フェダーイン・横島

作:NK

第52話




「横島さーん、小竜姫、ちょっと話があるのねー」

 美神のところのバイトから帰ってきたヒャクメ(今日は仕事が昼間で終わった)が、夕食後に声をかけてきた。
 時期が時期だけに、即座に内容を察した横島と小竜姫は頷く。
 珍しく横島の私室へと移動した三人は、万が一のために結界を張り機密保持に努めた。
 何しろ今は敵ではないと言え、魔界正規軍のジークが滞在中だ。
 おそらく魔界でもトップシークレットである事をこちらが知っているというのを悟られてはまずい。

「さていいぞヒャクメ。話を聞こうか」

「そこまで用心するからにはわかっていると思うけど、そろそろデミアンが来る頃なのねー。
 それと、ワルキューレが来るのに私がいたらまずいんじゃないかと思って……」

 昼間に考えていた事を話し始めるヒャクメ。
 無論、横島や小竜姫もその事を考えていた。

『そうよね、ワルキューレとしてはヒャクメさんがいたら近寄るのが難しいでしょうね』

 結界の中なので安心して出てきて、会話に参加するルシオラ。

「そうですね……何しろヒャクメならどんなに上手く変身しても一目で見抜かれてしまいますから」

「自慢じゃないけど、私の眼は誤魔化せないのねー」

 これだけは誇れる能力であるため胸を張って答えるヒャクメ。

「そうだよなぁ……。そうするとあの任務第一のワルキューレの事だから、まずヒャクメを排除しようと
 するかもしれないんだよ」

「ええっ! な、何でなのねー!?」

『考えてみてヒャクメさん。
 ワルキューレの思考パターンだと、任務遂行のために美神令子の傍に居場所を確保→その障害
 となる物が存在→それを排除して任務を遂行、っていう感じになると思うの』

「そうですね……。ヒャクメは神族だから殺したりはしないと思いますけど、簡易封印するとか、
 脅かして追っ払うとかはしそうです」

 いきなり自分に危険が迫っている事を知らされ焦るヒャクメに、無情にも現状を理解させるべく淡々と説明を始めるルシオラと小竜姫。

「そ…そんなの嫌なのねー! よ、横島さん、何か考えがあるんでしょ?
 私を助けて欲しいのねー!!」

「…ウ…ウグッ………ヒャ、ヒャクメ……苦しい………」

 狼狽したのか、横島の襟首を掴んでユサユサと締め上げながら頭をシェイクしていくヒャクメ。

「こ、こら! ヒャクメ、落ち着きなさい!!」

『ちょ、ちょっとヨコシマ、大丈夫!?』

 小竜姫によって乱心したヒャクメが引きはがされ、横島はルシオラの意識に心配されながらも深呼吸をして息を整える。

「く、苦しかったな………」

『大丈夫よ、大事ないわ』

 体内から横島の身体に異常がないかチェックしていたルシオラの意識が太鼓判を押す。

「ヒャクメ! そんなだから貴女はいつもうっかりミスが多いんです!
 大体どうしてそんなに短絡的なんですか? そもそもですね……………………」

 横から聞こえるお小言は、いつ終わるとも知れない小竜姫の説教。
 項垂れながら正座させられているヒャクメの姿は悲哀を誘うが、今回は仕方が無かろう。

「ヒャクメの事は小竜姫様に任せるとして、さて実際どうしたもんかな?」

『難しいわね……。この世界ではまだワルキューレとは面識もないし……。
 はっきり言ってデミアンと対等に勝負できるのは横島ぐらいでしょ?
 雪之丞さんや氷雅さんでは防御力という点で役不足よ』

「街中でデミアンとやり合うと被害が甚大だからな。
 仕方がない、ワルキューレと接触して妙神山に連中を誘き寄せるように頼んでみるが、さて素直に
 申し出を受けるかな?」

