フェダーイン・横島

作:NK

第57話




『そうです……意識を集中させなさい。
 貴女の肉体の隅々にまで幽体を浸透させて霊気を行き渡らせるのです』

 優しげな小竜姫の言葉に従って、さらに意識を集中させて自らの精神と肉体の同期を図るおキヌ。
 その表情は真剣だ。
 それによっておキヌの身体が微かに輝きを増す。
 ここはおキヌの夢というか無意識下の世界………。
 今現在の氷室キヌとしての意識は深い眠りに就いている。

『いいですよ……。大分肉体と霊体というか幽体が重なってきましたね。
 これならもうすぐ貴女の肉体と幽体は完全に同期することでしょう』

「ありがとうございます、小竜姫様」

『いえいいのです。これは私でしか出来ない事ですから……。それより新たな生活はどうですか?』

「……学校行って、お勉強して…友達と遊んだり男の子に手紙貰ったり。
 やさしい義父さんと義母さんとお姉ちゃん……。私…今すごく幸せだわ」

 小竜姫、正確にはおキヌの夢の中まで飛ばされてきた小竜姫の思念波の問いに笑顔で答えるおキヌ。
 おキヌが復活して一息ついた頃(犬飼の事件辺りから)から、毎晩1時間ほどこうして小竜姫の思念波がやって来て深層意識の中で指導を行っているのだ。
 そして氷室キヌの無意識下に埋没している魂本体(霊体)と直接こうして会話をして近況を知らせあったりしてもいた。
 無論こんな芸当は小竜姫だけでは不可能。
 ヒャクメの能力を横島の文珠でブーストして小竜姫とシンクロし、横島を通して霊力を増幅することで初めて可能となる能力である。

『そうですか。それは何よりです』

「でも……何で私なんかのためにここまでして下さるのですか、小竜姫様?」

 それは当然の問いかけだろう。
 何しろ自分と小竜姫は確かに関係があったが、ここまでして貰える関係では無かったはずだから。

『あまりにも長い間肉体から離れていたため、貴女の魂と肉体にはどうしてもズレが発生して
 しまいます。それは未だ現世に未練を持つ悪霊から見れば格好の標的となってしまうのです。
 もしそんな事になれば大変な事になりますから。それは私も横島さんも望む事ではありません』

「いえ…その事に関してはお礼の言いようもありません……。感謝しています。
 でも一介の人間の私を相手にそこまで……」

『おキヌさん……。
 貴女は多くの人々のために一度その生を放棄して、貴女の生きている世界を救ったのです。
 それだけの事をした貴女へのささやかなご褒美とでも思ってください』

 小竜姫の言葉と瞳には相変わらず裏が無かった。
 だからこそおキヌはその事を信じたのだ。

「これで完全に幽体が定着すれば、この記憶……いや、今は忘れている自分の全ての記憶や経験
 を思い出すんでしょうか……?」

 おキヌはずっと思い悩んできた事を尋ねた。
 こうして色々と修業している事も、300年以上前に生きていた記憶も、幽霊であった頃の記憶も、今は起きてしまえば全て覚えていないのだ。
 それがおキヌには堪らなく寂しい。
 本当の、いや完全な自分を感じられるのはこの夢の中だけ………。

『前世の記憶ではなく、貴女自身の記憶なのです。
 完全に幽体と肉体が同調すれば確かに全てを思い出す条件の一つにはなります。
 でも思い出したいという強い思いがあれば、きっと思い出せますよ。
 それにいざとなったら横島さんから貰ったアレがあるでしょう?』

