フェダーイン・横島

作:NK

第76話




 ザ―――ッ
 ピカッ!! ゴロゴロゴロ……!

 横島が言っていたように、外はこの時期には珍しい雷雨となっていた。
 だがその物音は、屋敷の中を進む横島達には聞こえていなかった。

 ギイ…イィィィィ

 次の部屋の扉を開けた美神の眼に飛び込んできた物は……いきなり空中を飛びながら襲いかかってくる人形の群れ。
 少し意表を突いた相手に驚きを見せるシロだったが、すでに美神と横島、九能市は攻撃へと移っていた。

「それっ!!」

「発っ!!」

「ていっ!」

 美神が破魔札(低額)を紙吹雪のようにばらまき、横島は小さなサイキック・ソーサーを数十個作りだして散弾のように発射する。
 瞬く間に数十体が吹き飛ばされ浄化される。
 一方九能市は手裏剣を投げて、2人の攻撃をかい潜ってくる敵を打ち落とす。
 
「拙者も負けるわけにはいかないでござる!」

 霊波刀を繰り出して数体を斬り裂いたシロだったが、既に敵の掃討はほぼ終わっていた。

「やれやれ……犬のゾンビの次は生き人形ですか……」

「ほんとーに脈絡がないわね」

「シロさん、ドアはどうでしょうか?」

「後ろで閉まってやはり開かないでござる」

 ガチャガチャとノブを動かすシロだったが、ドアはビクともしない。

「横島様……」

「うん、構わないよ」

 九能市の問いかけに、その言葉だけで内容を察した横島が頷くと、九能市は懐から大きな機関銃弾のようなものを取り出した。
 機関銃弾と言っても先端は鋭くなくカットされたようになっている。
 長さが20cm 程のものだが、どこにしまっていたのかは謎だ。

「ねえ、氷雅。それは何?」

「これは手裏剣の一種で火竜剣といいますの」

「カリュウケン……?」

 首を捻る美神を余所に、全員を下げさせると九能市は火竜剣を投擲する。

 ドスッ! ズガ――ン!

 どういう原理か投げた筒はドアに突き刺さり、いきなり爆発したのだ。
 呆気にとられる美神とシロの眼に映ったものは……吹き飛ばされたドアと周囲に散らばる破片。

「……お見事」

「そんなっ…! 大したことはありませんわ」

 その腕前を褒める横島と、頬を紅く染めて照れる九能市。
 かなり怪しい雰囲気ではある。

「氷雅……。アンタ剣呑な物を持ち歩いているのね……」

「氷雅殿! 一体今のは何なのでござるか?」

 興味津々といった感じで尋ねてくるシロに、火竜剣の説明をしてやる氷雅。
 ここで簡単に説明すると、火竜剣は元々飛竜剣と呼ばれる手裏剣の改造版である。
 飛竜剣は筒の中に刃が仕込まれており、普段は筒の中に入っているが目標にぶつかると衝撃で中の刃が飛び出る構造になっている。
 ただの筒だと思って受けると、大怪我を負うという忍具なのだ。
 火竜剣は飛竜剣の筒先端に着火装置と火薬を詰めたキャップを固定し、刃が飛び出ると同時に着火・爆発するようになっている。

「だけど……扉の裏側には金属製のシャッターがあるわね」

「ええ、どうやらこれは……」

「人造のお化け屋敷というわけでござるな!」

 そう、真ん中が吹き飛んだドアの後ろには無骨な金属製のシャッターが立ち塞がっていた。
 忌々しそうに舌打ちする九能市。
 これが罠だと言う事を知っているのだから、彼等の発言は茂流田達への嫌みである。

「ふん、胡散臭いですね。さて、次の部屋に進みますか」

 横島の言葉に頷くと、一行は次の部屋へと向かうべく歩き出した。



「やれやれ……早くもカラクリに気が付かれてしまったか……」

「霊能者の勘だけでなく、実戦経験の豊富さもかなりのものね」

 横島達の姿をスクリーンで見ていた茂流田と須狩がやれやれと言ったふうに呟く。
 ここまで彼等は全く危なげなく勝ち上がってきているのだ。

「さて、どうするかな? 雑魚ではいくら戦わせてもデータにならん」

「そうね。私達の目的は心霊兵器のGSに対する性能試験。一瞬じゃ十分なサンプルデータが収集できないわ。あの4人、1人1人の霊的戦闘力が高すぎる。元々の計画通り的は美神令子に絞りましょう。横島と九能市にはコマンド部隊を向かわせるわ。霊的戦闘力が強くても対人用兵器の前では無意味でしょうし」

