フェダーイン・横島

作:NK

第69話




「おひさしぶりね〜。調子はどうかしら〜。」

「お久しぶりですね、六道さん。それで今日は何のご用です? ひょっとして前回渡した文珠がもうなくなったんですか?」

「あら〜、そんなことないわよ〜。最近は冥子も随分慣れてきたから、まだ2個程残っているわ〜」

 雪之丞には先に帰って貰い、美神と二人で六道屋敷へとやって来た横島。
 相変わらずニコニコと笑みを張り付けたような六道婦人と、こちらもやけに穏やかな表情の横島が対峙している。
 取り次いだ美神はそのやり取りになぜか引きつった表情を浮かべていた。

「横島君、前から訊きたかったんだけど……冥子のプッツン防止に単文珠を使っているわね。あれって1個幾らで供給しているの?」

「文珠ですか? 冥子ちゃん用のは普通の状態で創る奴ですから、六道さんの方が言った値段で渡していますよ」

「なあに〜? 令子ちゃんもほしいのかしら〜?」

 以前から気になっていた事を尋ねた美神に、何でもない事のように答える横島。
 すかさず六道婦人が口を挟む。

「いえ……精霊石ですら数千万円から億はするでしょう? だから文珠って幾らなのかなって」

「私は横島君に1個1億にしてもらっているのよ〜」

「へえ……。これまでにどれぐらい渡したの?」

「最初に渡した10個はあっという間に無くなりましたね。でもその後に渡した10個はまだ残っているみたいなんで、20個ですね」

「ええっ!? じゃあ六道家から20億円も貰ったの?」

「おかげで仕事はあまり無いけど、美衣さんに給料を出せますし、雪之丞や氷雅さんの生活の面倒も見る事ができてますよ」

 大金が手に入る羨ましさと、あまりに勿体ない文珠の使い方に力無く首を横に振る美神だった。

「令子ちゃんから聞いたんだけど〜、貴方のお弟子さんの雪之丞君と〜九能市さんが〜2月のGS試験にでるんですって〜?」

「ええ、俺から見ても小竜姫様から見ても、雪之丞と氷雅さんはもう十分な実力を持っていますからね」

 そんな美神を余所に、本来の話題に入る六道婦人。

「でも〜、伊達君は既に下級神魔族とほぼ互角だって聞いているわよ〜。それに九能市さんも普通の妖怪クラスなら単独で闘えるって聞いたし〜」

「そうですね……。魔族や妖怪は単純に霊力だけでは計れないところはありますけど、罠や不意打ちをかけられなければ大丈夫だと思いますよ」

 当たり前のように答える横島を、笑顔ながら困ったように見詰める六道婦人。

「ふう……。戦闘能力に関しては現役一流GSを凌ぐ二人を相手にしたら〜、普通の受験生とはハンデがありすぎるわ〜」

「そうかもしれませんけど、力があるのに資格が取れないっていうのは変でしょう?」

「それもそうねぇ〜。おばさん困っちゃうわ〜」

「大丈夫でしょう。二人には余程の相手でない限り第1チャクラまでしか回させないから、そんなに極端に強いって事にはならないと思いますよ」

「うーん……、それなら大丈夫かしら〜?」

 横島の言葉に考え込む六道理事長。
 だが前回の試験を思い返してみると、雪之丞は横島に師事する前でも相当強かったし、九能市も横島と対戦しなければ合格するだけの実力は十分あったと聞いている。
 現場で間近に見ていた美神の報告なので信憑性は高いだろう。
 まあ、横島のように人間の師匠がおらず神族の直弟子という変則的な形でない分、GS協会の理事会でも問題になる可能性は低い。
 しかし、今後横島に師事した者があまりにもレベルが違うとなると、他の有力者達が何か画策するかもしれない。

「叔母様……一般受験生とは別に、何らかの形で試験を行う事ってできないんですか? 前回も横島君の強さを受験生が恐れて、結局主席合格を全員が認めるという形で、いわば特別枠で合格させたじゃないですか」

