フェダーイン・横島

作:NK

第77話




「魂を持つ石像(ゴーレム)……!! 成る程ね、兵器としちゃあ使い勝手の良さそうなヤツね。だけどGSの私がゴーレムの弱点くらい知らないと思うの? ゴーレムは身体のどこかにEMETH(真理)という文字が刻んである。でも。その“E”の文字を消してMETH(死)にしてしまえば―――」

 余裕の笑みを浮かべながらそう説明する美神。
 シロは雇用主の博識に、なる程と関心していた。

『ま、そう言う事になってるね。やってみたまえ!』

「何だか自信満々なところが癪に障るけど、お札と精霊石は後に取っておくべきね。こいつはこれで……。シロも抜かるんじゃないわよ!」

「わかったでござる!」

 妙に自信満々の茂流田が気になったものの、取り敢えずは目の前の敵に集中しなければならない。
 美神は神通棍を取り出して構えを取る。
 既にチャクラは全開にしてあるため、その霊力は普通のGSを遙かに凌いでいるのだ。
 シロも手から霊波刀を伸ばしており、臨戦態勢を取っている。
 シロの霊力は、第1チャクラを漸く自前の霊力だけで制御が出来るようになったため、一般のGSなどよりは遙かに高い。

『やれ! ゴーレム!』

「ま゛!」

 その巨体からは信じられないほど速い踏み込みで迫るゴーレム。
 掌を広げながら突き出し、2人を叩き潰そうとする。

 ドゴッ!!

 慌てて美神は上に、シロは左へと跳躍するが、寸前まで2人が立っていた場所は床のコンクリートが抉られ、周囲に破片をまき散らす。
 少しでも遅れていたら即死していただろう。

 ビュッ! ガキッ!

 すれ違い様に斬りつけたシロの霊波刀は、ゴーレムの強固な外殻に傷一つ付ける事はできなかった。

「か、硬すぎるでござる!」

 自らの霊波刀が呆気なく防がれてしまい、一瞬驚きの表情を浮かべる。
 そして相手の反則なまでの強固さを悟り、一転して悔しそうな表情となって呟いた。
 一方美神は攻撃をかけていない。
 彼女がわざわざ上に飛んだのには意味があった。
 ゴーレムのどこにEMETHの文字があるか確認するためである。

「!! ……なぜ!? どこにも文字がない!?」

 滞空中の美神が初めて焦ったような声を出すのを、茂流田は楽しそうに聞いていた。

『当たり前だ……。弱点は巧妙に隠してある。しかもこいつは――軍事使用なのだよ!』

 茂流田の声と共に、ゴーレムの身体の各所から小型ミサイル発射装置やマシンガン、グレネードランチャーが迫り出した。
 そんなもので攻撃をかけられた日には、いかにGSでも防ぎようなどない。
 横島達がコマンドと正面切って戦わなかった事からわかるように、霊的な防御能力で純粋に物理的な攻撃を完全に防御する事は出来ないのだ。

「ちょ…ちょっとまてっ!!」

「銃は反則でござる――!!」

『発射だ!』

 バシュ! ドンドンッ! ガガガガガガガガガ……!!

 ゴーレムに装備された重火器が次々と発射される。

 ビシッ! チュン、チュン、チュン、チュン! ドガッ! ズド――ン!!

 素早く回避行動を取った美神だが、さすがに人間の身では銃弾や飛んでくるミサイルより速く動く事など出来ない。
 しかもゴーレムの攻撃はミサイルとグレネードを美神達が立っていた周囲に、機銃をその両側広くに掃射しているため、空でも飛ばない限り回避は不可能なのだ。

『避けられない!』

 そう思って美神が思わず目を瞑った瞬間、いきなり自分の身体が誰かに抱きかかえられ、凄まじい速さで横へと動くのが感じられた。

「シ、シロ……」

「大丈夫でござるか、美神殿……」

 眼を開けると目前にはシロの顔のアップが……
 先程自分がいた辺りに視線を移すと、2人の身体は爆発で抉れた床や穴だらけとなった壁から、ほんの少し離れた所に転がっていた。
 正に九死に一生を得たのだ。
 シロが人間を遙かに越える人狼パワーを使い、自分を抱き抱えて横に飛んだのだと美神は理解する。
 しかし美神に覆い被さる結果となったシロは飛び散った破片をその身に受け、所々から血を流していた。

