フェダーイン・横島

作:NK

第75話




「ええっ!? あの性悪蛇女が生き返ったっていうの!?」

 美神の絶叫に横島達ばかりでなく、家の魂でもある人工幽霊壱号まで頭の中でキーンと音が鳴り響く感触を受けてしまう。

「まあまあ令子ちゃん、少し落ち着いて」

「そうなのねー。まあ、でも予想外の事だから驚くのもわかりますけどー」

「でもっ! さらにパワーアップしてるんでしょう!?」

「メドーサ自身の総魔力自体は以前より低いんですけど、人界で振るえる魔力レベルは数倍になってますからパワーアップと言えるのでしょうね……」

「今のところ、まだ何とか倒せますから大丈夫だと思いますよ」

 何でもない事のように言う横島だが、おキヌはそう言う問題でもないような気がした。
 要するに、今回のクライアントは自分達に何らかの悪意を持って依頼をしてきたのだろう。
 南武グループの心霊兵器開発グループで重要な位置を占めると考えられる、茂流田と須狩の名前が依頼人として登場しているのだから……。

「今説明したように、今回の一件は神族側からもたらされた情報によって、神界、魔界、そして人界で秘密裏に捜査が進められていたんだ。いくら令子ちゃんでも、最初から関与していない民間人に情報を漏らすわけにはいかなかったんだよ」

「じゃあ横島君は…………そうね、貴方は神族からの依頼で動いたのよね……」

「そう言う事です。一応、GS協会理事長と会長には今回の件を話していますから、まあ俺も正規の仕事として受けた事になっています」

「はあ―――っ! まさかそんな事が起きていたなんて……」

 美神は大きな溜息を吐くとガックリと肩を落とす。
 3億円の儲け話が駄目になったのだから、美神の性格を考えれば仕方がないだろう。

「でも……事前にわかって良かったですよね、美神さん。そうじゃなければ、みすみす仕掛けられた罠に飛び込んじゃうところでしたし……」

「そうねー。さすがにおキヌちゃんをそんな所に連れて行く事はできないわ。今回は良い経験になるかな、と思って横島君に護衛を頼んで同行して貰おうと思ったんだけどねぇ」

 おキヌが美神を宥めるように口を開き、美神も諦めたような表情で同意する。
 しかし、ここで一人だけ不満そうな表情をしている者がいた。

「話はわかったでござるが、拙者だけ除け者にされていたのが悔しいでござる! せんせー、どうして拙者の事を連れて行ってくれなかったのですか?」

 訴えるような眼差しで横島に詰め寄るシロ。
 これほど大事な捜査に参加させて貰えなかった事が、自分を信用されていないようで悔しかった。

「済まなかったな、シロ。だがな、お前にはまだ捜査は無理だよ。考えても見ろ、お前は身体こそ超回復で成長したけど、精神や頭脳はまだ子供なんだぞ。捜査にはいろいろと人の裏をかいたり、駆け引きみたいな事をする必要だってある。お前の場合、もう少し人間の世界の事を勉強して知識を広げてからだ」

「う―――っ! わかったでござる……」

 横島の言葉に、渋々、本当に渋々頷いたシロは、俯いたままシュンとしてしまう。
 その姿は捨てられた子犬を連想させる。

「それで……これからどう対処するのですか、横島さん?」

「そうだぜ。連中がわざわざ誘いをかけてきたんだ。これを逆手にとって……」

「雪之丞さん。私達が依頼を受けたのならそれでも構いませんが、今回は美神さんに来た依頼ですのよ。美神さんやシロさんに囮になれと?」

「うっ……! そういうわけじゃねーけどよ……」

 小竜姫が発した問いかけに乗じて意見を言った雪之丞だったが、九能市に冷静に突っ込まれてしまい口籠もってしまう。
 こういう時の九能市の眼差しは怖い。
 普段からやや吊り目でキツイ印象を与えるが、それを細めて冷たい視線が加わるのだ。
 さすがの雪之丞も首を竦める。
 そんな姿は、周囲から見ている限りなかなかに微笑ましいのだが……。

「そうですね……。一つは雪之丞が言ったように、この機会を逆用して連中の研究施設に乗り込み、一気に証拠を握った上で叩き潰す。この場合、さすがにおキヌちゃんを一緒に行かせる訳にはいかないから、美神さんとシロ、そして俺が行く事になるのかな? だがこれは美神さんやシロの危険を考えるとリスクが大きい」

