フェダーイン・横島

作:NK

第54話




「間に合わなかったか……。だが今ならすぐに治癒してベルゼブルを迎撃する事が出来るな」

 空中でぶつかり合う魔力源が2個、一気に急降下したかと思ったら地表すれすれで先を飛んでいた方が上昇した。
 しかし後ろから追いかけていた方が物理法則を無視したような急角度でベクトルを変え、即座に上昇しようとしていた片方に追いつき背後を取ったのだ。
 さすがの横島も文珠無しで小さくなる事は出来ないし、『転移』して姿を現した途端に凄まじいスピードで高機動空中戦を行っているワルキューレとベルゼブルの戦いに割って入る事は出来なかった。
 文珠を出したところで、背後を取られたワルキューレが翼をもぎ取られて錐揉み状態で落下していくのが見えたため、優先順位を繰り上げワルキューレ救出に変更する。

「…う…うぅ…くそっ! 奴の後を追わなければ……」

 必死に放出する魔力を調整して飛行のバランスを取り戻し、傷ついた身体に鞭打って追撃に入ろうとした矢先に何か結界のような物に覆われてしまう。

「むっ!? な、なんだこれは!?」

 ひょっとするとベルゼブルに捕縛結界でも掛けられたのかと思って慌てたワルキューレだったが、身体を包み込むような暖かい力を感じて戸惑う。

「じっとしていろワルキューレ。今治療してやるから」

「なに!? お、お前は横島か!? そうか…監視していたんだな? 何をしようと……」

「そうだ。アンタを治療したらすぐにベルゼブルを追う。だから大人しくしろ! 時間が惜しい」

 いきなり聞こえてきた声に反応すると、自分が横島の掌に乗せられている事に気が付く。
 先程のは霊力を使ったトラクタービーム(牽引光線)のようなものだったのだろう。
 さらに自分のすぐ横に、横島の指に挟まれた自分より少し小さい光り輝く珠が2個ある事にも気が付く。
 そこに浮かぶ文字は『治癒』と『変換』。
 驚いて何をするのか質そうとしたが、強い口調で横島に言われたワルキューレは黙ってそれに従った。
 自分の命は現在、文字通り横島の手の内にあると理解したから……。

 キュイイィィィイイン!

 文珠から多量の魔力に変換された霊力が注ぎ込まれ、ベルゼブルによって付けられた傷が瞬く間に回復していく。
 しかしもぎ取られた翼は完全に再生するわけではない。
 だが肉体や体力面ではほぼベルゼブルによって付けられた傷は完治していた。

「これはあくまで応急処置に過ぎない。この戦いが終わったらちゃんと治療しろよ。
 それに文珠による治癒は、魔力の補充という意味では効果が薄いから注意しろ」

「なぜ…なぜ私を助けた?」

「ジークの姉さんだからな。それに今は同じ目的を持っている仲間だろ? それより具合はどうだ?」

「あ…ああ……。大分楽になった」

 横島の言葉とは違って、ワルキューレは魔力も補われていくのを感じていた。
 そして自分を助けた横島という人間に興味を持ち始める。

「そうか。じゃあベルゼブルを倒しに行くか」
 
 その言葉と共に手にワルキューレを乗せた横島は姿を消した。






「ちっ! 最悪ね。せっかくの休みだっていうのに何でアンタと顔合わせなきゃなんないのよ!」

「それはこっちの台詞なワケ!
 せっかく横島君に修行をつけて貰おうと思ったのに、何でアンタが一緒に来るワケ!?」

 横島がワルキューレを治療している頃、美神は横島が来客用に借りている駐車スペースに車を停め、降りたところで隣にバイクを停めたエミと鉢合わせしていた。
 二人とも、今日が完全なオフとなったため横島に会いにやって来たところで出会ったのである。

「ふん! 相変わらずセコイわね! そうやって抜け駆けしようってのね!」

「抜け駆けしようってのはアンタなワケ!
 私はすでに第3チャクラを制御する段階なんだから、やっと第2チャクラを廻せるようになったオタク
 とは違うワケ!」

「な、何ですって〜! 私だって第2チャクラはもう実戦でも使いこなせるわよ!」

 いつものように言い合いをしながらマンションのエントランスに入ろうとしている美神達は、後方から急速接近しているベルゼブルに気が付いてはいなかった。

 ヴウゥゥゥゥン!