「シロっ!? アンタ怪我を……」

「これぐらい大したことないでござる」

 慌てて身体を起こし、シロの様子を見る美神。
 だが敵はそんな暇を与えはしない。

『ちっ…! 上手く逃げたな。やれ、ゴーレム! 火炎放射だ!』

「ま゛!」

 楽しそうな茂流田の声が響き渡る。
 茂流田の命令によってゴーレムはギリギリとその口を開くと、そこから火炎放射器の先端が迫り出す。

 ゴオォォォォオオッ!!

「シロっ!!」

「わかっているでござる!」

 左右に走って火炎放射を躱す2人。
 そしてシロは霊波刀ですれ違い様に斬りつけ、美神は神通鞭を叩き付ける。

 ガインッ! パキャーン!

 だが先程同様、2人の攻撃はやはりゴーレムに何らダメージを与える事が出来ない。
 迎撃のために裏拳のように繰り出された丸太の如き腕を、ヘッドスライディングのように倒れ込みながら躱した美神は遂に探していた文字を見つけた。
 だがそれは…………。

「あ…あった……!!」

『うーむ、見つかってしまったか…!』

「でも……何考えてんのよ、あんたたちはっ!? 股間にこんなもん…!!」

 そう、確かに文字はあった。
 ゴーレムの褌の前垂れに隠れて……。
 嫌そうな表情の美神と、ぼーぜんとしたシロの耳に、その場所が最も弱点を隠すのに適した場所なのだ! と力説する茂流田の声が聞こえていたが、はっきり言ってどうでもよかった。

 パアァァンッ!

「誰が手なんか突っ込むか、バカ! ……そんなのこれで充分よ!」

 美神が振るった神通鞭が、見事にゴーレムの股間に書かれたEMETHの“E”という文字を抉り取っていた。
 その衝撃で蹲るゴーレム。
 スクリーンで見ていた茂流田も呆然とした顔でその光景を眺めている。

『くっ…! だが…鞭ではいくら正確に狙っても“E”だけを削り取るのは不可能だ! きれいに消さんとゴーレムは死なんぞ!! 反撃しろゴーレム! 動き回れば急所を正確に狙う事はできん!!』

「殺さなくても今のダメージで充分よ! ゴーレムっていう言葉の語源、知ってる?」

 なお反撃の指令を出す茂流田に、ニヤリと不敵な笑みを浮かべた美神が言い放つ。

「“胎児”という意味よ! アンタの刻んだ呪力が弱くなった瞬間に…!!」

 そう言ってゴーレムに向けた掌から霊波を発射する美神。
 それは思念波の一種であった。

「聞きなさいゴーレム!! お前の主人は私よ!!」

 その言葉に応えるかのように、ゴーレムの眼が光り輝く。
 そして美神に恭順の意を示すかのように、立ち上がったゴーレムは跪いて美神をその腕に座らせた。
 シロも美神に促されて恐る恐るゴーレムの肩に座る。

「グルル―――」

「再インプリンティング完了……! にわか仕込みの知識で、オカルトのプロに逆らおうなんて甘いのよ!」

 その光景に驚愕を押し隠せないでいる茂流田。
 まさかゴーレムを逆支配されてしまうとは思わなかったのだ。

「さあ、待ってなさい! 反撃開始よ!」

 高々と宣言する美神の姿に、ひょっとするとヤバイ相手を選んでしまったのでは、と後悔し始める茂流田だった。






「ここでござる!」

「見つけたわ! お前が指揮官ね!?」

 ゴーレムと1/5サイズの戦車部隊が激しい戦闘を繰り広げる中、美神は「自衛ジョー」生き人形の指揮官を捕らえ、武装解除に成功していた。
 指揮官を人質に取られた部隊は呆気なく投降してしまう。

「茂流田! お遊びは終わりよ!! もうすぐ極楽に逝かせてやるわ!!」

 監視用ビデオに向かって啖呵を切る美神。
 その表情は怒っており、見ていた茂流田は思わず下がってしまう。

「……やばい…! ゴーレムを奪われて以来、破竹の勢い……。ここに上がってくるのも時間の問題だな……」

 既に2層を突破され、自衛ジョー生き人形の層も陥落した。
 美神とシロだけなら何とかなるだろうが、奪われたゴーレムへの対応を考え頭を痛める茂流田。
 そこにいきなり扉を開く音がして、振り返った茂流田の眼に息を切らせた須狩の姿が映った。

