フェダーイン・横島

作:NK

第73話




「そう、おキヌちゃんも頑張ったのねー」

「ああ、ネクロマンサーの笛を完全に使いこなしていた。ヒャクメとの修業の成果だな」

「弟子を取るなんて初めての経験でしたけどー、結構いいもんですねー。教えた人の成長を見るって」

「あら、ヒャクメも少しはわかってきたんですね」

 六道女学院から帰ってきた横島達によって、今日のクラス対抗戦でのおキヌの活躍を聞かされたヒャクメ。
 彼女は、霊破片培養技術の確立と心霊兵器製造を目論む南武グループの捜査を、得意の遠視を使って行っているためここしばらく妙神山から出ていない。
 好きな覗き見もせずに真面目に任務に取り組んでいるのだ。

「でもなぁ……。思ったよりみんな霊力が弱かったんで、ちょっとビックリしちまったぜ」

「ええ。攻撃や防御に限定すれば、皆さん40マイトも霊力を使えればいい方でしたものね。でも考えてみれば私だって、1年前なら同じレベルでしたわ」

「その通りです。ここでの修行によって、あなた方2人の攻撃や防御に使える霊力は桁違いに強力になりました。でも普通のGSの人達は大体あのぐらいなんです。だから、GS試験の時は他の受験生に合わせた霊力で戦ってくださいね」

 実に素直な感想を述べる雪之丞や九能市に、小竜姫が今回わざわざ六道女学院のクラス対抗戦を見せた理由を告げる。
 その言葉にコクリと頷く2人。

「ところでヒャクメ……例の件は変更無しか?」

「ええ、さっき見た限りでは明日の夜で変更無いみたいですねー」

「では横島さん……」

「西条さんにはすでに連絡を入れてあるから、オカルトGメンの方も動いている。なんとしても、アシュタロスにあの技術の完成データが渡るのを防がないと……。だけど、Gメンが正式に南武グループを強制捜査するのは、証拠がないからまだ無理だな」

 謎かけのような横島の問いに、表情を真面目に戻し答えるヒャクメ。
 その答えに応じて小竜姫も真剣な表情になる。
 あまり口を挟まず聞き役に徹していたジークも表情を改める。

「例の違法技術開発をやってる企業か? いよいよ捕り物か……」

「では、明日は私も忍び働きですわね」

「済まないな、2人を巻き込んじまって……」

 やはり真剣な表情の雪之丞、九能市に頭を下げる横島。
 彼としては、この2人を巻き込みたくなかったのだが、雪之丞や九能市のレベルを考えると重要な戦力なため、外す事は出来なかったのだ。

「いや、いいってことよ。強くなる代償と思えば安いぐらだ」

「それに、黙っていれば結局、最後は自分に降りかかってきますから」
 
 何でもない、といった口調の2人に横島もそれ以上は言葉を掛けない。

「横島さん、明日は私もお供します」

 話が一段落したところで、それまで黙っていたジークが口を開く。

「宜しく頼む。過激派の魔族と戦いになったら、ジークは下がってくれていいぞ」

「いえ、これは元々私の本来の任務とも絡みますから……。済みません、横島さんに負担をかけてしまって」

「まあ、本当ならこういう事は本職である神魔族の情報部に任せたいところだが、ヒャクメやジークにはお互いの立場があって動きにくいだろ? でも人間である俺が拾ってきた情報だし、いろいろと政治的な部分もあるから、後始末はジークに負担をかける事になると思う。悪いな」

 横島の事を心配していたというのに、逆に自分の事を気遣われてしまったジークはバツの悪そうな表情を見せた。
 ところで、なぜジークが南武グループの事を知っているのか?
 前々から内偵を進めていた横島達だったが、この世界でも南武グループの茂流田と須狩が人造魔族を使った心霊兵器の開発を進めている事を確認したため、年末になり帰省しようとしていたジークに横島とヒャクメが打ち明けたのだ。
 無論、小竜姫も同席していたが、ヒャクメが神界の調査官であるためにヒャクメが神族側のメインとなったのである。
 打ち明けられたジークは最初驚き、次いでなぜ自分にそんな重要な事を教えてくれるのか訝しんだ。
 だが横島は非常に明快にジークの問いに答えた。
 これは神界、魔界どちらの世界にも重要な情報だし、何より人界の技術開発自体は例え神魔最高指導者でも制限できない。
 しかし、その技術が反デタント過激派に利用されて、神界と魔界の新たな緊張関係発生の火種になる事は本意じゃない。…と。
 横島が神族も魔族も同じように認めていると改めて知らされたジークは、その言葉に頷くと必ず期待に添う形でこの事に対処すると告げ魔界へと帰省していった。
 そして年が明けて戻って来たジークは、魔界指導部が今回の事件で神族と共同作戦を行うと決めた事を横島と小竜姫に告げたのだ。

