フェダーイン・横島
作:NK
第59話
「さあ入って。おキヌちゃんに会わせたい人(?)がいるんだ。もう来ていると思うんだが……」
そう言って扉を開ける横島に続いてゾロゾロと中へはいる美神、シロ、九能市、早苗、おキヌ。
「あっ、遅かったですね横島さん。中で………あら、随分大勢のお客様……」
出迎えた美衣が目を見張る。
シロは妙神山に帰るためにこの部屋を経由するから当然、美神もまあ、わからなくもない。
何しろ現在シロの雇用主であるし、ちょくちょく修行のために来てもいる。
だが最後に入ってきた少女二人は初めての人間だった。
「ああ、美衣さん。紹介します、こちら氷室早苗さんと氷室キヌさん。キヌさんはおキヌちゃんって言った方がわかりやすいかな? こちらは所員の美衣さん」
横島に紹介され、お互い頭を下げた後に少女達を見るが、おキヌという名を聞いた美衣は、ああ、と納得したような表情をした。
「貴女がおキヌさんですね? お噂はかねがね伺っています。私、ここの従業員の美衣といいます。昼間は殆ど私しかこの事務所にいませんけど、横島さんに用事があったらすぐに連絡がつきますからいつでも言ってくださいね」
「キヌといいます。……あの、私の事を知っているみたいですけど、いつ頃からお勤めですか?」
横島からおキヌの事を聞かされているのだろうと考えたが、一抹の不安を持つおキヌは面識のない美衣にそう尋ねる。
「ええと……2ヶ月半程前からです。ある事件で横島さんと知り合いまして、ここで雇って頂いてます」
「じゃあ、私が身体を取り戻した後なんですね。どうりで知らないはずです。よかった、まだ記憶が戻りきっていないわけじゃないのね……」
まだ完全に記憶を取り戻しておらず、この美衣という女性の事を忘れているのでは、と恐れていたおキヌはそうではないと知ってホッと胸を撫で降ろす。
「美衣さん、済みませんがお茶を用意して貰えますか? それと…ヒャクメはもう来てますか?」
「あっ! 済みません、忘れていました。既に中でお待ちです」
慌てて本来真っ先に伝えるべき事を忘れていた美衣が謝る。
「じゃあ中へどうぞ、早苗ちゃん、おキヌちゃん。おキヌちゃんがどういう能力を持っているか調べる事が出来る者を呼んでおいたから」
そう言って事務所として使っている部屋へと入った早苗とおキヌは、そこで見た事のない女性と対面する。
身に纏っている霊気から少なくとも人間ではないと思えた。
そして鱗模様のボディスーツに目玉のようなアクセサリー。
なかなかに前衛的な感覚をしている。
「紹介するよおキヌちゃん、早苗ちゃん。こちらはヒャクメ。神族の調査官をしている」
「はーい。初めましてー。私はヒャクメ、貴女を霊査するために呼ばれたのねー」
あまりに屈託のない口調での自己紹介に、ちょっと神族というイメージが崩れていく二人。
だがさすがに即座に自分を取り戻し、深々と頭を下げる。
「ヒャクメ様……ですか? 初めまして、おキヌといいます。今回はお世話になります」
「そんなに緊張しなくてもいいですよー。おキヌちゃんは私の前で普通に座っていればいいからリラックスしてね」
「は、はい」
それでも緊張を隠せないおキヌ。
彼女は神族といえば小竜姫しか知らないが、小竜姫に比べれば霊力は低いように思われる。
だが、調査と分析の専門家ということで、自分の全てを覗かれるような気がしていた。
「大丈夫。ヒャクメは本気になれば相手の前世まで見ることができるけど、今回はおキヌちゃんの霊能力に限定して調べるだけだから」
「そうよおキヌちゃん。この前まで私のところで借り受けていたんだから、立場的には以前の貴女やシロと同じなんで緊張する事はないのよ」
「それって何か酷いのねー。でも確かにお茶汲みまでやらされたし、扱いは悪かったのねー」
「なんだか馬鹿にされているような気がするでござる」
横島、美神のフォローとヒャクメ自身のおチャラけた口調、さらには拗ねるシロによっておキヌの緊張が目に見えて解れていく。
おキヌがリラックスしてきたのを見て、ヒャクメは霊査を開始しようと声をかけた。
「じゃあ始めますねー。気を楽にして」
そう言うとヒャクメはその双眸と額の眼、さらにアクセサリーのように見える眼まで見開いておキヌを見詰める。
まるで面接でも受けているかのような気持ちで座っていたおキヌだったが、霊査そのものは1分も経たずに終了した。
「分析は終わったけど、貴女は随分特殊な素質を持ってますねー。横島さんの文珠程ではないけど稀少な能力よ」