「須狩!! どうした!?」

「ど…どーしたも、こーしたも……」

 大急ぎでドアをロックした須狩がヘナヘナと崩れ落ちる。

「まさかっ!? 横島と九能市の抹殺に失敗したのか!?」

「失敗も何も…! 連中まるでTVに出てくる忍者よ! カメラやコマンドの眼をかいくぐって移動できるし、アッという間にコマンド達を眠らせちゃうし……。私が連れていった14人は全部やられたわ。それにグーラーなんかじゃ足止めにもなんないし、逆に仲間に引き込まれてしまう始末よ!」

「な、何だと!? あの2人は通常戦闘でもそんなに強いのか!?」

 須狩の報告に横島達の実力を過小評価していた事を悔やむ茂流田。
 だが彼の前にあるコンソールから警告音が響いた。

「いかんっ! 美神令子はどんどんこっちへ来る!」

「なに!? そっちもヘマやったの!?」

 まさに前門の虎、後門の狼だった。
 しかも横島達は完全にロストしている。

 ゴガアァァァン!!

 その時、いきなり須狩がここに逃げ込むのに使った通路の隔壁壁が爆破され、爆煙の中から横島、九能市、グーラーが姿を現す。

「ここが最上階か……。茂流田達はあのドアの向こうだな」

「プラスチック爆弾を試してみましょうか?」

「うん、氷雅さんお願い」

「わかりましたわ」

 自分の提案を承認された九能市は、嬉々として須狩が逃げ込んだドアにC4を貼り付けていく。

「横島……。そんな粘土でどうするんだ?」

「粘土? ああ、これが爆弾なんだよ。と言っても火を点けても爆破しないから、電気を流すんだけどね」

「横島様、グーラーさん、物陰に隠れてください」

 九能市の言葉に素直に物陰に退避する横島とグーラー。
 そこに飛び込んできた九能市がスイッチを押すと、轟音と共に仕掛けた爆弾が爆発した。

「やったかな?」

「さあ……?」

 惚けた会話をしている横島と九能市だったが、爆煙が晴れた所には無傷の扉が……。

「結構頑丈だな……」

「ええ、ちょっとしたシェルターになっているみたいですわね……」

「霊的な防御も施されてるね」

 プラスチック爆弾でもビクともしないドアを、ガンガン叩きながら呟くグーラー。
 彼女の霊力ぐらいでは、この部屋を多う霊波シールドに傷一つ付かないのだ。

「さて……どうするかな?」

 横島が腕を組んで考えようとすると、ふと下から強力な霊力を感じて視線を向ける。

 ドガッ!!

 横島に釣られて九能市とグーラーが眼を向けた途端、床をぶち破って巨大な手が現れ、続いてその穴から美神とシロが姿を現した。
 この下の階は強大なプールになっており、水中で強化され呪方に括られたカッパと戦い、漸くこれを倒したのだ。
 奪ったゴーレムを使い、天井をぶち抜いて進む美神。
 この辺は彼女の本性を如実に現している。

「横島君、氷雅! 無事!?」

「せんせーっ! 漸くお会いできたでござる!」

「こっちは大丈夫です。それより怪我はありませんか?」

 駆け寄ってきた美神とシロを迎え、お互いの安否を確認し合う。
 九能市はその間も周囲の警戒を怠っていない。

「ところで……そっちの妖怪はどうしたの?」

「ああ、彼女はグーラーといって、茂流田や須狩に呪法で括られて操り人形となっていたのを解放したんです。脱出できなかったんで一緒に付いてきて貰ったんですよ」

「こちらは主にプロの傭兵部隊が相手でしたので、霊的戦闘は殆どありませんでしたわ」

 取り敢えず伏兵がいない事を確認した九能市が、ここに来て漸く会話に参加する。

「対人戦だったの? それは大変だったわね……」

「いえ、俺と氷雅さんの忍術を駆使して倒しましたから。それより美神さん達の戦利品はそのゴーレムですか?」

「そうでござる! 美神殿が奪取したのでござる!」

 そう言って自分達の方の戦闘を話し始めるシロ。
 だがそんなのどかな時間は長くは続かなかった。






「こーなったらやむを得ん!! “ガルーダ”を使おう!!」

「!! あれは未だ――」

 メインコントロール室内で打開策を協議していた茂流田と須狩。
 横島や美神の常識外の強さに、最後の切り札の投入を告げる茂流田。
 しかしガルーダは、未だ制御に問題が残っていると感じている須狩は難色を示す。
 その時、ドアから轟音と衝撃が伝わってきた。