「わかりました。気が早いようですが、事件の後始末に関しては私が責任を持ってあたります。明日は宜しくお願いします」

 そう言って頭を下げたジークに少しだけ慌てる横島。
 しかし、堅い話が終わったと見るや、いきなりヒャクメが話題を変えて口を開いた。

「それより小竜姫、今日は横島さんの胸ポケットに入っていたみたいだったけど、どうだったのねー?」

「えっ……! そ、それは……」

「わざわざ付いて行ったんだから、きちんと試合を見ていたんでしょう?」

 何やらニヤニヤとしながら小竜姫を追い込むヒャクメ。
 実は妙神山からちょっとだけ横島達の様子を覗いていたのだ。
 従って小竜姫がどうだったか知っていて言っている。
 日頃の意趣返しかもしれない。

「どうしたの小竜姫?」

「うぅ……」

 珍しくしどろもどろになる小竜姫だったが、これには訳があった。
 彼女は角形態とはいえ、横島の胸に抱かれるあまりの心地よさに後半は夢の中へと旅立っていたのだ。
 だからおキヌや弓、さらには神保を相手にしていたときも静かだった。
 横島も最初は恐れていたのだが、小竜姫がスヤスヤと眠っているのに気が付いてからは、そんな安心しきった恋人の様子に微笑ましいものを感じていた。
 尤も、肝心の試合内容に関しては、横島の魂に融合している霊基構造コピーの意識とリンクする事で、まるで自分で見ていたかのように詳しく知っているのだが……。

「こらヒャクメ。あまりからかうと後で泣きを見るのはお前だぞ」

「うっ……! そ、それは嫌なのねー」

「ヒャクメ……後で覚えておきなさい……」

 恨めしそうな表情で呟く小竜姫に、冷や汗をかきながら逃走するヒャクメだった。
 しかし、この事で少し重くなっていた室内の雰囲気は、完全にいつものものへと戻っていた。

「さて、万事は明日だな。朝からオカルトGメンの事務所に待機って事になるから、今日は早く休むとするか」

 横島の一言でこの場は解散となった。



「ガルーダと……グーラーか……。今回はどうやって関わる事になるんだろうな……」

 自室でボンヤリと天井を眺めながら考え事をしていた横島は、自分でも意識せずにポツリと呟く。 

『グーラーさんって、食人鬼女だったっけ…? そう言えば未来ではあれからどうしたのかしら?』

「さあ……? でも今回も助けられるならそうしたいけどな」

 横島の独り言に反応したルシオラの意識が話しかけてきたので、横島もあまり記憶にない事を思い出そうとしたが無駄だった。

『まあ、ヨコシマは女性に優しいからね〜。今日だっておキヌさんを抱き締めてあげたし、弓さんや神保さんにも優しかったわよね?』

「ル、ルシオラ……。何だか言葉に刺がないか…?」

『あら、そんな事無いわよ。ヨコシマがそう思うって事は、何か心にやましい事がある証拠だわ』

『そうですよ、忠夫さん。今日は随分と優しかったですね』

「しょ…小竜姫まで……」

 いきなり今日の六道女学院での事を言い始めたルシオラの意識に、何となく浮気を咎められているような気分になってしまう横島。
 断じて浮気などしていないし、ルシオラの意識が本気で言っているのではない事もわかっているのだが、なぜか弱気だ。
 さらには小竜姫の意識まで、珍しく浮かび上がってからかってくる。

