フェダーイン・横島
作:NK
第68話
ゴオ〜〜ン! ゴオ〜〜ン!
「今年も終わりですねぇ……」
「何か今年は私にとって良い年だったのねー。来年も是非この調子でいきたいのねー」
「やっと老師の修業を終えて、何とかパワーアップが年内に間に合ったな……。ところでジークは帰省したんでしたっけ?」
「はい、魔界でワルキューレさんに久しぶりに会うと言ってましたよ」
『おかげで人目を気にせず話せるわね。来年こそは私も身体を持つ存在になって、ヨコシマと本当に触れ合えますように……』
テレビから聞こえる除夜の鐘を、なぜか炬燵に入って聞きながらタレているのは妙神山に住んでいる面々だった。
さすがの横島の弟子達も一昨日から各々の帰る場所に帰省中なので、ここにいるのは横島、小竜姫、ヒャクメ、ルシオラの4人(?)である。
そう、身体が半分透けているがルシオラが炬燵に入り横島の方に頭をコテンと乗せている。
無論、反対側には小竜姫の頭が……。
『でも…さすがヨコシマね。まさか文珠で私の姿を半実体化させるなんて凄いわね』
「所詮は虚像だけど、俺の中のルシオラの魂を『投影』の文珠を核にして空間に映し出しているんだ。まあ映像とはいえ、物理的な影響を及ぼす事もできはするけどね。ちょうどおキヌちゃんが幽霊だったのに物を持てたりしたのと同じ状態だよ」
「でも……それを可能とする双文珠を作るに事ができるようになったのは、老師との修行で最大霊力がここまで上がったからって言うのがちょっと複雑な心境です」
小竜姫の言うように、横島もハイパー・モードで29,000マイトを超えるようになって初めて可能となった技である。
本当はもっと前に試したかったのだが、妙神山に雪之丞や九能市、ジークにシロまでいたのでできなかったのだ。
この年末、ばれてはまずい者が一人もいないため、ようやく実現したと言える。
「でも……久しぶりにルシオラの姿をこうして肉眼で見る事ができたよ。嬉しいな……」
『私もよ。例えこの姿が虚像だとしても、ヨコシマの眼に私の姿が映ってるんですもの』
「早く……早く本当にこうしてみんなで…………」
完全に3人の世界を作り上げている横島、ルシオラ、小竜姫。
「ちょっと……気持ちはわかるけど……私を無視しないでほしいのねー」
「あっ…、悪かったなヒャクメ。つい嬉しくってな……」
ヒャクメの抗議にバツの悪そうな表情で謝る横島。
「まあ……この世界では初めてルシオラさんの全身の姿を、心眼ではなく普通に見る事ができたんだから仕方がないですけどね……」
あまりにも素直に横島に謝られてしまい、ヒャクメの方がすまなそうに口籠もる。
だがそれは、彼女に注がれる二組の視線によるプレッシャーが、大きな影響を与えている事は間違いない。
『ひっ…! 小竜姫、そんなに睨まないで欲しいのねー。あぁ、ルシオラさんも冷たい眼で見ないでー!』
心の中でそう絶叫しているヒャクメをニコニコと暫く見詰め続ける二人だった。
『そう言えば……おキヌちゃんは結局どうなったんだっけ?』
「実家のお義父さんとお義母さんを説得して、新学期から六道女学院に転入するそうですよ」
「流石に良く知ってるな、ヒャクメ。また覗いたのか?」
「違うのねー! 昨日おキヌちゃんの家に行ったら教えてくれたのねー」
「あら、貴女また行ったんですか?」
ルシオラと小竜姫の怒りも解け、いつもと違いもの凄くゆったりと和やかな時間が過ぎていく妙神山。
人目を気にする必要もないので、ルシオラも遠慮無く会話に参加できるため、横島も嬉しかった。
「でも、何とか妙神山の霊力増幅器のパワーアップも完了したし、後は南武グループから霊破片培養技術がアシュタロスに渡らないようにする事と、月での事件さえ片付ければいよいよこの世界のルシオラ達と会うんだな。そしてアシュタロスとの戦いが始まる……」
