フェダーイン・横島

作:NK

第60話




 おキヌとの再会から5日後、美神はかねてから要望していた調査結果を受け取るために、事務所の応接で2名の人物(?)と相対していた。

「そう。おキヌちゃんの修業は順調なのね?」

「ええ、なかなか二人とも素直でスジが良いですよ。あの分だと予定通りにコントロールできるようになります」

 美神の質問に答えたのは神族のヒャクメであり、その隣には横島が座っている。

「やれやれ、安心したわ。じゃあさっそく報告を聞かせてもらえる?」

 美神は心のそこから嬉しそうな表情で頷くと、表情を正して本題に入る。

「神族、魔族の両情報部から目ぼしい情報は挙がってこなかったのね。まあ、魔族側は何らかの情報を持っているみたいだけど、プロテクトが高いらしくて入手できなかったのね」

「じゃあ、全然わからないってこと?」

「データバンクからは何もわからなかったのね。でも安心して。それなら直接調べればいいだけだから」

 ヒャクメの言葉に怪訝そうな表情で首をかしげる美神。
 それはそうだろう。
 神界、魔界の情報部でも掴んでいない、または隠蔽している、美神が一部の魔族に狙われる理由をプロの調査官とはいえヒャクメ1人でどうしようというのか?

「へえ……一体どうやるっての?」

 美神も露骨に胡散臭そうな表情で尋ねてみた。

「貴女、この前妙神山で斉天大聖老師の修業を受けましたよね。その老師が面白い事を教えてくれたの」

「それは何?」

「老師が言うには、美神さんの前世に何か秘密があるらしいわ。だから私の能力でそれを確認しようっていうわけ」

 えへん、という感じで胸を張るヒャクメに少しだけ感心してみせる美神。
 ヒャクメが千里眼を持っていることは知っているが、そんな事までできるとは思っていなかったのだ。

「ちょっと、ヒャクメってそんな事もできるの?」

「あー、何か私のこと馬鹿にしてませんか? まさか、役立たずだなんて考えていません?」

 美神の言葉に含まれる、意外というかそんな事できるの? という露骨な疑念にムッとして頬を膨らませるヒャクメ。
 その姿は案外可愛いが、残念ながらこの場でヒャクメを見直してくれる人はいない。

「美神さん、ヒャクメだって神族ですしプロの調査官ですから、その程度はできますよ」

 フォローになっているのか否か、微妙な言葉で取り敢えずその場を収める横島だった。

「では気を取り直して…っと」

 そう言いながらどこからともなく虫眼鏡のような物を取り出すヒャクメ。
 その光景は確かに前世を覗く事はおろか、千里眼を持っている神族には見えない。

「ちょおっと動かないでね――」

 そう言うとヒャクメはグッと身を乗り出して、息が美神に届くぐらいに顔を近づける。
 美神もヒャクメの思わぬ行動に、少し引き加減になりながらも魅入られたように大人しくしていた。

「どんな秘密も私の眼からは隠せないのねー。その気になれば心の中だって覗く事ができるのよねー。見えてきた、見えてきた……」

 ヒャクメの誇る100の感覚器官が、美神のこれまでの記憶を過去へと遡って行く。
 美神や同席している横島には無論見えないが、ヒャクメは今美神の人生そのものをトレースしているのだった。
 やがて、今生きている美神令子の記憶は終わり真っ暗な闇が広がる。
 その彼方におぼろげに見える光……。
 それが美神の前世の記憶への入り口だった。
 だが光へと近づきその中に入ろうとした瞬間、ヒャクメの脳裏に浮かぶ映像がブラックアウトしてしまう。

「あら? あらら……? 変なのねー。何も見えなくなったのねー」

 平行未来でのことを横島から聞かされていたため、美神が前世の記憶にプロテクトを掛けている可能性はあった。
 しかしヒャクメはその可能性はあまり高くはないだろうとも考えていた。
 なぜなら今回は平行未来と異なり、横島に対する感情から自ら封印を施す必要などない筈。
 美神が自分の前世の記憶にプロテクトを掛けている理由に心当たりが無いヒャクメは、訝しげな表情で考え込んでしまう。

