フェダーイン・横島
作:NK
第56話
ブブブブブ………
奇妙な音に振り向いたデミアンの眼には、数十にも及ぶベルゼブルの姿が映っていた。
「デミアン、何をモタモタしている!? ボスが気をもんでいるぞ!」
「ベルゼブル!? 何しに来た! お前のようなヘボには用はないぞ!」
確かに横島とワルキューレの手によって倒されたはずのベルゼブルが、なぜ再び……さらに増殖してここに現れたのか…?
答えは簡単である。
横島とワルキューレが倒したのはベルゼブル本体ではないからだ。
ベルゼブルは蠅の王と呼ばれ、無数のクローン体を持っている。
正確には自分自身の分身に近いのだが、それ故本体がやられない限りどう倒しても生きているから、不死身に見えるのだ。
「お前につけたクローン1匹が殺られたろう。俺としても『蠅の王』としての面子があるんでな。
相手の面を拝みに来たのさ」
「ケッ! あさましい蠅め…! それでクローンをまたこんなに……」
ベルゼブルを軽蔑するかのように表情を歪めて呟くデミアンだったが、戦っている雪之丞達はそれどころではない。
「お…おい!! ヤバいぞ…! 新手だ…!」
「えっ!? 何か……ヤバそうなワケ!」
「何よ奴らは……!? ム、ムシ!?」
「むっ!? ……奴はベルゼブル!? そうか! クローンだな!!」
「姉上、あの数では……」
そのために横島達第二陣が控えているのだが、現在応戦しているデミアンの非常識な不死身さに焦りを覚えていた美神達に緊張が走る。
ギギ〜〜!
「あの新手は俺達に任せろ。雪之丞達は正面の敵に全力を向けてくれ」
「やっと出番でござる!」
「敵の魔力は……結構大きいですわね。これは霊力を限界まで練り上げないといけませんわ……」
後ろから聞こえてきた3人の声に思わず振り向く美神達。
デミアンも鬼門を開けて現れた横島達を睨み付ける。
「貴様は……先程私に喧嘩を売った奴だな?」
「そういうことだ。おい蠅野郎共! お前のクローンを倒したのは俺だ!
お前達もすぐに後を追わせてやるからかかってきな!!」
そう言って飛竜をスッと掲げてベルゼブル達に向ける。
それはいつもの横島よりかなり挑発的だった。
「何!? そうか、お前が俺の分身を殺したのか!? 人間の分際で――思い知らせてやる!」
ブブブブブ!
自らの仇を目の前にしてベルゼブルは全力を上げて横島の抹殺を決意した。
次々と襲いかかるベルゼブル・クローン達。
「思ったより単純な奴だな……。
氷雅さん、シロ! ちょうどいい相手だ、日頃の剣の修行の成果を見せるチャンスだぞ」
そう言って構えた飛竜の切っ先をゆるゆると動かす。
先程の台詞はベルゼブル達を自分に向かわせるための作戦だった。
デミアンと戦っている美神達にベルゼブルが襲いかかれば乱戦となり、美神がやられる可能性が高い。
ベルゼブルは小さい上に高速機動戦が得意なため、美神やエミのみならずジークやワルキューレでも倒すのは難しいからだ。
「はい先生! 見ていてくだされ!」
「忍びの術の極意を持って戦いますわ」
横島に返事をしながらも霊波刀を出して精神を集中するシロと、左手に10本ほどの30cm長の針を持って敵の動きを注視する九能市。
「くっくっくっ…! さあ、ビビっている人間の血はアドレナリンがツーンときいていて最高だぜ!
俺を楽しませてくれよ!」
そう言って3人に襲いかかるベルゼブル達。
その運動性とスピードは人間では対処不能に近いものだった。
だが………。
「ぬるいな……。その程度のスピード、犬飼ポチの八房に比べれば問題外だ」
そう言って横島はチャクラを全開にしてありったけの霊力を込めた飛竜を流れるように、だが眼にも留まらぬ速さで振るった。
シュンッ! ビシュッ! ヒュン! ビッ! シャッ! ズシュッ!
