フェダーイン・横島

作:NK

第55話




 虚空から飛竜を抜くと即座に霊力を込めていく。
 修行の成果によってあっという間に1,500マイト程の霊力が練り上げられて飛竜へと注がれる。

「ふっ……人間にしては大した霊力だが、私には通用し…………なにっ!?」

 ビュッ! ズバッ!!

 言いかけたデミアンを無視して鋭く振り下ろされた斬撃は、まるで豆腐でも切るように硬化された右腕を切断しただけでなく、斬られた場所から崩壊するように残った部分を消滅させていく。
 その威力に驚くデミアンだったが、即座に後方へと跳躍し反撃に移る。

「へっ…! 何だか知らんが邪魔する奴は皆殺しだ!
 まずはくたばりかけのワルキューレよりテメエを片付けてやる!」

 その言葉と共に吹き飛ばされた右腕跡に肉が盛り上がり、着地と同時に今度は鞭のようになった腕が唸りを上げて横島に向かう。
 だがその一撃はタイミングを合わせて横薙ぎに振るわれた飛竜の一閃によって再び消滅させられた。

「その程度の攻撃では俺を倒すなんて夢また夢だぞ……。
 だが今はワルキューレを手当てするのが先だ。お前と遊んでいる暇はない」

「ふん! へらず口を!」

 そう言って突っ込んできたデミアンに向けて飛竜を上段から振り下ろす横島。
 飛竜に込められた霊力の塊が放たれるのがデミアンの目に映る。

「ふんっ! どこを狙っているんだ!? …まさか?…ぶべっ!?」

 横島が焦って間合いを計り損ねたのかと思ったデミアンだったが。霊力塊が向かった床に横島の爪先から伸びた霊波が円形に張られている事に気が付いた時には遅かった。

 ギュンッ! バシュ!!
 ドゴオンッ!!

 放たれた霊力塊は床に展開された霊力に反射されて向きを変え、まるで兆弾のように加速してデミアンに炸裂したのだ。
 だがその一撃はあくまで牽制を目的としたもの。
 美神の事務所に損害を与えないように出力を抑えた一撃だった。

「今のうちに一旦退くぞ! こっちだワルキューレ!」

 思いも寄らない角度からの攻撃を受けて防御に専念せざるを得なかったデミアンの隙を突き、飛竜をしまうと苦しそうに立っているワルキューレの腕を掴んで窓へと向かう。

「行かせるか!!」

 右腕が膨れ上がったかと思うと掌がレンズ状になって高出力の魔力砲を放つ。
 しかし防御に使った時間だけ遅れたタイミングでは、横島達を捉える事は出来ない。
 一瞬早くワルキューレを力強く抱き締めた横島は、窓をぶち破って一気に飛び上がった。

 ドゴオォォオン!!

 全力で離脱し距離を置いて文珠を発動させようとした横島は、ぶち破った窓から爆煙が上がるのを見て溜息を吐く。

「ちっ……!
 ビル全体を破壊される事はなかったが、あれじゃ美神さんの事務所はもう使えないな……。
 まあ、やったのはデミアンだから俺のせいじゃないか」

「バカ野郎!! 何の真似だ!? もう少しで奴も倒せたんだぞ! この身体では次はもう……!!
 う……!」

 事態に余裕が出てきたために、今まで大人しくしていたワルキューレが怒鳴り出すが、ダメージが大きいらしくゴフゴフと紫色の血を吐いて咳き込む。
 その声量はなかなかのものだが、横島に抱き締められている姿では迫力なんぞ皆無である。

「あんまり喚くと傷に響くぞ……。とにかく後で説明するから今は静かにしてろ」

 珍しく感情を高ぶらせているワルキューレを平坦な口調で黙らせると、横島は『転移』の文珠で妙神山へと跳躍した。






「あ、姉上!? 大丈夫なんですか!?」

「心配いらん! 私はまだ生きている…!」

 横島に肩を借りながら戻ってきたワルキューレの姿に焦るジーク。

「ヒャクメ、美神さんとエミさんはもう老師の修業を終えたか?」

「少し前に終わって、今は小竜姫と一緒に奥で休んでいるのねー。でもさすが横島さんなのねー。
 デミアンを一方的に退けるなんて」

 ワルキューレの事が心配なジークに、横島共々帰ってきたと告げて外に出てきたヒャクメに状況を確認する。
 そして頷くとグッタリしたワルキューレをジークへと委ねた。

「さて、これでデミアンはワルキューレを追ってここへやって来る。どうやって迎え撃とうか……?」

 誰にとはなく問題を提起した横島は『治』『癒』の単文珠を作ってワルキューレのダメージに応急手当を施す。
 今回単文珠にしたのには別に理由はない。単にストックが豊富だったという理由だ。
 それでも必要十分な霊力が込められているのだから問題はない。

