フェダーイン・横島
作:NK
第63話
「信じられんな……。まさかお前がここまでやられるとはな、道真」
「面目次第もございません。相手が予想を超えていました」
「ほう…? して相手は?」
「龍神族の力を使う中級神クラスの神族と、神族調査官たる下級神族です」
「なに!? 中級神族が相手だと!? では余の計画が嗅ぎつけられたのか?」
ここは羅生門の上。
横島との戦いを終え、傷ついた道真はアシュタロスの前で畏まっていた。
「内容までは知られていないようですが、アシュタロス様が動いている事はメフィストの口から漏れたようです」
「……早急に手を打たねばならん」
そう答えながらもアシュタロスは別の事を考えていた。
『神族共に私が造っている究極の魔体を知られるわけにはいかん。何とか誤魔化して一旦事態を収束させねば……』
そう、最小限の損害で事態を収拾させる事を考えていたのだ。
『さすがの余も今回は焦り過ぎたか……。だがメフィストは究極の魔体の事も、余の計画も知らぬ。ただ契約に従い魂を奪うだけの役目しか知らないはずだ。となれば……神族共は道真の怨霊に反応して動き出したのかもしれんな。今では恨みを捨てた道真の半身は神族になっているようだし……。となれば道真に繋がるメフィストを抹殺して今回連れてきた部下も神族とぶつけて始末する。そして最悪の場合、小うるさい下っ端神族共を私が殺せばそれで終わりだな』
そう結論を出すと、アシュタロスは静かに道真に向き直った。
「道真、お前にその龍神一族を倒す事が出来るか?」
「普通の人間だと思って油断しましたが、次は後れを取りませぬ。問題はメフィストや陰陽師の連中ですが……」
「そやつらの事は心配するな。こんな事もあろうかと部下を2鬼連れてきている。メフィストと人間共の始末はそいつらにやらせる。お前は神族を倒せ。我ら魔族が表立って神族と戦い、奴らを殺すと面倒な事になる。だがお前なら怨霊ということで問題にはならん」
「御意……」
恭しく頭を下げる道真に頷くと、アシュタロスは視線を後ろに向け部下の名を呼んだ。
「メドック! コルキア!」
「「お呼びですか、アシュタロス様……」」
アシュタロスの影から2鬼の魔族が姿を現す。
コブラのような頭部に、全身が鱗で覆われているが人間型の身体を持つメドック。
人界での魔力は500マイト。
昆虫のような硬質の甲殻で覆われた身体で、二足歩行のゴキブリとしか言いようのない外観のコルキア。
人界での魔力は460マイト。
2鬼とも比較的最近配下となった下級魔族である。
「メフィストのおかげで神族共に余の動きが漏れたようだ。作戦は一旦中断するが、証拠となるメフィストと関係する人間共を生かしておくわけにはいかん。道真と共に奴らを抹殺せよ。証拠を残してはならん」
「「御意!」」
恭しく頭を下げる2鬼の魔族だったが、暴れられるのでその表情は嬉しそうだ。
「道真、奴らを誘き出す方法は?」
「はい、私の回復を待ってけりをつける予定ですが、都中に私の式神を放ち探し出すつもりです。そして無関係の人間共の命を餌に奴らを誘い出せば……」
「よかろう、任せる」
作戦を了承するアシュタロス。
そして魔族達は羅生門の上からその姿を消した。
時間は魔族達の会談の前に遡る。
『どうだ……? 遺体はあったか?』
『見つかりませんね……』
崩壊した西郷の屋敷跡を検分する検非違使達。
だが生者も死者も一人として見つからない。
『うーむ。やはり何かの祟りであろうか…?』
『昨夜、道真公の怨霊がここに入るのを見た者もおりますし――』
そんなやり取りを、仮の宿と定めた廃屋からヒャクメの能力を使って覗き見ている横島達。
「ふーん、ヒャクメって便利なんだな。これならどこでも覗けるだろうに」
高島が感心したように言うが、彼の頭の中では夜這いをかける女の様子や家の中を予め見る事ができて便利だな、ぐらいの使い道しか考えていない。
「高島! お前、また邪な事を考えているだろう!?」
その言葉を聞いてムッとした表情で口を挟む西郷。
