フェダーイン・横島

作:NK

第74話




 ビシッ! ドシュッ!! 
 カラン……

「うっ……さすがに防御しきれなかったか……」

『ヨコシマ! 左腕をやられたわ! そんなに深くはないけど、すぐに文珠で治療を……』

『駄目だ。今メドーサに隙を見せるわけにはいかない』

 左腕上腕部を斬り裂かれ、血を流しながら僅かに表情を歪めて呟く横島。
 メドーサの繰り出した奥義、蛇槍千手殺を防ぎきる事が出来ず、その矛先でザックリと斬り裂かれたのだ。
 ルシオラの意識が即座に浮かび上がって横島の傷をチェックし、治療する事を即すが、飛竜を放り出して手当をするわけにもいかない。
 まだメドーサと戦闘の最中なのだから……。

「ううっ……! ちくしょう……またしても…………」

 蒼白な顔で呻くように呟いたメドーサは、右腕の肘から先を斬り飛ばされ、矛の柄を握った前腕部が傍の紫色の血溜まりの中に落ちている。
 左手には途中から切断されて半分となった二股矛を握りしめ、尚も戦意を失わず眼は横島に注がれていた。

 メドーサの奥義とは、素早い二股矛の突きに合わせて、マシンガンのように魔力を凝集したパイルを速射する技である。
 お互いの奥義が炸裂した時、横島はメドーサの攻撃を身に纏った龍神族の甲冑に残った霊力を注ぎ込む事で防御したが、肩当てと籠手の間を狙った一撃だけは防御しきれなかったのだ。
 それ以外の攻撃は全て甲冑によって防いだ横島だったが、受けた傷は決して浅くはない。
 
 一方メドーサは、迫り来る十字型の2本の切断波に対し、垂直方向の斬撃は二股矛を引き戻して何とか捌いたものの、ほぼ同時に襲いかかった水平方向の斬撃によって矛の柄を切断され、咄嗟に身を躱そうとしたのだが間に合わずに肘から先を失ったのだった

 前回見ていない技だったために、完全には見切れず受けてしまった横島。
 そして自分を前回倒したのとは異なる奥義を受け、こちらも躱す事の出来なかったメドーサ。
 技の応酬としては互角だったと言える。
 だが、結果としてメドーサの方がダメージという点では遙かに大きかったのも事実であった。

「メドーサ、諦めて降伏しろ。そのままではいくら魔族でも失血死するぞ」

「……う、うるさい! アンタに降伏するくらいなら、相打ちを狙って死んだ方がマシさ!」

 自分の傷もそのまま放置しては置けないが、確実にメドーサの方が致命傷だと感じて投降を促す横島。
 その言葉を当然のようにメドーサは拒否する。

 ヒュン!

「もう諦めなさい、メドーサ。そのままでは死ぬだけですよ」

「そうだ、もう勝負はついた。お前は一度死んだのだから、今ならまだ罪は軽いぞ」

 決着は付いたと判断した小竜姫とジークが転移して姿を現し、横島の両側に武器を構えて陣取る。
 さしものメドーサもこの状況では逃げる事すらできないだろう。
 メドーサもプロである以上、既に自らの進退が窮まった事を理解していた。
 こうなったら、今はどんな事をしてでもこの場を逃げる事に全力を尽くさなければならない。

「ふん、そうかい? でもアタシにも切り札ぐらいあるんだよ!」

 その言葉に続きメドーサの口から紡がれる理解不能な呪文と共に、突然彼女の身体が輝き始める。

「自爆か……? いや、これは……強制送還の…」

「くっ…! 逃がすか!!」

 ドンドンッ!