 その言葉に頷く一同。
 名前を挙げられた美神とシロがやや考え込むような態度をしているが、危険が大きい事は納得しているようだ。
 何しろ相手には強化復活したメドーサがいるかもしれないのだ。
 尤も、アシュタロス配下のメドーサが南武グループの研究施設にいる可能性はそれ程高くはないが……。
 1人、早々と除外されたおキヌは寂しそうに俯いている。

「二つ目は……これまでの証拠を基に強制捜査を行い、大規模な戦力で速やかに制圧する。俺や雪之丞、氷雅さん、小竜姫様にジーク、そしてヒャクメでチームを組めば、例えメドーサがいたとしてもそれ程被害を大きくすることなく、ミッションをクリアー出来るでしょう」

 そこまで言った横島は、その視線を西条の方に向ける。

「ただし、人界側の捜査責任者は西条さんですから、取り敢えずの決定権は西条さんにあります。どうします?」

 横島の言葉に、全員の眼が西条へと向けられる。
 その圧力に僅かに退いてしまうが、西条としてもオカルトGメン捜査責任者として決断する責任があった。
 まあ、横島や小竜姫は西条の選択が危険と判断すれば、より確実な方法に訴えるだろうが……。

「正直に言ってしまうと、坂崎の自供と押収した資料だけでは強制捜査をするには証拠として弱いんだ。純粋に捜査の効率という事から見たら、令子ちゃん達を囮として連絡を取れるようにし、潜入という形で決定的な証言なり証拠なりを掴む事が得策なんだが……」

 苦渋に満ちた表情で言葉を紡ぐ西条の心中を、横島は自分の経験でなく平行未来の自分から受け継いだ記憶によって理解していた。
 捜査のことだけを考えれば、横島も同じ事を考えるだろう。
 だが、それによって危険に晒される捜査員は自分の大切な人なのだ。
 組織の責任者として、そしてその者を愛する一人の人として、苦しく重い決断をしなければならない時がある。

「でもっ! いくら何でも危険です! だって相手が開発しているのは心霊“兵器”なんですよ!」

 自分を連れていけない以上、その“除霊”がかなり危険に満ちたものだと理解できる。
 美神の実力は知っているつもりだが、それでも拭い去れない不安がおキヌの胸の中で渦巻いていた。

「おキヌちゃんの言うとおりだぜ。いくら美神の旦那でも、みすみす罠だってわかっているところに、無理して飛び込んでいく必要はねぇだろ」

「そうですわ。何しろ連中の開発しているのは兵器です。どんな武器が装備されているのか見当も付かないですし……」

 雪之丞と九能市もおキヌの意見に賛成を唱える。
 バトルマニアの雪之丞だが、他人が無用の危険に晒される事は別だ。

「ちょっと待ってよ……。みんな私の事を無視しないで欲しいわね。これは私に来た依頼なのよ」

 それまで黙って聞いていた美神が、不敵な表情で自己主張を再開した。
 どうやら自分の考えをまとめたらしい。

「でも美神さん、もしメドーサが出てきたらどうするんですか?」

「大丈夫よおキヌちゃん。別に1人で行く訳じゃないから。西条さん、私が連中の誘いに乗って懐に飛び込むから、証拠がはっきりとした時にすぐにバックアップを送ってくれないかしら?」

 ニヤリと猛禽の笑みを浮かべた美神に、横島は彼女の考えをほぼ正確に洞察していた。

「成る程。シロと助っ人の俺を一緒に連れて行って、罠にかかったと見せかけ連中の実情を探る一方、その映像をヒャクメがトレースして証拠固めをし、最終的には強襲部隊を突入させて制圧するわけですか」

「察しがいいわね、横島君。さすがにメドーサの相手は務まらないけど、今の私なら下級魔族の相手は何とかできるわ。シロがいればかなり楽だしね。強力なのは横島君に任せるわ。どう、西条さん? これが一番効率がいいと思わない?」

 美神の言葉を肯定せざるを得ない西条だった。
 そして小竜姫、ジークも苦い顔で頷く。

「ところでヒャクメ。メドーサの居場所はわかるか?」

「それが……メドーサの反応が見つからないのねー。もう人界にはいないか、どこか結界のような物が張られている場所にいるとしか思えませんねー」

「魔界へ戻ったか、アシュタロスの基地にでもいるのならいいのですが……。しかし、連中と一緒にいる可能性も十分あり得ますね」

 美神の提案に頷いた横島だったが、最大の懸念材料であるメドーサの行方が重要な事から、探索をしていたヒャクメに尋ねる。
 すまなそうに見つからない事を告げるヒャクメに、ジークが冷静に可能性を告げる。
 その言葉に頷く横島。