「けっ……! 俺はお前と違って安否を気遣う女がいるからな。今更そんな事をするつもりはねーよ」
だがそこは高島、せせら笑うような口調と態度で西郷をからかう。
「なっ…! くそっ! 高島ごときにそのような事を言われるとは……屈辱だ!」
高島の狙い通り、表情を歪めて悔しがる西郷。
横島はそんな二人のやり取りを見て呆れている。
高島は西郷をからかって満足したのか、視線をメフィストへと移した。
「それよりメフィスト、あの道真の怨霊には何か弱点はないのか? 取り敢えずは奴を何とかしないと、どーしよーもないぞ。それにお前を造ったっていうアシュタロスが道真の怨霊をも造ったとすれば、そいつは道真より強いって事になる」
「それはその通りだよ、高島殿。さすがにアシュタロス程の大物が人界に来る事は本来無いから、俺も直接会った事はないけどね。だが……全魔族の中でも六大魔王と呼ばれる一人だ。俺だってまともに正面切って戦えば勝ち目なんぞ無い」
「横島殿でも歯が立たない相手か…………」
高島の言葉に考え込む素振りを見せるメフィスト。
そんなメフィストに代わって、アシュタロスの事については横島が答える。
その内容に、アシュタロスの強大過ぎる力を感じた西郷だった。
「そうなのねー。六大魔王なんかと戦う事ができるのは、本来超上級神である指導者クラスだけなのねー。私達では話になりませんよ」
「でも……アシュタロスは何を企んでいるのかしら?」
ヒャクメが実に素直な意見を述べるが、美神は何となく釈然としない表情で呟く。
「まあ、怨霊道真ぐらいなら俺だけでも勝てるから安心してくれ。ただ、アシュタロスの部下が道真だけとは限らないから油断はしないでほしい」
少し考えれば分かる事なのだが、ここにいる全員が横島に言われるまでその事に考えつかなかった。
やはりこの事態にかなり焦っているためだろう。
「来世の俺が言う事も尤もだな。魔族って言うのは、俺達が普段相手にしている怨霊や妖魔なんかよりかなり強いみたいだからな」
「悔しいが高島の言うとおりだ。我らでは力を合わせなければ太刀打できん」
「その場合、私も手を貸すわ。3人で対すれば何とかなると思うし……」
高島、西郷、美神が話している横でじっと考え込んでいたメフィストが、その時フッと顔を上げて横島に話しかけた。
「ねえ……私、ちょっと行ってきたいところがあるんだけど……。いいかしら?」
その言葉を聞いた瞬間、横島は平行未来の記憶にはないもののメフィストがアシュタロスのアジトに戻り、魂の結晶を奪おうとしているのだと察した。
成る程、この世界ではこうなったか、と思いつつも表情を変えずに返答する。
「一体どうする気だ?」
「確かにアンタの言うとおり道真一人を倒すだけじゃ、私達助からない……! 問題はその後―――逃げ切る方法を確保しないと……!」
横で聞いている高島が西郷に優越感に満ちた視線を送り、内心では自分の事を心配し、共に生きていこうとしてくれるメフィストにうれし涙を流している。
西郷はどことなく悔しそうだ。
「わかった。何か考えがあるなら任せる。十分気をつけて行ってくる事だ」
「道真やアシュタロスに見つからないように行ってくるのねー」
ある程度の事を知っている横島とヒャクメは、特に引き留めるでもなくメフィストを送り出す。
「ありがと。じゃあ高島殿、ちょっと行ってくるわ」
「おお、本当に気をつけろよメフィスト!」
高島にそう告げると、メフィストは彼の声に送られながら転移によって姿を消した。
「さて、メフィストが何をするつもりかは知らないが、少し援護してやるか……」
見送った横島がそう呟いて立ち上がり、隠れ家を後にしようとする。
「ちょっと横島君? 何をするつもり?」
美神も立ち上がり、後を追いながら尋ねる。
「いや、俺が京の街中をブラリと歩き回れば、気が付いた連中は俺の方に眼を向けるだろうなと…。そうすればメフィストが見つかる確率も減るんじゃないかと思って」
「成る程……。横島君が神気を少しだけ出しながら動き回れば、連中も気が付くかもしれないわね」