 一瞬自爆かと思って身を退こうとした横島達であったが、即座にメドーサの身に起きた事と意図を察知した横島。
 その言葉の意味を理解したジークが、構えた拳銃の引き金を引く。
 横島や小竜姫が超加速に入るよりも速く目標を貫く筈だった精霊石弾は、その命中を確信したジークが見守る中、空しくメドーサの身体を擦り抜けた。

「……逃がしたか……。まさか強制送還魔法陣を使うとは……」

「ちっ! 相変わらず用意の良い事だ」

「流石はメドーサというところですか……」

 南武グループの使者を確保したために、取り敢えず最低限の目的は達成した横島達。
 しかし、メドーサの復活という驚くべき事実に、忌々しそうに口を開く。

「あっ! そんな事より横島さん、早く手当をしないと!」

「そうでした。お願いします小竜姫様」

 そう言って飛竜を地面に突き刺した横島は、右掌に文珠を創り出し『治癒』の文字を込めて小竜姫へと渡した。
 受け取ると即座に横島の傷口に押し当てる小竜姫。
 文珠が発動し、瞬く間に傷口が塞がったばかりか、傷痕さえ残らずに完治する。

「凄いですね……。横島さんの文珠の威力は」

「でも失った血までは完全に回復しないからな。今回はさすがに少し休まないと……」

 平気そうにはしているが、横島の受けたダメージも小さくはないのだ。

「南武グループの使者と持っていた資料の分析は、ヒャクメや西条さんに任せましょう。さあ、横島さんは一刻も早く妙神山へ」

『そうよ。こっちの事は雪之丞さんや九能市さんもいるから大丈夫よ』

 横島を心配する2人の声に(ルシオラの声はジークには聞こえていないが)頷くと、横島は西条に報告だけはして妙神山に戻ると告げ、小竜姫に抱きかかえられるように転移する。
 これ以上の消耗を抑えるために、小竜姫が横島の霊力使用を許さなかったからだ。
 こうして南武グループの研究成果は、横島達の活躍で何とかアシュタロス陣営への流出をくい止める事が出来たのだった。




「横島さん!」

「横島君、大丈夫か!?」

 ヒャクメや西条のいるビルの屋上に姿を現した小竜姫と横島。
 ヒャクメの千里眼で事態を把握していた2人は、横島の元へ心配そうな表情で駆け寄る。

「幸い、命には別状ないですけど……さすがに少し休まないといけませんね」

「西条さん、ヒャクメ。横島さんを妙神山に連れて帰ります。後の事はお願いして構いませんか?」

 心配かけまいと笑顔を作ろうとする横島だったが、そんな事でヒャクメの眼は誤魔化せない。
 それがわかっている小竜姫も、素直に後の事を2人に託す。

「わかったのねー。私は連中がメドーサに渡すつもりだった資料を分析すればいいんでしょ?」

「あのGSの尋問は、我々オカルトGメンが極秘で行うよ。取り敢えず休みたまえ、横島君」

「完全武装の雪之丞と氷雅さんも置いていきますから、俺がいなくてもメドーサが来ない限り大丈夫です」

 後の事を委ねた横島は、漸くホッとしたような表情になって転移のために文珠を出そうとした。

「駄目ですよ、横島さん。さあ、私に掴まってください」

 しかし小竜姫がそれを見逃すはずもなく、即座に止められ自分に抱き付くように言われてしまう。

「もう大丈夫ですよ、小竜姫様」

「いいえ駄目です。横島さんが掴まってくれないなら……」

 そう言いながら自分の腕を横島の身体に廻し、しっかりと抱き締めてしまう小竜姫。
 西条の前と言う事もあり、顔を赤らめた横島が何か言うよりも早く小竜姫は瞬間転移に入ってしまう。

「小竜姫ったら……。随分やる事が大胆になってきたのねー」

「ヒャクメ様、横島君と小竜姫様はいつもあんな感じなんですか?」

「そうですねー。最近は小竜姫の方が積極的なのは確かなのねー」

 抱き合った姿のまま消えていった2人に、呆れたように呟くヒャクメだった。
 この時、横島達の頭に美神が茂流田や須狩によって実験台にされる事は考慮されていなかった。
 彼等の記憶では、美神が心霊兵器の性能テストに騙されて参加するまでにもう少し時間があるはずだったから……。
 しかし、時計の針はそれぞれの思惑を超えて進められてしまったのだった。




