霊力が絞り込まれ、まさに点を貫く程にエネルギーを集束させたものとなる。
 また、彼自身は気が付いていないが意識加速を使っていないにもかかわらず、老師の攻撃が先程よりゆっくりと見えていた。
 これは横島の霊力が跳ね上がった事を意味している。
 この時横島は最大霊力29,750マイト、飛竜に込められた攻撃用霊力は44,000マイトを超えていた。

 ヴオッ!! ズドオオォォオオッ!!!

 横島の飛竜の切っ先とハヌマンの如意棒の先端が一直線となるように激突し、辺りは強大な霊力同士のぶつかり合いによる轟音と衝撃波によって吹き飛ばされる。

「ぐぶっ!!」

 インパクトの直後、反作用によって全身を激痛に襲われるが辛うじて踏みとどまる。

『…っ!? こ、これは!?』

 だがその時、彼の中のルシオラの意識が一瞬ビクッと反応し、さらに戸惑ったような声を上げた。

「ど、どうしたルシオラ?」

『ルシオラさん?』

 これまでなかった事に、ハヌマンとの戦いの最中だというのに意識をルシオラに向ける横島。
 だがその隙をつくハヌマンの攻撃はこなかった。

 シュウウウッ

「ふむ、どうやらパワーを引き出せたようじゃな! もう少し遅ければ命を落としておったぞ!!
 やれやれ、この歳になると手加減して戦うのはキツいわい!」

 その声に慌てて振り向くと、ハヌマンは先程の巨大猿の姿から元の老猿の姿へと戻っていた。




 ガラッ!

「横島さん!?」

 外で見る事しかできなかった小竜姫がドアを開けて走り寄り、ふらついている横島の身体を抱き留める。

「小竜姫様……。どうやら俺はパワーアップできたみたいですね」

 疲れ切ったのか、弱々しい笑みを見せる横島。

「ふむ、お前の基礎霊力は170マイト程まで上がったようじゃのう。
 それにおまえのチャクラはこれまでより遙かに強靱となり、より大きな霊力を練り上げられるように
 なったのじゃ。
 それによって、お前の中に共にある小竜姫とルシオラとかいう嬢ちゃんの魂もこれまでの量の2倍
 まで増えたようじゃな」

 ハヌマンが横島が成し遂げたパワーアップの内容を解説してくれる。

「ありがとうございます、老師。でもルシオラの意識が少し変なんです」

 そう言って自分の裡へと意識を集中しようとする横島。

『…うっ…、大丈夫よヨコシマ。
 貴方がパワーアップして霊力が増すのと同時に、老師の言うとおり横島に引っ張られる形で私と
 小竜姫さんの魂もパワーアップ、つまり霊基構造の量が増えたの。
 でも、その瞬間変な感覚があったのよ……』

「何だって!? 大丈夫かルシオラ? 何かまずいことが起きたんじゃないか?」

 ルシオラの答えを聞いた横島の声は震えているようだった。
 おそらく相当心配しているのだろう。

『いえ……私の霊基構造や意識には何ら影響がないの。
 何というか……最初に私の本体とリンクした時に似た感覚があったのよ』

「えっ!? オリジナルの魂との意識のリンクのことか?」

『ええ、多分小竜姫さんの意識なら分かると思うわ。こんな感じなの、どうかしら?』

 そう言って自分の感じた感覚を小竜姫の意識へと伝える。

『……そうですね。
 確かにこの感覚はこちらの世界に来て、こちらの私と初めてリンクした時のものに似ています』

「そうなんだ……。ということは遂にこちらの世界でもルシオラが誕生したって言う事なのか?
 でもどうしてお互いの同意も無しにリンクしたんだろう?」

 取り敢えずルシオラの意識に悪影響がなく無事であるとわかって、ホッとしたような表情を見せる横島だった。

「おそらく……私と違ってルシオラさんの魂はこの世に存在しませんでした。
 だからこそ、ルシオラさんの場合この世に生を受けたばかりの同一の魂と強く干渉しあったのでは
 ないでしょうか?
 偶然にも横島さんと融合している魂がパワーアップした事で、まだ生まれたばかりで真っ白な
 この世界のルシオラさんの魂が強く影響を受け、一時的にリンクしたのかも知れません」

『そうね、小竜姫さんの推測は当たっていると思うわよ』

「そうだな。おそらくその通りだろう。
 と言う事は、いよいよアシュタロスが最終作戦のために動き出したっていう事だ」

 3人(?)で意見を出し合い、最重要機密的な事を話していた横島達だったが、ふと視線を感じて後ろを向く。
 そこには忘れられて何となくジトッとした眼で睨んでいるハヌマンがいた。