編み笠を被ろうとしている横島はヒャクメに付いてくるのか、という意味を込めて視線を送る。
「私はここに残って道真や連中の動きを探ってみるのねー」
「そうか。アシュタロス程の魔王になれば巧妙に自分の気配を隠すだろうから、いくらヒャクメでも見つけ出すのは難しいと思うが頼むよ。何かあったら文珠を通して連絡をくれ」
「わかったのねー。道真はどうやら羅生門の辺りにいるみたいだけど……」
「了解。高島殿と西郷さんは美神さんとここに残ってくれ。何かあったらすぐに戻ってくる。アンタ達では道真に見つかるとまずいからね」
横島の言葉に、既に彼のデタラメな強さを知っている3人は素直に頷く。
そんな3人と1柱を残し、横島は平安京の街へと向かった。
オオオオォォオオオッ
暗黒の空間を飛翔するメフィスト。
何も存在しないように見える回廊の中を、何ら迷わず目的の場所目がけて突き進む。
「よかった……! 奴ら、まさか私がノコノコ異空間のアジトに戻ってくるとは思ってないみたいね。侵入コードはそのままだわ」
そう呟くメフィストの前方には小さな光が見えていた。
「ここにはアシュタロスが私達を使って集めた魂エネルギーが大量にあるはず……! そいつをこっそり盗めば―――」
そう言いながら足から光の中へと入るメフィスト。
光を抜けた先は……有機体とメカニズムが融合したような異様な風景の場所だった。
言わずとしれたアシュタロスのアジトである。
フワリと着地した彼女は、周囲に気を配りながら照明を抑えた室内を歩き始める。
「アシュタロスは今いみたいね……。いたらお終いだったわ……。ここで私は造られたんだけど―――」
そこまで言いかけたメフィストは、正面に巨大な何かの影を認め、口を噤み呆気にとられながらそれを見上げた。
ドクン……ドクン……ドクン……ドクン…………
巨大な、本当に巨大なカプセルのような物の中に巨大な魔族の身体が浮かんでいた。
だがそれは正常な姿ではなく、発生段階の途中を思わせるグロテスクな容貌をしている。
顔は頭骸骨が剥き出しであり、身体の胸から下の部分はボコボコとした醜い肉塊でしかない。
しかし心臓の鼓動らしき音が聞こえることから、既に生命に近い物を持っているのだろう。
「な……なに…これ…………!?」
あまりにも予想外の物を見てしまったメフィストは呆然としながら呟いた。
それは遙かな未来に“究極の魔体”と呼ばれるアシュタロスの最終究極兵鬼だった。
「生きてるの……!? その割には霊波動が感じられないけど―――」
「ハイ、どいてどいて―――」
しばしの観察を経て口を開いたメフィストだったが、あまりの事に他の事を全く気にする余裕がなかった彼女は、いきなりかけられた自分以外の声に心臓を鷲掴みにされたような恐怖と共に蒼白な顔で振り返る。
瞬間的に、自分が見つかれば消されてしまう場所に潜入しているのだと思い出したのだ。
だが今回に限り心配は杞憂だったようだ。
声の主は箱に入った荷物を運ぶ遮光器土偶のような変な奴だった……。
「ハイホーハイホー♪ あ、よっこらしょっと」
えらく呑気な口調でドンッとビールのケース大の荷物を床に置く。
まるでメフィストの事など眼中にないような態度だ。
「ンーンー♪ ンンン――♪」
鼻歌交じりで透明なシリンダー状の物体(箱の中身)を掴み上げる。
「な……何、あんたは?」
「ン? ちょっと待ってな、すぐ済むから」
最初の緊張感が完全に抜け落ち、呆れたような表情で尋ねるメフィスト。
どうやらコイツは自分が不良品として消されようとしている事を知らないと判断したためだ。
だが動く土偶は自分の作業を優先させると、目の前の巨大な物体を収めたカプセルの基部にあるハッチをバクンと開く。
カッ
すると内部からは眩いばかりの光が溢れる。
その光源はと言うと……少し大きな球体に小さい4個の球体が半分埋没したように融合している、10cmほどの大きさの物体。
「!! …これは……!?」
「ウム。君らが集めてきた魂を集約して造ったエネルギー結晶だ」
眼を見開いて物体を見詰めるメフィストが漏らした疑問に律儀に答える土偶。