「そう言えばメドーサと闘った後に試験の続きってなかったですね。でもあれって、メドーサが乱入したんでやむを得ず特例にしたんじゃないですか?」

「横島君の言う通りなのよね〜。あの時は試験に乱入した魔族と対等に戦った上で〜、魔族化した選手を一撃で倒してしまったから審判を含めて協会役員も何も言わなかったのよ〜。だってあの時にその場にいた現役一流GSよりも明らかに強かったんですもの〜」

「そうか……何しろ横島君だもんねぇ……」

 美神が何を危惧しているかは理解できるし、二人が入る事で確実にその分落ちる受験生がいることも確かだ。
 しかし、システムとしてそれ以外の方法がないのでは仕方がない。
 横島としてはそう考えて割り切っている。
 考えた末に、美神や六道理事長も同じ結論に辿り着いたようで、大きな溜息を吐いた。

「じゃあ問題無いようですから、二人の申し込みしますね」

 横島の一言に頷くしかない二人だった。

「そうだわ〜。横島君、伊達君と九能市さんと一緒に、家の学校のクラス対抗戦を見学しない〜? そうすれば改めて普通の受験者のレベルがわかると思うのよ〜」

「あっ、それいいじゃない。ちょうどおキヌちゃんも出る事だし、横島君が来るとなれば彼女も喜ぶわよ」

「いっ…!? 俺が六道女学院のクラス対抗戦を?」

「ちょうどいいわ〜。令子ちゃんと横島君に特別審査員をやってもらいましょう〜。うちの生徒達にも勉強になるだろうし〜」

「……あまり気は進まないけどなぁ…………。でも、おキヌちゃんも出るんだっけ……」

 そう呟いて考え始める横島と、何か期待の籠もった眼で見詰める美神。
 美神としても、一人で特別審査員を努めるのは何となく嫌なのだ。
 チャンスとばかりに横島を引き込もうとする。

「いいじゃない横島君、貴方だって日頃雪之丞達を教えてるんだし」

「うーん……。まあ、おキヌちゃんも出る事だし仕方がないですね。でも俺は見ても口は出しませんよ。だって、その後も面倒を見る事はできないですから、無責任な事はしたくないですからね」

「それは残念ね〜」

 何かを期待している六道婦人を丁重に無視して、雪之丞と九能市に六道女学院に行く事をどう告げようかと考える。

「今週の金曜日ですか。美神さんは朝から行くんですか?」

「ええ、そのつもりよ」

「じゃあ俺達もそうしましょう。まあ見るだけですから気楽って言えば気楽なんですけどね」

 こうして横島は女の園に足を踏み入れる事となった。






「やれやれ……まさか六道女学院のクラス対抗戦を見る事になるとは思わなかったな……。氷雅さんはあまり文句をいわないと思うけど、雪之丞は変に楽しみにする分、途中でつまらないと言って怒るかもしれないな」

 東京出張所に戻ってきた横島は、そうするつもりは全く無かったのだが、留守番役の美衣に愚痴のようなものを零していた。
 いかに才能がありGSの卵とはいえ、今の雪之丞や九能市から見ればかなりレベルは低いだろう。
 美衣としても、そんな風に横島が自分に色々と話してくれる事に喜びを感じているので。穏やかな表情で話に聞き入っていた。

「でも、そこで普通のレベルを再確認すれば、試験のとき相手に大怪我をさせたりはしないと思いますよ。何しろ二人とも普段は横島さんや小竜姫さん、それにジークさんが相手ですからね。手加減するつもりでも感覚が戻らないかもしれません」

「まあ、それは言えるんだけどね。雪之丞も氷雅さんも、既に普通のGSの枠からはみ出しちゃっているからなぁ……」

「いいじゃないですか。偶にはそういう試合を見るのも面白いと思いますよ」

 六道婦人、美神、さらに美衣にまでそう言われてしまい、横島は渋々自分を納得させると美衣に幾つかの確認と指示を行い妙神山へのゲートを潜った。

「ただいま、小竜姫様」

「おかえりなさい、横島さん」

 殆ど新婚夫婦のような、喜色満面という表情で挨拶を交わして微笑みあう二人を、ゲンナリとした表情で眺めているヒャクメ、雪之丞、九能市。

「相変わらずだな、あの二人は…………」

「例え私達がいようが、全然関係ないみたいなのねー」

「ああ……小竜姫様が羨ましいですわ……」

 独り身にはキツイのだろう、というか毎日こんな様子を見ていたら誰だってそうかもしれない。
 バカップル一歩手前の横島と小竜姫だった。

「あー、雪之丞に氷雅さん……。次の金曜日に朝から出かける事になったから宜しくね」

「あん? どこに行くんだ?」

 席について一休みした横島が、観念したかのように話を切り出す。
 さほど関心を示していないためか、面倒くさそうに尋ねる雪之丞だった。
 魔族や妖魔との戦いに行く場合の横島とは明らかに雰囲気が違っていたからだ。