「よかろう。美神令子と狼少女には例の場所に来て貰おう」

 須狩の提案に頷くと、茂流田はキーボードを叩いてトラップを作動させる。
 スクリーンには降下を始めた天井と上を見上げる横島達の姿が映し出されていた。



「美神殿、天井が!」

「やはり幽霊屋敷なんて真っ赤な嘘ってわけね。私達を騙したって事か!」

「敵の狙いはわかりませんが、取り敢えず逃げないとまずいですわ!」

「次のドアから逃げるしかないな」

 そう言って慎重にドアを開けて中をうかがう横島。

「見た限りではトラップらしい物はないし、心眼に邪悪な波動も感じられない。モンスターの類はいないようだ」

「そうですわね」

「確かに……。よし、入りましょう。シロ、荷物を忘れないで」

「わかったでござる」

「早く逃げろ! 俺が殿を努めるから!」

 そう言って横島はドアの横に残ってシロを待つ。
 美神は早々にドアを潜り、九能市は万が一を考えて横島を引っ張り込めるように入ってすぐの所に待機している。
 シロが荷物を背負って走り抜け、それを見届けた横島が九能市に引っ張られてドアを潜った途端、2人は自分の足元が消えたような感覚を感じた。

「シロは無事ね……。横島君は……」

 そう言って振り返った美神は、横島と九能市の姿が見えなくなっている事に気が付いた。

「まさか――逃げ遅れるなんて事は……いない!?」

 腰を屈めて隣の部屋を覗いた美神だが、2人の姿はどこにもなかった。
 そして視線を戻そうとした美神は、自分の足元に妙な線がある事に気が付く。

「!! 落とし穴……!! や…やられた……! 戦力の分断を狙っていたのか……。横島君達の事だから心配はないけど、これで当面私とシロだけで敵を倒さないと駄目ね」

「せんせーっ!」

 幸い荷物は失っていない。
 今の自分であれば、何とか茂流田達の繰り出してくる心霊兵器相手に後れを取る事はないだろう。
 少しパニック気味のシロを落ち着かせながら、美神は茂流田達への報復パターンを考え始めていた。



「やれやれ……随分初歩的な罠に引っ掛かっちまったな。落とし穴か……」

「申し訳ありません横島様。仮にも私がご一緒でしたのに、このような落とし穴に……」

「まあ仕方がないさ。それより俺達を何の捻りもない落とし穴に落としたって事は……」

「はい、討っ手がやって来るのでしょう」

 落とし穴に落ちると同時に『浮』『遊』の単文珠を発動させ、傍らにしがみついた(抱き付いたとも言う)九能市に腕を廻した横島。
 そのおかげで未だ下には落ちておらず、落とし穴の中間ぐらいで浮かんでいた。
 横島に抱きかかえられて頬を赤くしているものの、すまなそうに誤る九能市。
 自分が忍者なのに落とし穴に落とされた事を不甲斐なく思っているのだ。

「いや。案外都合がいいかもしれない。俺達を殺しに来るにせよ、捕らえに来るにせよ、情報源がやって来てくれるんだからな」

 そう言うと横島はそのままゆっくりと降下を続け、ダクトを蹴飛ばすと終点である部屋へと着地する。
 横島はまずこの部屋を映しだしている監視カメラを探し、即座に持っていたパチンコ玉を用いた指弾で破壊した。
 そして即座に双文殊と単文珠を創り出し、九能市を傍に来させると双文殊『遮蔽』を発動させる。

「氷雅さん、連中が来たら春花の術で眠らせよう。風は俺が生み出すから、眠り薬の方を宜しく」

「わかりましたわ」

 お互い夜目が利くため、声を出さずに唇の動きだけで意志を伝え合う事ができる。
 2人とも完全に気配を消し去る穏行の術を心得ている上、『遮蔽』の文珠で機械からも姿形、さらには熱をも隠す事ができるのだ。
 これでは何人と言えども、2人の姿を捉える事は出来ない。