「西条さん、俺が氷雅さんを連れて一緒に行きます。小竜姫様やジーク、雪之丞と共に強襲部隊の件をお願いします」

「わかった……。令子ちゃんの事は君に任せるよ。僕は僕のすべき事をやるとしよう」

「と言う事だシロ。落ち着いて行動し、ヘマするんじゃないぞ」

「わかったでござる! 拙者、頑張るでござる」

 方針が決まった以上、各自がやるべき事を完璧にこなすしかない。
 ここにいる面々はその事を良くわきまえている。
 直ちに行動を開始する美神達を眺め、おキヌは初めて自分の無力さを痛感していた。
 今の自分では、みんなの足手纏いになってしまう。
 何とも言えない悔しさが胸の奥から込み上げてくる。
 強くなりたい!
 おキヌはギュッと拳を握りしめて顔を上げる。

「美神さん! 私も……私も連れて行ってくれませんか?」

「何を言うの、おキヌちゃん!」

 いきなりおキヌからの爆弾発言を聞いた美神は、眼を大きく見開いて向き直る。

「私だって……美神さんの事務所の一員です。だめですか?」

「それはそうだけど……いくら何でも今回は危険すぎるわ。今回は普通の除霊じゃないのよ。そんな現場にGS免許を持っていない学生を連れて行ったら、私はおキヌちゃんの家族に顔向けできない」

「おキヌちゃん、今の君ではあまりにもリスクが大きい。それに場合によってはみんなの足を引っ張る結果になるかもしれない。今回は諦めてくれ」

 美神と西条にそう言われ、おキヌはシュンと小さくなってしまう。
 それが我が侭だとはわかっていたが、面と向かってはっきり言われ自分の実力を自覚したのだ。

「済みません……我が侭を言って。お願いですから無事に帰ってきてくださいね」

 今のおキヌに出来る事は、こうしてみんなの無事を祈る事だけなのだ。






 バラバラバラ……

「あれね……。森の中に旧華族の屋敷の廃屋かあ……。ゴシックホラーの舞台そのまんまね」

 搭乗したヘリの窓から眼下の屋敷跡を見下ろして、皮肉げな口調で呟く美神。
 既にこれが罠だと知っているため、何となく口調に棘があるのは仕方がない。

「本当に廃墟でござるな……」

「ええ、さて…一体何がいるのやら……」

 シロもそれに釣られて行き先を確かめ、非常に素直な感想を口にする。
 それに答えるのは、いつも冷静で表情をあまり変えない九能市。
 横島は黙ってヘリの窓から見える地形を頭に叩き込んでいた。

「そろそろ着陸態勢に入ります。シートベルトを付けてください」

 パイロットの大声に素直に従い、見物を止めてそれぞれがシートに座る。
 横島も面倒くさそうにシートベルトを締めると、軽く目を瞑ってこれからの事を考える。
 横島の頭を占める事は、おそらく出てくるメドーサをどうするか…、これであった。

「到着しました。もう降りても大丈夫ですよ」

 パイロットの言葉に荷物を持って降りていく一同。
 尤も、美神はほとんど手ぶら、横島や九能市は龍神族の装具を身に付けている他は、多少の武器関係だけだ。
 対照的にシロは大きな荷物を背負っている。
 これは全て美神の除霊道具なので、従業員のシロが持つのも仕方がないのだろう。

「ちっ! 天気が悪くなってきたな……」

「一雨来そうですわ」

 あまり緊張感を感じさせない声で、呑気に空を見上げながら会話している横島達。
 その図太さはなかなかに凄い。

「ようこそ美神令子さん! 南武グループリゾート開発部の茂流田です」

「須狩です」

 少なくとも怯えは全然感じていない一同を出迎えたのは、普通に見ればとても心霊兵器開発プロジェクトのトップとは思えない朗らかな表情をした2人。
 美神を使った実戦テストを行う事を計画していた茂流田と須狩である。

『成る程……この2人がプロジェクトのリーダー格か。計算された笑顔ってわけだ……』

 美神が代表して挨拶をしている間、横島は冷静に目の前に現れた2人を観察する。
 その瞳には何ら感情が見えず、ただコンピューターへ情報を伝えるセンサーアイのように冷静に見据える。