 小竜姫の言葉に、首から提げている記憶石(文珠の変形した物)をぎゅっと握りしめる。
 それは横島から貰った大事な物だった。

「美神さん……横島さん……。会いたいです……」

 その言葉に何かを思った小竜姫だが、今夜はここまでと決めたようだ。

『ではまた明日の夜にお会いしましょう。頑張るのですよ』

 そう言って小竜姫の思念体は姿を消し、おキヌの深層意識もまた姿を消した。







「私の入居を認めない…!? どういう事よっ!?」

 いつもは静かな雰囲気の唐巣の教会に若い女性の怒った声が鳴り響く。

「部屋壊した分は弁償したじゃない! 裁判所!? あれは事故って事で収まった筈でしょう!?
 それって……………」

 どうやら通話の相手は美神令子が事務所を借りていたシャングリラビルの管理会社またはオーナーのようだ。
 デミアンの魔力砲によって燃えた美神の事務所はガス漏れという事で表向き処理されていた。
 しばらく怒鳴り合っていたが荒々しく受話器を置く。

「もーいい!! あんなセコい雑居ビル、こっちからお断りよっ!!」

 そう捨てぜりふを吐くと唐巣達がいる居間へと入ってくる。

「……ったく、どいつもこいつも……。
 日本最高のGSが入居するって言ってんのに、みんなそろいも揃って……!
 商売やる気あんの……!?」

 美神の愚痴を聞く羽目になったのは、唐巣、ピート、西条、横島、シロの面々だ。

「…そりゃキミ、あんな事があった後じゃ誰だって……」

「先生まで……先生まで……!! 私は被害者なのに……!!
 ワルキューレやジークフリートが持て余すよーな奴相手に、か弱い私に何が出来たって
 言うのよ…! ひどい!」

「あ、いや……! そーではなく私はただ一般論をだなっ…!」

 至極当たり前の感想を言った唐巣の対し、珍しく涙目になって文句を言う美神。
 見ようによっては可愛いかもしれないが、日頃の彼女をよく知っている人達から見れば何か裏があると思ってしまう。

「そうだ……! この教会を私の事務所にしてもいい?」

「…いくら私でもしまいにゃ怒るよ」

「何で私がこんな目に…! この私がっ、この私がっ…!」

『いや…パワーアップしたからか弱くは無いはずだが……』

『『もー少し追いつめてみたい気がするな(でござる)……』』

『うーむ、オカルトGメンの事務所をまた移転させなければいけないか……』

 そのやり取りを眺めていた者の素直な感想だった……。
 皆一様に唐巣を可哀想には思っていたが、自分に絡まれるよりははまり役だと思っているのは内緒だ。
 その時いきなり異質な霊気が感知された。
 横島がさりげなく見回すと、他の面々も気が付いたようだ。

『おっ…! この霊波は人工幽霊壱号か?
 そーいやアイツがどうなっているのか確認するの忘れてたな……。
 でもこれで美神さんも漸くあるべき場所へと落ち着くワケか……』

 何気に扱いがひどいようだが、一応少しは気に留めていたような事を思う横島。
 だとすれば今回は美神に頑張って貰うしかない。
 自分が出来る事はないから……。

「せんせー、この気配は……」

「シロ、まだ相手の正体がわからん。ここは大人しく様子を見るんだ」

 その言葉に頷くシロ。
 なぜシロがここにいるかと言えば、前回のベルゼブル戦を見た横島が今後の修業の一環として、また人界での常識を覚えさせるため、さらに美神をある程度危険から守るために、
 シロを美神の事務所に預ける事にしたためだ。

 その代わりと言っては何だが、これまでバックアップに廻っていたヒャクメ、雪之丞、九能市は引き揚げる。
 これから最終決戦へと時間が加速される中、様々な手を打っておかなければならず、ヒャクメの能力は是非とも必要なのだ。
 当面、霊破片を培養する技術の確立を目指している南武グループの内偵を進め、絶対にそのノウハウをアシュタロス側魔族に渡すわけにはいかないのだ。
 念法の修行が一段落した雪之丞、九能市もこの作戦に力を貸して貰うつもりの横島にとって、シロと美神両方の利益になるだろうこの案はなかなか魅力的だった。