『フフフ……冗談よ。あそこでおキヌさんを突き離していたら、今頃折檻しているわ』

『本当ですね。ああいう状況で怒るほど私達は狭量ではありませんから』

 2人の意識の言葉に、情けは人のためならず、という諺を実感している横島だった。

「まあ、今回は仕方がなかったし、偶にはああいうのもいいけどな。でも…そうそう何度も行きたいとは思わんな。何より面倒だ」

 そんな横島の言葉にやれやれという感じで溜息を吐き、2人の意識は再び心の奥へと戻っていった。






「横島君、もう一度確認するが今夜なんだね?」

「ええ、ヒャクメの千里眼で見聞きした情報ですから間違いないですよ」

「ううむ……我々も表に出るべきなんだろうが、今の時点では証拠(法的に正式となる)がないから動けんか……」

「そうですね。オカルト犯罪防止法だと連中は霊能者でもないから該当しないし……、大量破壊兵器不拡散法令は国内法の整備が不十分なのと心霊兵器を規定していないし……」

 そう言って考え込む横島と、悔しそうな西条。
 何しろ南武重化学工業が世界に先駆けて開発した心霊兵器である。
 これまで存在しなかったものを直接取り締まる法律など存在しない。
 しかも彼等はそれを使ってテロを行おうとか、破壊活動を行おうなどと考えているわけでもない。
 単純に兵器と同じく商品を開発しているだけなのだ。

「やはり俺達が魔族との取引現場を邪魔して手にいれた証拠を神族経由で入手、って事にしないと駄目そうですね」

「済まない……。また君に負担をかけてしまうね……」

「いや、いいんですよ。連絡係にGSを使っていますけど、俺だって魔族と普段会っていますからそれだけでは何ら問題ないですしね。兵器の開発自体は他の企業だってやっていることで、違法でも何でもない。ただ、それを輸出しようとすれば話は別ですが……」

「法律を根拠に動く公務員なのが歯痒いよ。法律が状況を先読みして制定されるって事は滅多にないからね」

 自嘲するかのような西条に、慰めにもならないとわかりつつフォローを入れる横島だった。

「しかし横島君、君はどういった根拠を持って今回の取り引きを妨害するんだ?」

「ああ、ヒャクメとジークを通して神界と魔界の現体制トップへ極秘情報と言う事で、今回の霊破片培養技術の事と、それを反デタント派の過激派魔族が入手しようとしているらしい、ってチクったんです。おかげで共同作戦になりました。だから今回の事は、過激派魔族の共同取り締まりって事になってます」

「成る程、それならこっちの法律で取り締まれなくても、魔族だけなら対処出来るって訳だね」

「ええ、だから今夜の出動は、両界からの協力要請を受けたGSというか、オカルトGメンみたいな立場になりますね」

 横島の言葉に頷く西条。
 それを聞いて他のオカルトGメン隊員も納得したような表情になる。
 西条とて少し前から今回の事は聞かされていたし、どのような形で事態が進んでいるかも把握していた。
 だが他のオカG隊員達はそんな機密情報は知らない。
 この会話は、いきなり魔族の正規軍士官も今回の出動に参加するとなれば、内部に動揺や混乱が起きる事を懸念した西条と横島の芝居だったのだ。

「諸君、事の裏側は今聞いたとおりだ。我々は周囲の封鎖をするだけだが状況は深刻だ。頑張ってくれ」

 話を締めくくった西条の言葉に、オカG隊員達は解散して各々の準備のために姿を消す。

「問題は……情報を受け取りに来る魔族がどんなヤツか、ですね……」

「そうだな。手強い相手じゃない事を祈るよ」

 西条の言葉に苦笑する横島。
 アシュタロスも重要な情報を入手するために、それなりの実力を持った魔族を受け取り役として派遣してくるだろう。
 倒せればそれで良いが、もし逃げられたとしても南武グループからの資料は押収しなければならない。

「じゃあ俺は雪之丞達の所にいますから、何かあったら呼んでください。もう少ししたらヒャクメや小竜姫様、それにジークが来ると思いますんで」

 そう言って西条の部屋を辞す横島。
 真冬ではあるが、ガラス越しに感じられる太陽の光はなぜか暖かそうに感じられる。
 戦いが繰り広げられる今夜は、きっと寒いんだろうな……と場違いな事を考えてしまう西条だった。



「ちっ……風が身にしみるぜ。さっさと取り引きを終えて一杯やるとするか……」

 ごくごく標準的なレベルのGSである坂崎茂は忌々しそうに呟くと、約束の場所へと歩みを早めた。
 1月の深夜ともなると寒さは厳しく、周囲に人通りは殆ど無い。
 そんな寂しい街中を急ぎ足で歩いていく坂崎。
 やがて人気のない公園に着いた坂崎は、霊視を行って周囲をスキャンすると安心したように中へと入っていった。