再び横島が飛竜を正眼に構えた時には、地面に斬られ息絶えたベルゼブル・クローンが3匹落ちていた。
まさにあっという間の出来事……。
「な…なんだと!? 貴様…本当に人間か!?」
その妙技を目の当たりにしたベルゼブル・クローンが思わず叫ぶ。
だが空中に待機していた彼等は続けて信じられないものを見てしまう。
「はっ! たあっ!」
横島よりは動きが洗練されておらずいささかぎこちないが、それでもゆるゆると流れるような動きで自分に向かってきたベルゼブル・クローンを霊波刀でたたき落とすシロ。
「はっ!」
掛け声と共に手にした千本と呼ばれる長い針を投擲する九能市。
キラッと光を反射した千本は九能市を攻撃しようと飛んできたベルゼブル・クローンを正確に貫く。
さらに1本投擲してクローンを串刺しにする九能市。
「氷雅殿…凄いでござる!」
「私も忍びの端くれ……。飛んでいる蠅を針で串刺しにするくらいの修業は積んでいますわ」
シロの賞賛の声に微笑しながら答える九能市。
漸く忍びとしての実力を示す事が出来たため、九能市としても嬉しかった。
「お見事! 二人とも修行の結果が出ているね。
でも油断は禁物だ。残りの連中は全力で襲いかかってくるぞ」
横島の声に気を引き締める九能市とシロ。
「貴様らただ者じゃないな! だが俺様にも蠅の王としての面子がある! 死ね!!」
そう叫ぶと空中で待機していたクローン達が一斉に襲いかかるべく動き出した。
「やはりただ者じゃないな、あの男……。まあいい。アイツの相手はベルゼブルに任せるか……。
私は美神令子を殺す事に専念しよう」
ベルゼブル・クローンを瞬時に斬り落とした横島の腕前を見て、デミアンは戦ってみたい衝動を感じたが任務を優先させるべく動き出した。
再び多数の脚と魔力砲発射用の触手を生やす。
「こっちも目の前の敵に集中しないと……。ワルキューレ、アイツは一体どういう奴なのよ!?
同じ魔族なんでしょ、何か弱点とか知らないの?」
「悪いが……何の情報も持ってはおらん。私としてもあの不死身さは予想外だ」
「情報士官っていうアンタも何も知らないワケ?」
「いくら情報部でもそこまでの情報は掴んでいません」
「取り敢えずなんか考えつくまで奴を攻撃し続けるしかねーか……。
もう一度、俺とジーク、ワルキューレで霊波砲を集中砲撃してみようぜ。
いくら奴でも一点に集中すればダメージを受けるはずだ。
美神と小笠原の旦那は、その時の奴の状態をよく観察してくれ」
こちらは横島の実力をよく知っているため、デミアンと違って新たに姿を現した魔族は任せる事にしたようで、ヒソヒソと対デミアン戦の作戦を練っていた。
何しろ霊波砲による砲撃も、神通鞭やブーメランによる斬撃も、白兵戦による直接攻撃も通用しないのだ。
美神やエミもそれ以上の作戦を思いつかないため、黙って雪之丞の提案に頷いた。
「どうもデミアンの身体は妙です。あれはひょっとするとデミアンの本体ではないのかもしれません。
もし私の考えが当たっていれば、いくら攻撃してもあの身体は致命的なダメージを受けない
でしょう」
「私もジークの意見に賛成だ。
我々が一撃で奴の身体を消し飛ばすだけの威力の攻撃を行えれば勝てるだろうが……今の我々
では無理だな。勝つためには奴の本体を見つけるしかない」
実際にデミアンの身体と接触して戦った二人は、朧気ながらデミアンの正体に気がつき始めていた。
尤もワルキューレは、妙神山に転移した直後に横島に言われた事を思い出した事も大きい。
『デミアンはアンタが自爆しても倒せやしない。奴の身体には何か秘密がある。
そうでなければ、俺の飛竜による一撃をああも簡単に再生させる事などできなはずだ。
ワルキューレ、デミアンを倒そうというのならまず奴の能力を見極める事だ。
敵の情報を分析しないで勝利を得るのが困難だって事は知っているだろう?』
確かに横島はそう言った。
おそらく美神の事務所で戦った時に何かを感じたのだろう。
そしてここでの一連の戦闘で横島の言う事が正しかった、と認めている自分がいる。
「ふん……! 私を倒す方法は見つかったか? 何をやろうが無駄な事だ。大人しく死ね!」
シュッ! シュッ!