そして物体が乗っている台座から突き出ている筒状の部分に、手に持っていたシリンダーを差し込んだ。
その途端、発する光が強くなり、液体中の巨大な体がビクッと僅かに震える。
「こーやって魂をくべて、コイツを育てるのが俺の仕事なわけだ」
「魂を養分にして育ってるのね……!?」
今の出来事を総合的に考えたメフィストの辿り着いた推論は、的を得たものだった。
「もう2,000年もこれを続けてるが、やっと60%の出来だな。完成まであと1,000年は掛かるだろう」
「ふーん……よくわかんないけど私達が集めた魂は、このデクノボーを造るために使われているのか……。エライさんの考える事はわけわかんないわね―――」
この究極の魔体の真の力と、アシュタロスのこの当時の野望を知らないメフィストにとって、目の前にある成長途上なデカブツは何とも訳の分からない物にしか見えなかった。
それでも多少は興味があるのか質問を続ける。
「ね、ここにある結晶、魂何人分のエネルギーでできてるの?」
「ま、ざっと2、3万人分かな」
「!…2、3万人……!? こんなに小さいのに!?」
土偶の答えに眼を見開く。
それならばこのエネルギー結晶の力はどれほどの物なのか?
「特別な方法で精製してあるからな。さ、それじゃお前が持ってきた魂を貰おうか……ぶっ!?」
ドグシャ!!
メフィストの驚きを無視して手をし出す土偶だったが、次の瞬間どこから持ち出したのか分からないが、メフィストによってでかい石灯籠を叩き付けられ沈黙する。
「悪いわね。私はもうクビになってんのよ。退職金を貰いに来ただけなの」
悪魔のような冷たい笑みを浮かべてそう言い放つと、そっと台座からエネルギー結晶を摘み上げる。
「これだけのエネルギーがあれば……何が相手でも怖いものなしよ」
そう言いながらエネルギー結晶を飲み込むメフィスト。
身体の奥底から魔力が湧き上がって来るのがわかる。
この人界で400マイト程の力しか使えない自分が、一時的かもしれないが今や8倍近い力を振るえると確信する。
しかし彼女は自分の創造主たるアシュタロスの本当の力を知らないし、そこまでの力を今の霊体で使い続ければ肉体共々崩壊してしまう危険性にも気が付いていない。
「高島殿……。二人で逃げ延びて……ずっと一緒に……!!」
まだ生まれて間もないとはいうものの、メフィストはその幼い心なりに高島との未来を夢見ていた。
「フフフ……つけてるな」
僧に変装し、笠を被った横島は自分の後ろを付いてくる微かな霊気を感じていた。
それが魔属性であることなど横島にはお見通しである。
隠れ家を出てから1時間程歩き回ったが、つい先程から尾行されているのだ。
『そろそろご対面といくかな』
そう思いながら大通りから路地に入り、次に角を曲がったところで軽々と跳躍して気配を断つ。
「あっ!? 消えた!! …………気配も霊気も感じられない……」
小走りで角を曲がり呆然と呟いたのは12歳ぐらいの男の子だった。
キョロキョロと辺りを見回しながら歩いている。
「お主、人間ではないな。小童(こわっぱ)、なぜつける?」
いきなり背後からかけられた声にビクッとするが、漸く役目を果たせると微笑む男の子。
くるっと振り向くと口を開く。
「よかった……。お兄ちゃん、道真様から伝言だよ。今夜丑の刻(午前2時頃)までに全員で老ノ坂まで来い! 決着をつけよう。来なければ都の人間を無差別に殺す!」
「ほう……、お主、使いか?」
既にこの子供の正体を見抜いている横島だが、惚けて尋ねてみる。
「うん。じゃあ、確かに伝えたからね!?」
そこまで言うと男の子はボフッという音と共に霊力を散らせ、木彫りのこけしへと戻って地面に倒れた。
「ふーん、道真も味な事を……。老ノ坂か……。場所はわからないけど、高島殿か西郷殿に案内して貰えばいいな。取り敢えず陽動としての役目は果たせたけど、メフィストの奴はうまく魂の結晶を手に入れたかな?」
こけしを拾い上げ、しげしげと眺めながらそう呟いた横島は、こけしを丁寧に地面に立てると美神達と合流すべく歩き始めた。