「おかしいぞ。確かに落とし穴に落ちてこの部屋にいるはずだ!」

「隠れる所など無いはずだ! 探せ!!」

 横島達が姿を遮蔽した数分後、対テロ特殊部隊のようにボディアーマーを装着し、自動拳銃やサブマシンガンで武装した一団が現れた。
 ヘルメットを被りゴーグルを付け、口元まで黒いフェイスマスクで覆っている。

「大した装備だ。これじゃあ春花の術も効かないかな?」

「大丈夫ですわ。ほら、あそこにもう準備していますので」

 九能市に言われて視線を向けると、ちょうど入ってきた連中から死角となるダクトの裏に、火がついた葉巻のような物が3本ほど転がっている。
 それはお香のように火を点ける事で化学反応を起こし、強力な眠り薬として作用する化学物質を煙草の葉の代わりに詰めた物。

「成る程……。では風を送るか」

 そう呟いて単文珠に『風』の文字を込めて発動させる。

「おい……何か匂わないか?」

「ああ、煙草みたいだが……?」

 微かな匂いに気が付いたコマンド達が横島達のすぐ近くを通り過ぎて、落ちている葉巻に気が付き覗き込む。

「ブービートラップじゃないのか?」

「いや、これ自身が爆弾じゃなければ問題無さそうだ」

「ピアノ線の類も張られていないぞ」

 しばし注意深く観察していたコマンド達だったが、やがて頭がクラクラとしてきたらしく自分のこめかみを押さえ始める。

「おい……何だか眠くならないか…?」

「あ…ああ……何だか意識が……」

「しまった! これは眠り薬……」

 漸く横島達の罠に気が付いたコマンド達だったが、時は既に遅かった。
 もはや身体は自分の言う事を利かず、意識が急速に遠ざかっていく。
 やがて声も途絶え、入ってきた5名ほどのコマンドは眠りの世界へと旅立っていった。

「さすが氷雅さん。まさか既に仕掛けをしていたとは……」

「忍びとしては当たり前の事ですわ。これぞ眠り香の威力」

 遮蔽を解き、持っていた呪縛ロープで武装解除したコマンド達を縛り上げながら、九能市の手際を褒める横島。
 それに対して嬉しそうに反応するも、手を休めることなく使えそうな武器を物色している九能市。
 理由は不明だがかなり手慣れている。

「さて、これでこの連中は無力化できた。武器の方は?」

「C4と信管類、それに起爆装置は持っていきましょう。それにサブマシンガンも使えますわ」

「わかった。じゃあ連中にここの構造を訊いてみようか」

 そう言って再び文珠を創り出すと、それに『読心』の文字を入れてコマンド達の頭の中を覗いていく。
 こうしてここの構造や対人防衛システムを理解した横島は、武器を手に取ると九能市を促して部屋を出る。
 再び文字を込めた『遮蔽』の双文殊によって、茂流田達の監視システムは完全に横島と九能市の姿を見失っていた。






『聞こえるかね美神さん』

「その声……茂流田ね!?」

『君にはなるべく普段の実戦に近いコンディションで戦ってもらおうと思ってたんだが、そうもいかなくなってきてね。何しろ日本最強と言われる横島君とその弟子まで一緒では強すぎて、このままでは我々の欲しいデータが入手できんのだよ』

「データ? 何の話!? (やったわ! 遂に乗ってきたわね! シロっ、余計な事喋るんじゃないわよ!)」

 聞こえてきた茂流田の声に、絶好のチャンスとばかり横島から預かった文珠『伝』を発動させる。
 そして同時に、キッとシロに向かって鋭い視線を送って黙らせる。
 その視線に、事前に言われた事を思いだして頷くシロ。

