フェダーイン・横島

作:NK

第51話




「しかし、老師の修行はさすがに疲れたな……。今日はこの後お休みにするか……」

 老師の修行部屋から戻ってきた横島は、小竜姫を前にしてグッタリと机に突っ伏していた。

「でもさすがは横島さんですね。見事にパワーアップを果たしましたし」

『本当ね。これでヨコシマはハイパー・モードで25倍の増幅が可能になったのね。
 もうこの世界の私より霊力が高いなんて、さすがヨコシマ!』

 嬉しそうに自分の想い人の凄さを口にする小竜姫とルシオラの意識の口調は、とても誇らしげだった。

『でも老師と戦うまでは、久しぶりにのんびりした時間を過ごせたわね』

「本当です。
 他の人に修行をつけるのも楽しいですが、やっぱりああいうのんびりした時間もいいですね」

「ああ、本当だよなー。うん…? そろそろ氷雅さんやシロが戻ってくる時間だな。
 さて、雪之丞と氷雅さんには明日老師の修行を受けて貰おう」

 あの生きるか死ぬかの修行を受ける事を、何でもない事のように言う横島。
 尤も、雪之丞は文句など言わずに嬉々として修行に臨むだろう。
 九能市は結構慎重なところがあるので、きちんと意志を確認する必要があるが……。

『シロちゃんはどうするのヨコシマ? 私はまだ老師の修行を受けるには早いと思うけど……』

「同感です。アルテミス様と一体になったとはいえ、シロちゃんは未だ自分だけで霊気を練り上げる
 事が完全ではありません」

 ルシオラの意識の意見に頷く小竜姫。
 シロは確かにここで念法の基礎であるチャクラの制御方法を学んだが、自分だけの霊気を使って自由にチャクラを廻すとなると第1チャクラまでがやっとである。
 念法に関しても、あくまでアルテミスと一体になった時に、その器たるシロの負担を最小限にして強大な神気を制御させるための一夜漬け勉強に等しい。
 未だに自分の最大霊力まで攻撃霊力を上げる事も出来ていない。

「俺もそう思う。シロにはもう少し基礎をみっちりとやって貰おう。
 それにいつも全力でなく、緩急も覚えさせないとな」

 横島も二人の意見に異存はなかった。
 シロは外見こそ急成長したが、未だ中身は小さな子供なのだ。

「ただいま戻りました」

「ただいま〜。疲れたでござるよ〜」

「なんだ、珍しいじゃねーか。横島がへばってるなんて」

 いつも通りの雪之丞、九能市と、へろへろになったシロが修業場より戻ってきた。
 シロの売りであるタフさがすっかりとなりを潜めている。
 
「おかえり三人とも。俺も今日は疲れたよ」

 そんな三人を出迎える横島もちょっと疲れたような顔をしており、その様子を訝しむ九能市。

「横島様、一体どうしたのですか? 凄く疲れているように見えるのですが……」

「ああ、ちょっとハイレベルの修行をしたんだ。おかげで今日はへろへろさ」

「へー、先生がこんなに疲れるなんて珍しいでござるな?」

 興味津々といった表情で覗き込んでくるシロ。
 それに対して雪之丞と九能市は少し考え込むようにしている。
 横島の事を良く知っている二人は、今の横島にとってハイレベルな修行を施せる存在に思い当たらないのだ。