 この申し出に少し考えてから了承の意を伝えた美神だったが、その事務所はデミアンによって使用不能となり、今ビルのオーナーより再入居を断られたところだった。
 いきなり事務所を持たない流浪のGSとなるか………、と思えた時に懐かしく思える霊波を感知した横島である。

 ギギギギギイィィィ………

「……ごめんください…。…こちらに事務所をお捜しの……霊能者がいると聞いて来ました……」

 ハットにトレンチコートという怪しさ満点の人物(?)が教会のドアを開けて姿を見せた。
 その異質さに気が付かない者はこの場にはいないものの、邪悪な波動が感知できないために様子見を決めたようだ。



「オンボロだけど場所は一等地じゃない! これをタダで私に…?」

「…さよう……。ただし……条件があります……。
 ………最上階の部屋に…この物件の権利書を用意しておきました…。
 ご自分の力で…それを取ってこられたら……」

 謎のトレンチコートに案内されてきた場所は鉄条網が張られた廃屋であったが、美神が言うとおり立地条件はかなり良い。
 さすがに長期間放置されていたためか、荒れ果てたような見た目では会ったが………。
 そして案内してきたトレンチコートはいきなりコートとハットを残して中身のみいなくなった。

「何か普通の幽霊とは違いましたね」

「霊波が単調で…なんか造りものの幽霊って感じだったけど……」

「邪悪そうには見えなかったな」

 残されたトレンチコート、ズボン、手袋、靴、ハットを検証しながら話し合うピート、美神、西条、唐巣。
 シロは良く事態を飲み込めずにキョトンとしている。

『自分の力でね……。まあ今の美神さんならそんなに大変でもあるまい……』

『そーよね。何しろ完全ではないけど第3チャクラまで開放出来るようになったんですものね。
 でもやっぱり随分イベントがズレたわね……』

『メドーサにビルごと吹き飛ばさせるわけにはいきませんでしたから……』

 そんな他のメンバーを余所に、横島は頭の中で自分と融合しているルシオラ、小竜姫と話していた。

『それで…どうするのヨコシマ?』

『今の俺は美神さんの事務所のメンバーじゃない。外でゆっくりと終わるのを待っているさ』

『そうですね。ここはシロさんに頑張って貰いましょう』

 そんな事を話しているうちに美神はさっさと鉄条網を乗り越えて入り込んでいた。
 慌てて唐巣、西条が後を追おうとしている。

「シロ、お前も今日から美神さんの事務所の一員なんだ。一緒に行かないでどうする?」

「あっ……そ、そうでござった!」

 そう言って慌てるシロと共に軽々と跳躍して鉄条網を飛び越える。
 そしてピート、唐巣と共に美神の後を追った。

「待ちたまえ! もっと良く調べてからにした方が……!」

 ガチャ ギギイィィイッ

「――向こうは今すぐ来て欲しいみたいよ。面白そうじゃない」

 唐巣が慎重な行動を勧めるが、その時館のドアが誘うように開き美神も神通棍を持ってやる気満々だった。
 横島に即されたシロも美神に寄り添う。

 全員で一緒に……という唐巣の言葉で館の中に入る一同。
 この後で何が起きるか知っている横島だけは中に入らず扉の外から中を眺めている。

 美神が中を見回して気に入ったような事を呟いた時、いきなり衝撃が襲い唐巣、ピート、西条が外へと弾き飛ばされる。

「先生!? ピート? 西条さん? 横島君!?」

 慌てて振り返る美神だが、その時には扉が閉まり強力な結界が屋敷を覆っていた。

『…他の4人は……君の事務所の人間ではない…! それに…強すぎる!
 …これはテストだ…。…君達だけでやるのだ…』

「! さっきの声ね」

 声だけの存在で相手の正体は不明だが、美神は建物全体から霊気が放射されている事に気が付く。

「美神殿! この後どうするのでござるか?」

「そうね……。仕方がないから進みましょう」

 そう言って美神達は2階へと階段を上っていった。

 カチャッ……

 2階の部屋に入ると中央に西洋式甲冑が置かれていた。