「いた! ククク……目標が多重結界に入る前に補足できそうだな。
 俺の身体はどんな結界でも素通りできるが、あそこだけは霊波長を複雑に変化させた多重結界(シールド)
 が張られていて侵入に時間がかかるからな。
 しかしそこ以外なら俺のフィールドだ!
 おまけにサイズが小さくスピードが速いから人間風情が攻撃を防ぐのは不可能だ」

 遙か前方に目標である美神令子を発見したベルゼブルは、そのタイミングの良さに舌なめずりをする。
 今ならワルキューレは追いついてこないし、邪魔者の気配もない。
 まさに千載一遇のチャンスだ。

「クククク……この間合いなら外しはしない。
 死ね! 美神令子! 貴様の魂は俺様が頂いたぞ!」

 爪の先に魔力を集束させて攻撃態勢を取るベルゼブルは、既に美神達まで100mを切った位置にいた。
 そこに上空から小さい何かが落下してきて、空中に静止するのが見えた。

「むっ!? アレは何だ? ……こ、これは……身体が引き寄せられる!?
 な、なぜだ? 俺の意志に関係なく身体が動く??」

 ベルゼブルは混乱していた。
 自分の意志に反してと言うか、まるで魅入られたように空中に浮かんでいる珠のような物へと向かってしまう自分自身に。

「うぐぐ……なぜだ――!? あ、あれは……まさか文珠なのか!?」

 必死に自分の身体のコントロールを取り戻そうとしていたベルゼブルは、漸く自分を惹き付けている物の正体を理解した。
 それは……『誘蠅』という文字が浮かんだ光り輝く双文殊だったのだ。
 「蠅の王」であるベルゼブルはそれ故、蠅としての属性を備えている。
 それを巧妙に突いた横島のアイディアだった。

「待っていたぞベルゼブル。さあワルキューレ、アンタの手で敵を倒すが良い」

「済まない横島。ベルゼブル覚悟!」

 ドン! ドン! ドン!

 機動性を失い、正に炎に誘われて飛び交う羽虫のようになっているベルゼブルに、小さいままだが構えた銃をフルオートで発射する。

 バシッ ビシッ ドシュッ バキッ

「グギャアァァァアア〜!」

 精霊石弾を叩き込まれて文字通り蜂の巣となったベルゼブルは爆散して果てた。

「さて……これからどうするんです?
 美神さんにはまだバレていないけどその傷じゃあ任務の続行は難しいし、何より春桐魔奈美と
 しても重傷で仕事などできないでしょう?」

「う……ううむ………」

 ベルゼブルを倒し一安心したワルキューレの耳に認めざるを得ない内容の話が聞こえてくる。

「ジークと一緒に妙神山で治療した方が良いでしょう。
 そうすれば月曜日からは動いてもバレないぐらいにはなるかもしれないし……」

「そんな時間はない! 敵はまだ1鬼残っているんだ! その間に美神が狙われたら……」

「成る程…敵の戦力は後1鬼ですか」

「くっ! 謀ったな横島!」

「人聞きの悪い事を……。純粋な好意から言っているのに酷いなぁ……」

 惚けた口調の横島に怒る気も失せたワルキューレは押し黙ってしまう。

「まあどちらにせよ、俺は美神さんとエミさんの相手をしなけりゃいけない。
 貴女の事はジークに任せますよ。じゃあ部屋に行きましょうか」

 そう言って横島は再び『転移』の文珠で妙神山東京出張所の部屋へと戻っていった。



 ピンポーン

「はい、どなたですか?」

「私ー、美神よ。今日空いているかしら?」

「私もいるワケ。横島君に修行を見て貰おうとおもったワケ」

 張り合うように聞こえてくる二人の声に苦笑しながら、横島はワルキューレを妙神山に通じる亜空間ゲート越しにジークに手渡し、美神達が来る前に一仕事終える事が出来た事に安堵の溜息を吐いていた。
 横に立っている美衣も苦笑している。