『そうね……。いよいよ正念場ね。頑張ろうねヨコシマ』
「大丈夫です。みんなで力を合わせれば必ず道は開けます」
「私もお手伝いするのねー」
みんなの励ましに大きく頷く横島。
やるべき事はやっているため、それ程焦っている様子はない。
「ええ。アシュタロスの冥界チャンネル妨害に対抗するエネルギー補給用の文珠ネックレスも、ヒャクメの分は作ったし、ワルキューレとジーク用の魔力を蓄えた文珠ネックレスも完成しましたからね。後は……俺とルシオラで作っているアレができれば……」
『大丈夫、あと1週間もあれば完成よ。十分間に合うわ』
「ああ。アレがきっと今回の勝敗を左右する事になる。何としても完成させないとな。それと、この世界のルシオラ達用の霊体ゲノムウイルスのワクチンの方も急がないと」
『そうね。そっちは後2週間ぐらいかかるわ』
「何とか準備は間に合いましたね」
小竜姫の言葉に頷く一同。
その時テレビの画面が新年の訪れを告げた。
「おめでとうございます、小竜姫様、ルシオラ、ヒャクメ」
『おめでとう、ヨコシマ!』
「おめでとうございます横島さん。今年も宜しくお願いします」
「おめでとうなのねー。今年も宜しくなのねー」
こうして漸く横島が表舞台での活躍を開始した1年が終わり、最大の決戦を繰り広げる事となる新年を迎えたのだった。
「さて、初日の出を見ないとなぁ……。ルシオラ、夕日程じゃないかもしれないけど朝日もいいぞ。3人で必ず見ような!」
『もちろんよヨコシマ! ヨコシマと一緒なら私は何でも楽しいの♪』
「楽しみですね」
「うぅぅ…………私はお邪魔虫なんですかー?」
「ははは、冗談だよ、ヒャクメも一緒にな」
度重なる3人だけの会話にいじけてみせるヒャクメ。
だが即座に横島がフォローを入れる。
今年もヒャクメはからかわれる運命にあるようだ……。
「巫女服は着慣れているけど、何だか緊張するわ」
「大丈夫。普段と特に変わりないわ。こんな山奥の神社だから初詣のお客さんも少ないんだ」
妙神山で横島達がのんびりとした年末年始を過ごしている頃、おキヌは実家が神社であるため忙しさの中にいた。
東京行きは意外に呆気なく両親のOKが出たため、新学期からは美神の勧める六道女学院への転入があっという間に決まり、引越の準備と重なってしまったからだ。
勿論、これは美神が六道婦人(理事長)に頼んだからに他ならない。
『新学期が始まったら暫くは帰って来られないわ。だから今は頑張らないと!』
そう思ってキッと表情を引き締めるおキヌ。
余談だが、美人巫女姉妹の噂が流れ神社は思いの外初詣客で賑わったため、おキヌの忙しさは相当であった事を付け加えておく。
「ふう……年末年始なんていつも一人だったんだから、別にいつもと同じじゃない……」
高級マンションの自室にてふかふかの枕に顔を埋めつつ一人ごちる美神。
強がった台詞とは裏腹に、その表情は寂しそうと言うか拗ねていると言うか……。
「今頃、おキヌちゃんは実家の神社で忙しく働いているだろうし、シロは人狼の里に帰省中、西条さんもさすがに今日と明日は自分の家にいないとまずいわよね。そして横島君は……今頃小竜姫と二人でしっぽりとやってるんだろうなぁ…………。九能市は里に帰るって言っていたし、雪之丞も知り合いの所に久しぶりに行くって言ってたもんねぇ。あっ、でもヒャクメがいるから無理かしら?」
自分の周りの人々が今何をしているかを考え、それぞれが自分の家族というかプライベートで大事な存在がある事を思い知ってしまう。
こういう時、自分は一人ぼっちだ。
無論、実の父親は生きているし、会いにいけば迎え入れてくれるだろう。