「こんな時間に一体何なの? 今は最終調整で忙しいっていうのに……」

「わかっているが緊急事態だ。今夜の取り引きを神族に嗅ぎつけられたらしい。しかも、坂崎がその連中に資料ごと掴まった」

「な、何ですって!?」

 薄暗い部屋で繰り広げられる会話。
 話の内容からおわかりのように、南武グループの心霊兵器開発プロジェクトの茂流田と須狩である。
 つい先程もたらされた情報によって、今夜の取り引きが失敗した事を聞かされた。
 しかもこちらの使者が証拠付きで掴まったとなれば、魔族との取り引きをしていた事が明らかになるのは時間の問題だろう。

「まずいわね……」

「ああ、我々の開発した兵器はどれもまだ未完成だ。一旦身を隠すにせよ、最終テストだけは行っておかないとな」

「そうね……。普通の傭兵を使ったテストでは上々の結果を見せてくれたけど、やはり一流のGS相手に戦わせてみないと……」

「そうだな……。よし、予定を繰り上げて明日、美神令子に接触しよう。邪魔をしてくれた敵についての情報は、残念ながら少ない。あらゆるデータはディスクに保存して、この施設のコンピューターから消去する作業も進めないといかん」

「ここにオカルトGメンが強制捜査に入る事も視野に入れておかないと……」

 そこまで会話すると、2人は黙々と作業を開始する。
 何よりも自分達の身の安全のために……。




 プルルルル……プルルルル……

「はい、横島除霊事務所でございます。あら、美神さん。お久しぶりです」

「美衣さん、横島君はいるかしら?」

「いえ、今日はまだこちらに来ていません。でも妙神山にはいるはずですから、連絡を取りましょうか?」

「悪いけど、お願いできるかしら? 出来ればシロと一緒に来てくれるとありがたいんだけど……」

「わかりました。横島さんに確認してみます。折り返しお電話すると言う事でよろしいですか?」

「ええ、それで構わないわ。じゃ、よろしくね」

 カチャ…

 受話器を置くと、美衣はケイに暫しの留守番を頼み、妙神山への亜空間ゲートへと向かう。
 どうやら久しぶりに大きな仕事の助っ人のようだ。
 何となく嬉しそうな表情で美衣はゲートを潜っていった。




「どうですか、横島さん? 身体が怠いとか、どこか痛いとかありませんか?」

「もう大丈夫ですよ、小竜姫様……。一晩寝たらすっかり回復しました」

『身体をスキャンしたけど、どこにも問題は無さそうよ。よかったわ』

 昨夜戻って来た横島は、身体を回復させるためにすぐに就寝した。
 小竜姫は横島が眠るまで一緒に傍にいて、先程様子を見に顔を出したのだ。
 ちょうど目覚めた横島に声をかけて体調を確認し、ルシオラの意識も太鼓判を押したのでホッとした雰囲気になる小竜姫。
 横島も、8時間ほど眠って起きたときには、完全に体調も元に戻っていたのが自分でもわかっていたので大きく頷く。
 しかしすぐに気になっていた事を尋ねる。

「ヒャクメや雪之丞から連絡はありませんでしたか?」

「先程ヒャクメから、ディスクのプロテクトを解除して中身を見る事ができたと連絡がありました。現在、オカルトGメンで内容を解析中です。雪之丞さんや九能市さんからは特に連絡はありません。おそらく南武グループもアシュタロス達も、具体的な動きには出ていないのでしょう」

 小竜姫の言葉にホッとしたように頷く横島。
 何しろ昨晩遭遇した、再生メドーサの魔力は尋常ではなかった。
 もしヤツが再び襲ってきたなら、雪之丞と九能市、ヒャクメがいても話になどならない。