「……どうかしたの?」

「いえ……前世を覗こうとしたら……記憶が読めなくなってたのよね」

「記憶が読めない? それって――」

 どこかで聞いたような会話を耳にしながら、横島はこの状況の理由を考えていた。
 もし美神の前世の記憶にプロテクトがかかっていなくても、何とか理由をつけて過去に戻ろうと考えていたからだ。
 ルシオラの意識、小竜姫、ヒャクメと検討した結果、やはりこの事件だけは歴史通り起こさないといけないという結論に達したから。

 自分の前世が死ぬのを目の当たりにするのは気分の良い事ではない。
 しかしメフィストがアシュタロスから魂の結晶を奪わなければ、自分の知っている歴史よりも早くアシュタロスが行動を起こすことは明白だ。
 しかもそれは究極の魔体を使った人類殲滅戦。
 平行未来の特命課で、ルシオラの解説で理解した究極の魔体のスペックは驚くべきものだった。
 火力は神魔最高指導者の出力をも上回るし、防御力も桁外れだ。
 正に最強の戦闘用兵鬼と言える。

 ヒャクメ同様、美神が自分の前世の記憶にプロテクトをかける理由を考え込む横島。
 おそらく美神の意地っ張りなところが原因なのであろうが、その大元の理由が分からないのだ。

『どう思うルシオラ?』

『さあ……? 何の情報もない現状では見当もつかないわ……』

『そうだよなぁ……』

『とにかく過去に行ってみれば分かるのではないでしょうか?』

『そうだな、小竜姫の言うとおり、行ってみればわかるかもしれない』

『そうね。どっちみち行くつもりなんだし』

 横島が脳内会話を繰り広げている頃、ヒャクメも一人ブツブツと何かを呟きながら考え込んでいた。

「ひょとしてプロテクトかしら……? まさか…前世の記憶が暗号化して封印されているわけ? でもどうして…?」

『うーん、これは案外奥が深そうね。ふふふ……燃えてきたわ! 知りたい!』

 うふふふふ………と妙に怪しい笑いを浮かべながら、内心そんな事を考えているヒャクメだった。

「百聞は一見にしかず! こうなったら直接見に行くしかないのねー。あっ! 帰りの事は心配しなくていいですよ。この前のスイスと同様、横島さんさえ一緒なら私のエネルギーも大丈夫ですから」

「うーん、あんまり時間逆行はしたくないんだけど……。でもこのままでは、私が魔族に狙われる原因はわからないままなんでしょ?」

「現状ではそうなるでしょうね。神界、魔界の両情報部から情報提供がないんじゃね」

 迷っているような美神の問いに頷く横島。
 だが、ここは何としても美神を時間逆行させるよう誘導しなければならない。

「やむを得ないわね。まあヒャクメと横島君が一緒なら、大抵の事は大丈夫だろうけど」

 横島の事を信頼している美神は、溜息を吐きながら承諾した。

「わかりました。じゃあ準備しましょうか」

「へっ…? 何を?」

 そう言って席を立った横島に不思議そうに尋ねる美神。

「だって前回同様、ろくな装備もなしに時間移動するのは嫌でしょ? どの時代に行くのかもわからないし、面倒な事にならないとも限らない。多少は変装したり、金に換えられるようなモノを持った方がいいでしょう」

「うーん……そう言われればそうね。着替えなんかもあった方がいいだろうし、いきなり魔族なんかと遭遇したら目も当てられないわ」

 横島の言葉に納得した美神も立ち上がり、準備をするべく私室へと向かった。

「さて、どうなるかな……?」

「大丈夫ですよね、横島さん?」

「たぶん……」

 横島自身の準備は、龍神の甲冑を身に着けていつかのように僧衣に着替えただけである。
 何だかんだ言っても、すでに龍神の甲冑を身に着けている横島。
 他に持ち物は多少の着替えが入った小型のバッグのみ。
 彼は元々、除霊や戦闘に道具を使わない。
 霊波刀は自分の霊力を集束・放出するだけだし、文珠は意識化に仕舞い込む事も出来る。
 飛竜も同様だ。
 金目のモノとしては、小竜姫からもらった砂金の入った袋がある。
 さらに平行未来と違い、かなりメフィストと高島の出会いの日に誤差を小さくして飛ぶ事が出来る。