「ところで……そちらの荷物を背負っているお嬢さんは、美神さんの所の犬塚シロさん……ですよね。後のお二人を紹介して頂きますか?」

「ああ、そうね。こちらの男性は今回助っ人をお願いした横島除霊事務所の横島君。彼女はそこのアシスタントの九能市氷雅さんよ」

 その紹介を聞いてぎょっとした表情を見せる茂流田と須狩。
 彼等は美神から当初の予定より随行者が2名増えた、とだけ連絡されていたのだ。
 最初はその若さに怪訝な表情を見せたが、正体を知って驚いたのだろう。
 横島はあまり一般の客を取らない。
 ……というか、あまり一般社会での知名度は高くないのだ。

「あ……あなたが……その筋では有名な、特S級の…横島忠夫さん……?」

「有名かどうかは別にして、初めまして横島です。今回は美神さんのサポートですからお気になさらず」

 横島は営業用の微笑を浮かべてそう告げる。
 九能市は軽く会釈をしただけである。

「い、いや……美神さんに加えて横島さんにまで来ていただけたとはラッキーです」

「え、ええ……。これで問題は完結したも同然ですから」

 努力の甲斐無く引きつったようなぎこちない笑みを浮かべる茂流田と須狩。
 彼等は知っているのだ。
 横島があの中級魔族のメドーサをかつて倒した存在であると。

「いやあ〜、私も3億円の仕事ですもの。万が一にも失敗しないようにって、無理言って付いて来て貰ったんだから」

「費用は折半ですからね、美神さん」

 警戒の色を隠しきれない茂流田達を油断させるため、殆ど素だが風評通りの台詞を口にする美神と、何も知らずに緊張感など無いように振る舞う横島。

「せんせー! 拙者も頑張るでござる!」

「おう、シロ。楽しみにしているぞ」

 横島にじゃれつくシロを横目で見ると、美神は依頼の細かい内容を説明するように促した。
 その言葉にハッとしたように意識を現実へと戻す茂流田と須狩。

「あっ! そ、そうでした。こちらにどうぞ」

 茂流田に連れられてやって来た、廃屋の庭に設置されたテントの下に座る一同。

「――我が社ではこの館をホテルに改装して自然環境を生かした高級リゾートを建設する予定です。ところが――いざ改装工事という段になって、ここが霊的不良物件であることが明らかになり…………」

「要するに……凶悪な幽霊屋敷と気が付かないで買っちゃったわけね。それで……工事も出来ないほどタチが悪いの?」

『フン! 全く茶番よね〜。西条さんや横島君に事前に話を聞いてるから引っ掛からないけど、上手く話を作ってるじゃない!』

 茂流田の説明に、ごく一般的な受け答えをしつつも内心で怒っている美神。
 相当に自制しているが、本来なら目の前で不愉快な嘘をベラベラ喋っている茂流田をボコボコにしてやりたいのだ。

「昼間下見をする分には何も無かったんです。それが夜になると―――」

 そう言って何枚かの現場写真を取りだし、美神達に渡す茂流田。
 それは間違いなく何者かに惨殺された人々の死骸……。

「何が起きたのかはわかりません。犯人は人間とは思えず、霊的反応が強く残っていました。以後、ここで夜を過ごそうとしたGSが数人――」

 見せられた写真に静かな怒りを燃やす横島と九能市。
 彼等にはこの写真が、茂流田達の行った性能テストによる犠牲者だとすぐにわかったのだ。

「おーお、猟奇殺人犯も真っ青ね」

「相当凶悪なヤツ、もしくは奴らですわね」

「惨いでござるな……」

 美神、九能市、シロが漏らす言葉はテストによる被害者を悼み、それを実行した茂流田達を非難するもの。
 だが、そうとは取られないように上手く韜晦してはいるが……。

「貴方達の言う事が正しいなら、そろそろ危険な時間にはいるわけですね。我々はこれから中に入りますが何が起きるかはわからない。ヘリで退避する事をお勧めします」

「わかりました。成功を祈っています」

 横島がそう言った時には、既に美神達は屋敷のドアに手をかけていた。

 ギイィィィイ…………バタン!