「横島様、一体どなたにそれほどの修行を?」

「ああ、この妙神山修業場のボスである斉天大聖老師にだよ。小竜姫様は管理人だからね。
 尤も普段はここにいないから、俺も会ったのは初めてだったが…」

 珍しくだれたまま返事をする横島だったが、九能市は目標である横島がまた強くなったのか、と少し呆れていた。

「なんだと!? 頼む、俺にも受けさせてくれ!」

「それで…どのくらい強くなったんですの?」

「先生! 先生の実力は上がったのでござるか?」

 三者三様の言葉を発するのを見て苦笑する横島。

「まあまあ、雪之丞と氷雅さんには明日同じ修行を受けて貰う。
 この修行を終えれば、後は本当に地道に修行する以外に霊力をアップさせる術は
 ないんだけどね」

 それとも何か相当強烈な切っ掛けでもあればね、と心の中で思いながらも口に出さずに二人を見る。

「おおっ! 楽しみだぜ!」

「また強くなれますのね?」

 嬉しそうな二人だが、修行の許可を貰えなかったシロは不満そうだ。

「せんせー、拙者は駄目なんでござるか?」

「シロさん、貴女はその一歩手前の修行もまだなのです。
 今は基本を修得することが大事なのですよ」

 不満そうな顔でそう言うものの、逆に小竜姫に窘められてしまった。

「まあ、この修行を無事終えれば人類では最強レベルになる事は間違いないよ」

 確信を持って告げる横島に、早くも興奮気味の雪之丞が頷く。

「ふふふ……人類最強か。横島を除けば、っていう前提が入るが悪くない響きだぜ!」

「これで来年のGS試験は楽勝ですわ」

 すでにGS試験など問題外の強さを身に付けている九能市なのだが、対戦相手が横島だったためにかなりレベルを見誤っていた。
 子供のようにはしゃぐ弟子達に苦笑しつつも、横島はやってくるジークに思いを巡らしていた。
       ・
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 翌日………雪之丞と九能市は嬉しそうな表情と共にへばっており、シロが羨ましそうな表情で眺めている、という構図が見られたのは言うまでもない。
 二人とも無事に潜在能力を引き出す事に成功し、雪之丞は魔装術で飛行が可能となり、九能市は霊波砲をさらに強力な技へと発展させた。
 さらに、二人とも第4チャクラ(胸の中央)までの制御を可能とするなど、大幅なパワーアップを果たしたのだった。






「魔界軍情報士官――ジークフリート少尉です! 宜しくお願いします!」

 数日後、ハヌマン、小竜姫、横島達の前に魔界軍の正装姿のジークが着任の挨拶をしていた。
 ベレー帽は小脇に抱えているので、性格が変わる事の自覚は十分持っているのだろう。

「良くいらっしゃいました。
 魔族と神族は冷戦対立中ですが――ハルマゲドンを回避するための和平の道へのテストケースと
 して良い結果を残したいものですね」

「人間の世界というのもなかなかおもしろいもんじゃ。
 ここでその姿を見、人間に接すればいろいろとわかる事もあるじゃろう」

 小竜姫の言葉に続いて、横島の事を考えながら歓迎の意を表すハヌマン。
 確かに横島は純粋には人間と言えないかも知れないが、神魔両方をその身に宿す彼はまさに人間そのものなのだ。

「はい! 私も和平推進派としてこの試みを成功させたいと思っています。
 あの……それでそちらの方々は…?」

 ジークはかなり緊張しながら返事をするが、どうみても人間にしか見えない横島、雪之丞、九能市をチラリと見ながら尋ねる。
 もう一人の女の子(シロ)は人外のもののようなので、それ程気にならなかった。

「紹介しましょう、この妙神山修業場に住み込んで修行している横島さんです。
 もう既に私より強いのですが、私の弟子になるのでしょうね。
 その隣が横島さんの弟子の伊達さん、九能市さんです。
 そしてこちらの方がシロさん。人狼族の長老の頼みで預かっています」

 小竜姫が一人一人を紹介していく。
 ジークは横島達があまりにも自然に打ち解けている事に驚いていた。
 神とはいえ人間にとっては異種族であり、まして人狼となれば闇の者として敵視する事の方が自然だと思っていたのだから。

「よろしく…ジークと呼んでいいのかな?」

「はい、構いません。よろしく横島殿」

「いや、普通に呼んでくれた方が助かるんで、そうしてくれ」 

 そんなやり取りを含めて全員と挨拶を交わし、割り当てられた部屋へと荷物を置きに向かった。

「横島さんか……。彼はどこか普通の人間と違うような気がする。
 僕を見る眼が人間を見る眼と変わらなかった……」

 それはジークが魔族になってから久しく受けた事のない眼差しだった。
 元が人間であるジークにとって、それは何より懐かしく欲していたものかも知れなかった。



「よ、横島さん……貴方本当に…人間なんですか……?」

 先程とは違う意味でそんな事を呟いたジーク。
 彼は今、修業場の床に荒い息を吐きながら寝そべっていた。

「何か……その言われ方は傷つくぞ……」

 言われた横島は憮然としている。
 こちらは軽く息を荒げている程度だ。

「しかし……魔族正規軍で厳しい訓練を受けてきた自分を相手に余裕だなんて……」

 物は試しと横島との腕試しを行ったジークだったが、精霊石銃を使わない格闘戦で勝つ事が出来なかった。
 横島の霊力が1,000マイトを超えた事にも驚いたが、その格闘戦能力は2倍強の霊力を誇るジークを相手に一歩も引けを取らない。
 それどころか最小限の動きと力でジークの力を受け流し、隙を見つけては強力なカウンターを繰り出してくる。
 そのためジークは予想以上にスタミナを消耗していた。
 そして最後に横島が放った技はジークの想定外だった。
 いきなり倒立して強烈な脚技を繰り出したのだ。
 辛うじて避けたジークだったが、バランスを崩してしまい横島の手刀がポンと胸に突きつけられてしまう。