「お待たせー。さあ行きましょう」

 待つこと30分。
 ちょっとした旅行に行くような格好で現れた美神に頷くと、ヒャクメは美神の額に電極のようなモノを張り付け、自分は鞄から取り出したノートパソコン様の機械を操作し始める。

「小竜姫のかけた封印を解いて……私の念をシンクロさせて―――」

 過去の中世に飛んだ時の帰りに同様の事を行っているため、美神も今回は慣れたのか大人しく見ていた。

「じゃあ行きますよ――!」

 ヒャクメの言葉と共に3人は閃光に包まれ、人工幽霊は自分の主人の存在をロストした。






 ギュン!

 闇から抜けたところは、どこかの寺の五重塔の上だった。

「おっと……。結構危なかったじゃない」

「確かに落ちたら洒落にならないですね」

「別に飛べるから大丈夫じゃないですか。……あれっ? 美神さんは飛べなかったっけ?」

 何とか屋根の上に着地した美神が漏らした言葉を、宙に浮きながら聞き相づちを打つ横島とうっかりした事を口走ってしまうヒャクメ。

「やれやれ……ヒャクメ、気をつけてくれよ。ところでここは……?」

「平安京……!? 大昔の京都だわ!! ここに私の前世が……」

 知りながらも惚ける横島の言葉に、ほとんど独り言のような口調で答える美神。
 尤も、美神には横島の問いに答えているという意識はないだろう。

『……いよいよアシュタロスと直接見えるか……』

 複雑な表情で夜の平安京の街並みを見下ろす美神を横目で見ながら、横島は心の中で呟いた。
 ここで自分の正体を知られるわけにはいかない……。

「ヒャクメ、美神さんの前世がどこにいるか、すぐにわかるか?」

「探す事はすぐに出来るのねー。取り敢えずここを降りてから行動開始しましょう」

「そうね。あまり長くこんな所に座っていたくないわ」

 結局美神の事は横島が抱きかかえて地面へと降ろした。
 寺の境内から出た3人は、街灯などない真っ暗な山道を移動しやや見晴らしの良い場所へと向かう。

 先程の五重塔同様、平安京を一望しながら眼を少し凝らすヒャクメ。
 既に鞄を開けて美神や横島にも自分が見た事を共有化できるようにしている。
 片目にアダプターを装着しながら、横島は少し考え事をしていた。

『ルシオラ、アシュタロスと相対する時だが、チャクラを全開にした後は小竜姫の霊基構造コピーとだけ共鳴させようと思う』

『アシュ様に私の存在を隠すためね?』

『ああ、最大でも6,000マイト弱にしかならないが、ここで手の内を全部見せるわけにはいかない』

『でも、文珠で忠夫さんの霊波を変調させて、霊波だけでは現在で同一人物とわからせないようにするんですよね?』

 尋ねてきた小竜姫の意識に頷き、肯定の意を伝える。

『無論、それは計画通り行うさ。ただ、ルシオラの霊波や霊的特徴を感知されると、アシュタロスは将来俺が未来から来たと考えるだろう。そうなると、こっちのルシオラに何か面倒な仕掛けを組み込むかもしれない』

『そうね。アシュ様は頭が良いからそれぐらいの事は考えつくでしょう。そうなれば何らかの手を打つのは必定ね』

『確かにそうですね。でも忠夫さん、それでアシュタロスを出し抜けますか?』

『ヒャクメの協力さえあれば何とかなると思う』

 脳内会議を行っていた横島は、ヒャクメが発した声でそれを中断し、意識を現実へと戻した。

『うーん、やっぱり美神さんはいないのね――。じゃあ先に横島さんの前世を探そっと』

 ヒャクメもかなりの事を知っているため、普通に探しても美神の前世が見つからない事は百も承知である。
 そこで、横島の前世を探して覗き見ようと考えていた。
 こちらは何ら問題なく発見し、ズームさせて視界に捉える。
 だがヒャクメの目には、牢に入れられた横島そっくりの男と言い争う西条そっくりの男が見えていた。