「えーと……六道女学院ってところだ。雪之丞は知っているだろ? おキヌちゃんが出るクラス対抗戦に招待されたんだ、六道理事長に……」

「あら、女子校に行くんですの?」

 雪之丞に答える横島の言葉を聞き、意外そうな表情で確認してくる九能市。
 しかし……女子校という単語にピキッと一瞬だけ表情を凍らせた小竜姫の事は誰も気が付いていなかった。
 九能市の問いに頷いて、どうして自分達が行く羽目になったのかを説明する横島。

「というわけで……どうやら六道さんも美神さんも、言い方は悪いけど普通の受験生相手に、二人が力を奮いすぎるんじゃないかって心配しているみたいなんだよ」

「それでおキヌちゃんが出るのを理由に、俺達に平均的な受験生のレベルを見せておこうっていうわけか」

「バカにしてますわ! 私だって雪之丞さんだって、去年GS試験を受けているんですのよ! 今回こそ雪辱を晴らそうと頑張って修行したっていうのに」

 明らかに怒っている雪之丞と九能市。
 やっぱりなあ、という表情の横島だった。

「では取り敢えず尋ねますが、普通の受験生が相手だとしたらどうやって戦いますか?」

 意外にもそこで口を挟んだのは小竜姫。
 その事をエッと言う表情で見守る横島。

「そりゃあ相手次第だけどな……。やっぱり魔装術発動させて、隙を突いて必殺の一撃を叩き込むか、連続集束霊波砲だな。前回横島にやられたようにこっちの霊力を吸収されないように相手を圧倒しないとなぁ……」

「そうですわね。相手を甘く見ると痛い目に会いますから、私もいきなり分身の術で相手を惑わせ背後からヒトキリマルでスパッと……」

 二人の回答を聞いて、美神達が何を心配していたのか漸く実感した横島。
 小竜姫は溜息を吐きながら口を開く。

「お二人の答えは、確かに実戦であれば何ら問題はありません。油断せず、慢心せぬよう己を戒めているのも立派です。でも、GS試験は真剣勝負とはいっても殺し合うわけではありません。第1チャクラしか廻さないとしても、念法を身に付けた貴方達と普通の霊能者では攻撃や防御に使う事の出来る霊波出力に大きな差があるのですよ」

 小竜姫の言葉にアッと驚く二人。
 いつも全力で戦っても勝てない相手とばかり修行していたので、自分達と念法を知らない霊能者達の差を忘れてしまっていたのだ。

「小竜姫様の言うとおりだな。雪之丞は魔装術を使わなくても普通の霊能者の3倍以上の霊力を攻撃に使える。氷雅さんも3倍まではいかないがそれに近い。だから、かなりソフトに戦わないと、相手はもの凄いダメージを受けちまうだろうな。とは言っても、普段の感覚が強いだろうから手加減は結構大変かも知れないぞ」

 横島の説明に頷いている二人。
 まあ、横島も忘れ去っていたのであまり強い事は言えないのだが……。

「おキヌさんが出るそのクラス対抗戦とやらを見る事は、意外に大事な事になるかもしれません。私も行きましょう」

 そう宣言する小竜姫にあれっという表情で視線を向ける横島。
 彼はなぜ小竜姫まで一緒に来ると言い出したのか理解できていなかった。

「でも……小竜姫様が見ても面白いとは思えませんけど……。それにいいんですか? 神族が事件でもないのに六道女学院みたいな所に姿を見せて」

「大丈夫です。香港の時のように私は角の姿になって横島さんのポケットに入れて貰いますから」

「はあ……、まあいいですけど」

 にこやかに答える小竜姫に、なおも首を傾げる横島。
 彼は小竜姫が実は嫉妬しているのだと気が付かない。
 横島を信じているとはいえ、小竜姫も恋する乙女。
 女子校という異性が大勢いる所に横島を一人で行かせたくないのだ。
 本当なら、普通の姿で堂々と腕でも組んで行きたいとさえ思っている(悪い虫が付かないように)。