 その手には剣が握られている。

「これって…やっぱり動くのかしらね?」

「それがお約束なのではなかろうか……」

 覗き込んだ美神とシロがヒソヒソと話し合っていると、甲冑がカタカタと音を立て始める。

「やっぱり動くのね!?」

 美神がそう言うと同時に甲冑が動き出して持っていた剣を構え、そのまま二人に襲い掛かる。

「これもテストか…! じゃー倒すしかないわね!」

 そう言って神通棍を出そうとする美神を制するシロ。

「剣での戦いなら拙者に任せて欲しいでござる! 犬塚シロ参る!」

 そう言い残して右手から霊波刀を出し、火花を散らして斬り結ぶ。

 ガキッ! キン! キン! ギン!

 甲冑の剣捌きは凄まじく、まさにプロと呼ぶに相応しい腕前だ。
 西洋式の突きを主体にした剣技を凄まじいスピードで繰り出してくる。
 少なくとも美神は自分がそれを全て裁き、神通棍で受ける事などはできないと思った。
 霊力は昔に比べ大幅にアップしたが、それに比して体術面の向上はごく僅かなのだから。
 そんな凄腕を相手にしても全く引けを取らず、むしろ優勢に押しているシロ。
 妙神山での修行の成果が遺憾なく発揮されている。

「先生に稽古をつけて頂いた拙者は負けないでござる!」

 そう言って放った一撃が甲冑の頭を斬り飛ばす。
 だが頭部を失っても(中はガランドウ)甲冑はひるむことなく戦いつづける。

「…おかしいわ…。ということは我々の動きを見ているのは別の何か?」

 目前の敵はシロに任せ部屋の中を見回すと、壁に掛かっている1枚の絵が目に付いた。

「成る程…良くある手ね」

 そこには見開かれた双眼が描かれている。
 おそらくこれがあの甲冑の視覚を司っているのだろう。

「本体はこれよっ!」

 そう言いながら神通棍で絵を真っ二つに斬り裂く。
 すると甲冑の動きがピタリと止まり、件を持つ腕が取れて白旗が出てきた。

「一本! それまで!!」

 そしてどこからともなく先程の声がこの戦いの終了を宣言する。
 何かその姿は滑稽だったと、後に美神とシロは語った。






「旧渋鯖男爵邸……!? 間違いないのかね?」

「はい。何者かご存じですか?」

 外ではピートに区役所へこの屋敷の調査に行かせた唐巣と西条が報告を受けていた。
 横島は黙ってその報告を聞いている。

「戦前のオカルト研究家で、噂では人工霊魂を作ろうとしていたとか……。
 人間嫌いで生涯独身だったそうだよ」

「おそらく……この屋敷そのものが魂の依り代というか、屋敷という身体に魂が宿って
 いるんでしょうね」

「それにしても……凄い発明だ……」

 唐巣に続いて、それまで黙って屋敷を観察していた横島が口を開く。
 西条も同じ結論に行き着いて納得顔だ。

「西条さんの言うとおり、もしこの屋敷が我々の想像通りだとすると、歴史上人工的に霊魂を
 作る事に成功したのはドクター・カオスと渋鯖男爵だけの筈。天才だったんですね」

「えっ!? じゃあ……屋敷が生きているんですか?」

「ああ。おそらくその渋鯖男爵は人工霊魂を完成させたんだろうな。
 だが人工の霊魂では自分だけでその身を維持できない。だから霊能者に住んで欲しいんだろう」

 ピートの問いに答える横島。
 それは平行未来で仕入れた知識であり、自分でもいろいろと思い出を持つ場所だから当然かもしれない。

「横島君の言うとおりだと思うよ。おそらくこの屋敷は美神君を試しているんだ。
 自分を所有するに相応しいかどうか……」

 唐巣の言葉に、視線を屋敷へと移すピート。
 今からすれば、あの時中で起きた事は喜劇だったな、と考えている横島だった。







「次で終わりだ。階段を上った部屋へどうぞ……」

 もの凄い霊圧を発する珠を破壊した後、声に誘われてさらに1階上って慎重に部屋のドアを開ける美神とシロ。
 万が一の奇襲を恐れての事だ。
 だがその部屋は見た目には何ら仕掛けが無く、ごく普通の部屋にしか見えなかった。
 部屋の奥に机と椅子が置かれている。