刃物状の脚を眼にも留まらないスピードで繰り出し攻撃してくるデミアンに対し、何とかその一撃を躱すと雪之丞、ジーク、ワルキューレが空中に飛び上がり少年の上半身の基部目がけて高出力の霊波砲を放った。
雪之丞(590マイト)、ジーク(1,500マイト)、ワルキューレ(1,500マイト)の霊波砲エネルギーは狙い違わずに一点に着弾した。
スドドドドドッ!
「ぐわっ…! あ、味な真似を―――!」
さすがのデミアンも肉体の一部を大きく吹き飛ばされて抉られ、少年の上半身も消し飛ぶが、数秒後にはズブズブと再生を果たす。
その様子を霊視ゴーグルで観察する美神とエミ。
何とか敵の弱点か正体を見抜かなければ勝ち目はない。
「くそっ! もう一発だ!」
雪之丞の言葉に頷いたジークとワルキューレが、再び霊波砲(魔力砲)を放たんと霊力を掌に集中させ始めた時、デミアンの反撃が始まった。
「なめるなっ! これでも食らえ!」
そう叫ぶと空中を小五月蠅く飛び回る3人に目がけ、触手から一斉に魔力砲を放つ。
ズバ! ズババババッ!
正に対空砲弾幕の如く発射された魔力砲により、近付くどころか当たらないように逃げるのが精一杯となってしまう3人。
さらに少年の上半身から少し前の部分が盛り上がり、ズズッと蛇のような首と頭が生えてくる。
その数3本。
「死ね! 美神令子!!」
生えてきた蛇の頭は口をカッと開き、そこに魔力が集束して煌めく。
三つの首は3方向から美神を狙っていた。
「まずい…! 避けられない!! 文珠…護って!」
デミアンの魔力砲が発射されようとするのに気が付いた美神は、その三方からの攻撃を避けられないと判断し、横島から渡されていた文珠を握り締めた。
珠に『護』の文字が浮かび上がり、美神の周囲に半球状のシールドが発生する。
ヴォン!! バシュ!
雪之丞、ジーク、ワルキューレ、エミの隙を掻い潜って発射された魔力砲は狙い違わずに美神を直撃したかに見えた。
しかし文珠による霊波シールドはその攻撃を完全に防ぎきる。
「何!? 私の魔力砲を防いだだと…!?」
先程戦った男ならまだしも、こんな霊力的に脆弱な女が自分の魔力砲を防ぐとは!
デミアンは信じられない事態に珍しく驚愕の表情を張り付かせる。
「凄い……これが横島君の文珠の力……」
「今よ! ジーク、ちょっと来て欲しいワケ!」
美神がその威力に感心しながらも、デミアンが呆気に取られている隙を突いて回避行動を取る。
一方エミは、こちらに向かってきたジークを呼び寄せる。
「ワルキューレ、俺たちは奴の気を逸らす為に攻撃を続けるぞ!」
「うむ、どうやら何か思いついたようだな」
雪之丞とワルキューレは頷き合うと、今度は着地してジグザグに走りながら連続霊波砲攻撃を行う。
「くそっ! 調子に乗るな三下共! チョロチョロと目障りな奴らめ、纏めて消し飛ばしてやる!」
美神への攻撃を二人に邪魔されたデミアンは焦れたように言い放つと、3本の蛇頭がモコモコと膨らみ先程までより倍位の大きさと太さへと変化した。
「いい加減消え失せろ、ムシケラ共!!」
デミアンがそう叫んで魔力砲を発射する為に魔力を集束し始めたとき、ジークはエミを抱き抱えて瞬時にデミアンの懐に飛び込んだ。
「令子! コイツの霊気の流れをしっかり見ているワケ! ジーク、霊力をお願いね!」
そう声を上げるとデミアンの身体に手を当てて、一気に霊力エネルギーを迸らせる。
「霊体衝撃波を食らうワケ!」
バリバリバリバリバリ!!