「当然私が戦う! それが任務だからな!」

「やれやれ……。誰かさんが無謀なおかげで今日は随分文珠を使ったんだぞ。
 それでワルキューレの傷はどうだジーク?」

 傷つきながらも闘志を衰えさせずに言い切るワルキューレに、横島は感心と呆れの混じった視線と口調で応じるとジークに視線を移した。

「命の危険という意味では大丈夫だが……これでは戦闘力はいつもの6割程度だ。
 無茶です姉上!」

「私の命よりも任務の達成の方が大事だ! ジーク、お前も軍人ならわかっているだろう!」

 いささかの逡巡もなく答える姉をこれ以上説得するのは自分では無理だと思ったのか、横島の方に視線を向けるジーク。

「とにかくワルキューレを美神さん達に見られないうちに奥へ運ぼう。ばれたら説明せざるを得ない。
 ワルキューレだってそれは避けたいだろう?」

「う……むうぅ……それはその通りだが………」

「じゃあジーク、さっさと運んでくれ」

 その言葉に頷いたジークがワルキューレに肩を貸し宿坊に入ろうとした時に、後ろに立つ横島が呟いた。

「確かにあらゆる手段を使って任務の達成を図るのは軍人として立派だが………死んだら悲しむ者
 もいるだろう。それに任務のためなら神族や人間と共闘してもいいんじゃないか?」

「………私は軍人だ……。任務中はそれが最も重要な事なのだ。
 ……それにデタントとはいえ神族に背中を預ける程信用はできん」

 小さな声だったが哀しみが込められたその言葉は、ジークに肩を借りて歩いているワルキューレといえど無視する事は出来なかった。
 それ故、建前の後に本音をポロッとこぼしてしまう。

「そうか……。どうしても一人でやるって言うなら止めはしない。
 だがここに来ちまった以上、他人がどういう行動を取ろうともアンタに止める権利はないぞ、
 ワルキューレ」

「むっ…!? それはどういう事だ?」

「さすがに小竜姫様や老師は戦うわけにいかないが、俺なら魔族と戦い殺しても問題にはならん。
 尤も、修業場の前で派手にやり合えば嫌でも美神さんやエミさんの耳に入る。
 そうなるとあの二人、特に美神さんは自分が蚊帳の外に置かれるのを嫌うだろうな」

「…バ、バカなっ! そんな事をすれば美神令子の命が危険に……」

「ちょっと、私の命が危険って、どーいう事よ!?」

 建物の中に入った時、向かおうとした廊下と反対側からいきなり聞こえたその声に反応して振り向いたワルキューレが見た者は………護衛対象である美神令子の姿だった。

「うっ…! 美神さんに……エミさんも………。一体何でここに?」

 あちゃあ〜という表情で柳眉を寄せる横島。
 後ろでは小竜姫がすまなそうな表情で立っていた。
 彼もおそらく美神が戦う事になるだろうとは考えていたが、もう少し手順を踏んで説明しようと思っていたのだ。
 だがこうなっては致し方ない。
 何しろ暗躍していたのはワルキューレなのだし、美神の事務所を破壊したのはデミアンなのだ。

「横島君が帰ったみたいだから待ってたんだけど、なかなか来ないから迎えに来たワケ。
 ところがいきなり中にも入らずに深刻な事を話しているし、妙神山に魔族が二人もいるし……。
 一体どういう事なワケ?」

「あれっ!? アンタ……春桐って家の新しい従業員にそっくりね………?。
 それにそっちはこの前紹介されたジークって人に………?? えっ?」

 面識のないエミはともかく、人間形態の二人に会った事のある美神は面影や雰囲気に既視感を感じたのだ。
 この辺、修行の成果でかなり鋭くなっているようだ。
 ジトッとした眼差しで二人を見詰めている。