『わからないわ。でもワルキューレの動き次第でこちらの対応も変化させなきゃいけないから、一度
 話した方がいいでしょうね』

 横島はルシオラの意識と話し終えると、未だ説教を続けている小竜姫に自分がワルキューレと接触する事を伝えた。

「そうですね……。やはりそれしかないですね」

 残念そうに頷く小竜姫。

「ということで、ヒャクメ! 今回の罰として俺がワルキューレと会う時同行ね」

「えぇ〜!! ど、どうして私なのね――!?」

「だってヒャクメじゃなければワルキューレを探し出せないだろう?」

 横島の一言で納得し黙り込んでしまったヒャクメだった。

「で、でも……その前に私を排除しようとするかもしれないのねー」

「その時は素直に戻ってきて構わない。
 そうすればワルキューレだって強硬な手段には出ないだろう。
 何しろその段階で騒動を起こしたら任務が全部ぶちこわしだからな」

 不安そうなヒャクメをそう言って安心させると、横島はさらに細かい点を打ち合わせるべく表情を改めた。






「なあジーク、お前にも兄妹とかいるのか?
 元々軍人の家系だとしたら、やっぱりそういう人達も軍人なんだろうな?」

 翌日、朝飯後に世間話のようにジークに話しかける横島。
 そんな彼の口調からは好奇心以外のものは感じられない。

「ええ、姉がいます。横島さんが言われたとおり姉も軍人なんです」

「ふーん、それで階級はどっちが上なんだ?
 お前のノリからすると軍隊での上下関係がそのままだったりしそうだけど……」

「ははは……私は少尉ですが、姉は大尉です。名前はワルキューレといいます」

 最初の力無い笑いが横島の言った事を肯定していた。

「へえ……北欧神話に登場する戦乙女か……。
 そう言えばジークの名前も北欧神話というかゲルマンというか……そっち系だな。
 ひょっとして………」

「はい、横島さんが思ったように私も姉も元々は土着の神です。
 神界と魔界が今の体勢となった時に魔族となりました」

「そうか……。悪い事訊いちゃったかな……」

「いえ、私も姉も今は魔族です。それ以外の事はありませんから」

「済まんな。でも姉さんはお前と似てるのか?」

「容姿のことでしたら雰囲気や顔形は似てると思いますよ。
 でも姉には翼がありますから第一印象は異なるかもしれませんが……」

 まあ、このくらいは話しても良かろうと判断してワルキューレの事を話すジーク。
 何しろ、普通に考えれば横島がワルキューレに会う確率は非常に低いのだから。

「まあ任務とはいえ単身赴任みたいなモンだから大変だよな。
 今度気分直しに街でも案内しようか? 俺の仕事仲間に紹介しようかと思ってさ」

 ちょっとした悪戯を思いついた横島がそう言ってジークを誘う。
 あのワルキューレを焦らせてみたい、という稚気からであったが、ワルキューレとの会談を優位に進めるためでもあった。

「本当ですか? じゃあ今度お願いします」

 裏があるなど考えてもいないようなジークの表情にちくりと心が痛む横島だったが、まあ実害はあるまいということで計画を進める事を決める。

「わかった。だけど魔力は完全に遮蔽してくれよ。
 魔族に対する無知というか偏見はやっぱりあるからな」

 だからそう言うに止める横島だった。






 ジークが着任してから2週間が過ぎ11月も間もなく終わろうという頃になったが、未だ美神の周囲では何も起きていなかった。
 不安がるヒャクメに、攻撃と防衛用の文珠を2個渡して相変わらず美神のところでバイトをさせているが、魔族の反応はないという。
 横島はあの慎重なワルキューレがヒャクメがいる時間帯に美神と接触するはずがないと思うようになっていた。
 何しろヒャクメは神族である事を隠していないため、ワルキューレから見れば丸わかりなのだ。
 と言う事は、ヒャクメがいないオフの日を狙うはずだ。
 そして明日から2日間はヒャクメも休みであり、美神はドライブに行くと言っていた事を思い出して美神の事務所を尋ねたのだった。
 無論、人間に変身したジークも同行させている。