エミの体が光ったかと思うと、強力な衝撃波がデミアンの霊体をダイレクトに襲う。
それはまるで強烈な電流によって感電するかのような衝撃を与えた。
「ウグアアァァア!! な、なんだこの攻撃は!?」
予想外の攻撃方法とその威力に焦りの色を浮かべ叫ぶ。
たかが人間の霊力で自分をここまで苦しめる衝撃波を生み出すなど不可能なはずだ。
そう思って足元を見ると、魔族であるジークフリートが自分の魔力エネルギーをエミに流し込んでいる事に気が付く。
「もう一発!」
その声とともに再びデミアンを襲う衝撃波。
その出力は1,200マイトを超えるものだった。
なぜ人間が魔力を自分のエネルギーに変換できるのかは疑問だったが、今はとにかくこの攻撃を止めなければならない。
「お、おのれ…生意気な! 調子に乗るな!」
苦しみながらも2本の脚を振り上げるデミアン。
ドスッ! ドスッ!
ジークはすかさずエミを抱えて飛び退き、その攻撃を回避する。
「わかったわ! 奴の霊的中枢はあの肉塊の中心部よ! 位置はちょうどガキの上半身の真下!」
霊視ゴーグルでデミアンの霊気の流れを観察していた美神が叫ぶ。
「わかった! いくぜワルキューレ!」
「うむ!」
既に全身の霊力(魔力)を掌に集束させていた二人は即座に着弾位置を定め、エネルギーを集約した自らの最大出力の霊波砲を放つ。
ヴォム!! ズガアアァァアン!!
火力を集中した攻撃はデミアンの巨体を抉り、その肉体に直径40cm程の穴を穿ちながら突き進む。
「ぐおっ!? し、しまった!」
戦い始めてから初めて狼狽の色をその顔に浮かべたデミアン。
攻撃に参加せず観察と分析に努めていた美神はその時、確かにデミアンの体内から飛び出た小型のカプセルのようなものをその眼で見た。
「あれは!? もしかするとあれが奴の本体かも……」
そう言って飛び出たものへと走り始める。
「むっ!? 待て、私も行く!」
飛び出した護衛対象を追ってワルキューレも駆け出した。
「そうはいくかよッ!!」
ビュン! ドスドスドスドス!!
「ぐわっ!!」
「ワルキューレ!?」
「私に構うな! はやく行け! あれがおそらく奴の本体だ!」
デミアンの繰り出した刃のような触手の攻撃から美神を守ったのはワルキューレ。
美神を狙った触手の何本かはワルキューレの腕や脚を貫いて地面へと縫いつけていた。
動けなくなったワルキューレが指差した先には、小型で液体が満たされたカプセルの中に大きな眼と手、そして尻尾を持つ胎児のようなものが入っている。
その胎児のような者がギロリと美神達を睨み付ける。
「そうか……! アレが奴の本体なのね!
今まで戦っていたのは奴が念で動かしている肉の塊にすぎないというわけか――!」
漸くデミアンの不死身のカラクリに気が付いた美神は、そう叫ぶと同時に神通鞭を構えようとする。
「野郎!! 私に触るなッ!!」
それを触手を使って妨げようとするデミアン。
「行かせはしないワケ! 霊体撃滅波!!」
「はっ!」
そんなデミアンの行動を妨害するために側面から支援攻撃を仕掛けるエミとジーク。
エミの体から前方へと多少の指向性を持って強烈な霊波が放出され、その後ろで構えたジークからは魔力砲が放たれる。
ズドドッ!! グワアアン!
「ぐっ・・・! く、くそっ! 邪魔するな!」
ビュンッ!
3本の触手が目標に向かって唸りを上げる。
「キャアッ!」
「ぐうぅ」
「グワアッ!」
そして正に間一髪というタイミングで美神、エミ、ジークの3人を弾き飛ばす。
美神の神通鞭の一撃は、その一撃によって僅かに外れてしまう。
デミアンが放った強烈な一撃に吹き飛び倒れる3人。
その隙に別の触手でカプセルを回収しようとするデミアン。
「チイッ…! こいつを誰かに見られるとは―――!!