「な、なんだ!?」

「よ、横島達がコマンドから奪ったC4を使ったんだわ!?」

『ふんっ! そんな事を躊躇っている場合かい? 横島が本気になったら、その部屋の守りなんて突破されるのがオチだよ!』

 動揺する2人に突然マイクからの声が聞こえた。
 その声にハッとする茂流田達。

「メドーサ!? 眼が覚めたのか?」

『ハンッ! あれだけ五月蠅くされちゃ寝ていられないだろ。しかしアンタ達も間抜けだねぇ……。よりによって横島を呼び込んじまうなんてさ』

 まあ、横島が必ず出てくるだろうと予想してこの施設に逃げ込み、留まったメドーサが言う台詞でもないのだろうが、その口調にはどこかバカにしたような響きがあった。

「過ぎた事はいいっ! それより腕の修復は終わったのか?」

『ああ、どうやら完治したみたいだねぇ……。それより横島は私の獲物さ。腕の恨みを晴らさないといけないからね。さっさと私とガルーダをお出しよ!』

「わ、わかった」

「メドーサの腕を斬り飛ばしたのって……神族じゃなくて横島だったの!?」

 メドーサの言葉によって、須狩もガルーダを使う以外にもう手はないと覚悟を決める。
 何しろ中級魔族でも相当上位クラスの魔力を人界で使えるメドーサに、あれ程の手傷を負わせる事ができる相手では他に選択肢など無い。
 茂流田と須狩は急いで最後の切り札を投入すべく操作を開始した。






「「「……!!」」」

『…ガルーダは完成していたか……。もう1体はメドーサか?』

『これはっ…!? メドーサ? いえ、もう1体いる!?』

 突然感じられた強力な霊力に戸惑うシロ、グーラー。
 反射的に第4チャクラまでを開いて、自らの霊力を最大まで練り上げる九能市。
 どうやら中級魔族2体が、敵の最後の戦力である事を確信する横島、美神。

「な…何でござる、この強力な霊波動は!?」

「うちらとはレベルが違う!? 中級魔族クラス…!」

 思わず声に出してしまったシロに、自分が感覚として捉えた敵の情報を教えるグーラー。

 ウイィィィィイン!

『その通り!! ゲームオーバーだ! こっちも“切り札”を使わせて貰う』

 壁の一角のシャッターが開き、マイクを持って話している茂流田が姿を現す。
 横には冷や汗をかいている須狩の姿も……。

「茂流田!! 須狩!! ――合流できた事ですっかり忘れていたわ…!」

『こいつが我々の切り札――ガルーダだ!』

 茂流田の言葉と共に天井から巨大なカプセルが降りてくる。
 さらに、少し離れたところからももう一つカプセルが現れる。

『それに横島! 貴方には是非戦いたいっていう相手を用意したわ!』

 須狩の声を聞くまでもなく、横島にはもう一つのカプセルに入っている者が誰なのかわかっていた。

『ヨコシマ……やっぱりメドーサみたいね』

『忠夫さん、予想通りでしたね』

『ああ、どうやら連中の技術を使って腕を再生させたんだろう。その方が早かっただろうし』

 頭の中で即座に、心眼で感知した霊波と相手の状態を検討し合う。
 そこから導き出された結論は一つ。
 メドーサは完調している。
 まさかこの短期間に腕の再生を終えているとは予想外だった。

 ゴボゴボ…… カッ!!
 ガシャアアンッ!!

「フュオッ! オオオッ!!」

 ドギャッ!!