『ヨコシマ……貴方鈍いわね。私がもし小竜姫さんと同じ立場だったら、やっぱり同じ事を言ったでしょうね』

『どういう事だルシオラ?』

『いくらヨコシマを信じていたって、女子校みたいな女の子がいっぱいいるところに自分の彼が行くとなると不安なのよ。だってヨコシマは格好良いから、必ず女の子が言い寄ってくるでしょうし……』

 自分に女子高生が言い寄ってくるかどうかは別にして(横島自身はそんな事無いだろうと考えている)、ルシオラに説明された横島は小竜姫が不安と嫉妬を感じていると理解した。
 自分は鈍いな、と心の中で苦笑いしながらルシオラの意識に礼を言う。

「では金曜日はお出かけですね。ヒャクメは留守番として、シロさんはどうしましょうか?」

「あまり大勢で押し掛けるのも悪いですが……。取り敢えず美神さんも行くので、連れて行きましょう」

 一緒に行くとなれば当初の不安も消し飛び、ひたすら楽しそうに見える小竜姫の問いに、こちらも穏やかに答える横島。
 そんな横島を見て、小竜姫は自分の心情を横島がわかってくれたのだと理解する。
 再び何者でも邪魔できないような空間を作り上げた二人。
 結局、ヒャクメ、ジーク以外の全員で出かける事になったのだった。






「今日はみなさん怪我しないように頑張ってくださいね〜〜」

 生徒達を前に壇上でマイクに向かって話す六道婦人(今日は理事長)。
 だが娘ほどではないがノホホンとした雰囲気は相変わらずである。

「それから――特別審査員を紹介します〜〜。GS長者番付1位の美神令子さん〜〜。時々、講師をお願いしているからみなさん、ご存じね〜〜」

「きゃ〜、お姉様〜〜♪」

 六道理事長の紹介に手を上げて応えた美神目がけて、女生徒達の黄色い声が湧き起こる。

「それから〜多分皆さんの中で知っている人は〜少ないと思うけど〜〜、オカルト関係者の間でも謎が多いとされ〜日本でただ一人の特SクラスGSの横島忠夫さん〜〜」

 今度は生徒達の間からオオッというどよめきのような物が湧き上がる。
 さすがに前回のGS試験での事は噂に聞いているものの、その姿を見るのが初めてだからだ。
 そんな女生徒達に苦笑しながらも、いつものように穏やかに一歩進み出る横島。

「横島さん……来てくれたんだ…………」

「なに、おキヌちゃんはあの人知っているの?」

「ええ……私、横島さんに助けて貰った事があるの……」

「ふーん……」

 美神が来てくれた事でうれしがっていたおキヌは、横島の姿を見てホウっと息を吐く。
 そんな姿は美神の姿にウットリとしている女生徒達と変わらない。
 一文字が尋ねた事への答えが聞こえた弓は、またしても顔を引きつらせていた。

『氷室さん……貴女、美神おねーさまの元で下宿しているだけでなく、あの若さで、私達より1歳上なだけなのに、既に伝説となりつつある横島さんとまで親しいですってぇ!』

 弓は心の中で、おキヌのあまりにも羨ましい状況に怒りを燃やしていた。

「あっ…! あの人は……」

「なに…? 理恵、あなた横島さんを知っているの?」

 中国風の帽子を被り、眼鏡を掛けた少女が横島を見て思わず声を上げた。
 そんな友人の態度から、横島を知っているのではないかと訪ねる黒衣のクラスメイト・秦野恵。
 この眼鏡の少女は神保理恵といい、元始風水盤事件の序章にて陽動作戦を行った魔族の手によって、不幸な体験をした少女である。