「こんにちは美神さん。修行の進み具合はどうですか?」

 いきなりやって来た横島を嬉しそうな表情で迎え入れた美神は、何とヒャクメにお茶を入れさせて横島とジークを歓迎する。
 ヒャクメが扱いに涙していた事をしっかりとわかっていた横島だったが、今はどうこうしてやる事は出来ない。

「しかし珍しいわね横島君。今日は修行を見て貰う日でもないのにやって来るなんて……」

「ははは、実は2週間前から妙神山に滞在している彼に、日本の街を案内しようと思いまして。
 偶々近くを通ったんで顔を出したんですよ」

「へえ…また弟子を取ったの?」

「いえ、彼は俺の弟子ではありません。小竜姫様の弟子になるのかな?」

 ジークの事を妙神山に修行にやってきた北欧系ドイツ人だと紹介した横島。
 ジークも予め教えられていたように、淀みなく自己紹介をする。

「はい、私はドイツからやって来ました。
 多少の霊能力があるので、この世界では名を知られている妙神山で修行しようと思いまして……」

「ふーん、日本語がうまいのね」

「ええ、私は小さい頃日本で育ったんですよ」

 和やかな団欒が続いている。
 ちなみにヒャクメは定時でさっさと帰らされた。
 帰り際に何やら恨めしそうな視線を横島に送っていたのだが、こればっかりはどうしようもないのである。

「それでジークさんはどんな能力をもっているのかしら?」

「私は元々格闘技が得意だったので、霊的格闘術がメインですね」

「じゃあ雪之丞と同じタイプか……」

「ははは……、雪之丞みたいなバトルマニアではないですがね」

 美神も久しぶりにヒャクメ以外の人間と世間話ができて楽しかったのだろう。何だかんだと引き留めて事務所を辞したのは夜の8時を過ぎようとしていた。

「御免ねー引き留めちゃって。西条さんもここ数日出張でいなくてさ、何だか寂しかったのよねー」

 遅くなったから横島の部屋まで車で送っていく、という美神の好意に甘えて定員オーバーという形で便乗している横島達。
 最初は美神のコブラでは3人は無理だと言って断ろうとしたのだが、無理矢理乗れば3人は乗れるという強引な論理によってジークは現在横島と密着するように座っている。

「わ、悪いなジーク……。狭いだろ……?」

「ははは……良いですよ。なかなか得難い経験ですから……」

 苦笑しながら会話をしている横島とジークを尻目に、何やらご機嫌でハンドルを握っている美神。
 鼻歌交じりというご機嫌な状態である美神だったが、これは彼女が他人に見せまいと隠している寂しがりな面が知らぬうちに大きくなっているからだった。

 キキ〜ッ!

 信号が変わったために停車した美神のコブラを、後ろから尾行していたミニクーパーを運転している女はニヤリとしながら見詰めていた。
 今日は神族であるヒャクメは一緒ではない。
 助手席に乗っているのは普通の人間だ。
 さすがに誰が乗っているかまでは特定できていないが、先程調べたが霊能力はせいぜい5マイト程度。
 これなら任務の障害になる事もないだろう。
 そう考えて女はブレーキのタイミングを僅かに遅らせた。
 そう、端から見れば何かに気を取られてブレーキを掛け遅れたようにしか見えないほどの自然さで……。

 キキキキッ!
 ゴン!!