「構いませんよ。今開けます」

『やれやれ危なかった。美神さんにワルキューレの事がバレると面倒だからな。
 それにワルキューレも怒るとおっかないし……』

 美神もエミも、横島が休みの日に出張所にやって来る時間帯を調べてあるのだ。
 そんな事を思いながら横島は玄関へと向かった。






「――ベルゼブルの気も消えた……!」

 かつてラフレールが根城としていた場所とよく似た、薄暗い打ち捨てられた地下ゲームセンター跡の座席に座っている、おかっぱ頭で細い目つきの小学生ぐらいの少年が不機嫌そうに呟いた。
 見た目は小学生なのだが、その冷たく酷薄な眼差しと禍々しい雰囲気が彼の異常さを声高に訴えている。

「なぜだ…!? ワルキューレ程の者が警備にあたり、神族のヒャクメまでが警戒をしている。
 そして私程の者が直に手を下さねばならんとは……。
 あの美神という人間に何があるというのだ?」

 足を組みながら座り疑問を口にしながら考え込んでいる少年。
 尤もその口調は感情が削げ落ちたように平坦だ。

 ヴウウウ……ン!

「…!」

「うまくいっておらんようだな、デミアン」

 突然ゲーム機のディスプレイが反応し、そこにフードを目深に被った人影が映る。
 そんな格好をしてはいるが、正体はアシュタロスである。

「ボス…!」

 偉そうにふんぞり返っていた少年、デミアンがさっと立ち上がって前に出、片膝を突いて臣下の礼を取る。

「部下を2鬼も与えたのは万一の失敗も許したくなかったからだ。なぜ奴らだけで行かせた?
 何が気に入らんのだ…?」

「――恐れながら、私の受けた命令は『美神令子を殺し、その魂を持ち帰る事』です。
 魔界正規軍のワルキューレを相手にするなんて聞いてませんよ。
 もし私を鉄砲玉にする気なら――」

 臣下の礼をとってはいても、ほとんど表情を変えずに自らの意見を述べるデミアン。
 最初に聞いた情報の不備に不満の意を伝える。
 だがそれはアシュタロスの次の言葉によって遮られる。

「…情報が漏れたのはこちらのミスだ。だが…裏の仕事だということは承知の上ではないのか?」

「程度によりますよボス。正規軍を相手に喧嘩を売って無事でいられる保証は?」

 相手の言い様に溜息を吐きながら応えるデミアン。
 普通であれば彼の考えは至極まともである。
 いかに彼が優秀な殺し屋であっても、正規軍に敵と認識されて目標にされたら無事でいられる保証はないのだから……。
 だが…………。

「そのような心配は無用だ。
 なぜなら――あの女を殺し、その魂を手に入れれば――次の魔王は私だからだ!!」

「な……!?」

 アシュタロスから返された言葉に、さすがのデミアンも驚いた表情でディスプレイのアシュタロスを見詰める。

「あの女は前世で我々魔族と大きな因縁を持つ者……。特に私とはな……!!
 事はお前が想像するより遙かに重大だ。双方表立って動く事もできん程にな……。
 わかったら行け!!」