あらかじめ横島から聞いてはいたが、自分の眼で改めておキヌの霊能力を精査したヒャクメは感心したような声を上げた。
「へえ……どんな能力なの?」
美神が興味津々といった様子で尋ね、九能市や早苗も聞きたそうな表情をしている。
「えーと、その前に貴女の事も調べていいかしら?」
「えっ……わたす!? ………まあ、おキヌちゃんも見てもらったんだから構わないだよ」
ヒャクメはおキヌの分析結果を告げる前に、早苗に向かって調べても良いかを尋ねる。
早苗は少し考えた上で了承の意を伝えた。
確かにおキヌの霊能力を調べてもらう事は彼女の修業に必要だし、おキヌに不安を抱かせない為に自分も調べてもらう事を断るわけにはいかないと考えたからだ。
無論、ついでに自分の能力を正確に把握しておきたいという思いもあるが……。
「じゃあ、ちょっと失礼して……」
先程同様、ぎょろんという感じで見詰めてくるヒャクメ。
なまじ整った顔立ちの為、何やら怖いものがあったがすぐに霊査は終了する。
「終わったのねー。なかなか姉妹揃って強い霊能力を持っているわ。じゃあそれぞれの能力を教えるのねー」
そう言うとヒャクメはまず早苗を指差す。
「貴女はかなり強力な霊媒としての能力を持っているわ。相当遠距離から相手のテレパシーを受信する事ができますねー。それに広範囲の霊的探査をする事も可能みたいなのねー。でもかなり特化しているから、普通のGSのように直接悪霊や怨霊を相手にするのはちょっと無理ね」
ふんふん、とヒャクメの説明を聞いている早苗。
早苗の能力は霊媒に特化していて、それに伴った強力な霊視能力を持っており霊能力者としての能力は高いそうだ。
ただし除霊という意味では能力的に難しい、と聞かさて残念そうな表情を見せる。
「それでおキヌちゃんなんだけど、貴女は死霊使いの素質がありそうなのねー。元々300年も幽霊だったせいか、貴女は死霊の気持ちを理解できるみたいだから、試してみればはっきりするわ。後は多少ヒーリングができることかしら」
早苗同様、おキヌも攻撃的な霊能力は皆無に等しいそうで、未だネクロマンサーという能力を実感できない彼女はどことなく残念そうな顔をした。
だがそれを聞いた美神は驚いた表情をしておキヌに詰め寄る。
「凄いじゃないおキヌちゃん! ネクロマンサーといったら、今世界に3人しかいないと言われる能力なのよ! さっそく厄珍に言ってネクロマンサーの笛を取り寄せてみましょう」
「えっ……! そんなに凄い能力なんですか?」
「当たり前じゃない! だってお札なんか使わなくても、霊を成仏させられる凄い能力なのよ!」
美神の勢いに圧倒されながらも、彼女から言われると自分の能力も結構凄いのだ、と思ってしまう。
横島の方をチラッと見ると、彼もその通りといった表情で頷いていた。
そこに美衣がお茶を持って戻って来て、各自の前に置いていく。
美神はさっそく厄珍堂へと電話を掛ける。
相変わらず思い立ったら行動が素早い。
「先生、ネクロマンサーってどういう能力でござるか?」
シロがさっぱりわからん、という表情で問い掛けてくるのに、苦笑しながら説明をする横島。
ネクロマンサーとは霊の悲しみを理解し、心の底から思いやる事で死霊をコントロールし、成仏させる事さえ可能な能力の事だと。
何となく、きちんと理解しているとも思えないものの、真剣な表情で頷いているシロだった。
美衣もいつの間にか横で聞いている。
「でもその能力をきちんと使いこなす為には、自分の霊能力を完全にコントロールできなければ駄目よ。それに霊の気持ちがわかるってことは、ある程度制御しないと必要以上に霊達が寄って来てしまうのねー」
「そうだな。そのためにもきちんとした修業が必要なんだが……」
ヒャクメの言葉を受けた横島が悩ましそうな表情で言葉を途切れさせる。
「おキヌちゃんは普通の高校生だもんね。さすがに修業するために何日も学校を休むわけにはいかないか……」
美神も溜息を吐きながら呟いた。
「早苗さんの場合なら、少しずつ修業していっても問題無いんですの?」
「うん。早苗ちゃんの霊能力は、それ程急ぐ必要は無い。そもそも彼女の場合、それ相応に自分の霊能力を制御しているしね」
九能市の問いかけに答える横島。
早苗の場合、話を聞くと見ようとしなければ霊を見ることも無い。(逆に見ようとすれば霊を見ることができる)
ゆっくりと修業を積めば、かなり強い霊媒としての能力を持つようになるだろう。
そう、通信機のような事さえできるように。
「うーん、悩ましいわね……」