「ふう……仕方がないですね。確かにこちらのジークはこの前紹介したジークの本当の姿です。
 彼は神界と魔界のデタントの一環として、妙神山に人材交流のために派遣された留学生なんです
 よ。
 修業で俺と拳を交えた事もあるし、とてもいい奴なんですが、普通の人には魔族っていうと先入観
 がありますからね。
 彼に人界を案内しようとした時に人間に化けた方が面倒がないと教えたのは俺です」

 なにも話さない二人に代わって説明する横島。
 その説明は嘘ではないし、やはり魔族であるとわかればひと騒動起きるのは確実なため、美神も仕方がないと言った表情で頷く。
 実際、前回会って話した印象はイイ奴だった。
 魔界から来た留学生に人界の事を知って貰い、無駄な争いを避けるように意識を変える事は重要な事だろう。

「そう……。まあジークさんの事はわかったけど……。確かに横島君の判断は的確だったかもね。
 でもそっちの女魔族の事はどうなの?」

「それは自分で説明して貰いましょう。俺も細かい経緯は聞いていないし」

 そう言って横島は視線をワルキューレに移し、全員の視線が集中する。

『すまんワルキューレ……。俺もこれ以上面倒な事に巻き込まれたくないんだ………』

 なぜかキツイ視線を送ってくるワルキューレに心の中で謝るが、表面上は何ら変化を見せない横島だった。

「とにかく応急処置を済ませてからにしませんか? 怪我人を放っておく事はよくありません」

 小竜姫の一言に頷いた一同は、ワルキューレの手当のために奥へと向かった。



「ふーん……。じゃあ私の命を狙ってデタントに反対する過激派魔族の殺し屋が来てるのね?
 それでアンタは魔族指導部の命を受けて私のところに潜入し、密かに護衛任務に就いていた
 と………。」

「そうだ……。なおジークの名誉のために言っておくが、私の任務の事は知らなかったし、私と会った
 のも偶然だ」

 小竜姫とヒャクメによって人間形態(春桐)で体中包帯に覆われたワルキューレ(寝かされている)の説明に納得したような表情を見せる美神。

「それで……横島君も小竜姫様達もその事を知っていたのね?」

 今度はそう言ってギロリと横島達の方を見る。

「はあ……最初に会った時に気が付いたんですが、理由を聞いたら邪魔するわけにもいかないし、
 神族側も監視を強化するに留めると言う事だったんで……」

「事はデタントにも影響しますから……。でも万が一の時はサポートできるようにしていました」

「だから横島君がタイミング良く私をここに連れてきたり、様子を見に行ったりできたのね?」

「ははは……そう言う事です。
 何しろワルキューレは魔界の指導部の命を受けて作戦行動中でしたからね。
 でもまあ、俺としても美神さんを無闇に危険な目に会わせるつもりはありませんから、ここで片を
 付けるつもりですよ」

 悪びれずに答える横島と、しっかりとフォローを入れる小竜姫。
 自分に黙っていた事には怒りを覚えるが、事が事だけにあまり責めるわけにもいかない。
 何よりしっかりと守ってはくれていたのだから……。
 そのうち何らかの形で横島に貸しを返して貰おう、と内心で思いながら再び矛先をワルキューレへと向ける。

「でも何でなの!? 何で私が特別に魔族に狙われたり、守られたりしなきゃならないわけ!?」

「知らんのだ、本当に。私の任務はお前を連中から守る事……それだけだ。
 そして命令に説明はないからな」

 最も尋ねたい事を訊く美神だったが、ワルキューレの回答は簡潔かつ納得できるが不十分なものだった。
 ただ、美神もワルキューレが嘘を吐いていない事ぐらいはわかる。

「ま、嘘でもないようだし、本当に理由は知らないようだから信じるわ、あんたの話。
 でも…………いずれにしてもさ―――私が大人しく言いなりになってるなんて思わないでよ!
 オモチャにされんのはゴメンだわ!」