「うわっ!?」

 おカマを掘られた衝撃で、シートベルトなどしていない横島とジークが前へと突っ込む。
 美神も想定外の後ろからの衝撃に驚いている。

「あ―――っ!! ちょっとあんた! どこ見て運転してるのよっ!?
 この車いくらすると思ってんの!?」

 怒りの形相で振り返り、中指を立てたポーズで追突した車の運転手を罵倒する美神。
 大事な愛車のコブラは後部のバンパーとフェンダーが損傷を受けており、普通の車でも最低10万円コースの被害だ。
 それがコブラとなればパーツ代もバカにならない。
 おそらく修理費はかなりの物になるだろう。
 それに…何となく楽しかった横島とのドライブを台無しにされた事の怒りも入っている。

「おい、ジーク……大丈夫か?」

「ううぅぅぅ……シートベルトって大事なんですね………。何が起きたんです?」

「どうやら追突されたみたいだな。ブレーキ掛けるのが遅れたんだろう。ドジな話だが迷惑な事だ」

「一応、私は大丈夫ですが……車は動くんでしょうか?」

「いや、動かなくなるぐらいだったら俺達は怪我してるさ。一応外に出てみるか」

「はい」

 美神が怒りを込めて車から降りている間に交わされている横島とジークの会話である。
 美神に遅れてコブラから降りる横島と人間形態ジーク。
 彼の部屋はここからそう遠くない。

 カチャッ

「す、すみません!!………お怪我はありませんか?」

 ミニクーパーから降り立った女性……少し目つきがキツイがなかなかの美人である。ただし、どこか作り物めいた容貌ではあるが……。

「ど、どうしましょう……。今保険を切らしてて……失業中だし………」

「どーしようって、アンタねえ……!!」

 オロオロする女性にいつものような頭ごなしの罵倒も出来ずに、ちょっと怒りの矛先を向けるところが無く不機嫌な美神だった。

「美神さん、幸い誰も怪我してないみたいだし、車も動くようです。
 こちらの方には悪いですが俺の部屋まで行って話し合ったらどうですか?
 こんなところで立ち話もなんでしょう。
 貴女も保険会社に連絡を入れる必要はないから大丈夫でしょ?
 それとも一応警察に連絡する?」

 冷静な口調でこの場を収める横島に、いらだたしそうに頷いた美神は車へと戻る。
 残された女性は話の展開に付いていけないようだった。

「そうそう、貴女名前は?」

「春桐……! 春桐魔奈美と言います……」

「わかった。春桐さん、貴女を信用しないワケじゃないがこちらの人間を一人乗せて付いてきてくれ。
 じゃあ監視は頼んだぞジーク」

「は、はい。わかりました。横島さん………っ!!?」

「…っ!!!」

 横島に頼まれて近寄ってきたジークは、春桐と名乗った女性を見た瞬間、ギョッとしたように息をのむ。
 それは春桐の方も同じだった。
 その瞬間、ほんの微かだが春桐の身体から魔力が滲み出る。
 それをすかさず感知した横島だったが、この場では黙っていた。
 横島が黙っていると、それに気が付かない当事者達は二人揃って何とも言えない表情でお互いを見詰めている。

「じゃあ付いて来んのよ!」

 その美神の一声で我に返ったジークと春桐は、なぜかお互い顔を合わせようとはせずにミニクーパーへと乗り込んだ。

「………ジーク、これは一体どういう事なんだ?」

 車を走らせてすぐに、先程までとは一転してキツイ口調で尋ねる春桐。

「それはこちらの台詞です、姉上! 一体なぜこんな所に!?」

「黙れ! 今は任務中なのだ! 私の質問に答えろジーク少尉!」

 ジークの質問を階級を使って黙らせると、再度質問をする春桐。

「はい、私の任務である神界への留学に際し、妙神山修業場に住み込んでいる横島さんに人界の
 街を案内して貰ったんです。
 そして何人かの知り合いの人に紹介されて、最後にあの美神さんのところに行ったら引き留め
 られて遅くなり、彼女に車で送ってもらっている最中でした」