「…その机に必要な書類を揃えておいた…。…取りに言ってください……。
 ただし…この部屋では一歩歩く毎に5年歳を取る……」

「えっ!? 何ですって!?」

「…これをクリアすれば私は貴女のものです」

 そこまで言うと声は途絶え、二人の息遣いだけが聞こえる静寂に包まれる。

「美神殿、どうするでござるか?」

「うーん……さすがに一歩歩くごとに5年歳を取るって言うのはねぇ……」

 最後の部屋を目前にして対応策を考えている二人。
 何しろ両名共に女であるから、あまり歳を取りたくは無いだろう。
 特に美神は………。
 こんな時、平行未来ならば迷わず横島を犠牲にしただろうが、さすがに雇ったばかりの従業員、しかも女の子を生贄に差し出す事は躊躇われた。
 何やら考えている美神を眺めていたシロはふと良い考えを思いついた。
 歩いたら歳を取るのであれば、歩かなければいいのだ。

「美神殿! 妙案があるでござる!
 拙者の人狼のパワーで美神殿をあの椅子目掛けて放り投げれば良いのでござる!」

 自信満々のシロの提案に少し退いてしまう美神だった。

「ちょ…ちょっとそれは、危険が大きいんじゃないかしら………」

「大丈夫でござる! 拙者の力なら美神殿を放り投げるのに問題は無いでござる!」

「確かに届くかもしれないけど、頭から突っ込みそうじゃない! 却下よ!」

 さすがに自分自身でそこまで危険な橋を渡りたくない美神。
 シロはせっかくのアイディアを却下されて残念そうだ。

「じゃあ拙者が美神殿を抱いてあそこまで飛べば良いんでござる!
 拙者なら2歩もあれば十分あそこまで行けるでござる!」

 暫く考え込んでいたシロが閃いたとばかりに顔を綻ばせて美神を見る。

「何を言ってるのよ! それでもアンタが10歳も老けちゃうのよ?」

「大丈夫でござる! だって拙者は本当ならまだ10歳でござる!
 2歩なら20歳になるだけで美神殿と同じでごるから!」

 何の邪気もなく心からそう思って告げるシロ相手では、歳の事を言われても怒るわけにもいかない。
 それにそれ以上に良い案は美神も思いつかない。

「仕方がない……それでいきましょう」

 こうしてシロ発案による作戦が開始された。

「では行くでござる……。ホップ! ステップ! ジャンプ! でござる〜!!」

 部屋の外から助走をつけたシロは、美神をお姫様だっこしながら華麗な三段跳びを披露した。

 ダンッ!

 シロが着地した目と鼻の先には問題の机が……。
 美神はすかさず机へと乗り移り書類を手に取ろうとしたが、気になっていたシロの方へと顔を向ける。

「シロ……アンタだいじょう……………?」

 そう言いかけた美神の前には、自分のスタイルを見て嬉しそうにしているシロの姿が………。

「このナイスな身体なら……先生も振り向いてくださるだろうか………」

 かなり意識はすっ飛んでいるようで美神が見ている事に気が付いていない。

「こ、この分なら大丈夫みたいね………」

「…ふふふ……いいでしょう。その椅子に座ってください。貴女は私の主人だ」

「こう?」

「…そうだ…!! それが玉座だ!!」

 声に導かれるように美神が椅子に座ると、屋敷全体が眩い光に包まれる。



 バアアッ!