「よかった……。メドーサにも相当の重傷を負わせたから大丈夫だろうとは思ってましたが、何もなくて安心しました。何しろ昨晩のメドーサが発揮した魔力は10,000マイトはありましたからね。どうやってあれ程の高出力を人間界で出せるのやら……」

『本当にね。おそらく昔の私達のように、リミッターを外した上で魔力を凝縮させたコアを内臓させ、さらに霊気の利用効率を大幅に向上させるチューンナップを施したのね。でも、あれはいくら何でも上げ過ぎよ。おそらくメドーサの寿命は……』

「ああ、昨夜もみんなで考えついたように、ルシオラ達の調整を行うためのプロトタイプなんだろうな」

「戦っている最中にも、既に霊体と肉体の崩壊が始まっていました……。おそらくメドーサの寿命は残り少ないはずです……」

 コンコン……

「ジークですが、美衣さんが来ました。開けても良いですか?」

 既に起きてはいたが、小竜姫やルシオラの意識と話をしていた横島。
 いつもならさっさと部屋から出てくるにもかかわらず、部屋に籠もっていると言う事は昨夜の事で具合が悪いのかもしれない、と考えたジーク。
 その辺の心情がノックにも現れていた。

「ああ、ちょっと昨日の事を小竜姫様と話していただけだから、構わないよ。体調は問題ないから」

 カチャ

 扉を開けたジークは、そこでしっかりと自分の足で立っている横島の姿を見て安堵した。

「よかった。昨日は心配しましたよ、横島さん。結構深い傷だったのに、一晩で体調を含めて完治してしまうとは」

「心配かけて済まない。だが、昨日の事は俺も驚いたよ」

 小竜姫と共に部屋を出た横島は、歩きながら昨晩の事をジークと話し合っている。
 
「ええ、私も驚きました。メドーサの総魔力はかつての半分以下なのに、人界で発揮できる魔力は数倍なんて異常ですよ。でも、そのためにいつ存在が崩壊してもおかしくなかったですけどね」

「やはりな……」

「今も横島さんと話していたんですよ。おそらくメドーサの命は長くはないと……」

「おそらく今度全力を出せば終わりでしょう。静かにしていても、せいぜい1ヶ月というところかと……」

 ジークの的確な分析結果を聞いて、自分達の感覚的に把握した事が正しかったとわかった。
 横島、小竜姫、ルシオラの意識が一様に溜息を吐く。

「メドーサのヤツ、せっかく生き返ったのに後1ヶ月程度しか生きられないのか。だから俺への復讐に拘っていたのかな?」

「おそらくそうだと思います。メドーサは執念深いところがありますから……」

「ヤツの今の生き甲斐は俺と闘う事なのか……」

 そんな事を話しているうちに、美衣の待つ部屋へと辿り着いた3人。
 横島が入っていくと、すぐに美衣が立ち上がる。

「すみません横島さん。お休みだったみたいですけど……」

「いや、いいんだ美衣さん。ところで何かあったの?」

「あっ! はい。実は美神さんから来て欲しいという電話がありました。どうやら仕事の助っ人を頼みたいような雰囲気でした」

「……美神さんが助っ人を頼む仕事? …………まさか!?」

「…? 何か心当たりでも?」

「いや、メドーサが生き返った事は話したよね? それ絡みかな、と思ってね……。でもそれなら少し早すぎるか…?」

 さすがに本来知っているはずのない、南武リゾートを騙った茂流田と須狩の依頼の事を話すわけにはいかず、言葉を濁しながらも上手く誤魔化す横島。
 美衣も昨夜、メドーサの事を聞いていたため、その言葉で納得した表情となる。