「う、うん。あの嫌な事件の時活躍して、私を助けるためにいろいろとしてくれた人の中で中心にいた人物が、横島さんだったと聞かされたから……」

「へえ……魔族相手に互角に戦うっていう噂だからそうかもね。でも世間って狭いわね」

「あの人が横島さんか……。格好良いな」

 もう一人、おキヌと同じような眼差しを送っている理恵であった。

「そして〜横島さんのお弟子さんで〜今度のGS試験を受ける事が決まっている伊達雪之丞さんと〜九能市氷雅さん〜〜。美神令子さんの所で働いている犬塚シロさん〜」

 最後に雪之丞、九能市、シロが紹介されるが、さすがに女生徒達ではこの3人の事までは知らず、横島の弟子である事で興味を持たれる程度だった。
 戦ってみれば、全然歯が立たないであろう事を理解しているのはおキヌただ一人であろう。

「それじゃ――各自得意な霊衣に着替えて学年別にリングに集合――。解散――」



 パサッ

 着慣れた巫女衣装に着替えたおキヌ。
 彼女の可憐な容姿によくマッチしている。

「おキヌちゃん、神道系なんだ。頑張ってね!」

「き…キンチョーするわ……!」

 クラスメイトの励ましに、真面目だった表情を崩して素の自分を見せるおキヌ。
 この辺が周囲の人に好かれる原因なのだろう。

「こちらも準備はよろしくてよ!」

 クラスメイトと話していたおキヌに声が掛けられる。
 弓と一文字の準備も出来たのだ。
 振り返るおキヌの眼に映ったのは……。

 頭巾を被り腕が露出している僧衣を着て数珠を首からかけ、手に短めの薙刀を持った僧兵を彷彿させる弓かおり。
 さらしを巻いた標準より大きめな胸を晒し、だぼだぼのズボンと暴走族の特攻服に似た服を羽織り角材を肩に乗せた一文字魔理。
 弓の方は霊衣と呼べる格好だったが、一文字の方はどう見ても喧嘩に行くヤンキーにしか見えなかった。

「なーに、その格好は……!? どこが霊衣なの!?」

「うるせーな、この方が気合いが入るんだよ!」

「二人ともカッコいい……!」

 即座に言い合いを始める弓と一文字。
 おキヌの格好いい発言に、ちょっと退いてしまうクラスメイトだった。

「――とにかく、マグレにしろ何にしろ、先生があなた方を私に次ぐ実力があると認めた以上、仕方ありません。行くわよ!!」

「フン…!」

「は、はいっ!」

 明らかに見下した態度でそう宣言する弓。
 それに反発し、忌々しそうな表情で応える一文字と、緊張した面持ちで応えるおキヌ。
 どうやら始めからチームワークというものはかなり危うい状況である。






 テニスコートに法円を描いた戦いの場へと姿を現した1年B組の3人。
 既に対戦相手のA組3人は反対側に立っていた。

「あら横島君、おキヌちゃんが来たみたいよ」

「ふーん、ああ、本当だ。2年と3年の試合はまだだから、先陣を切るみたいですね」

「何だ、3対3でやるのか? 俺としては1対1の無制限バトルの方が後々のためになると思うがな」

「霊的格闘というからには……GS試験の時と同じくあの結界魔法陣の中は、物理的攻撃が無効になるんですのね?」

「う――! 拙者も戦いたいでござる!」

 それぞれの性格がわかる台詞を吐く弟子達3人。

「ええ、6人タッグマッチで5秒フォール勝ちよ〜〜。時間は無制限一本勝負なの〜〜」

「成る程……。GS資格試験の2次試験模試という意味だけではなく、将来の実際の除霊シーンも視野に入れているってわけっスか。状況によってチームワークや戦術が必要となる場面が出てきますからね」

「そうなのよ〜〜。さすが横島君ね〜〜。でも最近の娘達はその辺があまりわかってないみたいなの〜〜」

 横島の言葉でこのクラス対抗戦の意味を理解した弟子達3人は、それまでとは異なった興味を持って生徒達の戦いを見ようと眼差しを強める。

「1年生の部第1試合! 1年A組対1年B組!!」

「「お願いします!」」

 お互いが紹介され、いよいよ戦いが開始される。

「クラス対抗とはいえ、ここでの成績は将来とても重要よ。私は勝ちます! くれぐれも足手纏いにならないでいただきたいわ!」

「誰に向かって言ってんだ、てめえ……!!」

 弓の言葉に怒りを露わにする一文字。
 1年B組代表は、既に横島が見抜いたクラス対抗戦の意味を理解していない事は明らかだった。

『こんな連中頼りになんかできないわ…! 私一人で勝ってみせる!』

 そんな弓の心情を見抜いたおキヌは、心配そうな表情で見詰める。
 自分はそれ程強くはない。
 でも、せっかく一緒に戦う仲間なのだから、もう少しお互いを信頼しなければいけないのではないだろうか?
 しかしおキヌ自身もどうしたらよいのかわからないのだ。