 横島がメドーサの方に気を取られている間に、カプセル内のガルーダの眼に光が灯りカプセルを破壊して飛び出してきた。
 そしてそのままの勢いで、美神の前に立ち塞がるゴーレムに強烈な蹴りを加える。
 その一撃で左腕を完全に破壊され、倒れ伏すゴーレム。

「ゴ…ゴーレム!? 不死のゴーレムを一撃で――!?」

 ガルーダの信じられない攻撃力に唖然とする美神。
 ゴーレムの不死性を良く知っているからこそ、美神が受けた衝撃は大きい。
 今の一撃で、美神は敵の尋常ならざる強さを実感してしまったのだ。



 ピシッ――! ビキビキッ! バキャ――ン!!

 ガルーダとほぼ同時に、こちらはガラスに一筋の割れ目ができると、そこから一気にヒビが広がりカプセルが崩壊した。
 その中から飛び出してくる一陣の黒い影。

「シャアァァァッ!!」

 シュッ! ガキッ!!

 影が繰り出した二股矛を、飛竜を使った居合いの形で迎撃する横島。
 こちらもすでにチャクラを全開にし、ハイパーモードとなっている。

「フンッ! 流石にこの程度じゃ倒せないね」

「当たり前だ。お前だって今の攻撃は挨拶代わりだろう? それより、斬り飛ばされた腕をもう再生させたとは驚きだよ」

「ここの霊体培養技術は大したモンだからね。なまじアシュ様の所に帰るより、手っ取り早かったのさ」

 お互いの武器を構え、油断無く相手を観察しながら会話する横島とメドーサ。
 すでに殺気というか闘気の応酬が2人の間で繰り広げられている。
 見る者が見れば、2人の間で無数の矛と剣の斬り合いが繰り広げられている、と述べるだろう。
 そんな2人の戦いに割って入る事のできる者などいない。
 いや、正確にはそんな余裕がないのだ。
 この場にはもう一体の強敵が居るのだから。



 メドーサの狙いが横島である事は明白であり、他の者では相手にする事すらできない以上、メドーサの相手は横島にしてもらうしかない。
 だが目の前にいるガルーダもまた、バリ・ヒンズーの魔鳥であり鬼神。
 その魔力は中級魔族レベルなのだ。
 九能市、美神、シロといえども勝つ事は難しい。
 グーラーが手を貸したとしても、ガルーダはジークに匹敵する強さを持っているのだ。

「フ…オォォオオッ」

 怪しげな声を上げながら、軽快なステップを踏んで攻撃の機会を図るガルーダ。

「ちっ! メドーサの事は横島君に任せて、私達はこっちを倒すわよ! 氷雅も手伝って」

「わかりましたわ。でもこの魔族、ジークさんと同レベルですわね」

「それって凄く強いのではなかろうか?」

「強くったって仕方がないでしょ! そうしなけりゃ、私達が死ぬんだから!」

 そんな事を言いながらも、素早くフォーメーションを組んでいく美神達。
 九能市も美神のところでバイトをし、一緒に戦っているのでこの辺の呼吸は見事であった。

『驚いたかね? そいつは我が社の製品で、史上初の“人造魔族”だ!』

「人造…! (おっ!? また証言を始めたわね。西条さん、早く援軍に来てよね)」

『フフフ……霊体片を入手して培養したのさ』

「どこで霊体片を――。まさかアンタ達…魔族と取り引きを…?」

『いい勘だ。まあデータ受け渡しの邪魔をしてメドーサの腕を斬り飛ばした横島君がいる以上、ある程度は知っているんだろうがね。魔族の中に我々の科学技術に興味を持つヤツらがいてね。そこのメドーサを通じて入手したのさ。こちらから渡す筈のデータは、そこの横島君に邪魔されてしまったけどね』

 スターン、スターン、ドンッ! ビュッ

「フオォォオ…ホォアッ!」

 軽快なステップから一転して素早い踏み込みで襲いかかってくるガルーダ。
 ガルーダが動き出す兆候を察知した美神は、即座に神通鞭を振りかぶり攻撃を仕掛けた。

「この――チキン野郎ッ!!」

 バッ…ズビュウゥゥ!