だが美神にとって長年わだかまりというか隔意を持って接してきた父親に、この歳になって今更縋ることはしたくない。
というよりも、意地でもしないのが美神令子という人間の矜持だった。
「でも暇だわ……」
身体を仰向けにしてぼんやりと天井を見詰める。
見慣れた天井、しかしどこかいつもと違って見える天井。
その違いは自分の心情の差だとわかっている。
「ああ、止め止め! こんな事で悩むなんて私らしくないわ! 後4日もすればおキヌちゃんが東京に来るじゃない。そうよ、偶には一人でゆっくりしないとね!」
そう言って無理やり頭の中で考えていた内容を追い出す。
あの自分の前世に起きた事を知ってしまった美神も、西条を中心とする周囲の人々の尽力によって少しずつ心にポッカリとできた喪失感を、徐々にではあるが埋め始めていたのだ。
しかし、今年も相変わらず素直にはなれそうもない美神だった。
「えーと……人工幽霊一号さん…でしたっけ? これから宜しくお願いしますね」
『いえ、こちらこそ宜しくお願いします、おキヌさん』
三が日が明けた1月4日、おキヌは美神除霊事務所の一室に引っ越すべく上京していた。
荷物は今日の午後にも届くだろう。
元々それ程個人の荷物が無いため、時期の問題を除けば引越しは楽だった。
ぺこりとお辞儀をしながら挨拶をするおキヌに、やわらかく返事をする人工幽霊一号。
「おキヌちゃん、お疲れ様! 六道女学院への転入手続きはみんな終わっているわ。教科書とか必要なものも揃っているから」
「あ、またお世話になります美神さん。それと……ありがとうございました」
「いいのよ、アタシとおキヌちゃんの仲じゃない。それより何かあったらすぐに相談してね」
それに少し遅れて現れた美神は、以前と何ら変わりない態度で話し掛ける。
相変わらず手際が良いようで、おキヌが六道女学院に通う準備は完了していた。
「はい。後2年間そこで勉強して、自分が進む道をしっかり考えようと思います」
「そうね、焦る必要は無いわ。だからゆっくり考えるのよ」
その言葉に頷いたおキヌは、なぜか涙が零れ落ちる。
それは美神と再び一緒に過ごせる事や、いろいろと自分に良くしてくれる事等、様々な感情が入り混じり、おキヌが感極まったため。
そして美神の豊満な胸に飛込み抱きつく。
「ど、どうしたのよおキヌちゃん? 何かまずいこと言った?」
そんなおキヌの様子に慌てふためく美神。
「……いえ……そんな事ありません……。私……嬉しいんです……」
「そ、そう……。ならいいんだけど……」
さてどうしよう、という表情ながらおキヌの頭を優しく撫でる。
姉妹というものがおらず、母親がいなくなった中学生以降一人で生きてきたも同然だった美神には、おキヌの反応は大袈裟過ぎるように思えたのだ。
こうして美神とおキヌが絆を再度確かめている頃、妙神山では戻って来た雪之丞、九能市、シロ達も交えた修行の日々が再開されていた。
そして瞬く間に学生の冬休みも終わりを告げ、おキヌが六道女学院に初めて登校する日を迎えたのだった。
「……やっぱり美神さんに付いてきて貰えばよかったかなあ……」
六道婦人と12神将の銅像を眺めて呟くおキヌ。
何となく12神将には暴走しているイメージが強く残っている。
最も最近の記憶では、イームとヤームをボロボロにした天竜童子事件の時の姿……。
「霊能科ってどんなとこなんだろう? 不安になってきた」
何となくトボトボという擬音が似合いそうな雰囲気で一人校内に入るおキヌ。
蘇生して初めて高校に行ったときも緊張したが、その時には姉である早苗が一緒にいてくれた。
しかし今は一人である。
おキヌ、蘇生してからは何となく寂しがり屋となっていた。
「わあっ、どけバカ!!」
キキキッ! ドガッシャン!!