「な、何だ!?」

「先生……何が一体?」

「どうやら美神さんとシロは無事試験を合格したみたいだな……」

 外で屋敷を眺めていた唐巣、ピート、横島も、屋敷が放った光に思わず眼を庇いながら口を開いた。

「横島君、それは一体どういう事だね?」

「見てください、屋敷がまるで生を受けたかのように真新しく変わっていく……。
 あれはおそらく美神さんの霊波を受けて人工霊魂が力を取り戻したんでしょう」

 そう……横島は“知”っていたのだ。
 かつては自分が為した役割をシロが担ったのだと言う事も……。

『おっ…! この屋敷の隣のビルに空きがあるようだ。さっそく移転の手続きをしなければ……』

 一人西条だけが3人とは違う事を考えながら、今後の事に頭を使っていたのはお約束……。

 全てが終わり改めて屋敷の中に招待された4人が見たものは………なぜか自分の身体を抱き締めて泣いているシロと、それを慰めている美神。
 その光景に唖然としている唐巣、ピート、西条、横島だったが…………。

「うえぇぇ〜ん! 拙者の……拙者の……ナイスバディが―――!!」

 シロの台詞を聞いて泣いている理由がわかってしまい、なぜかこめかみを抑える横島であった。
 他の3人もかける言葉を持っていなかったのは言うまでもない。

「ま…まあ新しい事務所が手には入って良かったね令子君」

「これで一安心だね令子ちゃん」

「こ、これで問題は解決ですね……」

 なぜかシロの方から視線を逸らして口々にお祝いの言葉を述べる3人。

「ほら! もう泣き止めシロ!
 せっかく美神さんと二人で協力して新しい事務所を手に入れたんだろ!
 おめでたいんだから泣き止めって! あ〜美神さん、おめでとうございます」
「ありがとう、先生、西条さん、ピート。
 ほら…あと何年かすればああなるんだから素直に待ちなさいって!
 あぁ……横島君、ありがとう」

 こーして新しい事務所は決まり、新たなメンバーによる結束も……固くなったのだろうか……? 大丈夫か? 美神除霊事務所………。







「おキヌちゃん、こないだD組の山村にラブレター貰ったそうでねか!」

「やだ! 明子が喋ったのね!? 別にラブレターとかそんなんじゃないわ。
 ただお友達になってくれないかって……」

「やっぱラブレターでねか! どうする気?」

「どうって……クラスも違うし、ちゃんと話した事もないのよ!
 急にそんな事言われても困るわ……!」

 東北地方の山間にある高校の裏庭でそんな会話を交わしながら歩いている二人の女生徒。
 どちらも冬用セーラー服を着ており、髪の長い方の娘は手にゴミの入った大きな袋を持っていた。

 少女達の名前は氷室早苗と氷室キヌ。戸籍上は姉妹である。
 死津喪比女の事件後蘇った彼女は、西条の工作によって氷室家の養女として新たに戸籍を作り迎え入れられていた。
 事件の経緯を知っている早苗もおキヌに優しかったため、今では本当の姉妹のように過ごしている。
 だが彼女には姉にも相談できない悩みを抱えていた。
 そして早苗はキヌが何かをずっと悩んでいる事に気が付いていたが、彼女が300年間幽霊をやっていた事を言うわけにもいかず見守る事しか出来なかった。
 全ては彼女自身が思い出すのを待ち、もし思い出したら彼女の力になってやって欲しいと、あの日横島から頼まれた早苗は律儀にそれを守っているのだった。

『大丈夫だべな、横島さん……。おキヌちゃんはきっといつか思い出すはずよ……』

 仲良く話ながら帰る道すがら、早苗は妹のことを案じる眼差しを送っていた。




「私は今凄く幸せだって言うのに………何か大事な事をどうしても思い出せない……」

 その夜、自室で机に向かいながら一人で悩んでいる氷室キヌ。
 連夜の小竜姫の指導によってほぼ完全に魂と肉体が定着したため、奥底に埋没していたかつての記憶が蘇りつつあるのだ。
 