「は……!」

 再度出撃を命じると、それを最後にアシュタロスの映像は途切れた。
 承諾の意を示したデミアンだが、どっかりと胡座をかいて思案顔になる。

「逃げ道を塞がれちまったな……。ここまで聞いた以上、私も腹を括るしかないか………」

 表情は乏しいがいかにも参ったなと言う雰囲気を漂わせている。

「魔王か……あいつが!? …フン!」

 そう呟くと、いかにも面倒くさそうに立ち上がり地上に上がる階段へと歩き出す。
 今回命を受けた刺客は既に彼だけとなっていたのだから………。






「大丈夫ですか、姉上?」

 横たわったワルキューレを心配そうに覗き込むジーク。

「大丈夫よジークさん。翼以外はもうほとんど治っているし、後は魔力が回復するだけなのねー。
 でも翼の方はしばらく時間がかかるわ」

 ワルキューレを霊査していたヒャクメが、ジークの不安に応える。
 その言葉を聞いてホッとしたような表情になるジーク。

「そんな顔をするなジーク。私はこうして生きているし、任務の続行にもほぼ問題ない」

「でも魔力の回復には1日はかかりますよ。その間は大人しくしていた方が……」

 何でもない事を強調するワルキューレの言葉に、現状を冷静に告げて安静にしている事を勧める小竜姫。

「気持ちはありがたいが作戦は続いている。美神令子の護衛任務は果たさなければならない。
 例え命を失っても任務は果たす! それが魔族軍士官の務めだ。
 それにしても……まさか私が神族の出張所で治療を受ける事になるとは思わなかったよ………」

 小竜姫の言葉を遮ったワルキューレだったが、何やら複雑な表情を浮かべて自嘲的に呟く。

「今はデタントなのですから、別に敵対する必要がない以上不思議ではないでしょう?
 それに今日は横島さんが一緒ですから、修行が終わるまでは何も心配はいりません」

「横島か……確かにアイツは強い! 第一級の戦士である事も認める。
 あれ程呆気なくベルゼブルを手玉に取るとはな……。
 小竜姫…だったか、お前はあの横島を信じているんだな…」

「勿論です! 横島さんは私の大事な人ですから!」

 ワルキューレの問いにきっぱりと答える小竜姫。
 その瞳には些かの迷いもなかった。

「ヒャクメさん、小竜姫さんと横島さんってやっぱり恋人同士なんですか?」

「そうみたいなのねー。
 でもからかうと小竜姫が真剣に怒るから、ちょっかいを出さない方が身のためなのねー」

 何となくそうではないかと思っていたジークがヒャクメに尋ねると、ヒャクメはちょっと怯えながらその問いを肯定する。
 おそらく震えは過去の過ちでも思い出しているのだろう……。

「何とか明日には帰れないだろうか?」

「2時間程休めば普通に動くには問題ないはずですが……。
 それ程独りで任務を遂行したいのですか?」

「別に人数は関係ない。私は魔界軍士官として与えられた任務を達成したいだけだ。
 それに戦況によっては増援を頼む事もあるしな」

「そうですか……。貴女が帰るというのを止める事は出来ません。
 ですが戦闘はかなりキツイと思いますよ」

 無理強いせずにワルキューレの希望を了承する。
 小竜姫としても彼女の意志を尊重しているのだ。

「しかし姉上、その身体では独りで戦うのは危険です。私も一緒に……」

「これは私に与えられた任務だ。それにお前には自分の任務があるはず。
 それを疎かにするなど許されん! なに、私とて命を無駄にせんよ」

 ジークの申し出を軍人としては常識である論理で拒む。
 確かにジークには上から与えられた任務というものがあるのだ。

「敵は後1鬼。魔力さえ回復すれば1対1だから問題はない」

「ワルキューレさん。夕方になって動くのに問題が無いようになったら、亜空間ゲートを繋げます。
 でもくれぐれも命を粗末にしないでくださいね」

「わかっている」

 ジークの心配そうな表情に送られて、ワルキューレは自分の部屋へと帰っていった。






「大分上達しましたね。
 エミさんはすでに少しなら第3チャクラを廻せるようになってきたし、美神さんも第2チャクラの
 制御は完全です。
 こうなればいよいよ潜在能力を引き出す修業を受けても大丈夫かもしれませんね」

 妙神山東京出張所で美神とエミの修得具合を確認した横島が呟く。

「潜在能力を引き出す修業……?」

「それってどんな修業なワケ?」

 横島の言葉に反応した美神とエミが尋ねる。
 その顔は興味津々と言ったところだ。

「ああ、妙神山には今、小竜姫様の師匠である斉天大聖老師が滞在しているんですよ。
 俺も雪之丞達も既に老師に修業を付けて貰ってパワーアップを果たしました。
 ただ、本当に潜在能力を引き出すか、死ぬか、という危険な修業ではありますけどね」