「おキヌちゃんがんばれ――っ!」

 おキヌが心を痛め、戦う前から何となく暗く沈みそうになっていた時、特別審査員席から美神の声援が聞こえてきた。
 いつの間にか緊張感で身体もガチガチだったおキヌだが、チラリと特別審査員席に眼を向け、美神や横島がいる事を確認するとなぜか心が落ち着き少しだけリラックスしてくる。
 胸に手をやり深呼吸を一つして自分に言い聞かせた。

『私だって小竜姫様やヒャクメ様に教えて貰ったんだから、後は全力をつくすのみ。でも……横島さんにいいとこみせたいな……』

 案外邪心を持っているおキヌだった。
 他の試合そっちのけで自分を応援する美神と違い、横島は今の自分の立場と他の生徒達への配慮から声援こそしなかったが、暖かい眼差しを送っていた。
 雪之丞、九能市、シロはどちらかというと好奇心の方が強いようだ。

「よーし、それじゃ行くでー! 始め!!」

 教師である鬼道がテニスの審判用の席に着き、試合開始を宣言する。
 記録係の生徒がストップウォッチを押し、ゴングを鳴らして試合は始まった。

「私が出るわ! いいこと、あなた方は――!?」

 弓が残る二人にそう言いつつ振り向いたとき、既に一文字は飛び出していた。

「先鋒行かせてもらうぜ!!」

「――あっ!! お待ちなさいっ!!」

 おキヌは場の展開に付いていけず、キョトンとした表情で視線を彷徨わせていた。



「おキヌちゃん達のチーム、あまり仲間同士の連携というか意志疎通ができていないようですね……」

 その様子を見ていた横島がポツリと呟く。

「あの僧衣の娘と特攻服の娘が特に反発しあっているみたいですわ」

「へえ……そんなんで勝てんのか?」

 忍びとして相手の唇の動きを読んだ九能市の解説に、雪之丞が呆れたように呟く。

「横島君、冷静ね〜〜」

「まあ、この試合で失敗しても命を落とすワケじゃありませんからね。負けたら負けたでいい勉強になるでしょうし……」

 相手側、1年A組の先鋒は妙な仮面を被り、特撮ヒーロー物の戦闘員のような全身にピッタリとフィットした服装の娘だった。

「おキヌちゃんのチームは…一文字魔理。相手の娘は……鈴木美緒。あの妙な仮面が彼女の武器か」

 真っ正面から突っ込んでくる一文字に一瞬驚いた鈴木だったが、即座に迎え撃つべく能力を開放する。

「ファントムの仮面(ペルソナ)! 力を―――!」

 その声と共に仮面が光り、鈴木の身体から霊力が溢れ出る。
 一文字の霊力を込めた角材の一撃を苦もなく右手で受け止める。

「へえ…仮面が光ったら霊力がアップしたな……。あの仮面の力か、横島?」

「おそらくな…。あの仮面は一時的に人間の霊力を引き出すんだろう。霊力を水に例えれば、溜まった水を普通はコップで汲み上げるところを、バケツで汲み上げるみたいなもんだな。あの一撃を素手で受け止めたのはなかなかだが、惜しむらくは体術が付いていって無いな……」

 横島の言ったように、初撃を防がれた一文字は即座に鈴木の側面に回り込み、反応が遅れた相手に今度は攻撃をクリーンヒットさせた。

「落ちなッ!!」

 ドムッ ドムッ ドムッ!