「今の美神さんの実力を考えると、余程厄介な相手か、大規模な仕事と考えられますね」

「相手は魔族かしら?」

 ジークの言葉にすっとぼけて口を挟む小竜姫もなかなか役者である。

「しかしこの時期に困ったな……。メドーサが強化されて復活した以上、南武グループの件から俺が離れるわけにはいかないし……」

「取り敢えず、シロさんを連れて話だけでも聞いてみたらどうですか? 何なら私も行きましょうか?」

「どのみち、資料の中身を確認しなければいけないので、隣のビルにあるオカルトGメンに行かなければいけませんしね」

「じゃあみんなで行くとするか。シロを呼んでこないとな」

 裏の事情を知らないジークがいるため、横島と小竜姫は上手く誘導して話をまとめる。
 この大事な事件の最中に、いきなり美神の仕事を手伝うのは違和感があるためだ。

「あっ! 今日はゆっくりでござるな、先生」

 シロの部屋へと向かおうとしていた一同は、朝の修練を終えて修業場から帰ってきたシロと出会った。
 横島自自身は気が付いていなかったが、今朝はいつもより大分遅く眼が覚めたのだった。

「ああ、昨日の夜にちょっといろいろあってな」

「へえ……拙者が寝てからでござるか?」

「少なくとも、お前が自室に戻ってからの事だよ」

「何だか拙者だけ仲間はずれにされているような……」

「ははは……今のシロは一応、美神さんのところの従業員だからな。あまり俺の仕事に付き合わせるわけにもいかないのさ」

 横島の言葉に頬を膨らませるシロだったが、自分の先生の言う事は理に適っているので強く反論もできない。
 妙神山に来てその程度の常識は身に付けたシロだった。

「拙者はそろそろ美神殿の事務所にでかけるのでござるが、先生達はどこかにお出かけでござるか?」

「ああ、西条さんのところに用があるんだよ。それにさっき美神さんから連絡があって、俺に何か用があるみたいなんだ。後から顔を出すって、美神さんに言っておいてくれるか?」

「心得たでござる!」

 いつもの道着ではなく余所行きの格好をしている横島、小竜姫、ジークに今更ながら気が付いて尋ねたシロだったが、後から美神のところに行くといった横島の言葉に途端に嬉しそうな表情になる。
 尻尾が上を向いてブンブン振られている事からも、それが心からのものだとわかってしまう。
 横島達が亜空間ゲートで東京出張所へと向かった後、妙神山には誰も残ってはいなかった。




「どうだったヒャクメ?」

「ばっちりなのねー。これでも調査官ですし」

「そうですか。お疲れさまでしたね、ヒャクメ」

「それでその内容は?」

 シロと直前に別れた一行は、雪之丞、九能市、ヒャクメがいるオカルトGメン日本支部へとやって来ていた。
 横島としては、ヒャクメの能力なら解析は問題ないと信じていたため、何でもない事のような口調で確認する。
 ヒャクメも自信を持って胸を叩きながら答える。

「では、私にも確認させてください」

 こちらも魔族上層部への報告義務があるジークが、内容の確認を申し出た。
 頷いたヒャクメは自分の鞄を開き、その内容を鞄内側に映し出す。

「君が言っていた事が裏付けられたよ。彼等は心霊兵器の開発と傭兵を使ってそのテストを行っていた事が、昨夜拘束した坂崎の証言から明らかになった。その上、持っていた資料を解析したところ、魔族から霊破片を入手して培養し、既に試作体を幾つか作るところまでいっているらしい。持っていたのは霊破片から培養魔族を作る技術の全てだったよ」

 一応、終わりまで黙って付き合っていた西条が重々しく口を開き、溜息を吐いている。
 今後の処置を考えて悩んでいるのだろう。

「ヒャクメ、ジークさん。この内容はすぐに両上層部に報告をするのですか?」

 小竜姫の問いかけに頷く2人。
 それはある意味当然だろう。
 横島としても平行未来でルシオラを助ける事が出来たのは、神魔族上層部がこの技術を手に入れていたためなので頷いてみせる。

「取り敢えずは、小竜姫様やヒャクメ、ジークは回答待ちって事かな?」

「はい、そうなりますね……」

 横島の問いに済まなそうに頷く小竜姫。
 その間にデータ内容を確認し、ディスクを受け取ったジークは魔界正規軍上層部と最高指導部へ報告を開始していた。
 無論、ヒャクメも同じ作業をしている。