「大丈夫なのねー。私は美神さんのところに行かなくてよくなったんで時間があるのねー。だから私が明日からでも夕方におキヌちゃんの家に行って指導するのねー」
腕を組んで考え込む美神を制して解決策を示すヒャクメ。
この辺は小竜姫達との打合せ通りだ。
「えっ!? そんな事をヒャクメ様にしてもらうわけには……」
「いや、それっていい考えだわ。ヒャクメなら戦闘以外の方面の霊能力はお手の物だろうから」
神様にそんな事をさせられないと躊躇するおキヌを遮って、美神はそのアイディアに飛びつく。
神族に直接指導してもらえるのなら、それにこした事は無い。
おそらくきちんと霊能力を自分のものとする事ができるだろう。
「いいんだよ、おキヌちゃん。ヒャクメだって偶には他人に指導したいと思うんだから」
「それにこんなに良いチャンスを逃す手は無いですわ。普通なら望んでも出来ない事ですから」
「そうだべ、おキヌちゃん! あんたの能力はきちんと修業しないと危険なんだ。この際、使えるものは全部使った方がいいだよ」
その場のみんなに後押しされた為か、おキヌはコクンと頷いた。
自分でも考えてみれば、今の生活をそのままにした状態で可能な最善の方法だと気がついたためでもある。
「じゃあ、早速明日の夜に伺うのねー。親御さんへのご挨拶はその時にね。そうそう、ついでに早苗ちゃんの訓練も一緒にやれば一石二鳥なのね」
ヒャクメの言葉に、ここで自分が遠慮すれば再びおキヌが躊躇うと考えた早苗は、即座に頷き了承した。
「大丈夫だよ。小竜姫様が言うには、夢での訓練で基礎は出来ているらしいから、ヒャクメの指導で実践的な練習をすればすぐに使えるようになるって言っていたよ」
横島がおキヌの不安を払拭するために、小竜姫から聞いていた事実を告げる。
その言葉に安心したような表情を見せるおキヌだった。
「それにしても小竜姫殿に続いてヒャクメ殿も弟子を持つとは……。ヒャクメ殿も偉かったんでござるな」
「シロちゃん。それって何か酷いのねー」
その横ではシロが非常に素直な感想を口にしてヒャクメを落ち込ませていたのはお約束……。
その後、それぞれの説明も終わりみんなでお茶を飲んでいると来客を告げるブザーが鳴った。
「あら、お客様ですね」
そう言って立ち上がった美衣は小柄でサングラスをかけたなんちゃって中国人、厄珍と一緒に戻って来た。
厄珍の頬に見事な紅葉が付いていたが、おそらく美衣に何か良からぬ事をしたのだろう。
「まったく令子ちゃんも人使いがあらいね。至急ネクロマンサーの笛を持ってこいって、一体何があったね?」
「別に厄介事じゃないわよ。実はネクロマンサーの笛を使えそうな人間が見つかったから、試してみようと思ってね」
「あいやー、それは珍しいあるな。一体誰ある?」
実際に世の中にその能力を持っている者は殆どいない事を知っている厄珍は興味深そうに座っている面々を見渡した。
「ありゃ? あんた、令子ちゃんのところにいた幽霊のおキヌちゃんじゃ……?」
そして過去に会った事があり、最近見かけなくなった人物を見つけ出す。
「あっ、厄珍さん。私、色々事情があって生き返ったんですよ。お久しぶりです」
ペコリと頭を下げる仕草は普通なのだが、なかなか普通の人が聞けば理解できないような会話が交わされる。
しかしここにいる面々の場合、それだけで納得してしまうのだ。
何しろ殆どは霊能力者なのだから。
「ということは……」
「そう、おキヌちゃんにその素質があると思えるのねー」
そこでヒャクメが厄珍の問いを肯定する。
「そういうことなんだ。こちらがおキヌちゃんの義姉の氷室早苗さん。○○県から来て、二人とも今日は家に帰らなけりゃならないから、美神さんはその前に試したかったんだ」
「成る程、そういうことあるね。でも本当におキヌちゃんが使えるあるか?」
「んな事、試してみりゃわかるさ」
そう言って厄珍からネクロマンサーの笛を受け取り、おキヌに渡す横島。
おキヌはその笛を持ち、どうして良いか分からないため縋るようにヒャクメの方に視線を向ける。
「大丈夫、貴女が幽霊だった頃を思い出して、独りぼっちで300年間この世に留まっていた時の寂しさや、人身御供になったときの事を思い出して笛を吹けばいいのよ」
「私が幽霊だった時のことを……」
そう呟いて笛を口に当て、暫く目を瞑って思いを馳せる。
それは自分の過去を思い出すためのもの。
寂しかった……
成仏も出来ずに、自分が何で死んだのかも忘れてしまった……
すでに自分が知っていた人達はみんな世を去ってしまい、ちゃんと成仏してしまっている。
なぜ自分だけがずっとあの場所に括られてしまったのか?