「えっ!?」
もう少しで入り口というところで、いきなり聞こえてきた大声と交通事故を思わせる大きな音に振り返るおキヌ。
彼女の視線の先には……六道婦人の銅像の台座に原チャリを突っ込ませ、大股開きで尻餅を付いている尖り髪を赤く染めた少女がいた。
「た…たいへ――― ん?」
すわ、交通事故か、と慌てたおキヌだったが、違和感を感じたため眼を凝らして校門の当たりを見詰める。
するとボウッと幼い少女の姿をした浮遊霊が立っており、尻餅を付いた少女を心配そうに見ている。
「……浮遊霊…?」
という事は、あの少女は浮遊霊を避けて事故を起こしたのだろうか?
「へーき、へーき。悪ィな、驚かせちまって。あたしは大丈夫だよ! ホラ」
そう言いながら笑ってみせる少女に、浮遊霊の幼女もニコッと笑みを浮かべて消えていった。
「…優しいんですね」
「え……」
自分の想像が当たっていた事を理解したおキヌは、未だ立ち上がっていない少女の後ろまで行き声を掛けた。
一連の出来事を見られたと悟った少女は、ボッと照れくささから顔を赤らめる。
「浮遊霊なら避けなくてもすり抜けちゃうのに……脅かしちゃ可哀想だからって自分が怪我までして……」
「……うるせーな。カンケーねーだろ!? 変なのに見つかっちまったな……! おめーも霊能科か? 見ないツラだけど――」
「私、氷室…おキヌっていいます。今日転向してきたんです」
話しながら校内を歩いているおキヌと尖り髪の少女だったが、そこでハッと何かに気が付いたように顔を上げるおキヌ。
「……医務室ってどこ?」
「知らねーなら他人の腕掴んでひっぱってんじゃないよ!」
これまでおキヌののんびりとしたペースに引き込まれていた少女は、ようやく抜け出す切っ掛けを得て掴まれた手を振り解く。
どうやらそんな体勢のまま今まで歩いていたようだ。
「職員室はこの先だからね。あばよ! 転校生!」
プイッと横を向きながらそう告げる少女に、何となく寂しそうな表情を見せるおキヌ。
少女はそこで初めて自分の傷が治りかけていることに気が付いた。
腕を掴んでいた転校生が自分にヒーリングを掛けてくれていたのだろう。
そしてチラッと見た転校生が寂しそうにしているのが見えてしまう。
元々突っ張ってはいるが人が良いこの少女の心に罪悪感が生まれてくる。
「――私は1年B組の一文字魔理。じゃあね」
最後に笑顔を見せてくれたことに、おキヌの顔がパッと明るくなる。
この辺、おキヌは素直で裏表があまり無いのだろう。
職員室で自分の担任の先生を紹介されたおキヌだったが、その先生が式神使いの鬼道政樹であり、冥子との式神勝負で有耶無耶のうちに負けてしまった過去がある事など知りはしない。
「ほな、みんな仲良うしたってや――」
えらくいい加減な挨拶でクラスに紹介されたおキヌは、眼を転じたクラスメイトの中に今朝会った一文字魔理の姿を見つける。
パッと表情を綻ばすおキヌ。
彼女の方もその事に気が付いたようだった。
そのため彼女はその後で鬼道が言ったことを聞き漏らすこととなる。
それがおキヌの学園生活を平穏ならぬものとしていくことを、彼女はまだ知らなかった。
鬼道は『じゃ、委員長後は宜しく』と言ったのだが……。
立ち上がったクラス委員の弓かおりが自己紹介しながら手を差し出したのを無視してしまったのだ。
おキヌには悪気などなかったのだが、これはやられた方が恥をかいてしまう。
弓かおりはプライドが高いため、これは結果的に失策だった。
ピシッと固まり、その姿を見て笑みをこぼしたクラスメイトをギロリと睨むとお仕置きの代わりに極小の霊波を飛ばし静電気のように弾けさせる。
「きゃっ…」
自らの行為に対して下された返答におののく少女と、その報復に怯える周囲の女の子達。