「それって……私がやったコースよりもキツイの?」

 かつて行った修業を思い出して尋ねる美神。

「そりゃあもう…。何しろ妙神山修業場最高にして最難関なコースですから。
 ウルトラスペシャルデンジャラス&ハード修業コースと言うんですけどね」

「それって……私達の能力は成長期を過ぎていてヤバイんじゃないワケ?」

 エミが考える素振りをしながら尋ねる。

「確かにその通りです。
 美神さんもエミさんもこれ以上霊力というか霊能力が上がる事ははっきり言って難しい。
 それこそ一度二人をぶっ壊す必要があるんですよ。
 まあ、はっきり言って二人共GSとしては今でも最高レベルにいますから、これ以上頑張る必要は
 無いかもしれませんが……。どうします? 二人が望めば考えますが……」

 横島の言葉を聞いてそれぞれ思考の海に没頭する美神とエミ。
 横島の言葉を考えると、どうやら自分達はこれ以上のレベルアップは厳しいようだ。
 それは自分達の霊能力の成長期ピークを超えている事からも納得できる。

『どうしようかしら……? でもこのままだとエミに負けっぱなしって事になるわね……。
 そんな事我慢できないわ!』

『私としては今のレベルでも十分なワケ。令子にも勝っているし……。
 でも令子がこのまま黙っているわけないワケ!
 もし令子が修業すればおそらく私を超える事は確実なワケ!
 再び令子にデカい顔をさせるわけにはいかない!』

 何となくチラッとお互いを見てフンッとそっぽを向いているので、横島には二人の考えが手に取るようにわかっていた。

『二人とも負けず嫌いだものなあ……。おそらく……』

「横島君、私は受けるわよ、その修業!」

「横島君、私もここで能力を引き上げたいから受けるワケ!」

 横島の想像通りの返事を返してきた二人に思わず笑みがこぼれる。

「わかりました。では妙神山に案内しましょう。美衣さん、後はお願いね」

「はい。お任せ下さい」

 美衣の声に見送られて横島はこの部屋と妙神山を結ぶ亜空間ゲートを開いた。



「何かあの部屋を通すとあっという間に着くのね……」

「確かにお隣さんみたいな感覚なワケ」

 あまりにお手軽に妙神山に来られた事に拍子抜けしている二人だが、楽に来る事が出来た方が良いに決まっている。

「まあ、あれは俺達の仕事用の通路ですからね。普段は使いませんよ」

 そう言って斉天大聖老師の部屋へと連れて行く。
 そこには連絡を受けた小竜姫がすでに待っていた。

「お帰りなさい横島さん。やはりお二人は老師の修業を受ける事になったんですね?」

「はい。これが能力アップの最後のチャンスですからね」

「ではお二人とも、この契約書にサインをしてくださいね」

 差し出された契約書にさっさとサインをしていく美神とエミ。
 だが一応チェックはしているようだ。

「ではこちらにどうぞ」

 小竜姫に連れられて横島達も入った部屋へと案内される。

「ここに座れば霊力が一瞬で加速されるのね?」

「ええ、貴女達の感覚では数ヶ月先になりますが―――。
 ただ貴女達の場合、霊的成長期のピークを過ぎています。
 当然ここに適応して外に出るまでの時間も横島さん達とは変わります。
 中で経過する時間は同じ2ヶ月ですけどね」

「ふーん。ちなみに横島君達は実際の時間ではどれぐらいで戻ってきたワケ?」

「そうですね。大体30秒ですね。貴女達だと数分ってところでしょうか……」

 小竜姫の説明に一応納得した美神とエミは椅子に座る。
 彼女たちはこれから主観時間の世界へと入るのだ。

「では美神さん、エミさん。頑張ってきてください。小竜姫様、頼みます」

 横島の言葉が終わり、小竜姫がにこやかに頷くと3人の姿は加速空間へと旅立った。

「さて、どんな能力を引き出してくるかな……?」

『美神さんは多分、前と同じだと思うわ。エミさんは前回修業していないからわからないわね。
 楽しみだわ』

『それより忠夫さん。私の本体からリンクによって聞いたのですが、ワルキューレが任務を遂行する
 と言って先程戻って行ったそうです。』

 美神とエミがどんな潜在能力を引き出してくるのか、楽しみにしている横島とルシオラの意識。
 だが小竜姫の意識が久しぶりに表に出てきて、横島に気になる情報を伝える。
 先程、美神達の前では話せない事を横島に融合している自分の霊基構造コピーへと伝えていたのだ。