迂闊だった……。だが、もう―― な、なんだ!?」
そう言いながら少年の上半身が戻ってくるカプセル(本体)を掴もうと腕を伸ばすが、突然ベルゼブルが戦っている方向で大爆発が起きその衝撃で再びカプセルがこぼれ落ちた。
シュン ヒュン ヒュン
ピシッ! ビシッ! ピシッ!
流れるように、しかし普通の人間の眼では追えないほどのスピードで振るわれる横島の飛竜。
微かに何かを斬ったような音がし、ポトッ、ポトッ、と羽虫のようなものが地面に落ちる。
まるで小竜姫かと見間違えるほどに洗練され、無駄の無い剣捌きでベルゼブル・クローンと戦っている横島。
無論、本家であり師匠でもある小竜姫までの域には達していないが、素人目から見れば十分名人、達人の域に達している。
横島の動いた跡と周囲には20匹程のベルゼブル・クローンの屍が転がっていた。
「シロ、氷雅さん! 大丈夫か!?」
自分に襲い掛かってきたベルゼブル・クローンの大半を倒した横島が弟子達に注意を向ける。
「は、はい! 拙者は大丈夫でござる!」
「何とか無事ですわ!」
疲れが感じられる声で答えた二人は、お互い背中合わせになっており背後からの攻撃を防いでいる。
自分が担当するエリアを前方180度に限定する事で、体力と霊力の無駄遣いを防いでいるのだ。
九能市は既に千本を使い果たし、霊刀ヒトキリマルを振るっていた。
シロはいつも通りの霊波刀だが、長さを多少抑え両手に展開している。
息を荒げ疲労が見える二人の周囲を囲むように、斬り落されたベルゼブル・クローンの亡骸が20匹程落ちていた。
無論二人とも横島のように無傷とは言えない。
何箇所かに深くは無いが血を流す傷を負っている。
「二人とも見事だよ。でもこれ以上はキツイだろうからそろそろ片をつけようか…」
弟子の出来栄えに満足そうに頷いた横島は、表情を消して未だ滞空してこちらの様子を伺っているベルゼブル・クローンの残党に目を向ける。
「既に残りは10匹を切ったぞ……。
このままでは勝ち目が無い事は虫けらの頭でも理解できるだろう? さて、どうする?」
表情は能面のようだがえらく挑発的な口調で問い掛ける横島。
案の定、ベルゼブル・クローンはぶち切れ、残存全戦力をあげて横島へと攻撃を掛けようとする。
「おのれ、人間めが! 切り刻んでくれるわ!」
そう言って全方位攻撃を掛けるべく動き出そうとした矢先、横島は飛竜を左手に持ち替えて右手に急速に霊気を集束させる。
そして単文珠を創り出すといきなりシュンとベルゼブルの群れ目掛けて放り投げた。
その珠に浮かぶ文字は『爆』……。
「な、なんだこれは……!? グアアアァァアアッ!!」
グオオオォォォオオン……
いきなり放り投げられ、目の前で輝き始めた文珠を見て驚くベルゼブル達は次の瞬間、文珠を中心に発生した火球の中で絶叫と共に焼き尽くされる。
単文珠とはいえ今の横島はチャクラ全開で1,200マイト近い霊圧を誇る。
その状態で作り出された単文珠は2,900マイトを超える霊力が凝集されているのだ。
それが一気に開放され熱エネルギーに変換されたのだから、ベルゼブル本体ならまだしもクローン体でしかも分身した状態では防ぐ事などできはしない。
火球が消えた後には、既にベルゼブルが存在した事を示す何物も残っていなかった…。
「二人ともご苦労さん。残りはデミアン一体だけだ。向こうはどうなっているかな?」
普段どおりの口調でそう言うと、横島は美神達の戦いへと意識を向けた。
ちょうどデミアンが自分の本体の入っているカプセルを回収しようとしたところだったようだ。
都合良く、今の爆発で再びカプセルはこぼれ落ちたのを見てホッとする横島。
「文珠は見慣れていますけど……攻撃に使っても凄まじい威力ですわね………」
「先生……強過ぎるでござる……」
九能市とシロは驚きと畏怖を込めて師匠たる横島の後姿を眺めるのだった。
「ベルゼブルが………全部やられたのか? あの男がこいつらと合流したらまずい!