「まあ俺も結構厳しい修行をしてきたからな……。
 それに銃器を使う戦いになったら、俺じゃジークの足元にも及ばないさ」

 何でもない事のように事実を告げる横島に再び驚かされる。
 その姿は雪之丞や九能市に接している時と全く変わらなかったのだ。

「でも本当に驚きました。人間の中にもこれ程の力を持っている人がいるなんて……。
 私が人間だった頃よりも凄いですね」

「そうか? 格闘戦に限定すれば雪之丞だって俺と結構ため張るぞ?
 刀さえ持てば氷雅さんも結構やるしな。
 まあ、単純に霊力差がでかいからジークに勝つ事はできないと思うけど」

 何でもない事のように言う横島に目眩にも似たものを感じてしまう。

「そうだ、雪之丞達もたまには俺や小竜姫様以外の者と戦ってみたいだろう。
 悪いけどジーク、二人に修行をつけてやってくれないか?」

「そ、それは構いませんが……二人の実力はどの程度なんです?」

 横島の言葉を信じないわけではないが、一応確認してみる。

「そうねぇ……雪之丞はこの前の修行で第4チャクラまで制御できるようになったから、
 大体最大霊力が396マイトぐらいかな?
 氷雅さんはやはり第4チャクラまでで324マイトぐらいだね。
 まあ、二人とも隠し技ぐらいは持っているから油断しない方が良いぞ。
 だからジークは半分ぐらいの霊力で相手をしてくれると助かる」

 その言葉を聞いて自分のこれまでの経験とか常識が崩れていく。
 だがこれはまたとない機会だろう。
 人間という既に自分が捨て去った存在が、今どうなっているのか検証するチャンスなのだ。

「わかりました。明日にでも手合わせしてみましょう」

 そしてジークは二人の力にもまた驚く事になる……。






「おおぉぉおっ! いくぞージーク!!」

 最初から魔装術全開、気合いも全開で闘志満々の雪之丞。
 完全に制御下にある第4チャクラまでを全開にしている上、魔装術を発動させているため彼の霊力は590マイトにまで達していた。

『馬鹿な……! あれは魔装術!? 今の雪之丞さんの霊力は下級神魔族並の出力だ。
 しかも横島さんの言うとおりその格闘センスはかなりのものを持っている!』

 対峙したジークは即座に雪之丞の能力を見抜いて気を引き締める。
 すでに雪之丞の霊力はハーピーなど優に超えているし、元始風水盤事件で横島達を日本に足止めしようとしたラフレールの魔力レベルをも超えていた。 

 ズドドドドドッ!

 エンジン全開で拳や脚を放つ雪之丞だが、さすがにジークはそれに応じて全てを受け止める。

「ククク……楽しいなージーク! これならどうだ!」

 これまでのような連撃ではなく、いきなりスルリとジークの拳を躱して懐に入り込んだ雪之丞は、魔装に覆われた掌をスッとジークの身体に密着させた。

「い、いかん!」

「魔装術奥義! 激壁背水掌!!」

 ズドオッ!!

 身体に添えられた雪之丞の掌から、指向性を持たせた強力な霊波が打ち込まれた。
 その衝撃でビクッと身体を痙攣させて後退するジーク。
 だが、直感で危険を悟ったジークは魔力出力を一瞬のうちに2,000マイトに戻していたのだ。
 この辺りはさすがに魔族正規軍で訓練しているのは伊達ではない。
 さらに身体の霊基構造を少しだけ柔らかくする事で振動をエネルギーを拡散させ、ダメージを最小限に抑えようとする。