「……だから本人には特に秘密にしろと指示されていたのだ……!」

 そう宣言した美神にワルキューレは予想されたとおりの反応なので渋面を作る。

「ところで……アンタ今、私の事務所に侵入しようとした…デミアンだっけ?
 魔族と戦って怪我したっていったわね? じゃあ私の事務所はどーなったの?」

「ああ……奴の魔力砲でドカンだが…。それがどうした?」

 ふと思い出したように尋ねる美神になんでもない事のように答えるワルキューレ。

「へっ…!? ドカン…?」

「あ―― 美神さん…。俺が様子を見に行った時にはすでに戦闘が始まってまして……。
 ワルキューレを連れて外に出ようとした俺達に向かってデミアンが魔力砲を放ったんですよ。
 俺なんか事務所に被害を与えないように苦労して戦ったっていうのに………あの苦労は何だった
 のか……」

「な、な、な、何ですって―――!? 私の事務所が――!? ちょっとワルキューレ!
 この損害は魔族が補償してくれるんでしょうね!?」

「な…何を言っているんだお前は? そんなもの我々魔族がするはずないだろう?」

「何言ってるのよ!! ここは人界なのよ! アンタ達魔族の常識なんてどーでもいいの!
 金がないならアンタの身体で払って貰うからね! 負債を完済するまでただ働きよー!!」

 魔族のワルキューレをも圧倒する迫力で、彼女の肩を掴み怒鳴りつける美神。
 その姿は悪鬼も裸足で逃げ出すほどだ……。

「あの姉上を圧倒するとは……。美神さんって何者ですか?」

「流石美神さんなのねー。私をお茶汲みにするだけの事はあるのねー」

「事務所を吹き飛ばしたのはデミアンなんだが……。まあ政府の公的補償みたいな物かな…?」

『こっちに矛先がこなくて良かったわね、ヨコシマ』

「美神さんはお金の事となると絶対に退きませんからね……」

 これまでとは次元の異なる戦いを強いられているワルキューレに、生暖かい視線を送りながら囁きあう残りの面々。

「――っ! 横島さん…来たみたいなのねー」

 どうやってもワルキューレに損害を補償させようとしている美神を眺めていたヒャクメが、突然真面目な表情で横島に囁く。

「そうか……。それで後どれくらいでここに到着する?」

「大体10分ってとこなのねー」

 その言葉を聞いて頷いた横島は美神達の方に近寄る。

「とりあえず補償問題は全部終わった後にしたらどうですか?
 それより、いよいよ最後の敵であるデミアンがこちらに接近中です。
 後10分以内にこちらに着くでしょう。誰が迎え撃つか決めないといけませんね」 

 いつものようにフラットな口調で話す横島だったが、その言葉に表情を変えるワルキューレと美神。

「ただいま戻りました」

「今帰ったぜ!」

「ただいまでござる!」

 その時タイミング良く東京出張所から戻ってきた九能市と雪之丞、シロが入ってくる。
 今日は社会勉強と言う事でシロも東京出張所に行っていたのだ。

「おい、どうしたんだよジーク? 何だ、姉さんはまだ駄目なのか?」

「怪我をしているようですけど、どうされたんですか?」

 美神が肩を掴んでいる包帯だらけのワルキューレを見てそれぞれが疑問に思った事を尋ねる。
 雪之丞は、美神達が来る少し前に横島が彼女を運んできたのを見ていたので、その後ずっとここにいたと思っているのだ。
 一方、横島がワルキューレを連れてきた時、シロの社会見学のために一緒に外出していた九能市はワルキューレの存在を見ていない。

「ああ、こちらはジークの姉さんでワルキューレ。
 魔界正規軍の士官で任務中に怪我をしたんで連れてきた。それでその敵が現在接近中だ」

「何だって!? 敵は何だ? 魔族か?」

「敵なのでござるか?」

 非常に簡単に状況を説明した横島だが、雪之丞とシロにはそれで十分通じたようだ。
 それよりも既に敵に興味が移っている。

「雪之丞が言ったとおり、敵はデミアンという魔族だ。
 能力としては魔力レベルは2,000〜3,000マイトぐらいで、身体の一部を吹き飛ばしたり消し飛ばして
 も即座に再生させる厄介な能力を持っている。
 小さな子供の姿をしているが、あれは本当の姿ではないな」