 重々しい扉の音と共に、4人は何でもないような雰囲気で廃屋の中へと姿を消す。
 その後ろ姿を見送った茂流田と須狩は、慌てた感じでヘリへと乗り込むとその場を後にするのだった。






 ババババババババ……

「どうやら連中、行ったみたいね」

「どうせ何らかの手段でデータを取っているに決まっていますわ」

 営業用のにこやかな表情を消し去り、忌々しげな口調で呟く美神。
 九能市の方は元からあまり愛想のない表情だが、それでも忌々しそうな表情を隠そうともしない。

「おそらくこの中は監視されている。迂闊な事は話さない方が良い。相手に過剰な反応をさせるからな」

 横島の言葉に九能市が頷く。

「美神殿、明かりを点けるでござるか?」

「そうね。アンタや横島君達は暗闇でも視界に問題ないかもしれないけど、私はそれ程夜目が利く方じゃないからお願い」

 シロが荷物の中から大型(バッテリー一体型)ライトを取りだし明かりを点けている間、横島は裡なるルシオラや小竜姫と会話をしていた。

『さて……いよいよ心霊兵器が相手か。平行未来ではそれ程多くの敵と戦ったワケじゃないから、どんなヤツが出てきてどれぐらいの実力かよくわからないんだよな』

『そうね。ヨコシマの記憶で強く残っていたのはグーラーさんとガルーダの事ぐらいだったものね』

『うっ…! こ、言葉に刺がないか、ルシオラ?』

『やあね。ヨコシマの気のせいよ! 最近私にあまり構ってくれないから拗ねているわけじゃなくってよ』

『そ、そうだな……。すまんルシオラ』

 何となく引っ掛かる物を感じながら、それ以上の言い訳は藪蛇になりそうだと直感が告げているため沈黙する横島。
 ここのところ、ルシオラの意識はちょっとご機嫌な斜めなのだ。

『ですが…今の忠夫さんであれば、大抵の敵は大丈夫なはずです』

『そうね。問題は仲間を人質に取られない事だけど、ここは敵地で仕掛けもあるだろうから難しいでしょうね』

『おそらく最大の敵はガルーダとメドーサでしょう。しかしそれ以外でも油断は禁物ですよ、忠夫さん』

『わかってるさ。それに今回は対人戦も考慮に入れなけりゃいけないからな』

『それでおキヌちゃんを連れてこなかったのね?』

『まあな。おキヌちゃんに対人戦はちょっとキツイから』

『だから雪之丞さんでなく九能市さんなのよね……。あら、いよいよ始まるみたいよヨコシマ。お話しはまた後でね』

『何かあればすぐに出てきますから』

 隣の部屋から物音が聞こえてくる。
 美神達の意識がそちらに向いている事を確認したルシオラと小竜姫の意識は、会話を切り上げて戦闘態勢のまま意識の底へと沈んでいく。
 いよいよ迷宮攻略が始まるのだ。

「霊圧が異常に高いわね。気を付けて! 何が来てもおかしくない感じよ!」

 美神の言葉が終わるや否や、隣室に通じる扉から何か生理的にあまり歓迎したくない存在を匂わせる音が聞こえてくる。

「な…なんか向こうにいるでござる」

「ちょうどいいわ。私が援護するから開けてみてシロ」

「わ、わかったでござる!」

 これが罠だと既に知っているシロが、やや緊張の面持ちで扉に手をかけ全力で隣室の気配を探っている姿を見て、横島は満足そうに頷いた。
 シロも猪突猛進だけじゃなくなったのだ、と確認できて嬉しかったのだ。

「氷雅さん、俺達は後ろからの奇襲に備えるぞ。常に全方位に神経を向けていてね」

「はい、わかっていますわ」

 腰に差したヒトキリマルの柄に手をかけ、いつでも抜刀できるような体勢を取っている九能市。
 横島も既に飛竜を抜き、右手に持っている。
 慎重に扉を開けたシロに続き、開いた空間から中を覗いた面々が見たものは……静かに佇む女性の霊だった。

「女性…!?」

「何者!? 意志があるなら答えなさい!!」

 何となく悪寒というか違和感を感じた九能市が呟くと同時に、さっと破魔札を取りだし構えた美神が詰問する。
 無論、九能市も刀の柄に手をかけていつでも抜刀できるように身構えていた。
 しかし霊は虚ろな瞳でこちらを見詰めるだけで、何ら返答を返してこない。
 重苦しい沈黙が続く中、霊が漸く動きを見せる。
 手を上げてこちらに向かって進み出したのだ。
 だが、動き出すと同時にみるみる肉が崩れ、姿が醜悪なゾンビのように変わっていく。
 虚ろな光を宿す瞳のまま、手を突き出して襲いかかろうとする霊。

「意志はないようですね」

「そうね。忌まわしき黄泉の使者よ!! 何故生者に害を為すかっ!? 我、美神令子、自然の理と正義の名において命ずる! 退け!! 悪霊ッ!!」

 ドッ!!