『我々はモンスターを兵器として使いたいのだ。だが、これが一般的になると当然、敵も対モンスターのスペシャリストを使ってくる』

「それって……確かオカルト犯罪防止法に……」

『ははは、引っ掛からんよ。何しろ我々は霊能者でも何でもないし、オカルト技術を悪用して犯罪を犯すわけでもない。単純に科学技術と呪術を組み合わせた道具を開発しているだけだ。戦闘機や戦車、銃の開発と何も変わらないよ。むしろ、有害なモンスターを人間の制御下にするための研究とも言えるからね』

 勝ち誇ったように笑う茂流田。
 ここは電波を遮断しているので、この会話が外に漏れる事はないと高をくくっていた。
 しかしこの会話は全て外に待機している西条達オカルトGメンとヒャクメ達神魔族によって傍受されていたのだ。

『これは我々の商品が、プロのGSにどの程度通用するかのテストだ。第1級のGSに対してどのくらいのモンスターをどれぐらい投入すれば効果があるのか――― 死ぬまで付き合って貰うよ、美神さん』

「フンッ! 確かに心霊兵器の開発自体は今の法律に引っかからないかもしれないけど、私達を騙して人間の命を使った実験をしようってんなら、立派に業務上傷害致死罪が適応されるじゃない!」

『ははは……。確かにその通りだが、犯罪はバレなければ犯罪と認識されないんだよ。君達はここまで知った以上最早生きて返すわけにはいかないが、除霊中の事故ということになるだけだからね』

「先生はどうなるんでござる!?」

『ふふふ……決まっている。彼等はあまりにも強いのでデータ収集に使うにはリスクが大きすぎる。だから対人戦のプロを派遣した。いかに最強のGSとはいえ、銃火器で武装したコマンドには勝てはしまい』

 それっきり茂流田の声は途絶えてしまったため、このままでいても仕方がない美神とシロは仕方なく暗い通路を歩き始める。
 黙々と歩く2人の頭を過ぎる考えは……。

『あの連中、私をなめてるわね!! いいわ、絶対に思い知らせてやる! まずは徹底的にしばく!!』

『せんせー、絶対に大丈夫でござるな? 拙者も頑張りますので、無事でいて欲しいでござる……』



「皆さん、確認しましたか?」

「ええヒャクメ様。しっかりと記録しました。これで殺人未遂の証拠はバッチリです」

「では、早速逮捕令状と強制捜査の令状を取ってきます!」

「私が瞬間転移で連れて行きます。その間に突入の準備を進めてください」

 あの廃屋から少し離れた場所では、小竜姫、ヒャクメ、ジーク、おキヌ、雪之丞とオカルトGメンでも特に対人戦闘力の高いメンバーが集結していた。
 先程の茂流田と美神の会話を傍受した一同は、殺人未遂を立件できる証拠を入手したため行動を開始したのだ。
 小竜姫が事前に覚えた裁判所(地裁)へと、オカG職員を連れて瞬間移動する。

「さて、総員突入準備!」

 西条の言葉に、警察のSAT並の武装をしたコマンドが立ち上がってヘリに乗り込んでいく。

「さて、私達も行きましょう」

 ジークの言葉にヒャクメと雪之丞、おキヌも立ち上がる。
 近くに駐機していた2機のUH-60JAヘリはすでにエンジンを始動させており、突入部隊はいつでも発進できる状態になっていた。



「一体どうしたって言うの!? まだ目標の消去が出来ないの!?」

「は、はいっ! 強襲チームからの連絡は途絶えたままです。監視カメラにも目標は映っていません! 完全にロストしています!」

「くっ…! 何て事! 一体あの2人どうやって逃れたって言うの……?」

 サブコントロール・ルームでサンドストーム状態の回収室の映像を忌々しげに眺めている須狩。
 突入した強襲部隊が連絡を絶ち、それに続く廊下を映し出すカメラには何も映っていない。
 にもかかわらず、横島と九能市の姿は忽然と消えてしまったのだ。
 漸く向かわせた後続部隊が回収室に到着し突入準備を整えたところだ。
 その連中は一度も他の人間とはすれ違わなかった。
 導き出される結論は、2人は未だ中にいる、だった。

『こちらブラボー2! 突入します!』

 無線でそう伝えた後、廊下の監視カメラから姿を消した4人のコマンド。
 須狩としても他に情報がないために報告を待っている。

『ザザッ……こちらブラボー2。目標拘束に向かったロメオ1の隊員を発見。全員意識を失いロープで縛られている』

「何ですって! それで目標の2人は!?」

『ザザッ……目標は発見できず! 繰り返す、目標は発見できず! すでに逃亡した模様……』

 数分後、待ちに待った報告は須狩からすれば信じられない物だった。
 全員が意識を失って拘束されていたとは……。
 横島と九能市の対人戦闘能力は一流戦闘員並なのだろうか?