「そうか……全く偶然とは恐ろしい。よいか、私は極秘任務に就いている。
 したがって私の正体は他言無用だぞ!」

「はっ! 了解しました!」

「それにしてもあの男が横島か………。
 理由はわからないが奴のことはトップシークレット扱いで何の情報も得ていないのだが……」

 ジークとの一連のやり取りを経て、春桐は独り言のように呟いた。
 現在、美神の事務所には正式な助手は存在せず、バイトで二人の助手が週2回ずつ交代で来ている事、それになぜか神族調査官であるヒャクメがバイトとして週5日一緒にいること、そして明日から2日間、ヒャクメは美神の傍にいない事。
 それが今回の作戦に際して与えられた美神の現状に対する全てだった。

「横島さんの事が魔界正規軍のトップシークレット?」

 春桐の呟きを聞き取ったジークが驚いて尋ねる。

「そうだ。お前は奴について何か知っているのか?」

「はい、私は妙神山で横島さんにいろいろ世話になっておりますので……。
 横島さんは妙神山に住み込んで修行の毎日を過ごしていますが、はっきり言って実力は私など
 足元にも及びません!」

「なに!? 中級魔族のジークが勝てないだと!?」

「はい……あっ、済みません。どうやら横島さんの部屋があるマンションに着いたようです。
 降りないと怪しまれますよ」

「む…確かな。お前はこの後どうするのだ?」

「いや…私は人界で泊まるところはありませんから横島さんと妙神山に帰りますが……」

「そうか……まあいい、降りるぞ」

 春桐、いやワルキューレは作戦開始直後から予想外の展開になってしまった事を嘆きながら、取り敢えず美神の元に入り込む事を優先させたのだった。






「ふーん、東京で独り暮らし……某メーカーで秘書をしていたけど不況で会社が倒産。
 …なーに? 履歴書を持ち歩いてるわけ?」

「今、あちこちで就職活動をしてる最中で、沢山持ち歩いているんです。
 どこも景気が悪くてなかなか―――」

 横島の事務所(妙神山東京出張所)のソファで春桐と話をしている美神。
 彼女が差し出した履歴書を見て疑問に思った美神の問いに、鞄の中から数通の履歴書を出してみせる。

「で…結局今はお金持ってないのよね?」

「えっ…は、はい……。失業中ですから」

「そう、あんたもし仕事探してるんなら、うちの事務所で働いてみる?
 事務仕事ができる人間が欲しいと思ってたからちょうどいいわ。
 修理代は給与の中からさっ引いていくっていうのでどう?」