「やっぱりさすがだな……。俺がせっかく身に付けた奥義でさえ耐えるんだからな」

 一旦離れた雪之丞が悔しそうに呟く。
 まだ自分では1,000マイトの魔族には勝てないとわかったからだ。
 まあ、実際には2,000マイトの魔族にだが……。

「くっ……、何を言っているんです。その威力はとても人間業じゃありませんよ……」

 未だ痺れるように感覚が戻らない胸を押さえて、呆れたように答えるジーク。
 その後、ジークがかなり本気を出したこともあって、結局この試合は引き分けとなった。

「いやー楽しかったぜ。
 でもお前は本来の霊力の半分で戦ってるんだから、今の俺じゃあまだまだ勝てないな。
 相手をしてくれてありがとな」

 そう言って肩を叩くと、スッキリとした顔で修業場の脇にいる横島と合流する。

「なかなか凄い技を身に付けたな。
 ゼロ距離から霊波砲の要領で直接相手の体内に指向性霊波を打ち込む技とはな……」

「ちぇっ…やっぱり横島には1回見ただけで種を見破られたか…。
 さすがに懐に入られたら打つ手がないから一生懸命考えたのにな」

「いや、なかなか良い技だよ。ただ、まだ掌を添えてから霊波を放つまでに時間がかかるな」

「そうか……。わかった」

 横島が冷静に今の試合を評し、雪之丞の新しい技に対する意見を言う。
 それを真摯に受け止めて、尚一層の修行を行う雪之丞。

「何か……凄い会話をさらっと行っていませんか?」

「そうか? でもジークもさすがだよな。咄嗟に自分の身体…霊基構造を変化させたろ?」

 その光景に戦慄を覚えながら、やはり旧来の友人であるかのようにその会話に入る。
 ここに来てかなり感化されたのだろう。
 そして横島が自分のやった事を見抜いている事を知り、もはや諦めたように首を振る。

「横島さんは現時点で間違いなく人類最強の戦士です。それに人に教える能力も高いんですよ」

 まるで我が事のように嬉しそうに話す小竜姫。
 ジークは横島と小竜姫の間に特別な絆がある事に気が付いていた。

「でも横島さんなら魔界正規軍でも十分通用しますよ。それにまだ力を全部見せてはいない……」

「横島さんは無闇に能力をひけらかしませんから。
 でも彼の本気を見たいのなら、老師との鍛錬を見ればわかりますよ」

 呆気なく自分にその事を教えてくれる小竜姫に、彼女もまた自分に気を許していると感じる。
 それはあまりにも新鮮な感覚だった。
 尤も、後日ハヌマンと横島の鍛錬を見て、ジークが一気に自信を無くしたのは言うまでもない。



「では宜しくお願いしますわ」

 そう言いながら頭を下げる九能市に思わず律儀に礼を返してしまうあたり、ジークは根が真面目なのだろう。
 先程の雪之丞戦で、横島の弟子達は何をやって来るか予想がつかないためかなり慎重に様子を伺う。
 どうやら霊力は横島が言った通り320マイト程で、先の雪之丞よりはかなり落ちる。
 これなら霊波砲の類はシールドで受けても問題無さそうだった。

 九能市はスッと手をヒトキリマルの柄に持っていく見せかけて、懐へと突っ込み手裏剣を投げつける。
 だがそれをある程度余裕を持って躱すジーク。

「さすがですわ。ではこういうのはどうですか? 伊賀十字撃ち!」

 両手で投げられた4本の十字手裏剣は上下左右をカバーしながらジークに迫る。

「くっ!」

 それを霊波砲で迎撃するジーク。
 しかしそれは、次の技にはいるための溜を作る囮だった。

「チャンス!」

 ヴンヴン……ドバッ! ドン! ドン!

 ジークが手裏剣を迎撃している間に刀を身体の後ろに廻し間合いを詰めるべく走り出した九能市が、右手をかざし掌から霊波砲に似ているが霊波弾という感じの物を撃ち出す。
 間合いを詰められて発射されたため、回避が間に合わないと判断したジークは霊力を全開にして霊波シールドを強化した。

 ゴギュン!! ゴアッ! ガガンッ!

「なっ!? 私の霊波シールドが歪む!? これは予想の5割り増しの威力だ!」

 ジークが驚くのも無理はない。
 九能市が放った技は、霊波砲と同じように掌に誘導・集束した霊力をさらに高速回転・圧縮させて、霊力を帯びた強力な衝撃波弾としたものだ。
 これが九能市がハヌマンとの修行で引き出した彼女の潜在能力。
 そのエネルギー出力は480マイトに達しており、それを一点に集中させたためにジークのシールドにさえ過負荷をかけることができたのだった。
 そのためにその場に留まらざるを得ず、迫ってくる九能市に対する回避行動がどれない。

「正面から迎え撃つ!」

 覚悟を決めて構えを取るジークだが、九能市はその動きに左右のフェイントを入れて翻弄する。
 横島得意の変移抜刀霞斬りを伝授されているのだ。

「地上での動きでは躱せない! 空だ!」

 そう一瞬で判断し、高い跳躍から飛翔に入る。
 そして上空から霊波砲を連続で放った。

 ドドドドドッ!