この辺り、弓という少女はクラスの権力者と言えるだろう。
結局この事が元で、おキヌは一文字を悪し様に言う弓と言いあいになってしまう。
知らないと言うことは強さである。
弓のことを知らないおキヌは堂々と正論で弓に渡り合い、一時的にだが彼女を退かせることに成功したのだった。
さらに、六道理事長と共に実技指導にやって来た美神令子が、おキヌの様子を見に顔を出したことで弓との対立は決定的になってしまった。
「気に入らない……!! すっごく気に入らないわ……!! あのコ達は私の下にいるべきなのに……! この世界――実力が全てだという事をわからせて差し上げなくてはね…!」
眉間に皺を寄せ、せっかくの美人が台無しの怒り顔で宣言する弓。
取り巻きの娘達ですら怖がって退いていた。
この事で弓とその取り巻き以外のクラスメイトとは仲良くなれたおキヌだったが、いきなり波乱に満ちた学校生活を送ることになるのである。
数日後……美神の事務所に横島と雪之丞が訪れた。
斉天大聖との修業で第3チャクラまで制御できるようになった美神だが、それは完全ではない。
既に霊能力の成長期が終わりつつある美神の場合、地道に長い時間が掛かるが修業を行うしかこれを克服する道はない。
やる気を見せる美神のために、こうして2週間に1回は未だに美神の元を訪れている横島だった。
「へえ……おキヌちゃんクラス代表になったの!? 転入早々凄いじゃない!」
「――でも私のはマグレだから……。弓さんと一文字さんも代表なんです。足引っ張っちゃう事になるかも……」
昼食を取りながらの歓談で、おキヌの学校生活の話を聞いている美神達。
おキヌの強い要望で横島と雪之丞もご相伴に預かっていた。
「クラス対抗……?」
『確か…………チームを組んでタッグマッチみたいな形で行う……GS試験の模試みたいな奴だっけ……?』
そう呟いて首を捻る横島。
平行未来の記憶は圧倒的にアシュタロス戦とその後の方が量も密度も多いため、事件に関係ないような内容はかなり忘却の彼方へと普段は押しやられている。
『何か……平行未来ではバカな事をやった記憶が微かに……。まあいい、今回は近寄らなけりゃいいんだ。最終決戦には関係ないしな』
あまり思い出したくないと言うか、今の自分にはもの凄く違和感を感じてしまう行動を朧気に思い出した横島は、そう結論付けた。
「なあ横島、クラス対抗ってやっぱり霊能バトルなのか?」
「霊能科っていうくらいだから、やっぱりそうなんじゃないか?」
バトルと聞いて興味を持ったらしい雪之丞の質問に曖昧に答える横島。
何しろ彼は知らないはずなのだから……。
「ええ、霊能科の年中行事なんですって」
「イメージとしては横島君達も去年受けたGS試験の団体戦みたいなものよ」
頷くおキヌに美神が補足する。
「そーかぁ……おキヌちゃんが出るのか……。冥子のお母さんに審査頼まれて迷ってたんだけど、こりゃ見に行かなけりゃね」
「来てくれるんですか!?」
美神の言葉に嬉しそうにするおキヌ。
「なあ、横島。俺と九能市も2月のGS試験を受けるんだよな?」
「ああ、もうお前達のレベルなら十分だからな。だけど、よっぽどの事がない限り第2チャクラ以上は廻すなよ」
「そうか……。フフフ、腕が鳴るぜ! 久々に横島や小竜姫以外の奴と思いっきり戦えるんだからな! クックックッ……」
何やら喜びを押し隠しながら笑う雪之丞。
なかなか不気味と言える。
「なあに横島君? 雪之丞と九能市の二人、次のGS試験を受けるの?」
「ええ、妙神山での修業も一段落したし、美神さんとこのバイトで普通の悪霊相手にセーブした除霊のやり方も覚えましたからね。そろそろ資格を取っても問題ないだろうって小竜姫様とも話したんですよ」
その返事に溜息を吐く美神。
「ど、どーしたんですか、美神さん?」