ザザザザッ……
木々の間を移動していく影……。
横島、美神、高島、西郷、ヒャクメである。
「ヒャクメ、道真指定の場所の敵戦力は?」
「えーと……道真の怨霊がいるだけに見えるけど――近くに下級魔族が2鬼隠れているのねー。どっちも400〜500マイトぐらいの魔力ですねー」
小声で話しながらも、極力音を立てないように小走りしている横島とヒャクメ。
美神も音に気を配りながら走っているが、西郷と高島の二人はその衣装から隠密行動は難しいようだ。
敵の戦力がわかったので横島は足を停めてみんなを見る。
「どうしたの横島君?」
美神も足を停めて尋ねる。
西郷や高島も同じように怪訝そうな表情だ。
「どうやら敵は道真の怨霊だけじゃなさそうです。下級だが魔族が2鬼一緒にいる。我々としてどう戦うかですが……」
「魔族って……メフィストと同じぐらいの奴か?」
横島の言葉を聞いてすかさず高島が尋ねる。
普通なら高島と西郷が力を合わせて漸く対抗できる、という相手なのだ。
「そうですねー。大体そのぐらいなのねー」
「メフィストがまだ帰ってきてないから手が足りないぞ?」
「隠れ家に書き置きを残してきた。それに文珠も……。俺が持っている文珠と反応し合うから我々の場所はわかる。もうすぐ駆け付けると思うが、そろそろ来ても良いはずだな……」
高島の懸念を受けて答える横島だが、その台詞を待っていたかのように低空飛行で現れるメフィスト。
「お待たせ! 高島殿!」
「おおっ! 無事に帰ってきたな、メフィスト!」
嬉しそうにガバッと抱き付く高島にボッと顔を赤らめるメフィスト。
急激に湧き上がった恥ずかしさに戸惑い、なぜか思わず手を上げて殴りつけようとした時、横島の冷静な声が聞こえ二人は離れる。
「えーと、感動の再会は取り敢えずその辺にしておいてもらえると助かるんですが…。じゃあ、全員揃ったところで作戦を決めましょうか」
目前に迫った戦いを考えると、この横島の意見に逆らえるはずもなく、一同は横島を中心にゾロゾロと集まる。
『あ…あた……あたし……なんでこんなにアガってるんだろう……』
しかしメフィストは自分の心の中に湧き上がった感情を理解できず、自分の取ろうとした行動に悩み始めていた……。
「ヒャクメが見た限りでは敵は3鬼。一番強力なのは道真の怨霊で、残りは大体メフィストと同じぐらいのレベルの魔族。俺が道真と戦いますから、高島殿と西郷さんは美神さんと一緒に隠れている魔族に対応してください。メフィストはもう1鬼の魔族を。ヒャクメはアシュタロスが来るかもしれないから周囲の監視を」
地面に棒切れで絵を描きながら作戦を説明し、役割を振っていく横島。
現場の状況はヒャクメが見た情報を元にしている。
「そうね、メフィストなら同じレベルの魔族を相手にしても1人で大丈夫よね。私達も3人で戦えば何とか下級魔族と互角以上に戦えるわ」
「横島殿……道真公の怨霊は強力だ。大丈夫か?」
西郷が心配そうに横島に尋ねる。
前世である高島と完全に別人として接しているのだ。
これは彼が、横島の実力を認めた上で高く評価しているため。
「多分大丈夫でしょう……。美神さんに聞いて貰えばわかりますけど、俺はもう少し厄介な魔族とも戦っていますから」
「横島君の言う通りよ。彼はこの我々の世界なら、下手な神族なんかよりずっと強いし頼りになるわ!」
何ら気負いもなく答える横島と、それを肯定する美神の言葉に、西郷も安心したようだ。
「ふーん、俺の来世って強いし、随分真面目なんだな。あんまり俺に似とらんなー」
だが高島としては横島の性格がどうしても自分と違うので違和感があるようだ。
「ははは………。俺にも色々ありましたからね。12〜13歳ぐらいまでの俺は結構あなたと似ていましたよ」
そんな高島に自分の過去を少しだけ披露する横島。
「へえ〜。横島君がねぇ……。今の姿を見てると信じられないわ…………」
自分やエミが好意を見せても、小竜姫という相手がいるために全く誘惑のしようがない横島なのだ。