「キャアッ!!」

 さすがの九能市も生身で空は飛べない(龍神の防具は身に着けていない)ため、形勢は一気に逆転しひたすら回避行動に終始する羽目となった。
 それでも分身の術等を使って上手く攻撃を回避しているのはさすがである。

「よし、そこまでだ!」

 横島の一声で終了する試合。



「氷雅さん、なかなか凄い技を身に付けたね」

「でもやっぱりジークさんの防御は抜けませんでしたわ……」

 戻ってきた氷雅を賞賛する横島。
 だが九能市はちょっと残念そうだった。

「何言ってるのさ、氷雅さんの場合3倍以上の霊力差の相手と戦ったんだよ。
 技が効かなくても当然さ。それに試合じゃなければあの攻撃の合間に逃げただろう?」

「はい、それはその通りです。
 実際に3倍も高い霊力の相手と正面切って戦うなんて自殺行為ですから」

「それで良いんですよ。何しろ死んだらそこでお終いです。
 敵いそうもない相手なら、逃げるというのも立派な戦術なんですから」

 自分の力というか実力を冷徹に把握している九能市に、それでいいのだと言って褒める横島と小竜姫。

「そうですよ。私は咄嗟に上だと思って飛びましたが、もし私が飛べなかったら危なかったですよ」

 対戦相手のジークもそう言って九能市の実力を認める発言をする。
 何しろ手加減しているとはいえ、彼は魔族正規軍の士官なのだから相手が悪いとも言えた。

「雪之丞さんも氷雅さんも、相手が下級魔族ならまず互角の戦いが出来るでしょう。
 普通の妖怪が相手ならかなり有利に戦えますよ」

 これは偽らざるジークの感想だった。
 普通の人間がここまで強くなれるのか、とひたすら驚いているのだから………。

「雪之丞殿と氷雅殿の実力がこれ程とは思わなかったでござる。
 先生が拙者にはまだ老師の修行が早いと行った意味がわかったでござる」

 戦いを見ていて興奮気味のシロが、今現在の自分との実力差を思い知ったように口を開いた。

「シロもこのまま修行を続ければかなり伸びるさ。
 何しろ人狼族だから身体機能は高いし、動態視力も優れて反応性も高い。
 それを確実に伸ばしていけば良いんだ」

 そんな横島の言葉に嬉しそうなシロだった。

「では早速修行をお願い申す!」

 元気いっぱいのシロに苦笑しながらも、横島は霊波刀を作り出すと修業場に立った。 
 思いっきり打ち込んでくるシロの攻撃を軽々と捌きながら注意を飛ばす。

「必殺の一撃という意識は良いが、何も考えずに全力で飛ばしていると消耗も早い。
 もっと頭を使え!」

「は、はいでござる!」

 そうは言うものの、力の抜き具合がわからずに帰って混乱する。

「いいか、実際の戦闘では余程実力差が無ければ一撃の剣で相手を斬れる事など無い!
 もっと技を使って相手の隙を作り出すように組み立てろ」

 そう言いながら攻撃に転じ、今言ったとおりの攻め方を実際に見せる。
 たちまち追い込まれて窮地に陥るシロ。
 それから1時間ほど、シロを鍛える横島だった。



「どうじゃ? 人間というのも案外面白いもんじゃろう?」

 休んでいたジークに声をかけるハヌマン。

「師匠殿……。はい、特に横島さんには驚かされます」

「お主は良い時期にここにやって来た。
 これを切っ掛けにして人界というものをその目で見てみると良い」

 そう言ってハヌマンはゲームをすべく自分の部屋へと向かう。

「姉上……人間の中にも真の戦士はいるようです……」

 その呟きは誰にも聞き取られることなく消えていった。






「そういえば、いくらなんでもそろそろ美神さんがまた魔族の殺し屋に狙われる筈なのね〜」

 美神はシャワーを浴びているため、ソファで暇そうにしていたヒャクメが呟いた。
 確か襲ってくるのはデミアンとベルゼブブ、そして名前のわからない魔族だった。
 しかし、元始風水盤の件もあるので横島や小竜姫が体験した未来の記憶通りになるとは限らない。