 上に飛ばれないようにと、上段から鞭を振り降ろした美神だったが、一瞬のうちにガルーダの姿を見失っていた。

「…ッ!」

「はっ!」

 次の瞬間、美神は身体に嫌な悪寒を感じる。

『まずいっ!? 殺られた?』

 そう、ガルーダは美神の動態視力を上回る素早さで上に跳躍していたのだ。
 その速さと高度によって、美神の戦法は躱されてしまっていた。

 ギュン! ズドッ! グワシャアァッ!!

 美神が身の危険を感じた直後、ガルーダは上空から猛烈なスピードで舞い降り、強力な蹴りを美神に見舞った。
 その着地点は正確に美神が立っていた場所を蹴り抜いている。

「クウゥゥゥウ――……!」
 
 着地の衝撃か、眼を細めてプルプルと何かに耐える仕草をするガルーダ。
 美神の姿は爆煙のように舞い上がった煙で確認できなかった。

「み、美神殿!?」

「大丈夫…な筈よ……」

 心配そうに叫んだシロを落ち着かせるように呟く九能市。
 煙が晴れてくると、ゴーレムの腕の影で動いている美神の姿を確認。
 無事だったのだ。

「グ…ルルル!」

 そう、最後の力を振り絞って立ち上がったゴーレムが、自らを犠牲にして美神を守ったのだ。
 さらに、ガルーダの左太股に手裏剣が一つ刺さっている。
 九能市が咄嗟に投げた手裏剣は、蹴りを繰り出したガルーダに突き刺さりほんの僅かだが勢いを削ぐ事に成功しており、ゴーレムが助けに入る時間を作ったのだった。

「九能市殿……あれは…?」

「ええ、さすがですわ。自分の魔力から致命傷にならないと瞬時に判断して、避けたり躱したりしないで受けるとは……」

 その言葉を裏付けるかのように、軽く左手で刺さった手裏剣を払い落とす。

「ゴーレム…お前……。もう動く力も残っていないだろうに――私を守ろうと……?」

 美神がゴーレムの献身的な行動に感動している間に、シロと九能市が動いた。

「覚悟するでござる!!」

「発っ!!」

 霊波刀を最大出力にして斬りかかるシロ。
 後方からその動きを援護すべく、掌に誘導・集束した霊力をさらに高速回転・圧縮させた霊波衝撃弾を連射する九能市。

「ホアッチャア!!」

 二人の動きを見て瞬時に跳躍したガルーダは、跳躍中に九能市の放った霊波衝撃弾を魔力を集束させた両腕で弾き返し、次いで敵の動きを予測し着地点へと先回りしたシロ目掛けて、着地と同時に回転蹴りを繰り出す。
 その威力は、シロの霊波刀を完全に迎撃し、さらに粉砕して見せた。

「えっ…!?」

「バ、バカなっ…!」

 そのあまりに素早い動きに対処しきれず、ガルーダを目の前に一瞬棒立ちになってしまうシロ。
 そしてやはり常識外れの機動力に、一瞬驚いて攻撃の手を緩めてしまう九能市。

「……ア…」

 拳を握り目の前のシロに一撃を加えようとしたガルーダの視線が、なぜか逸らされて動きが止まる。

『何だかわからんでござるが…チャンス!』

 その隙を突いて跳躍し、ガルーダの射程外へと退避する。

 ボシュッ!

 シロが跳躍する直前、九能市は風を切る音を確かに聞いた。
 それはおそらく霊体ボウガンの発射音。
 だが矢はどこにも見えない。

「……う、うそ……」

 その時信じられないという響きの美神の声が聞こえ、九能市は視線を動かす。
 そこには楯となったゴーレムの腕に深々と突き刺さっているボウガンの矢があった。
 しかも美神から数cmしか離れていない場所に……。

「そんなっ!? ガルーダはボウガンの矢を撃った相手に返したっていうの……」

 美神達は、改めて中級魔族であるガルーダの強さを、骨の髄まで味合わされていた。






「くっ! 相手が強すぎるわ」

「シロ、ガルーダの反射神経は速すぎるわ。この中である程度対応できるのはアンタだけよ。私が破魔札を使って牽制するから、何とか一撃を加えて!」

「わかったでござる」

「横島には義理があるからね。私も力を貸すわ」

 何とか仕切直しにまで持ち込んだ美神達だったが、明らかに分が悪かった。
 九能市の現時点で最強の技も、シロの霊波刀も、美神の攻撃も何一つ通用しないのだ。
 それまで静観してきたグーラーが参戦したものの、彼我の戦力比はさほど変わらない。
 戦いは数である。
 それは真実であるが、前提として最低限相手と戦うに十分な力を持っている事が必要なのだ。
 その意味では、現時点で美神達の能力は若干そのレベルに届いていない。