「何だって? ワルキューレが戻った?」

『でも…まだやっと動けるようになったレベルでしか、彼女の魔力は回復していないはずじゃ…?』

『はい……。今の状態では戦闘なんて無理でしょう。でも無理はしないと言っていたようですが……』

 横島の中のルシオラと小竜姫の意識は、ワルキューレが戦闘に耐えられない身体だとはっきりと言った。
 だとすれば安心させるような事を言っていたようだが、平行未来の記憶というかワルキューレの性格や考え方から導きだされる答えはそう多くない。

「まずいな……ワルキューレはデミアンと差し違えるつもりかもしれない……」

『まさか!? 自爆するつもりなの!?』

 殆ど正解に近い推測を口にした横島に、驚いた口調で尋ね掛けるルシオラの意識。

「多分……。ワルキューレは極めて合理的に物事を考えるから、今の自分の状態なら自爆による
 相打ちという選択をすると思う」

『そんな!? 増援を頼むような事も言っていたのに!
 ……なぜそんなに命を粗末にするのですか?
 我々と共闘すれば任務だって果たせるはずなのに!』

 小竜姫の意識が理解できないと言った口調で尋ねてくる。
 確かに普通はそのような思考回路を持ってはいないだろう。

「ワルキューレにとっては任務を達成する事が一番重要なのさ。それに彼女は魔界正規軍士官だ。
 いくらデタントとは言っても神族といきなり共闘するのは難しいだろ?」

『成る程……』

『確かに彼女ならそうかもしれませんね……』

「じゃあ急いで行くか! 自爆したぐらいじゃデミアンは倒せない」

『『はい!』』

 次の瞬間、横島の姿は消え去った。






 美神除霊事務所が入っている雑居ビル(シャングリラビル)を見上げている目つきの冷たい子供……。
 先程廃棄された地下ゲームセンターでアシュタロスと話していたデミアンと呼ばれた魔族である。

「今日は休みだとか言っていたそうだがちょうどいい。
 あの程度の結界ならば何と言う事はないから潜り込んでおくか……」

 そう呟いて事前に情報として知っていた、事務所である5階の部屋を見たデミアンの表情が僅かに変化する。

「誰かがいるみたいだな………。
 邪魔者である神族のヒャクメがいないのは、さっきベルゼブルが確認している。
 すると休みだが用事でもあってターゲットがやって来たのか?
 ワルキューレだと面倒だが、一応確認はしとくか……。
 相手次第で対応を変えればいいだけだしな」

 そう呟いてニヤリと笑うとさっさとシャングリラビルへと入っていった。

 チャッ

 クローゼットを開けてトランクに服を放り投げていく。
 そして神通棍を4本、5本と引き出し、さらには溜め込んでいた精霊石も取り出す。
 普段と違ってパンツにセーターという大人し目な格好だが、さすがにそのスタイルの良さに関しては誰もが認める美神である。

「さて、これで準備は出来たわ。それにしても何で魔族が私を狙うのかしら…?
 まさかバイパーやナイトメアを倒した恨みとかかしらねぇ……?
 まっ、考えても魔族の事情なんて知った事じゃないわ!
 さっさと小竜姫様の妙神山に向かうとしましょう。
 魔族軍の士官なんて言ったって所詮魔族。信じられないわ」

 そう言ってトランクを持とうとした時、背後から聞こえた声にギョッとして振り返る。

「信用してくれていいさ……! 我々は殺すと決めたら必ず殺す…!」

 あくまで事務的な口調で話す背後の存在は、明らかに多少大人びた子供にしか見えない。
 しかし自分の勘がコイツはヤバイと告げている。

「魔族……!? いつの間に―――!!」

 キンッ!