「いや……また試験で怪我人続出かと思ってね……」
そう言って下を向く美神に首を傾げる横島。
「なぜです? 今回はメドーサのように魔族が何か画策しているわけでもないし……。そんな恐れはないでしょう?」
「横島君……。雪之丞と九能市……つまり貴方の弟子達の実力ってわかってるの?」
「ええ、最近はジークにも訓練相手になって貰っていますから、下級魔族相手なら遅れは取らないですよ。雪之丞は600マイト、氷雅さんは320マイトまで霊力を増幅できますし」
何でもない事のように答える横島に、思わず頭痛がしてくる美神。
そんな霊力の受験者が出てきたら、とてもじゃないけど勝負になどならない。
というより、現役の一流GSで辛うじて互角に戦えるかどうか、だろう。
受験生レベルではどうしようもない。
これは早急に六道婦人と連絡を取らないといけないだろう。
「横島君……、いい加減貴方や雪之丞達は別格だとわかってくれないかしら……。私やエミも含め、念法をある程度マスターした者と普通の霊能者では差がありすぎるのよ……」
「はっはっはっ、大丈夫ですよ。雪之丞も氷雅さんも試合では第1チャクラしか廻させませんから。これならそんなに危なくなんて無いでしょう?」
問題ありませんよ、と言わんばかりに笑う横島だったが、雪之丞はチャクラを廻せるようになる前でも圧倒的に強かった。
九能市も体術面で既に普通に人間の限界と言われているレベルを凌駕している。
チャクラを廻さなければ、受験生と比較しても霊能力だけで見た場合、確かにかなり高いが常識の範囲内だろう。
しかし総合力は比較にならないほど高い。
「でも……普通の受験生では二人と差がありすぎないかしら?」
「いや、それはそうかもしれませんが、GS資格を取るには受けないと駄目でしょう、試験? それにタイガーだって第1チャクラの制御が完全になったし、霊的格闘法に関しては小竜姫様の口利きで『恐山』っていう昔の横綱力士の幽霊に教わってますから強くなりましたよ」
その言葉にエッと顔を引きつらせる美神。
まさかエミのところのタイガーがそこまで強くなっているとは思っても見なかったのだ。
「へえー、タイガーさんも随分頑張ったんですねー」
「ああ、アイツも強くなりたかったみたいだから、寸暇を惜しんで修行していたからね。だから試験で良いところまで行くと思うよ」
「あはははは……。今度の試験はまた、常識では量れない内容になりそうね……」
横島の爽やかな笑顔にニコニコと返事を返すおキヌ。
しかし美神は次回の試験を考えひきつった笑みを浮かべていた。
「いけない、話が逸れたな。おキヌちゃん、クラス代表に選ばれたんだってね。おめでとう」
「あ…ありがとうございます。でも……私、不安なんです……」
「大丈夫だよ。ヒャクメが教えた相手の霊力の流れを読むやり方と、小竜姫様が教えた霊力を効果的且つ集中して引き出すやり方さえ実際に使う事ができれば、大抵の相手になら遅れは取らないと思うよ。それにネクロマンサーの笛もあるしね。現に模擬霊的格闘の水中戦で式神の霊力の流れを読み、力の方向を変える事ができたんだろ?」
「そうね、おキヌちゃんに足りないのって戦闘経験と体術だものねぇ……」
「で、でも……、あれは無我夢中でやったんで、どうやったのか自分でも良く分からないんです…………」
横島はおキヌを励まそうとするのだが、おキヌ自身が自分に自信が持てないため俯いてしまう。
まあ、未だ自由に出来るほど習熟していないので仕方がないのだが、六道女学院は地道に反復練習をするようなのですぐに覚えるだろう。
そう考えている横島だが、直近のクラス対抗でのアドバイスをするかどうか少し考える。