「結構強力な魔族ですのね……」

 横島が説明したデミアンの能力を聞いて瞬時に自分との実力差を現実的に算定する九能市。

「だから私が戦う。それが私に与えられた任務だからな」

「ちょっと待ってよ! これは私の問題でもあるのよ!
 それにどっちみちこれ以上…私の事で誰かに何かしてもらうってのは気に入らないのよ!!」

「私もパワーアップの成果を試したいワケ」

「フッフッフッ……俺も戦うぜ」

 だが既にヒートアップしているワルキューレ、美神、エミ、雪之丞には決定事項だったようだ。

「せ、拙者も…」

「待てシロ! お前は氷雅さんや小竜姫様、ヒャクメと一緒に待機するんだ」

「な、なぜでござるか!? 拙者が雪之丞殿や氷雅殿に比べて弱いからでござるか?」

 自分も戦うと言おうとして、師匠である横島に遮られたシロはムキになって尋ねる。

「バカ! 敵は今のところデミアンだけだが、いつ応援が来るかもしれない。
 そのために予備戦力を残しておく事は戦いの常識だ!
 特に今回は戦力的に余裕があるんだから敵の増援に備えるのは当然だろう」

 しかし横島に理を説かれてシュンとなってしまう。

「では第一陣はワルキューレ、ジーク、美神さん、エミさん、雪之丞で戦って貰おう。
 もし敵の増援が来れば俺と氷雅さん、シロがそいつらを相手にする。いいかな?」

 横島の言葉に異を唱える者はおらず、皆一様に頷いている。

「そうそう、美神さん、エミさん、雪之丞はこれを使ってね。デミアンの奴を少し驚かしてやろう……」

 ニヤリと意地悪そうに笑う横島だった。






「ワルキューレ…お前の腹の中には私の組織片が食い込んでいる。
 いかに瞬間移動で逃げても見つけるのは簡単だ」

 酷薄な笑みを浮かべながら空中を滑るように飛行しているデミアン。
 先程逃げられた横島とワルキューレを追って飛んできたのだ。
 遙か眼前には妙神山修業場名物の鬼門が見え、その外に二つの人影を確認する。

「それにしても逃げた先が妙神山とはな! くっくっくっ……バカな奴だ!
 魔族が神族の出張所で騒ぎを起こしても、困るのは私じゃないよ……」

 ワルキューレ達の前方数十mの位置にフワッと着陸するデミアン。

「その通りだ……。ここで神と魔が争えばデタントの流れは水の泡だ」

「だが……魔族同士の小競り合いなら大したことはないさ」

 待ちかまえていた魔界正規軍の格好をしたワルキューレとジークフリートが能面のような表情で応える。
 すでに戦闘状態に精神を持っていっているのだ。

「おや……ワルキューレ。単独任務の筈だろう? 助っ人とは狡いよ……」

 そうは言いながらも悪意のある笑みを浮かべているデミアン。
 おそらく今更一人正規軍士官が増えたところで、自分を倒す事など出来ないという余裕があるのだろう。

「なんとでも言え! もう自爆はやめた…!
 あの人間共…面白くてな。もう少し見ていたくなったのさ…!」

「食らえ! デミアン!!」

 そう言い放つとワルキューレとジークは素早く拳銃を抜いて構えると、フルオートで精霊石弾を浴びせかけた。

 ド…ドンドンドン! 
 バシッ バキッ ズシュン ドドドッ!!

「……何だい、この攻撃は…? マジメにやれよ!」

 精霊石弾で身体を抉り取られ、穴を穿たれても平然と笑みを浮かべているデミアン。
 さらに無駄な攻撃を繰り返すワルキューレ達を嘲る。
 その平然とした様子に射撃を止めて驚くジーク。

「精霊石弾が効かない……!?」

「チッ…! 直にやり合うしか無いようだな!」

 こちらも忌々しそうに呟くワルキューレ。

「私が前に出る! おまえは援護しろ!」

「姉上…!? その傷では無理だ!」

 指示するワルキューレの傷を思い出して翻意する事を促したジークだが、ワルキューレは軍人ではなく姉としての顔でジークに語りかけた。

「お前に前衛は無理だ! ――お前の性格は魔族には似つかわしくないからな……。
 魔族の本質は闘争と殺戮だ! なのにお前にはそれがない。
 軍の訓練でも表面しか鍛えられなかったのだろう? お前には戦士より相応しい仕事がある!」