 その声とほぼ同時に神通棍を伸ばして身構える様は、流石に一流GSといったところか……。

「子供をそんな棒きれで殴るのかい? 非道い女だな…」

 戦闘態勢に入った美神を尻目に、魔力レベルを上げもせずにニヤリと口の端を吊り上げて思ってもいない事を言う。
 美神の攻撃なんぞ気にする必要もないという態度だ。

「あいにくだけど、ガキは嫌いなのよ!!」

 一流GSだけあって見た目に惑わされず、両手で柄を持って一気に神通棍をデミアンの頭へと振り下ろす。
 その太刀筋にはいささかの迷いも見る事はできなかった。

 ズシャッ!!

 神通棍による一撃は子供の姿をしたデミアンの頭部を呆気なく斬り裂き、ちょうど眉間の辺りまで進んだが肉を割るのもそこまでだった。
 本来であれば骨という硬い物体から帰ってくる手応えが無く、まるで肉の塊を斬ったような感覚に微かな戸惑いを受けるが、現実はそれをじっくりと考える暇さえなかった。
 なぜなら頭を真っ二つに斬り裂かれながらも、眼前の少年は何らダメージを負っているように見えなかったから……。

「よくもやったな…!」

「げっ……!?」

 魔族とわかってはいたが、そう言ってスッと右手を上げた少年に驚く。

 ヒュン! ドスッ!!

 掲げられた右手がグニャッと形を崩し、次の瞬間には杭のようになって伸張し美神の胸部(ちょうど胸の谷間の辺り)を刺し貫いた。
 ニヤッと笑うデミアンと、自分に何が起きたのか理解できないように驚いている美神。

『…これで任務は完了だ。私なら当たり前か……』

 デミアンが浮かべた笑みは内心に浮かんだこの言葉を表したものだったが、今度は彼が笑みを消して驚きの表情を浮かべた。
 胸を刺し貫かれた美神がニヤッと危険な笑みを浮かべたのだ。

 ヴンッ!

「手負いの状態で美神を守るにはこれしか無さそうなんでな……!
 あの女は既に安全な場所に保護されている!」

「な…!? おまえ……ワルキューレだったのか…!?」

 自分を貫いているデミアンの腕をガシッと両手で握った美神の姿が歪み、片翼を失ったワルキューレへと変わる。
 その瞳には死への覚悟と危険な色をたたえていた。

「私と心中する気か……!? 最初からそのつもりで―――」

 珍しくデミアンの表情に驚愕の表情が広がる。
 任務に対する捉え方の違いとでもいうものに驚いているのかもしれなかった。

「私の任務は貴様ら3鬼から美神令子を守る事だからな。手段は選ばん!!」

「おまえ……イカれてやがるぜ…!」

 デミアンも不敵な笑みを浮かべる。
 なぜならここでワルキューレが自爆しても、おそらく自分が倒される事はないと計算したためだ。
 ここで最大の障害たるワルキューレが自ら果ててくれれば、今回の任務も楽になるだろうという自信の表れである。

「全くその通り…! 第一デミアンはそんな事じゃ倒せない」

「なっ!? 誰だ!?」

「なにっ!?」

 ワルキューレとデミアンの笑みは、いきなり聞こえてきた第三者の声でかき消える。
 なぜなら戦っている最中とはいえ、自分達が接近を全く感知できなかったからだ。

「ここは美神さんの事務所だ。勝手に吹き飛ばすと後が怖いぞ?」

 続いて発せられた言葉に振り返った二人がみた人影は……こちらも不敵な笑みを浮かべた青年の姿。

「横島…!? なぜここに!?」

「命を粗末にする誰かさんを助けるためさ」

 そう言うと横島は7つのチャクラを即座に全開にする。
 あっという間に1,200マイト近い霊力がその身体から溢れ出て、デミアンとワルキューレが放っている濃密な魔力とぶつかり合った。

「デミアン……だったな。取り敢えず俺が相手だ」

 横島が発した宣戦布告が、戦いを新たな局面へと向かわせる。



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