「あっ……はい、そのお申し出が本当なら喜んで働かせて頂きますが……何のお仕事を?」

 春桐の問いかけは当然の事だろう。
 未経験の仕事であれば、それなりに習熟帰還が必要であるし……。

「あ、ああ……言ってなかったわね。私はGSをやっている美神令子。
 まあ、この部屋は私んじゃなくって、横にいる横島君の物なんだけどね」

「GS…ですか……。では横島さんも同業ですか?」

「まあ一応俺もGSですよ。あんまり仕事はしていませんけどね」

 春桐(ワルキューレ)としては、任務とは別に横島への興味から情報を探ろうと考えていた。

「じゃあ、明日はオフだけど一回来て貰うとして簡単な説明をするわ。
 ああ、その前にうちの事務所の場所を教えないといけないわね。アンタどこに住んでるの?」

「えっ! あ、ああ……履歴書に書いてあるように○○町のマンションですけど……」

「うーん、家と反対方向かぁ……。これから連れて行くにしても車じゃねぇ……」

「じゃあ明日の朝、池袋の駅で待ち合わせして美衣さんに連れて行って貰いましょうか?
 それなら初めてでも行けるでしょうし、駅からの道も覚えられるでしょ」

 悩んでいる美神に横島が助け船を出す。

「えっ! そんな事頼んでも大丈夫? 本当にそうしてくれると助かるけど……」

「ちょっと待ってください、美衣さんに訊いてみますから……」

 そう言って携帯電話を取り出すと、登録してある番号で隣の美衣の家に電話を掛ける。

「あっ美衣さん? ごめん、こんな時間に電話して。明日の朝は時間あるかな?
 そう、大丈夫? うん、実は頼みがあるんだけど……」

 そう言って暫く話していた横島が携帯電話を切って美神の方を向く。

「OKを取りました。明日の朝7時半に池袋駅の東口の○○線改札口で待ち合わせして下さい。
 今、美衣さんがこちらに来ますので」

 横島の言葉が終わらぬうちに、インターホンが鳴る。
 立ち上がった横島がドアの方に向かい、再び現れた時にはラフな服装に着替えた美衣を伴っていた。

「美衣さん、こちらがお願いする春桐さん。
 春桐さん、こちらが俺の事務所で事務員をしてくれている美衣さん。家はこの部屋の隣だから」

「あっ春桐です。明日はよろしくお願いします」

「私、美衣と申します。では明日7時半に待ち合わせと言う事で……」

 何やら硬い雰囲気で自己紹介をする美衣と春桐を見ていた美神だったが、車も動く事だしこれ以上やる事もないので帰る事にしたようだ。

「じゃあ今日は楽しかったわ。それといろいろとありがとう。またね」

 そう言って美神は部屋を出ると車へと向かった。
 無論、美神は春桐もすぐに横島の部屋を辞すと思っていたので何も気にしていなかったのだ。
 一方、残された面々は…………。



「さて春桐さん。一応事故の件も丸く収まって示談と言う事ですから、安心して帰って下さい」

 にこやかに告げる横島と、どうしてよいのかわからずに無表情のジーク、なぜか先程から険しい表情の美衣。
 春桐も先程までと違ってキツイ眼差しとなっていた。
 なぜか誰も動こうとしない事務所で全員が緊迫した雰囲気に包まれる中、横島だけが妙に明るい表情をしている。

「横島さん……この方は…」

「わかってるよ美衣さん。なかなか見事な変身だけどよくわかったね?」

「化け猫族の感覚は鋭敏ですから………」

 このような会話を目前でされたら、春桐とて観念するしかなかった。

「そっちの女性は…化け猫だったか……。それにしてもいつ私の事に気が付いたんだ?」

 言葉使いまでがらっと変えて、本来のキツイ口調へと戻した春桐が尋ねる。

「さっきジークと会った時に一瞬動揺しましたね? その時に魔力が微かに漏れたんですよ。
 ジークの表情と貴女の態度からどうやら顔見知りのようだと。と言う事は魔族ですね」

 きっぱりと断言した横島に驚いたような表情を見せる春桐。
 まさかあの一瞬で見破られるとは思ってもみなかった。

「横島……とか言ったな。一体何者だ?」

「愚問ですね。俺の事はジークに訊いてくれれば答えてくれるはずですよ。
 貴女とジークの間に敵対関係がなければね。俺は横島忠夫。
 特S級GSで小竜姫様と斉天大聖老師の弟子になりますね。
 これまでもメドーサ、マンティアなんていう魔族と戦って倒していますが、貴女はその係累の方
 ですか?
 それなら美神さんを狙うのは筋違いですよ。本当の仇は俺ですからね」

 その言葉に驚愕する春桐。
 ジークは驚いてはいたが、妙神山でその実力を垣間見ていたので納得はできた。
 それにしても目の前の横島が、魔族の中でもきっての武闘派であり中級魔族であるあの二人を倒したとは………。