 任務中だというのに垣間見せたそれは、魔族としては優しすぎる弟の事を理解してのものだったのだろう。
 何か言い返そうと口を開きかけたジークだったが、状況は姉弟のそんなやり取りを許してくれなかった。

「―― なにブツブツ言っているのさ? 来ないならこっちから――行くぜ!」

 無造作に歩き出したデミアンがそう言うとピシッと頭から正中線に沿って裂け目が生じ、あっという間に腹部まで左右に分かれると、中からどう見ても少年の身体の中に入っていられるはずのない巨大で醜悪な魔獣が躍り出る。

「!!」

「あれが奴の本体か!? よしっ!」

 一瞬呆然としながらも、即座に気を取り直して戦闘を開始する姉弟。
 残った片翼を広げ空へと移るワルキューレをデミアンの頭部が追うように持ち上がる。
 そこに魔力を溜めて魔力砲を放つジーク。
 この辺のコンビネーションはさすが姉弟である。

「!?」

 ドムッ!!

 ジークの放った魔力砲がデミアンの喉の部分を直撃し、その巨体の動きが一瞬止まる。

 ギュ――ン!

 その隙を突いて上空から急襲するワルキューレ

 ズドオォォオ!!

 自らの拳を持って巨大なデミアンの後頭部に食らわせた一撃は、その外殻を突き破るという強烈なものだった。

「うおららああッ!!」

 さらにもう一方の腕をもデミアンの体内に突き入れ、脳と思しき組織を引き裂き掴み出す。
 デミアンの紫色の体液と脳漿にまみれたワルキューレの姿は凄惨なもので、正に魔族というか鬼神を思わせるものだったが、同時に躍動感と彼女が秘める美しさをも感じさせる。
 普通の相手であれば、ワルキューレの攻撃は適切且つ効果的であったろう。
 だがデミアンはある意味、規格外の存在だった。
 脳と思われる組織になお攻撃を加えようとするワルキューレの後ろで肉塊が盛り上がり、それが先程まで見せていた少年の上半身へと変わる。
 それに気が付きハッとするワルキューレ。

「ふんっ……甘いんだよ!」

 その言葉と共に胸部にレンズ状の物がせり上がり、集束された強烈な魔力砲が至近距離からワルキューレに向かって撃ち出されようとしていた。
 タイミング的には躱す事など出来ないとわかっていながらも、軍人としての訓練からか回避行動を取るワルキューレ。

『くっ……! 避けきれないか! …何だと!?』

 ドガッ!! ズオオォォオ!

 そう思って今更ながら防御を固めようと魔力を集めたワルキューレを掠めて飛び去る魔力砲のエネルギー。
 ワルキューレは横からデミアンを直撃した霊波砲の存在を確かめながら、バランスを崩して下へと落ちた。

「ちいぃぃい! 一体邪魔したのはどこのどいつだ!?」

 上半身だけ現れた少年姿の左腕を吹き飛ばされたデミアンが、忌々しげに自分の魔力砲の射線をズラした原因を探るべく顔を向ける。
 そこにはいきなり姿を現した魔族のような男が立っていた。
 この男が先程の霊波砲を放ったのだろう。

「やっぱり直撃でも効かねーか……。あれでも500マイトの出力はあったってーのによ……」

 魔装術を纏った雪之丞が忌々しそうに呟く。

「今の霊波砲は貴様か? 見たところ人間のようだが大した威力だ。
 だが私にダメージを与えられる者などおらん! 相手が悪かったな」

 ニヤリと笑ってそう言っているそばから再生されていく肉体。
 一方ワルキューレをジークに対しては、鋭い剣のような脚を多数生やすとそれを繰り出して近寄らせない。
 さらに先程ワルキューレが攻撃した頭部も再生すると、大きく開けた口から新たな首と頭部が出現する。

 ボッ! ズバッ!