「これで南武グループに対する証拠は何とかなったな。さて、どうします西条さん?」

「うーむ……。実験で人を死なせた事で礼状を取るのが一番かな? それとも…オカルト犯罪防止法の拡大解釈か…?」

 横島達が来る前の悩みに逆戻りしてしまう西条。
 何事にも法的な裏付けが必要なGメンであるため、仕方がないとは言えるのだが……。

「さて、報告は終わったのねー。小竜姫、それでメドーサの行方はわかったの?」

「いいえ、こっちが終わったらヒャクメに頼もうと思っていました」

 当面の作業を全て終えたヒャクメがやって来て、昨夜取り逃がしたメドーサの事を尋ねる。
 それは自分のやる仕事の確認のようなものだった。
 その期待に違わず、肯定してみせる小竜姫。

「こちらも終わりました。ところで横島さん、美神さんが用事があるとか言ってませんでしたか?」

「そうだったな。じゃあ俺はこれから美神さんの所に行くんで、返事が来たら教えてください。しかし、美神さんが俺に助っ人を依頼するとも思えないんだが……」

 そう言ってチラリと不安そうな表情を見せた横島は、オカルトGメンのオフィスを後にして隣に建つ人工幽霊壱号が宿る美神除霊事務所へと向かう。
 ものの1分もかからないうちにドアの前に立った横島は、人工幽霊壱号に声をかける。

「よお、元気だったか? 美神さんが用があるみたいなんで開けてくれるか?」

『はい、私は変わりありません。中でオーナーがお待ちですのでどうぞ』

 答えと共にドアが開き、横島は階段を上がって事務所として使っている部屋の扉をノックした。

「美神さん、横島ですけど入りますよ」

「どーぞ! 入ってきて」

「おじゃまします」

 ガチャリとドアを開けると、いきなりシロが凄い勢いで眼前に移動してくる。
 無論、横島は扉を開ける前に部屋の中の気配を探ったので、シロに対して反射的に攻撃を掛けるような事はない。

「せんせー! 遅いでござる!」

「ははは……、そうは言ってもこっちにもいろいろと用事があるからな」

 そう言ってシロの頭を軽く撫でてやると、横島はヒョイとシロの身体を脇にどけ、所長席に座る美神のの方へと眼を向ける。
 そこにはいつものように座る美神と、横に佇むおキヌの姿が……。

「こんにちは、横島さん」

「やあ、こんにちは、おキヌちゃん。クラス対抗戦では頑張ってたね。でも戦いより自分達のチームをまとめる方が大変だったんじゃない?」

「あははは……。それは言わないでください。でも、その節は色々とありがとうございました」

 横島の言葉にちょっと引きつった表情で応えるおキヌ。
 対抗戦当日の事だけではなく、ある程度わだかまりが解けた後でも色々と大変なのがわかる。
 優しいおキヌは、間に立って結構苦労しているのだろう。
 何しろ弓も一文字も素直ではないから……。

「それで美神さん、用件は何でしょう?」

「まあ座ってくれない。ちょっと……話し辛い点もあるから」

「構いませんが……」

 挨拶も終わり、いよいよ本題に入ろうかという横島に、はぐらかすように椅子を勧める美神。
 何となくきな臭いものを感じて目つきを鋭くする横島に、美神は視線を逸らして立ち上がる。
 来客用のソファに座った横島の横にはシロが素早く腰を下ろし、美神とおキヌは正面に位置を占める。

「伺いましょうか……」

「……実は…………急なというか、大きな除霊の依頼が入ったのよ。それで…そのサポートをお願いしたいと思って……」

「仕事の依頼……と言う事ですね?」

「ええ、それは間違いないわ」

「でも珍しいですね。今の美神さんなら普通の悪霊はおろか、かなりの妖怪を相手にしても一人で大丈夫なレベルの筈ですよ。シロもいる事ですしね」

 美神が横島に仕事の手伝いを頼んだ事で、一緒に仕事が出来るかもしれないと喜んだシロだったが、同時に自分がいるにもかかわらず外に助力を求めた事には不満を持っていた。
 そして、今回の仕事はそれ程強力な敵が相手なのだろうか、と思い至る。
 そう、敵はあのデミアンやベルゼブルのような魔族なのではなかろうか、と……。