自分の感覚では信じられないほど変貌していった世界。
それは人類の進歩の結果。
だが世の中が変わり、人々の服装や生活様式が変わっていっても、関わる事も何ら変わる事の出来ない自分が哀しかった。
そしていつの間にか自分だけが時の流れに取り残され、いつも独りぼっちのため人の温もりというものさえ忘れてしまっていた。
いつしかこの孤独から逃れる事ばかり考えるようになってしまった自分。
人を身代わりの犠牲にして、自らの自縛を解こうと考え始めた時の黒い感情……
これが悪霊に堕ちるという感覚なのかしら……
それを思い出しながらおキヌは静かに笛に息を吹き込んだ。
そうよ……誰だって死にたくないよね……
ピリリリリリリッ……
ピリュリュリュリィィイッ……
そして笛はおキヌの想いに答えるかのように透明感のある音色を奏で始める。
それはもの悲しくもあり、また誰かの死を悼むかのようでもある。
「やっぱりおキヌちゃんは才能があるのねー。僅かだけど音が霊波に変換されていますね」
「本当だわ……。私が以前試した時なんて、音さえ出なかったのに……」
「きちんと修行すれば、おキヌちゃんは必ずネクロマンサーの笛を完全に使いこなせるだろうな」
「いい音色ですわ……」
「本当に音が出たあるな……」
おキヌが奏でる音色を聞いて、それぞれの感想を呟く人々。
こうしておキヌは自分の能力の片鱗を人々に見せつけたのだった。
「こんなもんでいいんでしょうか?」
一通り吹き終わったおキヌが怖ず怖ずと美神に尋ねる。
「ええ、充分よおキヌちゃん。やっぱり貴女はネクロマンサーの才能があるわ。音が出るだけでも大したものなんだから」
「それに少しだけど音が霊波に変換されていたのねー。この分だと1ヶ月も修業すれば使いこなせるようになりますねー」
「ヒャクメがそう言うのなら大丈夫ね。おキヌちゃん、その笛で頑張って修業してね」
おキヌの不安を吹き飛ばすように明るい声で答える美神とヒャクメ。
「で、でも……この笛、高いんでしょう?」
「いいのよ。それは私からのプレゼントだから気にしなくて良いわ」
厄珍堂の商品は、まともな物ならそれなりの値段だと知っているおキヌが気にするが、美神は金持ちらしい太っ腹さを珍しく見せる。
美神としてはおキヌの記憶が戻ったお祝いとして考えているのだ。
ほくほく顔で代金の小切手を受け取る厄珍。
「おキヌちゃん、今日は来て良かっただな。みんなにも会えたし、自分の霊能力も詳しく知る事ができたでねえの」
「ええ、今日は付いてきてくれてありがとう、お姉ちゃん」
みんなの暖かい心に触れて再び涙ぐむおキヌを、ワザと軽い口調で慰める早苗。
早苗の言うとおり、今回の上京は有意義だった。
何しろ普通ならこれ程手厚いバックアップなど望むべくもないのだから……。
夕方になっておキヌと早苗は当初の目的を果たして実家へと戻っていった。
その夜、妙神山ではおキヌの記憶が無事戻った事が報告され、小竜姫、雪之丞もその事を素直に喜んだ。
何しろ、雪之丞や九能市も死津喪比女を倒しおキヌが復活する際に傍にいて一部始終を見ていたのだから。