そんな事を言いながらも、小竜姫より早く出会えていたら自分がその横にいたかもしれないと、ふと思ってしまう。
「メフィスト、さっきから黙っているがこの作戦でかまわないか?」
「えっ…!? あ、あぁ、それで構わないわ。私は2鬼いるうちの1鬼を相手にすればいいのね?」
「そうだけど……。ところでどこに行っていたんだ? それに何か手に入れたのか?」
心ここにあらず、といった感じのメフィストに話を振る横島。
その問いに、どこか慌てたように返事をするメフィストだったが、単独行動中の事を聞かれ答える。
「ちょっとアシュタロスのアジトに潜り込んで、奴が私達を使って集めた魂を使って造ったエネルギー結晶って奴をいただいてきたの。これでかなりパワーが上がるはずよ」
「おい、そんな事して無理矢理力を上げて大丈夫なのか、メフィスト?」
その答えに心配そうな表情で尋ねる高島。
その姿を見て、高島は本当にメフィストを大事にしているのだと改めて思う横島。
その姿は自分がルシオラを愛している姿と重なる。
「今のところ何ともないわ。だから多分、大丈夫」
「そうか……。まあ確かに行く前よりパワーアップしているのはわかるが、奪われたアシュタロスが黙っているかな……?」
メフィストの答えを聞いて安堵の表情を浮かべる高島だったが、横島は心を鬼にして歴史上の必須事項をメフィストが為した事を確認した。
その上でぼやかした警告を与えておく。
「そうね……。アシュタロスって奴が取り戻そうとするでしょうね……」
美神はそう言いながら何か引っ掛かるものを感じていた。
それは何か重要な事が閃いたのに、それを取り出せないもどかしさ。
「でも、とにかくここで勝たないと私達の未来はないわ!」
そう言い切るメフィストの言葉に、今はやむを得ないと考え頷く美神。
そしてかなりの事を知っている横島とヒャクメは、これから高島とメフィストに降りかかる出来事に心を痛めながらも、すでに決定している過去の出来事を伝える事はできなかった。
そう、美神が現世で魔族に命を狙われた以上、この事はすでに確定されている事なのだから……。
それは最高神や魔王にすら変える事はできないと知っているから……
それでも、万が一の可能性にかけて高島を護ろうと考えている横島だった。
「う…奪われただと……!?」
「シ…システムは凍結させたのでボディは無事です……!! 申し訳……」
道真と配下の2鬼に指令を出しアリバイ工作的に魔界に戻っていたアシュタロスは、異空間に設置した自らのアジトに戻って来たところで倒れている土偶を見つけ、エネルギー結晶が奪われている事に気が付いた。
強制的に土偶を目覚めさせ、何があったかの尋問の真っ最中だったのだ。
そしてメフィストが舞い戻りエネルギー結晶を奪い去った事を聞かされた。
「メフィストの奴……あれが何だか知っておるのか!? よりによって…おのれ…!!」
忌々しげに呟くと平伏する土偶から培養中の究極の魔体へと向き直る。
「私が全てを賭けて造っている究極の魔体…! 新たな魔王として君臨し、全ての世界を統一する――その鍵となるボディを造るためのエネルギーなのだぞ…!」
表情こそフードに隠れてよく見えないが、怒気を纏いながら振り返り指先を土偶へと向ける。
「ひ…お許し――」
ピッ!!
「ギャッ!!」
指先から発せられた魔力弾によって木っ端微塵にされる土偶。
アシュタロスはこの失敗を許さなかったのだ。
無能者を始末したアシュタロスはギリッと奥歯を噛み締める。
「メフィストめ……! 私から逃れるために力が欲しかったのか? だが……お前には何もわかっておらん! 力というものは既に強力な者にとってこそ、より重要な意味を持つのだ! 私は力を必要としている…! 強力であるからこそさらに多くの力を――!!」
そう言うと踵を返してアジトを出ていくアシュタロス。
何としてもエネルギー結晶を取り戻さねばならない。
自らの命運を賭けた野望のために……。
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