「バラバラに攻撃しても駄目ですわ。何とか全員で連携した攻撃を仕掛けないと……」

「そうね。だから私が大量の破魔札で攻撃をかけるから、氷雅はもう一度さっきの技でヤツを狙って。その間にシロが懐に潜り込めれば……」

「おいっ! 話はそこまでだ。来たよ!」

 グーラーの声に、束の間の作戦会議結果に基づいて散開する美神達。

「ホアッチャアッ!!」

「は、速い!?」

 美神達に向かってきたガルーダ目がけて大量の破魔札をばらまき、数の力で足止めしようと考えた美神だったが、あまりに速いガルーダの動きに後手に回ってしまった。
 後方で舞い飛ぶ破魔札群をスピードによって無傷で突破したガルーダは、美神に一撃を加えるべく拳を打ち出す。
 回り込もうとしたシロは完全に間に合わないし、九能市の攻撃もあまりの速さに躱されてしまっている。

「クエエェェェッ」

「危ない――!」

 物質どころか霊的構造ですら一撃で粉々にするガルーダの攻撃。
 だが美神は寸前でグーラーによって肩を掴まれ、後方へと引っ張られで難を逃れる。

 タッ! ヴオォォ!!

 しかしガルーダは拳が空振りに終わると、踏み込んだ足を軸に身体を捻り、後ろに逃げた美神目がけて凄まじい左回し蹴りを繰り出した。
 後ろから無理矢理引っ張られたため体勢を崩した美神に、唸りを上げて襲いかかるガルーダの脚。
 これを防ぐには恐怖を押し殺して前に出、ポイントをズラしてブロックするしかない。
 今の美神には前に出るどころか、どの方向へも避けるだけの距離を動く事などできないが……。
 だが、このままブロックすれば単純なパワーによってさえ、美神の右腕は骨が折れるだろう。
 ガルーダの蹴りにはそれだけの威力があった。

「どきなっ!!」

 ガギッ!!

 だがその時、グーラーが美神を突き飛ばして前に突進し、両腕をクロスさせてガルーダ蹴りをブロックする。
 防いだ、と誰もが思った時……。
 
「アタァ!!」

 ガルーダはブロックの上から左回し蹴りを蹴り抜いたのだ。
 そのあまりの威力に、ブロックした体勢で吹き飛ばされるグーラー。
 彼我の体重差を考えれば、ある意味当然の結果だった。
 床にたたきつけられたグーラーを、最も近くにいた美神が助け起こす。

 ボッ!!

「うっ、ウグウゥゥゥウ!?」

「ちょっと! グーラー!? やられたの? 大丈夫?」

 美神に抱き起こされたグーラーだったが、苦しそうに呻くといきなりブロックした両腕が吹き飛び、連鎖的に身体が崩壊を始めたのだ。

『バカめ! ガルーダの攻撃は物質だけでなく霊基構造も粉々にする。グーラーごとき一撃で消滅するのさ!』

「あ……あ……」

「グーラー!? 駄目だわ、霊基構造の崩壊が止まらない……」


 茂流田と須狩の嘲笑が鳴り響く中、呻きながら消えゆくグーラーを抱き抱え為す術のない美神。
 九能市、シロは、そのシーンを蒼白な表情を浮かべて見詰める。
 だが冷酷非情の兵器であるガルーダは、目の前で動かない獲物に止めを刺すべくゆっくりと近寄っていく。
 
「駄目、あの距離では間に合わない!」

「とにかく気を逸らすでござる!」

 攻撃に移ろうとするガルーダに、慌てて迎撃するために走り出す九能市とシロ。
 その時、突然爆音と衝撃がこの場にいる全員を襲った。
 走っていた九能市達は無論、ガルーダまで吹き飛ばされる。
 蹲っていた美神だけはその位置を確保していたが、ガルーダの脅威が一瞬でも無くなったものの、腕の中で消えていくグーラーをどうする事もできない事に変わりはなかった。



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