「どうやらジークの言っていた事は本当だったらしい……。
 お前は私の任務遂行の障害になりそうだな」

 そう言って立ち上がろうとする春桐を止めるジーク。

「待って下さい姉上! 横島さんとここで戦うというのですか?」

「ジーク、私は任務中だ。姉上と呼ぶな!」

 止めようとするジークとのやり取りで、この二人が姉弟であることがわかった美衣は驚いている。

「成る程……貴女がジークの姉であるワルキューレさんですか。
 どうも話を聞いていると美神さんを狙って近付いてきたわけじゃあ無さそうですね」

「私の事を知っているのか? そうか、ジークから家族のことを聞いたんだな?
 まあ仕方がない。こんな事態になるとは思わないだろうからな」

 そう言うと諦めたような表情をして変身を解き本来の姿に戻るワルキューレ。
 ジークも変身を解く。

「改めて自己紹介しよう。我が名はワルキューレ! 魔界第2軍所属特殊部隊大尉である!
 それに勘違いしないでもらおう、私の任務は美神令子の抹殺ではない…。
 もしそうならこんなまどろっこしい事はせんよ!」

「そうですか。ジークの姉さんと言う事なら信用しましょう。
 別に俺にとって魔族は全て敵という存在でもないですしね」

 あまりにも呆気なく返された言葉に一瞬呆然とするワルキューレ。
 そう言えばジークも横島に心を許していた。

「魔族が敵ではない……? どういう事だ? お前は小竜姫の弟子なのだろう?
 しかもGSでもあるのになぜだ?」

 心底わからんと言った表情のワルキューレに苦笑する。

「だって魔族も神族も所詮表裏一体でしょう? 元々は貴女だって神族だったはず。
 別に魔族の本能が破壊と殺戮だって言うけど、それを抑える理性を貴女だって持っている。
 そして我々に敵対する気もなければ、悪事を働く気も無いんでしょう?
 だったら別に敵ではないはず。何か間違っていますか?」

「………」

 本当に何を当たり前の事を、といった横島の口調に何も答えられないワルキューレ。
 しかし彼女にとって任務遂行の障害になる可能性は排除しなければならなかった。

「私も別にお前と敵対するつもりなど無い。しかし……」

「任務の障害になるかもしれない、ですか?
 貴女の任務は知りませんが、こんな面倒な手順を踏む以上作戦内容は限られます。
 一番可能性が高い潜入工作や暗殺、情報収集でないのなら、ターゲット本人に悟られないように
 した護衛任務ってところですか」

 再びズバリと自分の任務を言い当てた横島に一瞬恐怖を感じたワルキューレは、携帯している銃に思わず手を伸ばす。
 それを見て止めようとするジーク。

「待ってくれ姉上!」

「いいよジーク。まだジークにも見せてなかった俺の能力を見せてあげるから……」

 座ったままの横島は余裕の表情でワルキューレを見詰める。
 その態度に違和感を感じたワルキューレが慎重に周囲を見回すと………自分の周囲にいつの間にか浮かび上がって取り囲んでいる小さな珠を見つけた。

「何だこれは……まさかっ!? これは文珠!?」

「ご名答……。
 俺は現在人界唯一の文珠使いであり、小竜姫様の依頼で動く厄介事引受人ってとこです。
 ヒャクメがいたんでなかなか接触できなかったみたいですね。
 でもそれは仕方がないですよ。
 ヒャクメは美神さんを過激派魔族の奇襲から守るためにあそこにいたんですから」

「なんだとっ!? では今回の計画も!?」

「いや、それは知りませんね。
 俺が言っているのはハーピーに美神さんが狙われた事件ですが……。
 あの事件以来、魔族の一部がどうも美神さんを狙っているようなので、小竜姫様と相談してヒャクメ
 を張り付けていたんです」

 平然と嘘を吐く横島。ただし大部分は真実である。
 この辺はなかなか役者だ。
 そしてワルキューレは明らかにしまったという表情をしている。

「さて、話を聞かせて貰いましょうか? どうやら俺達の目的は同じらしい。
 話の内容によっては貴女の邪魔はしませんよ」

 全てを見透かすような横島の瞳に射抜かれ、ワルキューレは渋々と言った感じで口を開いた。



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