「うふふ……すごい偶然ね。美神さんの前世はなぜか見えないけど、代わりに横島さんの前世を見つけたのねー。でも何で牢屋に入れられてるのかしら?」

「えっ!? あれが横島君の前世? 彼の前世に西条さんの前世も同じ時代にいるの?」

 横で見ていた美神も興味津々と言った感じで尋ねてくる。
 ヒャクメの声で現実に戻った横島も黙って見ている。

「ええ、魂の色が全く同じですから、どうやら西条さんの前世と一緒みたいですねー。何を言い争っているのかしら?」

 そう言いながら聴覚の方も感度を上げる。
 会話を聞く限り、横島の前世は夜明けと共に処刑されるらしい。
 西条の前世は脱獄を警戒して見張りをしているようだが、罪状は権勢を誇る藤原氏一門の姫に夜這いをかけた事のようだ。
 ただこの場合、確か相手が拒むのを強姦するのでなければ死刑にまではいかなかったのでは? と思う横島。

「へえ〜、まさか横島君の前世が女性問題で失敗するというか、命を落としそうになるなんて意外ね……。全く、横島君は小竜姫以外に関心すら示さないっていうのに…………」

「本当ですねー。横島さんとはかなり違うというか、横島さんももう少し女好きなら誘惑しようっていう気になるのに…………」

 横島の前世を見ながら口々に危ない事を言っている美神とヒャクメ。
 それを聞いている横島は冷や汗を流していた。

『ははは……まさか未来の俺の魂が融合しなければ、俺も前世のアイツと大差なかったなんて思ってもいないんだろうな……』

『大丈夫よ、前世で懲りた反動で次の世ではストイックになったと思ってるわ、きっと♪』

『それに現世では既に恋人が二人もいるんです。その上無節操に女性に声をかける男なんていませんよね♪』

 横島が苦笑して考えていると、それに突っ込むかのようにルシオラと小竜姫の意識が話しかけてくる。

『お、おう……。2人の言うとおりだけどさ、この前世はあまり見られたくなかったんだが……』

『もう手遅れよ。人間諦めが肝心よ、ヨコシマ』

『前世と今は違うんです。今の横島さんは横島さんですから……。それより、ヒャクメったら帰ったらお仕置きですね(怒)』

 ヒャクメの呟きはしっかりと小竜姫の意識に聞かれていたようだ。
 哀れヒャクメ……。
 帰ったらまた修行かもな……。

「あら、何か怪しい雰囲気っていうか、妙な気配が……」

 映像を見ていた美神が、目を細めて警戒を露わにする。

「どうやら……魔族の登場のようだ」

 横島が呟くのと同時に、牢獄への戸が吹き飛ばされ妖怪らしき怪しい影が西条の前世に襲いかかろうとする。

『おのれ! 物怪!  陰陽五行汝を調伏する!! 鋭ッ!!』

 西条の前世が術を唱え、結ばれた印より発した集束し指向性を持った霊力波が妖怪を直撃する。

「へえ……西条さんの前世もやるわね」

「ええ、だがあれは影だ。引っ掛かったな……」

 美神が感心したように呟くが、西条の前世の術が貫き吹き飛ばしたのは実体ではない事を察知した横島が残念そうに告げる。
 影から躍り出た魔族の本体が、その事に気が付き対応しようとした西条の前世を情け容赦なく霊波砲で吹き飛ばし、一時的に気を失わせる。