「わかったわ。ただちに目標の捜索を開始して! …………どうしたの、ブラボー2? ブラボー2!?」

『ザザッ……か…からだ……が…………』

「ブラボー2!? 応答しなさいブラボー2!?」

「駄目です! 通信が途絶えました!」

「くっ…! 回収室からこのサブコントロール・ルームまでの全隔壁を閉鎖! それで少なくとも連中の動きを封じる事は出来るわ!」

「了解! 全隔壁閉鎖!」

 須狩の命令に、サブコンに残っていたコマンド達がパネル操作を行っていく。
 須狩は親指の爪を噛みながら、なぜこんな事になったのか考えていた。
 答えは非常に簡単で、回収室を出る際に九能市が葉巻型眠り香を数本、火を点けて置いていったのだ。
 それは拘束したコマンド達を眠らせておくためと、後からこの部屋に来た増援をも眠らせるため。
 部屋に充満していた眠り香を嗅いだコマンド達は、捜索や救出といった行動をしているうちに必要量の睡眠薬を吸入してしまっていたのだ。

「監視カメラには何も映っていません。どうしますか?」

 サブコンに残っていたコマンドはせいぜい4名。
 この戦力では得体の知れない実力を持っている横島達には勝てない可能性が高い。

「やむを得ないわ! サブコンを破棄してメインコントロール・ルームまで退きましょう! 私達の通過後に隔壁を閉鎖するようセットします」

 そう告げて手早くキーボードを叩く須狩。
 そして横に置いてあった壺のような物を抱えると、自分も退避すべくドアへと向かう。
 だが……目的の設定を終え部屋から出た彼女は、目の前の光景を一瞬理解できなかった。

「え……! こ、これは……?」

 彼女の目の前には倒れ伏してグッタリとしている4人のコマンド達がいたのだ。
 明らかに自分より前に外に出た部下達……。
 そっと近付いてみると息はしているので、意識を失っているだけらしい。
 これはいきなり遮蔽を解いて目の前に現れた横島が、『眠』の文珠を使った結果だった。
 無論、使う前に監視カメラは破壊している。

「ま、まさかっ!?」

 カチャッ……

 狼狽える須狩は、自分のすぐ傍で銃の安全装置を外すような音を聞きギョッとする。

「おっと動かないで。そう、俺達はとっくに近くまで来ていたんだ」

「貴女の部下達は全員眠って貰いましたわ。さて、大人しくして頂きます」

 いきなり目の前と横から人影が現れ声をかけてきた。
 よく見れば見失ったはずの横島と九能市である。

「い、いったい……どうやって…?」

 仕方なしに大人しく両手を上げた須狩だが、すかさず指輪に仕込んだスイッチを押す事を忘れない。
 それからどうにもわからなかった疑問を口にする。

「残念だけど、それは企業秘密だよ。さあ、茂流田の所に案内して貰おうか」

 そう言って近付いた横島は、須狩の手から壺を取り上げて床に置き、敵から奪った手錠を須狩の両手にかけようとする。
 だが、須狩の姿は突然横島達の目の前から消え失せた。
 そう、須狩は落とし穴を自分に作動させたのだ。
 即座に蓋を破壊して後を追おうとする横島と九能市だったが、床に置かれた壺から突然煙が吹き上がる。