「一つだけアドバイスを……。どんな攻撃でも霊力を使う以上、その流れを読んで方向をズラしてやるだけで捌く事ができる。勿論、相手との霊力差が大きい場合は難しいけど、同じぐらいの霊力の相手であればまずこのやり方で躱す事ができるよ。おキヌちゃんの場合、合気道でも練習すればいいかもしれないね」
横島の言葉に首を傾げるおキヌを見て、それでは食事が終わり一休みしたら実演してあげよう、という横島。
その言葉に美神も興味を抱く。
「さて、俺はチャクラを第1しか廻さないから、雪之丞は第2チャクラまで廻して魔装術を使った状態で組み手するぞ」
「わかった。でも本当にいいのか?」
「大丈夫だ。俺は第1チャクラしか廻さなくても170マイトの霊力をだせるからな」
「ちょ、ちょっと横島君! そんな事したら雪之丞の霊力は300マイト近いじゃない!」
「いいんですよ、それで。さあ、始めよう」
横島の合図で猛然と踏み込み拳を繰り出す雪之丞。
拳には霊力が集束されており、普通のGSなら一発でも当たればお終いだろう。
それを手に纏わせた霊力と手首の回転によって、片っ端からベクトルを変えて流してしまう横島。
「ふーん……。化勁ってのに似てる……。わかる、おキヌちゃん? 横島君は手に集めた霊力を使って、相手の霊力と反発させあっているのよ。そして物理的な力は回転を与える事でベクトルを変えてしまうのね」
「……すごい…ですね……」
5分ほど組み手を行っていた横島と雪之丞だが、雪之丞が繰り出した裂帛の正拳突きを横島が躱した後、潮時と考えたのかお互いに距離を取って一礼する。
「レベルをあげたな雪之丞。捌くのが大変だったぞ」
「何言ってやがる。そんなこと言っても危なげなく避けたくせに……」
そんな事を話しながら美神達の元に戻ってくる二人。
「相変わらず……凄いというか……非常識というか……」
「凄いですね……二人とも……」
美神は呆れ顔で、おキヌは尊敬の眼差しで出迎える。
「いや、俺だって雪之丞が拳を繰り出してから動いたら、あそこまで捌けはしないさ。あれは雪之丞の身体を流れる霊気の微妙な変化を見て、拳を繰り出す前に察知するからできるだけだよ」
「俺もそれができるように修行してるんだが、まだ横島みたいに実戦で使えるまではいってねーんだよ」
「何言ってるのよ……。そんなの普通はできないわよ!」
何でもない事のように言う二人に突っ込む美神だった。
「確かに今見せたような事をおキヌちゃんにやれとは言いません。でもヒャクメが教えたように、相手の霊力の流れを読む事が出来れば、対戦相手の攻撃のタイミングを察知する事が出来ます。それだけでも随分やられる確率は低くなると思いますよ」
「それはそうね。まあ、おキヌちゃんの場合は格闘のスキルが殆ど無いから難しいとは思うけど、確かに今の横島君の話は覚えて置いて損はないわよ」
横島の説明に頷きながらおキヌにそう言った美神は、受話器をあげるとどこかに電話をかけ始める。
暫く話していたが、やがて電話を保留にすると横島の方に向き直った。
「横島君、六道の叔母様が会いたいって……」
「何か……嫌な予感がしますね。まさか冥子さんがまた暴走して除霊にしくじったとか言うんじゃないでしょうね?」
「そういう事じゃないと思うわ。おそらく貴方の弟子二人の試験の事よ」
「そうですか……。まあいいですけど、いつなんです?」
「今日これからでも、明日でもいいそうよ」
「ふーん……。じゃあ今日ならこの後予定がないですから、面倒そうな事は終わらせるか」
他人事のように呟くと、横島は美神に返事をするように促す。
その横でおキヌが少しだけ心配そうな表情で様子を伺っている。
久しぶりに魔族絡みでないドタバタかな、と横島は考えていた。
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