『お…おい!? 西郷!? 何事だ?』

 横島の前世である高島が牢から顔を出して事態を確認しようとすると、倒れ伏す西郷とスクッと立つスタイルの良い女性の姿が眼に入った。

『意外とやるわね。危ないとこだったわ……』

『な…、なんだ…お前は!?』

『私はメフィスト……悪魔メフィスト・フェレス! 貴方と…契約を結びに来たの…!』

 そこまでの画像を見ていた美神は蒼白な表情で片目につけていた端末を取り外して立ち上がる。

「ば、ばかな! 何であの魔族、私とそっくりなのよ!? まさか私の前世って……!?」

「考え難い事だけど……美神さんとあのメフィストという魔族は、何らかの因果関係を持っていそうですね」

「美神さん、実際に近づいて確認しないとわからないのねー」

 わなわなと震える美神を落ち着かせるかのように肩を掴む横島。
 ヒャクメも落ち着いた声で事実のみを伝える。

「……そ、そうね…。こうなったら白黒つけないとね! 行きましょう、横島君!」

「待って! メフィストと高島さんが移動を開始したのねー」

「ヒャクメ、俺達も飛んでいこう。トレースを頼むぞ!」

「任せてなのねー」

 ヒャクメとそれだけ言葉を交わすと、横島は美神に向き直り少し躊躇した後に口を開いた。

「さて美神さん、これから空を飛びますが美神さんをどうやって……その…連れて行くかなんですが」

「はい? どうやって連れて行くか?」

「ええ、俺かヒャクメが負ぶっていくか、お姫様だっこするか、もしくは背中から脇の下に腕を廻して押さえるか、好きな方法を選んでください」

 横島に言われた事を反芻し、ボンッと首まで真っ赤にする美神。
 しかし彼女の頭脳は、横島の言う事がもっともだと理解していた。
 しかも事態は急ぐのだ。

「え…ええと……負ぶさっていくのが横島君も楽じゃない?」

「確かにこちらは楽ですが、ヒャクメじゃなくていいんですか?」

 気を遣うように尋ねてくる横島に、少しだけ悲しくなる美神だった。
 自分の事を女として気を遣ってはくれても、やはりそこには1枚壁がある。
 小竜姫という相手がいるのだから、これはやむを得ないのだが……。

「じゃあ行きますから、しっかりと掴まってくださいね」

 コクリと頷く美神を見て、背を向けて次の行動を促す横島。
 美神も顔を赤くしながら、ギュッと横島の首に後ろから手を回して負ぶさる。

「美神さん、慣れないと怖いと思いますが我慢してくださいね」

「えっ!? ちょ…ちょっと…横島君…?」

「行くぞ!」

「了解なのねー」

 その言葉と共に、横島とヒャクメは一気に飛び上がり、高速で飛行を開始した。
 それは美神がかつて乗った空飛ぶ箒の匹敵する猛烈なスピード。
 咄嗟の事に、横島の背に負ぶさってボンヤリとしていた美神は、慌ててギュッとしがみつく力を強め密着する。
 自分が首まで真っ赤なのが自覚できる。
 そして素直に、こんな姿を横島に見られないでよかったと安堵していた。

「ああ、すみません。ちょっと怖い思いをさせちゃいましたね」

「い…いえ……。でもちょっと驚いたわね」

「連中に追いつかないとね。少し辛抱してください」

 横島が、急に美神がギュッとしがみついたのは怖かったのだろうと思い謝ると、美神は曖昧に否定し誤魔化す。
 続けてかけられた横島の言葉に素直に頷くと、強めた力をそのままに暫し横島の思ったより広い背中に身を委ねた。

 ギューン!

 平安京の町から空を見上げた人は、空中を凄まじい速さで飛んでいく二つの光跡を見ただろう。
 だがその光が人であるとはだれも思わなかったのだ……。



「おや、下に見えるのは西条さんの前世の……ええと…確か…?」

「西郷さんなのねー」

「そうそう、西郷さん。あのメフィストという魔族と俺の前世を追いかけているのか?」

「そうみたいね。どうする横島君?」

 美神の問いは、しばらくこの時代にいる事となるのなら、あの西郷を手助けして宿を借りたらどうかという提案である。

「ふむ…………。ヒャクメ、西郷さんをピックアップして飛べるか?」

「大丈夫ですよ。そのぐらいなら私でも何の問題もないのねー」

「じゃあ頼む」

 減速して下からもその姿をはっきりと認識できるようになった横島と美神が見守る中、ギュンと急降下したヒャクメは西郷の後ろから近付き胸に腕を廻して抱きかかえると、即座に上昇して横島達の元へと戻って来た。