『……ザザッ…目標はポイントP-6に入りました。……周囲には魔力反応無し』

「了解。各員は周囲の封鎖に務め、目標との接触は厳に禁ずる。以上!」

『A班了解!』

『B班了解!』

『C班了解!』

 件の公園から数百m離れたビルの屋上に陣取り、ノクトビジョンタイプの双眼鏡を片手に通信している人影。
 オカルトGメン日本支部責任者・西条であった。

「横島君、いよいよだな……」

 そう呟いた西条は、こんな場面でも見ている事しかできない自分に不甲斐なさを感じてしまう。

「西条さん、どうやら相手が来たみたいなのねー」

「ヒャクメ様、その事は…」

「勿論、念話で連絡済みですよー。横島さんに小竜姫、ジークさんに雪之丞さん、九能市さんも展開を終えているのねー」

 戦闘力が貧弱なヒャクメは、この現地司令部と言って差し支えない場所に西条とおり、全体の情勢を見極める役を担っていた。
 本人は一緒に行きたいと思っていたが、自分の戦闘力を良く知っているヒャクメは従わざるを得なかったのだ。

「でも……敵はかなり強力なのねー。横島さん、頑張って……」

 ヒャクメは西条にも聞こえないくらいの声でそう呟くと、ジッと戦いが始まる方向を凝視するのだった。



 ガサッ

「遅かったじゃねーか。全く魔族とこんな所で待ち合わせって言うのも、あまり気持ちの良いもんじゃねーな」

 相手がワザと音を立てた事など、坂崎にもわかっていた。
 しかし、この台詞は約束の時間を15分ほど遅れてきた相手に対する嫌みだ。
 ただでさえ寒い中、魔族を待っている自分を考えると、心まで寒くなるようで嫌だったのだ。

「遅くなって悪かったね。こっちも周囲に敵がいないか探ってたんでね」

「おや? 前のヤツと違うな……。それにお前は女か?」

「魔族のアタシの性別なんて関係ないと思うがね……。それより約束のデータを渡して……っ!」

 フードにマント姿という、怪しさ満点の相手が突然姿を現した事にも驚きを感じなかった坂崎だったが、相手の声音が明らかに若い女のものだった事には驚いた。
 しかし、素っ気ない相手の口調にそれもそうか、と考えた坂崎は手に持ったケースからCD-ROMの入った封筒を取り出す。
 それを相手の要求に従って渡そうとした瞬間、正面の魔族は口を閉ざしてあらぬ方向に鋭い視線を飛ばした。
 それに釣られて顔を動かした坂崎も、寸前には感知できなかった強力な霊圧を受けてギョッとする。

「バ……バカな! さっきまでは何の気配もしなかった筈なのに……」

「そうさね。別にアンタの落ち度って訳じゃないさ。アタシだって感知できなかったんだ。人間にわかるなんて思ってないさ」

 狼狽する坂崎に、小馬鹿にしたような口調で答えたマントの女はいきなり上空から放たれた霊波砲を躱して、大きく後ろへと跳躍する。
 坂崎も慌てて神通棍を取り出しながら回避行動を取ろうとしたが、いきなり間近に人の気配を感じたかと思ったら、腹部に鈍い衝撃を感じ意識を失ってしまった。

「ど…どういう…………」

 彼は一体何が起きたのかも、誰が自分の意識を刈り取ったのかも理解することなく倒れたのだった。

「申し訳ありませんが、このブツはいただいていきますわ」

 力が抜けていく坂崎の横から、声と共にいきなり2本の腕が空間より現れ、持っていた封筒とケースを奪い取り再び虚空へと消え去っていく。
 それは霊波迷彩服を着込み、横島の『遮蔽』の文珠で姿を隠蔽していた九能市であった。
 同じ事を雪之丞や横島でも出来るのだが、やはり本職である九能市はこの手の仕事に長けていた。
 動き出す直前に『遮蔽』の文珠を使ったとはいえ、それまで見事な穏行の法で藪の中に潜んでいたのだ。
 さらに姿を隠した雪之丞が坂崎のグッタリとした身体を担いで連れ去ろうとする。

「ちっ! それを奪われるワケにはいかないんだよっ!」

 マント姿の魔族は、坂崎が見えない何者かによって倒され、自分が貰うはずだったブツを奪われたと見た途端、巨大な魔力砲を放つ。
 それは集束などさせずに広範囲を破壊し尽くす一撃だ。
 自分でも相手の姿も気配も捉えられない以上、相手が逃げ出す前に一定以上の範囲を吹き飛ばすしかない。
 だが……

 バシュウウゥゥゥウ!!