ぐずぐずしてはいられん、これで終わりだッ! 纏めて灰になりやがれクズ共――― !!」
落としたカプセル(本体)の回収よりも美神抹殺を優先させたデミアンは、3本の蛇の頭を振りかざしこれまでで最大出力の魔力砲を放とうとする。
デミアンは横島の強さと危険性をその本能で察知していた。
キュイイィィィイイン!
大きく開けた蛇の口に魔力たる黒いエネルギーが集まってくる。
いかにワルキューレやジークでもこの攻撃からは自分のみを守るだけで精一杯な筈だ。
そして美神令子や残りの女(エミ)ではこの攻撃を防ぐ事は出来ない。(魔物みたいな格好の奴はよくわからんが…)
「ちっ…! 令子を助けるみたいで気分悪いけど仕方がないワケ……。文珠で防御を……」
「それよ! エミ、すぐに私達を中心に防御結界を張って!
結界の範囲中に敵がいれば…フィールドはそこを避けるわ!」
「…っ!! 承知!」
念には念を入れようと全魔力を集中しようとしたデミアンの行動が裏目に出た。
その僅かな時間で敵の本体を見つける方法を思いついた美神達。
エミが即座に『護』の文字を込めて文珠を発動させる。
足元から強力な霊力が湧き上がりデミアン本体が入っているカプセルの位置を際だたせる。
「何だと!? バカな……こんな高度な術を人間が? いかん……死ねー!!」
カッと光が迸り、3本の拡大された魔力砲が放たれる。
しかしそれは先程同様文珠の霊波シールドによって阻まれ、お互いに相殺しあうに留まった。
「凌ぎきった! 今度こそ……極楽へ行かせてやるわ!!」
「ちっ! だが連続攻撃で……」
「「そうはいかん! 食らえ!」」
「はっ!」
ドゴォォオン!
ギュルルル……ズバッ! バシュッ!
続けて第2撃を放とうとしたデミアンにすかさずカウンターの魔力砲を放つジークと雪之丞。
そしてエミは自分の全霊力を込めたブーメランを投擲し、ワルキューレを地面に縫いつけているデミアンの触手を斬り飛ばす。
「チイィィッ!」
援護を受けた美神が今度こそ躊躇せずに神通鞭を振り上げて渾身の一撃を放った。
それはカプセルごとデミアンの本体を破壊する。
「なぜだ!? 私はどんな魔族にも神族にもこんな目に合わされた事はないぞ……。
それを――なぜ人間どもごときに―――! 非常識だ――!! 納得いか―――ん!!」
ドオオォォォオオン!!!
心底納得いかなさそうな叫びと共に爆発し四散するデミアンの肉体。
もはや本体を倒され念が途切れた今、その肉体が再生する事はなかった。
「勝った……みたいね」
「全く……かなりヤバい相手だったわけ……」
肩で息をする美神とエミに近付くジーク。
その肩にはワルキューレが担がれている。
「お疲れさまでした……。お二人ともかなり強くなったんですね」
「任務完了だ……。これで当面の敵は退けた」
「結構疲れたな……」
ようやく緊張を解いた美神達にこちらもややバテ気味のシロ、氷雅、そしてケロッとした横島が近付いてくる。
さらに鬼門を開けて小竜姫、ヒャクメも駆け寄ってきた。
「やれやれ……漸く終わったなぁ……。でも美神さんもエミさんも強くなりましたねぇ……」
「本当ですね。いかに雪之丞さん、ジークさん、ワルキューレさんと一緒に戦ったとはいえ、
あのデミアンを倒すとは見事です」
2体の魔族との戦いを終えて、一息ついた横島が二人のパワーアップを賞賛する。
二人も横島と小竜姫にそう言われて嬉しくないはずが無い。
嬉しそうに笑顔を見せる。
「せんせー! 拙者は? 拙者は?」
自分も誉めてもらいたいシロは尻尾をブンブンと振って横島の腕にじゃれつく。
「うん、元々人狼だから動態視力や反射神経、筋力や体力が優れているのは分かっていたが、
シロも随分力の配分を考えた効率的な戦いができるようになったな。
小竜姫様から教わっている剣術の修業も身についているようだし」
横島はじゃれつくシロをあしらいながら、まじめな顔でシロの精進振りを誉めた。
その言葉を聞いて嬉しそうなシロ。
「雪之丞さんも氷雅さんもチャクラの制御は無論、随分戦い方が上手くなりました。
修業したことが確実に生きていますね」
横島がシロにじゃれ付かれている為、小竜姫が雪之丞と九能市の上達振りを誉めていた。
「だがデミアンの奴が相手じゃ、まだ単独では倒せねー」
「私と雪之丞さんだけでも倒せませんわ。まだまだ先は長いようです……」
二人は嬉しそうな悔しそうな複雑な表情を浮かべる。
「何を言ってるんだ。
普通なら人間はどれほど修業しても、1人じゃ下級魔族にさえなかなか勝てないんだぞ?