 新たに現れた顔の口から放たれる魔力砲。
 それは正確に雪之丞を狙って伸びたが、雪之丞は背中から薄い鉞状の翼を出すと空中高く舞い上がりそれを躱す。

「ふっ! 見たか、斉天大聖老師との修業で手に入れた俺の能力を!
 俺は空中戦も可能になったのさ!」

 飛翔しながら右手を突き出すと、即座に霊力を練り上げて霊波砲を放つ。
 デミアンの攻撃を躱して距離を取ったジークとワルキューレも、そのタイミングに合わせて魔力砲を放った。

 ドガッ! スゴッ!!

 三者から放たれた霊波砲は新しく生えた頭部を粉々に吹き飛ばす。

「おのれっ! だがこの程度では私を倒す事などできんわ!」

 爆風から手で顔を覆ったデミアンはそう言い放つと、再び生やした触手の先端から魔力砲を放って応戦する。
 それは雪之丞、ジーク、ワルキューレの3人を同時に狙い撃ったものだった。

「なに!?」

「ちっ!? 奴は一体何なんだ?  確かに横島が言ったように単純には倒せないようだな……」

「何か…妙だ! 奴の身体には何か秘密が……」

 躱しながらそれぞれの思いを口にする3人。
 
「とにかく……今度は奴の脚を吹き飛ばして動けなくするぞ!」

 雪之丞の言葉に再び霊波砲を放つ。
 その攻撃はデミアンの脚を3本吹き飛ばすが、やはり何ら痛痒を感じてはいないようだ。
 嘲笑うかのように3人に反撃を加えようとする。
 だがこの攻撃は囮だった。

「チャンス! 食らいなさい、化け物!」

「これでも食らうワケ!」

 それまで誰もおらず、何もなかった場所から忽然と美神とエミが現れ、美神が振るった神通棍がその念の出力に負けて鞭状に変形しデミアンの少年の部分に襲いかかる。
 さらにエミの放ったブーメラン(250マイトの霊力が込められた)が唸りを上げて迫る。

 ズシャ! ビシッ! 

「ぐわっ!」

 少年の姿を守るように立ちはだかった触手を真っ二つに切断し、少年の顔を直撃して斬り裂く美神の鞭。

 スバッ!

 そして僅かに遅れて飛来したエミのブーメランが仰け反った頭を首から斬り飛ばした。

「やったか!?」

「今度こそ倒したか!?」

 ジークとワルキューレが同時に叫ぶ。
 だがジークは、転がってきたデミアンの頭を叩き潰した時に妙な違和感を覚えた。


 ここで説明すると、彼等は最初からデミアンの能力と攻撃パターンを調べる囮だったのだ。
 人間に比べ魔力の面でも防御力の面でも上回っているジークとワルキューレが最初に攻撃を仕掛ける。
 そしてその経緯を見て相手の力量を見極めた美神、エミ、雪之丞は、タイミングを計って参戦する。
 それが横島が立てた作戦だった。
 その作戦通り、美神とエミは横島が持たせた『穏』の文珠で姿を遮蔽していたのを解き、デミアンの本体だと感じた少年の身体を攻撃した。
 まあ、雪之丞は一足早く攻撃を掛けたが、それは美神とエミがより安全に遮蔽を解けるようにとの配慮だ。

「ぐうぅぅ……、なかなか小癪な事をやってくれるじゃないか!
 だがそんな攻撃でやられる私ではないぞ!」

 ボコボコと再生しつつある頭部の口が開き、その声を聞いた一同にガッカリとした雰囲気が生まれる。

「げっ!? また頭が生えてきたワケ! 一体奴の本体はどこなワケ?」

「奴は不死身だって言うの!?」

 その様子を見てさすがの美神やエミも思わず大声を出してしまう。

『いや……触った感じが妙だった……! あの身体は奴の本体じゃない…!?
 では一体どこに――?』

 どうやら自分達が相手にしているデミアンは、実体というか本当の身体ではないと言う事に気が付くジーク。
 いかに魔族といえども、これだけ色々やられてもビクともしない程非常識な存在ではない。

 ワ―――ン!

 その時奇妙な音が遠くから聞こえてきて、デミアンが後ろを振り向く。

「さて、やっぱり敵の増援が来たみたいだな。氷雅さん、シロ。俺達も行くとしようか」

 鬼門の報告を受けた横島が場内で静かに呟き、自分に従う二人に眼を向けた。
 戦況は新たな局面へと移ろうとしていた。



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