「大事な証人を殺されるわけにはいかないんでね。悪いが退くか、死ぬか、選んで貰おう」

 魔族は驚きに眼を見張った。
 なぜなら、自分が放った魔力砲をいきなり現れた男が手に持った剣で斬り裂き吹き飛ばしたのだから……。
 しかし、相手の姿を確認すると驚きは消え失せ、即座に目の前で起きた事を当然の事だと判断する。

「フン! やはりお前が出てきたね、横島!! アシュ様の読みは当たってたって言う事だね」

「むっ…!? 俺を知っているのか? 何者?」

 一方、霊波砲を放った男……横島もまたマントで顔が覆われている魔族の一言で眼を細めた。
 明らかにこの相手は知識としてだけではなく、自分の事を知っていると、その口調から判断したのだ。

 ドウンッ!!

 相手の正体はわからないが、横島はこの敵は危険な存在と判断し、今の段階で最大出力の霊波砲を放つ。
 それは、先程魔族が放ったそれと遜色ない破壊力で相手に迫る。

 ズドオォォォオンッ!!

 激しい衝撃と爆煙が周囲を席巻する。
 だが横島は相手がきちんと自分の霊波砲を防ぎきった事を察知していた。

「大したモンだ……。ただの下級魔族ではないな?」

「ちいっ! 前に食らったのより出力が上がってるね!」

 横島の呟きに答えるかのように、煙が晴れたそこにいたのはマントを吹き飛ばされた一人の女魔族。
 薄紫色の長髪に整った容貌、そして抜群のスタイル(胸)。
 しかし相手を冷酷に見据える蛇眼。

「まさかな…………生きていたのか、メドーサ? しかも若返っているとはな……」

 驚愕を押し殺しながらも、努めて冷静さを保ちながら口を開く横島。
 しかも、横島が言ったようにメドーサの外見は、女子高校生といっても過言ではない程若返っていた。

「驚いたようだね。私が生きていた事がそんなにおかしいかい?」

「いや、魔族だから復活する事もあるだろうとは思っていたが、俺の技をまともに食らっても、こんなに早く復活するとは思わなかった。確かにお前の霊的中枢を破壊したと思ったんだがな」

 相手の正体がわかった横島は、既に抜いていた飛竜に最大限の霊力を込めていく。
 さらに、いつでもハイパー・モードへとチェンジできるように精神を集中させ始める。

「フン! 確かにアンタの一撃はアタシの霊的中枢を破壊してくれたよ。でも魔族はある程度の霊破片を集める事さえ出来れば、復活は可能なんだよ!」

「ああ、それは知っている。だが……あの時はお前自身ではそんな事、不可能だったはず。周囲に他の魔族もいなかったはずだし……?」

「どうやら魔族の事にも詳しいようだね。そうさ、アンタの言うとおりだよ。でもね、アタシを復活させてくれた方がいるのさ!」

 既にメドーサも二股矛を取り出し、話しながらもお互いが隙を見せずに睨み合う。

「そうか……アシュタロスの仕業か……。部下を使って俺がいなくなった後に、お前の霊破片を収集したんだな?」

「ご名答! でもさ……おかげでアタシは…………!」

 そこまで話したメドーサは、突然その瞳に怒りの色を湛えると自らの魔力を最大限まで引き上げた。
 メドーサの身体から溢れ出る魔力はかつてと異なり、メドーサを倒した頃の横島の最大増幅霊力程もある。
 その事に珍しく驚いた表情を見せる横島。