「な、何だ! お、お前達は!? あの魔族……? いや違う。そっちの男も高島ではない……?」

 いきなり拉致同然に空へと連れてこられた西郷は混乱していた。
 普通、人間は空を飛べないのだから……。

「落ち付けって。俺は横島という。あの高島とは別人だが、まあ無関係というわけでもない。アンタを抱えているのは俺の仲間のヒャクメ。神族の一員だ。俺が負ぶっているのは美神さんといってやはり仲間だ。一つ訊きたいんだがアンタはさっき空を飛んでいた魔族と高島を追いかけていたのか?」

 横島の冷静な声で我に返った西郷は、ハッとして横島を見詰め返す。

「そ、そうなんだ! 高島の脱獄を手助けした魔族を退治し、逃げた高島を捕まえなければならん!」

「ふむ、高島を捕らえる事に関しては協力できないが、あの魔族と高島には我々も用がある。大人しくしているというなら一緒に連れて行くけど、どうする?」

 西郷は申し出てきた横島という男をつぶさに観察する。
 その身に纏っている霊力は半端ではない。
 自分を抱えている神族のヒャクメよりも強い力を持っていることは確実だ。
 そして横島の背中にしがみついている女は、先程の魔族と面影が似ているが魔物の波動はなく明らかに自分匹敵する霊力を持っていた。

「わかった………。君達に逆らっても無駄なようだからな。私としても今は後を追えればいい」

「じゃあ契約成立だな。さて急ぐとするか」

 ヒャクメとアイコンタクトを取った横島は、再びスピードを上げてメフィストを追尾すべく光となった。

「うわああぁぁぁぁ――――――!!」

 一人の男の絶叫を残して……。






「さて……と。ここなら落ち着いて話が出来そうね、横島どの」

 都の外れに佇む朽ち果てた廃寺。
 その境内にその身を隠した高島は、魅惑的なボディを持つメフィストと名乗った女魔族と対峙していた。

「メフィスト……とか言ったな。魔物が何で俺を助けたんだ?」

「言ったでしょ、貴方と契約を結びたいの。それが私のお仕事なのよ」

 相手の真意を探るように尋ねた高島の問いに、えらくあっさりと答えるメフィスト。
 この辺は現世である美神よりかなり素直なようだ。

「契約だと……!? 腐っても俺は陰陽師だぞ! あんな場所からは自力で抜け出すのは楽勝だったし、魔物なんぞと契約を結ぶと思うか?」

「そんな事言っても私の身体をかぶりつきで眺めてるんじゃ説得力ないわよ……」

 立派な言葉とは裏腹に、高島は途中からメフィストの魅力的なボディを舐めるように視姦しまくっていた。
 そんな言葉と行動のギャップに、顔に縦線を入れて呆れているメフィスト。

「ふーむ、見事な身体だな〜。うっ、おっほん、とにかく話だけでも聞こうか」

「……あんた女好きで人生誤ってたくせに反省がないのね」

 だらしなく緩みきった表情を改め、わざとらしくメフィストに話すよう催促した横島に、少しだけ井桁マークを浮かべながらも仕事だと思い話し始める。

「私の仕事はね、魂を集める事なの。それも出来るだけ霊力のある人間の魂をね。あんた都じゃかなり実力のある陰陽師なんでしょ?」

「た…魂だと!? バカ言え!! 魔物のものになった魂がどうなるか、俺が知らないと思っているのか? そんなに簡単にやれるか!! ちょっといい女だと思って話を聞いてみたが――― これ以上お前のような魔物とは付き合っていら――――」

 忌々しげに踵を返そうとする高島をジト目で睨んだメフィストだが、すっと高島の後ろから抱き付くと耳に息を吹きかける。

「最後まで聞いてよ……! お・ね・が・い!」

「あっ! コ、コラ! やめ……おっぱいが背中、耳に息……あああっ!」

 メフィストの色仕掛けに、寸前の決意はどうしたのか、というぐらいだらしなく緩んでしまう高島だった。
 そんな高島に対し、耳元で甘い声を囁き続ける。

「魂を取るだけならカンタン……。今すぐにだって貴方を殺せば手にはいるわ。でもそれじゃ困るのよね。私が欲しいのは『取引に応じて我々に従う魂』。――そういう魂でなければ集めたって思い通りに加工できないのよ」