しかも中級魔族ともなれば人界でも1,000マイト以上の魔力を持っているんだからな」
「そうですよ。今の貴方達なら単独でも、300マイトぐらいまでの妖怪や下級魔族相手ならば遅れを
取る事はありません。
人界で活動する妖怪の大半はこれ以下だし、強力な悪霊であってもこれを超えることは滅多に
ありません」
師匠である横島と小竜姫がすかさずフォローする。
二人が言っている事は本当で、現役のGSであってもベルゼブルを叩き落す事はほぼ無理だし、デミアン相手に奮戦するなど到底不可能だ。
「それは本当だぞ。
私やジークは中級魔族だし、あのデミアンは中級魔族という以前にあまりにも特殊な能力を持って
いた相手だ。奴を相手にこれだけ戦ったのだから誇るべきだろう」
「氷雅さんもですよ。
あの高機動空中戦に特化したベルゼブルを刀であれだけ倒せるなんて、魔族でも少ないはず
です。人間の身であれだけの腕を持っていれば充分です」
さらに魔族である二人が自信を持つように告げる。
この二人にまでそのように言われたら、雪之丞と九能市もそういうものかと自信を取り戻したようだ。
「貴方達は普段常識外れな面々に囲まれているから、神族や魔族の強さを変に軽く見ているの
ねー」
それまで口を噤んでいたヒャクメは呆れたように二人を見ている。
「それで…ワルキューレは任務が終わったから魔界へ帰るのか?」
「ああ、それ相応に負傷したからな……。魔界で治療を受けないと治りが遅くなりそうだ」
いきなり自分に話題を振ってきた横島に、思わず素直に答えてしまうワルキューレ。
対デミアン、対ベルゼブル戦を見て横島の実力の高さを認めたようだ。
彼女は相手を戦士と認めれば、相応の敬意を持って接する。
「ジークはどうする?」
「私の任務は解除されていませんし、姉上も自力で帰れるようですから今までどおりここに残ります」
躊躇無く答えるジークに、最近人が多くなった為に二人きり(ルシオラの意識が外に出て来られる)となる時間が減った横島と小竜姫が少しだけ落胆しているのは内緒である。
「ちっ・・・。ワルキューレが怪我してなけりゃあ、私の事務所を駄目にしてくれたお返しに只働きして
もらおうと思ったのに……」
さらに少し離れたところで不穏当な発言をしている美神。
その台詞を聞いて美神が本気だったのを理解して冷や汗を流すワルキューレだった。
「横島……また会おう、偉大な戦士よ!」
ジークと頷き合ったワルキューレは最後横島の方を向き、そう言って見事な敬礼をすると姿を消した。
「やれやれ……今回の事件も無事終わったのねー」
ヒャクメのノホホンとした口調が皆の残っていた緊張感を吹き飛ばす。
「さて皆さん、温泉にでも入って疲れを癒してください」
小竜姫の言葉にぞろぞろと鬼門をくぐって戻っていく一同。
後に残った横島は小竜姫とヒャクメに小声で呟く。
「南武グループの内偵……明日から始めよう」
その言葉に小さく頷くと、3人も美神達の後を追うのだった。
【管理人のからのお知らせ】
『フェダーイン・横島』は今まで二話づつ更新していましたが、これからしばらくの間、週に一話ずつ
の更新となります。
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