「横島さん! まさかメドーサが復活したんですか!? でもこの魔力は……?」

「横島さん、こいつは確か……」

 その時、横島の直近に小竜姫とジークがテレポートで姿を現す。
 彼女たちは、魔族側に伏兵や護衛がいた場合を考えて取引現場周辺に潜んでいたのだが、いきなり横島の方で巨大な魔力が吹き上がった事を感知してやって来たのだ。
 そして小竜姫は、敵の霊波動がかつて倒したはずのメドーサに酷似している事に気が付いていた。

「ええ、メドーサです。どうやらアシュタロスが霊破片を集めて復活させたようですが、多少いじくったみたいですね」

 こちらも既に神・魔・共鳴によって同程度の霊力へとなった横島が簡潔に答えた。
 その言葉にすかさずメドーサの魔力を精査するジーク。

「バカな! これでは……」

「そうさ! アタシの身体はアシュ様に調整を受けて、人界でも自分の持つ総魔力の半分を振るう事が出来るようになったのさ! アンタもパワーアップしたみたいだけど、前回のアタシとは違うって言う事を思い知らせて、借りを返させて貰うよ、横島!」

「しかし、お前の総魔力はせいぜい20,000マイトだ。それなのにこれ程の魔力を人界で振るえば……、アッという間に霊体も肉体も崩壊してしまうはず!?」

「みんな、散れ! こいつは強い。俺が相手をする!」

 ドンッ!!

 メドーサを分析したジークの言葉など無視するように、メドーサは左手を上げて強力な魔力砲を放つ。
 その出力は強大で、念法で増幅を行わない状態の小竜姫が人界で発揮できる霊波出力をも上回る霊圧を誇っていた。
 これでは小竜姫でも念法をフルに使って防御しないと危ないし、ジークでは消し飛ばされてしまうだろう。
 横島の言葉に瞬時に反応した二人は、何とか空中へと飛び上がって難を逃れる。

「発っ!!」

 そして1人その場に残った横島は、同出力の集束霊波砲を放って迎撃する。

 ズガッ!! ドドドドドドオオォォォォン!!

 2人の間で互いの霊波砲がぶつかりあい、強烈な閃光と爆音、そして衝撃波が生み出される。
 しかし霊波砲と魔力砲がぶつかり合った時には、既に横島もメドーサも空中へと居場所を移していた。
 小竜姫とジークは邪魔にならない場所まで移動し、戦いを見守る事しか出来なかった。

「どうやら魔力だけでなく、スピードや体術も強化されたみたいだな」

「若返って全盛期のアタシに戻っただけさ。でもこれでもやっとアンタと互角とはね……」

「俺に復讐するために強化してきたって事か。メドーサ!? 大した執念だな」

「うるさいっ! お前なんかにアタシの何がわかるっていうのさ!!」

 横島は飛竜を、メドーサは二股矛を、素早く繰り出して相手を斬り伏せようとするが、お互いが凄腕のため激しい攻防となった。

 キンッ! ガキッ! ギンッ!!

 剣術の腕前は横島の方がやや上なのだが、メドーサは自分の武器の長所をよく理解しているため、離れた位置から残像が幾つも見えるぐらいの突きを繰り出す。
 横島はそれを迎撃しながら、メドーサの懐に入る隙をうかがう。
 お互いに一度戦っているため、相手の太刀筋をある程度知っているから無茶な大技を出す事はない。
 したがって、今度の戦いは容易に決着はつかないのだ。

「人界だっていうのに大した魔力だよ、メドーサ。でも念法を修めた俺と違って、そんなに魔力を全開にしたらすぐにエネルギーを使い果たしちまうんじゃないか?」

 5分近く斬り結んでいた2人は、刃を打ち合わせた後に初めて距離を取り、漸く戦いに間が生まれる。
 少し肩で息をしているメドーサと、殆ど息を乱していない横島。
 その姿はかつての戦いを思い起こさせるものだった。

「お生憎だね、アタシはパワーアップと引き替えに寿命を削っているのさ! そのおかげで簡単に魔力が切れたりはしないんだよ」

 その言葉を聞いて横島は一つの考えが閃いた。
 同時にルシオラの意識も同じ答えに辿り着いたと見えて、横島に意識を伝えてきた。

『ヨコシマ……。メドーサは多分、私達姉妹のプロトタイプにされたんじゃ……』

『ああ、俺も同じ事を考えたよ、ルシオラ。ちょうどヤツの総魔力は、リミッターがかかっていた平行未来のルシオラ達と同じぐらいだしな』

『おそらく、どのぐらいまでリミッターを解除しても大丈夫なのか、という事のテストなのでしょう……』

 小竜姫の意識も、嘗てのライバルというか好敵手に施された調整の実態を悟り、少し暗い声で呟いた。

「どうしたんだい? まさかアタシを哀れんでるんじゃないだろうね?」

「そんな事はないさ。だが……例え命を削ってパワーアップしたとしても、今の俺には勝てないぞ。俺もあれから修行を重ね、お前と戦った時に比べ遙かにパワーアップしているからな。それに俺はまだ死ぬわけにはいかない」