「ギャアアァァァッ!!」

 横島と共に相手に意志がない事を確認すると、美神は即座に破魔札を構えて飛び出し、悪霊(にしか見えない)に近寄ると札を投げつける。
 絶叫と共に消滅する女の霊。
 しかし、敵を倒してホッとする間もなくガラス窓を突き破って何かが現れる。

「グルルル……」

「ガウガウッ!!」

「犬のゾンビだわ…!?」

 襲いかかってきたゾンビを躱しながら叫ぶ美神。
 すれ違いざまに破魔札を叩き付けているのは流石である。

 ドシュッ!

「マンティアが使ったゾンビ戦闘員より動きが素早い分、ちょっと厄介だな。だが強度は比較にならないぐらい脆い」

 こちらも襲いかかってきたゾンビを飛竜の一撃で斬り捨て、消滅させた横島が呟く。

 ビシッ! ズシャッ!

「本当に大したことはないでござるよ!」

「ええ、対応できない動きではありませんわ!」

 横島の声に答えるシロと九能市も、それぞれの武器でゾンビを片付けていた。

「まっ、このメンバーなら何でもない相手よね」

 瞬く間に襲いかかってきた犬のゾンビ集団を殲滅したため、笑みを浮かべ余裕を見せる美神。

「でも変ですね。最初に霊、その後にゾンビ。もし全てを操る黒幕がいるとしたら、脈絡が無いというか、バカって言うか……」

 肩をすくめて歩き始める横島の毒舌が冴える。
 その言葉に大きく頷く一行。

「この分だと悪霊だか妖怪だか知らないけど、裏で糸を引いているボスキャラの知能はたかがしれているかもね! さあ、進みましょう」

 こうして第1波を退けた横島達は次なるステージへと向かった。



「やはり……第1波は易々と撃退されてしまったな」

「美神だけでも予想はしていましたが……横島が一緒だったのは誤算でした。何しろ日本、いや世界でもトップランクのGSですからね」

 前方の壁面全てがスクリーンに埋め尽くされたさして広くない部屋。
 照明は薄暗いが、無数のスクリーンが放つ光で部屋の中は思いの外明るい。

「美神令子―― 洋の東西を問わずあらゆるオカルトアイテムを使いこなし、高額の報酬と引き替えならどんな強敵とも戦う辣腕GS」

「横島忠夫―― 中学卒業後、突然妙神山修業場を訪れそのまま修行を行い、昨年のGS資格取得試験で最優秀合格者となり、その際の対魔族戦の功績と実力を認められ、いきなり特S級ライセンスを発行された日本最強のGS。その能力は殆ど知られていない謎多き存在だが、人界においては中級魔族をも倒す力を持つとか……」

「犬塚シロ―― 美神除霊事務所のアルバイト職員。外見は中学生だがその正体は人狼族。人間を凌駕する身体能力と手から強力な霊波刀を出すことができる。ある事件から横島忠夫に弟子入りし、その関係で美神除霊事務所に籍を置く」

「九能市氷雅―― 忍びの隠れ里出身の九の一。昨年のGS試験2回戦で横島忠夫と対戦し敗北。その後、横島忠夫に弟子入りし現在は横島除霊事務所のアルバイト職員。しかし横島の元で修行した1年間で、既に現役トップクラスのGSを凌駕する実力を持つと言われる」

「横島と九能市が入った事は計算外だったが……我が社が世界に先駆けて開発した心霊兵器――その性能テストにはちょうどいい相手だと思わんかね、須狩」

「そうね。通常の軍隊相手では効果は絶大だったけど――― プロの、それも超一流のGSにはどこまで通用するかしらね、楽しみだわ」

 先程までの動揺が嘘のように消え、スクリーンを眺めながら笑みを浮かべている茂流田と須狩。
 このコントロール室に入るまでに何かがあったのだろうが、それをうかがい知る事は出来ない。
 彼等の視線の先には、次のステージへと向かう横島達が映っていた。



 ゴボリ…………

 同時刻……薄暗い部屋の片隅。
 液体が満たされたシリンダーの中を時折泡が立ち上る。
 そこに若い女性が身を浮かべていた。

『もうすぐ……。もうすぐ決着をつける時が来る……』

 うっすらと眼を開けた彼女は、口の中だけでそう呟くと再びその眼を閉じた。



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