無論、横島、ルシオラの意識(その場ではいる事を悟られないように出てこなかったが)、小竜姫の場合は、平行未来での記憶にある悪の霊団事件が起きずに全てが片づいた事への安堵も大きかったのだが……。
おキヌの事を知らないジークも、事情を聞いて素直に喜びを表に現していた。
「だけど、おキヌちゃんは結局どうするんだろうな? また美神の旦那の元に戻ってくるのか?」
「さあな、それは分からないな。今の彼女には家族もいるしなぁ……」
「霊能力がコントロール出来るようになれば、別に美神さんと一緒にいる必要はないでしょうしね」
雪之丞が漏らした質問に答えた横島も、それについては確信が持てない。
九能市の言うように、別に美神の傍にいる必然性はないのだから。
「家族と言う意味では、そのおキヌさんにとって美神さんも、今のお義父さん、お義母さん、お義姉さんも同じ意味で家族なんでしょうね」
「ジークさんの言うとおりだと思います。でもどうするかはおキヌさんが自ら決める事です」
「でもなかなか簡単には選べないと思うのねー」
ヒャクメの言葉に、無論そうでしょうね、と頷く小竜姫。
それは横島も同感だった。
「おキヌちゃんは300年前に失った絆を再び手にしたんだ。どっちの絆もとても大事に思っているだろうからな」
「とにかくヒャクメ、しっかりと二人を指導してくださいね」
横島が自分の事に鑑みて呟いた言葉を聞きながら、小竜姫が締めくくるようにヒャクメに念を押した。
「大丈夫、私だってマジメにやる時はちゃんとやりますよー」
こちらも真顔で答えるヒャクメだったが、なぜか横島はそんな彼女を見て微笑んでしまう。
「まあ、あまり無理はしないでくれよ」
そのせいか、ヒャクメにかけた言葉は優しさに溢れていた。
皆が自室へと引き揚げていった後、横島は宿坊の屋根の上でぼんやりと夜の空を眺めていた。
『ヨコシマ、何を考えているの?』
周囲に誰もいない事を確認してルシオラの意識が文珠を通じて話しかけてくる。
それを聞いて、やはり声として彼女の言葉を聞くのは嬉しいと思い口元を綻ばす。
「ルシオラ……。いや、おキヌちゃんが無事に記憶を取り戻したのを見て、早くこっちのお前に会いたいなって考えていた。そしてその時、俺はどうやって接しようかなって……」
『そう……もうすぐだものね』
「ああ、そしてその前に全ての原因となった平安京での事件がある。俺と美神さんの前世での出会い、そしていよいよアシュタロスと直に会う事になるな」
『ええ、でも1000年前のアシュ様にヨコシマの力を全て見せるわけにはいかないわね』
「ああ、今のところアシュタロスの部下の魔族達は俺の能力を把握していないからな。うまくいくとは思うけど……」
端から見ると怪しい一人芝居にしか見えないが、横島にとっては最愛の女性との大事な時間である。
その雰囲気は和やかだ。
『こっちの世界でも私はすでに生まれているけど、未だ調整槽から出てはいないと思うわ。もう少し経つと最終調整に入るでしょう』
「月での事件だな?」
『ええ、あの魔力エネルギーによって私達も逆天号も力を得たから』
この世界では既にメドーサは滅びている。
月の事件では一体何者がその代わりを努めるのだろう?