「お前達、ワシを忘れておるようじゃな」

 呆れたように話しかけてくるハヌマンにばつの悪そうな表情を見せる横島と小竜姫だった。

「あのー、老師は今の話を全部聞いていたんですよね?」

 横島の問いかけにコクリと頷くハヌマン。

「えーと…老師、何も言わずに忘れてくださいませんか?」

 小竜姫のお願いに首を横に振るハヌマン。

『私の事も説明しないといけないかしら?』

 ルシオラの言葉に再び頷くハヌマンだった。

「さて、どうするかは別にして、詳しく話を聞かせて貰おうかの? のう、小竜姫?」

 そう言って自分の弟子をじろりと睨む。
 さすがの小竜姫もこれでは観念するしかなかった。






「と言う事で、俺、いや平行未来の俺の魂と融合して今の俺になったというわけです。
 一応話は終わりですが、この後文珠で記憶も視ますか?」

 これまでの事をハヌマンに説明した横島が『記憶』の文字が込められた文珠を取り出すと、ハヌマンはゆっくりと首を振った。

「いや、視んでもよい。
 加速空間で魂が繋がっている時にお前の魂に小竜姫とルシオラという魔族の嬢ちゃんが融合して
 いる事には気が付いておった。
 それにお前が念法を完全に修得していることと、その格闘技能を見ればワシが教えたという結論
 にしかならんし、お前の言った事と矛盾はないからの」

 溜息を吐きながら答えるハヌマン。
 目の前に座って頭を掻いている少年はとんでもない存在だった。
 まさかその身に神族と魔族の女性の魂を宿しているとは……。
 さらに現在人界で唯一人文珠を使う事ができ、念法の奥義まで修得している。
 人界というフィールドに限定すれば小竜姫ですら勝てないし、彼が本気で殺す気になれば並の中級神魔ですら死の運命を免れまい。

「しかし小僧、いや横島だな。
 お前が持っている情報というか記憶は世界の命運を握るほど重要なものじゃぞ。
 よく今まで隠してきたのう」

「いやあ……小竜姫様には真っ先に話して協力して貰いましたし、ヒャクメも知ってはいますよ。
 俺が話しましたから」

 しかしすぐに真剣な表情で話しを続ける。
 横島も真面目な表情で答える。

「まあ、平行未来の事とはいえ、お前の存在は神魔族の最高指導部が公認しているのだ。
 ばれても何も言われぬだろう。それより問題はアシュタロスの叛乱じゃ。
 小竜姫、気持ちはわかるがこのような大事、なぜ黙っていたのじゃ?」

「そ…それは……」

 ジロリと睨み付けたハヌマンの視線に身を竦ませる。

「何より情報の出所を問われたら答えられませんし、それにルシオラさんもまだ生まれていません
 でしたから……」

 しどろもどろで答える小竜姫。
 やはり師匠であるハヌマンの事が怖いのだろう。

「まあ仕方がないかの……。
 事情を知らねば、魔族であるルシオラの魂を宿している横島は抹殺の対象になったかもしれん
 からの」

『やっぱり、私の存在がヨコシマを危険に晒すのね………』

 ハヌマンの言葉は一端の真実を示していたのだが、それを聞いて落ち込んでしまうルシオラの意識。

「お前達の考えていた事はわかるぞ。
 アシュタロスの叛乱を最小限に防ぎ、その功績を持って自分達の存在を認めさせたかったの
 じゃな?」

「はい。だがそれは神魔族相手と言うよりはむしろ、人間社会に対してですよ。
 特にGS協会とかオカルトGメンとかがうるさそうですからね。
 それにこの世界でルシオラが生まれるまでは、大枠で知っている流れの通りにしたかった
 んで……」

「そうです。例え上手くいっても、横島さんの居場所を人界から無くすわけにはいかないんです」

『私達はこの世界でも一緒に暮らしていきたいの』

 真剣な表情で机を挟んで話し合う横島達。
 ハヌマンはそれを聞いてフッと表情を緩める。

「この妙神山の霊力増幅器を改良しておるのも、人間の戦力をアップさせようと念法を教えている
 のも、全てはそのためじゃな?」

「ええ、なるべくなら犠牲を少なくして勝ちたいですからね。
 それにその後は3人で静かに暮らしたいな、と思って……」

 それは横島にとって是非とも叶えたい願い。
 自分とルシオラと小竜姫の3人で平穏な日々を過ごす事。

「わかった。ワシも出来る限り力を貸そう。
 横島が言うとおり最上級神魔の方々は、あらゆる平行世界であっても同一の存在じゃ。
 おそらくお前達の事はある程度わかっておるのじゃろうしな。
 さしあたってワシの出来る事と言えば、お前の弟子達への修行かのう……」

「ありがとうございます、老師。
 今回の修行のおかげで俺もアシュタロス戦での光明が見えてきました。
 雪之丞達の修行もよろしくお願いします」

 ハヌマンの協力に深々と頭を下げる横島。
 その姿にはなぜかルシオラの姿もダブって見えた。
 小竜姫も師匠に頭を下げる。
 こうして横島達は、ヒャクメに続いて神族の協力者を得たのだった。




(後書き)
 さて、新章に入る前に幕間的な話を数話お届けします。
 まあ、修業編とでも言えばいいのでしょうか?
 ハヌマンによる修行とジークとの交流を書きたかったもので……。
 それにシロももう少し強化しないといけませんしね。
 それはともかく、漸くこの世界でもルシオラが誕生しました。
 まだ暫く登場はしませんが、私としても長かったように思います。


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