「実は森の中に今では朽ち果てた旧華族の屋敷があってね。その廃屋を買った企業のリゾート開発部ってところから、その廃屋が霊的不良物件であることがわかって除霊の依頼が来たのよ」

「へえ……、かなり凶悪な幽霊屋敷なんですか?」

「そうみたいね。詳細は聞いていないけれど、報酬が3億っていうぐらいだからかなりのものじゃないかしら」

「え――っ! 3億ですか!?」

 そのあまりの金額におキヌが驚きの声を上げる。
 シロはお金の事が良く分からずに、おキヌの驚く姿を見て大変な金額なのだろうと納得していた。

「それでね、何が起きるかわからないんで……横島君に協力を依頼したかったの。貴方ならいざっていう時、飛竜を一閃させれば大抵の霊は吹き飛ばしちゃうから」

 一気に理由を説明した美神だったが、最後の方では再び視線を彷徨わせていた。
 そんな彼女を暫くジッと見詰めていた横島は、おもむろに口を開く。

「それで……何を隠しているんですか、美神さん? それと、依頼主を教えて貰えませんか? ちょっと気になる事があるんでね」

「うっ……! な、何を言っているのかわかんないわ」

「お惚けでしたら、俺としても受けるわけにはいきませんが……。場合によっては今俺が関わっている事に関係あるかもしれないしね」

 誤魔化そうと試みた美神だったが、横島の真剣な表情に諦めたようだ。
 渋々と口を開く。

「流石は横島君ね……。依頼主は南武グループ・リゾート開発部。依頼人は茂流田と須狩って言ったわ」

「…………」

 その言葉を聞いて、やはりと思う横島。
 彼の心配があたってしまったのだ。
 どうやら、昨夜の事で茂流田達は急いで実戦テストのデータを取って、姿を隠そうというのだろう。

「あ……あの……横島君?」

「よ、横島さん……。何か心配事でもあるんですか?」

 真剣な表情で考え込んだ横島の態度に、明らかに何か重大な裏があると悟った美神とおキヌ。
 死津喪比女の事件や元始風水盤の事件を思いだしているのだ。

「……美神さん、その依頼を受けてしまいましたか?」

「あっ…! え…ええ。もう契約を交わしたわ」

「……そうですか…………。もしかしたら、その仕事にネクロマンサーであるおキヌちゃんを連れて行こうと考えていませんか? そしておキヌちゃんの護衛役として俺に協力して貰おうと思っているとか…?」

「あはっ……あははは…………」

 美神の態度から、自分の考えがあたっていた事を理解した横島だったが、何ら嬉しくもない。
 大きな溜息を吐いて、再び重々しい気配を身に纏う横島。
 シロは師匠の様子から自分が考えても仕方がないと思ったのか、横島が再び口を開くのを待っている。

「仕方がないか……」

 そう小さく呟くと、横島は携帯電話を取り出してメモリに入っている番号を呼び出すと、どこかに連絡を始める。

「……はい、俺です。済みませんがすぐに美神さんのオフィスに来てくれますか? ええ、小竜姫様やヒャクメ、ジークも連れてきてください。……ああ、雪之丞達も」

 それだけ言うと通話を終え、静かに携帯をしまいながら顔を美神達へと戻した。

「美神さん……。また知らないうちに俺の仕事に関わっちゃいましたね」

「えっ!? ど、どういう事よ横島君!?」

「今、西条さんや小竜姫様が来ます。そしたら全部お話ししますよ」

 数分後、美神所霊事務所は大勢の面子であふれかえる事となった。



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