「しまった! これも連中の心霊兵器か?」

「魔力を感じますわ」

「ハーイ!」

 モクモクと湧き出た煙の中から現れたのは褐色の肌を持ち、尖った耳と角を持つ半裸の女性。

「これは……?」

食人鬼女(グーラー)だな。精霊の一種だが、どうやら呪法で括っているらしい……」

 戦闘態勢を取ったまま尋ねる九能市に、心眼を使って調べた横島が答える。

「あら、貴方物知りね。ふふふ……私、お腹がすいているの。美味しそうね、貴方達……」

 グーラーはそう言うと目つきが鋭くなり、口が耳まで裂けて鋭い牙が覗く。
 すでに戦闘態勢に入っているのだ。

「横島様」

「ここは任せて、氷雅さん」

 ヒトキリマルを鞘に戻し居合いを仕掛けようとする九能市を制し、横島は飛竜はおろか霊波刀さえ出さずに前へと進む。
 しかし九能市は、その右手に双文殊が握られている事に気が付いていた。

「いただきま〜す!!」

 そう言って襲いかかってきたグーラーの目の前に、ヒョイっと『解呪』と文字の入った双文殊を放り投げる。

 ピカッ!

「うっ……!?」

 閃光に眼を覆ったグーラーだったが、突然自らを戒めていた呪術が解除されていくのを感じていた。
 それまで抑え込まれ奥底へと押し込まれていた自分の意識が次第にはっきりとしてくる。
 解呪とそれに伴う自我の復活によって湧き上がる脱力感から、ガックリと膝を突きノロノロと横島達を仰ぎ見る。

「……い、一体…何をしたのさ……?」

「アンタを束縛していた呪術は解除した。もう連中の命令に従う必要はない。人に害を為さないと言うのなら、俺達はアンタを祓ったりしないから好きにするといい」

「私達はさっきの須狩っていう女を追わなければならないの。それとも私達と戦いますか?」

 まさかあんなに呆気なく自分にかけられた呪法を解いてしまう人間がいたとは……。
 しかも目の前の男の霊力は底が知れない。
 隣に付き従う女も自分と同程度の霊力を持っているのは明らかだ。
 暫く値踏みするかのように横島と九能市を見ていたグーラーだったが、フッと溜息を吐くと立ち上がる。
 その身体から殺気や闘気は出ていない。

「どうやらアンタ達には勝てないみたいだね。それより、あの連中に呪法で括られてた私を解放してくれてありがとう。礼を言うわ」

「いや、俺も無用な殺生はなるべくしたくないしね。それよりどうする? 取り敢えず進むしかないみたいだから、一緒に来るか?」

「そうね。そうしようかしら」

 こうして呆気なくグーラーは解放され、横島達と行動を共にする事となった。






 ギイイッ

 漸く暗い通路が終わり視界が開ける。
 そこは貯水池の真ん中に建つ塔へと続く細い通路。
 落ちないようにか、人の背丈ほどの柵が両側に取り付けられている。

「この塔は何でござろーか?」

「さあ……? でもどうせ碌なもんじゃないわよ」

 塔を見上げて呆れたように尋ねるシロに、面倒くさそうに答える美神。
 発した言葉通りに不機嫌な表情で、ポリポリと頬を掻いている。

『ようこそ美神さん。中でモンスターが待っている。1階から順に上がってきてくれたまえ』

「…………。ふぅ―――」

 茂流田の声が周囲に設置されているであろうマイクから聞こえてくるが、美神は呆れたような表情で溜息を吐くとシロに持たせた荷物から幾つかの物騒な物を取りだし、
 おもむろに塔の外壁付近で蹲った。

「美神殿……何をしているのでござるか?」

 シロの問いかけにニヤリと笑うと、美神はジッポーを持って火を点けると壁に塗った着火剤に放り投げた。
 さらにもう片方の手に持っていた起爆装置を作動させる。

 ……ピッ! ズガアァァァァアン!!

「城を攻めるには火攻めが効果的でしょ。何よりこの方が手っ取り早いわよね」

 ホホホホホッと高笑いをしながら、シロにこの行動の意味を教える美神。
 C4プラスチック爆弾でドアとその周辺の外壁を吹き飛ばし、近くで上げた火の手が塔の内側に廻る事を計算した上での破壊工作であった。

 バコン!! ブシュ――ッ!
 ジュッ!