「もし実際に魔族の武闘派が襲ってきたら、私一人では美神さんを守れないのねー。
 そろそろ横島さんや小竜姫に相談しないと……」

 その表情は真剣だった。
 小竜姫に施された地獄の修行によってヒャクメの回避行動は飛躍的に向上していたが、それはあくまで自分自身が危険を避ける事しかできない。
 彼女の霊力では戦闘などに耐えられないのだ。
 元々文官であり、まともな戦闘訓練さえ受けていない。

「それに……デミアンやベルゼブブ相手では雪之丞さんや九能市さんでは勝てないのねー。
 後、魔界正規軍から護衛任務でワルキューレがやって来るはずだし……」

 なかなかに悩みは尽きないようである。
 とにかく今夜帰ったら横島達に相談しようと考えて、いつものように軽い調子に戻るべく意識を切り替える。
 最近の妙神山は賑やかだ。
 つい昨日から、ジークフリードという魔界からの留学生も来ているし、賑やかなシロもいる。さらに斉天大聖老師まで滞在中だ。
 今や自分も入れて8人もの神族、魔族、人間、人狼が集う妙神山。
 なぜか楽しいと思えてくる。

「早くバイトの時間が終わらないかしらー」

 自分一人では何も手を打てないためか、既に当初の目的を忘れかけているヒャクメだった。






「土偶羅、我が娘達の様子はどうだ?」

「は、アシュタロス様。
 No.1のルシオラが存在定着直後に一度、何かの刺激を受けたかのように霊波動とバイタルサイン
 に変動が見られましたが、それ以外は全て順調です。
 No.2のベスパ、No.3のパピリオ共々、霊基構造も安定し生育も計算通り。
 この分では予定通り来年3月ころにもカプセルから出せそうです」

 ここは雰囲気がどこかのエイリアン宇宙船の内部のように生物的な雰囲気を漂わせる薄暗い空間。
 かつてマンティアがアシュタロスのレリーフから指令を受けていた、南米に築かれた秘密基地である。

「そうか。
 メドーサ、マンティアと配下を失い、また、私が出るわけにはいかない以上戦力不足は明らかだ。
 今回の作戦にはデミアンにベルゼブルのコピーとグランザをつけてやったが、これで敗れれば
 もはや部下は殆ど下級魔族(人界での魔力が200〜500マイト程度)しかいなくなる」

「それは心配しすぎではありませんか?
 デミアンは優秀な殺し屋です。奴を破る事が出来る人間などおりません」

 今まさに、レリーフの元となったであろう存在が、胎児のように見えるものが入っているカプセルを眺めていた。
 6大魔王が1人、アシュタロスである。
 横に控えているのは、高速演算器として作られた兵鬼・土偶羅。
 土偶羅にはアシュタロスが何を心配しているのかわからなかった。
 心配事と言えば、今回の暗殺計画が魔族のデタント派に漏れている可能性がある事ぐらいだ。
 どうせ神族はハルマゲドンを恐れて積極的な介入は出来ないだろうと読んでいる。

「いや、例えデミアンでも安心は出来ない。
 何しろこの時代にはメフィストの生まれかわりだけでなく、あの男もいる筈だからな……」

「平安時代にアシュ様と戦ったというあの男ですか?」

「そうだ。人間とは思えない霊力を持っていたあの男は、まんまと私を出し抜いたのだ。
 おかげで私は計画を実行するのに500年も待たねばならなかったのだよ」

 遙かな昔を思い出してギリッと歯を噛み締めるアシュタロス。

「しかしデミアンを倒す事は神族でも困難です。人間にそれができるとは思えません」

 アシュタロスの言うあの男の具体的なデータがないため、土偶羅の演算能力を持っても何ら回答を出す事は出来ない。
 無論、アシュタロスとてそんなことはわかっている。
 だが、それでも土偶羅の口調には懐疑が色濃く滲み出ていた。
 まあ、実際に見た者でなければあの凄さは分からないだろう、と思いこの話をうち切る。

「まあいい、ベルゼブルのコピーに今回の作戦の監視を命じておいた。
 これで全てがはっきりするだろう。あの男の事も含めてな……」

 そう言うとアシュタロスは自室へと戻るべく踵を返した。

「では私は休むとしよう。後は頼んだぞ土偶羅」

 主の後ろ姿を見送った土偶羅は微かな溜息(放射能混じりの)を吐くと、再び調整槽へと向き直り作業を開始したのだった。



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