「フン! 人間の身体でそれ以上の霊力を出せるっていうのかい!? 今でさえ肉体と霊体のバランスが崩壊しないのが不思議なくらいだって言うのに……」

「まあな。冥土の土産に見せてやるよ」

 メドーサが自らの体力を回復させるための時間稼ぎに敢えて乗った横島は、意識を集中してさらに増幅度を上げていく。
 横島の身体を包む金色のオーラが強くなり、手に持った飛竜が蛍の光のように燐光を発する。

「バ…バカな……! 今の私が発揮できる魔力よりも確実に大きいだと〜!? なぜだっ!? なぜお前はそんなに霊力を上げる事ができるんだ!?」

「これが念法の奥義だ、メドーサ! 行くぞ!」

 その言葉と共に一瞬で間合いを詰め、再び剣と矛を打ち合わせる2人。
 お互いがフェイントを織り交ぜ、相手が隙を作るまで黙々と耐えるという戦いが再開される。

 ガキッ! キンッ! バキッ!

 周囲にお互いの武器が上げる悲鳴のような音が響き渡る。
 再び再開された戦いが15分を過ぎる頃、忌々しげに口の端を吊り上げてメドーサが口を開いた。

「見事だ……。見事だよ横島! 今のアタシを相手にこうまで……」

「メドーサ、お前…後どのくらい生きられるんだ…?」

「そんな事を訊いてどうすのさ! 大丈夫、アンタを殺せればアタシはいつ死んだっていいんだよっ!」

 メドーサは自分の感情をコントロールしていたが、心の奥から湧き上がる冷たい怒りだけはどうにもできなかった。
 横島に敗れた後、再び意識を取り戻した時には既に自分の身体に改造が施されていた。
 しかし、状況を理解したメドーサは、アシュタロスの行為をかえって喜んだのだ。
 これであの横島に復讐ができると……。 
 しかし、自分の寿命を削りまくって果たしたパワーアップすら、横島の前では無意味な事だったと認めるわけになどいかない。
 それでは今の自分の存在意義が消え去ってしまう。
 メドーサは自らの崩壊すら構わずに、さらなるパワーアップを図ろうと魔力を絞り出す。
 最後にセットされていたリミッターを解除しようとしているのだ。

「今度こそ最後に笑うのはこのアタシだ! 死ね、横島!!」

 その言葉と共に、横島と同程度まで魔力出力を上げて超加速に入ったメドーサ。
 横島も意識加速によって同じ時間の流れへと飛び込む。

「食らえ! 奥義、蛇槍千手殺!!」

 横島がいるのが自分と同じ時間の流れである事を確認して、遂に前回魔力不足で出す事が出来なかった自らの最強の技を出す。
 メドーサがこれまで経てきた実戦で身に付けた、正に奥義と呼ぶ事の出来る技。
 先程までよりもさらに素早く、千とまではいかないが百近い穂先の残像が横島を襲う。
 横島の眼を持ってしても、この虚剣の中から本物の一撃を見分ける事は難しかったが、メドーサの奥義は実体のある突きではなかった。
 穂先の残像と共に、無数の霊力が凝集された手裏剣のようなものが放たれる。

「くっ…! これがメドーサの奥義か……。だがこれで決める!」

 その素早い槍術に、このまま受けに廻ったら防戦するのが精一杯となってしまう、と理解した横島は自らも奥義を繰り出す。

「食らえ! 妙神山念法奥義、蛍光十字裂斬!!」

 ズガアァァァアン!!

 加速された時間の中でお互いが繰り出した奥義がぶつかり合う。
 そして両方向から赤と紫の鮮血が舞い上がった……。



BACK/INDEX/NEXT

inserted by FC2 system