『何て事するっ!! 非常識な人だなっ、君はっ!?』

「あんたに常識を云々されたくないわね! それに私の戦い方はこーなのよ」

 美神の予想外の行動に慌てて消火装置を作動させた茂流田が文句を言うが、美神は鼻で笑って返すだけ。
 元々、騙して自分達を実験台にしようとした茂流田などに、そんな事を言う資格などないのだから。
 そう言いながらも、爆弾で開けた穴から中へと何かを放り投げる美神。

『まさか……それは!?』

「当たり! 単なる集束手榴弾よ♪」

 ドオオォォォォオン!!

 壁に身を寄せた美神とシロの横を、盛大な爆風が通りすぎていく。
 今の一撃で、例え塔の中で待ち伏せを図ったとしても、取り敢えず見える範囲では一掃されているだろう。

「さあって、次はどれにしようかなっと……」

 ウキウキした表情でシロが持つ荷物の中を漁る美神。
 グレネードランチャーやサブマシンガンが出てきても何ら不思議はない雰囲気が漂う。
 そして美神が手にした物は……C4と時限信管を組み合わせた破壊工作用の爆弾だった。
 さらにはグレネードランチャーまで取り出して肩にかける。

「シロ、これを塔1階の外壁に取り付けてきて。一気に1階の壁を爆破して、塔を崩壊させちゃいましょう」

「わ…わかったでござる……」

 美神の手段を選ばない徹底振りに、引きつった表情をしつつも頷く事しかできないシロだった。

『いいだろう、そちらがそういう手段で来るなら、我々も非常手段をとらせて貰おう』

 茂流田の声と共に、先程2人が通ってきたドアが開き完全装備のコマンド数人が現れサブマシンガンを構えた。
 そしてプロらしく何ら感情を表さずに引き金を引く。

 ズガガガガガガ…………

「美神殿! これでは狙い撃ちにされるでござる!」

「ちっ…! 仕方がない、塔の中に逃げるわよ」

 コマンド達が発砲する直前に自分が破壊した穴から中へと飛び込む美神とシロ。
 中に飛び込むと即座に壁に身を寄せる。
 彼女たちが背にしている壁の外側に次々と食い込む銃弾。

 ドドドド……! チュン! ビシッ!

 だがこのまま大人しくやられっぱなしの美神ではなかった。

「お返しよ! 受け取んなさい!!」

 さっと突き出したグレネードランチャーを、碌に狙いもせずに発射する。
 対物用弾はコマンド達の陣取るドアのやや上の崖に当たり、豪快な爆発と共に落石が起きてドアを塞いでしまう。
 これではコマンド部隊も追撃は難しい。

 銃撃が止んでから、柄付きの鏡を使って自分の攻撃の成果を確認する美神。
 そしてコマンド達の姿は見えず、ドアも落石で塞がっている事を確認すると漸く立ち上がった。

「取り敢えず一つは片づいたわね。でも茂流田達の狙い通り塔の中に入る羽目になったのが悔しいわ!」

「モンスターがいるとか言っていたでござるが、内部はガランとして何にもないでござるな……」

 忌々しげに吐き捨てる美神だが、即座に塔の内部を見渡して状況把握に努めている。
 シロも視覚だけでなく、霊感や嗅覚も動員して情報の収集を行っていた。

「私は別にモンスターと戦いたいわけじゃないから、何もいないのが一番よ。さっさと上に行くわよ!」

「了解でござる!」

『そうつれない事を言わんでくれ。今モンスターを出すよ。最初の敵にあっさりと殺られたりせんでくれよ』

 動き出した美神達を妨げるかのように眼前の床が開き、跪いた形の石像がせり上がってきた。
 そう……それはどう見ても石像だ。

「ま゛!」

 ギキッ……ギ…………

 それが変な声を出すと共に重々しく動き始め、立ち上がって美神達の行く手を遮るように立ち塞がる。

「美神殿……これは?」

「魂を持つ石像(ゴーレム)……!! 成る程ね、兵器としちゃあ使い勝手の良さそうなヤツね」

 ゴーレムを見て美神は不適な笑みと共に、大したモンではないといった口調でシロに説明する。
 この程度の相手に自分達が負けるなどとは考えてもいないのだ。
 茂流田はこの後、自分が美神達GSを甘く見ていた事を思い知らされるのだった……。



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