「というより……氷室家に引き取られる前の事何も覚えてない―――。
 私の過去ってどうだったのかしら……?」

 最近この事でボンヤリする事が多くなっていた氷室キヌは、紅茶を入れたマグカップへと手を伸ばそうとして突然何かが聞こえたような気がした。

『………私…美神さんや横島さんの事忘れるくらいなら………』

 あわてて手を止めて精神を集中する。

『……何か迷いがあるようだね、おキヌちゃん…………』

「こ、これは何!?」

 そう、確かに誰かが自分に話しかける声が聞こえた。

『……生き返る事のできるチャンスはそうそうないぞ。わかってるのか………?』

「ま、また聞こえた…! で、でも……これって頭の中に響いてるような……??
 それに今ちらっと何かが視えたような……」

 かなり焦った表情で独り言を呟く氷室キヌ。
 ひょっとすると幻聴? と思っているのだ。

『……霊の体験なんて夢のように儚い物だもの…。
 目覚めた時殆どの夢は泡のように消えてしまう………』

 だが次々と聞こえてくる声とフラッシュバックするかのように視えてくる光景に、ふとこれは自分の失われた記憶なのではないかと思いつく。

『……幽霊のまま元どおりでいるより、生きて、微かにでも何か心に残っている方が
 意味があるの………』

「ああっ……また聞こえる! 人の顔がぼんやりと視える……」

『……生きて、おキヌちゃん!! 生き返った後改めてまた本当の友達になりましょう…!』

 だがそこまでで頭の中に響く声はフッと止み、精神を集中しても何も聞こえず、見えなくなってしまう。

「何だったのかしら……?
 でも私、……何か、大事な……大事な……何かを思い出せそうだったのに………」

 こうして少女は今夜も眠りに就く……。
 本当の自分を解放するために………。



『おめでとう、おキヌさん。貴女の魂と肉体は完全に同期しました。
 これでもう肉体を欲しているそこいらの悪霊に狙われる事はないでしょう……』

「本当ですか、小竜姫様!? これでやっと完全な身体になったんですね?
 だから起きている時に少しだけ昔の事を思い出せたのね!」

 その夜、無意識下で小竜姫の思念波と会話するおキヌは嬉しい事を知らされていた。
 そして氷室キヌがなぜ寝る前に、非常に断片的だが印象に強く残っている事を思い出しかけたのかを理解する。

『そうですか、思い出し始めたのですね。そう遠くない時におキヌさんは全てを思い出せますよ』

 そうニコリと笑いながら告げる小竜姫。

「嬉しいです。そうしたら生き返った私を美神さんや横島さんに見て貰えますね!」

 おキヌも凄く嬉しそうに話している。

『でも……全てを思い出せば貴女の霊能力は開花します。
 そうすればきちんと訓練しないと別な意味で悪霊に狙われてしまいますよ。
 記憶が戻ったらまず美神さんか横島さんの所に行きなさい。
 貴女の場合、直接妙神山に来る事は難しいでしょうから。
 美神さんはこの前事務所を替えましたから注意してください。横島さんの事務所は前と同じです』

「わかりました……必ず行きます」

 こうしておキヌの肉体と魂が完全に同期した事を見届けて小竜姫の思念波は戻っていった。

「やっと……氷室キヌと私が一つになるのね……。美神さん、横島さん……会いたいです」

 そう呟くとおキヌの姿も徐々に消えていく。
 だが彼女は自分自身を信じていた。
 今度こそ眼が覚めてからも何かを思い出すだろうと……。



 そして翌朝…………。

 眼が覚めた時、おキヌはなぜか大事にしていたペンダントをしっかりと握っていた自分に気が付くとムクリと起きあがった。
 それは再び人として生きることになったとき、大事な人から貰った品だと思い出したのだ。

「覚えてる……。私夢の中での出来事を覚えているわ……!
 お姉ちゃん! 一緒に行って欲しいところがあるの!」

 少女の新たな人生が始まる………。



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