「加工だと……!?」

 にやけていた顔を真顔に戻し、訝しげに尋ねる高島。
 メフィストはスッと背中から離れて蠱惑的な笑みを浮かべる。

「ええ。集めた魂を一つにしてある目的に使うの。で、取り引きってわけ。私は貴方の召使いになり、願い事を三つ叶えてあげる。どんな願いでもいいわ。…よーく考えて」

 両手を広げ、まるで高島を迎え入れるかのように、いや、まるで獲物を誘い込むように笑顔を向けるメフィスト。
 横島はにやけた表情を見せつつ、頭の中では目まぐるしくその脳細胞を働かせていた。

『こいつ……魂を集めて何かでかい事を企んでいるみてーだな。どうせろくでもない事だろうけど、どうも気になる。付き合うふりしてちょっと探りを入れてみるか。上手くいけばこの身体を俺のモノに出来るだろうし……』
 
 真面目なのか不真面目なのかわからん事を考えている高島。
 しかし、これでも都では実力者と言われる陰陽師なのだ。

「三つだけ? 言っておくが俺の欲望は果てしないぞ!」

「三つよ! そのかわりどんな願いでもかまわないわ」

「どんな……願いでも……?」

『おかしい、確かに強い魔力を感じはするが、どんな願いでも叶えられるほどの実力は無さそうだが……。あるいはこいつは端末で、本体というか黒幕が控えているのか?』

 メフィストの言葉の一つ一つの裏を考えている高島は、どこかに拭いきれない違和感を感じていた。
 一方メフィストは高島の態度から、堕ちて契約を結ぶのは時間の問題だと考えている。

『ふふ……欲の強い人間ほど欲望を満たす代価の重さを知っている……。お前のような人間の魂が一番御しやすいのよ。願いを満たせばもう魂は逆らえない。――ひとついただきね』

 ほくそ笑むメフィストだったが、高島は横島とは違う意味で抜け目がなかった。

『面白い…! 何かこー燃えてきたぞ! よーするに、このねーちゃんは俺を利用して魂を手に入れたいわけだ。だが俺も都じゃブイブイ言わしてる陰陽師! 全知全能をつくしてこのねーちゃんからタダ食いし、さらに俺の使い魔にでもできれば万々歳! 人生バラ色、死後も永久にヒーローになれる! それにはこれしかない!』

 己の欲望を総動員させ方策を考えた高島は、やや緊張した面持ちで口を開く。

「よ……よーし…!」

「決まった?」

 内心の笑みを隠して尋ねるメフィスト。

「最初の願いだが…………俺に惚れろ!!」

 サムアップをかましながら、えらく爽やかな表情で言い切った高島。
 メフィストの方はそれを聞いて、ビシッという音と共に固まっていた。
 なぜか表情は強ばり、目が怪しく光っている。

『な…なんだ!? どうもコイツの反応が変だぞ? 何だか怒ってるみたいだし……』

 予想外の反応に、言い放った時の格好のまま心の中ではかなり焦っている高島。

 ギンッ!

 メフィストの眼光が一際鋭くなり、強ばった表情のままゆらりと背負ったオーラが空間を歪ませる。

「おいっ!」

 クワっと見開かれた眼で見詰められると、なまじ整った顔立ちのため相当に恐ろしい。
 高島はひょっとして自分が虎の尾を踏んだのではないかと後悔していた。

「な…何でもアリっつったじゃんかよ、ウソツキーッ!! 来るかーッ!? 来るかーッ!? 西郷は油断したみてーだけど俺は―――」

 焦っており、かなり怖いのも事実だが、そこは腕利きの陰陽師。
 すかさず後ろに下がると懐から符を取り出し戦闘に備える。
 過去、妖魔を相手に同じような状況に陥り、生きて帰ってきたのは二度や三度ではない。
 尤も、今回の相手に比べればどれも格下だったが…………。

「『ホレる』って何?」

 予想外の切り返しにずっこけながら、高島は異種とのコミュニケーションの難しさを実感していた。



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