「うわッ……!!」

 悲鳴と共に後退する鈴木に、威力は弱いながらも霊波砲を連射し一気に結界まで相手を押しやる。

「とどめだ…!!」

 一気に勝負を決めようと、後を追う一文字。

「威力は弱すぎて話しになんねーけど、なかなか思い切った攻撃をするな。戦い慣れているみてーだが…………」

「ああ、自分の置かれている状況の認識が甘いな……ほら」

 自分と似たパターンで攻撃を掛ける一文字に興味を持ったのか、戦いを真剣に見ていた雪之丞が呟く。
 それに応える横島は、雪之丞が一文字の欠点を正確に見抜いている事に満足しつつも追従した。

「――!! バカ!! 相手が交代するわよ!!」

 攻撃を受け、押されながらも巧みに自軍のコーナーへと一文字を誘い入れた鈴木の行動を、横島達同様気が付いた弓が注意を発する。
 しかし勢いの付いた一文字は止まらなかった。
 ニヤリと笑いながら仮面少女の鈴木は、仲間の長髪で着物を着た久遠静江にタッチした。

「おバカさん…! 追いつめられたのはそっちの方よ!!」

 鈴木は自分より久遠の能力の方が、一文字相手には相性がよいと判断したのだ。
 躍り出た久遠は持っていた扇子を開き、それに霊力を込めると突っ込んできた一文字に向けて振り抜いた。

 ズパアァァン!!

「ぐあッ!?」

 振り抜かれた扇子から放たれた霊力の塊は、一撃で一文字を吹き飛ばした。
 法円中央から相手寄りにまで攻め込んだ一文字が、自軍のコーナー近くまで吹き飛ばされたことからもその一撃が強烈であった事がわかる。

「横島様、今の術は例の…?」

「ああ、美神さんと平安時代に行ったときに相手にした菅原道真の怨霊が使った技に似てはいる、だが道真の場合は集束度が段違いだった。殆どカミソリのように鋭い刃にまで霊力を練っていた。だから今彼女……久遠静江が放った霊力は衝撃波レベルだが、道真は切断波のレベルだったな」

「そうだったわね。確かにあの娘の術の完成形は道真のあの攻撃よね」

 話を聞いていた九能市の確認に応え、さらに解説を行う横島。
 自分も体験しているので納得した美神も頷いた。

「なんか凄い事をサラッと言うのね〜〜」

 六道理事長の言葉はある意味もっともだったろう。
 使っている生徒自身、自分の術を極めればどうなるのかわかっていないのだから……。

「この――!」

 盛大に吹っ飛ばされ、仰向けのまま背中でコートを削るかのような勢いで押し戻された一文字が何とか起きあがろうとしていると、ポンと後ろから肩を叩かれた。
 えっと思う間に自分の横を誰かが駆け抜ける。

「交代よ! おどきなさいっ!!」

「弓…!!」

 倒れた一文字に振り返る事もなく、コートに入った弓は久遠を迎え撃つ。
 弓は怒っていた。
 自分を無視して勝手に先鋒として突っ込んでいった一文字にも、そしてこんな程度の人間とチームを組んでいる自分の現状にも。
 だから普段の冷静さを失い、より劇的に(自分の強さを見せつける形で)勝負を決めるような行動に出てしまったのだ。

「その程度の術なんか――!!」

 ガッ!!

 久遠の全力で放った霊力波を右腕に霊力を集めて受け止める。

「な!? 素手で……!?」

 驚く久遠。
 まさか自分の全力の攻撃を素手で防がれるとは思っても見なかったのだ。

「私には通用しませんッ!!」

 そう高らかに宣言しながら、左手に持っていた薙刀に霊力を纏わせて突き出し、勢いに任せて一気に久遠を引き倒してフォールに入る。
 鬼道のファイブカウントが入り、ゴングと共にB組の勝利が宣言された。

「み…みんな、なんて強いの……? こんなの付いていけない……!」

 カウントが進む中、おキヌは眼前で繰り広げられた戦いのレベルに驚き、弱音を吐いてしまう。
 確かに直接的な戦闘力の乏しいおキヌから見たら、付いていけない内容だったかもしれない。
 しかし彼女は忘れていた。
 美神や横島がメドーサや勘九郎と戦う姿を自分も見ていたのだという事を……。
 見た目の派手さではなく、命を賭けた殺し合いを自分が見ていたのだと言う事を……。



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