「あら横島さん、ここにいたんですか?」
横島の姿を探していた小竜姫が宙に浮かびながらヒョイと顔を出した。
「ああ、小竜姫様。こっちに来て一緒に空でも眺めませんか?」
「お言葉に甘えてご一緒させて頂きます」
そう答えて横島の隣に寝そべる。
横島との距離は殆どゼロだ。
「ルシオラさんと何を話していたんです?」
たおやかな雰囲気で横島の方を向いて尋ねる小竜姫。
「全ての騒動の元である平安京での事件の事を少しね。それとこの世界のルシオラが今どうしているかを……」
「そうですか。ルシオラさんの事は私にはよく分かりませんが、横島さんの魂に融合しているルシオラさんに異変がないのなら、多分まだ覚醒していないのではないでしょうか?」
「多分そうでしょうけど……。でもいざ身体を持ったルシオラに会うんだと思うと、ちょっと怖いような……恥ずかしいような……妙な感じなんですよ。ああ、これは小竜姫様と会うために妙神山に行く事を決意した時も同じでしたから」
「そうですか……。自分は相手を良く知っていてもそれは相手本人ではない。しかも相手は自分を全然知らないんですものね…………。確かに怖いと思うでしょう」
もし立場が逆だったら、と考えてみた小竜姫は身震いする。
横島から初対面として扱われ、同じ目で見られているのに自分を知らないその視線を想像したのだ。
『でも、恐らくヨコシマと会ったら、まず私と共鳴すると思うわ。だから完全にシンクロしなくてもある程度断片的な記憶や想いは共有しちゃうと思うけど……』
さすがのルシオラも自信が無さそうに告げる。
何しろこんな体験をした者はそうそういない。
従ってどうなるのかは良く分からないのだ。
「まあ、もし出会ったら一生懸命口説くしかないかな? でも記憶にあるみたいに捕まるわけにはいかないんだよなぁ……」
『そうね……。それに妙神山を吹き飛ばすわけにもいかないし……』
「その事は大事な事ですけど、そろそろ行く事になる平安京の件ですが……」
議論がループしそうな雰囲気を感じた小竜姫はもう一つの話題へと話を転換した。
この辺のタイミングはさすがである。
「実際のところ、今回はどうしますか?」
『やはりヒャクメさんと美神さん、そしてヨコシマと私達で行くの?』
当然横島が行く場合は自分も付いていく事になるから、自分の事を頭数に入れているルシオラ。
小竜姫も横島の魂に融合している自分のコピーが一緒に行く事になるので、ルシオラと考えは同じだ。
「そうしようかと思っている。ヌルの時のように、俺が一緒なら文珠でヒャクメの霊力をブーストできるから、向こうで霊力切れなんてことにはならない筈だし」
『そうね。そうすれば向こうに行ってからもヒャクメさんがいつものように神通力を使う事が出来るわ』
「それにいつでも帰って来られますしね」
横島はルシオラの意識や小竜姫の言葉に小さく頷くと、視線を空へと戻しすっと右手を上げて掌を開き、星を掴もうとするかのような仕草をする。
それはまるで子供が何も知らずに空の星を掴もうとして、自分の手がそこに届くほど長くはないと気付くような感じだった。
「俺はこの試練にうち勝って、この手に幸せを掴む事が出来るかな? いや……必ず掴んで見せなきゃいけないんだ。愛するルシオラや小竜姫様と暮らす未来を……」
それは久々に表に出してしまった横島の不安……。
この場にルシオラと小竜姫しかいないからこそ垣間見せた彼の弱さ……。
「大丈夫ですよ横島さん。貴方はこれまで可能な限りの努力をしてきました。困難ではあるかもしれませんが、決して不可能な事ではありませんよ」
『それにヨコシマは独りじゃないわ。私も小竜姫さんも一緒よ。3人で力を合わせれば必ず道は開けるわ』
二人の言葉は横島の心に深く染み入り、芽生えた不安を解きほぐしていく。
「そうだな……人は一人では生きていけない。でも俺にはルシオラと小竜姫様がいるんだから、きっとうまくいくさ……」
そう呟いた横島の身体をそっと抱き締める小竜姫。
「しょ、小竜姫様?」
暖かく、そして横島の事を想う気持ちが伝わってくる小竜姫の抱擁。
横島はちょっと驚いたような声を上げるが、その時心もまた暖かく優しい何かによって抱き締められているような感覚を覚える。
「ああ、心を抱き締めてくれてるのはルシオラなんだな……。ありがとう、二人とも……。この暖かさの中にいると、全ての不安が消えていくようだ」
『いいのよ。今の私にはこれぐらいしかしてあげられないもの……。しっかりね、私の……ううん、私達のヨコシマ』
「横島さん、私達は貴方を命ある限り護ります。どんな時でも私達が一緒ですから……」
魂という視点で見れば、この時屋根の上では3人が寄り添って横になっていたように見えただろう。
横島はこれから起こるであろう最大の戦いを前に、必ず勝って3人で暮らす日々を手に入れると決意したのだった。
いよいよ魔王が待つ過去への旅が始まる…………。
(後書き)
幕間的なおキヌの再登場編も終わり、いよいよ次回から“デッド・ゾーン!!”編です。
アシュタロスと横島が直接戦う第1ラウンドってところですね。
原作では高島や西郷の見せ場が今ひとつだったので、2人の活躍も描ければな、と考えています。
BACK/INDEX/NEXT